夏空 東京湾臨海署安積班

夏空 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『夏空 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十二弾で、2024年3月に324頁のハードカバーで角川春樹事務所から刊行された短編の警察小説集です。

シリーズ中の短編集の役割ともいえるシリーズ本編の間隙を埋める短編集としてとても面白く読んだ作品集です。

 

夏空 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

ドラマ化もされた大ロングセラー「安積班」シリーズ熱望の最新刊!

外国人同士がもめているという通報があり現場に駆けつけると、複数の外国人が罵声を上げて揉み合っていた。
ナイフで相手を刺して怪我を負わせた一人を確保し、送検するも、彼らの対立はこれでは終わらなかった……。(「略奪」より)
高齢者の運転トラブル、半グレの取り締まり、悪質なクレーマー……守るべき正義とは何か。
揺るぎない眼差しで安積は事件を解決に導いていくーー。

おなじみの安積班メンバーに加え、国際犯罪対策課、水上安全課、盗犯係、暴力犯係など、ここでしか味わえない警察官たちのそれぞれの矜持が光る短編集。(内容紹介(出版社より))

目次
目線 | 会食 | 志望 | 過失 | 雨水 | 成敗 | 夏雲 | 世代 | 当直 | 略奪

 

夏空 東京湾臨海署安積班』の感想

 

本書『夏空 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十二弾の、シリーズに色々な方面から光を当てた作品集です。

長編を基本とするシリーズものの中での短編集となれば、シリーズ本編で構築される物語世界の間隙を埋める役割を担っているものでしょう。

本書もその点は同様であり、『安積班シリーズ』の登場人物の横顔紹介的な話の場合もあれば、一般論としても言えそうな視点の話であったりと様々なテーマの作品が並んでいます。

 

安積班のメンバーの側面を紹介するものとして第一話の「目線」で須田を、第二話の「会食」で湾岸署の野村署長と瀬場副署長を、第八話の「世代」では交機隊の速水の人となりを紹介してあります。

第四話「過失」では強行犯第二係の相良を紹介しているとも言えそうです。

 

目線」 第三者から見るとトラブルのようであっても当事者本人にしてみれば何でもない事柄であるという話で、視点を変えればものの見方も変わってくるという話です。

 

会食」 安積警部補は、榊原課長から瀬場副署長が野村署長が暴力団幹部と会食をしたらしいとの噂のことで悩んでるらしく、何とかしてほしいとの相談を受けます。

「案ずるより産むが易し」を地で行く物語であり、同時に安積警部補の人柄を示す作品でもあります。

 

志望」 安積警部補は、榊原課長から地域課にいる武藤和馬という巡査長を刑事課に、それも村雨移動で空いた席に引っ張りたいとの相談を受けます。

 

過失」 地域課から、ゆりかもめの駅からの応援要請に強行犯第二係の相良が自分が行くと言い出した。行ってみるとテレビタレントの堺わたるが人の靴を踏んでしまい、治療費を要求されているというのだった。

 

雨水」 闇バイトの強盗グループを追っていた警視庁はあるグループに眼をつけていたが、そのグループがお台場にあるマンションをターゲットにしているという情報が入った。

 

成敗」 高速湾岸線の道路上で被害者が三十五歳の自称建設業の津山士郎という男であり、被疑者は丸岡孝之という七十歳の無職の男だという傷害事件が発生し、交機隊の速水小隊長を通して安積達にも呼びだしがかかった。

「強いほど、他人を受け入れて許せるようになるでしょう」という水野の言葉が残ります。

 

夏雲」 地域課地域第二係の蔵田英一巡査部長が、飲食店でスマホで撮影しながらクレームをつけている川島博史という客に対し、無断で撮影すると肖像権侵害になると注意すると、蔵田巡査部長を訴えると言ってきたという。

 

世代」 速水の車に同乗して遺体が見つかったというお台場の公園へ行くと、速水が野次馬のなかから不審な男を見つけた。細井貴幸という二十八歳の男であり、被害者は川崎逸郎四十八歳で、二人とも同じ食品会社に勤務していた。

 

当直」 今日の当直管理責任者は組対係の真島善毅係長で、一般当直は四名、刑事当直も第一強行犯係の須田、第二強行犯係の荒川、組対係の真島係長、そして知能犯係からの一名の四人だった。

 

略奪」 外国人同士の揉め事の通報があり、強行犯第一、第二係共に制圧のための出動し怪我人等を確保したところに、国際犯罪対策課から立原という警部補がやってきた。

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル 新装版

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』とは

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』は『警部補・碓氷弘一シリーズ』の第三弾で、2004年2月に中央公論新社刊行され、2016年5月に427頁の新装版の中公文庫として刊行された長編の警察小説です。

今野敏の伝奇的な世界を描くいくつかの作品の主人公たちが登場し、彼らが力を合わせて事件を解決するという珍しい構成の、しかしそれなりに楽しめた作品でした。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』の簡単なあらすじ

 

横浜、池袋、下高井戸ー。非行少年が次々に殺された。いずれの犯行も瞬時に行われ、被害者は三人組でかつ外傷は全く見られないという共通点が。一体誰が何のために?おなじみ碓氷部長刑事も広域捜査の本部にかり出された!警察、伝奇、武道、アクション…。今野敏がこれまで書き続けたジャンルを融合した、珠玉のエンターテインメント、待望の新装改版。(「BOOK」データベースより)

