帰去来

警視庁捜査一課の“お荷物”志麻由子は、連続殺人犯の捜査中に、何者かに首を絞められ気を失う。目覚めたのは異次元の「光和26年のアジア連邦・日本本共和国・東京市」だった。もう一人の自分は異例の出世をした“東京市警のエリート警視”。闇組織からは命を狙われ、警察内部でも汚職警官の摘発など、非情な捜査方法が非難を浴び、孤立無援であることを知る。戸惑いながらも彼女は、“エリート警視・志麻由子”となって捜査を継続するしか方法がなかった…。(「BOOK」データベースより)

 

迷い込んだ異世界の自分は異例の出世を遂げた凄腕の女性警視だった。

たった一人、この世界の自分の秘書官だけを味方に見知らぬ世界を生き抜こうとする一人の女性警察官の活躍を描く異例の警察小説です。

 

本書は異世界に迷い込んだ主人公の活躍が描かれるのですから、SF小説の中でもパラレルワールドものという分類にあたるといえます。

ユニークなのは、そのパラレルワールドと自分の所属する本来の世界とを利用した警察小説になっていることです。

 

SFと警察小説とのコラボ作品というと、人類社会と異星人とが共存する世界での、人間とロボットの刑事が組んで事件を解決する A・アシモフの古典的な名作『鋼鉄都市』があります。

また、警察小説に限らず推理小説とSF小説としてみると、人類の起源の謎に迫る J・P・ホーガンの名作『星を継ぐもの』があります。

共にSFとしても推理小説としてもかなり話題を呼んだ作品であり、特に『星を継ぐもの』はSFファンならずとも必読の一冊であるといえます。

 

 

本書はそれよりもSF色は薄いものの、まるで戦後の新宿の闇市のような舞台設定を設けることで独特な雰囲気を出すことに成功しています。

主人公が目覚めてすぐに聞いた「光和」や「承天」という年号や、「東京市警本部、暴力犯罪捜査局、捜査第一部、特別捜査課、課長、志麻由子警視」という自分の身分など、これまでいた世界とは異なる言葉の羅列は印象的です。

このような世界を舞台に、巡査部長だった主人公志麻由子が、秘書官の木ノ内里貴の助けを借り、警視として特別捜査課を率いて活躍する姿は大沢在昌らしい物語です。

ここでの二大組織の対立という舞台設定は、黒沢映画の「用心棒」の原案となったことでも有名な、D・ハメットの『血の収穫』という作品を思い出してしまいました。対立する二大暴力団の存在という設定は物語を描きやすいのだと思われます。

 

 

それはともかく、本書は、異世界で起きた事件そのものの謎解きについての関心があるとともに、主人公の志麻由子はもとの世界に戻れるのか、またそもそもなぜにこの世界への転移とい現象が起きたのか、と通常の推理小説の醍醐味に加えSFとしての興味も加味されているのですからたまりません。

さすがは大沢在昌であり、エンタテイメント小説の第一人者だけのことはあると言わざるを得ません。

 

ただ、良いことばかりでもなく、読み終えてからの印象がなんとも薄いという欠点も感じました。読後に心に残るものがないのです。

この作者の『新宿鮫シリーズ』を読んだ時のような主人公に対する強烈な愛着や、『狩人シリーズ』を読んだ時に感じたそれぞれの巻に登場してくる男たちへの憧憬のような印象がないのです。

 

 

 

本書では主人公の志麻由子の警官としてのアクションを含む行動もさることながら、木ノ内里貴に対する恋心や、父親との関係など、見るべきところが少なからずあります。

しかし、そのどれもが読後に改めて振り返らせるような、読者である私の心に響くものがなかったように思えます。そのどれもにインパクトが足らなかったと思わるのです。

 

たしかに、本書はベストセラー作家の大沢在昌が書いた作品として水準を満たした面白さを持った作品だとは思います。大沢在昌という人の作品はそれだけで面白いのです。

ただ、今一つ心に刺さるものが無いように感じたということです。

漂泊の街角

“宗教法人炎矢教団総本部”この教団から娘・葉子を連れ戻してほしい―というのが今回の僕への依頼であった。僕が原宿にあるその教団へ娘を迎えに行くと、彼女は意外にも素直に教団を後にした。教団幹部の“オーラの炎によって彼女の身に恐しい出来事が起こる”という不気味な言葉を背に受けながら。依頼はあっさり解決した。但し、その肉のうちに葉子が喉を裂いて冷たくなっていなければ…。(炎が囁く)街をさまよう様々な人間たち。失踪人調査のプロ・佐久間公が出会う哀しみと歓び。事件を通して人生を綴るシリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 


 

本書は、佐久間公シリーズの第二弾のハードボイルド短編小説集です。

 

