アルバイト探偵シリーズ

アルバイト探偵シリーズ』とは

 

『アルバイト探偵シリーズ』は適度な不良高校生冴木隆とその父親で市立探偵の冴木涼介との活躍を描くハードボイルド小説です。

とはいっても、シリアスな作品ではなく、ユーモアに満ちた、ハードボイルド小説のパロディというべきでしょう。

 

アルバイト探偵シリーズ』の作品

 

アルバイト探偵シリーズ(2020年08月29日現在)

  1. 命で払え
  2. 毒を解け
  3. 王女を守れ
  1. 諜報街に挑め
  2. 誇りをとりもどせ
  3. 最終兵器を追え

主な登場人物

冴木 隆 高校二年生 適度な不良高校生
冴木涼介 隆の父親らしい 女好きの私立探偵で元凄腕工作員らしい
圭子ママ 隆父子の住む「サンタテレサアパート」の大家 ハードボイルドマニアであり、一階の「麻呂宇」というカフェ・テラスを経営
星野さん クリストファー・リーのような風貌を持つ「麻呂宇」の老バーテンダー
倉橋麻里 隆の家庭教師で元女暴走族のアタマだった過去を持つ
島津さん 冴木涼介の過去の友人であり仕事仲間の『フクシツチョー』

 

アルバイト探偵シリーズ』について

 

先に本『アルバイト探偵シリーズ』は、ハードボイルド小説のパロディ作品であると書きました。しかし、パロディという言葉が風刺、批判を内包する言葉であるとするならばパロディというべきではないかもしれません。

しかし、もし愛情をもってする文体の模倣を含むとするならば、本シリーズはパロディだといえると思います。

 

まず本シリーズの主人公は冴木隆という高校二年生です。

高校二年生でありながら、彼のまわりには元女暴走族のアタマや高校の女番長といった女性が集まり、腕っぷしもボクシングをやっているだけあってそこらのヤクザにも負けません。

また、女たらしの腕も父親に負けず、待ち合わせまでに時間があるからと六本木で十九歳のハマッ娘を拾い、彼女とホテルでことを済ませて待ち合わせに向かう、などの生活をしているほどです。

 

加えて、主人公である隆の父親冴木涼介が元ナイチョーのベテラン捜査員だったらしく、かつての仲間のフクシッチョーらと対立することになります。

またこの父親は、大家でありカフェ・テラス「麻呂宇」のオーナーである圭子ママからの誘いを回避しつつ、隆の家庭教師である麻里さんを落とそうと狙っています。

 

こうした現実にはあり得ない主人公親子が、国家レベルの事件に首を突っ込み、ジェームズ・ボンドさながらの活劇を繰り広げるのですから、これはパロディという以外ないでしょう。

とは言いながらも、隆と涼介父子のユーモア満載の会話、涼介や隆のそれぞれの振る舞いなど、本書はハードボイルド以外の何物でもありません。

 

本『アルバイト探偵シリーズ』は、その第一巻目『アルバイト探偵』(現在の『アルバイト・アイ 命で払え』)の1986年という出版年度を見ても分かるように、バブル期(直前)に書かれた作品であり、何となくの景気の良さと、登場するアイテムの古さが目につきます。

でも、決して違和感を感じるものでもなく、当時の世相を反映した作品として楽しむべきとも言えます。

 

本『アルバイト探偵シリーズ』は、最初は「廣済堂ブルーブックス」として出版されていましたが、後に「廣済堂文庫」や「講談社文庫」を経て、現在(2020年)では「角川文庫」から出版されています。

また、板元が変わるたびに本のタイトルも変更され、現在は上記のようなタイトルになっています。

そして、角川文庫半からはシリーズ名も『アルバイト・アイ』と変わっているようですが、ここでは作者大沢在昌氏の公式サイト「大極宮」にならい、『アルバイト探偵シリーズ』のままとします。

とはいえ、『アルバイト探偵シリーズ』も読みは「アルバイト・アイ」であって、単に表記が変わっただけです。

 

蛇足かもしれませんが、Amazon の Kindle版 では、『アルバイト・アイ シリーズコンプリート版【全6冊合本】 (角川文庫) 』も出ています。

 

ちなみに、第六巻『最終兵器を追え』(旧タイトルは『帰ってきたアルバイト探偵』)は、『アルバイト探偵 100万人の標的』 という題で、監督は崔洋一、父親の涼介を椎名桔平が演じ映画化されています。

 

ライアー

ライアー』とは

 

本書『ライアー』は、20214年4月にハードカバーで新潮社から刊行され、2017年3月に新潮社から、2023年4月には徳間書店から688頁で文庫化された、長編のアクション小説です。

この手の荒唐無稽な作品の第一人者である大沢在昌らしい、ハードボイルド感満載のエンターテイメント小説としてとても面白く読んだ作品でした。

 

ライアー』の簡単なあらすじ

 

よき妻であり優しい母親、
その正体は凄腕の暗殺者。

謎の死を遂げた夫。
壮絶な闘いの果てに待つ衝撃の真実!

