冬の狩人

本書『冬の狩人』は『狩人シリーズ』の第五巻で、新刊書で566頁にもなる長編の警察小説です。

まさに待望のシリーズ続編としては相応の作品でしたが、個人的にはより個性的な作品を期待していました。

 

『冬の狩人』の簡単なあらすじ 

 

3年前にH県で発生した未解決殺人事件、「冬湖楼事件」。行方不明だった重要参考人・阿部佳奈からH県警にメールが届く。警視庁新宿警察署の刑事・佐江が護衛してくれるなら出頭するというのだ。だがH県警の調べでは、佐江は新宿の極道にとことん嫌われ、暴力団員との撃ち合いが原因で休職中。そんな所轄違いで無頼の中年刑事を、若い女性であるはずの“重参”がなぜ指名したのか?H県警捜査一課の新米刑事・川村に、佐江の行動確認が命じられる―。筋金入りのマル暴・佐江×愚直な新米デカ・川村。シリーズ屈指の異色タッグが炙りだす巨大地方企業の底知れぬ闇。(「BOOK」データベースより)

 

東京近郊にあるH県第三の都市の本郷市は、巨大企業のモチムネの企業城下町として知られていた。

その本郷市にある冬湖楼で、本郷市長や上田和成弁護士ら三人が殺害され、上田弁護士の秘書が行方不明になる事件が起きた。

その三年後、上記事件で行方不明になっていた秘書の阿部佳奈から、東京の新宿署にいる佐江刑事の保護があれば出頭するというメールがH県警に届いた。

警察官を辞めるつもりでいた佐江は、自分を指名する女の心当たりはないままに、阿部佳奈の護衛を引き受け、川村芳樹刑事と共に行動することになる。

阿部佳奈は佐江との交流場所として西新宿のホテルを指名してきたが、そのホテルに殺し屋が現れるのだった。

阿部佳奈とは何者なのか、何故今頃になって出頭すると言ってきたのか、そして何故佐江を指名してきたのか、謎は深まります。

 

『冬の狩人』の感想

 

本『狩人シリーズ』には各巻ごとに個別の魅力的な登場人物が登場します。

第一巻では梶雪人。第二巻では西野刑事やヤクザの原。第三巻では中国人通訳の毛と本書でも登場する野瀬由紀。前巻の第四巻では捜査一課の谷神刑事。

そして第五巻となる本書『冬の狩人』では、新人刑事の川村芳樹巡査がそれにあたります。それに「阿部佳奈」も加えていいかもしれません。

 

本書『冬の狩人』における佐江は、H県警の新人刑事の川村を引き連れて捜査をすることになりますが、川村にとって新宿での佐江の捜査方法は驚くことばかりでした。

当初の川村刑事は正義感に燃えていて、暴力団に喧嘩を売るという佐江との出会いなどもあり、佐江の捜査方法には抵抗も感じています。

しかし、H県警上層部に対する佐江の態度や以後の佐江の捜査方法を見て、佐江の警察官としての優秀さを感じ、佐江による本事件の捜査を楽しみに思うのです。

そして実際、川村は佐江と共にメールを送ってきた重要参考人の阿部佳奈の保護、さらには「冬湖楼事件」そのものへの捜査を行うことになり、佐江の能力を思い知らされます。

ただ、これまでの登場人物に比べると川村は存在感が今一つです。新人だけに男としての魅力には欠けています。

しかし、新米刑事が次第に経験を積んでいく様子はさすがに読ませます。

 

狩人シリーズ』は、当初は先に書いた魅力的な登場人物が中心となり、佐江が脇を固める形で始まったシリーズです。

しかし、シリーズ第三作『黒の狩人』以降は佐江を中心として展開する物語となっています。

特に『黒の狩人』がそうで、まさに佐江の物語だったのですが、本書『冬の狩人』もまた佐江刑事の物語になっています。

 

 

本書での佐江は、前作の『雨の狩人』で出した辞表も預かりの形になっていて、何故か休職扱いになっています。

そんな佐江を現場へと引きずり込んだのが、H市で起きた殺人事件の容疑者からの一通のメールだったのです。

そのメールに関連して、シリーズ第三作の『黒の狩人』に登場する野瀬由紀の名前が出てきており、第三巻同様に佐江が物語の中心になっています。

 

 

ただ、個人的な好みを言わせてもらえれば、佐江自身が中心になった物語よりも脇に回った作品を読みたいと思いました。

というのも、本来、この『狩人シリーズ』は、佐江が脇に回ってその巻だけに登場してくる人物を補佐するパターンのほうが佐江の魅力がより発揮できると思うからです。

そういう意味では、私にとっては西野元刑事を主人公としたシリーズ第二作の『砂の狩人』が一番面白い作品だと思っています。

 

 

本書『冬の狩人』のような作品は別に主人公が佐江でなくても成立する物語であり、この物語の主人公は『新宿鮫シリーズ』の鮫島刑事でも何ら問題がないと思えます。

もちろん、佐江が中心になった物語が面白くないというわけではありませんし、実際本書はかなり面白い部類に入ると思います。ただ、個人的な好みが上記のとおりというだけです。

 

作者は、本来は前巻『雨の狩人』で佐江を殺し、シリーズを終わらせるつもりだったそうです( GOETHE : 参照 )。

それが仏心が起きて殺しそこね、結局本書『冬の狩人』を書く羽目になったそうです。であれば、今後も続刊を期待することもできるでしょう。

新宿鮫シリーズ』と同様の面白さを持つ本シリーズです。是非、早期の続刊の刊行を願いたいと思います。

 