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』の感想

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第三弾で、今野ワールドの主役級の役者たちが一堂に会する珍しい作品です。

本書では上記のように登場人物が多くその関係性も多岐にわたるため、先に事件発生の時間軸に合わせて人間関係を整理した方がいいと思われます。

 

最初に、横浜市緑区の路上で三人の少年が殺され、一人の女性が車で拉致されるという事件が発生します。

この事件に関係するのが、神奈川県警生活安全部少年課所属の丸木正太巡査と丸木巡査の少年課の先輩である三十五歳の高尾勇巡査部長です。

そして、この二人の捜査を助けるのが、南浜高校教諭の水越陽子であり、生徒の赤岩猛雄賀茂晶です。

水越は神奈川最大の暴走族の相州連合初代総長の彼女であり、また赤岩猛雄は相州連合の元ヘッドであって情報収集に力を貸し、賀茂は役小角の人格保有者として超常能力を発揮し問題解決を助けます。

彼らが登場するのは『わが名はオズヌ』という作品です。

 

次に、西池袋で起きた未成年殺人事件に加わるのが本シリーズの主人公の碓氷弘一部長刑事であり、同じ捜査一課ですが班が異なる赤城竜二部長刑事です。

この赤城部長刑事の知り合いが元麻布にある整体院の院長で武道の達人の美崎照人です。

そして、赤城と美咲が活躍するのが『襲撃』や『人狼』といった作品の『美崎照人シリーズ』です。

 

三番目として、甲州街道沿いのコンビニ近くで三人の若者が殺されるという事件が起き、この事件に警視庁少年犯罪課の富野輝彦巡査部長も関わることになります。

この富野輝彦巡査部長の情報提供者して登場するのが、お祓い師であり鬼道衆の鬼龍光一安倍孝景です。

そして、富野巡査部長と鬼龍光一、安倍孝景が活躍するのが『鬼龍』を始めとする『鬼龍光一シリーズ』です。

 

本書『パラレル』は、『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第三弾とは言いながら、実際は主人公である筈の碓氷弘一は脇に回っています。

代わりに活躍するのが高尾勇巡査部長や赤城竜二部長刑事、そして富野巡査部長といった警察官たちです。

そして、彼らを助けるのが役小角が憑依(?)している賀茂晶や、武道の達人の美崎照人、そしてお祓い師の鬼龍光一や鬼道衆である安倍孝景といった伝奇的な世界の住人達なのです。

というよりも、人智を越えた世界に棲む彼らこそが主役というべきなのでしょう。

 

こうした超常的な世界を舞台にした作品群の主役たちが一堂に会して、各事件の背景にいると思われる「亡者」などと呼ばれる存在を退治するために行動する姿が描かれています。

オカルト的物語がそれほど好きではない人には受け入れがたい作品かもしれませんが、それぞれに人気シリーズなので今野敏の物語が好きな人はその面白さは受け入れやすいと思います。

碓氷弘一が活躍世界を一旦忘れて、非日常の世界への第一歩を踏み出してみるのもいいのではないでしょうか。

 

ところで、どうでもいいことではありますが、このシリーズは『警部補・碓氷弘一シリーズ』とも呼ばれるシリーズであるにもかかわらず、碓氷刑事は未だ部長刑事のままです。

残照

残照』とは

 

本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾で、2000年3月に角川春樹事務所から刊行されて2003年11月にハルキ文庫から267頁で文庫化された、長編の警察小説です。

警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補に焦点が当てられた読みごたえのある作品でした。

 

残照』の簡単なあらすじ

 

東京・台場で少年たちのグループの抗争があり、一人が刃物で背中を刺され死亡する事件が起きた。直後に現場で目撃された車から、運転者の風間智也に容疑がかけられた。東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補は、交通機動隊の速水警部補とともに風間を追うが、彼の容疑を否定する速水の言葉に、捜査方針への疑問を感じ始める。やがて、二人の前に、首都高最速の伝説を持つ風間のスカイラインが姿を現すが…。興奮の高速バトルと刑事たちの誇りを描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

残照』の感想

 

本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾となる長編の警察小説です。

本シリーズの主要メンバーの一人である速水警部補部に焦点が当たった物語であり、その意味でも面白い作品でした。

 

東京台場であるカラーギャングのリーダーである吉岡和宏という若者が背中から刺されて殺されるという事件が起き、容疑者として現場から逃走したと思われるスカイラインGT-Rを運転していた風間智也が挙がりました。

しかし、捜査本部に加わっていた交機隊の速水直樹警部補は吉岡の犯行とは思えないと言うのです。

捜査本部には本庁から来た佐治係長相良警部補などがおり、当然のことながら安積剛志警部補たちとは意見が対立することになるのでした。

 

本書『残照』について述べるとすれば、前述した本シリーズの人気キャラクターの一人である警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補がフューチャーされていることを挙げる必要があります。

