遠火 警視庁強行犯係・樋口顕

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第八弾で、2023年8月に360頁のハードカバーで幻冬舎から刊行された長編の警察小説です。

本書は「女性の貧困」の問題を取り上げていますが、あくまで今野敏作品として重すぎることなく、いつも通りに読みやすい作品でした。

 

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京・奥多摩の山中で他殺体が発見された。警視庁捜査一課の樋口班は現場に急行。調べを進めていくと、殺されたのは渋谷署の係員が職質をしたことがある女子高生で、売春の噂があったことが判明する。樋口顕は被害者の友人である美人女子高生と戸外で面会。すると、その様子を撮影した何者かによってインターネット上に写真を流され、同僚やマスコミから、あらぬ疑いをかけられてしまう。秀でた能力があるわけではなく、他人を立てることを優先し、家族も大切にしながら、数々の難事件を解決してきた樋口。謀略を打ち破り、殺人事件の真相に辿り着くことができるのか。女性の貧困、性の商品化、SNSの悪意、親子関係の変質…。現代日本の歪みを照らし出す社会派ミステリーの白眉。(「BOOK」データベースより)

 

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第八弾となる作品です。

 

本書の帯には「女性の貧困、性の商品化、SNSの悪意、親子関係の変質・・・」とあり、さらに「現代日本の歪みを照らし出す社会派ミステリーの白眉。」という文言がありました。

今野敏の作品の中には社会的な問題をテーマとして掲げてある少なからずの作品があるようです。

しかしながら、例えば本シリーズで言えば前作の『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように、どちらかといえば警察組織内での人間関係に光を当ててあるような作品が主のように思えます。

 

 

本書の場合、組織内の人間関係も描いてはあるのですが、それよりも「女性の貧困」の問題を取り上げ、そこから性の商品化などの社会的な問題を取り上げてあります。

とは言っても、正面から社会派の推理小説として構えているのではなく、軽く読めるエンターテイメント作品として仕上げてあります。

そうしたタッチこそが今野敏の作品の特徴であり、皆から支持されている由縁でしょう。

 

さらには、軽く読める作品だとはいっても、心に残る言葉などが随所に挟まれているところも読者の支持を得ている理由の一つになっているのだと思われます。

例えば、刑事としての自分の仕事を理由に家族に苦労を強いてきた自分の、仕事だからと許されるとの思いがあったことについて、それは「自分の大切なものを他人に押し付け、相手の大切なものを軽視するということなのだ。」と指摘しています。

こうした警句めいた文言が随所にあるため、言葉が読み手の心に少しずつ積み重なっていき、この作者の描き出す物語は言葉を、そして人間存在を大切にしているという印象へと繋がり、それは今野敏の著作に、ひいては本書の評価へもつながっていくのでしょう。

 

また、主人公の樋口顕の性格を描写するに際し、樋口は相手が誰であろうと落ち着かなくなると言っています。

樋口は約束の時間に遅れたくないという気持ちが強いけれど、それは「待たされるより待たせることの方が苦手」だからだと、自分よりも相手の立場をより慮っているのです。

 

さらには、主人公以外の登場人物の描き方でも、例えば田端捜査一課長天童管理官との間で交わされた言葉で、せっかちな田端と天童のブレーキを掛ける会話などがあります。

こうした会話から「この二人の呼吸は絶妙だ」と樋口は感じ、結局、捜査員の尻を叩きつつ慎重にやれと言っているのだ、と結論付けているのです。

このような描写が随所に描かれていて、登場人物の性格が知らずのうちに刷り込まれ、読者はより一層感情移入することとなり、とりこになっていくのです。

 

本書『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』では、青梅署の管轄内で起きた殺人事件の被害者が未成年の女性の可能性があるということで、少年課の氏家の助けを求め、樋口と共に捜査本部に詰めることになります。

被害者の女性が渋谷署の生活安全課の捜査員梶田邦夫巡査部長などが見知った人物で、ポムという女子高校生の企画集団が浮かんで来るのです。

その中で「女性の貧困」、性の商品化などの社会的な問題提起が為され、樋口らの活躍で事件は解決します。

 

繰り返しになりますが、そんな問題を仲間の力を借りつつ解決していくこの作品は、面白いと言わざるを得ない作品です。

と同時に、本書を含む本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、今野敏の多くのシリーズ作品の中でも人気が高いシリーズであることがよく理解できる、次回作が待たれるシリーズなのです。

脈動

脈動』とは

 

本書『脈動』は、『鬼龍光一シリーズ』の第六弾で、2023年6月に352頁のハードカバーでKADOKAWAから刊行された長編の伝奇+警察小説です。

単純に、今野敏の小説として楽しく読めた作品ですが、それ以上のものではなく、伝奇小説としても、警察小説としても標準的な作品でした。

 

脈動』の簡単なあらすじ

 

警察官による暴力や淫らな行為ー警視庁内で非違行為が相次ぐ。常時ではあり得ない不祥事の原因とは?事態の悪化をおそれた警視庁生活安全部少年事件課の巡査部長・富野輝彦は旧知のお祓い師・鬼龍光一を呼び出す。その結果、警視庁を守る結界が破られており、このままでは警察組織は崩壊するという。一方、富野は小松川署で傷害事件を起こした少年の送検に立ち会い、半グレ集団による少女売春の情報を掴む。一見無関係なふたつの出来事は、やがて奇妙に絡み合う…。(「BOOK」データベースより)

 

脈動』の感想

 

