道標 東京湾臨海署安積班

道標 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『道標 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』第十八作目の、文庫本で368頁の短編の警察小説集です。

登場人物の個々人に焦点を当てた、シリーズを理解するにも有用な面白い作品集です。

 

道標 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署刑事課強行犯第一係、通称「安積班」。そのハンチョウである係長・安積剛志警部補の歩んできた人生とは?警察学校や交番勤務時代、刑事課配属から現在の強行犯第一係長に至るまで、安積剛志という一人の男の歴史をたどる短篇集。安積班おなじみのメンバー、村雨、須田、水野、黒木、桜井、そして安積の同期、交通機動隊小隊長・速水の若かりし頃や、鑑識・石倉との最初の出会いなど「安積班」ファンにも見逃せない一冊がここに誕生!(「BOOK」データベースより)

 

目次
初任教養/捕り物/熾火/最優先/視野/消失/みぎわ/不屈/係長代理/家族

初任教養
警察学校の術科での柔道の班対抗の練習試合で、安積剛志、速水直樹らの五人の班は組んだオーダーが裏目に出てしまう。そのうち、皆のためにも学校をやめるという内川を、もう一度柔道の練習試合で負けた相手に勝てばよく、その自信こそが大事だという安積だった。

捕り物
卒配で中央署地域課に配属になった安積は、ある日被疑者の身柄確保を前提とする家宅捜索の助っ人に行くか尋ねられた。ただ、地域の不良といわれているリョウと約束をした同じ日だというのだった。

熾火
目黒署の強行班係の三国が、新任刑事の安積剛志巡査のお守りをすることになった。翌日、ある非行少年が被害者の傷害事件が起き、高校生の永瀬準が自分が殴ったと認めていた。皆自供が取れたと家裁に送致しようとするが、安積一人動機がはっきりとしないので認めたとは言えないと主張するのだった。

最優先
石倉進は東京湾臨海署の刑事課鑑識係の係長として赴任してきた。ある日、安積が管内で起きた強盗事件の被疑者の身柄を確保したので証拠が必要だと言ってきた。そのとき、鑑識課員の児島が証拠品を紛失したことを知った安積は、班を挙げて紛失した証拠品を見つけ出すのだった。

視野
村雨巡査部長に鍛えられていた大橋武夫巡査の班に、須田巡査部長とは旧知の新任の係長がやってくることを知った。そこに起きた強盗事件の現場では安積が石倉と衝突しているようだった。交機隊の速水の助けで被疑者は逮捕されたが、安積は班員全員で鑑識課員が紛失した証拠品を見つけ出すのだった。

消失
村雨は須田のようなのろまが刑事でいることが不思議だった。ある被疑者の身柄確保の手助けに赴くと対象者がいない。引きあげるには早いという須田の話を聞いた安積は再度対象者の部屋を調べるのだった。

みぎわ
管内で発生した強盗致傷事件の被疑者の潜伏先が判明したが、須田は被害者は一人だったかが気になるといい、村雨は様子を見るべきだというのだった。その姿に自分の新人時代を思い出す安積だった。

不屈
水野真帆巡査部長は、東報新聞の山口由紀子から水野の同期の須田について聞かれた。頼りなさそうな須田の、先輩に怒鳴られても、被疑者は過去や現在の見かけで犯人と思われているとして再調査を主張する須田の話をするのだった。

係長代理
研修に行くことになった安積係長の代わりに村雨がそのひと月の間の係長代理をすることになった。そこに起きた強盗事件の被疑者の身柄を確保したが、強盗を認めない被疑者の扱いに迷う村雨だった。

家族
水野は安積と共に強盗事件の現場へと向かう途中、安積が娘からの電話に行けるかどうかわからないと返事をする姿を見る。速水の助けですぐに被疑者を確保したため、安積に娘との約束に行くようにと進言する水野だった。

 

道標 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏のシリーズの中でも一、二を争う人気シリーズと言っていいこのシリーズですが、その人気の秘密の一つに、安積班のチームワークの良さが挙げられるのではないでしょうか。

そうした魅力的なチームワークができた理由は何なのか、本書は安積班の個々のメンバーの過去に焦点を当てて、その理由の一端に触れることができる『安積班シリーズ』ファン必見の短編集です。

 

また、各話ごとに視点の主や、視点の置き方、登場人物などに工夫を凝らしてあって、物語の作り方という観点からも、短編集全体として実に魅力的な構成になっています。

例えば第四話「最優先」と第五話「視野」では同じ事件を別人の視点で描写してあります。

つまり、東京湾臨海署刑事課鑑識係の係長となっている石倉から見た新任の安積係長の姿と、村雨巡査部長の下にいる大橋巡査から見た安積係長の姿という描き方をしてあるのです。

 

第六話「消失」では村雨が語り部となり、刑事でいられることを不思議に思っていた須田というのろまな男についての村雨の態度を描いています。

村雨は、安積掛長は須田の真価に気づいているのだと、須田の能力を生かせるように働くのが自分の役割だと思うのです。

その姿は第七話「みぎわ」の中での村雨の態度としても描かれていて、安積班というチームが成り立っていることを示しているのです。

 

