カットバック 警視庁FCII

カットバック 警視庁FCII』とは

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は『警視庁FCシリーズ』の第二弾で、2018年4月にハードカバーで刊行され、2021年4月に528頁で文庫化された、長編の警察小説です。

今野敏の作品らしくユーモアにあふれて非常に読みやすく、他のシリーズ作品とコラボしている楽しい作品になっています。

 

カットバック 警視庁FCII』の簡単なあらすじ

 

人気刑事映画のロケ現場で出た本物の死体。
夢と現のはざまに消えた犯人を追え。

警視庁地域総務課の楠木肇(くすき・はじめ)は、普段はほとんどやる気のない男。しかし、事件となると意外な才能を発揮する。
楠木が所属する特命班「FC(Film Commission)室」には、地域総務課、組対四課、交通課から個性的な面々が集まっている。

FC室が警護する人気刑事映画のロケ現場で、潜入捜査官役の俳優が脚本通りの場所で殺された。
新署長率いる大森署、捜査一課も合流し捜査を始める警察。
なんとしても撮影を続行したい俳優やロケ隊。
「現場」で命を削る者たちがせめぎ合う中、犯人を捕えることができるのか。

人気シリーズ「隠蔽捜査」の戸高刑事も登場!(内容紹介(出版社より))

 

カットバック 警視庁FCII』の感想

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は、警視庁に置かれたフィルムコミッション(FC)室所属のメンバーが、自分たちが担当した映画の撮影現場で起きた事件を解決するエンターテイメント小説です。

ここで言うFCとはフィルムコミッションの略で、FC室は映画やドラマのロケ撮影に対して便宜を図る警視庁の特命部署です」。( 担当コメント : 参照 )
 

また、「カットバック」という言葉は映画に関連しては「二つ以上の異なった場面を交互に切り返すこと」ということを意味します( weblio国語辞典 : 参照 )

ただ、本書で異なる場面が切り替えられていたかというとそうした記憶はなく、ざっと読み返してもそうは読めませんでした。

ということはこのタイトルの「カットバック」という言葉は、私の読み方が浅いだけで、単に映画用語として取り上げられているだけかもしれません。

 

本書『カットバック 警視庁FCII』の登場人物のうちFC室のメンバーとしては、室長として元通信指令本部の管理官の長門達男がいて、他にマル暴の山岡諒一、交通部都市交通対策課の島原静香、交通部交通機動隊の服部靖彦、それに地域総務課所属の楠木肇がいます。

さらに、後述の人物たちも忘れてはいけません。

 

本書の見どころはまずは物語の舞台が映画の撮影に関連しているということを挙げるべきでしょうが、特徴として取り上げていいかといえば若干の疑問があります。

ただ単に犯行現場や関係者が映画関係者たちだったというべきように思えるのです。

それよりも見どころとしては、主役である無気力な楠木(クスキでありクスノキではないそうです)がひらめきを見せて事件を解決に導くところを挙げるべきでしょう。

また、FC室のメンバーそれぞれの個性も本書に関心を向けることに役立っています。

 

とは言っても、本書の一番の魅力は舞台が大森署だということです。

大森署は『隠蔽捜査シリーズ』の舞台であった警察署であり、かつては竜崎伸也が署長として勤務していましたが、竜崎が異動した現在は『署長シンドローム』の主役である藍本小百合が署長として勤務している警察署なのです。

本書『カットバック 警視庁FCII』でも藍本署長が登場し捜査現場で天然ぶりを発揮していますし、何よりあの戸高刑事が中心となって殺人事件を捜査しているのです。

加えて、『安積班シリーズ』の警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係係長の佐治基彦警部も登場してくるのですから今野敏ファンとしてはたまらないものがあります。

 

こうして、本書はどちらかというと『署長シンドローム』と『警視庁FCシリーズ』との合体作品とでもいうべき立ち位置の作品です。

そして、両シリーズの良いとこどりのエンターテイメント小説だと言え、軽く読むにはもってこいの作品だと言えると思うのです。

警視庁FCシリーズ

警視庁FCシリーズ』とは

 

本シリーズは、警視庁内に設けられたFC室、つまりフィルムコミッション室に配属されたメンバーの活躍を描くシリーズです。

『任侠シリーズ』のようにユーモアに包まれた作品ですが、やはり

 

警視庁FCシリーズ』の作品

 

警視庁FCシリーズ(2023年05月30日現在)

  1. 警視庁FC
  2. カットバック 警視庁FCII

 

警視庁FCシリーズ』について

 

本『警視庁FCシリーズ』は、警視庁内に設けられたFC(フィルムコミッション)室に配属されたメンバーの活躍を描く警察小説シリーズです。

この「FC室」という特命班は、もと通信指令本部の管理官だった長門達男をリーダーとして、組織犯罪対策部の山岡巡査部長、交通機動隊の白バイ隊員である服部、都市交通対策課の島原静香、それに地域総務課所属の楠木(くすき)肇という五名で構成されています。

このメンバーのうち専任なのは長門だけであり、他のメンバーは兼務ということになっています。

 