本書『脈動』は、単なる警察小説ではなく、伝奇小説と融合したミステリーシリーズである『鬼龍光一シリーズ』の第六弾となる作品です。

さすがに今野敏の作品らしく読みやすく、伝奇小説+警察小説としてそれなりの面白さはあるのですが、しかしながら伝奇小説としても警察小説としても中途に感じ、本書であればこそという面白さまでは感じませんでした。

 

ここで「伝奇小説」とは、本来は「中国の唐-宋時代に書かれた短編小説のこと( ウィキペディア-伝奇小説:参照 )」をいうらしいのですが、現在の日本では、「奇異なる伝承(の物語)」のなかでも「伝承・史実の幻想的再解釈」を成立条件とする作品を指しているそうです( ウィキペディア-伝奇ロマン:参照 )。

私にとっての「伝奇小説」は、この現在の日本的な意味での「伝奇小説」であって、半村良の『石の血脈』や『産霊山秘録』から始まり、その後に夢枕獏菊地秀行のいわゆる伝奇バイオレンス作品と呼ばれる作品群を読んだものです。

 

 

話を元に戻すと、本『鬼龍光一シリーズ』は、そうした伝奇小説の中でもさらに警察小説との融合作品という側面が強いシリーズになっています。

本書『脈動』では警視庁内での「非違行為」つまり警察官の不祥事が多発するという事態に陥りますが、その原因が、警視庁に設けられていた結界が破られたことにあるというのです。

つまりは、警察は「本来は霊的には恐ろしく不浄な場所の筈です」が、霊障、即ち霊によって起こる障害が起きないように「結界」を張ってその中を浄化していたのが破られ、不祥事が多発しているというのです。

そこで、警視庁生活安全部少年事件課少年事件第三係所属の巡査部長である富野輝彦とその部下の有沢英行が、鬼道衆の鬼龍光一や奥州勢の安部孝景といったお祓い師たち、それに元妙道の池垣亜紀などの力を借りてその原因を探り、事態の解決を図るのでした。

 

ここで登場してきた鬼龍光一安部孝景、それに池垣亜紀などの重要人物たちについては簡単な紹介しかありませんし、彼らの呪法についての説明なども全くありません。

しかし、それも当然で、本書は『鬼龍光一シリーズ』の第六弾だったのであり、彼らはこのシリーズの中心人物だったのです。

というのも、『鬼龍光一シリーズ』の鬼龍光一という名前を見て、かつて読んだ『拳鬼伝シリーズ』(現在は改題され、『渋谷署強行犯係シリーズ』となっています)の琉球空手使いの整体師竜門の物語だと勝手に思い込んでおり、読まずにいたのでした。

ところが、いざ本書『脈動』を読んでみると全く異なる物語であり、『拳鬼伝シリーズ』の格闘小説というよりは伝奇小説であって、陰陽道などが絡む物語であり、さらには警察小説の要素も持った物語だったのです。

 

結局、冒頭に書いたように、単純に今野敏の小説として楽しく読めた作品で、それ以上のものではない、普通に面白く読めた作品でした。

審議官 隠蔽捜査9.5

審議官―隠蔽捜査9.5―』とは

 

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』は『隠蔽捜査シリーズ』の短編集としては三冊目で、2023年1月に新潮社からハードカバーで刊行された短編の警察小説集です。

『隠蔽捜査シリーズ』の隙間を埋めるスピンオフ短編集であり、当然のごとく非常に面白く読んだ作品でした。

 

審議官―隠蔽捜査9.5―』の簡単なあらすじ

 

信念のキャリア・竜崎の突然の異動。その前後、周囲ではこんな波瀾がーー!? 米軍から特別捜査官を迎えた件で、警察庁に呼び出された竜崎伸也。審議官からの追及に、竜崎が取った行動とはーー(表題作)。竜崎の周囲で日々まき起こる、本編では描かれなかった9つの物語。家族や大森署、神奈川県警の面々など名脇役も活躍する、大人気シリーズ待望のスピンオフ。本書のための特別書き下しも収録!(内容紹介(出版社より))

 

目次

空席 | 内助 | 荷物 | 選択 | 専門官 | 参事官 | 審議官 | 非違 | 信号

 

審議官―隠蔽捜査9.5―』の感想

 

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』は、神奈川県警本部の刑事部長に異動することになった竜崎伸也をめぐる人たちに関する短編が収められているので、『隠蔽捜査シリーズ』のスピンオフ作品集というべきでしょうか。

隠蔽捜査シリーズ』では『初陣 隠蔽捜査3.5』、『自覚 隠蔽捜査5.5』に次ぐ第三弾目の短編集ということになります。

ほとんどの話が、結局は竜崎に相談した結果やはり竜崎が常々言っている原理原則論そのままの言葉に、それまで悩んでいたことが嘘のようにすっきりと問題が解決していきます。

本『隠蔽捜査シリーズ』の魅力は何と言っても主人公である竜崎伸也というキャラクターの存在によるところが大きいででしょうが、本書はその竜崎の魅力そのままに展開されていると言えるのです。

 

「空席」
異色の署長であった竜崎伸也の後任署長が着任するまでの空白の一日の間に発生した事件について、第二方面本部の野間崎管理官に振り回される貝沼悦郎副署長を中心とする大森署員の姿が描かれています。

この後任の署長が、『署長シンドローム』での主人公となる女性キャリアの藍本百合子警視正であり、貝沼がつぶやいたように「うちの署は変わった署長ばかりやってくる」ことになるのでした。

 

「内助」
竜崎伸也の妻である竜崎冴子が、テレビで昼のニュースを見ていたときに感じた違和感から事件の真実に至るという、冴子の名推理がさえわたる異色の短編です。

推理そのものよりも、また竜崎夫婦の姿や、娘の美紀や息子の邦彦をも含めた竜崎家の様子が丁寧に描かれているところが、本シリーズのファンとしては興味深い作品でした。

 

