『魔女の後悔』とは
本書『魔女の後悔』は『魔女シリーズ』の第四弾で、2024年4月に文藝春秋からハードカバーで刊行された長編の冒険小説です。
女性が主人公のエンターテイメント小説であり、相変わらずに第一級の面白さを持ったハードボイルド作品でした。
『魔女の後悔』の簡単なあらすじ
“魔女”シリーズ、9年ぶり待望の最新作!「ねぇ、“親の因果が子に報い”って、信じる?」闇のコンサルタント・水原の前に現れた一人の少女。その亡父は、韓国政財界を震撼させた巨額詐欺事件の主犯だった。複数の勢力に追われる少女を警護する水原だが、彼女との思わぬつながりを突き付けられる。(「BOOK」データベースより)
『魔女の後悔』の感想
本書『魔女の後悔』は『魔女シリーズ』の第四弾で、女性が主人公のシリーズ作品としてこれまで同様の第一級の面白さを持ったハードボイルド作品でした。
水原 裏社会のコンサルタント。男の人間性を一瞬で見抜く能力を持つ。
星川 元警官で性転換した私立探偵。水原の相棒。
湯浅 元警視庁公安部の刑事。現在は国家安全保障局(NSS)に所属。
西岡タカシ ウェストコースト興産の経営者。
本田由乃 山梨の学校に通う十三歳の少女。水原の警護を請ける。
主人公の水原という女は、わが郷土熊本の天草諸島にあったという浪越島、通称地獄島という売春島に祖母の手で十四歳の時に売られ、二十四歳で脱出するまで何千という客の相手をさせられた過去を持った女です。
水原の二十四歳での脱出とは、水原が惚れ抜いた村野晧一という男の手を借りて果たしたものです。
しかし、島抜けの際に生き残った村野が今度は「番人」となり島抜けを果たした水原の前に現れたものの、水原はその村野を迎え撃ち、自らの手で村野を殺したのです。
こうした過去からも分かるように、強烈な個性を持った水原という女はハードボイルド小説の主人公としてもってこいのキャラクターとして存在しており、大沢在昌の作品の中でも目立った存在です。
また、水原の相棒ともいえる存在として星川という人物が配置されていて、この存在が物語に大きく幅を持たせています。
この星川は元警官で性転換した私立探偵であり、水原の相棒として水原の仕事にも、そして何よりも水原の精神的な面での補助者として大切な役割を果たしているのです。
また、水原事務所の運転手兼アシスタントとして木崎という男がいますが、この男に関してはほとんど情報がありません。
水原にはまた現在は国家安全保障局(NSS)に所属している元公安の湯浅という仲間もいて、星川では集めることのできない公的な情報などをもたらしてくれます。
水原は、その後一目見ただけで男の人間性を見抜くという能力を生かし、裏のコンサルタントとして生きていました。
本書『魔女の後悔』での水原は、京都鞍馬浄寂院庵寿の浄景尼から一人の少女本田由乃を東京から浄景尼のもとへと届けてくれるように頼まれます。
その旅の途中では、何者かが水原を攫おうとしますが、何とか逃れた水原は少女を鞍馬へと届けます。
しかし、由乃は帰京の途中で拉致されてしまいます。そこで由乃を可愛がっていた水原や星川は由乃を助けるために動くのです。
本シリーズの面白さの一つには、星川や湯浅と水原との会話の楽しさがあります。互いに相手をけなす軽口を叩きあいながら、その裏には絶大な信頼が存在することが垣間見えるのです。
ハードな設定のもと、主役とその相棒の軽妙な会話はハードボイルド作品ではよくある設定ではありますが、本書の水原と星川も実に魅力的なバディとして存在しています。
また、この二人だけに限らず、湯浅らの他の登場人物との会話もまた魅力的です。
そうした登場人物の会話の面白さに加え、大沢作品の特徴ともいえるアフォリズムの存在は読み手の心に一言で強く食い込んできます。
例えば、湯浅と元韓国の諜報員だった金村という男を比べ、金村を信用できないとする理由が述べられています。
それが、「ヒロイズムをまるで持たない男は、女よりたちが悪い。女は裏切ってもそれを忘れるだけだが、男はそれを歪な快感にかえられる。そんな男は殺す他ない。」という言葉です。
こうしたアフォリズムの使い方が大沢在昌はうまく、つい、惹き込まれてしまうのです。
本書『魔女の後悔』では水原の過去が再び取り上げられ、過去を引きずりながら生きていくしかない水原の悲哀もまた示されます。
それでもなお強く生きていかざるを得ない水原の存在が強烈に主張される作品であり、やはり大沢在昌のハードボイルドは面白いと再認識させてくれる作品でした。
続巻が待たれます。