前作同様に、本書でも主人公佐久間公はかなりキザです。しかしながら、本書の出版時期が前作から四年近くも経っているからか、前作ほどに鼻につくというほどではありません。

全体的に、主人公の佐久間公の存在が落ち着いてきている印象はありました。それは作者大沢在昌の筆がうまくなったものか、読み手の私が佐久間公という存在に慣れたのか、それは分かりませんが、多分作者のうまさでしょう。

 

第三話の「悪い夢」は、佐久間公が撃たれ、瀕死の重傷の中で物語が進行するという話です。ハードボイルドとしてはそれほど好みではなかったのですが、佐久間公という個人を裏から描いた作品であり、わりと気になる作品でした。

この作品には岡江という新たな探偵が登場しますが、この岡江がこれから先、このシリーズにどのようにかかわってくるのかよくわかりません。

もしかしたら、「悪い夢」に限っての登場なのかもしれませんが、多分シリーズに関わってくるのだろうと思います。それだけの存在感を持っているのです。

 

もう一話、五話目の「ダックのルール」が、妙に気になりました。

傭兵が安定的な生活を求めて危険を冒すという設定なのですが、これまでに読んだことがない設定ということもあり、少々違和感を感じたのも事実です。

佐久間公という調査員の話からすると少々物騒で、飛びすぎているという印象ですが、ダックという男が気になったのだと思います。

 

ミステリーとしては最終話の「炎が囁く」が一番しっくりきた話でした。読者としてミステリーの展開に関心が持てたのもありますが、公の相棒である沢辺とともに行動する点で、私の好みのリズムになっていたのが一番のような気がします。

佐久間公シリーズ

佐久間公シリーズ(2019年06月29日現在)

  1. 感傷の街角
  2. 標的走路
  3. 漂泊の街角
  1. 追跡者の血統
  2. 雪蛍
  3. 心では重すぎる

 

本書の主人公は、とある法律事務所に勤務する佐久間公という名の調査員です。

そして、シリーズの第一作である短編集が『感傷の街角』であり、著者である大沢在昌のデビュー作であって、この作品で第一回小説推理新人賞を受賞しました。

デビュー作だからでしょう、この作品での主人公は実にキザです。普通、ハードボイルドの主人公は洒落た言葉を発し、それなりの腕っぷしを持っていたりもするのですが、この主人公の言葉はどこか浮いています。

 

本シリーズを読み始めて最初に思ったのが主人公の台詞の軽さ、ですが、その次に思ったのが、調査部を自分の事務所で持つような法律事務所が東京にはあるのだろうかということです。

たしかに法律事務所では、離婚事件などで私立探偵事務所に調査を依頼することはあります。しかし、調査員を自前で持つような法律事務所など、考えられなかったのです。

この点に関しては第二巻の『漂泊の街角』の北原清氏のあとがきに、次のようなことが書いてありました。

主人公が属する事務所は、「早川法律事務所は巨大な法律事務機構である。擁している弁護士は“社長”の早川弁護士を含めると十数人に達する。機構の中には調査課が二つあり、下請け興信所を必要としない。一課は証拠収集、二課は、失踪人調査をその業務としている。」のだそうです。

そして、第一回小説推理新人賞選考会での、生島治郎や海渡英祐、藤原審爾の三人の選考委員の、こんな巨大な機構を持った弁護士事務所は存在しないのではないかという指摘に対し、著者の大沢在昌は「あります」と言い切り、そのまま受賞するに至った、というエピソードを記してありました。

著者が言い切るのですから存在するのでしょう。この点は調べればすぐにでも分かることでしょうから、そんなに大きな問題点ではなかったのかもしれません。

 

主人公のキザさという点も、読みようによっては新人らしく、決して欠点とまでは言えないともいえ、また法律事務所の規模という点もあくまで小説として受け入れることができないわけではありません。

また、たまに登場する公の友人の沢辺の存在も見逃せません。これは、例えば 石田衣良の『池袋ウエストゲートパークシリーズ』での真島誠と安藤崇の関係と同様であり、また 東直己の『ススキノ探偵シリーズ』の俺と高田のようでもあります。

 

 

出版年月から見て本シリーズが一番古いことを考えると、こうした関係は「バディもの」という言葉があるように、一つのパターンとしてあるのでしょう。

いずれにしても、沢辺の存在は公の存在に暴力的な側面での助けがあること、また勤務先の存在は、警察とのつながりという一面も有し、法律的にも正当性を持つ存在としての性格を持ちます。

