『予幻』とは
本書『予幻』は『ボディガードキリシリーズ』の第三弾作品で、2023年12月に525頁のハードカバーで徳間書店から刊行された長編のハードボイルド小説です。
物語の展開はテンポがよく、また本書で初登場の弥生というキャラクターたちも個性豊かであり、とても面白く読んだ作品です。
『予幻』の簡単なあらすじ
ハードボイルド界のトップランナー・大沢在昌の人気シリーズ
〈ボディガード・キリ〉最新刊対象:岡崎紅火(べにか)、女子大学院生。
世界の未来を握る娘を護れ!
本名、年齢不詳のボディガード・キリの熾烈な闘い本名・年齢不詳の凄腕ボディガード・キリは、以前の案件で知り合った
大物フィクサー・睦月から警護の依頼を受けた。対象は岡崎紅火、女子大学院生。
先日病死した香港シンクタンク『白果』の主宰者・白中峰の娘だ。
白は生前『ホワイトペーパー』と呼ばれる会員向けの文書を発行しており、
近未来の国際情勢や世界経済を驚くほどの的中率で予測していた。
『白果』には『ホワイトペーパー』の資料となった多くの機密書類と
未発表の『ホワイトペーパー』が保管されており、中国公安部に渡るのを
危惧した紅火の母・静代は、それを娘に託し、公安部の家宅捜索前に
間一髪、香港から日本に持ち出したという。
母親の静代とは連絡が取れず、何者かに拉致された可能性が高い。
さらには『ホワイトペーパー』を入手しようと、中国のみならず、
欧米の情報機関も動いているという。
睦月の依頼は紅火の護衛と機密書類の保護。
新宿の民泊施設に紅火を移動させ、部下の女性・弥生を警護につけるという。
だがその施設から紅火が拉致された! キリは弥生とともに紅火を追う。
彼女は無事なのか? 『ホワイトペーパー』の行方は?人気ハードボイルドシリーズ第三弾!(内容紹介(出版社より))
『予幻』の感想
本書『予幻』は、『ボディガードキリシリーズ』の第三弾作品です。
岡崎紅火という女子大学院生の警護を依頼されたキリが、彼女が持っていると思われる「ホワイトペーパー」と呼ばれる情報をめぐる争いへと巻き込まれる姿が描かれている冒険小説です。
そして、大沢在昌作品らしい緻密に練り上げられた濃密な世界観を持ったハードボイルド小説として仕上がっているのです。
本書『予幻』の魅力はまず挙げるべきは主人公のキリというボディガードのキャラクター設定にあり、それはこのシリーズの魅力も繋がるものでしょう。
そのことは、その魅力的な主人公が活躍する物語世界が堅牢に構築されていることにも繋がっていて、この物語世界で活躍する主人公が動き回るストーリーもまた面白くできているのです。
キリはある事件の犯人探しをする羽目に陥りますが、その作業はボディガードという仕事の範疇を越えているようです。
しかし、そこはボディガードの仕事ではないが実質仕事の範囲内と考える必要があると独白させているように、キリ自身に物語の中でちゃんと辻褄を合わせてあります。
仮に物語が荒唐無稽な作品であったとしても、こうした辻褄、つまりはその作品としての筋が通されている作品でなければなかなか感情移入しにくいのです。
こうした丁寧な物語世界が構築されているという点がシリーズの次の魅力でしょう。
大沢在昌という作家の作品は代表作ともいえる『新宿鮫シリーズ』のようなシリーズ物はもちろん、『ライアー』のような単発の物語であってもその物語の世界が丁寧に作り上げられているので、本書の特徴というよりは大沢在昌作品の特徴というべきかもしれませんが、この点はやはりはずせないのです。
繰り返しますが、そうしたきちんと丁寧に作られた物語世界を有する本書ですから、キリの魅力は十分に発揮されているのです。
それに加えて本書では本名を横内美月といい、普段は弥生と呼ばれている元巡査部長の相方も配置されていて、彼女との軽いユーモアも含めたやり取りも本書に色を添えています。
色を添えているといえば、トモカ興産社長の小林朋華という女も登場してきますが、この女の立ち位置が今一つはっきりとしませんでした。
本書『予幻』の前半は保護対象でありながらも何者かに拉致されてしまった女子大学院生の岡崎紅火の捜索の様子が描かれ、後半は「ホワイトペーパー」という機密書類の所在の探索の様子が描かれることになります。
その過程で予測が予言にまで昇華したといわれる書類の「ホワイトペーパー」の持つ意義と、その文書をめぐる各グループの思惑が交錯する様子が表現されています。
こうして大沢作品ではよくありがちですが、登場人物が多岐にわたり途中で筋を見失いがちになります。
しかし、複雑になりがちなストーリーも結局は機密書類の探索というシンプルなテーマに集約されていき、結局はストーリーから外れることはないと思われるのです。
本書は全部で525頁という長さを持つ長編小説ですが、大沢在昌という作家の筆力はその長さを感じさせないほどに読者を取り込んでしまうようです。
ハードボイルド小説と言い切るには若干疑問もありますが、アクションを含めた一人のヒーローの物語として一級の面白さを持つ冒険小説だと思います。
このシリーズはこれまでの作品を見ると、『獣眼』が2012年10月、『爆身』が2018年5月、そして本書『予幻』が2023年12月と約六年ごとに出版されています。
出来ればもう少し間隔を狭めて次巻の出版を待ちたいところです。