「荷物」
竜崎伸也の息子の邦彦が、友人から預かった荷物が覚醒剤と思われるだった白い粉だったことから、誰にも相談することができずに思い悩む姿が描かれています。

邦彦はどういう方法でこの苦境を乗り越えることができるのか、に関心が集中し、結果は予想がつく範囲ではありましたが、その過程を読ませる作者の力量はさすがであり、すっきりした読後感でした。

 

「選択」
竜崎伸也の娘の美紀が電車内での痴漢騒ぎに巻き込まれる姿が描かれています。

正しいことを行ったものが理不尽に扱われてしまう現実に即しているともいえそうな、それでいて痛快な作品に仕上がっています。

加えて、美紀の会社の様子や同僚まで存在感をもって描いてある作品になっています。

 

「専門官」
神奈川県警の組織の特殊性をもとに、県警内の、特にキャリアを嫌うノンキャリア、という人間関係を描き出してあります。

専門官」とは、ベテラン捜査員のなかの警部待遇の警部補のことだそうです。

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』ではキャリア嫌いで通っている矢坂敬藏警部補に焦点が当たっていて、新しく刑事部長となった竜崎伸也との対立を心配する池辺渉刑事総務課長らの姿があります。

ここでも竜崎の特殊な存在感が光っています。

 

「参事官」
ここでもまた、キャリアとノンキャリアの対立、具体的には、佐藤実本部長から阿久津参事官と組織犯罪対策本部の参事官である平田清彦警視正との仲が悪いので何とかしてほしい、と頼まれた竜崎の姿が描かれています。

この話では永田優子捜査二課長という二十四歳のキャリアが登場してきますが、この人物は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』でも登場してきている人物と同一人物だと思われます。

 

「審議官」
審議官という幹部でも個人的な感情で動くことがある、という組織の問題を指摘しているようです。

刑事局担当の長瀬友昭審議官が、横須賀の殺人・死体遺棄事件で、自分が米軍関係者の関与があったことを知らなかったことが問題だと、佐藤実本部長に文句を言ってきたのです。

この話の冒頭に出てくる横須賀の殺人・死体遺棄事件は、『探花 隠蔽捜査9』での事件を指していると思われます。

ちなみに、「審議官」とは、「日本の行政機関における官職の名称に使われる語」だそうです。詳しくは、「ウィキペディア(審議官)」を参照してください。

 

「非違」
竜崎伸也の後任である前出の藍本百合子新署長が赴任してから、野間崎管理官が何かにつけ大森署に来るようになったという話です。

今回の来署の理由は、強行犯係の戸高善信刑事の平和島のボートレース場に通う行為が問題だというのでした。

 

「信号」
「参事官」で登場していた永田優子捜査二課長竜崎伸也に言っていた「キャリア会」というキャリア組の飲み会で交わされた、細い路地の横断時に、車も通っておらず人の眼もない時に赤信号を守るか、という話にまつわる物語です。

渡るという佐藤本部長の言葉が記者に漏れたことで三島交通部長が怒っているのです。

しかしその裏には、三島交通部長は五十八歳のノンキャリア警視正であり、ここでもキャリア対ノンキャリアの対立の様子が描かれています。

 

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』でも、『隠蔽捜査シリーズ』本編ではあまり焦点が当たらないような登場人物たちに光を当て、その人物をめぐる話が展開されています。

そして、そうした中でもキャリアとノンキャリアの対立の場面が何か所か描かれていて、現実にもそうした問題があるのだろうと推察されるのです。

また、各話の出来自体も勿論面白いのですが、永田優子捜査二課長や藍本百合子大森署新署長など、今野敏の他のシリーズの出演者が少しずつ顔を見せたりして、今野ワールドのファンとしてはそうした面でも楽しみが見いだせます。

今野敏のファンとしては、こうした作品も間を置かずに読みたいと思ってしまいます。

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』とは

 

本書『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の第七弾で、2023年5月に刊行された384頁の長編の警察小説です。

途中までは普通の作品だと思いながらの読書だったのですが、途中から予想外の展開を見せ、なかなかに面白く読むことができた作品でした。

 

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ

 

港ヨコハマを暴力から守る「チーム諸橋」の活躍を描く
「横浜みなとみらい署暴対係」シリーズ第七弾!

商品を受け取るも代金を支払わない「取り込み詐欺」。
暴力団の懐を肥やす資金源を断ち切るため、“ハマの用心棒”が倉庫街を駆ける!

神奈川県警みなとみらい署刑事第一課暴力犯対策係係長・諸橋夏男。〈ハマの用心棒〉と呼ばれ、
暴力団から一目も二目も置かれる存在だ。
大量の商品を注文して代金を支払わない「取り込み詐欺」に管内の暴力団・伊知田組が
関与しているらしいが、確証がないという。
県警本部の永田二課長から問い合わせを受けた諸橋は、
県警本部と合同で張り込みを開始、
伊知田が所有する倉庫に品物が運ばれたのを確認するが、ガサ入れは空振りに終わった。
誰かが情報を洩らしたのか!?