その点では私立探偵ものと警察ものとの中間的な位置づけを持つとも言えそうです。

いずれにしても、大沢在昌という作家の成長すらも見える、読みごたえのあるシリーズだと言えそうです。

感傷の街角

早川法律事務所に所属する失踪人調査のプロ佐久間公がボトル一本の報酬で引き受けた仕事は、かつて横浜で遊んでいた”元少女”を捜すことだった。著者23歳のデビューを飾った、青春ハードボイルド。(「BOOK」データベースより)

 


 

本書の主人公は早川法律事務所の調査二課(失踪人調査専門)に勤め、とくに若者の失踪人を中心の調査では腕利きと言われる佐久間公という人物です。

まさに“人探し”というハードボイルド小説の王道をいく設定の小説であり、ただ、普通は「探偵」であるところを法律事務所の調査員としているところはユニークです。

年齢は二十代後半であり、ヤクザ相手にも腰が引けないだけの度胸は持っています。

 

本書は著者の大沢在昌のデビュー作だそうです。出版年だけを見ると本シリーズの第二作である『標的走路』の方が古いようですが、表題作の「感傷の街角」は1979年に書かれていて、この作品が文壇デビューということになるようです。

なお、この表題作の「感傷の街角」は第一回小説推理新人賞を受賞しています。

 

 

このところ大沢作品を読む機会が多いためか大沢在昌の描く本格派のハードボイルド小説を読んでみたくなり、かなり前に一度読んだことがある本作品集を読み直してみたものです。

最初に読んだのは三十年以上も前のことであり、その印象は覚えていないのですが、再読してみようと思ったのは何となくの面白さを覚えていたからでしょう。

 

ただ、今回本書がその期待に十分に応えてくれたかというと、微妙なものがあります。

何しろ、主人公がとにかくキザです。今の大沢ハードボイルドとはかなり異なります。

そして、そんな今の大沢作品を読んでいるからか、本書は、という当時の大沢在昌の持つ「ハードボイルド」のパターンに表面だけを当てはめて描写しているような、型にはまった印象なのです。

例えば、第一話も早くに、とあるディスコに行ったことがあるかと聞かれ、「チークタイムにスタイリスティックスがかからなくなってからは行かないな。」と答えています。二十歳代の男が初対面の暴走族の親玉に言う台詞とは思えません。少なくとも、違和感がある台詞でした。

 

気障であることは全く構わないのです。その気障さが物語にきちんと解消されていれば何の問題もありません。

例えば、 北方謙三の『ブラディ・ドール シリーズ 』など、気障の最たる作品と思われます。しかし、小説としては見事に成立しています。

 

 

本書はそうではなく、台詞も浮き気味だし、行動も感覚的なことが多く、読んでいて微妙な疑問を覚えることが少なからずありました。

ですが、それらの疑問を覚えた事柄については、読後に読んだ「解説」で納得しました。本書の「解説」は池上冬樹氏が書いておられますが、この「解説」がなかなかにシビアに本書を分析してあります。

そこでは、本書についての作者の言葉として「もうトロトロに甘いんですよね。」という言葉を紹介してありました。そして、池上氏自身も「この“甘さ”には眉をしかめた」とも書いてありました。「二十台の作家が同じ年代のヒーローを十分に客観化していない憾(うら)みがあった」とも書いておられるのです。

ただ、作者としては、チャンドラーの描く大人の「渋さ」に対抗するには自分の「青さ」しかないと考えた、とも書いてありました。作者なりの計算もあったわけです。

 

実を言えば、「気障」であるとか、「甘い」だとかは主観的なものであり読者個々人で感じるところは異なるものでしょう。ただ、私はそう感じたのです。

とはいえ、大沢在昌という作家の若い頃の作品として、作品の未完成さを感じながらも面白く読んだ小説でもありました。

池上氏は、生島治郎が本書について「ハードボイルドのフィーリングを持った小説」と評している点をあげ、本書について「つまり、“私”でも“俺”でもない、“僕”という人称が似合う若者の“ハードボイルドのフィーリング”こそ味わうべきなのである」と書いておられます。

つまりは、本書はまだまだ男として甘さを持った一人の若者の「フィーリング」を楽しむ小説であって、渋い大人のハードボイルド小説ではありません。

しかし、そのことを前提としてみると読みごたえがある小説と言え、この先もシリーズを読み続けたい作品でした。

魔女の封印

特殊能力を活かし、裏のコンサルタントとして生きる女・水原は、旧知の湯浅に堂上という男の調査を依頼される。実は堂上の正体は新種の頂点捕食者―人のエネルギーを摂取して生きる―であることが判明し、さらに中国で要人暗殺に係わった頂捕が日本に潜入しているという。そんな折、水原と接触した堂上が行方を絶つ。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