そもそも今野敏の描く警察小説は、推理小説ではあっても謎解き自体には重きが置かれていないようです。

今野敏の人気シリーズの中でも一、二を争う『隠蔽捜査シリーズ』や『安積班シリーズ』であってもそうで、主人公の個性やチームとしての働きが魅力的なのだと思えます。

 

 

ましてや、『マル暴シリーズ』などになるとミステリーというよりは登場するキャラクターの動きそのものの面白さが魅力だと言い切ることができるでしょう。

 

 

そのことは本書『警視庁FCシリーズ』でもあてはまり、ミステリー作品ではあっても登場人物たちの会話や行動自体にその面白さがあると言えます。

FC室のメンバーたちを見ると、静香に思いを寄せているであろうことが見え見えで女好きの服部や、典型的なマル暴刑事である山岡の言動がユーモラスに描かれています。

また、本シリーズでは常に楽をすることを考えているキャラクターである楠木の、愚痴を挟みつつ、ひらめきをみせる捜査の様子が中心に描かれ、それを班長の長門が支えているのです。

特に、第二弾の『カットバック 警視庁FCII』では大森署を舞台としており、当然ですが大森署新署長の藍本小百合署長が登場したり、大森署所属の戸高刑事がFC室のメンバーよりも捜査員としての活躍が見られます。

 

このように、何らかの事件(第二巻まで出ている現時点では殺人事件)がおき、その事件をFC室のメンバーが解決していくという構造は普通のミステリーと同じです。

しかし、謎ときはあくまで二次的なものであり、本筋は今野敏が作り出したキャラクターたちが自在に動き回り、登場するユニークな人物たちと共に事件に立ち向かうその姿が魅力的だと言えると思います。

署長シンドローム

署長シンドローム』とは

 

本書『署長シンドローム』は、2023年3月に335頁のハードカバーで刊行された長編の警察小説です。

大森署が舞台ですが『隠蔽捜査シリーズ』には属してはいなさそうで、多分ですが新しいキャラクターのもと始まる新シリーズになりそうな楽しく読めた一冊でした。

 

署長シンドローム』の簡単なあらすじ

 

大森署を長年にわたり支えてきた竜崎伸也が去った。新署長として颯爽とやってきたのは、またもキャリアの藍本小百合。そんな大森署にある日、羽田沖の海上で武器と麻薬の密輸取引が行われるとの報が!テロの可能性も否定できない、事件が事件を呼ぶ国際的な難事件に、隣の所轄や警視庁、さらには厚労省に海上保安庁までもが乗り出してきて、署内はパニック寸前!?藍本は持ち前のユーモアと判断力、そしてとびきりの笑顔で懐柔していくが…。戸高や貝沼ら、お馴染みの面々だけでなく、特殊な能力を持つ新米刑事・山田太郎も初お目見え。さらにはあの人物まで…!?(「BOOK」データベースより)

 

署長シンドローム』の感想

 

本書『署長シンドローム』は、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也のあとに大森署に赴任してきたキャリアである美人署長の藍本小百合を主人公とする長編小説です。

大森署を舞台にした作品なので『隠蔽捜査シリーズ』に属する、もしくはスピンオフ的な作品と思っていましたが、どうも違うようです。

 

 

確かに、ほんの少しだけ今では神奈川県警刑事部長になっている竜崎伸也も登場しますが、それは単なる顔見世であり、中身は全く独立した物語でした。

とは言っても舞台は大森署であり、登場人物も大森署副署長の貝沼悦郎や警務課課長の斎藤治関本良治地域課課長、久米政男地域課課長、笹岡初男生活安全課課長らの『隠蔽捜査シリーズ』の面々がそのまま登場します。

 

ただ、署長として赴任してきたキャリアの藍本小百合警視正と、大森署刑事組織犯罪対策課に新任の山田太郎巡査長とが新しく登場しています。

この二人が曲者で、まず藍本小百合は誰もが振り向くほどの美人でありながら超がつくほどの天然として場を和ませる力を持っているという、前任の竜崎伸也にも負けないほどの特徴を有しています。

彼女が着任してから、例えば第二方面本部長の弓削篤郎警視正や、野間崎正信管理官などは視察と称してやたらと大森署にやって来るようになっています。

とにかく、藍本署長の美貌はモラルやコンプライアンスを超越しており、反抗的な部下も署長に会ったとたん反抗する気を無くしてしまうし、署長に会った者たちは必ずもう一度会いたがるのでした。

そして山田太郎巡査長は、一度見た場面を映像として規則するという特技を有していますが人物像はそれほど詳しくは紹介してありません。でも、本書ではかなりの活躍を見せます。

 