高速道路をその管轄下に置く交機隊の存在は大きく、また速水警部補は暴走族やカラーギャングに詳しいことから、安積が捜査本部に参加させたものでした。

その速水が容疑者の吉岡は犯人ではないというのですから、安積も速水の意見を尊重し、吉岡の犯行と決めつけずに捜査を進めることとするのです。

それはまた、相良たち本庁のチームとの対決ともなり、本シリーズのパターンの一つともなっています。

 

また、本書で速水に焦点があてられるということは、必然的に速水の運転技術が描かれることとなり、その点でもシリーズの中でも特異な地位を占めると言えます。

事実、被疑者として手配された黒いスカイラインGT-Rに乗った風間智也と、速水の運転するスープラ―との筑波スカイラインでのカーチェイスの場面はかなりの読みごたえがあります。

速水の運転するスープラーに同乗した安積に恐怖と同時に興奮をも覚えさせたバトルだったのです。

 

同時に、速水と吉岡という少年との関係性もまた読みごたえのあるものでした。

個人的には、今野敏の作品にはこのような人と人との目に見えない繋がりを描く場面が少なからずあり、そうした点も人気の理由だと思っています。

また、速水が安積に対して自分たち二人には共通点があると言い、それは「二人とも大人になりきれないところだ」と言い切る場面がありますが、こうした場面がなぜか心に残っています。

このような場面もまた先の人と人とのつながりを描く場面と同様の、表面的でない人間関係のあり方として共感を呼ぶと思うのです。

 

本書『残照』は、チームとしての警察の働きを描いた『安積班シリーズ』の中でも、速水交機隊小隊長という個人の活躍を描いた珍しい警察小説だと言えます。

そして、その点こそが魅力の一冊であり、魅力の作品だと思います。

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第三弾で、最初は1991年8月に大陸ノベルスから刊行され、その後2022年2月には角川春樹事務所から256頁で文庫化された、長編の推理小説です。

 

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾岸で乗用車の中からテレビ脚本家の絞殺死体が発見された。現場に駆けつけた東京湾臨海署(ベイエリア分署)の刑事たちは、目撃証言から事件の早期解決を確信していたが、間もなく逮捕された暴力団員は黙秘を続け、被害者との関係に新たな謎がー。華やかなテレビ業界に渦巻く麻薬犯罪。巨悪に挑む刑事たちを描く安積警部補シリーズ。新装版第三弾は、上川隆也氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

 

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は、『安積班シリーズ』の第三弾の長編の推理小説です。

1991年8月刊行の作品だけに、仕事を終え飲んでいた安積班への連絡もポケベルでの呼び出しでなされているほどに古い時代の作品です。

しかし、ストーリー自体に古さは感じられず、シリーズも三作目となり一段と脂がのってきている印象です。

 

テレビ脚本家の絞殺死体が発見され、安積班が捜査に当たることになります。しかし、犯人らしき人物の目撃者もいてすぐに暴力団関係者も逮捕されて、この事件は終結すると思われました。

その結論に何となく割り切れないものを感じていた安積警部補でしたし、被疑者を逮捕した三田署の柳谷捜査主任からも黙秘を続ける被疑者に疑義があり捜査本部を置くべきではないか、との相談を受けることになります。

ところが、その後捜査本部が置かれて捜査は続行することになり、警視庁から相楽警部補がくるため、安積警部補自身に捜査本部へ来てくれるようにと柳谷主任からあらてめの依頼があったのでした。

 

今野敏の描く警察小説の主人公は、ほとんどの主人公が自分の評価を気にしています。

警察官としての勤務評価ではなく、自分が部下から上司としてどうみられているかという評価です。

それは、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』や『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』でも同じです。

そして本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補の場合も同様であり、いつも班員の心情を気にかけているのです。

 

その上で、部下から慕われている上司像を描き出しています。

私が読んだのは2006年9月出版のハルキ文庫版だったのですが、その本にあった関口笵生氏の解説の中では、「部下をかわいがり、上司からの防波堤ともなる、理想的な中間管理職ですね、そういう警察官がかければ面白いと思った。」という作者の今野敏の言葉を引用しておられました。

そしてその言葉のとおり、いつも部下が自分のことをどのように思っているかを気にしていながら、その部下が理不尽な扱いをされると身を挺してかばおうとする理想的な上司の姿が描かれています。

そして、その姿が読者の支持を得ていると言えるのです。

 

その安積班の中でも、安積が警察官らしい警察官と評する村雨秋彦部長刑事、逆に警察官らしくないという須田三郎部長刑事の心情を気にする傾向が強いようで、二人が上司としての自分をどう評価しているのかを気にしているようです。

また、若手班員である黒木和也巡査長桜井太一郎巡査、それに大橋武夫巡査に対してもまたその心情を気にかけているのです。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動しており登場してきません。ただ、『最前線: 東京湾臨海署安積班』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。


その他の主な登場人物を見ると、安積警部補の同期である速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補が彩を添えています。

また安積をライバルと思っている節のある警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補などがいて、安積の対立軸としてその存在感を見せています。

 