好評警察小説シリーズ最新刊。(内容紹介(出版社より))

 

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』の感想

 

本書『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』は、いつもの通りの諸橋と城島の二人が活躍する物語で、これまで以上に面白く感じた作品でした。

 

県警捜査二課からの問い合わせを受け、管内の小さな暴力団である伊知田組の取り込み詐欺事件にまつわる捜査から幕を開けます。

依頼に応じて目星をつけた倉庫に食材が運び込まれたのを確認、撮影し、確信をもって令状を取り家宅捜索のために乗り込みますが、荷物は既に運び出されていました。

内部からの情報漏洩を疑いますが、そのうちに事態は思いもかけない方向へと動き始めます。

 

もともと本『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の魅力と言えば、まずは主役の二人、諸橋夏男警部と係長補佐の城島勇一警部補とのコンビのキャラクターが挙げられるでしょう。

「ハマの用心棒」と呼ばれる諸橋警部とラテン系と言われるほどにポジティブな城島警部補との取り合わせが、その会話も含めてうまく機能しているのです。

その諸橋の下でチームとして動く浜崎吾郎巡査部長を始めとする係員たちそれぞれの個性、さらにはシリーズではおなじみの神奈川県警察本部警務部監察官の笹本康平警視の存在も魅力的です。

 

また、本書『トランパー』の魅力についていえば、、今回初登場の県警本部刑事部捜査第二課課長の永田優子警視、その部下で知能犯捜査第一係の牛尾主任、県警本部組織犯罪対策本部暴力団対策課平賀松太郎警部補などの登場人物たちもうまく機能しているところも挙げられると思います。

それに、物語が第二段階に入って話が一段と広がりを見せてきたときの県警本部警備部外事第二課の保科武昭警部補たちの存在や、なによりも福富町のビルのオーナーの郭宇軒が重要な存在として登場している点も見逃せません。

 

でも、本書『トランパー』での一番の魅力はやはり物語展開の意外性と、そこで繰り広げられる捜査員同士のやり取りにあります。

神奈川県警内部での部署の違いによる捜査員の立場に即した主張があったり、そうした声を乗り越えたところに現れる人間同士の会話に読みごたえがあります。

また、ちかごろ今野敏の物語によく登場する女性のキャリアの活躍も面白いところです。

本書で言えば二課長の永田優子警視ですが、他のシリーズで言えば、『署長シンドローム』に登場する藍本小百合が一番の存在でしょう。

この藍本小百合は『隠蔽捜査シリーズ』で竜崎伸也の後任として大森署に赴任してきた美貌のキャリアの新署長として登場する人物です。

ただ、本書の永田警視はあくまで県警の課長として脇役での登場ですから、藍本小百合ほどの活躍は見せませんが、それなりの存在感は持っています。

 

 

また、今野敏の小説では他部署の警察官などでしばしばみられるのが、印象が良くない警察官が、実は根は悪いやつではないという展開です。

本書でもそうで、どの人物かはここでは書きませんが、そうした設定は読者が物語に感情移入するのに一役買っているような気がします。

 

総じて、本書『トランパー』はまさに今野敏の小説として、とても読みやすく、また惹きつけられる物語の展開もあり、私の好みに合致した作品だということができます。

続編を期待したいシリーズであり、本書はその期待に十分に応えた一冊だったと言えるのです。

カットバック 警視庁FCII

カットバック 警視庁FCII』とは

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は『警視庁FCシリーズ』の第二弾で、2018年4月にハードカバーで刊行され、2021年4月に528頁で文庫化された、長編の警察小説です。

今野敏の作品らしくユーモアにあふれて非常に読みやすく、他のシリーズ作品とコラボしている楽しい作品になっています。

 

カットバック 警視庁FCII』の簡単なあらすじ

 

人気刑事映画のロケ現場で出た本物の死体。
夢と現のはざまに消えた犯人を追え。

警視庁地域総務課の楠木肇(くすき・はじめ)は、普段はほとんどやる気のない男。しかし、事件となると意外な才能を発揮する。
楠木が所属する特命班「FC(Film Commission)室」には、地域総務課、組対四課、交通課から個性的な面々が集まっている。

FC室が警護する人気刑事映画のロケ現場で、潜入捜査官役の俳優が脚本通りの場所で殺された。
新署長率いる大森署、捜査一課も合流し捜査を始める警察。
なんとしても撮影を続行したい俳優やロケ隊。
「現場」で命を削る者たちがせめぎ合う中、犯人を捕えることができるのか。

人気シリーズ「隠蔽捜査」の戸高刑事も登場!(内容紹介(出版社より))

 

カットバック 警視庁FCII』の感想

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は、警視庁に置かれたフィルムコミッション(FC)室所属のメンバーが、自分たちが担当した映画の撮影現場で起きた事件を解決するエンターテイメント小説です。

ここで言うFCとはフィルムコミッションの略で、FC室は映画やドラマのロケ撮影に対して便宜を図る警視庁の特命部署です」。( 担当コメント : 参照 )
 

また、「カットバック」という言葉は映画に関連しては「二つ以上の異なった場面を交互に切り返すこと」ということを意味します( weblio国語辞典 : 参照 )

ただ、本書で異なる場面が切り替えられていたかというとそうした記憶はなく、ざっと読み返してもそうは読めませんでした。

ということはこのタイトルの「カットバック」という言葉は、私の読み方が浅いだけで、単に映画用語として取り上げられているだけかもしれません。

 

本書『カットバック 警視庁FCII』の登場人物のうちFC室のメンバーとしては、室長として元通信指令本部の管理官の長門達男がいて、他にマル暴の山岡諒一、交通部都市交通対策課の島原静香、交通部交通機動隊の服部靖彦、それに地域総務課所属の楠木肇がいます。

さらに、後述の人物たちも忘れてはいけません。

 

本書の見どころはまずは物語の舞台が映画の撮影に関連しているということを挙げるべきでしょうが、特徴として取り上げていいかといえば若干の疑問があります。

ただ単に犯行現場や関係者が映画関係者たちだったというべきように思えるのです。

それよりも見どころとしては、主役である無気力な楠木(クスキでありクスノキではないそうです)がひらめきを見せて事件を解決に導くところを挙げるべきでしょう。

また、FC室のメンバーそれぞれの個性も本書に関心を向けることに役立っています。

 