そして次の第八話「不屈」で、水野巡査の語りで、須田が先輩刑事に怒鳴られても、被疑者は過去の非行歴や現在の見かけで犯人と思われているとして再調査を主張する姿について話し、安積に出会ったことで警察に残ることにした須田の話をします。

また、シリーズとしては新人の水野巡査という人物を視点の主に設定するきっかけとして、東報新聞の山口由紀子記者という珍しい人物との会話の中での話と設定していることなど、なかなかに考えられています。

 

こうした構成により、本書は、他から一目も二目もおかれるチームとして育ってきた安積班を、時系列に沿い、また立体的に描き出してある魅力的な一冊となっていると言えるのです。

任侠浴場

任侠浴場』とは

 

本書『任侠浴場』は『任侠シリーズ』の第四弾で、2018年7月にハードカバーで刊行されて2021年2月に377頁で文庫化された、長編の痛快小説です。

本シリーズの今回の舞台は銭湯です。今野敏の人気シリーズであり面白い作品ではあったのですが、何となく今一つ乗り切れない印象もありました。

 

任侠浴場』の簡単なあらすじ

 

日村誠司が代貸を務める阿岐本組は、小さいながらも人情味溢れる昔ながらのヤクザ。人望の篤い親分・阿岐本雄蔵の元には一風変わった経営再建の相談が次々持ちかけられる。今度の舞台は古びた銭湯!?乗り気な組員たちの一方、不安でいっぱいの日村。こんな時代にどうやって…。そして阿岐本組は銭湯の勉強と福利厚生(?)を兼ねてなぜか道後温泉へー。大好評「任〓」シリーズ第四弾!(「BOOK」データベースより)

 

いつもの通り、赤坂に事務所を構える永神が、相談があると兄貴分の阿岐本雄蔵をたずねてやってくるところから始まります。

永神の来訪は阿岐本組代貸の日村にとって不安しかありません。この叔父貴の持ってくる話では苦労させられるからです。

案の定、今回は赤坂六丁目にある古い銭湯について相談に来た永神だったのですが、当事者に会い、詳しい話を聞いてみると、銭湯の持主はどうにか経営を続けたい、というものでした。

話は日村の心配する方向へと進み、とうとう問題の銭湯の立て直しに乗り出すことになるのです。

 

任侠浴場』の感想

 

まず、本書『任侠浴場』の表記ですが、Amazonの表記に合わせ、書籍記載の『任俠』ではなく『任侠』という文字を使用しています。

 

本書『任侠浴場』は、これまでの『任侠シリーズ』作品と比べての話ですが、今ひとつのめり込めませんでした。

勿論、本書もこの『任侠シリーズ』の痛快さ、小気味よさは味わうことはできます。ユーモアたっぷりに語る阿岐本組長の弁舌も達者であり、その点では私も思わず引き込まれてしまいました。

特に、「なくしちゃいけねえものを、ずいぶんとなくしちまったんじゃねえか」という阿岐本組組長阿岐本雄蔵の言葉に私も思わず首肯していました。

また、それが銭湯とどのような関係があるかと問いかける代貸の日村誠司に対して「自分でかんがえてみるんだな」と答える阿岐本の言葉は、そのまま読者への問いかけとして何故なのかを考えていたのです。

 

たしかに「失われた古き良き日本」という言葉は言い古された感はありますが、昭和を生きてきた年代にとって常に心の底にある問いかけでもあり、それを突きつけられれば考えないわけにはいきません。

蛇足ですが、そんな美しい日本を思う心が近年の時代劇人気の一つの理由ではないか、などと思っています。

特に『蝉しぐれ』などで代表される藤沢周平の作品がいつまでも人気があるのは、人情ものの語りのうまさと共に、どこか懐かしさの漂う日本の風景をうまく取り込んだ情景描写のうまさなどにもあると思っているのです。

 

 

同じことは第146回直木三十五賞を受賞した葉室麟の『蜩の記』などにも言えるのではないでしょうか。

その先には死が待つだけの自分の生をただ見つめる日々を送る侍の生きざまの美しさを静謐な文体で綴るこの作品は、思わず現代を生きる自分を見つめてしまう名作でした。

 

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一方、現代ものでは浅田次郎の描く世界にも似たものを感じます。

特に天切り松 闇がたりシリーズの文章は、語り手である松蔵の台詞が河竹黙阿弥の台詞回しに通じているらしく、日本語の美しさを肌で感じることができます。

 

 

さて本書『任侠浴場』ですが、そうした古き良き日本へ思いを馳せつつも、しかしながら、これまでの『任侠シリーズ』三作に比べると今ひとつわり切れません。

これまでの作品も、ユーモア小説の常として物語は阿岐本組長の思惑に沿って都合よく流れていたのですが、本作品はその印象が特に強く感じられます。

他の作品に比べ、阿岐本組長自らが乗り出す場面が多いのですが、いくらなんでも組長の意図に沿いすぎです。

 