本書『ライアー』は傑出したアクション小説であり、愛の小説である。
ここ十年のエンターテインメントのエッセンスが詰め込まれている、
まさに必読の小説といえる。
ーー文芸評論家・池上冬樹氏(解説より)

神村奈々、四十一歳。物静かで優しい研究者の夫と可愛い息子に恵まれ、
幸せな家庭生活を送っているが、裏の顔は対象人物の「国外処理」を行う秘密機関の工作員。
ある日突然飛び込んできた夫の死を告げる電話。娼婦らしき女と一緒に焼死したという。
事件の真相を探る奈々の前に現れる襲撃者たち、組織内部の抗争。
美しき暗殺者の壮絶な闘いが始まる。

大沢在昌が放つ、傑作ノンストップ・ハードボイルド!(内容紹介(出版社より))

 

ライアー』の感想

 

本書『ライアー』は、この手の荒唐無稽な作品の第一人者である大沢在昌らしい、ハードボイルド感満載のエンターテイメント小説としてとても面白く読んだ作品です。

「研究所」という国家機関の所員である主人公の神村奈々は、「委員会」と呼ばれる機関が選び出した対象者の処理を行う優秀な暗殺者です。

ある日不審死を遂げた夫神村洋祐の死の真実を知ろうとしますが、その冷静な対応に違和感を感じた駒形という警察官が奈々の真実を知ろうと近づいてきます。

そうした奈々の行動にあわせて奈々を襲うものが現れますが、奈々は洋祐との間のという小学生の息子を守るためにも戦いを始めるのでした。

 

本書『ライアー』の魅力は、何といっても主人公神村奈々のキャラクターにあります。

感情をどこかに置き忘れてきたような女であって、夫の不審死に対しても、復讐のためではなく純粋に真実を知りたいというだけ、という女です。

このようなクールに描写されている奈々が自分でも分からない涙を流すなど微妙に変化を見せる様子は、この手の物語としては定番だとしても心惹かれるところです。

 

こうしたキャラクターと言えば同じ大沢在昌の作品で『魔女シリーズ』などがあります。裏世界のコンサルタントを業とする女性が、自分の過去と戦う物語で、かなり面白い作品です。

また、月村了衛の『ガンルージュ』は、元公安の凄腕の捜査員だった過去を持つ女性が息子を助けるために、女性教師と共に外国の特殊部隊員戦いを挑むアクション小説でした。


ほかのキャラクターは神村奈々ほどの魅力を持っているわけではありません。神村奈々の直接の上司である大場にしても少々癖がありますがあえて取り上げるほどでもありません。

また、奈々に付きまとう駒形という刑事もいますが、後に神村奈々の正体を知り、事情が見えてきたときには「俺は恐かった。今も恐い。」と正直に言うほどです。少なくとも他のハードボイルド的な小説でしたたかな刑事の発する言葉ではありません。

もっとも、本書の場合は主人公を含めた世界自体が殺人を当たり前とする世界ですから、そうした世界と普通の世界との差を明確にするためにこのような言葉を言わせたのだろうと思われます。

 

神村奈々のキャラクターの他に本書『ライアー』の持つ魅力としては、本書が描き出す世界観も挙げていいかもしれません。

国家が処理対象と決めた人物を処理する機関、と言えば、アメリカのCIAや全体主義国家の組織、ロシアや中国の相当機関があると思われます。

ソヴィエト時代はスペツナズなどの名称が物語の世界ではよく登場していました。

とにかく、そうした機関でしか生きることのできない女性を主人公とした物語ですから、ジェイソン・ボーンシリーズなどの諜報員ものに似た世界が描かれるわけです。

ただ、あちらは諜報員であり、こちらは暗殺者という違いがあります。そしてその差がかなり大事だと思われます。

下掲のロバート・ラドラム著の『暗殺者』は、「ジェイソン・ボーンシリーズ」の原作となった作品です。



大沢在昌の小説に限ったことではないのですが、ハードボイルド系統の小説ではアフォリズムを効果的に使ってあり、本書もまた同様です。

そうした言葉の魅力もまた本書『ライアー』の魅力の一つとして挙げていいのかもしれません。

 

ともあれ、本書は大沢在昌らしいハードボイルドアクション小説として、面白い小説である、と言い切っていい作品だと思います。

追跡者の血統

追跡者の血統』とは

 

本書『追跡者の血統』は『佐久間公シリーズ』の第四弾で、1986年3月に双葉社から刊行され、1996年10月に角川文庫から320頁の文庫として出版された、長編の青春ハードボイルド小説集です。

追跡者の血統』の簡単なあらすじ

 

広尾の豪華マンションに住み、女と酒とギャンブルとスポーツでその限りない時間を費す六本木の帝王・沢辺が、突如姿を消した。失踪人調査のプロで、長年の悪友佐久間公は、彼の妹からの依頼を受け調査を開始した。“沢辺にはこの街から消える理由など何もないはずだ…”失踪の直前まで行動を伴にしていた公は、彼の不可解な行動に疑問を持ちつつプロのプライドをかけて解明を急ぐが…!?大沢文学の原点とも言うべき長編ハードボイルド、待望のシリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

追跡者の血統』の感想

 

本書『追跡者の血統』は、『佐久間公シリーズ』の第四弾で、シリーズ初の長編小説です。

地道なハードボイルド小説であった筈の物語が、主人公の佐久間公の過去までも明らかにする謀略小説の色合いを見せ、面白いのだけれど、これまでの印象とは異なる展開となっています。

 