水原は、自分の存在意義や能力を知らされた中国人の頂点捕食者が、ある目的をもって日本にやってきたと推測する。彼らの参謀は誰か、そして目的とは―。堂上は殺され、水原は中国人頂捕たちの行方を追うが、逆に中国安全部に拉致される。その裏では、国家的な陰謀が蠢いていた。「魔女」シリーズ第3弾。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

大沢在昌著の『魔女の盟約』は、『魔女シリーズ』も第三巻目となる長編のハードボイルドエンターテイメント小説です。

 

登場人物
水原 裏社会のコンサルタント。男の人間性を一瞬で見抜く能力を持つ。
星川 元警官で性転換した私立探偵。水原の相棒。
湯浅 元警視庁公安部の刑事。現在は国家安全保障局(NSS)に所属
堂上保 東京・虎の門の古美術店「堂上堂」のオーナー。
須藤謙作 大阪の探偵。関西の広域暴力団・星稜会の依頼で堂上を調査中。
西岡タカシ ウエストコースト興産の事実上の経営者。
酒井 健康開発総合研究センターで頂点捕食者理論を専門にする女性研究員。
森まなみ ウエストコースト興産北京支店社員。
希家貴 ウエストコースト興産北京支店社員。
江峰 中国人グループのリーダー。日本に潜伏中。

 

前巻で韓国とさらには中国の国家機関まで巻き込んで一大スケールアップした展開を見せたこのシリーズでしたが、今回は“頂点捕食者”なる存在を引っ張り出し、また中国安全部を巻き込んだ、人間という存在そのものへの考察を不可避とする物語を繰り広げています。

 

これまでもシリーズのサブメンバー的に登場してきていた湯浅から頼まれ、水原は堂上という男の調査を依頼されます。しかし、彼は水原の能力をもってしてもその人間性を全く感知できない男でした。

じつは堂上という男は、生態系の中で最上位に位置する、他人の生命力を吸い取る能力を持った「頂点捕食者」と名付けられた一億人に一人の割合で発言するらしい、“新人類”ともいうべき存在だったのです。

そこに中国の国家主席に対する「頂点捕食者」による暗殺計画の話が絡んできます。

湯浅は、十四億人弱という人口を有する中国には十人以上の頂点捕食者がいるはずであり、そのうちの何人かが日本に来ていて、中国安全部の人間も彼らを捕らえるために来日しているというのです。

そこに、これまでも水原と因縁の深い西岡タカシが経営するがウエストコースト興産絡んできたのでした。

 

本シリーズは、男の人間性を見抜く能力を持つ女という、そもそもの設定自体がかなり突飛なものでしたが、巻を重ねるごとに一段とその度合いを増しています。

多分シリーズ最終巻となる本書では、動物の生態系の頂点にいる存在まで出てきました。それが「頂点捕食者」と名付けられた存在で、他者の生命エネルギーを吸い取り、それを自らのものとするのです。

地球上の動物の頂点にいると考えられている人類は、自分が食物にされることのない最上位の捕食者であるにはその数が多すぎ、自然の摂理は新たな頂点捕食者を創り出すというのです。

ただ、食物連鎖緒の頂点にいるにしてはその数が少なすぎ、また攻撃能力も有していないというのは自らの存在を確保し難く、自然の摂理が生み出すにしてはあまりに弱い存在である気もしますが、それはまあいいでしょう。

ここらの問題を突き詰めていくと、増えすぎた人間存在への考察へと進み、戦争や飢餓などの集団殺戮へと行きそうになり、収拾がつかなくなりそうです。

 

ともあれ、そうした存在として堂上という男が登場します。この男が存在感があります。この堂上と水原との会話は大人の会話としてかなり読みごたえがありました。

特に堂上が水原を評価する場面は、常に自分の存在を否定しがちに思える水原の内面をも見抜いているようです。水原に「問題は、すべきでないことをあの人にしていると、思っているあたし」と言わせるほどですから。

こうした会話の場面を書けること自体が、大沢在昌という作家の力量を示しているといえるのでしょう。

 

一億人に一人という存在を設定したことで、日本には一人、もしかしたら二人の「頂点捕食者」がいることになります。

それに対し、中国には十人以上の「頂点捕食者」がいる筈であり、当然中国政府が知らない筈はありません。そして中国安全部が絡んでくる話になってきます。

更には、西岡タカシや星稜会も加わり、いつものサスペンスアクション小説としての展開となるのですが、どうしても水原やその相棒的存在の星川との会話や水原の独白なりが増えています。

それは、この作者らしく、荒唐無稽な舞台設定なりのリアリティを追及してあるため、どうしても物語の流れを整理していく必要があるのでしょう。

しかし、前巻でも感じたように、人間関係が入り組みすぎて、若干筋を見失いがちになりました。その点がもう少し単純であれば読みやすいかとは思った次第です。

 