例えば、組長が挙げる銭湯経営がうまくいかない原因の一つとして経営者の家族の問題がありますが、銭湯経営の手伝いをしようとしない経営者の息子、娘にたいする組長の対処法は安易です。今の子がそう簡単にはなびくとは思えません。

特に、より直接的な銭湯経営の改善策として挙げる、心をこめた掃除、他の対処法は、これまでの出版社や病院の経営立て直しの場面に比して簡単に思えます。

本書『任侠浴場』はユーモア小説であり、経営指南書でもなんでもない以上、綿密な再建方法を示す必要が無いのは分かりますが、本書の場合、少々簡単に過ぎます。

もう少し再建策を具体的に示して欲しい、という思いが強く残りました。

 

とはいえ、本シリーズのスピンオフ作品である『マル暴シリーズ』の主人公であるマル暴刑事の甘糟が顔を見せ、漏らしてはいけない情報を示してくれたりと、遊び心もいつもの通りであり、気楽に面白く読むべき作品として期待にこたえてくれていると思います。

あいかわらず、続編が期待されるシリーズであることは間違いありません。

ノーマンズランド

本書『ノーマンズランド』は、『姫川玲子シリーズ』第九弾の、文庫本で460頁の長編推理小説です。

 

ノーマンズランド』の簡単なあらすじ

 

東京葛飾区のマンションで女子大生が殺害された。特捜本部入りした姫川玲子班だが、容疑者として浮上した男は、すでに別件で逮捕されていた。情報は不自然なほどに遮断され、捜査はゆきづまってしまう。事件の背後にいったい何があるのか?そして二十年前の少女失踪事件との関わりは?すべてが結びついたとき、玲子は幾重にも隠蔽された驚くべき真相に気づく!(「BOOK」データベースより)

 

葛飾署管内で起きた長井祐子殺しの現場から取れた指紋の主である大村敏彦は、サクマケンジ(佐久間健司)殺害の容疑で本所署に留置されていた。しかし、知能犯担当が取り調べを行うなど、何か不審なものがあった。

そこで、本所署の事件の裏を探る姫川玲子は、本所署の事件に隠された、北の工作員による拉致事件まで絡んだ事実を探り出すのだった。

 

ノーマンズランド』の感想

 

本書『ノーマンズランド』は、今、最も面白いエンターテインメント小説を書かれる作家のひとりである誉田哲也の大ヒットシリーズである『姫川玲子シリーズ』の一冊です。

本作では特に姫川玲子の魅力が満載でした。前作の『硝子の太陽R』という作品も非常に面白く読んだのですが、本作品も同じように読み始めたら手放すことを困難に感じるほどにのめり込みました

特に、誉田作品の定番でもありますが、会話文の最後に一言付けくわえられている地の文の心の声が、人物描写に実に効果的なのです。

何かとおちゃらける相手との会話の最後の「黙って聞け」などの一言が、小気味よく響きます。

 

 

本書書『ノーマンズランド』では登場人物の性格付けが少しずつ変化してきています。というか、より明確になってきているというほうがいいのかもしれません。

その一つとして、前の統括主任で殉職した林弘巳警部補に変わり登場した日下警部補が、姫川にとっては自分とは相容れない男として反感すら感じていたものが、あたかも林のような庇護者的な立ち位置へと変わってきていることがあります。

また、姫川を常に想い、守ってきた菊田和男警部補が、結婚してから自分の妻の扱いに困る男になっていることや、もと姫川班でいまはガンテツこと勝俣警部補のもとにいる葉山則之巡査部長が、それなりに逞しく育ってきていることなどもそうでしょう。

 

また特徴的な事柄としては、これまで語られることのなかった勝俣刑事の来歴が明確にされています。

そのすべてでは無いにしても、日本の権力の中枢部分につながるその背景は、このシリーズ全体の構成にも関わってくるのではないかと思われ、非常に興味深い設定になっています。

もともと勝俣というキャラクターは、その強烈なアクの強さと共に、時折見せるなかすかな人情味が魅力的だったのですが、そのキャラクターにより一層の深みを持たせているのです。

 

本書ではまた、魅力的に育ちそうなキャラクターが新たに登場します。それが東京地方検察庁公判部所属の武見諒太検事です。

「大きいけれど多少はかわいげのある上品な部類に入るシェパードのようなタイプ。それが、あるスイッチが入ると筋肉質で、獰猛で容赦がなく、俊敏で直線的という印象の軍用犬ドーベルマンに近い。」と描かれているそのキャラクターは、姫川の新たな恋の対象となるな可能性を秘めた人物像として描かれていて、目が離せません。

 

本書には時系列の異なる三つの流れがあります。一つは本筋である姫川玲子の事件捜査の流れです。

もう一つは、三十年前から始まるある高校生の純愛の物語です。

そして最後は、あの勝俣健作警部補の裏の顔につながる流れです。

これらの三本の流れが伏線となり、最終的に一本の物語となる過程で回収されていき、それぞれの話の本当の意味が判明するのです。

決して目新しい構造ではなく、それどころかこの作者ではわりとよく見られる構造ではあるのですが、それでもなおうまいとしか言えない物語の運びになっています。

 