主人公の佐久間公が行方不明になった親友の沢辺の行方を捜す、というのが本書の基本的な流れです。

これまでの本シリーズの二冊は短編集であり、法律事務所調査課に勤務する探偵という設定そのままの、派手さを押さえたハードボイルド小説でした。

ハードボイルド小説といえば大人の渋さを売りにしていたのですが、本シリーズは「若さ」、「青さ」を前面に出し、さらに東京の六本木などでスマートに遊ぶ若者の姿を背景にしています。

それに対し本書は国際的な謀略の渦に巻き込まれるという、少々荒唐無稽な設定になっている点が異なります。

 

おしゃれな街に溶け込んでいる若者の代表ともいえる存在が公の親友の沢辺でしたが、その沢辺の腹違いの妹の洋子と会う約束をしていたにもかかわらず、その時間に現れません。

公は沢辺の立ち回りそうな場所を片端から探しますが、なんの手掛かりもなく、最後に沢辺と別れたときの様子を思い出し、やっと手掛かりを見つけます。

その後、これまでのトーンとは異なった荒唐無稽ともいえる、国際的な組織との関りへとつながり、物語は佐久間公という男の過去へと繋がっていくのです。

 

この雰囲気の違いを、より面白い話として受け入れる人ももちろん居るでしょうし、そういう人にとっては実に胸おどる面白い物語として感じられることと思います。

しかし、個人的にはこれまでのシリーズの色合いが好みだったのでちょっと残念な気もします。

大沢在昌の描く物語であり、面白い物語であることは間違いありませんが、シリーズに期待していた個人的な好みからすると少しずれてきたのです。

 

ちなみに、本書の宣伝文句によれば、本書はシリーズの第三弾ということですが、実際はこれまでにもう一冊『標的走路』という作品が出版されています。

この『標的走路』は1980年12月に出版されており、大沢在昌のデビュー本だと言います( WEB本の雑誌 : 参照 )。それが種々の理由から幻の作品ということになり、その後復刊されて今ではジュリアン出版から出されています。

東京騎士団

東京騎士団』とは

 

本書『東京騎士団』は、1985年8月に徳間書店からハードカバーで刊行され、2013年6月に徳間文庫から524頁の文庫として出版された、長編の冒険小説です。

 

東京騎士団』の簡単なあらすじ

 

鷹野達也、二十五歳。若手の凄腕実業家。企業を分析し、情報を提供するのが仕事だ。友人の新進プロゴルファー・貝塚が襲われ、彼の恋人・秀子が拉致された。監禁場所へ乗り込んだ鷹野は、世界制覇をもくろむ若きエリート集団「超十字軍」の存在を知る。超十字軍からの勧誘を断った鷹野への報復は、貝塚と秀子の殺害だった。友人を殺され、怒りに燃える鷹野の凄惨な復讐劇が始まる。(「BOOK」データベースより)

 

東京騎士団』の感想

 

本書『東京騎士団』は、大沢在昌の作品の中で、スーパーヒーローを主人公とする一連の作品群に位置づけられる、長編のアクション小説です。

 

本作品は入院時に病院内の図書館で借りて読み終えたもので、メモもなく、記憶だけで書いていますので少々雑になるかと思われます。

そのことを前提に記しますと、スピーディな場面展開やアクションなど、大沢作品らしい作品だとは思うのですが、少々物語の世界観が現実とはかけ離れていて今一つ感情移入しにくい作品でもありました。

 

そういう意味では、アクションファンタジーとでも呼べそうな作品です。

大沢作品では、『天使の牙シリーズ』のような荒唐無稽なアクションものと、『俺はエージェント』のようなコミカルなもの、それに『新宿鮫新宿鮫シリーズ』に代表されるシリアスなハードボイルドものと大きく分けられるように思っています。



本書『東京騎士団』は勿論そのなかの荒唐無稽な話として分類されると思うのですが、それなりに面白く読むことができた『天使の牙シリーズ』とは異なり、面白さの質が違うように感じました。

つまり、『天使の牙シリーズ』は女主人公が一旦は死ぬものの能移植を受けて蘇り、新しい命のもと任務に邁進する物語ですが、それなりに物語世界が成立していたと思うのです。つまり違和感をそれほど感じずに読み進めました。

似たような荒唐無稽な物語として、例えば月村了衛の『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』などもあります。

これらの物語は登場人物や舞台の設定が、エージェントだった過去を持つ人物の国内の特定の場所での活動であり、受け入れ可能な設定の範囲内であったと思われます。

 


 

しかし、本書『東京騎士団』の場合はそうではなく、違和感満載だったのです。

 

まず主人公の鷹野達也は、自らが開発したプログラムをもとに企業を起こし、若干二十五歳ですでに大金持ちのハンサムな男という設定です。

また、そこらの格闘家では太刀打ちできないほどの腕っぷしもあります。当然女にももて、遊び相手には事欠きません。つまりは、ジェームスボンドも顔負けの超スーパーマンなのです。

この主人公の設定がひと昔前のキャラクターの印象だったのも当然で、本書の出版日は1985年8月であり、あの『新宿鮫』が出版される六年も前のことだったのです。

第1回小説推理新人賞を受賞したデビュー作『感傷の街角』が1978年の発表ですので、第44回日本推理作家協会賞を受賞した『新宿鮫』との丁度中間あたりの、作者が上り調子の時期の出版ということになります。