冬芽の人

本書『冬芽の人』は、一人の元女性刑事を主人公とした長編のミステリー小説です。

アクション場面はほとんどないと言ってよく、恋愛模様を絡めた作品となっていて、この作者の作品としてはミステリー重視の作品でした。

 

警視庁捜査一課に所属していた牧しずりは、同僚が捜査中重大事故に遭ったことに責任を感じ、五年前に職を辞した。以来、心を鎖して生きてきた。だが、仲本岬人との邂逅から、運命の歯車は再び回り始める。苛烈な真実。身に迫る魔手。古巣たる警察の支援は得られず、その手にはもはや拳銃もない。元刑事は愛する男のために孤独な闘いに挑む。警察小説の名手が描く、至上のミステリ。(「BOOK」データベースより)

 

本書『冬芽の人』の感想とまず挙げられるのは、主人公牧しずりの内心をかなりこまやかに描写されているということでしょう。

これまで読んだ大沢作品でも主人公の内心を描写している場面はありました。しかし、本書ほどに詳細に展開されていることはほとんどないと言っていいと思います。

例えば、『新宿鮫シリーズ』の鮫島と晶との関係の描き方とは比べ物になりません。まあ、本作品は二人の関係自体も物語のテーマとして挙げられるでしょうから、ハードボイルドともいえる『新宿鮫シリーズ』の場面と本作とを比べること自体おかしいことだとは思います。

 

 

それにしても、端的に言ってどうにも読みにくく感じました。冗長に感じて仕方がないのです。大沢在昌という作家の作品で冗長に感じた経験はもしかしたら初めてではないでしょうか。

結果として、物語のテンポがよくない、ということにつながります。大沢在昌という作家の描く世界観はこういうものではなかったはずです。

例えば『ライアー』という作品は、海外での暗殺を任務とする国家機関員である女主人公の姿を描く長編のアクション小説です。

女性の心裡を追いながらも、この手の荒唐無稽ともいえる作品の第一人者である大沢在昌らしい、テンポのいいエンターテイメント小説としてとても面白く読んだ作品でした。

 

 

このほかに、女性を主人公としたアクション小説としては、半グレ集団に襲われた教え子を救出しようとする女教師の活躍を描く 月村了衛の『槐(エンジュ)』などがあります。

この作品は徹底したエンターテイメント小説であって、一人の元戦士の活躍させるためだけに半グレ集団を登場させている、と言っても良さそうなアクションに徹した作品でした。

 

 

本書『冬芽の人』の主人公牧しずりは、警視庁捜査一課に所属していた元刑事です。

職務執行中の事故で相棒だった先輩刑事前田光介を亡くしたことに責任を感じて職を辞め、普通のOLとして生きている女性です。

この女性が相棒だった先輩刑事の息子仲本岬人に出逢い、相棒の死に疑問を感じ始め、その死の真相を探ることになります。

 

こうして先輩刑事の息子岬人との二人三脚での調査が始まりますが、ここからのミステリーとしての面白さはかなりのものがありました。

あくまで先述の冗長性、テンポの悪さを脇に置いての話ですが、調査を進めていく過程で感じた疑問点、例えば犯人と臆された村内が自転車で環七に飛び出したその理由などは後にきれいにその理由が明かされます。

読み進める中で何となく疑問に感じた事柄のほとんどが、作者の計算の上で置かれた謎であり、それがクライマックスでの謎解きできれいに整理されていくのです。

主人公のしずりの内面がこれほどまでに執拗に描かれていなければミステリーとしてどれほど楽しめたかと残念に思ったほどです。

 

本書『冬芽の人』においてさすがに大沢作品らしいと思ったのは、主人公のしずりが、自分に危害が及ぶかもしれない捜査になおのめり込む理由をきちんと明示してあるところなどです。

それは、「強いていうのなら、決着をつけたいという気持だ」と言います。この点をあいまいにするということは、「残りの人生すべてを自分は答えの出ない問いかけに埋もれて暮らすことになる。」と言わせているのです。

こうした細かな理由付けを丁寧にしていくことで読者は物語の世界に没入でき、感情移入できると思えるのです。

 

もう一点個人的な不満を描かせてもらうと、相棒役の岬人がもう少し大人であればと思った点もありますが、それではしずりが主導権をとった捜査ができないということになるのでしょうか。

ちょっと岬人の幼さが気になる場面があったのですが、それはそれで作者の意図なのでしょう。

 

ちなみに、本書を原作として2017年にテレビ東京でテレビドラマ化されています。しずりを鈴木京香、仲本岬人を瀬戸康史がそれぞれに演じているそうです。

 

夜明けまで眠らない

本書『夜明けまで眠らない』は、元傭兵のタクシー運転手を主人公とする長編のハードボイルド小説です。

この頃ひと昔前の大沢作品を読んでいたためか、のめり込んで読むことができる大沢作品があまり無かったのですが、本書はかなり面白く読めました。

 

タクシー運転手の久我は、血の匂いのする男性客を乗せた。かつてアフリカの小国で傭兵として戦っていた久我の同僚らしい。客は車内に携帯電話を残して姿を消した。その携帯を奪おうとする極道の手が迫り、久我は縁を切ったはずの激しい戦いの中に再び呑まれていく。疾走感みなぎる傑作ハードボイルド!(「BOOK」データベースより)

 