最終的に思いもかけない形でこの物語は終わりますが、その結論には異論もあるところかもしれません。とはいえ、それ以外にはない気もします。

 

読み終えて、大沢在昌という作家に対しての私の好みとしては、『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』(Kindle版)をはじめとする地に足の着いたハードボイルドをこそ読みたいのだ、と改めて思いました。

 

魔女の盟約

過去と決別すべく“地獄島”を壊滅させ、釜山に潜伏していた水原は、殺人事件に巻き込まれるが、危ういところを上海から来た女警官・白理に救われる。白は家族を殺した黄に復讐すべく、水原に協力を依頼するが―。日中韓を舞台に、巨大な組織に立ち向かう女性たちを壮大なスケールで描く、『魔女の笑窪』の続編。(「BOOK」データベースより)

 

大沢在昌著の『魔女の盟約』は、『魔女シリーズ』第二弾の長編のハードボイルドエンターテイメント小説です。

 

前作『魔女の笑窪』で水原は、チョコレートショップの経営者という東山や九州の暴力団「要道会」と組んで「地獄島」を壊滅させるという拠に出ました。中国や韓国などの組織をも巻き込んだその事件のために、日本の警察や暴力団から追われる身となった水原は、日本を脱出し名も顔も変えて韓国に潜むことになったのです。

その韓国でこれまでの「地獄島」の行動の意味をなくしてしまうような殺人事件に巻き込まれた水原でしたが、上海から来た白理という女に助けられます。

その後、この女と行動を共にするうちに、「地獄島」の事件には裏があり自分は利用されたにすぎないことに気が付いた水原は、白理という女を助け、またこれからの自分が生きるために再び立ち上がります。

 

今回の水原は韓国や中国を舞台にしての活躍が大きな部分を占めています。

本書のあとがきを書かれている冨坂總氏は、「徹底したリサーチによって作品全体にちりばめられているディテールの細かさ」が、ストーリーを盛り上げてくれているといいます。

例えばとして、「上海の国家安全局と北京の安全局とのライバル関係をうまく展開に滑り込ませているあたり」は唸らざるを得ない、と書いています。

また、中国国内における少数民族の位置付け、中でも朝鮮族の扱いも絶妙だといい、さらには、韓国に持ち込まれるコピーブランドの工場が山東省に集中しているという設定も現実そのままであるといい、その取材力の確かさを称賛しているのです。

そうした緻密な取材の裏付けがあって初めて本作のような荒唐無稽な物語でありながらもエンターテインメントとしての物語のリアリティーが醸成されているということなのでしょう。

 

中国を舞台にした緻密な取材をもとにした作品といえば、 麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)がありました。あの作品も公安警察の緻密な描写の先にあったものは中国本土での壮大なスケールの冒険小説としての展開であり、現地を正確に抑えた描写でした。

 

 

また、現地の調査という意味では 黒川博行の『国境』(文春文庫 全二巻)は北朝鮮を舞台にした物語でした。地理的な意味でもそうですが、それよりも組織としての北朝鮮の現状が詳しく描かれていたこの作品は、別な意味でも必見です。

 

 

ともあれ、本書の展開は第一作での水原の個人的な活動から「地獄島」への具体的な関りと移行していった前作とは異なり、日本の暴力団ももちろんのこと、韓国や中国のマフィアや更には中国の国家機関まで巻き込んだ壮大なものとなっています。

ただ、スケールが大きくなっている反面、その状況の説明のために頁数を割かなければならず、ストーリーを進めるうえでの登場人物や組織の説明が多く、今一つ物語としての面白さにのめり込みにくい印象はあります。

とはいえ、物語としての面白さがそれほど損なわれているわけではありませんので、これくらいは許容範囲でしょう。少なくとも私にとってはそうでした。

 

本書のような大人のファンタジー的な物語は受け入れがたいという人も当然いると思います。

しかしながら、丁寧な取材の元、きちんと構築された舞台設定の下で展開されるこうした荒唐無稽な物語を気楽に楽しむことこそがエンターテイメント小説という物語の醍醐味だと思っています。

そして、本シリーズはそうした期待に十二分に答えてくれる物語だと思うのです。

魔女の笑窪

自らの特殊能力―男をひと目で見抜く―を生かし、東京で女ひとり闇のコンサルタントとして、裏社会を生き抜く女性・水原。その能力は、「地獄島」での彼女の壮絶な経験から得たものだった。だが、清算したはずの悪夢「地獄島」の過去が、再び、水原に襲い掛かる。水原の「生きる」ための戦いが始まった。(「BOOK」データベースより)

 