この主人公自体が現実感のないスーパーマンであることに応じて、敵役がまた非現実的です。それは選ばれた若者らからなる世界征服をたくらんでいる超エリート集団の「超十字軍」という集団なのです。

本書が荒唐無稽だというのは、勿論以上のような設定だけでも十分なのですが、更に、主人公の鷹野達也を陰で支える存在がいるのですが、まるで本宮ひろしの漫画『男一匹ガキ大将』に出てくる「東北の老人」のような存在です。

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この主人公鷹野達也が、「超十字軍」からの勧誘を断ったために親友を殺されます。

ここから鷹野は、部下であり遊び仲間でもある大学生の路を相棒に、世界征服をたくらむ「超十字軍」なる組織に戦いを挑むことになります。

その上で、外国に出かけ、戦争を起こせそうな武器を到達し、とある島を根城にしている「超十字軍」を殲滅し、その親玉の正体を暴くのです。

 

以上、本書『東京騎士団』の感情移入しにくい非現実的側面ばかりを書いてきましたが、そうした荒唐無稽さを問題にしなければ、そこは大沢在昌の作品です。

アクション小説としてそれなりに面白いかとは思います。ただ、私は違和感を感じすぎたというだけです。

絆回廊 新宿鮫10

絆回廊 新宿鮫10』とは

 

本書『絆回廊 新宿鮫10』は『新宿鮫シリーズ』の第十弾で、2011年6月に刊行されて2014年11月に577頁で文庫化された、長編の警察小説です。

 

絆回廊 新宿鮫10』の簡単なあらすじ

 

「警官を殺す」と息巻く大男の消息を鮫島が追うと、ある犯罪集団の存在が浮かび上がる。中国残留孤児二世らで組織される「金石」は、日本人と中国人、二つの顔を使い分け、その正体を明かすことなく社会に紛れ込んでいた。謎に覆われた「金石」に迫る鮫島に危機が!二十年以上の服役から帰還した大男が、新宿に「因縁」を呼び寄せ、血と硝煙の波紋を引き起こす!(「BOOK」データベースより)

 

絆回廊 新宿鮫10』の感想

 

本書『絆回廊 新宿鮫10』は、文庫本で六百頁弱という大部の、『新宿鮫シリーズ』第十巻目となる長編の警察小説です。

本書では鮫島を取り巻く環境が大きく変化します。シリーズ十巻目という区切りだからそういう展開にしたのか、作者の意図は不明ですが、これまでのこのシリーズの根底で鮫島を支えていた存在が一気にいなくなるという展開は驚きでした。

 

鮫島は、違法薬物販売のプロである露崎という男から、警官を殺すために拳銃を欲しがっている大男がいたという話を聞き込みます。

今は解散して存在しない須藤会に関係があるらしいその男のことを調べるために、須藤会の生き残りを調べようとする鮫島ですが、暴力団担当の組織犯罪対策課からは迷惑だとの横やりが入ります。

しかし「警察官を殺す」という言葉を無視することはできずに問題の大男を探し続ける鮫島でしたが、そのことが中国残留孤児二世から構成されるグループ「金石(ジンシ)」へとつながることになるのです。

また鮫島は恋人ののことでも追い詰められていました。つまり晶のバンド「フーズハニイ」に内偵が入り、事件の進み方次第では晶の恋人として知られている鮫島は警察を辞めなければならなくなりそうだったのです。

 

前巻の『狼花 新宿鮫Ⅸ』で、シリーズ内で独特の存在感を有していた仙田こと間野総治を射殺するという衝撃的な結末を迎え、同様に重要登場人物の一人である香田との新たな因縁を作ってしまった鮫島でした。

それはまた、「金石」というグループを追及する鮫島と内閣情報調査室の下部組織に組み込まれた香田との新たな関係にもつながり、更には白髪の大男と陸永昌という謎の男へと結びつくのでした。

 

このシリーズは三十年前にでた第一巻から全部読み続けていますが、第一巻の鮫島は実にクールでまさにハードボイルドの主人公という雰囲気そのままだったと記憶していました。

しかし、本書の鮫島は確かに単独行が似合う孤高の刑事ではありますが、他者を排斥する冷たさは無いように思えます。

それは晶や香田に対する一歩引いた態度からくるものなのか、売人の露崎に白髪の大男に関する調査を依頼したことからくる印象なのかはよく分かりません。

ただ、当初の鮫島というキャラクターであれば異なる対応をしたのではないかと感じただけです。そもそも、当初の鮫島のキャラクターをよく覚えていないのですから比較の仕様もないのですが。

 

ただ、本書での鮫島は、大切な人との繋がりを失いつつも新宿署の他の警察官との新たなつながりを得たりもします。

もしかしたら、このような展開自体がこれまでの新『新宿鮫シリーズ』とは異なるために違和感を感じたのかもしれません。

 

本シリーズに関するレビューを読むと、本シリーズは時事的な出来事を先取りしたり、織り込んであるということをよく目にします。

そういえば、本書で取り上げられている中国人残留孤児二世らによる暴力団まがいのグループなどの話はニュースでも見聞きしたことがあります。

そんなトピカルなテーマを取り上げてあるのも本シリーズの特徴と言えるのでしょう。そうしたトピカルなテーマと言えば、石田衣良の描くヤングハードボイルド作品ともいうべき『池袋ウエストゲートパークシリーズ』がそうでした。