本書『署長シンドローム』は、大森署副署長の貝沼悦郎の目線で話は進みます。

ある日、組織犯罪対策部長の安西正警視長までもが藍本署長に会いに来ることになりました。

話を聞いてみると、羽田沖の海上で武器や麻薬の取引が行われるらしく、大森署に二百人規模の捜査本部を設けたいというのです。

大森署管轄内で大きな麻薬取引が行われ、さらには武器取引もあるらしくテロの疑いさえあるという情報がもたらされたのです。

ここで、麻薬が絡んだ事件ということで、厚生省麻薬取締部の麻薬取締官の黒沢隆義なる人物も登場してきます。

この人物が問題児であり、「地方警察ごときが、厚労省を相手に偉そうなことを言うんじゃないよ。」と言い切る人物です。

この黒沢に対抗するように嫌な奴として馬淵浩一薬物銃器対策課長が配置され、副署長の貝沼はこうした登場人物たちの勝手な振る舞いに悩まされることになるのです。

 

隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也は合理性を重んじ、警察官として市民生活を守ることに最も適した方途を選択することを第一義としていました。

本書の主人公である藍本小百合大森署署長は、物事の考え方がシンプルであることを第一義としているようで、物事の本質だけをみて考えて行動するため、結果として元署長の竜崎伸也の言動と似た言動をとることになるようです。

実際、語り手である貝沼副署長に、藍本小百合署長の言葉を聞いたような言葉だと言わせ、結果的に竜崎の行いと同様の行動をとることになっているのです。

そのうえで、「ひょっとしたら、大森署はとてつもなく強力な武器を手に入れたのではないだろうか。」などと言うまでに至ります。

 

本書の魅力と言えば、他の今野敏作品と同様に何よりもキャラクターの造形のうまさをあげることができます。

本書の藍本小百合という新署長も、誰もが何かにかこつけて藍本小百合の顔を見に訪れるほどに美人だというだけでなく、その能力も素晴らしいものを持っているというその存在自体が魅力的な人物です。

特別に何かをするということではないのですが、何も特別なことをするではなく普通のことを普通に行っているだけなのに結果がついてくる、そういう存在です。

そして、山田太郎という奇跡的な記憶力の持ち主も登場しているのです。

 

前述したように、たぶん新シリーズの幕開けと考えていいのではないでしょうか。

今野敏という作家のファンとしては見逃すことのできないシリーズとなりそうです。

秋麗 東京湾臨海署安積班

秋麗 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十一作目で、2022年11月に352頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

特殊詐欺事案を扱った現代の世相をさらに一ひねりした物語といえ、いつも通りの安定の面白さを持った作品です。

 

秋麗 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

青海三丁目付近の海上で遺体が発見される。身元は、かつて特殊詐欺の出し子として逮捕された戸沢守雄という七十代の男だった。特殊詐欺事件との関連を追う中、遺体が見つかる前日に戸沢と一緒にいた釣り仲間の猪狩修造と和久田紀道に話を聞きに行くと、二人とも何かに怯えた様子だった。安積たちが再び猪狩と和久田の自宅を訪れると既に誰もおらず、消息が途絶えてしまうー。(「BOOK」データベースより)

 

秋麗 東京湾臨海署安積班』の感想

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』は、冒頭にも書いたように今野敏の安定のシリーズ作品でした。

 

本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補が勤務する東京湾臨海署の鼻先の海で浮いている遺体が発見されます。

被害者の身元はSSBC(捜査支援分析センター)の顔認証システムのおかげですぐに判明したのですが、戸沢守雄というその被害者は特殊詐欺に加害者として関わっていたことが判明します。

そこで、安積らはその件を担当した葛飾署の生活安全課生活経済係に行き、係長の広田芳明の話を聞くことになるのでした。

この広田芳明という係長が今回の事件のスパイスとなりますが、間延びしている、とでも言えそうな話し方をする刑事ではあるものの、安積の話に自分たちも気になっていたと協力を惜しまない人物だったのです。

そうするうちに、被害者の戸沢と共に浮かんできたのが猪狩修造和久田紀道という仲間でしたが、いつか行方不明となり、事件との関連を疑わせることになったのです。

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』では戸沢の事件とは別に、東報新聞記者の山口友紀子記者の安積の部下である水野真帆巡査部長への相談事がサイドストーリーとして描いてあります。

山口は定年後再雇用の契約記者である先輩記者の高岡伝一と組んでの取材が増えたのはいいが、高岡のセクハラやパワハラ行為を受けているという相談でした。

この相談事が、いかにも今野敏らしい設定であり、また解決の仕方でした。

解決方法はある程度予測できるものではあったのですが、それなりに納得のいくものであって、不快感の無い読後感だったのです。

また、例によって臨海署の交機隊の速水直樹小隊長が登場し、このセクハラ問題や戸沢が殺された事件にも関わらせ、いつもの速水節をたっぷりと聞かせてくれていて心地よいものでした。

 

本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』では、本『安積班シリーズ』のレギュラーである水野と山口記者との話、それに安積班の須田三郎部長刑事といったユニークな人物たちの活躍を十二分に描き出してあります。

こうしたいつものメンバーに加え、新たな高岡係長という人物もゲスト的立場で彩りを加え定番の面白さを持った作品として仕上がっている、そんな作品だということができます。

特に本書『秋麗 東京湾臨海署安積班』の場合、特殊詐欺を取り上げ、さらに近年問題になっている半グレも絡ませて時代性を反映した作品であり、今野敏の作品らしい読みやすさと面白さを兼ね備えた一冊になっているのです。