今のりに乗っている誉田哲也という作家の作品です。これからはもう少し間隔を狭めた出版が期待できそうなことも発言しています。楽しみに待ちたいものです。

変幻

警視庁捜査一課刑事の宇田川の同期、特殊犯捜査係の女刑事・大石が「しばらく会えなくなる」と言い、音信不通となった。かつて公安にいて辞めさせられた同期の蘇我と同じように…。 (「BOOK」データベースより)

「同期」シリーズの第三巻で、完結編です。

 

港区の運河でプロと思われる手口の殺人事件が起きた。所轄の臨海署に捜査本部がおかれることになり、宇田川は、臨海署強行班第二係の荒川巡査部長と組むことになった。

Nシステムにより、現場で目撃された車の所有者は麻布十番に住む堂島満という男で、訪ねると逃走を図るのだった。その場で逮捕し、臨海署で調べると「麻布台商事」という伊知原組のフロント企業の役員だという。

問題は、厚生労働省地方厚生局麻薬取締部や警視庁本部の組織犯罪対策部がマークしているということだったが、不思議なことに何も言ってこないらしい。そこに、Nシステムの分析から、麻布台商事の倉庫があるとの知らせが入る。

その倉庫近くの防犯カメラを調べると、車の運転手らしい女が大石陽子だった。そこに、蘇我から連絡が入った。大石の救済措置が機能しなくなったため、力を貸してほしいというのだ。宇田川が動けば植松や土岐も動くだろうことまで読んで、蘇我は宇田川に連絡をしてきたのだった。

 

本書は、まずは宇田川、蘇我、大石という所属先が全く異なる三人の、初任科三人のつながりを描いてあるとことが一番の見どころでしょう。

また、厚労省麻薬取締部の大石を見殺しにしろという横やりに対し宇田川が職を賭して反論する姿など、宇田川というキャラクターがはじける場面などもあり、爽快感を味あわせてくれる作品でもあります。

また、本書はミステリーとしても読みごたえを感じる作品でもありました。それは、目星をつけた男の役割についての見方が一面的であった点を修正し、事件の全貌を全く異なった観点から見なおす、などでも感じたところです。

加えて、本書では安積警部補率いる刑事課強行犯係安積班の活躍が人気の『安積班シリーズ』に登場する強行班第二係係長の相楽警部補が顔を見せており、競争心旺盛な独特なキャラクターを発揮しています。また第二係の班員である荒川巡査部長が宇田川の相方として重要な役割を担っていて、この点も見どころとなっています。

こうした異なるシリーズの登場人物が互いに顔を見せるというのは、先日読んだ誉田哲也の「ジウシリーズ」と「姫川玲子シリーズ」で相互に関連する構造である『硝子の太陽N』と『硝子の太陽R』という例を出すまでもなくファンにとっては楽しみでもあり、嬉しいものです。

このシリーズの第一作『同期』では、初任科つまり警察学校での同期の宇田川と蘇我という二人が描かれています。宇田川は刑事部捜査一課へ配属されますが、蘇我は公安に配属されるもののすぐに懲戒免職となり、さらに殺人事件の容疑者となってしまい、宇田川はそんな蘇我を救うために奔走するのです。

第二巻目の『欠落』では、宇田川の新たな同期として、警視庁刑事部捜査一課特殊犯捜査第一係に配属された大石陽子が登場します。配属後すぐに起きた立てこもり事件で大石自身が身代わりとなりますが、犯人と共に大石も行方不明となってしまいます。そこに蘇我から捜査状況を聞いてきた連絡が入りますが、そこに宇田川らは疑問を抱くのでした。

そして、本書『変幻』に至ります。本書では、前巻でも活躍した大石が殺人事件に絡んでいるかもしれないという事態に陥り、またまた登場する蘇我と共に宇田川らが大石救出のために活躍することになります。

警察小説の常として、刑事警察と警備警察、つまりは「警察」と「公安」は仲が悪いものというのがお約束です。これはある程度現実社会でも事実のようで、「国家」の存続を目的とする公安と、「国民生活の安定」を目的とする警察との職域の差ということになるのでしょう。

その仲の悪い二つの組織に別々に配属された初任科同期の二人の、「同期」としての繋がりを軸に、捜査一課に配属された宇田川の成長譚であるシリーズです。そこに大石という女性警察官が加わり、更なる面白さを見せていたのですが、本書を持ってシリーズの終了ということになってしまいました。

結局は蘇我という謎のキャラクターは謎のままに終わることになります。また大石についてもあまり描かれるところは少ないままでしたの、今後の展開の中で蘇我と大石が中心となるものと勝手に期待していたので残念です。

棲月 隠蔽捜査7

棲月 隠蔽捜査7』とは

 

本書『棲月 隠蔽捜査7』は『隠蔽捜査シリーズ』第七弾で、2018年1月に刊行され、2020年7月に文庫化された作品で、文庫本は432頁の長編の警察小説です。

銀行のシステムダウンや非行少年絡みの殺人事件などがおき、加えて竜崎本人の異動の話や、家庭内での出来事などに動揺する姿を見せる竜崎の姿があり、面白く読んだ作品です。

