逆風の街

本書『逆風の街』は『横浜みなとみらい署暴力犯係シリーズ』第一弾の、解説まで入れて文庫本で376頁の、長編の警察小説です。

神奈川県警の諸橋と城島という二人のマル暴刑事を中心に展開される痛快な物語で、私の好みに合致した作品でした。

 

逆風の町』の簡単なあらすじ

 

神奈川県警みなとみらい署。暴力犯係係長の諸橋は「ハマの用心棒」と呼ばれ、暴力団には脅威の存在だ。地元の組織に潜入捜査中の警官が殺された。警察に対する挑戦か!?ラテン系の陽気な相棒・城島をはじめ、諸橋班が港ヨコハマを駆け抜ける。(「BOOK」データベースより)

 

寺川祥司は経営する印刷会社の運転資金として闇金融から二百万を借りたが、利息を含めて三百万を返せと催促されていた。

夜もろくに眠ることもできない取り立てのために警察に助けを求めるが、駆けつけた警官がいなくなるとまた現れることの繰り返しだった。

そこで弁護士に依頼して事後の処理を任せたもののその弁護士も交通事故に遭い、結局は自分一人でやるしかなくなってしまう。

我慢の限界に達した寺川は取り立てにきたチンピラに手を出してしまい、治療費と入院費、それに損害賠償とで新たに三百万円を請求されることになった。

最後に警察署へ連絡してもまともに取り合ってはくれなかったが、後日、暴力犯対策係の諸橋と城島と名乗る刑事たちがやってきた。

 

逆風の町』の感想

 

本書『逆風の街』はまさに痛快小説そのものの物語です。

典型的な、それも時代小説での痛快小説の型の一つとして、凄腕の主人公が、その剣の腕などを利用して悪漢を倒して弱者を助けるという型があります。

中でも主人公の背後には豪商や権力者などがいて主人公を陰に助けてくれる場合もあります。

つまり、豪商や時の権力者などが主人公の背後にいて、いざという時は彼らの金や権力で主人公を助けたりもし、最終的には主人公が悪役を倒し、読者はその痛快、爽快感にカタルシスを得る、という流れを持った型です。

今で言うと佐伯泰英の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』や、辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』などがそれにあたるでしょう。

 

 

本書の場合、主役の二人は暴力団の暴力にも負けない強靭な意志と腕を持っていて、その上身分が警察官ですから権力も持っています。

そして、警察官という身分を有するとはいえ暴力に臆することなく立ち向かい、彼らを叩きのめし、弱者である一般市民の味方になってくれるのです。

ただ、警察官も組織の人間ですから組織上での弱点を持ち、そこを突かれることがありますが、その点に対しても警察内部での味方が現れ、主人公らを助けてくれる構成になっています。

結局、主人公が暴力団を相手に一歩も引かず、市井の一般人の味方になって暴力団を撃退するのですから、まさに痛快小説そのものなのです。

 

本書『逆風の街』の場合、町の印刷会社の経営者が闇金に手を出し、理不尽な額に膨れ上がった借金の返済ができずに追い込みをかけられ警察に助力を頼みますが、警察も相手にしてくれません。

たまたまその話を聞いた諸橋が手を差し伸べ、取り立てを繰り返す闇金を逆に追い詰めるのです。

本書ではその上にもう一つ話を絡めてありますが、それが暴力団に対する潜入捜査の話です。

本書『逆風の街』冒頭で潜入捜査に従事していた警察官が身分がばれて殺されてしまった話が出てきます。

さらにもう一件大阪府警の話として、殺人以外は何をやってもいいと言われていた潜入捜査官が、捜査の過程で覚せい剤を購入したとして覚せい剤取締法違反の罪に問われたという話が挙げられています。

つまりは組織の論理の前に約束など無に等しく、無常に切り捨てられてしまったというのです。

こうした潜入捜査の話を絡めることで、個人の正義と警察の論理との話を絡ませることで、ヤクザによる弱者を食い物にするという単純な話に幅を持たせ、エンターテイメント小説として読ませる話に仕上げられています。

 

ここでの個人と組織とは、一般市民が暴力団の食い物になることを阻止しようとする諸橋らの努力、つまりは個人の論理がまずあり、その上で潜入捜査の話に絡めて警察という組織の思惑という別な論理で動く場合があるということです。

組織の論理と個人の論理とのせめぎあいの中で苦悩する諸橋の姿があり、そこに助言する城島の姿は感動的ですらあります。

城島は人の行動の流れを決めるのは感情だといいます。感情自体に善悪の価値はなく、人の共感が善悪を判断すると言い切るのです。

人の共感にそれほどの価値があるかは疑問ですが、こうして物語の中で登場人物が口に出すとそれなりの意味があるように思え、説得力を持ってくるのですから不思議です。

 

本書『逆風の街』の構造そのものはベタな正義感です。しかし、その正義感をそのままに貫く諸橋と城島の姿は読者の共感を呼ぶのは当然だと思われます。

加えて、今野敏の読みやすい文章がそのような痛快感をさせているのですから、さらに読者に支持されるのでしょう。

こうして今後もこのシリーズは読み続けるでしょうし、事実読み続けています。

大義 横浜みなとみらい署暴対係

本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』第六弾の、新刊書で258頁の短編の警察小説集です。

諸橋係長のもとで活躍する暴対係の面々の紹介を兼ねたエピソード集で、楽しく読め作品集でした。

 