本書もまた水準以上の面白さを持った作品だったのであり、安定した面白さを持った物語でした。

疑心 隠蔽捜査3

疑心 隠蔽捜査3』とは

 

本書『疑心 隠蔽捜査3』は『隠蔽捜査シリーズ』の第三弾で、2009年3月に刊行されて2012年1月に関口苑生氏の解説まで入れて426頁で文庫化された、長編の警察小説です。

恋に落ちた竜崎、という珍しい設定の物語であるにもかかわらず、警察小説としても面白さを持った作品でした。

 

疑心 隠蔽捜査3』の簡単なあらすじ

 

アメリカ大統領の訪日が決定。大森署署長・竜崎伸也警視長は、羽田空港を含む第二方面警備本部本部長に抜擢された。やがて日本人がテロを企図しているという情報が入り、その双肩にさらなる重責がのしかかる。米シークレットサービスとの摩擦。そして、臨時に補佐を務める美しい女性キャリア・畠山美奈子へ抱いてしまった狂おしい恋心。竜崎は、この難局をいかにして乗り切るのか?-。(「BOOK」データベースより)

 

竜崎は、アメリカ大統領の来日に際し、第二方面警備本部本部長に任命された。

そんな折、かつて竜崎の下で研修を行ったことがある畠山美奈子という女性キャリアが竜崎の補佐を勤めるためにやってきた。

ところがこの女性が竜崎の心をとらえてしまい、いつもと異なる竜崎の姿がみられることになるのだった。

一方、竜崎の家庭では娘の美紀と交際相手の忠典との仲が暗礁に乗り上げていた。

 

疑心 隠蔽捜査3』の感想

 

本書『疑心 隠蔽捜査3』は、主人公の竜崎伸也大森署署長が、来日するアメリカ大統領に対するテロを未然に防止するために奔走する姿が描かれる物語です。

そして、異例のことですが羽田空港を管轄内に抱える大森署の署長の竜崎が第二方面警備本部本部長を担当することとなり、アメリカのシークレットサービスとの折衝という面倒な作業を抱えることになります。

この本部長という重責を担った竜崎の前に藤本警備部長の後ろ盾がある警備部警備第一課所属の畠山美奈子というキャリアが登場します。

この女性は、竜崎が警察庁の総務課広報室長だった時代、研修期間中に広報室に来たことがある女性だったのですが、この女性が竜崎の心をかき乱すさまが、本書の一番の見どころということになります。

竜崎にとって、かつてはいじめられた相手とは言いながらも警視庁刑事部長の伊丹俊太郎という人物に頼る竜崎の姿もあり、やはり物語の面白さでは安定しています。

 

さらに、米国土安全保障省所属シークレットサービスとはジョン・ストリングフィールドエドワード・ハックマンというコンビだったのですが、彼らが大統領に対するテロ計画に日本人が関与しているという情報を持ってきます。

そこで、二人のうちのハックマンという男が羽田を抱える竜崎の本部に詰め、さらに羽田の様子をチェックしたハックマンは羽田空港の閉鎖を要求するなど日本の警察と衝突することになります。

まさにプロフェッショナルな仕事をするシークレットサービスとの竜崎のやり取りが本書の見どころの二番目であり、また第二方面本部の野間崎管理官などのキャリア同士の争いが次の見どころになります。

 

竜崎という特異なキャラクターを育て上げた作者の今野敏という人の筆力には驚かされるばかりですが、本書においてもその筆の力は十分に発揮されています。

なにせ、あの竜崎署長がハイティーンのように心が揺れる様子が一番の見どころだ、というのですからいつもの本シリーズのファンはもちろん興味を惹かれない筈はありません。

ただ、その点は本シリーズを知らない人にとっては竜崎の様子は少々異常とも思え、その面白みを理解しがたい可能性はあります。

でもそうした場合であっても、キャリアでありながら所轄の署長という職務についている竜崎という主人公の仕事ぶりには惹かれるものがあると思うのです。

 

そういう点では、竜崎が恋心を抱いたために明晰である筈の頭脳の働きが鈍っているという場面のために、本書がシリーズ内で独特の位置にある、とはいってもそのことが逆に竜崎の独自性を示すことにもなるかもしれません。

いずれにせよ、当然のことながら竜崎の胸のすく活躍は見れるのですから、やはり読みごたえがある作品だと言えます。

マル暴ディーヴァ

マル暴ディーヴァ』とは

 

本書『マル暴ディーヴァ』は『マル暴シリーズ』の第三弾で、2022年9月に刊行された、350頁の長編の警察小説シリーズです。

本書ではまた新しいキャリア警察官も登場し、ユーモアに満ちたこのシリーズの作品世界も安定してきてさらに面白く感じた作品でした。

 

マル暴ディーヴァ』の簡単なあらすじ

 