本書の後、本シリーズの舞台は、湾岸開発の後退機運に乗って渋谷の新設警察署である神南署に移ります。

そこで五作品が出され、その後再び東京湾臨海署へと戻ってくることになるのです。

2024年7月の時点で第二十二弾『夏空』まで出版されている本シリーズですが、そのままずっと続いてくれることを望むばかりです。

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾で、2000年10月に幻冬舎からハードカバーで刊行されて2008年5月に新潮文庫から545頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、家族小説の側面がかなり強い作品でもあり、またストリートダンスについて語られたスポーツ小説的ニュアンスをも含んだ作品でもあります。

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査二課・島崎洋平は震えていた。自分と長男を脅していた銀行員の富岡を殺したのは、次男の英次ではないか、という疑惑を抱いたからだ。ダンスに熱中し、家族と折り合いの悪い息子ではあったが、富岡と接触していたのは事実だ。捜査本部で共にこの事件を追っていた樋口顕は、やがて島崎の覗く深淵に気付く。捜査官と家庭人の狭間で苦悩する男たちを描いた、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾となる警察小説です。

若者の取り組むストリートダンスについてもかなり詳しく描いてあり、さらには家族小説の側面も強い作品となっていて、かなり面白く読んだ作品です。

ここで、英次が通うダンススクールは「いわゆるオールドスクール系」のダンススクールということですが、ここで「オールドスクール」とは「70~80年代に生まれたストリートダンスの総称」だということです( ダンススクール【NOAダンスアカデミー】 : 参照 )。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の主役はもちろん樋口顕警部補ですが、本書の本当の主人公は警視庁捜査二課に所属する島崎洋平という刑事であり、その次男の島崎英次という若者です。

父洋平も兄の丈太郎も同じ大学の柔道部の出身であり、英次も幼い頃は近所の柔道教室に通っていたのですが、体格に劣っていた英次は優秀な兄と比較され挫折を味わい、いつか柔道をやめて夜の街へと遊びに出るようになってしまいます。

そんな英次に対し父親の洋平は厳格さだけを求め、英次をさらに家から遠ざけてしまいますが、英次はダンスと出会い、これに夢中になっていたのです。

ところが、兄の丈太郎が、所属していた大学柔道部の先輩で日和銀行に勤める富岡和夫という男に父親の捜査情報を漏らしてしまったことから、父親の洋平も捜査情報を漏らすように脅迫を受け、日和銀行本店への家宅捜査情報を教えてしまいます。

そのため、その家宅捜査は失敗に終わってしまいますが、その富岡が何者かに殺されてしまったのでした。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、チームとしての協同という点を除けば『安積班シリーズ』にも似た警察小説として人気を博しているシリーズですが、本書の場合は若干毛色が異なるようです。

何しろダンスに対する作者の思いがかなり強く、同時に体育会系の縦社会への反発が明確に記されているのです。

作者の今野敏自身が武道家であり、体育会系の人間関係についてはよく分かっているはずで、その作者がはっきりと言うのですからその意思は明確です。

 

また作者自身が、もともとストリートダンスなどについては不良のやるものという偏見があり、ストリートダンサーは不良とかに見られがちだが、本格的にダンスを学ぶというのは半端な覚悟でできることではない、とあとがきに書いておられます。

作中でも、島崎洋平に、ダンスの練習をする若者を見て「そこには、一種の禁欲的ですがすがしい雰囲気があった。」と言わせているのです。

 

今野敏という作家は『安積班シリーズ』の『イコン』でアイドルについてかなり深く論じ、『蓬莱』では日本国の成り立ちについても論じていることからも分かるように、ある分野に関心を持つとそのことについての自身の意見を深く反映させているように思えます。


そのことがまた物語を面白くしているのですから、作家さんの好奇心は様々な形で作品に反映されるものです。

そして本書ではストリートダンスについての作者の意見が反映されていて、そこに体育会系の縦社会の問題点や警察官の家族の問題などが同時に描かれているのです。

 

文庫本で500頁以上の長さを持つ、作者自身の力の入った少々長めの作品ですが、それだけの内容、そして面白さがあると言える作品だと思います。

 

追伸

前回本ブログでの投稿をアップして以来、丁度一月が経ってしまいました。

じつは、夫婦してコロナに罹ってしまい、ひたすら閉じこもり倦怠感に耐えていたのです。

私自身は高熱が出ることもなく、割と軽く済んだのですが、妻は処方された咳止めの薬が合わず、高熱と筋肉に力が入らずに立ち上がることもできず、私が補助しなければ寝返りも打てないでいたのです。

高熱などの原因が薬害にあると判明してからは、妻も数日で平熱に戻り、筋肉にも力が戻ってきました。

ただ、私は咳がなかなか収まらないでいたものの、お医者さんや私の周りの人に聞けばコロナ後に咳で悩まされる人が多いとのことでしたし、ひどい倦怠感が続いていたのですが、なんとかこうやって文章を書けるほどになっています。

ということで、再び本ブログをのんびりと開始したいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

二重標的 東京ベイエリア分署

二重標的 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾で、大陸ノベルスから1988年10月に刊行されて、2021年12月にハルキ文庫から新装版として288頁で出版された、長編の警察小説です。

作者の今野敏が言っていた理想的な中間管理職としての警察官の姿を持った、大変な人気シリーズの第一弾として十分な面白さを持っている作品です。

 

