蓬萊

蓬萊』とは

 

本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、1994年7月に講談社から刊行されて、2016年8月に同じく講談社から444頁で文庫化された、長編の警察小説です。

徐福伝説に材をとり、今野敏のお得意の伝奇小説的な手法で日本の成り立ちにについての考察をゲーム制作に置き換えて構成してある、シリーズの中でもユニークな作品です。

 

蓬萊』の簡単なあらすじ

 

この中に「日本」が封印されているー。ゲーム「蓬莱」の発売中止を迫る不可解な恫喝。なぜ圧力がかかるのか、ゲームに何らかの秘密が隠されているのか!?混乱の中、製作スタッフが変死する。だが事件に関わる人々と安積警部補は謎と苦闘し続ける。今野敏警察小説の原型となった不朽の傑作、新装版。(「BOOK」データベースより)

 

蓬萊』の感想

 

本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、徐福伝説をもとに日本という国の成り立ちについても考察されている作品です。

 

本書での特徴としては、まず舞台が神南署であることが挙げられます。

ウィキペディアによればこの『安積班シリーズ』は、第一期の『ベイエリア分署シリーズ』、第二期の『神南署シリーズ』、そしてベイエリア分署復活後の『東京湾臨海署安積班シリーズ』と区別できるようです( ウィキペディア : 参照 )。

 

次に、本書での安積剛志警部補はまるでハードボイルドタッチの警察小説の主人公のような雰囲気をまとって登場しています。

本書の主人公の安積警部補は、警察官という職務に忠実ではあるものの、しかし一人の人間としての弱さも併せ持った存在として描かれていたはずです。

しかし、本書での安積警部補はその存在感だけで相手を威圧するような刑事として登場しているのです。

 

本書の一番の特徴としては、「蓬莱」という名のゲーム制作に名を借りて、日本という国の成り立ちまで考察することを目指していることです。

そこでは、魏志倭人伝にも記されているという徐福伝説をベースにした論理が展開されています。言ってみれば、伝奇小説的な色合いを帯びている作品だと言えます。

伝奇小説であればストーリー展開に徐福伝説を組み込んだ作品となるのでしょうが、本書の場合は徐福伝説はあくまでゲーム作成のコンセプトとして存在しているのであり、ストーリーの流れ自体には組み込まれてはいません。

 

そして、そのゲーム内容の説明として語られる徐福伝説がよく調べ上げられています。

そもそも本書のタイトルの「蓬莱」という言葉自体が徐福が目指した「三神山」という神聖な山の一つだとされているのです。

徐福伝説の時代背景を見ると、徐福が秦の始皇帝に「三神山」を目指すことの許しを得たのが紀元前三世紀のことであり、ちょうど日本が縄文時代から弥生時代への移行時期に当たるそうです。

そしてその際、稲作文化をもたらしたのではないか、つまりは種もみと共に稲作の多くの技術者もわたってきて先住民族と習合していったのではないか、と登場人物に言わせているのです。

そして、徐福伝説の一つとして神武天皇徐福説なども取り上げられています。

 

こうして本書は伝奇的要素を大いに持った物語として進行し、安積警部補たちは脇に追いやられているのです。

つまりは、シリーズの特徴である安積班というチームの人間関係を含めた警察小説としての色合いは後退し、日本の成り立ちという伝奇小説的な色合いを濃く持った作品として進行していきます。

そしてそのことは、個人的には嫌いではありません。

 

私にとって、伝奇小説と言えばまずは半村良であり、中でも日本国の成り立ちに絡む作品と言えば『産霊山秘録』が思い浮かびます。

また、徐福伝説といえば、夢枕獏サイコダイバー・シリーズの最終巻である『新・魔獣狩り 完結編・倭王の城』でも、少し触れてあったと思います。


こうして伝奇小説的な要素も含みつつ、もちろん警察小説としての面白さも十二分に持った作品として楽しく読むことができた作品だということができます。

警視庁捜査一課・碓氷弘一2 アキハバラ

アキハバラ』とは

 

本書『アキハバラ』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第二弾で、1999年4月にC★NOVELSから刊行されて2016年5月に中央公論新社から新装版として403頁で文庫化された、長編の警察小説です。

通常の警察小説とは異なり、多数の登場人物が入り乱れてアクションを繰り広げるノンストップ・アクション小説で、気楽に読めた作品でした。

 

アキハバラ』の簡単なあらすじ

 

大学入学のため上京したパソコン・オタクの六郷史郎は、憧れの街・秋葉原に向かった。だが彼が街に足を踏み入れると、店で万引き扱い、さらにヤクザに睨まれてしまう。パニックに陥った史郎は、思わず逃げ出したが、その瞬間、すべての歯車が狂い始めた。爆破予告、銃撃戦、警視庁とマフィア、中近東のスパイまでが入り乱れ、アキハバラが暴走する!(「BOOK」データベースより)

 

アキハバラ』の感想

 

本書『アキハバラ』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第二弾の警察小説です。

しかし、シリーズ前作の『触発』とは異なり、多数の登場人物が入り乱れてアクションを繰り広げるエンターテイメント小説となっています。

つまり、秋葉原のあるビル内で様々な登場人物により息もつかせないアクションが展開される、気楽に読めるノンストップ・アクション小説でした。

解説の関口笵生氏によれば、本書は「ピタゴラスイッチ小説、もしくは風が吹けば桶屋が儲かる小説」と表現されています。

 

本シリーズの主役である碓氷弘一部長刑事が登場するのは物語の中盤あたりからです。

それまでは大学生の六郷史郎がメインで描かれ、そこにラジオ会館ビルの四階にある小さなパーツショップに勤める石館洋一や、その店に派遣されていたキャンペーンガールの仲田芳恵などが絡んできます。