弱気なマル暴刑事・甘糟達男は、コワモテの上司・郡原虎蔵と、麻薬売買の場と噂されるジャズクラブに潜入する。惚れ惚れするような歌声を披露する歌姫・星野アイの正体はまさかのー!?“任侠”シリーズの阿岐本組の面々や警視総監も登場、事態は思いがけない展開にー。(「BOOK」データベースより)

 

甘糟が『任侠シリーズ』の阿岐本組での情報収集から帰ると、仙川係長からジャズクラブ「セブンス」への銃器・薬物班のガサ入れを手伝うように言われた。

甘糟と郡原が下見に行った「セブンス」では、女性ボーカルの星野アイの歌が素晴らしいもので、意外なことに群原がジャズに詳しく、何よりその店に警視総監がお忍びで来ていたのだ。

その後「セブンス」にガサ入れをするが空振りに終わった後、警視総監から呼び出しがあり「セブンス」へ戻ると、「セブンス」のオーナーでマスターが警察庁のOBであることを知らされる二人だった。

そのオーナーによると、シマジ不動産の島地という男が「セブンス」を手に入れたいらしく、嫌がらせにやったことだろうというのだった。

 

マル暴ディーヴァ』の感想

 

本書『マル暴ディーヴァ』は新しい人物も登場してくる『マル暴シリーズ』の第三弾であって、シリーズの他の作品と同様に軽く読めて、その上面白いという今野敏らしい作品でした。

 

登場人物としては、主人公の北綾瀬署刑事組織犯罪対策課・組織犯罪対策係の甘糟達夫巡査部長、そしてその甘糟は先輩刑事である郡原虎蔵とコンビを組んでいることは同じで、上司が仙川という係長です。

この係長が前巻も登場していたかは手元に本がないため不明で、分かり次第更新します。

また、ガサ入れに行った先の「セブンス」というジャズクラブで新しい人物が登場します。

一人目が、その店の歌姫(ディーバ)の星野アイという歌手で、本名は大河原和恵という警察庁刑事局捜査支援分析管理官である現職のキャリア警察官です。

加えて、この星野アイが歌っていたジャズクラブ「セブンス」のオーナーが警察庁OBである谷村政彦元警視監であって、これに前巻の『マル暴総監』に登場した栄田光弘警視総監まで客として登場します。

ただ、この大河原と谷村という現・元の両キャリアは今後もこのシリーズの常連となるかはいまだ不明であり、ですからジャズクラブ「セブンス」の相沢孝典というバーテンダーもこの後登場するかは不明です。

他に新たに、キャリアではない東美波巡査という交通課の巡査まで加わっていますが、この人物も同様レギュラーとなるかは不明です。

 

さて、本書『マル暴ディーヴァ』の物語の流れですが、基本的には「セブンス」というジャズバーの乗っ取りを企てているシマジ不動産の島地進の思惑を潰し逮捕することが目的です。

スピンオフである本シリーズの本編の『任侠シリーズ』に登場する阿岐本組の代貸日村誠司によれば、このシマジ不動産は佐木山組のフロントだということでした。

そこに、島地と一緒に「セブンス」にやってきたのがフラットラインというラウンジのオーナーである斉木一という男です。

この斉木を手掛かりに、島地が隠しているであろう薬物を見つけ、逮捕に持ち込もうというのです。

 

その過程で、所轄の綾瀬署署員である甘糟や群原と、島地を挙げたい綾瀬署銃器・薬物犯罪対策班班長の金平行雄らと、警視庁薬物銃器対策課の宮本達とが協力し捜査に当たるのです。

その過程で、自分の実績になるか否かだけに関心がある上司の仙川係長の思惑なども絡み物語は進みます。

本『マル暴シリーズ』は、マル暴、つまりは暴力犯対策班に属してはいるものの、気が弱く、出世には全く関心がない甘糟が結果的に事件解決に役に立つ働きを見せるというギャップこそが眼目です。

ただ、物語自体はまさに警察小説であり、事件解決に警察官たちが奔走する姿が普通に描かれています。

そこに、『任侠シリーズ』の阿岐本組の組員たちがほんの少しだけ顔を見せ、甘糟の情報収取の手伝いをする、というのがパターンになっているようです。

 

そんな中、本書『マル暴ディーヴァ』では、前巻『マル暴総監』で登場してきた栄田警視総監に加え、大河原和恵という警察庁刑事局捜査支援分析管理官と、警察庁OBである谷村政彦元警視監という二人のキャリアと元キャリアが新たに登場し、変な物語世界に色を添えています。

彼らが今後本シリーズのレギュラーになるかは不明ですが、少なくともユニークな登場人物であることは間違いないでしょう。

普通は嫌われ者として描かれることが多いキャリア警察官ですが、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎にも見られるように、今野敏という作家の作品ではキャリアはそれなりに優秀な存在としてその意義を認め、登場させることが多いようです。

その中で、ユーモアに包まれた本書の存在は楽しく読める警察小説として希少価値があると言えると思います。

 

そんなユニークなキャリア警察官が存在する一方、作者の今野敏は、群原のような現場で地道に働く警察官のおかげで日本は高い犯罪検挙率を誇っていることを示しています。

主人公である甘糟が、群原たちの存在を認めながら、では「僕みたいな刑事が検挙率を下げているんだろうか。」と自問する姿はほほ笑ましくも、軽く胸を打ちます。

 