二重標的 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補のもとに、殺人事件の通報が入った。若者ばかりが集まるライブハウスで、30代のホステスが殺されたという。女はなぜ場違いと思える場所にいたのか?疑問を感じた安積は、事件を追ううちに同時刻に発生した別の事件との接点を発見。繋がりを見せた二つの殺人標的が、安積たちを執念の捜査へと駆り立てるー。ベイエリア分署シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

 

二重標的 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾となる作品で、以降ベストセラーシリーズとなる本シリーズの魅力が十二分に感じられる作品です。

これまでの、一人の探偵役の刑事が推理を働かせて事件を解決するという警察小説ではなく、エド・マクベインの『87文書シリーズ』と同様の、警察チームが主役となる、人間としての警察官が描かれている警察小説です。

 

本シリーズの舞台の東京湾臨海署は、当初は東京湾岸の新副都心構想のもと設けられたという通称ベイエリア分署と呼ばれるほどに小さな警察署です。

しかし、バブル崩壊と共に湾岸構想が停滞し、新たに原宿に「神南署」が設定されて数作が書かれたものの、再び進み始めた湾岸開発と共に再度東京湾臨海署が復活し、新たなベイエリア分署を舞台に安積班の物語が始まることになります。

 

そこで本書ですが、神南署に移る前の新設の東京湾臨海署を舞台にした物語として本書『二重標的 東京ベイエリア分署』が始まります。

安積班の班員を挙げると安積剛志警部補のもと、村雨秋彦須田三郎の両部長刑事、それに黒木和也巡査長桜井太一郎巡査大橋武夫巡査という安積班の六人が活躍します。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動してしまい登場してきません。ただ、『最前線』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。

さらに、東京湾臨海署には他に本庁所属の交通機動隊の速水直樹小隊長や臨海署刑事捜査課鑑識係係長の石倉進巡査部長らがいて重要な役割を担っており、また刑事捜査課課長の町田警部といった面々がいてこのシリーズの厚みを増しています。


本書では、「エチュード」というライブハウスで一人の女性が殺されるという事件が発生します。ただ、その日の客層は半分以上が未成年であり、三十五歳という被害者は明らかに浮いた存在でした。

翌日、安積班に入った衣料メーカーからの窃盗の通報や晴海ふ頭での銃撃戦への応援依頼などをこなした後に、安積は桜井を連れて高輪署に設けられた前日の殺人事件の捜査本部へと駆けつけます。

ところが、安積はそこで居眠りをしてしまった桜井を怒鳴りつけた本庁捜査一課所属の刑事と対立してしまいます。

その上司がシリーズを通して安積のライバルとなる相楽啓警部補だったのです。

 

この相良警部補がシリーズに色を添えることとなる存在で、何かと安積に対し対抗心を燃やして作品を盛り上げることになります。

本書でも、ライブハウスの殺人事件に関して安積と対立し、物語を盛り上げてくれるのです。

 

一方安積警部補は、数年前に妻とは七年前に離婚していましたが、娘の涼子とだけは今でも連絡を取っていました。

中目黒にある自宅マンションに帰っても一人住まいのため、一人で酒を飲むしかない安積だったのです。

 

こうして、安積個人の家庭の問題や安積班個々の班員との関係性に悩みながらも日々巻き起こる事件に対処している安積剛志警部補の姿が描かれることになります。

そこにはまさに次巻の『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の関口笵生氏による解説の中で作者の今野敏の言葉として紹介されているように、「理想的な中間管理職」の姿があります。

そしてその姿が多くの読者の支持を受けていて、以降2024年8月現在で第22巻の『夏空 東京湾臨海署安積班』が出版されるほどの人気シリーズとなっているのです。


イコン

イコン』とは

 

本書『イコン 新装版』は『安積班シリーズ』の第5弾で、1995年10月に四六判で刊行されて、2016年11月に文芸評論家の関口苑生の解説まで入れて505頁の新装版として講談社文庫から出版された長編の警察小説です。

インターネット全盛の現代からするとかなり古さを感じるパソコン通信の世界を取り上げ、アイドルとは何かまで考察されている珍しい警察小説です。

 

イコン』の簡単なあらすじ

 

「十七歳ですよ。死んじゃいけない」連続少年殺人の深層に存在した壮絶な真実とは!?熱狂的人気を集めるも正体は明かされないアイドルのライブでの殺人事件。被害者を含め現場にいた複数の少年と少女一人は過去に同じ中学の生徒だった。警視庁少年課・宇津木と神南署・安積警部補は捜査の過程で社会と若者たちの変貌に直面しつつ、隠された驚愕の真相に到達する。『蓬莱』に続く長編警察小説。

「十七歳ですよ。死んじゃいけない」
連続少年殺人の深層に存在した壮絶な真実とは!?