実際に話題となったその時代の出来事を反映した事件が池袋で起き、主人公のタカシが、そして池袋のキングであるマコトが解決していきます。宮藤官九郎の脚本、TOKIOの長瀬智也主演でテレビドラマ化もされて人気を得ました。


新宿鮫シリーズ』の物語全体の印象はシリーズを通してあまり変わってはいないと思います。相変わらずに鮫島は鮫島であり、緊張感を持った物語はその世界に読者を引きずり込んで離しません。

ただ、本書では意外性に富む物語のその“意外性”が極端ではありました。この点、誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』での『ルージュ: 硝子の太陽』と同様の展開だとも言えそうです。

当然のことながら作品の内容は全く異なるのですが、両シリーズ共に長く、マンネリ化の回避のために思い切った転換を図ったのではないかと思われます。

わたしの場合、本書に続く『暗約領域 新宿鮫11』を先に読んでしまい失敗したと思っています。

作品の内容が『暗約領域 新宿鮫11』が本書を受けた後編とでも言えるものであり、鮫島の相方も登場するなどこれまでとは大きく異なる内容になっていたからです。

先に述べた鮫島のキャラクターの変容も、読む順序が前後したので私の先入観があってからのものかもしれません。

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ともあれ、新たな次元に入った『新宿鮫シリーズ』を読んで、昔読んだ本シリーズの第一巻から再読しようかと思ってきました。

暗約領域 新宿鮫11

暗約領域 新宿鮫11』とは

 

本書『暗約領域 新宿鮫11』は『新宿鮫シリーズ』の第十一弾で、2019年11月に刊行されて2022年11月に936頁で文庫化された、長編の警察小説です。

孤高の刑事を異色の経歴を持つ刑事を描いたハードボイルドシリーズという印象が薄くなっている印象の作品でした。

 

暗約領域 新宿鮫11』の簡単なあらすじ

 

薬物の取引現場を張り込んでいた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、男の銃殺死体を発見した。新上司・阿坂景子は鮫島に、新人の矢崎隆男と組んでの捜査を命じる。男は何者で、なぜ殺されたのか!?一方で、鮫島と因縁のある国際的犯罪者・陸永昌や元公安刑事・香田に不審な動きがー。シリーズ最大のボリュームと壮大なスケール!ラストまで一気読みの傑作長編!(「BOOK」データベースより)

 

暗約領域 新宿鮫11』の感想

 

本書『暗約領域 新宿鮫11』は、『新宿鮫シリーズ』の第十一巻目となる長編のハードボイルドチックな警察小説であって、新刊書で七百頁を、文庫本でも九百頁を超えるという大作です。

前巻『絆回廊』で大切な二人を失った鮫島の、新しい立場での活躍が描かれています。

前巻での意外過ぎる展開を受けての続巻であり、前巻を読み逃したまま本書を読んだ私としては、少なくとも前巻を読んでからのほうがよかったか、とも思っています。勿論、未読でも十分に面白い物語です。

また、シリーズを読むのが久しぶりだったためなのか、シリーズの初めに感じていた、鮫島という孤高の刑事を描いたハードボイルドという印象が薄くなっているとも感じました。

 

今回の物語は、外国人相手の違法薬物の取引が行われているというタレコミにより鮫島が設置したヤミ民泊の取引現場の録画映像に、殺人の現場が映っていたことから捜査が始まります。

発見された死体は身元の手掛かりすらなく、捜査は壁に突き当たりますが、そこに田島組というヤクザが絡んでいることを知ります。

さらには、前巻『絆回廊』で鮫島の命を狙い失敗した陸永昌、別名樫原等や公安の香田もまた鮫島の前に現れるのでした。

前巻では鮫島のよき理解者であった桃井課長を亡くし、とも別れるという大きな変動がありました。

その鮫島が本書では、基本こそ大事だという新任の課長の阿坂景子に戸惑いつつ、この阿坂課長から刑事は二人組での行動が原則だからと、新任の相棒の矢崎と組まされてもいます。

単独での行動の中にこそ魅力があった鮫島が、自分の行動が相棒にとって不利益になるかもしれないと考えるなど、行動を自制せざるを得ない状況にあります。

そうしたことがこれまでの鮫島と異なる印象を持った理由だとすれば、作者の意図の通りであり、その点を疑問に思った私こそが読み込みが足りないことになりそうです。

 

しかしながら、そうした事情を汲んだうえでもなお組織に対する、もしくは仲間という存在に対する鮫島の考えがこれまでとは異なる感じはあります。

本書『暗約領域 新宿鮫11』のストーリーが、例えば今野敏の描く『隠蔽捜査シリーズ』や、誉田哲也の描く『姫川玲子シリーズ』のように、チームとしての捜査の過程自体を描き出す警察小説と似た印象をうけたのです。


チームとしての捜査陣が活躍する物語とは異なるはずなのにそう感じるということは、孤高を保ってきた鮫島の、“仲間”を守るというこれまでにはない感情が前面に出ていることから来るのではないかと思われます。