大沢在昌著の『魔女の笑窪』は、『魔女シリーズ』の第一弾である長編のハードボイルドエンターテイメント小説です。

 

第一話では、知り合いのホテトル嬢が殺された裏を探り、犯人を探り出して報復をする様子が描かれます。その中で、主人公が男の精液の味について語る場面や、ヤクザを相手に一歩も引かずに渡り合う場面などが描かれながら、現在の水原の職業や過去の仕事、そして性格などを描写してあります。

その後第二話では、一年前に死んだ大物右翼の前田法玄の女房だった前田妙子という名の女が主人公水原の島のことなどの過去を知っていると現れます。

関東通信社の嘱託をしている湯浅という記者を何とかしてくれたら、養女になってもらうというのです。前田法玄のコネは魅力であり、島のことを知っている女ならば仲間になれるかもしれませんでした。

こうした物語の進展の中で、水原の男の中身を見抜くことのできる能力や、湯浅の写真から正体を探り出す仲間がいたりと、水原の本質が少しずつあきらかにされていきます。

第三話になると、第二話での前田が水原の過去を知ったルートを調べる中で浮かび上がってきた若名という風俗専門のライター中心の話になります。この若名は水原と同じような見ただけで女の本質を見抜く能力を持っていたのですが、この物語は第四章で少々切ない話として終わります。

こうして、将軍と呼ばれる香港の実力者(第五章)、豊国という整形外科の医師(第六・七章)、地獄島の番人(第八章)、地獄島(第九・十章)と話は進みます。

 

この物語の前半は主人公の水原中心のハードボイルド小説ですが、第六章あたりからアクション小説の趣を持ち始め、第八章からは完全にアクション小説と言ってもいいほどに物語の雰囲気が変わります。

とはいえ、主人公が積極的に拳銃を駆使して暴れまわる、というものではなく、拳銃を持ちはするものの、降りかかる火の粉を払いながら核心に迫っていいきます。

その過程で醸し出される雰囲気がまさにアクション小説と感じる描写だったのです。

ただ、アクション小説へと変化する過程は、水原の過去の亡霊に対面する苦悩と一致するようにも思えます。

 

この作品は水原という主人公のキャラクターのカッコよさにつきます。勿論彼女を助ける、第六話から登場してくる星川というおかまの探偵などの脇役たちも魅力的ですが。

ここまで体を張りながらもクールな女性主人公はそうはいないと思います。一番思い出したのはやはり 月村了衛の『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』の主人公でしょうか。

 

 

しかしながら、『魔女シリーズ』の項でも書いたように、これらの作品は『明日香シリーズ』(角川文庫 シリーズ完全版【全4冊合本】Kindle版)の明日香により似ていると思うのです。

 

 

エンターテイメント小説としての王道をまっすぐに進む本書は、若干のファンタジー色を気にしない人であれば面白と感じること間違いのない小説だと思います。

魔女シリーズ

本シリーズは、裏社会でのコンサルタントをしている水原という三十代半ばの女を主人公とするハードボイルドエンターテインメント小説です。

 

魔女シリーズ(2019年04月24日現在)

  1. 魔女の笑窪
  2. 魔女の盟約
  3. 魔女の封印

 

主人公の水原は実の祖母に十四歳で地獄島という魔窟に娼婦として売られますが、二十代半ばに島を脱け、二十八歳で整形手術を受け裏世界のコンサルタント業を始めたという女です。

物語はこの水原の一人称で書かれています。作者によると、一人称で書いた方がキャラクターに踏み込むことができますから、主人公に開き直りが生まれてくるんだそうです。

その娼婦として地獄島で生きてきたという悲惨な過去を持つ主人公は、実にクールな女として描かれています。

また、この主人公は裏社会の人物を顧客としてコンサルタント業を営んでいるだけあってタフでもあります。だからと言って、『明日香シリーズ』のヒロイン明日香のように派手なアクションで相手をやっつけるというわけでもありません。少なくとも第一巻の前半はまさにハードボイルドです。

確かに、二巻、三巻と、巨大組織との対立が描かれ、クールなハードボイルドというよりは、クールな女性を主人公にしているアクション小説と言った方が適切かもしれない雰囲気を醸し出していますが、『明日香シリーズ』(角川文庫 シリーズ完全版【全4冊合本】Kindle版)ほどではないのです。

 

 

そもそも、本シリーズの基本的な設定について『魔女の盟約』(文春文庫版八頁 : 参照 )から引用します。

地獄島とは熊本県の南西の八代海に百以上浮かぶ天草諸島の一つ浪越島が、通称地獄島と呼ばれる売春島だ。私は祖母の手で、十四のときにそこに売られ、何千人という客の相手をさせられた。二十四でその島から脱出したが、それが百年以上の島の歴史でただ一度だけ成功したといわれている“地獄抜け”だ。・・・島には「番人」と呼ばれる人の心を持たない男たちがいて、“地獄抜け”をした女の居場所がわかるや、連れ戻しにくる。