 

棲月 隠蔽捜査7』の簡単なあらすじ

 

鉄道のシステムがダウン。都市銀行も同様の状況に陥る。社会インフラを揺るがす事態に事件の影を感じた竜崎は、独断で署員を動かした。続いて、非行少年の暴行殺害事件が発生する。二件の解決のために指揮を執る中、同期の伊丹刑事部長から自身の異動の噂があると聞いた彼の心は揺れ動く。見え隠れする謎めいた“敵”。組織内部の軋轢。警視庁第二方面大森署署長、竜崎伸也、最後の事件。(「BOOK」データベースより)

 

私鉄電車が止まり、すぐに、今度は銀行のシステムもダウンしたとの報告を聞いた竜崎は、すぐにその原因を探るために捜査員を派遣するが、第二方面本部の弓削方面本部長や警察本部の前園生活安全部部長から捜査員を引きあげるようにとのクレームが入る。

これを無視する竜崎のもとに直接の電話や訪問があるが、結局は竜崎の正論のもとに引き下がらざるを得ない両部長だった。

同じ頃、札付きの非行少年が殺される事件が起きて大森署に捜査本部がおかれ、いつものように陣頭指揮を執るために本部入りする伊丹俊太郎刑事部長の姿があった。

被害者と同じ非行グループの少年らは、尋問にも答えようとはしないが、それは単に警察が相手だからとは思えず、何か別な理由があるかのようだった。

そうした折、自身の異動の噂に意外にも動揺していることに妻の冴子からは「あなたも成長した」と言われ、また、息子のポーランド留学の話もあって、個人的にも何かと忙しい竜崎だった。

 

棲月 隠蔽捜査7』の感想

 

本書『棲月 隠蔽捜査7』でも、これまでのこのシリーズと同じく、他者の筋の通らない苦情などものともせずに原理原則を貫いて捜査を全うする竜崎の姿があります。

しかし、本書の一番の特徴は、何といっても竜崎の異動の話が持ち上がることだと思います。この情報はネタバレ気味かもしれませんが、本書の早くにその話題が出てくるので許される範囲でしょう。

なにせ、めずらしくも自分の異動の話に動揺する竜崎の姿があり、動揺している自分自身の姿にまた驚いている竜崎が描かれているのですから珍しい話です。

動揺する竜崎に絡み、竜崎が大森署に赴任してきてからの変化を感じさせながら、家庭では息子のポーランド留学の話が起き、妻の冴子には「大森署があなたを人間として成長させた」と言われ、また驚いているのです。

 

そうした普段とは異なる姿を見せる本書『棲月 隠蔽捜査7』での竜崎ですが、署長としての仕事はおろそかにしていません。

コンピュータのシステムダウンと少年が被害者の殺人事件という異なる犯罪を抱えながらも、事件解決のために原理原則を貫くといういつもの竜崎の姿がそこにはあります。

人間的な情に流されずに合理主義を徹底する、という姿を貫きながら、その裏では人間的な側面を見せ、だからこそ皆から慕われる竜崎でした。

そして、シリーズが進むにつれ、築きあげられてきた人間関係も安定し、居心地のいい場所となっていたのです。

でも、それは物語としてはマンネリへの道でもあります。

一つの道としては、映画『フーテンの寅さんシリーズ』やテレビドラマの『水戸黄門シリーズ』のように、偉大なるマンネリとして、定番の型をもつドラマとして生き残っていくという方法もあるのかもしれません。

 

 

しかしながら、推理小説の世界でそれを通すのはかなり難しいと思われます。

ことに、本『隠蔽捜査シリーズ』の場合は謎解きを中心にした物語というよりは竜崎個人の人間的な魅力に負うところが大きく、しかし、署長勤務の長い大森署ではその個性を発揮しにくくなっているのです。

今回の異動はシリーズを活性化させる物語展開であり、今後の展開を大いに期待したいものだと思います。

マル暴総監

マル暴総監』とは

 

本書『マル暴総監』は『マル暴シリーズ』の第二弾で、2016年5月に刊行されて2019年8月に432頁で文庫化された、長編の警察小説です。

 

マル暴総監』の簡単なあらすじ

 

「俺のこと、なめないでよね」が口ぐせの、史上“最弱”の刑事・甘糟が大ピンチ!?北綾瀬署管内で起きたチンピラ殺人事件の捜査線上に浮かんだ謎多き人物。捜査本部でただひとりその正体を知る甘糟は、現場にふらりと現れる男に翻弄されることにー。笑って泣ける痛快“マル暴”シリーズ待望の第2弾。“任侠”シリーズ阿岐本組の面々も登場!(「BOOK」データベースより)

 

郡原先輩の指示でチンピラの喧嘩の現場に行くと、白いスーツの男がこの喧嘩は仲裁のために自分が買うと言い始めた。

仕方なく甘糟が乗り出すと、面子のみで張り合っていたチンピラらはどこかに消えてしまう。

しかし、その後、そのチンピラの一人が殺されてしまい、容疑者の一人として捜査線上に浮かんだのが、白いスーツの男だった。

 