本書『夜明けまで眠らない』の主人公久我晋は、傭兵だったという過去を持つタクシー運転手です。

そして、久我の前に現れる敵も、久我の傭兵経験の中で夜に眠れなくなった原因を作ったという人物です。

もちろん、ヤクザも立ちふさがりますが久我の敵ではありません。現実の戦争、それもアフリカの森林での戦闘をも経験している主人公にとっては現代の都会でのヤクザは物の数ではないのです。

 

元傭兵を主人公とした作品といえば、 今野敏の『ボディーガード工藤兵悟シリーズ』があります。優れた格闘術と傭兵経験を活かしてボディーガードを生業としている工藤兵悟を主人公とするアクション小説です。

 

 

また、外国の小説ですが A・J・クィネルの『燃える男』という作品はかなりの読みごたえがあった作品でした。

元傭兵である老ボディガードのクリーシィと少女の組み合わせは、激しいアクションの中にも熱くさせるものがありました。

 

 

話を本書『夜明けまで眠らない』に戻すと、久我の運転するタクシーに乗ってきたカケフと名乗る日本人が車内に置き忘れた携帯電話が久我の日常を奪ってしまいます。

カケフはすぐに死体となって発見され、カケフの婚約者の市倉和恵という女性から久我に連絡が入ります。

彼女の話では、カケフは本名を桜井といい、ある人物の警護で日本に来ていた際に偶然久我に会ったらしいというのです。

そして、現地の言葉で「夜歩く者」を意味する「ヌアン」という言葉を聞いていたというのでした。

 

傭兵の経験者が、傭兵時の出来事のために夜眠ることができなくなって、深夜勤務のタクシー運転手として暮らしています。

そこに、たまたま乗った客が傭兵時代へと主人公を引き戻すという状況は感情移入しやすい設定でした。

こうした導入部からすぐに、主人公のキャラクタを示すヤクザとの対決の場面が用意されています。

置き忘れられた携帯電話を渡すようにと脅してくるヤクザと久我との会話が、客商売のタクシー運転手としての会話であり、印象的です。

そして、久我が勤務する会社の主任の岡崎が訳ありの元ヤクザであり、久我への理解を示すというのも主人公の立ち位置がはっきりして読みやすい設定でした。

 

そうした導入部を経て、主人公の久我が、殺された桜井が置いて行った携帯電話の秘密を本格的に調べ、久我自身の過去へと向き合い始めます。

そこで大切なのが、市倉和恵の妹市倉よしえという女性の存在です。彼女がこの物語に花を添えることになります。

また、久我を陰から支える人物として傭兵仲間のケベック州出身のカナダ人であるアダムという人物がいます。東京で精神科医を開業しており、久我の主治医でもあります。

この人物が、情報収集など多くの場面で久我を支え、久我の大きな力となっています。

 

ここで、市倉よし江という人物が、個人的には不要と思える存在でした。

彼女を危険な状態に置く、との行為の方が物語の進行上不自然であり、変な違和感を感じる原因ともなっています。

当初からそれなりの設定、人格をよしえに与えてあったのであれば別です。しかし、本書の場合そうではありませんでした。

 

とはいえ、彼女の存在が物語を面白くしている側面があることもまた否定はできません。色気の側面と同時に、情報収集の面でもそうなのです。

ということは、先の不満点も大したことではないと言わざるを得ないのでしょう。少なくとも私にとっても小さな瑕疵と言うしかありません。

事実、本書を読み終えて残ったのは面白かったという感想だけです。

 

以上の点はありながらも、つまりは久しぶりに面白いと思いながら楽に読めた作品でした。

エンターテイメント小説はこうあるべきという手本のような、というのは大げさですが、楽しく読めた一冊でした。

アルバイト・アイ 命で払え

本書『アルバイト・アイ 命で払え』は『アルバイト探偵シリーズ』の第一巻目であるハードボイルド連作短編作品集です。

探偵と言えば、チャンドラーが生み出したフィリップ・マーロウでしょうが、彼のような渋さを漂わせた男ではなく、ユーモア満載の、「適度な不良高校生」とその軽い父親を主人公とした物語です。

 

冴木隆は広尾に住む適度な不良高校生。父親の涼介はずぼらで女好きの私立探偵。噂によると元諜報員で凄腕らしいのだが…。そんな父に頼まれて隆はアルバイト・アイ(探偵)として街を駆け巡る。若い未亡人からの依頼は死んだ夫・康吉が遺していた娘の捜索。遺産を分け与えたいと言う。だが康吉は戦後最大の強請屋で、あらゆる有力者の弱点を握り、その情報=遺産は日本を揺るがす力を秘めていた!(『相続税は命で払え』)。(「BOOK」データベースより)

 

簡単なあらすじは以下のとおりです。

アルバイト・アイは高くつく
隆の家庭教師である麻里さんの友人で、半導体の会社を営む宗田の世話になっている桜内舞が行方不明だという。隆の調査で神という男が浮かんできたが、宗田のもとには、宗田の会社がM重工に納めている特殊電子部品を持って来いと言ってきた。

相続税は命で払え
戦後最大の強請屋と呼ばれた鶴見康吉の未亡人の鶴見英子という女が、相続人である娘の向井康子を探してほしいといってきた。ところが、調査を始めるとすぐに何者かに康子を探すなと脅されるのだった。

海から来た行商人
島津と名乗る男が、父親の涼介の仕事のあいだ自分たちとともにいるようにと言ってきた。涼介と会った隆は、涼介の過去の仕事にからんだことでとある男が自分を殺しに来ると聞かされる。