今後、本『マル暴シリーズ』どのように展開するかは不明ですが、『任侠シリーズ』と同様に、本シリーズの更なる展開が読めることを願い、続巻を待ちたいと思います。

マル暴シリーズ

マル暴シリーズ』とは

 

本『マル暴シリーズ』は、今野敏の『任侠シリーズ』に登場するマル暴刑事甘糟達夫を主人公としたスピンオフシリーズです。

『任侠シリーズ』の登場人物も少しだけ登場し、『任侠シリーズ』と同じようにユーモアたっぷりではあるものの、警察小説としても面白く読みやすい作品です。

 

マル暴シリーズ』の作品

 

マル暴シリーズ(2022年10月26日現在)

  1. マル暴甘糟
  2. マル暴総監
  1. マル暴ディーヴァ

 

マル暴シリーズ』について

 

本『マル暴シリーズ』は、今野敏が『任侠シリーズ』の続編を書くにあたりネタに困って、マル暴の刑事にしては気が弱く、上昇志向もない甘糟というキャラクターが目につき、彼を主人公にした新しい作品を書くことになったそうです( Jnovel : 参照 )。

そこで『任侠シリーズ』のスピンオフとして『マル暴甘糟』という作品が生まれ、それがシリーズ化されたものです。

 

登場人物としては、主人公がマル暴刑事らしからぬ甘糟達夫であり、そして甘糟の先輩刑事で相棒でもあるベテランの郡原虎蔵が甘糟をこき使いながらも、やる気の無さそうな甘糟の捜査を助けます。

彼らの上司として第三巻『マル暴ディーバ』では仙川修造係長がいますが、この人物はとにかく成果を挙げたがり、逮捕状請求にしても自分の実績になるか否かが判断の基準となる人物です。

ただ、シリーズ第二巻の『マル暴総監』以前も同じ上司だったかは手元に本がないため確認できませんでした。

 

ほかにシリーズを通してみると、第二巻『マル暴総監』で登場する栄田光弘警視総監が重要です。

さらには第三巻『マル暴ディーバ』では、警察庁刑事局捜査支援分析管理官の星野アイこと大河原和恵や、警察庁OBの谷村政彦元警視監などが登場します。

そして忘れてはならないのが、日村を始めとする阿岐本組の面々が少しだけ顔を見せ、甘糟との絡みを見せてくれることです。

このちょっとだけの阿岐本組の組員が顔を見せることで、両シリーズが同じ物語世界で展開されていることが確認できます。

 

本『マル暴シリーズ』は、現職の警視総監であったり、警察庁の管理官などのキャリアが登場し始め、何となく当初のシリーズの印象とは異なってきています。

でも、軽いユーモアのなか繰り広げられるそれぞれの物語は楽しく読むことができるシリーズ作品として仕上がっています。

続巻が楽しみなシリーズです。

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第二弾で、1998年3月に幻冬舎から単行本が刊行されて、2007年9月に384頁で新潮社から文庫化された、長編の警察小説です。

警察小説と言うよりは家族小説と言った方が適切かもしれないと思わせるほどに家族の問題が語られていますが、それでもなお、樋口警部補の活躍が見ものでした。

 

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

あの日、妻が消えた。何の手がかりも残さずに。樋口警部補は眠れぬ夜を過ごした。そして、信頼する荻窪署の氏家に助けを求めたのだった。あの日、恵子は見知らぬ男に誘拐され、部屋に監禁された。だが夫は優秀な刑事だ。きっと捜し出してくれるはずだー。その誠実さで数々の事件を解決してきた刑事。彼を支えてきた妻。二つの視点から、真相を浮かび上がらせる、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ある日、氏家との飲み会を終え家へと帰りつくと、妻の恵子の不在に気が付く。

恵子が黙って家を空ける筈もなく、しかし恵子を探そうにも実家以外どこを探していいのか分からず、所轄の警察署に尋ねてもなんの事故も起きていないという。

他を探そうにも、自分が妻のことを何も知らないことに驚く樋口だった。

とりあえず妻が見つからないままに、捜査一課第一強行犯係官の天童隆一警部補から、警備部長の自宅に脅迫状が届いたという話を聞かされ、樋口が担当するようにと言われる。

脅迫事件の捜査開始まで時間が限られる中、氏家の力を借りて妻の姿を探し始める樋口だった。

 

朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は、妻の失踪という主人公の樋口顕警部補の個人的な事柄だけで物語が進んだと言ってもいいかもしれません。

妻の失踪について事件性があるかどうかもわからずに誰にも相談できないまま、警備部長のもとに届いた脅迫状の捜査を抱えざるを得ない樋口の苦悩が描かれます。

 

結局、樋口が現時点でできることは、捜査本部が置かれる月曜日までに妻恵子の行方を探し出すしかないのであり、一人では何もできないため荻窪署の氏家の力を借りることにするのです。