マル暴総監』の感想

 

本『マル暴総監』は、『マル暴シリーズ』の第二作目となる長編の警察小説です。

本書『マル暴総監』は、著者今野敏の人気シリーズの一つ『任侠シリーズ』から派生したユーモアミステリーの『マル暴シリーズ』の第二弾作品です。

ですから、本書には『任侠シリーズ』の阿岐本組代貸である日村誠司なども少しだけですが登場します。

 

 

このシリーズは、甘糟達夫というマル暴らしからぬ主人公のキャラクターや、甘糟の相棒である郡原虎蔵というマル暴らしい刑事の存在が実に面白く描いてあります。

本書『マル暴総監』では、それに加えマル暴総監と呼ばれる栄田光弘警視総監まで加わり、物語展開を一段と荒唐無稽なものとしています。

この警視総監は巷でチンピラ達を懲らしめては暴れん坊将軍を気取り、一人悦に入っているという困ったキャラクターです。

この警視総監が、マル暴である甘糟が特別に参加している捜査本部に頻繁に顔を見せ、白いスーツの男の正体を知っている甘糟に口止めをし、捜査の指揮を取ろうとするのです。

警視総監と上司との間に入り振り回される甘糟ですが、自らは動かない郡原の言うとおりに動いて捜査の方向性を決めそうな重要情報を掴んでくるのでした。

 

本書『マル暴総監』は、そもそもミステリーとしての出来栄えを期待する類の小説ではないのでしょう。

代わりに、ある種ファンタジーともいえる痛快ユーモア小説としてその期待に十分に応えてくれると思います。

その中で、郡原の指示に隠された意外な冴えなどの見どころがちらりと見えたりと、単にコミカルさを売り物にしているだけの物語ではない、さすがに今野敏の小説だとあらためて感心することになりました。

マインド

本書『マインド』は、文庫本で429頁の長さをもつ、『警部補・碓氷弘一シリーズ』の六冊目です。

警視庁捜査一課に属する碓氷弘一警部補を主人公とする長編警察小説で、シリーズの初期と異なってきている印象がする本書です。

 

マインド』の簡単なあらすじ

 

ゴールデンウィーク明けの朝、出勤した警視庁捜査一課・碓氷警部補の元に、都内で起こった二件の自殺と二件の殺人の報が入る。一見関連性がないように見える各事件だが、発生時刻はすべて同じ日の午後十一時だという。さらにその後、同日同時刻に別で三件の事件が起きていたことが判明。第五係と、再度捜査協力に訪れた心理調査官・藤森は、意外な共通点に気づくが。(「BOOK」データベースより)

 

同日の同一時刻に二件ずつの殺人事件と自殺とが起きた。

一見関連のなさそうなこれらの事件に、警視庁の田端捜査一課長も「偶然という言葉を嫌う」警察官の一人として疑念を抱き、碓氷警部補の属する捜査第五係が捜査を開始することになった。

捜査の途中、今度は警察庁の心理捜査官である藤森紗英も関心を持っていて碓氷警部補らの捜査にくわわることになる。

同じように同時刻に強姦未遂が二件、盗撮事件が一件起きている事案があるというのだった。

 

マインド』の感想

 

本書『マインド』では藤森紗英の分析が話の中心になってくるのですが、だからなのか、今野敏の小説ではありがちとはいえ、本書では特に会話文が多くなっています。

警察小説には、例えば大沢在昌の『新宿鮫』という物語が、新宿署の鮫島警部という独特なキャラクターを中心に、ハードボイルドタッチで動的に物語が展開するように、一人のヒーロー中心にした物語があります。

暴力を手段とすることをためらうことなく職務を遂行し事件を解決する、警察小説のひとつの形としてあるように思えます。

 

 

また、本書の作者である今野敏の『安積班シリーズ』のように、中心となる主人公個人を描くというよりも、チームとしての捜査員の動きを描くタイプもあります。

このシリーズは東京湾臨海署の刑事課強行犯係安積班の活躍を描く小説で、班長の安積警部補を中心に個性豊かなメンバーそれぞれの活動を描き出す人気シリーズで、チームとしての捜査が描かれています。

 

 

本書『マインド』はこうしたタイプとは異なり、まるで一場面ものの舞台上での役者たちの演技のようでもあります。

つまりは場面の転換にあまり意識がいかず、藤森紗英との会話により物語が展開していく、極端に言えば舞台上での会話劇のような静的な印象なのです。

というのも、心理捜査官である藤森紗英は、プロファイリングにより当該犯罪を分析し、犯人像を推論することで、捜査官らを手助けする立場にあるのですから、会話文が多くなるのももっともといえばもっともなのかもしれません。

 

ここでプロファイリングといえば、富樫倫太郎の『生活安全課0係シリーズ』の空気の読めないキャリアを主人公小早川冬彦が思い出されます。

 

 

この物語はコミカルな長編の警察小説で、ずば抜けた頭脳を持つキャリアの小早川冬彦が、出向先の科捜研から、杉並中央署生活安全課に突如誕生した「何でも相談室」に赴任することとなり、空気が読めない男冬彦が杉並中央署をかき乱しながらも、その頭脳が冴えを見せる物語です。