セーラー服と設計図
優等生の鴨居一郎が、名門女子高校生の富樫江美を妊娠させてしまい、江美の父親から、鴨井一郎の父親が書いているアメリカの重要施設の設計図を盗むように脅されたからと、探偵である涼介に依頼したいといってきた。

 

本書『命で払え』の主人公び冴木隆は、ボクシングをかじっている「適度な不良」の高校二年生です。

この高校生が大人顔負けの腕っぷしと度胸で、犯罪者や国家機関を相手に奮闘する姿が描かれます。

とにかく、ある意味では茶化し過ぎではないかと思えるるほどにこの主人公の高校生は大人です。それも、単に年齢の設定が高校二年生というだけで、その行動は完全なプレイボーイです。

同時に、度胸の坐り方も尋常ではなく、そのことは、もと女暴走族のアタマであった隆の家庭教師でもある麻里さんや、女番長である康子にしても同様です。

犯罪者のふところに飛び込むのは普通で、逆に犯罪者をやっつけてしまったりもします。

こうした高校生を主人公にしたハードボイルド小説と言えば、東直己の『ススキノ・ハーフボイルド』という作品があります。

本書『アルバイト・アイ 命で払え』と同じく、高校生を主人公にしたハードボイルド小説で、『ススキノ探偵シリーズ』のスピンオフ作品ともいえる小説です。

ただ、本『アルバイト探偵シリーズ』ほど荒唐無稽でもなければ、アクション性もありません。どちらかというと青春小説に近い作品です。

 

 

それに比べれば本書『命で払え』は全くの痛快小説です。同じように高校生を主人公とし、ユーモアに満ちた物語であっても、処理の仕方でこうも変わるかと思われます。

ともあれ、本書『アルバイト・アイ 命で払え』は全く気楽に、物語の流れに乗って楽しむ作品です。シリーズの第一巻目が連作短編小説集であることはさらに読みやすいといえます。

今後どのように展開していくかは分かりませんが、2020年8月の段階では六巻が出ており、それで終わりの印象はあります。

アルバイト探偵シリーズ』の幸で書いたように、Amazon の Kindle版 で『アルバイト・アイ シリーズコンプリート版【全6冊合本】 (角川文庫) 』も出ているので間違いないでしょう。

 

アルバイト探偵シリーズ

『アルバイト探偵シリーズ』は適度な不良高校生冴木隆とその父親で市立探偵の冴木涼介との活躍を描くハードボイルド小説です。

とはいっても、シリアスな作品ではなく、ユーモアに満ちた、ハードボイルド小説のパロディというべきでしょう。

 

アルバイト探偵シリーズ(2020年08月29日現在)

  1. 命で払え
  2. 毒を解け
  3. 王女を守れ
  1. 諜報街に挑め
  2. 誇りをとりもどせ
  3. 最終兵器を追え

 
主な登場人物

冴木 隆 高校二年生 適度な不良高校生
冴木涼介 隆の父親らしい 女好きの私立探偵で元凄腕工作員らしい
圭子ママ 隆父子の住む「サンタテレサアパート」の大家 ハードボイルドマニアであり、一階の「麻呂宇」というカフェ・テラスを経営
星野さん クリストファー・リーのような風貌を持つ「麻呂宇」の老バーテンダー
倉橋麻里 隆の家庭教師で元女暴走族のアタマだった過去を持つ
島津さん 冴木涼介の過去の友人であり仕事仲間の『フクシツチョー』

 

先に本シリーズ『アルバイト探偵シリーズ』は、ハードボイルド小説のパロディ作品であると書きました。しかし、パロディという言葉が風刺、批判を内包する言葉であるとするならばパロディというべきではないかもしれません。

しかし、もし愛情をもってする文体の模倣を含むとするならば、本シリーズはパロディだといえると思います。

 

まず本シリーズ『アルバイト探偵シリーズ』の主人公は高校二年生です。

高校二年生でありながら、彼のまわりには元女暴走族のアタマや高校の女番長といった女性が集まり、腕っぷしもボクシングをやっているだけあってそこらのヤクザにも負けません。

また、女たらしの腕も父親に負けず、待ち合わせまでに時間があるからと六本木で十九歳のハマッ娘を拾い、彼女とホテルでことを済ませて待ち合わせに向かう、などの生活をしているほどです。

 

加えて、主人公である隆の父親冴木涼介が元ナイチョーのベテラン捜査員だったらしく、かつての仲間のフクシッチョーらと対立することになります。

またこの父親は、大家でありカフェ・テラス「麻呂宇」のオーナーである圭子ママからの誘いを回避しつつ、隆の家庭教師である麻里さんを落とそうと狙っています。

 

こうした現実にはあり得ない主人公親子が、国家レベルの事件に首を突っ込み、ジェームズ・ボンドさながらの活劇を繰り広げるのですから、これはパロディという以外ないでしょう。

とは言いながらも、隆と涼介父子のユーモア満載の会話、涼介や隆のそれぞれの振る舞いなど、本書はハードボイルド以外の何物でもありません。

 

本『アルバイト探偵』シリーズは、その第一巻目『アルバイト探偵』(現在の『アルバイト・アイ 命で払え』)の1986年という出版年度を見ても分かるように、バブル期(直前)に書かれた作品であり、何となくの景気の良さと、登場するアイテムの古さが目につきます。