実は、この地獄島と日本の裏社会には密接な関係があり、七大組織と呼ばれる日本の広域暴力団の襲名披露では島の九凱神社からの使者の列席が必須のものとされ、それがなければ正式な披露とはみなされないという因習がありました。

しかし、その島も時代の波に押され、中国マフィアと組まざるを得なくなってきているほどに衰えてきていたというのです。

 

以上のように、本書の設定はかなり荒唐無稽なものであり、この作者の『新宿鮫シリーズ』や『狩人シリーズ』のようなシリアスなハードボイルドではありません。

 

 

しかし、それでもなおクールな女性を主人公としたハードボイルドとして、アクション小説としての側面も有しており読みごたえがあります。

女性を主人公としてのアクション小説と言えば、実はその世界では名の通った戦士の女が、圧倒的な暴力により殺されそうになっている子供たちを救出するという、 月村了衛の『槐(エンジュ)』などがあります。しかし、この作品はどちらかというと『明日香シリーズ』の方に近い作品でしょうか。

 

 

本書での魅力的な登場人物の一人にお抱え運転手の木崎という男がいますが、少なくとも第一巻ではその存在が示されるだけで、人間については何も書いてありません。正体不明の人物です。

この男については、第二巻で株の仕手筋で有名な、静岡のある老人のお抱え運転手だった。老人は私のコンサルタント会社の顧客で、遺言で木崎を託された男だとありました。未読の三巻には更なる情報があるかもしれません。

そしてもう一人、警官上がりのニューハーフの星川という存在がいます。この男(?)もまた主人公水原の心強い味方として活躍しています。

 

本書の魅力は、クールな水原というキャラクターの存在と共に、こうした仲間の魅力もよく描けていることになると思われます。

そして、ポイントに気の利いたアフォリズム(警句,箴言)が散りばめられており、読み進めていくうえで小気味いいリズムとして心に響いてきます。

こうした言葉を効果的に使えるというのはやはり作者の腕というものなのでしょう。

私しては『狩人シリーズ』のような作品の方が自分の好みにあっていると思うのですが、本『魔女シリーズ』はそれとして非常に面白く読むことができた作品でした。

俺はエージェント

下町の居酒屋にかかってきた1本の電話―。二十三年ぶりにオメガ・エージェントの極秘ミッション「コベナント」が発動され、スパイ小説好きの俺は、元凄腕エージェントの白川老人と行動を共にするはめになる。オメガの復活を阻止すべく、敵対するアルファ・エージェントの殺し屋たちが次々と俺たちに襲いかかる。だが、何かがおかしい。裏切り者は誰か?誰が味方で誰が敵なのか、誰にもわからない。そして、裏切られた裏切り者とは…!?(「BOOK」データベースより)

 

気楽に読めるコミカルなスパイものの長編小説です。

 

スパイ小説を読み、エージェントにあこがれる村井という男は、行きつけの居酒屋で親しくなった白川という爺さんのスパイ活動に巻き込まれ、現実にあこがれのスパイ活動をすることになります。

しかし、その実態は裏切りに継ぐ裏切りで、誰を信頼していいのか、敵味方が全く分からない世界でした。

 

本書は、この作家の『らんぼう』などと同様の、コメディタッチの物語です。ただ、その対象となる世界がスパイの世界なのです。

行きつけの居酒屋で知り合った老人が凄腕のスパイであり、その居酒屋のおばさんが敵対する組織の監視員であったり、そのおばさんは問答無用で討ち殺されてしまったりと話は冒頭から荒唐無稽に展開していきます。

でありながら、インテリジェンスの世界をそれなりにリアルに描いてあったりと、アクション系やインテリジェンスの世界を舞台にした作品を数多く書かれてきた大沢在昌という作者の作品らしい仕上がりになっている作品です。

 

面白さの一つに、登場してくる人物がどこまでが信用できる相手であるのか、まったく不明なことがあるでしょう。古い付き合いだからと安心していたらすぐに裏切られます。

ついには読者まで裏切られ、この物語は意外な方向へと進むのです。

 

主人公はスパイ小説が好きという設定ですが、本書冒頭で主人公が読んでいる『エージェント・ハリー』シリーズというスパイアクションは知りません。実在する作品なのかも不明です。

でも、すぐそのあとに書いてあるイアン・フレミングの『007シリーズ』や『0011ナポレオン・ソロ』『ジョン・ドレイク』などは現実に存在した作品ですし、ディーン・マーチンの『部隊』シリーズも同様です。