本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』では、この氏家との二人だけの捜査の過程での樋口と氏家との会話がメインになってきます。

その中で、家族という存在にあらためて向き合い、考える樋口の姿が本書の主要テーマということになると思われます。

従って、何らかの事件が起き、その捜査の過程で浮かび上がる犯人探しや、よく分からない犯行手段の解明などという通常の警察小説とのその趣を異にします。

 

ただ、本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』でも樋口の妻恵子を誘拐したのは誰か、という点は解かれるべき謎としてあるといえばあります。

しかし、誘拐犯は早々に明かされ、焦点はどのようにして妻の所在を確かめるか、という点に移ります。

というよりも、妻の所在場所の発見、という一点が警察小説としての面白さを残しており、読みがいもあると言えるのです。

 

加えて、樋口の考える家族という存在に対する考えもまた見どころだと言えるのではないでしょうか。

前巻では、樋口の考えの根幹として団塊の世代に対する作者の思いを樋口に代弁させていましたが、同様に、家族というものに対する作者の思いをまた代弁していると言えるのでしょう。

そして、子供に対する躾ということもその考察の中に展開されていて、この点が作者が一番言いたかったことではないか、と思われるのです。

即ち、大人になり切れていない子供に対する悲しみであり、それは「大人が子供を躾けられない」ということの裏返しでもあると思われるのです。

努力が報われないこともあることを理解できない、大人になり切れない子供という存在を嘆いているのです。

 

そうした作者の思いを乗せて本書『朱夏 警視庁強行犯係・樋口顕』は展開されます。

妻に対する自分の認識の薄さを実感する樋口は、世の中の多くの男性にも当てはまる事柄であり、その点でも共感を得るのかもしれません。

このように、普通の警察小説とは異なる物語の進め方ではあるものの、小気味よい会話に乘って展開する本書のストーリーは、やはり今野敏の物語であり、それなりに面白い作品でした。

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第一弾で、1996年6月に幻冬舎からハードカバーが刊行され、2007年6月には新潮社から香山二三郎氏の解説まで入れて436頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

犯行現場から逃走する姿を目撃された一人の少女をめぐる樋口顕刑事の活躍を描く、人間味豊かな警察小説で実に面白く読んだ作品でした。

 

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査一課強行班の樋口顕警部補は東京・荻窪で起きたデートクラブの支配人の刺殺事件を追っていた。目撃者によると、事件後、現場から逃走する少女の姿があったという。捜査本部はその少女「リオ」に容疑を深めるが、樋口は直感から潔白を信じる。だが、「リオ」の周囲で第二の殺人が…。刑事たちの奮闘をリアルに描いた長編本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

マンションの一室でデートクラブの経営者が殺され、美少女が逃走する姿が目撃されていた。

警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補も荻窪署に設置された捜査本部に加わることとなり、荻窪署の植村というベテラン刑事と組み、予備班に入れられることとなる。

事件現場で目撃された美少女は、名をリオということは判明するものの、その所在がつかめないままに、第二、第三の事件が起きてしまうのだった。

 

リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『リオ 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第一弾作品です。

本書冒頭で起きた殺人事件の現場から逃げる姿を目撃された重要参考人の美少女リオをめぐる樋口警部補らの対応が焦点になっています。

捜査本部はリオこと飯島理央を犯人だとする意見にまとまる中、樋口はリオのことを信じ、何とかその疑いを晴らすべく行動するのです。

 

本書の主人公である警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補は、謙虚であり自己評価が低く常に他人の顔色を窺っているキャラクターとして紹介されています。

そして荻窪署の生活安全課に所属する三十八歳になる氏家譲巡査部長は、そんな樋口の相棒のような存在として樋口の思考を補完し、樋口の考えに同調して真犯人の探索に力を貸すことになります。

捜査の過程で樋口はリオの美しさに惹かれリオをかばう態度を見せるのですが、この様子を見た氏家は樋口はリオに女として惚れている、といい、この視点が本編を貫いています。

 

樋口自身は、自分たちは既存の価値観の破壊だけをした全共闘世代の後始末をさせられている、との考えをもっています。

そして抑制がなくなった団塊の世代の離婚ブームがあり、その一環として離婚して新しい妻の機嫌を取ることに夢中のリオの父親の子に対する無関心があるというのです。

そんな樋口に対し、駆けだし刑事であった樋口に捜査のイロハを教えてくれた先輩刑事の警視庁捜査一課強行犯第一係係長天童隆一警部補は、樋口は自分の感情よりも責任や義務というものを大切にしようとしていると言います。

真面目に生きていて女性に対する免疫もない樋口のリオに対する、純粋で複雑な思いを心配しているのです。

同じような思いを抱いていた氏家も樋口の純粋さを大切に思い、樋口と氏家はシリーズを通して長い付き合いとなっていきます。

 

こうして本書は、ミステリーとしての犯人探しの醍醐味と共に、リオという美少女に対する樋口の複雑な心情を背景にしつつ、登場人物たちの人柄までも描いている点に魅力を感じることができるのです。

それは、今野敏作品の魅力の一端が本書にも表れている、ということもできるかもしれません。

 