大義 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ

 

俺たちの所轄(シマ)で暴力は許さない!
「ハマの用心棒」諸橋と陽気なラテン系の相棒・城島、
人間味溢れる刑事たちの活躍を描くスピンオフ集。(「書籍紹介」より)

 

タマ取り
ベテランの巡査部長の浜崎吾郎が、もう七十歳になる本牧のタツと呼ばれている男が「常磐町のとっつぁん」こと神風会組長の神野義治のタマを狙っているという話を聞き込んできた。諸橋城島は早速神野の家へと向かうのだった。

謹慎
巡査部長の倉持忠が駆けつけると、路上に倒れている三人の男の前に諸橋と城島とが戸惑った様子で立っていた。県警本部組対四課の土門下沢という二人が駆けつけ倒れた三人を引き取っていったが、それからすぐに諸橋と城島の身柄が拘束されてしまうのだった。

やせ我慢
浜崎が安伊坂組の若頭だった稲村力男が出所し城島にお礼参りに来ると言っている話を聞き込んできたが、城島は放っておけという。城島にあこがれている日下に対し、気が弱かった昔の自分を引っ張ってくれた城島のことを話す浜崎だった。

内通
横浜みなとみらい署暴対係の八雲を始めとする捜査員は、県警本部の捜査員たちと共に狙いをつけていた売人の川森に職務質問をするが空振りに終わっていた。そこで情報漏洩が疑われ、県警本部警務部監察官室の笹本康平が横浜みなとみらい署暴対係にやってきた。

大義
監察官の笹本康平は佐藤実県警本部長から、みなとみらい署の暴対係が常磐町の神風会を特別扱いする理由を調べるようにと命じられた。そこにみなとみらい署管内で抗争事件に発展しそうな暴力団同士の傷害事件が起きたことから、笹本は諸橋と城島に張り付くことにした。

表裏
諸橋と城島とが常盤町の神野のところに行くと、暴力団を任侠団体といい、ヤクザを侠客と呼びたがる増井治と名乗るフリーライターと鉢合わせをした。神野から取材を断られた増井は諸橋と城島とに張り付くことにしたようだった。

心技体
諸橋は神奈川県警の暴力団対策課から、管轄外の戸部警察署管内の暴力団事務所の家宅捜索に参加するように言われた。暴力団対策課第二係の笠原靖英係長は、暴力団と変わらない外見の浜崎とともにいる倉持の見た目から、配置替えした方がいいのではないかといってきた。

 

大義 横浜みなとみらい署暴対係』の感想

 

本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は、横浜みなとみらい署暴対係のメンバーそれぞれに焦点を当てて「横浜みなとみらい署暴対係」の活動を浮き彫りにしている短めの作品集です。

今野敏の描く短編は、長編と同様にまとまりがあって面白さをもっていると思っていたのですが、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』に関しては、今一つのめりこめないとの印象を持ちながら読み進めていました。

というのも、今野敏の物語にしては話が単純に過ぎ、登場するキャラクターたちの持つ魅力で何とか救われているけれど、読後に何も残らない印象だったのです。

しかしながら、読み進めるうちにやはりいつの間にか引き込まれていました。

 

確かに、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』の短編は発生する事件が単純で、事件発生から解決まで一直線です。

しかし、本書はそもそも新刊書で258頁という薄い本でありながら全部で八編の短編が収納されています。

ということは複雑な筋立てを盛り込みようもなくて単純な設定であることは当然で、その点を疑問に思う方がおかしいといえばおかしいのです。

また、例えば「表裏」に登場する増井のように人物造形がステレオタイプで、物語のストーリーも先が読めてしまう作品もあります。

でも、先は読めてもこの話としての面白さが無くなるかといえばそうではありません。

それは、諸橋や城島たちのキャラクター造詣がよくできているため物語として色が褪せていないからでしょう。

 

そもそも、今野敏の作品は長編であっても物語の構造そのものは単純なものが多いと思われます。

でありながら、それぞれの登場人物は、それぞれの立場で事件の背景に目をやりつつも人間関係にまで腐心する姿を丁寧に描いてあります。

その上で、各登場人物たちは、結局は組織の一員としての行動を尽くしていて、物語としては単純であっても、登場人物たちはよく考え、そしてよく動いているのです。

 

それは、短編集ではよりはっきりと表れるのではないでしょうか。

ただ本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』では、先に作者今野敏が書きたいテーマがあって、そのテーマに合わせた事件を設け、焦点を当てたい登場人物を描き出している印象はあります。

各話は、ストーリーの面白さというよりも、みなとみらい署暴対係の個々の刑事の目線で描くことで人物像の紹介を兼ねている短編集だと言えるのです。

 

今野敏の作品は、作者の基本的な立場である物語の筋、すなわち作者の考える「正義」の観点で物語が貫かれているところに、読み手の安心感があり、感情移入がしやすいのだと思われます。

具体的には『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎によくあらわされているのではないでしょうか。