とは言っても、本書の一番の魅力は舞台が大森署だということです。

大森署は『隠蔽捜査シリーズ』の舞台であった警察署であり、かつては竜崎伸也が署長として勤務していましたが、竜崎が異動した現在は『署長シンドローム』の主役である藍本小百合が署長として勤務している警察署なのです。

本書『カットバック 警視庁FCII』でも藍本署長が登場し捜査現場で天然ぶりを発揮していますし、何よりあの戸高刑事が中心となって殺人事件を捜査しているのです。

加えて、『安積班シリーズ』の警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係係長の佐治基彦警部も登場してくるのですから今野敏ファンとしてはたまらないものがあります。

 

こうして、本書はどちらかというと『署長シンドローム』と『警視庁FCシリーズ』との合体作品とでもいうべき立ち位置の作品です。

そして、両シリーズの良いとこどりのエンターテイメント小説だと言え、軽く読むにはもってこいの作品だと言えると思うのです。

警視庁FCシリーズ

警視庁FCシリーズ』とは

 

本シリーズは、警視庁内に設けられたFC室、つまりフィルムコミッション室に配属されたメンバーの活躍を描くシリーズです。

『任侠シリーズ』のようにユーモアに包まれた作品ですが、やはり

 

警視庁FCシリーズ』の作品

 

警視庁FCシリーズ(2023年05月30日現在)

  1. 警視庁FC
  2. カットバック 警視庁FCII

 

警視庁FCシリーズ』について

 

本『警視庁FCシリーズ』は、警視庁内に設けられたFC(フィルムコミッション)室に配属されたメンバーの活躍を描く警察小説シリーズです。

この「FC室」という特命班は、もと通信指令本部の管理官だった長門達男をリーダーとして、組織犯罪対策部の山岡巡査部長、交通機動隊の白バイ隊員である服部、都市交通対策課の島原静香、それに地域総務課所属の楠木(くすき)肇という五名で構成されています。

このメンバーのうち専任なのは長門だけであり、他のメンバーは兼務ということになっています。

 

そもそも今野敏の描く警察小説は、推理小説ではあっても謎解き自体には重きが置かれていないようです。

今野敏の人気シリーズの中でも一、二を争う『隠蔽捜査シリーズ』や『安積班シリーズ』であってもそうで、主人公の個性やチームとしての働きが魅力的なのだと思えます。

 

 

ましてや、『マル暴シリーズ』などになるとミステリーというよりは登場するキャラクターの動きそのものの面白さが魅力だと言い切ることができるでしょう。

 

 

そのことは本書『警視庁FCシリーズ』でもあてはまり、ミステリー作品ではあっても登場人物たちの会話や行動自体にその面白さがあると言えます。

FC室のメンバーたちを見ると、静香に思いを寄せているであろうことが見え見えで女好きの服部や、典型的なマル暴刑事である山岡の言動がユーモラスに描かれています。

また、本シリーズでは常に楽をすることを考えているキャラクターである楠木の、愚痴を挟みつつ、ひらめきをみせる捜査の様子が中心に描かれ、それを班長の長門が支えているのです。

特に、第二弾の『カットバック 警視庁FCII』では大森署を舞台としており、当然ですが大森署新署長の藍本小百合署長が登場したり、大森署所属の戸高刑事がFC室のメンバーよりも捜査員としての活躍が見られます。

 

このように、何らかの事件(第二巻まで出ている現時点では殺人事件)がおき、その事件をFC室のメンバーが解決していくという構造は普通のミステリーと同じです。

しかし、謎ときはあくまで二次的なものであり、本筋は今野敏が作り出したキャラクターたちが自在に動き回り、登場するユニークな人物たちと共に事件に立ち向かうその姿が魅力的だと言えると思います。

署長シンドローム

署長シンドローム』とは

 

本書『署長シンドローム』は、2023年3月に335頁のハードカバーで刊行された長編の警察小説です。

大森署が舞台ですが『隠蔽捜査シリーズ』には属してはいなさそうで、多分ですが新しいキャラクターのもと始まる新シリーズになりそうな楽しく読めた一冊でした。

 

署長シンドローム』の簡単なあらすじ

 

大森署を長年にわたり支えてきた竜崎伸也が去った。新署長として颯爽とやってきたのは、またもキャリアの藍本小百合。そんな大森署にある日、羽田沖の海上で武器と麻薬の密輸取引が行われるとの報が!テロの可能性も否定できない、事件が事件を呼ぶ国際的な難事件に、隣の所轄や警視庁、さらには厚労省に海上保安庁までもが乗り出してきて、署内はパニック寸前!?藍本は持ち前のユーモアと判断力、そしてとびきりの笑顔で懐柔していくが…。戸高や貝沼ら、お馴染みの面々だけでなく、特殊な能力を持つ新米刑事・山田太郎も初お目見え。さらにはあの人物まで…!?(「BOOK」データベースより)

 

署長シンドローム』の感想

 

本書『署長シンドローム』は、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也のあとに大森署に赴任してきたキャリアである美人署長の藍本小百合を主人公とする長編小説です。

大森署を舞台にした作品なので『隠蔽捜査シリーズ』に属する、もしくはスピンオフ的な作品と思っていましたが、どうも違うようです。

 

 

確かに、ほんの少しだけ今では神奈川県警刑事部長になっている竜崎伸也も登場しますが、それは単なる顔見世であり、中身は全く独立した物語でした。

とは言っても舞台は大森署であり、登場人物も大森署副署長の貝沼悦郎や警務課課長の斎藤治関本良治地域課課長、久米政男地域課課長、笹岡初男生活安全課課長らの『隠蔽捜査シリーズ』の面々がそのまま登場します。