でも、決して違和感を感じるものでもなく、当時の世相を反映した作品として楽しむべきとも言えます。

 

本シリーズは、最初は「廣済堂ブルーブックス」として出版されていましたが、後に「廣済堂文庫」や「講談社文庫」を経て、現在(2020年)では「角川文庫」から出版されています。

また、板元が変わるたびに本のタイトルも変更され、現在は上記のようなタイトルになっています。

そして、角川文庫半からはシリーズ名も『アルバイト・アイ』と変わっているようですが、ここでは作者大沢在昌氏の公式サイト「大極宮」にならい、『アルバイト探偵シリーズ』のままとします。

とはいえ、『アルバイト探偵シリーズ』も読みは「アルバイト・アイ」であって、単に表記が変わっただけです。

 

蛇足かもしれませんが、Amazon の Kindle版 では、『アルバイト・アイ シリーズコンプリート版【全6冊合本】 (角川文庫) 』も出ています。

 

 

ちなみに、第六巻『最終兵器を追え』(旧タイトルは『帰ってきたアルバイト探偵』)は、『アルバイト探偵 100万人の標的』 という題で、監督は崔洋一、父親の涼介を椎名桔平が演じ映画化されています。

 

ライアー

本書『ライアー』は、海外での暗殺を任務とする国家機関員である女主人公の姿を描く長編のアクション小説です。

この手の荒唐無稽な作品の第一人者である大沢在昌らしい、ハードボイルド感満載のエンターテイメント小説としてとても面白く読んだ作品でした。

 

穏やかな研究者の夫。素直に育った息子。幸せな家庭に恵まれた神村奈々の真の姿は対象人物の「国外処理」を行う秘密機関の工作員だ。ある日、夫が身元不明の女と怪死を遂げた。運命の歯車は軋みを立て廻り始める。次々と立ちはだかる謎。牙を剥く襲撃者たち。硝煙と血飛沫を浴び、美しき暗殺者はひとり煉獄を歩む。愛とは何か―真実は何処に?アクション・ハードボイルドの最高傑作。(「BOOK」データベースより)

 

「研究所」という国家機関の所員である主人公の神村奈々は、「委員会」と呼ばれる機関が選び出した対象者の処理を行う優秀な暗殺者です。

ある日不審死を遂げた夫神村洋祐の死の真実を知ろうとするななですが、その冷静な対応に違和感を感じた駒形という警察官が奈々の真実を知ろうと近づいてきます。

そうした奈々の行動にあわせて奈々を襲うものが現れますが、奈々は洋祐との間のという小学生の息子を守るためにも戦いを始めるのでした。

 

本書『ライアー』の魅力は、何といっても主人公神村奈々のキャラクターにあります。感情をどこかに置き忘れてきたような女です。夫が不審死に対しても、復讐のためではなく純粋に真実を知りたいというだけ、という女です。

このようなクールに描写されている奈々が自分でも分からない涙を流すなど微妙に変化を見せる姿は、この手の物語としては定番だとしても心惹かれるところです。

 

こうしたキャラクターと言えば同じ大沢在昌の作品で『魔女シリーズ』などがあります。裏世界のコンサルタントを業とする女性が、自分の過去と戦う物語で、かなり面白い作品です。

また、 月村了衛の『ガンルージュ』は、元公安の凄腕の捜査員だった過去を持つ女性が息子を助けるために、女性教師と共に外国の特殊部隊員戦いを挑むアクション小説でした。

 

 

ほかのキャラクターは神村奈々ほどの魅力を持っているわけではありません。神村奈々の直接の上司である大場にしても少々癖がありますがあえて取り上げるほどでもありません。

また、奈々に付きまとう駒形という刑事もいますが、後に神村奈々の正体を知り、事情が見えてきたときには「俺は恐かった。今も恐い。」と正直に言うほどです。少なくとも他のハードボイルド的な小説でしたたかな刑事の発する言葉ではありません。

でも、本書の場合は主人公を含めた世界自体が殺人を当たり前とする世界ですから、そうした世界と普通の世界との差を明確にするためにこのような言葉を言わせたのだろうと思われます。

 

神村奈々のキャラクターの他に本書『ライアー』の持つ魅力としては、本書が描き出す世界観も挙げていいかもしれません。

国家が処理対象と決めた人物を処理する機関、と言えば、アメリカのCIAや全体主義国家の組織、ロシアや中国の相当機関があると思われます。ソヴィエト時代はスペツナズなどの名称が物語の世界ではよく登場していましたが、今はよく分かりません。

とにかく、そうした機関でしか生きることのできない女性を主人公とした物語ですから、ジェイソン・ボーンシリーズなどの諜報員ものに似た世界が描かれるわけです。

ただ、あちらは諜報員であり、こちらは暗殺者という違いがあります。そしてその差がかなり大事だと思われます。

 

 

大沢在昌の小説に限ったことではないのですが、ハードボイルド系統の小説ではアフォリズムを効果的に使ってあり、本書もまた同様です。

そうした言葉の魅力もまた本書『ライアー』の魅力の一つとして挙げていいのかもしれません。

 

ともあれ、本書『ライアー』は大沢在昌らしいハードボイルドアクション小説として面白い小説であると言い切っていい作品だと思います。

追跡者の血統

本書『追跡者の血統』は、「佐久間公シリーズ」の第三弾で、シリーズ初の長編ハードボイルド小説です。

地道なハードボイルド小説であった筈の物語が、主人公の佐久間公の過去までも明らかにする謀略小説の色合いを見せ、面白いのだけれど、これまでの印象とは異なる展開となっています。