本書『マインド』の藤森紗枝は、冬彦のような能天気な男ととは異なります。捜査員が集めてきた種々の事実から犯人像を導き出す過程にコミカルな要素はありません。そして、あるクリニックへとたどり着くのです。

当然のことではありますが、会話文が主体だからと言って面白くないというのではなく、本書の特徴として静的な印象があるというだけで、今野敏の物語の面白さは十分に持っている小説です。

ちなみに、警察庁の心理捜査官の藤森紗英は、本シリーズ四冊目の『エチュード』でも登場しており、その時も碓井警部補と組んでいるキャラクターです。

 

プロフェッション

立て続けに発生した連続誘拐事件。解放された被害者たちは、皆「呪い」をかけられていた―。警視庁きっての特能集団、ここに始動!科捜研から招集された異能の5人(+1)その素顔は、警察内でも厄介視される変人集団!(「BOOK」データベースより)

近時の今野敏の作品の中では最も軽く読める作品と言ってもいいかもしれません。というよりは、私の好みからは若干外れているからそう思うのかもしれませんが、内容が薄いのです。

今野敏の小説にかぎってことではありませんが、この頃の小説は一般的に会話文が多く、改行も多用されているのですが、本書は特にそうで、更には単行本で290頁という頁数だということもあって、簡単に読めてしまいます。

また、内容も、ミステリーであるわりには丁寧な捜査の上に推論があり、更なる捜査の上に結論があるという論理の流れではなく、本書の場合は、特殊能力の持ち主による強烈なプロファイリングがあるので集められた証拠に基づく推論が無く、人間嘘発見器があるために丁寧な証拠固めという過程が要りません。

言ってみればミステリーの醍醐味の肝心な部分が抜け落ちているので、私の好みには合わないのだと思われます。

一般的に、本書のような超能力者的存在があれば、それに合わせたミステリーの構成があるはずなのですが、このSFチックなシリーズでは、『宇宙海兵隊 ギガース』シリーズのような少々異色のSF作品を書く作家である今野敏にしては、作風が簡単です。

今野敏の小説らしく、一定の面白さは否定しませんが、他の作品ほどの期待はしない方がいいと思います。

去就: 隠蔽捜査6

本書『去就: 隠蔽捜査6』は『隠蔽捜査シリーズ』第六弾の、文庫本で428頁の長編の警察小説です。

今野敏作品の中でも一、二を争う人気シリーズといっても過言ではないシリーズで、本書もその面白さの例外で張りません。

 

去就: 隠蔽捜査6』の簡単なあらすじ

 

大森署管内で女性が姿を消した。その後、交際相手とみられる男が殺害される。容疑者はストーカーで猟銃所持の可能性が高く、対象女性を連れて逃走しているという。指揮を執る署長・竜崎伸也は的確な指示を出し、謎を解明してゆく。だが、ノンキャリアの弓削方面本部長が何かと横槍を入れてくる。やがて竜崎のある命令が警視庁内で問われる事態に。捜査と組織を描き切る、警察小説の最高峰。(「BOOK」データベースより)

 

竜崎が署長を務める大森署管内で、ストーカーによる犯行の可能性のある誘拐事案が発生した。

そこで、戸高刑事もメンバーとなって立ち上げられていたストーカー対策チームも捜査に参加させることにした。

ところが、その誘拐事案で被害者と共にストーカーのところに赴いた男が殺され、殺人事件へと発展してしまう。そしてそのストーカ犯人と目される下松洋平は、父親の猟銃を持って立てこっているというのだ。

ここで伊丹刑事部長は、すぐさまSITを出動させるが、弓削方面本部長はべつに銃器対策チームの投入をはかるのだった。

 

去就: 隠蔽捜査6』の感想

 

組織が個人の思惑で硬直化し、現場の指揮者らは組織の論理に振り回されてしまいます。

そこで、竜崎署長は自ら現場へ赴くのですが、そこでは自らが指揮を執るのではなく、現場のことは現場指揮官の指揮に従うのが一番合理性があるとして、現場の人間が最大に実力を発揮できるようにと後方支援を始めるのです。

ここらが、竜崎という合理性を重んじる男が人気を博している原因でしょう。目的に向かって最適な方法を選ぶことこそ合理的であり、その結果として事件が解決し、更に大森署の部下たちが力を合わせた結果としての解決であり、ここに二重の喜び、カタルシスが感じられる理由があると思われるのです。

近年、ストーカー問題がクローズアップされ、推理小説でもストーカーをテーマにした作品が増えてきたようです。本書の場合、ストーカーをテーマにしているとまでは言えないとは思いますが、事件のきっかけではあるようです。

 

警察小説でストーカー問題を取り上げるとしたら、ストーカー犯人自体やストーカー行為そのものではなく、それに対応する警察側の処し方が問題となってくるのは必然でしょう。