 

ただ、署長として赴任してきたキャリアの藍本小百合警視正と、大森署刑事組織犯罪対策課に新任の山田太郎巡査長とが新しく登場しています。

この二人が曲者で、まず藍本小百合は誰もが振り向くほどの美人でありながら超がつくほどの天然として場を和ませる力を持っているという、前任の竜崎伸也にも負けないほどの特徴を有しています。

彼女が着任してから、例えば第二方面本部長の弓削篤郎警視正や、野間崎正信管理官などは視察と称してやたらと大森署にやって来るようになっています。

とにかく、藍本署長の美貌はモラルやコンプライアンスを超越しており、反抗的な部下も署長に会ったとたん反抗する気を無くしてしまうし、署長に会った者たちは必ずもう一度会いたがるのでした。

そして山田太郎巡査長は、一度見た場面を映像として規則するという特技を有していますが人物像はそれほど詳しくは紹介してありません。でも、本書ではかなりの活躍を見せます。

 

本書『署長シンドローム』は、大森署副署長の貝沼悦郎の目線で話は進みます。

ある日、組織犯罪対策部長の安西正警視長までもが藍本署長に会いに来ることになりました。

話を聞いてみると、羽田沖の海上で武器や麻薬の取引が行われるらしく、大森署に二百人規模の捜査本部を設けたいというのです。

大森署管轄内で大きな麻薬取引が行われ、さらには武器取引もあるらしくテロの疑いさえあるという情報がもたらされたのです。

ここで、麻薬が絡んだ事件ということで、厚生省麻薬取締部の麻薬取締官の黒沢隆義なる人物も登場してきます。

この人物が問題児であり、「地方警察ごときが、厚労省を相手に偉そうなことを言うんじゃないよ。」と言い切る人物です。

この黒沢に対抗するように嫌な奴として馬淵浩一薬物銃器対策課長が配置され、副署長の貝沼はこうした登場人物たちの勝手な振る舞いに悩まされることになるのです。

 

隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也は合理性を重んじ、警察官として市民生活を守ることに最も適した方途を選択することを第一義としていました。

本書の主人公である藍本小百合大森署署長は、物事の考え方がシンプルであることを第一義としているようで、物事の本質だけをみて考えて行動するため、結果として元署長の竜崎伸也の言動と似た言動をとることになるようです。

実際、語り手である貝沼副署長に、藍本小百合署長の言葉を聞いたような言葉だと言わせ、結果的に竜崎の行いと同様の行動をとることになっているのです。

そのうえで、「ひょっとしたら、大森署はとてつもなく強力な武器を手に入れたのではないだろうか。」などと言うまでに至ります。

 

本書の魅力と言えば、他の今野敏作品と同様に何よりもキャラクターの造形のうまさをあげることができます。

本書の藍本小百合という新署長も、誰もが何かにかこつけて藍本小百合の顔を見に訪れるほどに美人だというだけでなく、その能力も素晴らしいものを持っているというその存在自体が魅力的な人物です。

特別に何かをするということではないのですが、何も特別なことをするではなく普通のことを普通に行っているだけなのに結果がついてくる、そういう存在です。

そして、山田太郎という奇跡的な記憶力の持ち主も登場しているのです。

 

前述したように、たぶん新シリーズの幕開けと考えていいのではないでしょうか。

今野敏という作家のファンとしては見逃すことのできないシリーズとなりそうです。

秋麗 東京湾臨海署安積班

秋麗 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十一作目で、2022年11月に352頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

特殊詐欺事案を扱った現代の世相をさらに一ひねりした物語といえ、いつも通りの安定の面白さを持った作品です。

 

秋麗 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

青海三丁目付近の海上で遺体が発見される。身元は、かつて特殊詐欺の出し子として逮捕された戸沢守雄という七十代の男だった。特殊詐欺事件との関連を追う中、遺体が見つかる前日に戸沢と一緒にいた釣り仲間の猪狩修造と和久田紀道に話を聞きに行くと、二人とも何かに怯えた様子だった。安積たちが再び猪狩と和久田の自宅を訪れると既に誰もおらず、消息が途絶えてしまうー。(「BOOK」データベースより)

 

秋麗 東京湾臨海署安積班』の感想

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』は、冒頭にも書いたように今野敏の安定のシリーズ作品でした。

 

本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補が勤務する東京湾臨海署の鼻先の海で浮いている遺体が発見されます。

被害者の身元はSSBC(捜査支援分析センター)の顔認証システムのおかげですぐに判明したのですが、戸沢守雄というその被害者は特殊詐欺に加害者として関わっていたことが判明します。

そこで、安積らはその件を担当した葛飾署の生活安全課生活経済係に行き、係長の広田芳明の話を聞くことになるのでした。

この広田芳明という係長が今回の事件のスパイスとなりますが、間延びしている、とでも言えそうな話し方をする刑事ではあるものの、安積の話に自分たちも気になっていたと協力を惜しまない人物だったのです。

そうするうちに、被害者の戸沢と共に浮かんできたのが猪狩修造和久田紀道という仲間でしたが、いつか行方不明となり、事件との関連を疑わせることになったのです。

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』では戸沢の事件とは別に、東報新聞記者の山口友紀子記者の安積の部下である水野真帆巡査部長への相談事がサイドストーリーとして描いてあります。