世紀末”日本”が軋(きし)む。
バーチャルアイドルの影に隠されたものは?
傷つけあう”未成年”の衝撃のリアル!
警視庁少年課・宇津木と神南署・安積警部補が動く!
『蓬莱』続編ともいうべき今野敏警察小説の源流。

熱狂的人気を集めるも正体は明かされないアイドルのライブでの殺人事件。被害者を含め現場にいた複数の少年と少女一人は過去に同じ中学の生徒だった。警視庁少年課・宇津木と神南署・安積(あづみ)警部補は捜査の過程で社会と若者たちの変貌に直面しつつ、隠された驚愕の真相に到達する。『蓬莱(ほうらい)』に続く長編警察小説。(内容紹介(出版社より))

 

イコン』の感想

 

本書『イコン』は、『安積班シリーズ』の第五弾作品ですが、細かに見るとシリーズ内の初期三作品「ベイエリア分署」時代に続く「神南署」時代の第二弾作品でもあります。

ただ、本書での安積警部補はどちらかというと脇役に近い存在であり、『安積班シリーズ』に位置付けていいのかは疑問がないわけではありません。

この点、「神南署」時代の第一弾作品『蓬莱』という作品も同様に安積警部補の物語というよりは「蓬莱」というゲームの話を借りた「日本」という国の成り立ちを考察した作品となっていますが、一応は安積警部補の物語とはなっています。

しかしながら、『蓬莱』も含めて『安積班シリーズ』とするのが一般的なようですので、本稿でもそのような位置付けとしています。

 

本書『イコン』はそのパソコン通信上で人気となっているアイドルの有森恵美をめぐり起こった殺人事件について、神南警察署刑事課強行犯係の安積剛志警部補が、同期の警視庁生活安全部少年課警部補である宇津木真とともに活躍する警察小説です。

今野敏の作品での少年課に所属している警察官といえば、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』に出てくる警視庁生活安全部少年事件課の氏家譲や『鬼龍光一シリーズ』に登場する富野輝彦巡査部長などが思い出されます。


彼ら少年事件課の捜査員たちが重要性を持って描かれているのは、今野敏という作家の中で少年事件がそれなりに重きが置かれているということなのでしょう。

本書でも、少年らの行動に振り回される安積や宇津木らの姿があります。

 

情報収集のために有森恵美というアイドルのライブを訪れていた警視庁生活安全部少年課の宇津木真警部補の眼の前で、一人の少年が乱闘騒ぎの中殺されるという事件が発生します。

通報により駆けつけたのが安積警部補らだったのですが、このライブのアイドルの有森成美という存在がパソコン通信の中での存在ということで、宇津木も安積も全く理解ができないのでした。

 

本書『イコン』では「パソコン通信」が重要なアイテムとして登場していますが、それもそのはずで本書は初版が1995年10月に出版されている三十年近くも前の作品です。

ここで登場する「パソコン通信」とは、モデムというアナログ信号をデジタル信号に相互変換する機器などを介して電話回線を通じてデータを送受信し、基本的にテキストベースで会話をする通信システムで、現在のインターネットの前身と言ってもいいシステムだと思います。

当時はニフティサーブ(NIFTY-Serve、NIFTY SERVE)などが大手の通信会社として利用されていました。

また、今ではパソコンなどで普通に使われているアイコンについても、その由来が宗教画のイコンにあることの説明から為されています。

ただ、個人的にはDOS画面でコマンドベースで行うパソコン通信しか覚えておらず、アイコンでプログラムを立ち上げて行うパソコン通信は知りません。

 

でも、本書『イコン』で特筆されるべきなのは、作者今野敏による「アイドル論」ではないでしょうか。

妙に説得力のあるアイドル論だと思っていたら、今野敏は上智大学を卒業後、数年間ではあるものの東芝EMIに入社して芸能界に近いところにいたというのですから納得です。

加えて先に述べたパソコン通信に関する知識など、著者の作品は時代を取り込んだものが多いようで、そうしたアンテナもこの作者の人気の原因となっているのでしょう。

 

安積班シリーズ』初期作品で安積班のメンバーが勤務する警察署もまだ定まっていない時期の物語であり、またシリーズの中でも異色的な物語ではありますが、やはり今野敏の描く作品としての魅力は十二分に備わった作品です。

異色の作品であるからこその魅力があると言ってもいいかもしれない作品でした。

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、大陸ノベルスから1990年3月に刊行されて、2022年1月にハルキ文庫から新装版として280頁で出版された、長編の警察小説です。

『安積班シリーズ』の基本の形が構築されていく過程にある作品ですが、安積警部補の心はすでに班員への気遣いであふれています。

 

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署ー通称ベイエリア分署の管内で、テレビ局プロデューサーの落下死体が発見された。捜査に乗り出した安積警部補たちは、現場の状況から他殺と断定。被害者の利害関係から、容疑者をあぶり出した。だが、その人物には鉄壁のアリバイが…。利欲に塗られた業界の壁を刑事たちは崩せるのか?押井守氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

 

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、安積班の面々がそれぞれに個性を発揮し活躍する読みがいのある作品です。

 

あるパーティーで、テレビ局のプロデューサーがビルから落ちて死亡しましたが、遺体には首を絞められた跡があり、他殺として捜査が始められます。

調べていくうちに、テレビ局内で権力争いがおこなわれている事実が発覚します。しかし被害者と対立関係にあったプロデューサーには、鉄壁のアリバイがあったのでした。

こうして本書はチームで行う捜査により、テレビ局という特殊な世界を舞台にした事件を解決していきます。

今野敏は本シリーズの第五弾の『イコン』で、かなり踏み込んだアイドル論を展開していますが、今野敏は数年間ではあるものの東芝EMIに入社し芸能界に近いところにいたそうなので納得です。