 

 

 

これらの作品はほとんどが映像化されていて、私も『ジョン・ドレイク』以外はすべて子供のころに見ています。007シリーズは今でも続いているのですから凄いものです。

そうした諜報員ものの中でも『それいけスマート』のようなコメディ作品も登場してきたのですが、本作はどちらかというとそのコメディ作品に似ています。

 

 

近年の映画で言えば、ハリウッド映画の『レッド』に近いと言えるかもしれません。往年の凄腕スパイたちが昔とった杵柄でスーパーマン的な活躍を見せる、オールスター登場の作品でした。

 

黒の狩人

中国人ばかりを狙った惨殺事件が続けて発生した。手がかりは、死体の脇の下に残された刺青だけ。捜査に駆り出された新宿署の刑事・佐江は、捜査補助員として謎の中国人とコンビを組まされる。そこに、外務省の美人職員・由紀が加わり、三人は事件の真相に迫ろうとするが…。裏切りと疑惑の渦の中、無数に散らばる点と点はどこで繋がるのか。(上巻 : 「BOOK」データベースより)
連続殺人を中国政府による“反政府主義者の処刑”と考えた警察上層部に翻弄される佐江たち。一方中国は、共産党の大物を日本に派遣し、事件の収束を図ろうとする。刑事、公安、そして中国当局。それぞれの威信と国益をかけた戦いは、日中黒社会をも巻き込んだ大抗争へと発展する…。かつてないスピードで疾走するエンターテインメントの極致。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

本書『砂の狩人』は、狩人シリーズの第三巻です。

これまでのこのシリーズ『北の狩人』『砂の狩人』では脇に回っていたシリーズの陰の主役マル暴刑事佐江が珍しく中心になって活躍する場面が見られます。

 

ある日、署長室に呼ばれた佐江は、時岡の同期だという外事二課の一条から、何の資格も持たない中国人と組んでの捜査を命じられる。つまりはアルバイトの捜査補助員との共同捜査ということだった。ただ、この宋という中国人にはスパイの疑いもあるということであり、何らかの不祥事が起きた時には佐江が切り捨てられることは考えるまでもないことだった。

佐江と組んで捜査をする事件は、三人の中国人の殺害事件であり、三人には左脇の下に見つかった、中国の五岳聖山の一つの名を刻んだ刺青という共通点があった。

一方、外務省アジア太洋州局中国課職員である野瀬由紀は、自分の浮気相手である警視庁公安部外事二課警部補の水森から中国人の連続殺人事件についての情報を得、情報の収集に乗り出すなかで、警察がおかしな動きをしているという情報に接し、直接佐江に連絡を取ることにするのだった。

 

時岡は前作『砂の狩人』に登場してきた人物だけれど、警視庁ではなく警察庁ではなかったか、との疑問も持ったのですが、時岡の経歴を全部覚えている筈もなく、さらりと流してしまいました。

本書では先にも述べたように、佐江が物語の中心となって、連続殺人の解決にむけて、という中国人の捜査補助員と共に奔走しています。まさに、佐江の物語です。

そういう意味では、『北の狩人』のや『砂の狩人』の西野のようなアクション向きの主人公ではない分、中年の腹の出た冴えないおっさんが日本のヤクザと中国マフィアを相手に対等に渡り合い、少しづつ情報を得ながら事件の真相を探るミステリーなのです。

 

他方では、佐江の相棒であるという男の正体もあいまいになってきて、ときには袂を分ちあいながらもそれでもなお、男としてという男を自分の相棒として認める佐江の姿は、まさに日本人好みの「漢(オトコ)」の姿であり、その姿にしびれるのです。

近時、 柚月裕子の『孤狼の血』や、その続編である『凶犬の眼』が人気です。そこで描かれている大上章吾や日岡秀一という男たちにも本書の佐江と同様の色が感じられます。法の執行者でありながらも、その対極にいるヤクザ者の中に「法」を越えたところにある男同士の心の繋がり、と言ってしまえば実に薄っぺらくも感じますが、他に言いようのない関係性を見出すのです。

 

 

それは一面では浪花節的、という言葉で語られることの多い関係性でもあり、つまりは感傷に流されやすい関係性でもある気がします。

そうした危うい関係性を緻密なプロットの上に、丁寧に築いていくことで単なる感傷に陥ることを回避しているのが大沢在昌の作品群であり、その他の人気作家たちの作品だと思います。

本書『黒の狩人』も勿論、複雑とさえ言える物語の筋立てを前提に、刑事警察、公安警察、ヤクザ、中国マフィアといった多くの登場人物による構築されたミステリーであり、のめり込まずには読めない物語として成功しているのです。