広尾の豪華マンションに住み、女と酒とギャンブルとスポーツでその限りない時間を費す六本木の帝王・沢辺が、突如姿を消した。失踪人調査のプロで、長年の悪友佐久間公は、彼の妹からの依頼を受け調査を開始した。“沢辺にはこの街から消える理由など何もないはずだ…”失踪の直前まで行動を伴にしていた公は、彼の不可解な行動に疑問を持ちつつプロのプライドをかけて解明を急ぐが…!?大沢文学の原点とも言うべき長編ハードボイルド、待望のシリーズ第三弾。(「BOOK」データベースより)

 

主人公の佐久間公が行方不明になった親友の沢辺の行方を捜す、というのが本書の基本的な流れです。

これまでの本シリーズの二冊は短編集であり、法律事務所調査課に勤務する探偵という設定そのままの、派手さを押さえたハードボイルド小説でした。

ハードボイルド小説といえば大人の渋さを売りにしていたのですが、本シリーズは「若さ」、「青さ」を前面に出し、さらに東京の六本木などでスマートに遊ぶ若者の姿を背景にしています。

それに対し本書は国際的な謀略の渦に巻き込まれるという、少々荒唐無稽な設定になっている点が異なります。

 

おしゃれな街に溶け込んでいる若者の代表ともいえる存在が公の親友の沢辺でしたが、その沢辺の腹違いの妹の洋子と会う約束をしていたにもかかわらず、その時間に現れません。

公は沢辺の立ち回りそうな場所を片端から探しますが、なんの手掛かりもなく、最後に沢辺と別れたときの様子を思い出し、やっと手掛かりを見つけます。

その後、これまでのトーンとは異なった荒唐無稽ともいえる、国際的な組織との関りへとつながり、物語は佐久間公という男の過去へと繋がっていくのです。

 

この雰囲気の違いを、より面白い話として受け入れる人ももちろん居るでしょうし、そういう人にとっては実に胸おどる面白い物語として感じられることと思います。

しかし、個人的にはこれまでのシリーズの色合いが好みだったのでちょっと残念な気もします。

大沢在昌の描く物語であり、面白い物語であることは間違いありませんが、シリーズに期待していた個人的な好みからすると少しずれてきたのです。

 

ちなみに、本書の宣伝文句によれば、本書はシリーズの第三弾ということですが、実際はこれまでにもう一冊『標的走路』という作品が出版されています。

この『標的走路』は1980年12月に出版されており、大沢在昌のデビュー本だと言います( WEB本の雑誌 : 参照 )。それが種々の理由から幻の作品ということになり、その後復刊されて今ではジュリアン出版から出されています。

そして、この作品の内容が

 

東京騎士団

鷹野達也、二十五歳。若手の凄腕実業家。企業を分析し、情報を提供するのが仕事だ。友人の新進プロゴルファー・貝塚が襲われ、彼の恋人・秀子が拉致された。監禁場所へ乗り込んだ鷹野は、世界制覇をもくろむ若きエリート集団「超十字軍」の存在を知る。超十字軍からの勧誘を断った鷹野への報復は、貝塚と秀子の殺害だった。友人を殺され、怒りに燃える鷹野の凄惨な復讐劇が始まる。(「BOOK」データベースより)

 

大沢在昌の作品の中で、スーパーヒーローを主人公とする一連の作品群に位置づけられる、長編のアクション小説です。

 

本作品は入院時に病院内の図書館で借りて読み終えたもので、メモもなく、記憶だけで書いていますので少々雑になるかと思われます。

そのことを前提に記しますと、スピーディな場面展開やアクションなど、大沢作品らしい作品だとは思うのですが、少々物語の世界観が現実とはかけ離れていて今一つ感情移入しにくい作品でもありました。

 

そういう意味では、アクションファンタジーとでも呼べそうな作品です。

大沢作品では、『明日香シリーズ』のような荒唐無稽なアクションものと、『俺はエージェント』のようなコミカルなもの、それに『新宿鮫新宿鮫シリーズ』に代表されるシリアスなハードボイルドものと大きく分けられるように思っています。

 

 

本書は勿論そのなかの荒唐無稽な話として分類されると思うのですが、それなりに面白く読むことができた『明日香シリーズ』とは異なり、面白さの質が違うように感じました。

つまり、『明日香シリーズ』は女主人公が一旦は死ぬものの能移植を受けて蘇り、新しい命のもと任務に邁進する物語ですが、それなりに物語世界が成立していたと思うのです。つまり違和感をそれほど感じずに読み進めました。

似たような荒唐無稽な物語として、例えば 月村了衛の『槐(エンジュ)』や『ガンルージュ』などもあります。

これらの物語は登場人物や舞台の設定が、エージェントだった過去を持つ人物の国内の特定の場所での活動であり、受け入れ可能な設定の範囲内であったと思われます。

 

 

しかし、本書の場合はそうではなく、違和感満載だったのです。

 

まず主人公の鷹野達也は、自らが開発したプログラムをもとに企業を起こし、若干二十五歳ですでに大金持ちのハンサムな男という設定です。

また、そこらの格闘家では太刀打ちできないほどの腕っぷしもあります。当然女にももて、遊び相手には事欠きません。つまりは、ジェームスボンドも顔負けの超スーパーマンなのです。