“仲間”という観点からすると、数少ない鮫島の理解者である鑑識の藪との共同での張り込みというこれまでにない状況もあります。

と同時に、本来は敵対するはずの田島組の>浜川との情報の交換、香田との奇妙な連携などが織り込まれているところからも来ているのかもしれません。

本来は晶という最大の理解者との別れを経た鮫島は、より孤独に、先鋭的になると思われるのですが、少なくとも本書ではその逆を行っているとも言えるのです。

 

ともあれ、前作『絆回廊』の出版から八年が経っています。個人的にはその前の『狼花(おおかみばな) 新宿鮫Ⅸ』以来の十三年ぶりの新宿鮫になります。

七百頁を超えるという長さの物語のため少々長すぎないかという思いはあり、また鮫島の印象の変貌もあるものの、やはり面白い作品であることは間違いありませんでした。

鮫島の今後の活躍をなお期待したいと思います。

帰去来

帰去来』とは

 

本書『帰去来』は2019年1月に刊行されて2022年2月に648頁で文庫化された、長編のパラレルワールド警察小説です。

たった一人、見知らぬ世界を生き抜こうとする一人の女性警察官の活躍を描くSFチックな冒険小説であり、楽しく読んだ作品でした。

 

帰去来』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査一課の“お荷物”刑事・志麻由子は、張り込み中に首を絞められる。「もうだめだ」と思って気絶し、次に目覚めた時、「光和27年アジア連邦・日本共和国・東京市」にタイムスリップしていた。由子は東京市警察のエリート警視で、たった一人の部下は、元の世界で分かれたはずの恋人だった。由子はエリート警視になりすまし、この世界で継続中だった捜査に着手するしかなかった。一方で、由子は自分がどうしてタイムスリップしたのか、そして元の世界に戻る方法に気づくのだがーー。執筆10年の超大作、パラレルワールド警察小説?(内容紹介(出版社より))

 

帰去来』の感想

 

本書『帰去来』は、異世界に迷い込んだ主人公の活躍が描かれるのですから、SF小説の中でもパラレルワールドものという分類にあたるといえます。

ユニークなのは、そのパラレルワールドと自分の所属する本来の世界とを利用した警察小説になっていることです。

 

SFと警察小説とのコラボ作品というと、人類社会と異星人とが共存する世界での、人間とロボットの刑事が組んで事件を解決するA・アシモフの古典的な名作『鋼鉄都市』があります。

また、警察小説に限らず推理小説とSF小説としてみると、人類の起源の謎に迫るJ・P・ホーガンの名作『星を継ぐもの』があります。

共にSFとしても推理小説としてもかなり話題を呼んだ作品であり、特に『星を継ぐもの』はSFファンならずとも必読の一冊であるといえます。


本書『帰去来』はSF色は薄いものの、まるで戦後の新宿の闇市のような舞台設定を設けることで独特な雰囲気を出すことに成功しています。

主人公が目覚めてすぐに聞いた「光和」や「承天」という年号や、「東京市警本部、暴力犯罪捜査局、捜査第一部、特別捜査課、課長、志麻由子警視」という自分の身分など、これまでいた世界とは異なる言葉の羅列は印象的です。

このような世界を舞台に、巡査部長だった主人公志麻由子が、秘書官の木ノ内里貴の助けを借り、警視として特別捜査課を率いて活躍する姿は大沢在昌らしい物語です。

ここでの二大組織の対立という舞台設定は、黒沢映画の「用心棒」の原案となったことでも有名な、D・ハメットの『血の収穫』という作品を思い出してしまいました。対立する二大暴力団の存在という設定は物語を描きやすいのだと思われます。

 


 

それはともかく、本書『帰去来』は、異世界で起きた事件そのものの謎解きへの関心がわくとともに、主人公の志麻由子はもとの世界に戻れるのか、またそもそもなぜにこの世界への転移とい現象が起きたのか、と通常の推理小説の醍醐味に加えSFとしての興味も加味されているのですからたまりません。

さすがは大沢在昌であり、エンタテイメント小説の第一人者だけのことはあると言わざるを得ません。

 

ただ、良いことばかりでもなく、読み終えてからの印象がなんとも薄いという欠点も感じました。読後に心に残るものがないのです。

この作者の『新宿鮫シリーズ』を読んだ時のような主人公に対する強烈な愛着や、『狩人シリーズ』を読んだ時に感じたそれぞれの巻に登場してくる男たちへの憧憬のような印象がないのです。

 



 

本書『帰去来』では主人公の志麻由子の警官としてのアクションを含む行動もさることながら、木ノ内里貴に対する恋心や、父親との関係など、見るべきところが少なからずあります。

しかし、そのどれもが読後に改めて振り返らせるような、読者である私の心に響くものがなかったように思えます。そのどれもにインパクトが足りないと感じてしまったのです。

 

たしかに、本書はベストセラー作家の大沢在昌が書いた作品として水準を満たした面白さを持った作品だとは思います。大沢在昌という人の作品はそれだけで面白いのです。

ただ、今一つ心に刺さるものが無いように感じたということです。

漂泊の街角

漂泊の街角』とは

 

本書『漂泊の街角』は『佐久間公シリーズ』の第三弾で、1985年12月に双葉ノベルスから刊行され、1995年10月に角川文庫から320頁の文庫として出版された、短編の青春ハードボイルド小説集です。