ここでの樋口と氏家という二人を見ていると、先に出版されていた『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志と交通機動隊の速水直樹小隊長との関係を思い出します。

両刑事ともに他人の目を必要以上に気にすることや、安易な妥協を許さず一般市民を守るためには権威と衝突することも辞さないなどの共通点が見えるのです。

とは言っても、樋口警部補のほうがより自己評価が低く、他人の評価が気になる性格だとは言えるかもしれません。

ただ、今野敏の警察小説では、以上のような謙虚で自己評価が低い主人公と、若干型破りの側面も持つその友人という組み合わせはよく見られると言えます。

そしてこの関係性は、『隠蔽捜査シリーズ』のキャリア警察官である竜崎伸也警視長と刑事部長の伊丹の関係性へと繋がっていくのだと思います。

本書では、こうした登場人物の性格についての考察があり、細かな人物像を作り上げ、単なる謎解きではない人間としての刑事の姿を描き出しています。

それは、天童係長や氏家に対してもそうであり、他の警察小説とは異なる味わいを醸し出しているのです。

 

また、当初は予備班に組み込まれた樋口が相棒となったのが荻窪署のベテランの植村警部補でしたが、この植村との関係も次第に変化していくさまもまた今野敏の作品の醍醐味と言えます。

つまりは、痛快小説の爽快感と同様の心地よさを感じることができ、そのことも今野敏の作品の人気につながっていると思うのです。

本シリーズは2022年9月の時点でシリーズ第七弾の『無明』まで出版されています。

今後も続いていくものと考えますが、楽しみに待ちたいと思います。

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』とは

 

本書『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、自己評価が低い強行犯係の刑事を主人公とする警察小説シリーズです。

常に他人の眼、上司の評価が気になりつつも正義感は強く、権威と衝突することも辞さない硬骨漢で、一般市民の安寧のために働く姿が描かれる、ちょっと変わった警察小説シリーズです。

 

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の作品

 

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ(2022年10月14日現在)

  1. リオ
  2. 朱夏
  3. ビート
  1. 廉恥
  2. 回帰
  3. 焦眉
  1. 無明

 

警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』について

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の主人公は、警視庁捜査一課強行犯第三係の係長である樋口顕警部補です。

このキャラクターがユニークで、先に出版されていた『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志をどことなく彷彿とさせるキャラクターでもあります。

他人目を必要以上に気にする点や、両刑事ともに安易な妥協を許さず一般市民を守るためには権威と衝突することも辞さないなど、の共通点が見えるのです。

とは言っても、樋口警部補のほうがより自己評価が低く、他人の評価が気になる性格だとは言えるかもしれません。

 

さらに、この両刑事は後の『隠蔽捜査シリーズ』のキャリア警察官である竜崎伸也警視長というキャラクターへと繋がっているといえます。

もちろん、それぞれのシリーズごとに個性は異なり、読みごたえのあるシリーズですが、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、キャリア警察官の姿を描く『隠蔽捜査シリーズ』、所轄署の強行犯係のチームとしての姿が描かれる『安積班シリーズ』とは異なり、警視庁強行犯係の樋口顕警部補という自己評価の低い刑事の姿が描かれます。

 

また、今野敏の警察小説らしく、『安積班シリーズ』の速水交機隊隊長のような主人公のよき助言者ともなる友人として、荻窪署生活安全課の氏家譲巡査部長(のち警部補、警部へと昇進)の存在が大きく感じられます。

さらに、警視庁捜査一課強行犯第一係係長の天童隆一警部補(第一巻『リオ』登場時)や、現場をよく知るたたき上げで人望も厚い田端守雄捜査一課課長などの樋口のよき理解者であり上司たちにも恵まれていると言えるでしょう。

この田端守雄捜査一課課長は、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の他に『安積班シリーズ』や『隠蔽捜査シリーズ』、『「同期」シリーズ』、『警部補・碓氷広一シリーズ』、『倉島警部補シリーズ』などにも登場している名物課長でもあります。

また、樋口警部補の家族として翻訳家の下請けの仕事をしている妻の恵子、高校生の一人娘の照美がいます。

妻の恵子は本シリーズ第二弾の『朱夏』では何者かに誘拐されてしまう立場におかれてしまう、重要な役どころを担っています。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は今野敏の多くの警察小説シリーズの中でも主人公個人の内心をわりと前面に出しているという印象です。

特に今野敏は謎解きを重視している作家ではなく、各作品の主人公を中心とした人間ドラマや警察組織そのものを描いたりする場合が多いと思います。

警察小説として謎解きを軸にしたミステリー作品というよりも、登場人物の会話の妙や人間関係の面白さの方がメインになっている印象なのです。

そのためか、特に本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は人によっては、ミステリーではない、などと言われる方もいるようですが、個人的には今野敏の一側面を描き出した作品として、好ましいシリーズだと思っています。

 

なお、本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』はNHK、テレビ東京、WOWOWと繰り返しテレビドラマ化されており、樋口顕役も鹿賀丈史、緒形直人、内藤剛志と演じています。