山口は定年後再雇用の契約記者である先輩記者の高岡伝一と組んでの取材が増えたのはいいが、高岡のセクハラやパワハラ行為を受けているという相談でした。

この相談事が、いかにも今野敏らしい設定であり、また解決の仕方でした。

解決方法はある程度予測できるものではあったのですが、それなりに納得のいくものであって、不快感の無い読後感だったのです。

また、例によって臨海署の交機隊の速水直樹小隊長が登場し、このセクハラ問題や戸沢が殺された事件にも関わらせ、いつもの速水節をたっぷりと聞かせてくれていて心地よいものでした。

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』では、本『安積班シリーズ』のレギュラーである水野と山口記者との話、それに安積班の須田三郎部長刑事といったユニークな人物たちの活躍を十二分に描き出してあります。

こうしたいつものメンバーに加え、新たな高岡係長という人物もゲスト的立場で彩りを加え定番の面白さを持った作品として仕上がっている、そんな作品だということができます。

特に本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』の場合、特殊詐欺を取り上げ、さらに近年問題になっている半グレも絡ませて時代性を反映した作品であり、今野敏の作品らしい読みやすさと面白さを兼ね備えた一冊になっているのです。

本書もまた水準以上の面白さを持った作品だったのであり、安定した面白さを持った物語でした。

疑心 隠蔽捜査3

疑心 隠蔽捜査3』とは

 

本書『疑心 隠蔽捜査3』は『隠蔽捜査シリーズ』の第三弾で、2009年3月に刊行されて2012年1月に関口苑生氏の解説まで入れて426頁で文庫化された、長編の警察小説です。

恋に落ちた竜崎、という珍しい設定の物語であるにもかかわらず、警察小説としても面白さを持った作品でした。

 

疑心 隠蔽捜査3』の簡単なあらすじ

 

アメリカ大統領の訪日が決定。大森署署長・竜崎伸也警視長は、羽田空港を含む第二方面警備本部本部長に抜擢された。やがて日本人がテロを企図しているという情報が入り、その双肩にさらなる重責がのしかかる。米シークレットサービスとの摩擦。そして、臨時に補佐を務める美しい女性キャリア・畠山美奈子へ抱いてしまった狂おしい恋心。竜崎は、この難局をいかにして乗り切るのか?-。(「BOOK」データベースより)

 

竜崎は、アメリカ大統領の来日に際し、第二方面警備本部本部長に任命された。

そんな折、かつて竜崎の下で研修を行ったことがある畠山美奈子という女性キャリアが竜崎の補佐を勤めるためにやってきた。

ところがこの女性が竜崎の心をとらえてしまい、いつもと異なる竜崎の姿がみられることになるのだった。

一方、竜崎の家庭では娘の美紀と交際相手の忠典との仲が暗礁に乗り上げていた。

 

疑心 隠蔽捜査3』の感想

 

本書『疑心 隠蔽捜査3』は、主人公の竜崎伸也大森署署長が、来日するアメリカ大統領に対するテロを未然に防止するために奔走する姿が描かれる物語です。

そして、異例のことですが羽田空港を管轄内に抱える大森署の署長の竜崎が第二方面警備本部本部長を担当することとなり、アメリカのシークレットサービスとの折衝という面倒な作業を抱えることになります。

この本部長という重責を担った竜崎の前に藤本警備部長の後ろ盾がある警備部警備第一課所属の畠山美奈子というキャリアが登場します。

この女性は、竜崎が警察庁の総務課広報室長だった時代、研修期間中に広報室に来たことがある女性だったのですが、この女性が竜崎の心をかき乱すさまが、本書の一番の見どころということになります。

竜崎にとって、かつてはいじめられた相手とは言いながらも警視庁刑事部長の伊丹俊太郎という人物に頼る竜崎の姿もあり、やはり物語の面白さでは安定しています。

 

さらに、米国土安全保障省所属シークレットサービスとはジョン・ストリングフィールドエドワード・ハックマンというコンビだったのですが、彼らが大統領に対するテロ計画に日本人が関与しているという情報を持ってきます。

そこで、二人のうちのハックマンという男が羽田を抱える竜崎の本部に詰め、さらに羽田の様子をチェックしたハックマンは羽田空港の閉鎖を要求するなど日本の警察と衝突することになります。

まさにプロフェッショナルな仕事をするシークレットサービスとの竜崎のやり取りが本書の見どころの二番目であり、また第二方面本部の野間崎管理官などのキャリア同士の争いが次の見どころになります。

 

竜崎という特異なキャラクターを育て上げた作者の今野敏という人の筆力には驚かされるばかりですが、本書においてもその筆の力は十分に発揮されています。

なにせ、あの竜崎署長がハイティーンのように心が揺れる様子が一番の見どころだ、というのですからいつもの本シリーズのファンはもちろん興味を惹かれない筈はありません。

ただ、その点は本シリーズを知らない人にとっては竜崎の様子は少々異常とも思え、その面白みを理解しがたい可能性はあります。

でもそうした場合であっても、キャリアでありながら所轄の署長という職務についている竜崎という主人公の仕事ぶりには惹かれるものがあると思うのです。

 

そういう点では、竜崎が恋心を抱いたために明晰である筈の頭脳の働きが鈍っているという場面のために、本書がシリーズ内で独特の位置にある、とはいってもそのことが逆に竜崎の独自性を示すことにもなるかもしれません。

いずれにせよ、当然のことながら竜崎の胸のすく活躍は見れるのですから、やはり読みごたえがある作品だと言えます。

マル暴ディーヴァ

マル暴ディーヴァ』とは

 

本書『マル暴ディーヴァ』は『マル暴シリーズ』の第三弾で、2022年9月に刊行された、350頁の長編の警察小説シリーズです。

本書ではまた新しいキャリア警察官も登場し、ユーモアに満ちたこのシリーズの作品世界も安定してきてさらに面白く感じた作品でした。

 