 

本『安積班シリーズ』の主人公は東京湾臨海署の刑事課強行犯の安積剛志警部補でしょうが、本当は「安積班」だというべきでしょう。

それは、この『安積班シリーズ』が、特定の探偵役の活躍による謎の解明ではなく、安積剛志を班長とする捜査チームの物語だからです。

つまりは、集められた事実をもとにした探偵役による推理の話ではなく、個々の具体的な人間の集まりとしての捜査チームの地道な活動の過程に主眼が置かれている物語なのです。

 

安積班には個性豊かな刑事たちがいて、彼ら個々人がその能力をフルに生かして捜査を行い、集められた事実をもとに班員皆で犯罪行為に隠された事実などをあぶり出し、犯人を特定します。

安積班のメンバーは、生真面目な村雨秋彦部長刑事、小太りな外見とは反対に緻密な頭脳を持つ須田三郎部長刑事、スポーツ万能で剣道五段の腕前の黒木和也巡査、安積班一で一番若い桜井太一郎巡査、そしてベイエリア分署時代だけの大橋武夫巡査です。

このほかに、安積警部補の警察学校時代の同期で速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補(初期の東京ベイエリア分署時代および『晩夏』では石倉進となっている:ウィキペディア 参照 )が安積の軽口や相談相手となっています

それに安積をライバル視している警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補を忘れてはいけません。この人物は後に東京湾臨海署刑事課強行犯第二係の係長として登場してきます。

 

関口苑生氏による本書の解説には、著者の今野敏は「ただただ刑事たちが右往左往する様が描かれる<警察小説>」をなかなか書かせてもらえなかった、とあります。

また、次巻『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』での関口苑生氏の解説では警察官や刑事も一人の人間であるのだから、組織の中に埋没していた「個」としての刑事を一個の人間として見つめ直し、警察小説としてのジャンルを確立した、とも書かれています。

それが、今ではベストセラーシリーズとなっており、刑事たちの地道な捜査を描く手法の警察小説が人気分野として確立されているのですから、それは今野敏の功績だというのです。

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』はシリーズのまだ二作目ということもあるためか登場人物の紹介に紙数を割いています。

物語の中心人物である安積警部補に関してはもちろん、特に村雨や須田に関してはそうです。

ただ、この二人に関してはシリーズが進んでもそれなりの人物紹介がなされているので、もしかしたらこうした印象は再読している私の思い込みなのかもしれません。

蓬萊

蓬萊』とは

 

本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、1994年7月に講談社から刊行されて、2016年8月に同じく講談社から444頁で文庫化された、長編の警察小説です。

徐福伝説に材をとり、今野敏のお得意の伝奇小説的な手法で日本の成り立ちにについての考察をゲーム制作に置き換えて構成してある、シリーズの中でもユニークな作品です。

 

蓬萊』の簡単なあらすじ

 

この中に「日本」が封印されているー。ゲーム「蓬莱」の発売中止を迫る不可解な恫喝。なぜ圧力がかかるのか、ゲームに何らかの秘密が隠されているのか!?混乱の中、製作スタッフが変死する。だが事件に関わる人々と安積警部補は謎と苦闘し続ける。今野敏警察小説の原型となった不朽の傑作、新装版。(「BOOK」データベースより)

 

蓬萊』の感想

 

本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、徐福伝説をもとに日本という国の成り立ちについても考察されている作品です。

 

本書での特徴としては、まず舞台が神南署であることが挙げられます。

ウィキペディアによればこの『安積班シリーズ』は、第一期の『ベイエリア分署シリーズ』、第二期の『神南署シリーズ』、そしてベイエリア分署復活後の『東京湾臨海署安積班シリーズ』と区別できるようです( ウィキペディア : 参照 )。

 

次に、本書での安積剛志警部補はまるでハードボイルドタッチの警察小説の主人公のような雰囲気をまとって登場しています。

本書の主人公の安積警部補は、警察官という職務に忠実ではあるものの、しかし一人の人間としての弱さも併せ持った存在として描かれていたはずです。

しかし、本書での安積警部補はその存在感だけで相手を威圧するような刑事として登場しているのです。

 

本書の一番の特徴としては、「蓬莱」という名のゲーム制作に名を借りて、日本という国の成り立ちまで考察することを目指していることです。

そこでは、魏志倭人伝にも記されているという徐福伝説をベースにした論理が展開されています。言ってみれば、伝奇小説的な色合いを帯びている作品だと言えます。

伝奇小説であればストーリー展開に徐福伝説を組み込んだ作品となるのでしょうが、本書の場合は徐福伝説はあくまでゲーム作成のコンセプトとして存在しているのであり、ストーリーの流れ自体には組み込まれてはいません。

 

そして、そのゲーム内容の説明として語られる徐福伝説がよく調べ上げられています。

そもそも本書のタイトルの「蓬莱」という言葉自体が徐福が目指した「三神山」という神聖な山の一つだとされているのです。

徐福伝説の時代背景を見ると、徐福が秦の始皇帝に「三神山」を目指すことの許しを得たのが紀元前三世紀のことであり、ちょうど日本が縄文時代から弥生時代への移行時期に当たるそうです。