漂泊の街角』の簡単なあらすじ

 

“宗教法人炎矢教団総本部”この教団から娘・葉子を連れ戻してほしい―というのが今回の僕への依頼であった。僕が原宿にあるその教団へ娘を迎えに行くと、彼女は意外にも素直に教団を後にした。教団幹部の“オーラの炎によって彼女の身に恐しい出来事が起こる”という不気味な言葉を背に受けながら。依頼はあっさり解決した。但し、その肉のうちに葉子が喉を裂いて冷たくなっていなければ…。(炎が囁く)街をさまよう様々な人間たち。失踪人調査のプロ・佐久間公が出会う哀しみと歓び。事件を通して人生を綴るシリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

漂泊の街角』の感想

 

本書『漂泊の街角』は『佐久間公シリーズ』の第三弾の短編の青春ハードボイルド小説集です。

本書でも主人公佐久間公はかなりキザです。しかしながら、本書の出版時期が前作から四年近くも経っているからか、前作ほどに鼻につくというほどではありません。

全体的に、主人公の佐久間公の存在が落ち着いてきている印象はありました。それは作者大沢在昌の筆がうまくなったものか、読み手の私が佐久間公という存在に慣れたのか、それは分かりませんが、多分作者のうまさでしょう。

 

第三話の「悪い夢」は、佐久間公が撃たれ、瀕死の重傷の中で物語が進行するという話です。ハードボイルドとしてはそれほど好みではなかったのですが、佐久間公という個人を裏から描いた作品であり、わりと気になる作品でした。

この作品には岡江という新たな探偵が登場しますが、この岡江がこれから先、このシリーズにどのようにかかわってくるのかよくわかりません。

もしかしたら、「悪い夢」に限っての登場なのかもしれませんが、多分シリーズに関わってくるのだろうと思います。それだけの存在感を持っているのです。

 

もう一話、五話目の「ダックのルール」が、妙に気になりました。

傭兵が安定的な生活を求めて危険を冒すという設定なのですが、これまでに読んだことがない設定ということもあり、少々違和感を感じたのも事実です。

佐久間公という調査員の話からすると少々物騒で、飛びすぎているという印象ですが、ダックという男が気になったのだと思います。

 

ミステリーとしては最終話の「炎が囁く」が一番しっくりきた話でした。

読者としてミステリーの展開に関心が持てたのもありますが、公の相棒である沢辺とともに行動する点で、私の好みのリズムになっていたのが一番のような気がします。

佐久間公シリーズ

佐久間公シリーズ』とは

 

本『佐久間公シリーズ』は、とある法律事務所に勤務する佐久間公という名の調査員を主人公とするハードボイルド作品です。

ベストセラー作家大沢在昌の初期のシリーズ作品で、青春ハードボイルド作品といってもよさそうな大沢在昌らしいシリーズです。

 

佐久間公シリーズ』の作品

 

佐久間公シリーズ(2019年06月29日現在)

  1. 感傷の街角
  2. 標的走路
  3. 漂泊の街角
  1. 追跡者の血統
  2. 雪蛍
  3. 心では重すぎる

 

佐久間公シリーズ』について

 

本『佐久間公シリーズ』の主人公は、早川法律事務所という大きな法律事務所に勤務する佐久間公という名の調査員です。

そして、シリーズの第一作である短編集が『感傷の街角』であり、著者である大沢在昌のデビュー作であって、この作品で第一回小説推理新人賞を受賞しました。

デビュー作だからでしょう、この作品での主人公は実にキザです。普通、ハードボイルドの主人公は洒落た言葉を発し、それなりの腕っぷしを持っていたりもするのですが、この主人公の言葉はどこか浮いています。

 

本シリーズを読み始めて最初に思ったのが主人公の台詞の軽さ、ですが、その次に思ったのが、調査部を自分の事務所で持つような法律事務所が東京にはあるのだろうかということです。

たしかに法律事務所では、離婚事件などで私立探偵事務所に調査を依頼することはあります。しかし、調査員を自前で持つような法律事務所など、考えられなかったのです。

この点に関しては第二巻の『漂泊の街角』の北原清氏のあとがきに、次のようなことが書いてありました。

主人公が属する事務所は、「早川法律事務所は巨大な法律事務機構である。擁している弁護士は“社長”の早川弁護士を含めると十数人に達する。機構の中には調査課が二つあり、下請け興信所を必要としない。一課は証拠収集、二課は、失踪人調査をその業務としている。」のだそうです。

そして、第一回小説推理新人賞選考会での、生島治郎や海渡英祐、藤原審爾の三人の選考委員の、こんな巨大な機構を持った弁護士事務所は存在しないのではないかという指摘に対し、著者の大沢在昌は「あります」と言い切り、そのまま受賞するに至った、というエピソードを記してありました。

著者が言い切るのですから存在するのでしょう。この点は調べればすぐにでも分かることでしょうから、そんなに大きな問題点ではなかったのかもしれません。

 

主人公のキザさという点も、読みようによっては新人らしく、決して欠点とまでは言えないともいえ、また法律事務所の規模という点もあくまで小説として受け入れることができないわけではありません。

また、たまに登場する公の友人の沢辺の存在も見逃せません。これは、例えば石田衣良の『池袋ウエストゲートパークシリーズ』での真島誠と安藤崇の関係と同様であり、また東直己の『ススキノ探偵シリーズ』の俺と高田のようでもあります。