 

 

そうした安心感の上に、さらに読みやすい文章で紡ぎ出される今野敏の作品です。

本シリーズのみならず、他の作品も早く読みたいと思わせられるのです。

宰領: 隠蔽捜査5

本書『宰領: 隠蔽捜査5』は、『隠蔽捜査シリーズ』の長編では五冊目の警察小説です。

今回は神奈川県警管轄内で事件が起こったため、警視庁との合同捜査本部が神奈川に設置され竜崎がその指揮を執ることになります。

警視庁との仲の悪い神奈川県警との間をどのように調整するのか、非常に興味がわく設定になっています。

 

衆議院議員が行方不明になっている伊丹刑事部長にそう告げられた。牛丸真造は与党の実力者である。やがて、大森署管内で運転手の他殺体が発見され、牛丸を誘拐したと警察に入電が。発信地が神奈川県内という理由で、警視庁・神奈川県警に合同捜査が決定。指揮を命じられたのは一介の署長に過ぎぬ竜崎伸也だった。反目する二組織、難航する筋読み。解決の成否は竜崎に委ねられた!(「BOOK」データベースより)

 

単に論理に従って行動しているだけという主人公竜崎伸也の振舞いは相変わらずで、原理原則に基づく竜崎の行動は爽快です。

相手の身分や立場によって態度を変えることのないその姿は、現実には難しいがゆえに読者はカタルシスを得るのでしょう。まあ、そういうことは改めで言うまでもないことですが。

 

本書『宰領: 隠蔽捜査5』の特色は、竜崎の新しい衝突先として神奈川県警が設定してあることでしょう。

これまでも、他の所轄署であったり、本庁の人間であったりと、様々な人間が最初は竜崎の異色の経歴と変人ぶりに惑わされ、不信感を抱き、距離を置いていました。

しかし、最終的には竜崎の事件解決に対する真摯な態度に尊敬の念さえ抱くようになってきました。

それが、今回は警視庁とは仲の悪いことで知られている、神奈川県警の横須賀署に設けられる捜査本部に副本部長として赴くことになるのです。

現実に警視庁と神奈川県警戸が不仲なのかは知りません。でも、小説の世界ではこの両者は仲の悪いことが当然の前提となっているようです。

そうした神奈川県警ですので、竜崎に対しても飾り物としての扱いしかしません。あとはいつもの展開ではあるのですが、その様がやはり面白いのです。痛快でさえあります。

 

本書『宰領: 隠蔽捜査5』が属する『隠蔽捜査シリーズ』の魅力は、推理小説としての事件の謎ときもさることながら、竜崎をとりまく人間関係そのものや、その変化の面白さにあると思っています。

加えて竜崎の家庭内の問題もスパイス的に書き込まれており、家族に対しても同様の態度を取る竜崎の人間描写に厚みを加えています。

そうした意味では、黄門さまの物語のようにお定まりのパターンの中で、様々に趣向を凝らして読者を楽しませているのです。

 

現時点では今野敏のシリーズものの中では本『隠蔽捜査シリーズ』と『安積班シリーズ』が一番面白いと思っているのですが、両者共に登場人物の人間模様が魅力になっていると感じます。

 

 

私の好みがそこらにあるのでしょう。

本作はいつまでも続いて貰いたいシリーズの一つです。

焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕

本書『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第六巻目となる長編の警察小説です。

本書『焦眉』はこの頃読んだ今野敏の警察小説の中では、一番面白く、読みごたえを感じた作品でした。

 

東京都世田谷区の住宅街で投資ファンド会社を経営する中年男性が刺殺され、捜査一課の樋口顕も現場に急行した。警視庁が特捜本部を設置すると、東京地検特捜部の検事・灰谷卓也が現れる。灰谷は野党の衆議院議員・秋葉康一を政治資金規正法違反容疑で内偵中だった。秋葉は殺された男性と大学時代から親しかったらしく、殺害現場付近の防犯カメラには秋葉の秘書が映ってもいた。それらの事実だけを理由に灰谷は秘書の身柄を拘束。樋口は証拠不充分を主張するも、灰谷は独断で逮捕に踏み切ってしまう。自己評価が低く、上司の顔色を窺い、部下を気遣い、家族も大切にする―。等身大の刑事の生き様を照らし出す人気シリーズ、最新作。(「BOOK」データベースより)

 

世田谷で発生した殺人事件の捜査本部に、二課の捜査員と共に東京地検特捜部の検事二名までも参加してきた。

検事の参加について二課長柴原の説明は、衆議院議員の秋葉康一陣営の不祥事として秋葉の議員資格のはく奪を目的としているらしいというのだった

 

本書『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』は、今野敏の作品群の中でもかなり面白いと先に書きましたが、今野敏の他の小説とそれほど物語の設定や構造が異なるとは思えません。

キャラの立った主人公をメインに、捜査員が集めた情報から推論して事件の真相を突き止めるという構造、それも今野敏の作品らしく会話を中心に組み立てられていく、という流れは同じと思います。

ただ、本書『焦眉』の場合、犯人を特定し逮捕する犯人探しの過程の面白さ以上に、捜査本部に割り込んできた検察官との対決こそが見どころになっていて、その点こそが面白いのです。