この主人公の設定がひと昔前のキャラクターの印象だったのも当然で、本書の出版日は1985年8月であり、あの『新宿鮫』が出版される六年も前のことだったのです。

第1回小説推理新人賞を受賞したデビュー作『感傷の街角』が1978年の発表ですので、第44回日本推理作家協会賞を受賞した『新宿鮫』との丁度中間あたりの、作者が上り調子の時期の出版ということになります。

この主人公自体が現実感のないスーパーマンであることに応じて、敵役がまた非現実的です。それは選ばれた若者らからなる世界征服をたくらんでいる超エリート集団の「超十字軍」という集団なのです。

本書が荒唐無稽だというのは、勿論以上のような設定だけでも十分なのですが、更に、主人公の鷹野達也を陰で支える存在がいるのですが、まるで本宮ひろしの漫画『男一匹ガキ大将』に出てくる「東北の老人」のような存在です。

 

 

この主人公が、「超十字軍」からの勧誘を断ったために親友を殺されます。ここから主人公の鷹野達也は、部下であり遊び仲間でもある大学生の路を相棒に、世界征服をたくらむ「超十字軍」なる組織に戦いを挑むことになります。

その上で、外国に出かけ、戦争を起こせそうな武器を到達し、とある島を根城にしている「超十字軍」を殲滅し、その親玉の正体を暴くのです。

 

以上、本書の感情移入しにくい非現実的側面ばかりを書いてきましたが、そうした荒唐無稽さを問題にしなければ、そこは大沢在昌の作品です。

アクション小説としてそれなりに面白いかとは思います。ただ、私は違和感を感じすぎたというだけです。

絆回廊 新宿鮫Ⅹ

「警官を殺す」と息巻く大男の消息を鮫島が追うと、ある犯罪集団の存在が浮かび上がる。中国残留孤児二世らで組織される「金石」は、日本人と中国人、二つの顔を使い分け、その正体を明かすことなく社会に紛れ込んでいた。謎に覆われた「金石」に迫る鮫島に危機が!二十年以上の服役から帰還した大男が、新宿に「因縁」を呼び寄せ、血と硝煙の波紋を引き起こす!(「BOOK」データベースより)

 

文庫本で六百頁弱という大部の、新宿鮫シリーズ第十巻目となる長編警察小説です。

本書では鮫島を取り巻く環境が大きく変化します。シリーズ十巻目という区切りだからそういう展開にしたのか、作者の意図は不明ですが、これまでのこのシリーズの根底で鮫島を支えていた存在が一気にいなくなるという展開は驚きでした。

 

鮫島は、違法薬物販売のプロである露崎という男から、警官を殺すために拳銃を欲しがっている大男がいたという話を聞き込みます。

今は解散して存在しない須藤会に関係があるらしいその男のことを調べるために、須藤会の生き残りを調べようとする鮫島ですが、暴力団担当の組織犯罪対策課からは迷惑だとの横やりが入ります。

しかし「警察官を殺す」という言葉を無視することはできずに問題の大男を探し続ける鮫島でしたが、そのことが中国残留孤児二世から構成されるグループ「金石(ジンシ)」へとつながることになるのです。

また鮫島は恋人の晶のことでも追い詰められていました。つまり晶のバンド「フーズハニイ」に内偵が入り、事件の進み方次第では晶の恋人として知られている鮫島は警察を辞めなければならなくなりそうだったのです。

 

前巻の『狼花 新宿鮫Ⅸ』で、シリーズ内で独特の存在感を有していた仙田こと間野総治を射殺するという衝撃的な結末を迎え、同様に重要登場人物の一人である香田との新たな因縁を作ってしまった鮫島でした。

それはまた、「金石」というグループを追及する鮫島と内閣情報調査室の下部組織に組み込まれた香田との新たな関係にもつながり、更には白髪の大男と陸永昌という謎の男へと結びつくのでした。

 

このシリーズは三十年前にでた第一巻から全部読み続けていますが、第一巻の鮫島は実にクールでまさにハードボイルドの主人公という雰囲気そのままだったと記憶していました。

しかし、本書の鮫島は確かに単独行が似合う孤高の刑事ではありますが、他者を排斥する冷たさは無いように思えます。

それは晶や香田に対する一歩引いた態度からくるものなのか、売人の露崎に白髪の大男に関する調査を依頼したことからくる印象なのかはよく分かりません。

ただ、当初の鮫島というキャラクターであれば異なる対応をしたのではないかと感じただけです。そもそも、当初の鮫島のキャラクターをよく覚えていないのですから比較の仕様もないのですが。

 

ただ、本書での鮫島は、大切な人との繋がりを失いつつも新宿署の他の警察官との新たなつながりを得たりもします。

もしかしたら、このような展開自体がこれまでの新宿鮫シリーズとは異なるのため、私の感じた違和感に通じるのかもしれません。

 

本シリーズに関するレビューを読むと、本シリーズは時事的な出来事を先取りしたり、織り込んであるということをよく目にします。

そういえば、本書で取り上げられている中国人残留孤児二世らによる暴力団まがいのグループなどの話はニュースでも見聞きしたことがあります。

そんなトピカルなテーマを取り上げてあるのも本シリーズの特徴と言えるのでしょう。そうしたトピカルなテーマと言えば、 石田衣良の描くヤングハードボイルド作品ともいうべき『池袋ウエストゲートパークシリーズ』がそうでした。