ストーカー行為そのものの持つ意味についての考察が為された作品は、少なくとも警察小説の分野では知りません。

そういう意味で、警察との関わりでのストーカー事案を取り上げた作品としては、柚月裕子朽ちないサクラがあります。

平井中央署では、慰安旅行のために被害届の受理を先延ばしていたためストーカー殺人を未然に防げなかったと、新聞にスクープされてしまいます。

その情報の流出元を自分ではないかと危惧している県警広報広聴課の事務職員森口泉が、自分の親友の死をきっかけに真相究明に乗り出す物語です。

この作品は、千葉県警で時歳に起きた警察の不祥事をモデルに書きあげられたそうですが、この小説も、ストーカーそのものを取り上げているわけではありませんでした。

 

 

また、頭脳明晰な主人公が事実から導かれる論理の通りに行動し、結果としてその論理のとおりに事案が展開する、という流れは、富樫倫太郎の『生活安全課0係シリーズ』でも見られます。

しかし、『生活安全課0係 ファイヤーボール』を第一作とする『生活安全課0係シリーズ』の場合、主人公の小早川冬彦は、空気を読むことができず人間関係の構築ができません。それなりに分別もある竜崎署長とはかなり異なるのです。

 

 

ともあれ、本『隠蔽捜査シリーズ』は若干のマンネリズムの様相を見せ始めてはいますが、それでもなお最も面白い警察小説の一冊ではあります。

今後、竜崎の転勤などの変化を見せつつさらに面白い小説として展開していきます。

続刊の刊行が待たれるシリーズです。

潮流 東京湾臨海署安積班

潮流 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『潮流 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第十七弾で、2015年8月に刊行されて2017年5月に384頁で文庫化された、長編の警察小説です。

東京湾臨海署管内で発生した毒殺事件に対応する安積班のチームとしての活躍が描かれますが、シリーズの中でもかなり面白い作品でした。

 

潮流 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署管内で救急搬送の知らせが三件立て続けに入り、同じ毒物で全員が死亡した。彼らにつながりはなく、共通点も見つからない。テロの可能性も考えられるなか、犯人らしい人物から臨海署宛に犯行を重ねることを示唆するメールが届くーー。強行犯第一係長・安積警部補は過去に臨海署で扱った事件を調べることになり、四年半前に起きた宮間事件に注目する。拘留中の宮間は、いまだ無罪を主張しているという。安積は再捜査を始めようとするが…。(「BOOK」データベースより)

 

東京湾臨海署管内の複合商業施設内で毒物による死者が立て続けに三人も発生し、テロとの疑いをも考える安積でした。

しかし、リシンという毒物が検出されたとき、安積班の須田が、小さな鉄球を打ち込むという手口の海外での事件を思い出します。

その後、臨海署に犯人しか知りえない情報が書かれたメールが届き、安積は臨海署での過去の事件との関連を考え、その線で動き始めるのでした。

 

潮流 東京湾臨海署安積班』の感想

 

本書『潮流 東京湾臨海署安積班』はこの『安積班シリーズ』の中でもかなり上位に入る面白さを持った作品だとの印象を持った作品でした。

本『安積班シリーズ』は、そもそもミステリーとしての謎解き自体ではなく、事件の解決に至るまでの安積班を中心にした人間ドラマにその面白さがあると思うのですが、その点でも登場人物の各々がうまく描かれていると感じたのです。

チームとしての活躍、といえば誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』でも、主人公の姫川玲子だけでなく、他のメンバーにもかなり光を当ててありました。それでも、本書の安積班ほどにはチーム色を前面に出してはいないと思います。

 

 

須田を始めとする安積班の活躍もさることながら、本書『潮流 東京湾臨海署安積班』では更に、交通機動隊所属の速水がかなりその存在感を出しています。

普段から安積との掛け合いについては定評がある速水という存在ですが、本書では特に二人の会話がテンポがよく、ジャンルは異なるのですが、どことなく、ロバート・B・パーカーの『私立探偵スペンサーシリーズ』におけるスペンサーとホークとの掛け合いを思い出していました。

 

 

単にコンビということでは、黒川博行の『悪果』での堀内とその相棒の伊達とのコンビは、また違った意味でユニークです。大阪弁を駆使したその会話は漫才といっても良いでしょう。

その点では、同じ作者の『疫病神』の建設コンサルタント業の二宮と暴力団幹部の桑原の会話のほうが漫才かもしれません。
 

 

本書『潮流 東京湾臨海署安積班』ではこれに加えて警視庁本部からやってきた池谷管理官がいます。

更には、いつも安積と対立する佐治基彦係長の殺人犯捜査第五係の存在も光っています。

池谷管理官の率いるチームがあって、最終的には安積班の動きに光が当たる仕掛けは、定番とはいえうまいものです。

その流れの中、本庁のチームに負けるわけにはいかないと臨海署署長や総務課長の岩城などが安積を支える姿がまた小気味いいのです。

こうした「意気に感ず」式の人間描写がうまく機能し、本書が万人受けする物語として成立しているように感じます。

この作者のもう一つの魅力シリーズ『隠蔽捜査シリーズ』と並び、本『安積班シリーズ』も楽しみなシリーズです。