 

検察と警察は、共に絶大な国家権力を背景にしている点では同じであり、通常は警察は検察の指揮のもとに動くはずです。ところが、本書ではその検察に対し捜査員たちが反抗します。

検察官による権力の恣意的な運用は時の権力、つまりは政権与党のための組織になってしまい、国民の生活を守るという警察の本来の姿から乖離してしまうため、そうした検察権力に対しては戦いを挑むのです。

本書『焦眉』では、ともすれば国民と対峙しかねない警察官が対決するのですから喝采を送りたくなります。

それは、強大な権力者対ヒーローという構造であり、例えば『半沢直樹シリーズ』の爽快感にも似たカタルシスがあります。

それも、今野敏という作者の筆をもってしているため、妙に生臭くなく、読みやすいエンターテイメント小説の一環として気楽に読み進めることができます。

 

正義の味方である筈の検察がそんな行動に出るかという疑問に対しては、本書の中でも書いてあるように、厚生労働省の元局長に対し行った「大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件」などがあります。

 

また、少々古いですが、魚住明という元共同通信記者が著した『特捜検察』という本も、本書の場面とはかなり異なるものの、検察という組織についてかなり深く調査し、書いてあります。

 

 

ただ、本書『焦眉』での検察官らの「地方警察ごとき」や「おまえら刑事」などという言動は、いくらカリカチュアライズしてあるとしても少々首をひねりたくなります。

でも、そうした難点も今野敏独特の文章で軽く処理しているためか、言うほどに大きな問題とはなっていないようです。

事実、主人公の内心、思惑はかなり警察官としての行動からは外れたものとなっていますが、今野敏の考える警察官のありようをさりげなく忍ばせながら描写してるところに、読者としては喝采を送りたくなると思われます。

言いたいことをはっきりと言えない点や。自分では引っ込み思案だと思っている点などは、いつも常に部下の顔色を伺う『安積班シリーズ』の安積警部補を思い出させる点もあります。

 

 

また、共に捜査という点では自分を押し通す一面も持っているなども共通していそうです。

でありながらも、『安積班シリーズ』ではよりチームワークとしての捜査が描かれている点が異なるなど、それぞれの魅力があります。

しばらくの休憩期間を置いて再始動した本シリーズです。これからも永く続いてほしいものです。

任侠シネマ

本書『任侠シネマ』は、『任侠シリーズ』第五巻目となる長編小説です。

古風なヤクザが経営再建に乗り出すこのシリーズは今野敏の多くの作品の中でも楽しみなシリーズの一つで、面白く読み終えることができました。

 

義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々と舞い込んでくる。今度の舞台は、北千住にある古い映画館!TVやネットに押されて客足が落ち、映画館の社長も閉館を覚悟。その上、存続を願う「ファンの会」へ嫌がらせをしている輩の存在まで浮上する…。マル暴に監視されながら、阿岐本組の面々は、存続危機の映画館をどう守る!?笑いあり、涙ありの「任侠」シリーズ第5弾! (「BOOK」データベースより)

 

まず最初に、本稿では本書『任侠シネマ』に対する不満点を強調して書いていますが、それは本書が面白い小説であることを否定するものではありません。面白い作品であることは間違いないのです。

 

ということで、今回も例によって阿岐本組組長阿岐本雄三の兄弟分である永神がある映画館の経営立て直しの話を持ってきたところから始まります。

『出版』『学校』『病院』『浴場』と続いてきたこのシリーズの今回の仕事の分野は『映画』です。

映画好きの私としては期待のテーマです。でも、このシリーズ当初から比べると魅力が薄れてきた印象があります。

というのも、シリーズ第三作の『任侠病院』までは建て直し対象の仕事自体に問題を見出し、ヤクザの筋目を通すことで業務を正常に戻すという流れがはっきりとしていました。

 

しかし、前作の『任侠浴場』はそうではなく、再建すべき対象が家族の問題などであり、なにも再建対象が「浴場」でなくても成立する物語であるように感じたのです。

その点は一歩譲るとしても、阿岐本組長自身が乗り出す場面が多いのはいいのですが、少々都合がよすぎます。組長の言葉のとおりに物語が進みすぎであり、違和感を感じてしまいました。

 

 

それと同様のことが、前作ほどではないのですが本書でも言えます。

本書『任侠シネマ』で書かれていることは映画館でなくても言えることが多いと思われます。

確かに、本書では「千住シネマ・ファンの会」という映画ファンクラブが登場したり、日村や近所に住む高校生の坂本香苗らが健さんの任侠映画などにはまる姿などが描かれてはいます。

しかし、それは物語の本筋ではなく、経営再建すべき今回の問題点は何も映画館でなくても起きうる事態だったのです。

 

以上の個人的文句に対し、本シリーズが面白くなりそうな点もあります。

今回は新しく北綾瀬署のマル暴刑事の甘糟達男の上司として仙川修造という係長が登場します。ヤクザは存在自体が悪であり、ヤクザを根絶するためならば何でもするという男です。