実際に話題となったその時代の出来事を反映した事件が池袋で起き、主人公のタカシが、そして池袋のキングであるマコトが解決していきます。宮藤官九郎の脚本、TOKIOの長瀬智也主演でテレビドラマ化もされて人気を得ました。

 

 

『新宿鮫シリーズ』の物語全体の印象はシリーズを通してあまり変わってはいないと思います。相変わらずに鮫島は鮫島であり、緊張感を持った物語はその世界に読者を引きずり込んで離しません。

ただ、本書では意外性に富む物語のその“意外性”が極端ではありました。この点、 誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』での『ルージュ: 硝子の太陽』と同様の展開だとも言えそうです。

当然のことながら作品の内容は全く緒となるのですが、両シリーズ共に長く、マンネリ化の回避のために思い切った転換を図ったのではないかと思われます。

 

 

わたしの場合、本書に続く『暗躍領域 新宿鮫XI』を先に読んでしまい失敗したと思っています。

作品の内容が『暗躍領域 新宿鮫XI』が本書を受けた後編とでも言えるものであり、鮫島の相方も登場するなどこれまでとは大きく異なる内容になっていたからです。

先に述べた鮫島のキャラクターの変容も、読む順序が前後したので私の誠意入館があってからのものかもしれません。

 

 

ともあれ、新たな次元に入った新宿鮫シリーズを読んで、昔読んだ本シリーズの第一巻から再読しようかと思ってきました。

新宿鮫Ⅺ 暗躍領域

信頼する上司・桃井が死に、恋人・晶と別れた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、孤独の中、捜査に没入していた。北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見した鮫島に新上司・阿坂景子は、単独捜査をやめ、新人刑事・矢崎と組むことを命じる。一方、国際的犯罪者・陸永昌は、友人の死を知って来日する。友人とは、ヤミ民泊で殺された男だった―。冒頭から一気に読者を引き込む展開、脇役まで魅力的なキャラクター造形、痺れるセリフ、感動的なエピソードを注ぎ込んだ、八年ぶりのシリーズ最新作は、著者のミステリー&エンターテインメント作家としての最高到達点となった!(「BOOK」データベースより)

 

新宿鮫シリーズの第十一巻目となる長編のハードボイルドチックな警察小説であって、新刊書で七百頁を超えるという大作です。

 

前巻『絆回廊』で大切な二人を失った鮫島の、新しい立場での活躍が描かれています。

前巻での意外過ぎる展開を受けての続巻であり、前巻を読み逃したまま本書を読んだ私としては、少なくとも前巻を読んでからのほうがよかったか、とも思っています。勿論、未読でも十分に面白い物語です。

また、シリーズを読むのが久しぶりだったためなのか、シリーズの初めに感じていた、鮫島という孤高の刑事を描いたハードボイルドという印象が薄くなっているとも感じました。

 

今回の物語は、外国人相手の違法薬物の取引が行われているというタレコミにより鮫島が設置したヤミ民泊の取引現場の録画映像に、殺人の現場が映っていたことから捜査が始まります。

発見された死体は身元の手掛かりすらなく、捜査は壁に突き当たりますが、そこに田島組というヤクザが絡んでいることを知ります。

さらには、前巻『 絆回廊』で鮫島の命を狙い失敗した陸永昌、別名樫原等や公安の香田もまた鮫島の前に現れるのでした。

 

 

前巻では鮫島のよき理解者であった桃井課長を亡くし、とも別れるという大きな変動がありました。

その鮫島が本書では、基本こそ大事だという新任の課長の阿坂景子に戸惑いつつ、この阿坂課長から刑事は二人組での行動が原則だからと、新任の相棒の矢崎と組まされてもいます。

単独での行動の中にこそ魅力があった鮫島が、自分の行動が相棒にとって不利益になるかもしれないと考えるなど、行動を自制せざるを得ない状況にあります。

そうしたことがこれまでの鮫島と異なる印象を持った理由だとすれば、作者の意図の通りであり、その点を疑問に思った私こそが読み込みが足りないことになりそうです。

 

しかしながら、そうした事情を汲んだうえでもなお組織に対する、もしくは仲間という存在に対する鮫島の考えがこれまでとは異なる感じはあります。

本書のストーリーが、例えば 今野敏の描く『隠蔽捜査シリーズ』や、 誉田哲也の描く『姫川玲子シリーズ』のように、チームとしての捜査の過程自体を描き出す警察小説と似た印象をうけたのです。

 

 

チームとしての捜査陣が活躍する物語とは異なるはずなのにそう感じるということは、孤高を保ってきた鮫島の、“仲間”を守るというこれまでにはない感情が前面に出ていることから来るのではないかと思われます。

“仲間”という観点からすると、数少ない鮫島の理解者である鑑識の藪との共同での張り込みというこれまでにない状況もあります。

と同時に、本来は敵対するはずの田島組の浜川との情報の交換、香田との奇妙な連携などが織り込まれているところからも来ているのかもしれません。

本来は晶という最大の理解者との別れを経た鮫島は、より孤独に、先鋭的になると思われるのですが、少なくとも本書ではその逆を行っているとも言えるのです。

 

ともあれ、前作『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』の出版から八年が経っています。個人的にはその前の『狼花(おおかみばな) 新宿鮫Ⅸ』以来の十三年ぶりの新宿鮫になります。

七百頁を超えるという長さの物語のため少々長すぎないかという思いはあり、また鮫島の印象の変貌もあるものの、やはり面白い作品であることは間違いありませんでした。

鮫島の今後の活躍をなお期待したいと思います。