出版年月から見て本シリーズが一番古いことを考えると、こうした関係は「バディもの」という言葉があるように、一つのパターンとしてあるのでしょう。

いずれにしても、沢辺の存在は公の存在に暴力的な側面での助けがあること、また勤務先の存在は、警察とのつながりという一面も有し、法律的にも正当性を持つ存在としての性格を持ちます。

その点では私立探偵ものと警察ものとの中間的な位置づけを持つとも言えそうです。

いずれにしても、大沢在昌という作家の成長すらも見える、読みごたえのあるシリーズだと言えそうです。

感傷の街角

感傷の街角』とは

 

本書『感傷の街角』は『佐久間公シリーズ』の第一弾で、1982年2月に双葉ノベルスから刊行され、1994年9月に角川文庫から384頁の文庫として出版された、短編の青春ハードボイルド小説集です。

感傷の街角』の簡単なあらすじ

 

早川法律事務所に所属する失踪人調査のプロ佐久間公がボトル一本の報酬で引き受けた仕事は、かつて横浜で遊んでいた”元少女”を捜すことだった。著者23歳のデビューを飾った、青春ハードボイルド。(「BOOK」データベースより)

 

 

感傷の街角』の感想

 

本書『感傷の街角』は『大沢在昌のデビュー作の短編の青春ハードボイルド小説集です。

本書は出版年だけを見ると本シリーズの第二作である『標的走路』の方が古いようですが、表題作の「感傷の街角」は1979年に書かれていて、この作品が文壇デビューということになるようです。

なお、この表題作の「感傷の街角」は第一回小説推理新人賞を受賞しています。

このところ大沢作品を読む機会が多いためか大沢在昌の描く本格派のハードボイルド小説を読んでみたくなり、かなり前に一度読んだことがある本作品集を読み直してみたものです。

最初に読んだのは三十年以上も前のことであり、その印象は覚えていないのですが、再読してみようと思ったのは何となくの面白さを覚えていたからでしょう。

 

本書の主人公は早川法律事務所の調査二課(失踪人調査専門)に勤め、とくに若者の失踪人を中心の調査では腕利きと言われる佐久間公という人物です。

まさに“人探し”というハードボイルド小説の王道をいく設定の小説であり、ただ、普通は「探偵」であるところを法律事務所の調査員としているところはユニークです。

年齢は二十代後半であり、ヤクザ相手にも腰が引けないだけの度胸は持っています。

 

ただ、今回本書『感傷の街角』がその期待に十分に応えてくれたかというと、微妙なものがあります。

何しろ、主人公がとにかくキザです。今の大沢ハードボイルドとはかなり異なります。

そして、そんな今の大沢作品を読んでいるからか、本書は、という当時の大沢在昌の持つ「ハードボイルド」のパターンに表面だけを当てはめて描写しているような、型にはまった印象なのです。

例えば、第一話も早くに、とあるディスコに行ったことがあるかと聞かれ、「チークタイムにスタイリスティックスがかからなくなってからは行かないな。」と答えています。二十歳代の男が初対面の暴走族の親玉に言う台詞とは思えません。少なくとも、違和感がある台詞でした。

 

気障であることは全く構わないのです。その気障さが物語にきちんと解消されていれば何の問題もありません。

例えば、北方謙三の『ブラディ・ドール シリーズ 』など、気障の最たる作品と思われます。しかし、小説としては見事に成立しています。

本書『感傷の街角』はそうではなく、台詞も浮き気味だし、行動も感覚的なことが多く、読んでいて微妙な疑問を覚えることが少なからずありました。

ですが、それらの疑問を覚えた事柄については、読後に読んだ「解説」で納得しました。本書の「解説」は池上冬樹氏が書いておられますが、この「解説」がなかなかにシビアに本書を分析してあります。

そこでは、本書についての作者の言葉として「もうトロトロに甘いんですよね。」という言葉を紹介してありました。そして、池上氏自身も「この“甘さ”には眉をしかめた」とも書いてありました。「二十台の作家が同じ年代のヒーローを十分に客観化していない憾(うら)みがあった」とも書いておられるのです。

ただ、作者としては、チャンドラーの描く大人の「渋さ」に対抗するには自分の「青さ」しかないと考えた、とも書いてありました。作者なりの計算もあったわけです。

 

実を言えば、「気障」であるとか、「甘い」だとかは主観的なものであり読者個々人で感じるところは異なるものでしょう。ただ、私はそう感じたのです。

とはいえ、大沢在昌という作家の若い頃の作品として、作品の未完成さを感じながらも面白く読んだ小説でもありました。

池上氏は、生島治郎が本書について「ハードボイルドのフィーリングを持った小説」と評している点をあげ、本書について「つまり、“私”でも“俺”でもない、“僕”という人称が似合う若者の“ハードボイルドのフィーリング”こそ味わうべきなのである」と書いておられます。

つまりは、本書『感傷の街角』はまだまだ男として甘さを持った一人の若者の「フィーリング」を楽しむ小説であって、渋い大人のハードボイルド小説ではありません。

しかし、そのことを前提としてみると読みごたえがある小説と言え、この先もシリーズを読み続けたい作品でした。