若干、現実の警察を皮肉っている側面も見えるこの男の存在は、かなりデフォルメされているとはいえ本書のようなユーモア小説ではなかなかに面白そうな人物でした。

本シリーズのスピンオフ作品である『マル暴甘糟シリーズ』の第三巻が待たれると同時に、そのシリーズの『マル暴総監』で登場するユニークな警視総監がこのシリーズにもゲスト出演すれば面白いのにと思ってしまいました。

 

 

また、さすがに本書では高倉健の「昭和残侠伝・血染めの唐獅子」や「日本侠客伝」などを見た日村の姿があり、また「ニュー・シネマ・パラダイス」を語る阿岐本組長の姿があります。

そうした姿は映画好きならではのものであり、家庭でのDVDもいいですが、映画館で映画を見ることの面白さ、総合芸術と言われる映画の魅力が存分に語ってあります。

残念ながら映画館で映画を見る機会が少なくなってしまった私ですが、やはり大画面と迫力のある音量での映画を見たいものです。

 

 

映画をテーマにした作品といえば、原田マハに『キネマの神様』という作品があります。映画に対する愛情があふれている、ファンタジックな長編小説です。

また、金城一紀の『映画篇』という作品は、誰もが知る映画をモチーフに、人と人との出会い、友情、愛を心豊かに描く短編集でした。

共に映画の楽しさ、面白さ、映画の魅力について存分に語ってある作品で、小説としても読むべき本の一冊だと思っています。

本書『任侠シネマ』でも、同様に映画の魅力を語る阿岐本組長や、その魅力にはまった日村や坂本香苗の姿を通して映画のすばらしさを語りかけているのです。

 

 

話を元に戻すと、本書『任侠シネマ』で描かれている出来事は「映画館」でなくても良さそうだと思え、更に阿岐本組長の言葉のとおりに展開しすぎないか、という点で前巻の『任侠浴場』と似た印象を持ったのです。

今野敏という作家が多作であり、忙しいのは分かりますが、作品全体として何となく荒っぽい構成になってきている感じがあるこの頃です。

できればもう少し丁寧な推敲、構成を願いたいところだと、素人ながらにファンとして思ってしまいました。

黙示

本書『黙示』は、『萩尾警部補シリーズ』の『確証』『真贋』に続く第三弾となる長編の警察小説です。

ただ、古代史を絡めた本作品は、居ながらにして推論だけで謎を解決するミステリ用語でいう安楽椅子探偵を思わせる展開で、私の好みとは異なる作品でした。

 

 

東京の高級住宅街・松涛で窃盗事件発生との報を聞き、萩尾警部補は相棒の秋穂と現場に向かった。被害者でIT長者の館脇によると、盗まれたのは神から与えられたという伝説をもつ「ソロモンの指輪」で、四隠円かけて入手したものだという。キュレーターの音川は、指輪の盗難に暗殺教団が関わっており、館脇が命を狙われていると指摘。古代文明に精通した探偵・石神が館脇の警護につくが―。(「BOOK」データベースより)

 

本書『黙示』は石神達彦も登場しており、今野敏の『神々の遺品』『海に消えた神々』と続く『石神達彦シリーズ』の第三弾とも言えそうですが、本書での石神は脇役に徹しており、『石神達彦シリーズ』に属する作品だとは言いにくいでしょう。

とはいえ、石神も重要な登場人物の一人であることには変わりはありません。

 

 

今野敏という作家の古代史関連の作品、特に『石神達彦シリーズ』は、確かに今野敏という作家がかなり詳しく調べて書かれたでしょう。しかし、小説としては、作者の調査事項を登場人物に語らせることが主軸であり、物語のストーリー自体は好みとは外れたものだったと覚えています。

本書『黙示』もまた同様で、被害者である館脇友久や、舘脇から依頼を請けた私立探偵の石神達彦、美術館のキュレーターであり贋作師でもある音川理一といった登場人物らが、萩尾警部補とその相棒の武田秋穂などにソロモンの秘宝などの古代文明について教え、説明しながら情報を語っています。

 

そもそも、私自身は超古代文明をテーマにした小説は決して嫌いではなく、どちらかというと好みの分野でもあります。

とはいっても、物語の中に古代文明を思わせる人物や道具が出てくる作品のことであり、古代文明を直接の舞台にした小説は知りません。

それでも例えば、高橋克彦のSF伝奇作品の『総門谷シリーズ』などは、直接に古代文明をテーマにした小説だと言えると思います。

総門と名乗る超能力者が率いる一団と主人公との争いを描いていたと思うのですが、かなり前に読んだのではっきりとは覚えていません。あまりに話が広がりすぎて収拾がつかない印象があって、一巻を読んだだけでやめてしまいました。

 

 

また、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』の中では、古代ギリシャの哲学者プラトンがアトランティス司政官オリオナエの眼を通してアトランティスの滅亡をみる場面が描かれています。

この作品は実に面白く名作といえるでしょうし、こうした作品も挙げてもいいかと思われます。

 