そしてその際、稲作文化をもたらしたのではないか、つまりは種もみと共に稲作の多くの技術者もわたってきて先住民族と習合していったのではないか、と登場人物に言わせているのです。

そして、徐福伝説の一つとして神武天皇徐福説なども取り上げられています。

 

こうして本書は伝奇的要素を大いに持った物語として進行し、安積警部補たちは脇に追いやられているのです。

つまりは、シリーズの特徴である安積班というチームの人間関係を含めた警察小説としての色合いは後退し、日本の成り立ちという伝奇小説的な色合いを濃く持った作品として進行していきます。

そしてそのことは、個人的には嫌いではありません。

 

私にとって、伝奇小説と言えばまずは半村良であり、中でも日本国の成り立ちに絡む作品と言えば『産霊山秘録』が思い浮かびます。

また、徐福伝説といえば、夢枕獏サイコダイバー・シリーズの最終巻である『新・魔獣狩り 完結編・倭王の城』でも、少し触れてあったと思います。


こうして伝奇小説的な要素も含みつつ、もちろん警察小説としての面白さも十二分に持った作品として楽しく読むことができた作品だということができます。

警視庁捜査一課・碓氷弘一2 アキハバラ

アキハバラ』とは

 

本書『アキハバラ』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第二弾で、1999年4月にC★NOVELSから刊行されて2016年5月に中央公論新社から新装版として403頁で文庫化された、長編の警察小説です。

通常の警察小説とは異なり、多数の登場人物が入り乱れてアクションを繰り広げるノンストップ・アクション小説で、気楽に読めた作品でした。

 

アキハバラ』の簡単なあらすじ

 

大学入学のため上京したパソコン・オタクの六郷史郎は、憧れの街・秋葉原に向かった。だが彼が街に足を踏み入れると、店で万引き扱い、さらにヤクザに睨まれてしまう。パニックに陥った史郎は、思わず逃げ出したが、その瞬間、すべての歯車が狂い始めた。爆破予告、銃撃戦、警視庁とマフィア、中近東のスパイまでが入り乱れ、アキハバラが暴走する!(「BOOK」データベースより)

 

アキハバラ』の感想

 

本書『アキハバラ』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第二弾の警察小説です。

しかし、シリーズ前作の『触発』とは異なり、多数の登場人物が入り乱れてアクションを繰り広げるエンターテイメント小説となっています。

つまり、秋葉原のあるビル内で様々な登場人物により息もつかせないアクションが展開される、気楽に読めるノンストップ・アクション小説でした。

解説の関口笵生氏によれば、本書は「ピタゴラスイッチ小説、もしくは風が吹けば桶屋が儲かる小説」と表現されています。

 

本シリーズの主役である碓氷弘一部長刑事が登場するのは物語の中盤あたりからです。

それまでは大学生の六郷史郎がメインで描かれ、そこにラジオ会館ビルの四階にある小さなパーツショップに勤める石館洋一や、その店に派遣されていたキャンペーンガールの仲田芳恵などが絡んできます。

そこにそのパーツショップに金を貸しているヤクザの菅井田三郎、その子分の金崎などが登場し、さらには、ラジオ会館ビルでいたずら心からイスラエルのモサド諜報員のアブラハム・ベーリ少佐に発砲事件を起こさせたイラン航空のスチュワーデスでもある諜報員のファティマ、ロシアンマフィアのアレキサンドル・チェルニコフ、殺し屋のセルゲイ・オルニコフなどが入り乱れてアクションを繰り広げるのです。

このように、本書はシリーズ前作の『触発』で描かれた爆弾魔とのシリアスな対決とは異なり、ヤクザやテロリスト、果ては各国の諜報員まで登場する荒唐無稽な設定となっています。

またシリーズの主人公である碓氷弘一部長刑事も前作での設定とは若干異なる性格設定をしてあります。そもそも碓氷刑事は本書中盤までは登場してきません。

登場してきても遊軍的な立場としているのであり、応援の管理官が登場すると一線からは外されてしまいます。 

 

ところが、前作では定年まで無事勤め上げることを願うサラリーマン的な刑事という設定でしたが、本作ではそれなりの使命感を持った刑事として個人で乗り込むのです。

若干、性格が異なるような気もしますが、それは前作『触発』での主人公の体験が生きてきたとも言えそうです。

 

でも、本書が荒唐無稽な設定だとはいえ、作者の今野敏の視点は変わりはありません。

日本は銃声がしても誰も床に伏せようともしない国だという指摘し、警察官に対しても、銃を構えた人物に対し止まれと言ったり、今から拳銃カバーを外そうとしたり、また拳銃で身を守ることよりも拳銃を盗まれることに神経を使っているなどと言わせています。

そうした指摘はテロリストの目線でなされており、そのテロリストは「血と硝煙。その中で生きているのだ。」と独白しているのです。

 

そうした作者の目線とは別に、秋葉原という街に対する作者なりの愛着もあるのかもしれません。

電子部品を販売する秋葉原の最も深いところにある店の主人の小野木源三という人物を登場させて碓氷部長刑事の活躍を助けるのも、そうした愛着の表れではないでしょうか。

 

以上、碓氷刑事の性格は若干異なるものの、ノンストップアクションを展開させる、気楽に読める作品でした。