マル暴ディーヴァ』の簡単なあらすじ

 

弱気なマル暴刑事・甘糟達男は、コワモテの上司・郡原虎蔵と、麻薬売買の場と噂されるジャズクラブに潜入する。惚れ惚れするような歌声を披露する歌姫・星野アイの正体はまさかのー!?“任侠”シリーズの阿岐本組の面々や警視総監も登場、事態は思いがけない展開にー。(「BOOK」データベースより)

 

甘糟が『任侠シリーズ』の阿岐本組での情報収集から帰ると、仙川係長からジャズクラブ「セブンス」への銃器・薬物班のガサ入れを手伝うように言われた。

甘糟と郡原が下見に行った「セブンス」では、女性ボーカルの星野アイの歌が素晴らしいもので、意外なことに群原がジャズに詳しく、何よりその店に警視総監がお忍びで来ていたのだ。

その後「セブンス」にガサ入れをするが空振りに終わった後、警視総監から呼び出しがあり「セブンス」へ戻ると、「セブンス」のオーナーでマスターが警察庁のOBであることを知らされる二人だった。

そのオーナーによると、シマジ不動産の島地という男が「セブンス」を手に入れたいらしく、嫌がらせにやったことだろうというのだった。

 

マル暴ディーヴァ』の感想

 

本書『マル暴ディーヴァ』は新しい人物も登場してくる『マル暴シリーズ』の第三弾であって、シリーズの他の作品と同様に軽く読めて、その上面白いという今野敏らしい作品でした。

 

登場人物としては、主人公の北綾瀬署刑事組織犯罪対策課・組織犯罪対策係の甘糟達夫巡査部長、そしてその甘糟は先輩刑事である郡原虎蔵とコンビを組んでいることは同じで、上司が仙川という係長です。

この係長が前巻も登場していたかは手元に本がないため不明で、分かり次第更新します。

また、ガサ入れに行った先の「セブンス」というジャズクラブで新しい人物が登場します。

一人目が、その店の歌姫(ディーバ)の星野アイという歌手で、本名は大河原和恵という警察庁刑事局捜査支援分析管理官である現職のキャリア警察官です。

加えて、この星野アイが歌っていたジャズクラブ「セブンス」のオーナーが警察庁OBである谷村政彦元警視監であって、これに前巻の『マル暴総監』に登場した栄田光弘警視総監まで客として登場します。

ただ、この大河原と谷村という現・元の両キャリアは今後もこのシリーズの常連となるかはいまだ不明であり、ですからジャズクラブ「セブンス」の相沢孝典というバーテンダーもこの後登場するかは不明です。

他に新たに、キャリアではない東美波巡査という交通課の巡査まで加わっていますが、この人物も同様レギュラーとなるかは不明です。

 

さて、本書『マル暴ディーヴァ』の物語の流れですが、基本的には「セブンス」というジャズバーの乗っ取りを企てているシマジ不動産の島地進の思惑を潰し逮捕することが目的です。

スピンオフである本シリーズの本編の『任侠シリーズ』に登場する阿岐本組の代貸日村誠司によれば、このシマジ不動産は佐木山組のフロントだということでした。

そこに、島地と一緒に「セブンス」にやってきたのがフラットラインというラウンジのオーナーである斉木一という男です。

この斉木を手掛かりに、島地が隠しているであろう薬物を見つけ、逮捕に持ち込もうというのです。

 

その過程で、所轄の綾瀬署署員である甘糟や群原と、島地を挙げたい綾瀬署銃器・薬物犯罪対策班班長の金平行雄らと、警視庁薬物銃器対策課の宮本達とが協力し捜査に当たるのです。

その過程で、自分の実績になるか否かだけに関心がある上司の仙川係長の思惑なども絡み物語は進みます。

本『マル暴シリーズ』は、マル暴、つまりは暴力犯対策班に属してはいるものの、気が弱く、出世には全く関心がない甘糟が結果的に事件解決に役に立つ働きを見せるというギャップこそが眼目です。

ただ、物語自体はまさに警察小説であり、事件解決に警察官たちが奔走する姿が普通に描かれています。

そこに、『任侠シリーズ』の阿岐本組の組員たちがほんの少しだけ顔を見せ、甘糟の情報収取の手伝いをする、というのがパターンになっているようです。

 

そんな中、本書『マル暴ディーヴァ』では、前巻『マル暴総監』で登場してきた栄田警視総監に加え、大河原和恵という警察庁刑事局捜査支援分析管理官と、警察庁OBである谷村政彦元警視監という二人のキャリアと元キャリアが新たに登場し、変な物語世界に色を添えています。

彼らが今後本シリーズのレギュラーになるかは不明ですが、少なくともユニークな登場人物であることは間違いないでしょう。

普通は嫌われ者として描かれることが多いキャリア警察官ですが、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎にも見られるように、今野敏という作家の作品ではキャリアはそれなりに優秀な存在としてその意義を認め、登場させることが多いようです。

その中で、ユーモアに包まれた本書の存在は楽しく読める警察小説として希少価値があると言えると思います。

 

そんなユニークなキャリア警察官が存在する一方、作者の今野敏は、群原のような現場で地道に働く警察官のおかげで日本は高い犯罪検挙率を誇っていることを示しています。

主人公である甘糟が、群原たちの存在を認めながら、では「僕みたいな刑事が検挙率を下げているんだろうか。」と自問する姿はほほ笑ましくも、軽く胸を打ちます。

 

今後、本『マル暴シリーズ』どのように展開するかは不明ですが、『任侠シリーズ』と同様に、本シリーズの更なる展開が読めることを願い、続巻を待ちたいと思います。