本書『黙示』に話を戻すと、古代文明の説明的な物語になっている、という点を除くと、ドロ刑としての萩尾警部補らの捜査およびその推論自体はそれなりの面白さはあります。

そして、彼らの捜査の一環として被害者である館脇らにソロモンの指輪、その指輪の背景としての古代文明の知識を聞くという流れ自体は不自然でもありません。

ただ、古代文明についての知識の開陳がくどく感じられ、警察小説としての犯罪捜査の側面がかすんでしまっているのです。

もちろん、金属を溶かすガスでありながらその炎に手を近づけても熱くないという「ブラウンガス」の話やアトランティスの話など、関心がある話もあります。

しかし、本筋の話がかすんでは本末転倒だと思うのです。この手の話が好きな人の中には本書を機にいる人もいるかもしれません。でも、個人的にはあまり好みの作品ではありませんでした。

清明: 隠蔽捜査8

本書『清明: 隠蔽捜査8』は、『隠蔽捜査シリーズ』の長編では八冊目の警察小説です。

今野敏という作者の近時の作品には皆言えることだと思いますが、多作の故か、ストーリーの構成がどんどん単純になってきているようで、本書もその例に漏れません。

 

神奈川県警刑事部長に着任した異色の警察官僚・竜崎伸也。着任早々、県境で死体遺棄事件が発生、馴染みの警視庁の面々と再会するが、どこかやりにくさを感じる。さらに被害者は中国人と判明、公安と中国という巨大な壁が立ちはだかることに。一方、妻の冴子が交通事故を起こしたという一報が…。益々スケールアップの第八弾!(「BOOK」データベースより)

 

家族の不祥事によって所轄署に飛ばされたキャリア官僚の現場での活躍を描く『隠蔽捜査シリーズ』も本書で八冊目となりますが、スピンオフ的な短編集も入れると十冊目になります。

本書『清明: 隠蔽捜査8』での竜崎はこれまでの大森署署長という立場から神奈川県警の刑事部長へと栄転し、新たな職場で活躍することになります。

当然ですが、これまでのシリーズ作品とは職場背景が異なり、新たな魅力を持った物語が展開されるはずですが、その期待は思ったよりも外れました。

つまり、あい変らずの竜崎警視が神奈川県警へと異動し、竜崎のことを何も知らない署員たちとお約束のやり取りを繰り広げますが、そこらの新しい登場人物たちとのやり取りなどの掘り下げ方が今一つです。

 

事件解決面でのミステリーとしての側面でも特別なものではありません。

着任早々に殺人事件が発生しますが、現場が東京都との県境であるために、結局は警視庁の捜査官らとの合同での操作ということになり、やはり現場に出ることの好きな伊丹刑事部長と共に捜査を指揮することになります。

伊丹をはじめとする警視庁の見知った捜査員たちとの共同捜査という設定になっているので、職場が変わったことへの新鮮さが減じて感じられたのでしょう。

 

また、事件自体は中国とのからみがあり、必然的に公安とのやり取りが出てくるのですが、警察小説としての醍醐味も今一つ盛り上がりに欠ける印象があります。

それは一つには、竜崎の独特なキャラクターが魅力を発揮し、当初は警戒感を抱いていた周りの人間が次第に竜崎の魅力に取り込まれていく、という流れに何も変わりがないということにあると思われます。

そして何よりも、竜崎としては合理性を追求した論理的な結果としか思えない行動、しかし一般的な感覚からすると型破りは行動がことごとく竜崎の有利になるような結果をもたらしているということが、違和感をもたらしているのです。

竜崎の奥さんである冴子が絡んだ警察OBの滝口との軋轢も、結局は竜崎の魅力に取り込まれたということになりますし、すべてが竜崎の思うように転がっていく様は少々都合がよすぎるのではないかと思えてきます。

 

本書『清明: 隠蔽捜査8』の魅力は、一般社会では通用しないであろう組織の人間関係や硬直的で非合理な制度などに対し、組織論としての合理性を盾に意見を貫く竜崎という男の行動力にこそあるはずです。

普通では通用しない竜崎の行動が結果として功を奏し、反対者をやり込める、言葉が悪ければ反対していた者さえも納得させてしまう、その点にカタルシスを感じているのだと思われます。

ところが、本書では少々できすぎだと感じられたのです。あまりにも都合良すぎる展開は物語に違和感を生じさせてしまいます。

 

これがこの作者の『任侠シリーズ』や『マル暴甘糟』のような、コメディ斧であればまだいいのですが、本書『清明: 隠蔽捜査8』が属する『隠蔽捜査シリーズ』のような作品はもう少し丁寧な展開を期待します。

 

 

もう一言付け加えれば、今野敏という作者の多作さは、こうした物語の内容の薄さを感じさせるようになってきたと思えます。

大好きな作家さんであるからこそ、もう少し時間をとってよく練られた構成のもとでの『隠蔽捜査シリーズ』作品を始めとした今野敏の作品を読みたいと思ってしまいます。

炎天夢 東京湾臨海署安積班

グラビアアイドル・立原彩花の死体が江東マリーナで発見され、近くのプレジャーボートで被害者のものと思われるサンダルが見つかった。船の持ち主は、立原が愛人との噂がある芸能界の実力者、プロダクションサミットの柳井武春だという…。芸能界の闇に、安積班が立ち向かう!(「BOOK」データベースより)

 

東京湾臨海署安積班シリーズ第十九作目の長編警察小説です。

今回もこのシリーズのほかの作品と同様に安積班のメンバーそれぞれの活躍が描かれています。つまり、安積警部補個人の動きではなく、安積班のチームとしての活動が描かれているのです。

 

本書では、現代の芸能界の実情として巷で噂のパワーバランスを意識したであろう舞台設定となっています。

グラビアアイドルの殺人事件の容疑者とされる男は芸能界のドンと呼ばれる大物の柳井武春でした。

問題は、その事実が捜査に陰に陽に影響を与えかねないということです。

グラビアアイドルの殺害現場が柳井の所有するプレジャーボートであり、柳井自身が暴力団とのつながり疑われ、さらに被害者が柳井の愛人との噂があることなどから、柳井の何らかの関与が疑われます。

ところが、普段は出席しない刑事部長が捜査本部の会議に出席し、この事件に関心を示すのでした。

そんな中、安積班の須田三郎巡査部長が、いつものように数年前の覚せい剤関連の事件からひっかかりを覚え、そこから小県は新たな展開を見せていきます。

そして、ここでも安積の天敵とも言うべき警視庁捜査一課の佐治基彦警部は安積らの捜査方針に反対意見ばかりを言い、難癖をつけようとするのでした。

 

本書を全体的に見て、安積警部補シリーズのなかでは特に印象深い作品とは思えませんでした。

一つの事柄を丁寧につぶし、あらゆる場面を想定し捜査を進めるという態度は変わりません。安積班の仲間の活躍もいつもと同じです。

でも、それだけであり、それ以上のものはありません。

警察小説として面白く、さすが安積警部補シリーズだとは思います。しかし、身勝手なファンの思いとしては平均的な面白さではなく、平均以上の特別な面白さを求めてしまいます。

平均的な面白さを持続することがどれだけ大変なことかを思うと、作者にとっては単に迷惑なファンだとは思いますが、それが正直な気持ちです。

 

安積にライバル心を隠さない相良の思わぬ一面を垣間見せる様子もあり、また捜査員の水野に対するセクハラが発生しないように配慮する安積の姿もあります。

このように、つまりはいつもと同じシリーズ内容です。

安積の他の登場人物に対する心象を詳しく描写しながら安積の人間性を浮かび上がらせているところや、班員たちの個性を際立たせているところもまたいつも通りです。

結局は面白い警察小説だ、というしかありません。

 

ちなみに、本書タイトルの「炎天夢」とは、柳井武春の所有するプレジャーボートの船名が「アブラサドール」というスペイン語の「炎天下」などを意味するところからきているのでしょう。

デビュー

19歳、童顔のアイドル・高梨美和子はデビューすぐさまトップの座へのぼりつめた。
その実彼女は、カリフォルニア大バークレー校を卒業、理論物理学と哲学の修士号をもつ才女だった。
昼はかわいいだけのアイドルを演じ、夜は天才少女と、二つの顔をもっているのだ。
彼女の真実の姿を知るのは、マネージャーの岡田二郎、情報通の作曲家・井上鏡四郎、
凄腕スタントマン・長谷部修の三人だけである。

虚栄にまみれた芸能界では、クスリや秘密売春、大手芸能プロの
暴力沙汰など、華やかな世界からおおい隠された事件でいっぱいだ。
六本木の夜、行きつけのジャズ・バー「ゼータ」でその事件を知った美和子は、持ち前の頭脳と
正義感で自らおとりになり、岡田、井上、長谷部の協力を得て、芸能界のワルどもを一掃する。
1992年初版刊行以来21年ぶり、ファン待望のアクションサスペンスを初文庫化。
連作短編全七編を収録。(「内容紹介」より)

 

天才少女でありながらアイドルを演じる十九歳の少女が、仲間の力を借りながら芸能界の闇をつぶす姿を描く連作の短編集です。

 

第一話 嘘は罪? | 第二話 ラヴ・フォー・セール | 第三話 悪い遊びは高くつくわよ! | 第四話 虚栄がお好き | 第五話 危険なおみやげをどうぞ | 第六話 その一言にご用心 | 第七話 25時のシンデレラ

 

本書は、最初は1992年6月に実業之日本社のジョイ・ノベルスから『25時のシンデレラ』というタイトルで出版されていたのですが、2013年8月に同じ出版社から『デビュー』と改題されて文庫化された作品です。

今野敏の初期作品を見ると『聖拳伝説』のような格闘技小説のほかに、『奏者水滸伝シリーズ』のような超能力者ものとがあります。

 

 

一方、現在の今野敏の小説は、警察小説を主軸としながら、読者の心情と寄り添いやすいストーリーを有したエンターテイメント小説の醍醐味を持った作品を多く書かれています。

しかしながら、初期の作品群を読む限りにおいては、ストーリーはエンターテインメント小説としてのツボを押さえていても、登場人物の描写はどこかに置き忘れていた作品が多かった気がします。

本書はそうした人間がいないエンターテイメント小説の典型とも言える作品です。軽い娯楽小説として面白くないとは言いませんが、読後感は残りません。

 

カリフォルニア大バークレー校を卒業して、理論物理学と哲学の修士号をもつ主人公が、その天才的な頭脳を隠したままなぜかアイドルとなり、汚濁にまみれた芸能界の闇を掃除します。

とはいっても女の子一人では何もできず、マネージャーの岡田二郎や、作曲家の井上鏡四郎、スタントマンの長谷部修といった大人たちがボディガードを兼ねつつも彼女の手足となって動き回ります。

そして、それだけの話であってそれ以上のものではなく、初期の今野敏の作品を読みたい人が読むだけの作品でしょう。

 

ただ、本書『デビュー』の出版よりも前の1988年10月には今の人気シリーズの『安積警部補シリーズ』の第一作である『東京ベイエリア分署』が出版されています。

この『東京ベイエリア分署』はその後『二重標的』と改題されて角川春樹事務所から出版されていますが、この作品は本書とは異なり、すでに十分な読みごたえがあったと思うのです。

 

 

かなり昔のことであり、はっきりと覚えているわけではありませんが、今の人気シリーズに連なるだけの内容を備えていたと思います。

ということは、もしかしたら、今野敏という作家は、作品の種類によってその書き方を変えていたのかもしれません。いつの日か読み返してみたいと思います。

機捜235

渋谷署に分駐所を置く警視庁第二機動捜査隊の高丸の新しい相棒が着任した。それは白髪頭のどう見ても定年間際の男・縞長だった。心の中で溜め息をつく高丸だったが、縞長は苦労を重ね、思いがけない実力を秘めた刑事だった!(「BOOK」データベースより)

 

本書『機捜235』は、渋谷署の分駐所に詰めている第二機動捜査隊に所属している機動捜査隊員の高丸卓也を主人公とする長編の警察小説です。

 

機動捜査隊(きどうそうさたい)とは、都道府県警察本部の刑事部に設置されている執行隊、つまり、様々な事案に機動的に対応することを目的として、任務に応じ専門分化した組織のことを言い、通称は機捜隊(きそうたい)、または機捜(きそう)と呼ばれています。

この機動捜査隊は、重要事件の初動捜査の効率化および犯行予測による邀撃捜査によって、犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織であって、通常は捜査車両に二名で乗車し担当管轄内の密行警ら(パトロール)に従事しますが、重要事件発生の際は犯罪現場に急行し、事件の初動捜査に当たることを任務としています。( 以上 ウィキペディア : 参照 )

 

本書のタイトル「機捜235」というのは主人公らが乗る機捜車のコールサインのことです。最初の2は第2機動捜査隊を、次の3は第3方面隊を、最後の数字はこの班の5番目の車ということを意味します。

そして、この機動捜査隊は拳銃を常時携行するほどに危険性も有しているのだそうです。

 

本書の主人公は高丸卓也といい、その相棒は梅原という同年代の男でした。しかし、梅原はある事故で入院することとなり新たなパートナーと組むことになります。その相棒が縞長であり、見当たり捜査のベテランだったのです。

本書は、この縞長のおかげで警察官として成長していく主人公の姿が描かれている、全部で九話からなる連作の短編集です。

 

第一話の「機捜235」では新しい相棒となる縞長との出会い、そして縞長の意外な能力の紹介があります。

次いで、またもや縞長の見当たりの能力により指名手配犯の逃走を未然に防ぎ、柔道三段、合気道五段という腕前も明らかになります(第二話「暁光」)。

こうして全九話の話が進んでいくのですが、当初は機動捜査隊員として何の疑念もなく役割分担としての初動捜査のみをこなしていた主人公です。

しかし、物語の進行の中で移動捜査隊の職務を紹介しながらも、日常の業務をこなしていく縞長の職務態度に接し、警察官としてのあり方を学んでいくのです。

 

以前読んだ今野敏の作品で『精鋭』という作品がありました。

この作品は警察学校での現場研修などを経て所轄署へ配属後、身体を張って国を守る部署だと教えられた警備部機動隊へ転任し、最終的にはSAT隊員として成長していく、一人の警察官の成長物語です。

普通の刑事の活躍を描くミステリーとしての警察小説ではなく、機動隊での生活を描く、警察の職務の紹介を兼ねた職業小説であり、ある種の青春小説ともいえるこの作品はユニークなものでした。

本書は、機動捜査隊の紹介という側面を持ち、さらに機捜隊所属の主人公の成長物語でもあるという点で『精鋭』という作品を思い出させるものでした。

 

 

通常の刑事警察ではない警察小説としては横山秀夫の『64(ロクヨン)』もそうでした。

所轄の警察の広報官を主人公とする秀逸なミステリーであるこの作品は、ベストセラーとなり、話題のピエール瀧の主演でNHKでドラマ化されましたし、佐藤浩市主演で映画化もされました。

警察内部の異色の職種という点で本書と似たものがありますが、ただ、広報の職務の紹介という側面はそれほど強調されない、やはりミステリーとしての面白さがメインの警察小説でした。

 

 

本書『機捜235』の面白さはやはり、新しい相棒である縞長の見当たり捜査という特殊技能を持った人物の存在でしょう。

柔道三段、合気道五段の腕前をもって指名手配犯人を次々に捕まえながら、主人公の警察官としての成長の範となる存在は魅力的です。

この作品もシリーズ化されるのでしょうか。できれば続きを読みたいものです。