そこにそのパーツショップに金を貸しているヤクザの菅井田三郎、その子分の金崎などが登場し、さらには、ラジオ会館ビルでいたずら心からイスラエルのモサド諜報員のアブラハム・ベーリ少佐に発砲事件を起こさせたイラン航空のスチュワーデスでもある諜報員のファティマ、ロシアンマフィアのアレキサンドル・チェルニコフ、殺し屋のセルゲイ・オルニコフなどが入り乱れてアクションを繰り広げるのです。

このように、本書はシリーズ前作の『触発』で描かれた爆弾魔とのシリアスな対決とは異なり、ヤクザやテロリスト、果ては各国の諜報員まで登場する荒唐無稽な設定となっています。

またシリーズの主人公である碓氷弘一部長刑事も前作での設定とは若干異なる性格設定をしてあります。そもそも碓氷刑事は本書中盤までは登場してきません。

登場してきても遊軍的な立場としているのであり、応援の管理官が登場すると一線からは外されてしまいます。 

 

ところが、前作では定年まで無事勤め上げることを願うサラリーマン的な刑事という設定でしたが、本作ではそれなりの使命感を持った刑事として個人で乗り込むのです。

若干、性格が異なるような気もしますが、それは前作『触発』での主人公の体験が生きてきたとも言えそうです。

 

でも、本書が荒唐無稽な設定だとはいえ、作者の今野敏の視点は変わりはありません。

日本は銃声がしても誰も床に伏せようともしない国だという指摘し、警察官に対しても、銃を構えた人物に対し止まれと言ったり、今から拳銃カバーを外そうとしたり、また拳銃で身を守ることよりも拳銃を盗まれることに神経を使っているなどと言わせています。

そうした指摘はテロリストの目線でなされており、そのテロリストは「血と硝煙。その中で生きているのだ。」と独白しているのです。

 

そうした作者の目線とは別に、秋葉原という街に対する作者なりの愛着もあるのかもしれません。

電子部品を販売する秋葉原の最も深いところにある店の主人の小野木源三という人物を登場させて碓氷部長刑事の活躍を助けるのも、そうした愛着の表れではないでしょうか。

 

以上、碓氷刑事の性格は若干異なるものの、ノンストップアクションを展開させる、気楽に読める作品でした。

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』とは

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第一弾で、1998年10月に中央公論新社のC★NOVELSから新書版で刊行され、2016年5月に中公文庫から押井守氏の解説、それに関口苑生氏の新装版解説まで入れて403頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』の簡単なあらすじ

 

朝のラッシュで混雑する地下鉄駅構内で爆弾テロが発生、死傷者三百名を超える大惨事となった。威信にかけ、捜査を開始する警視庁。そんな中、政府上層部から一人の男が捜査本部に送り込まれてきた。岸辺和也陸上自衛隊三等陸曹ー自衛隊随一の爆弾処理のスペシャリストだ。特殊な過去を持つ彼の前に、第二の犯行予告が届く!!犯人の目的は、一体何なのか!?(「BOOK」データベースより)

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』の感想

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』は、『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第一弾の長編の警察小説です。

主人公は警視庁捜査一課に所属する碓氷弘一という部長刑事ですが、自分が当直をつとめていた時に受けた爆破予告が現実となり、自分の経歴に傷がついたこと、この事件の責任を追及されるかもしれないことを悔やんでいる存在です。

現場に行き、その悲惨な状況を現認した碓氷は爆破事件の犯人を自分の手で挙げなければならないと決心するのですが、それは自身の失敗を取り返すためというのが大きな動機になっているのです。

 

本書では途中から犯人が登場し、犯人目線での項も存在します。つまり、ミステリーで言うホワイダニットという構成に近いと言えるでしょう。

つまりは、犯人の心理を細かく描くことでその主張を明確にすることにその主眼があると思われます。

というより、作者の思いはそうした犯人、警察、そしてもう一方の捜査陣に加わる自衛隊員の主張も併せ、現在の世の中に対するそれぞれの主張を戦わせ、読者も共に考えてほしいという意図があるのではないでしょうか。

 

こうした社会性の強い主張は今野敏の作品ではしばしばみられることでもありますが、初期の作品ほどその傾向が強い、正確にいうと作者の言いたい主張がより明確に表現されていたように思います。

現代日本の特に若者層の社会に対する責任感の無さを指摘する場面が多いように感じ、特に自由という言葉の意味のはき違えに対する指摘が多いようです。

その後に刊行される作品でも現在に至るまで、今野敏という作者の示す主張の内容には変化はないと思われますが、初期の方がより明確だと思われるのです。

 

本書『触発』では、自分の国を守るという安全保障に対する認識の薄さが指摘されています。

それは若者の国防意識だけでなく、国家レベルでも同じだというのです。例えば地下鉄サリン事件の時、警察には防護服などの装備が不足しており自衛隊に借りに行ったという事実が指摘されています。

 

同じように作者の国防意識を明確に主張している作品としては、誉田哲也の『ノワール 硝子の太陽』を思い出しました。

若者の政治的な無関心などを指摘しているわけではありませんが、日米安全保障条約に伴う日米地位協定の問題を取り上げて作品の主要テーマに絡めてありました。

 

本書では早めに明かされる爆弾魔として、フランス外人部隊に身を置いて爆薬のエキスパートとして働き、最後はボスニアヘルツェゴビナなどで傭兵として働いていた戸上迅という男が配置されています。

そして、日本に帰国した彼に、「さしたる目的もなく金と時間と浪費している日本の若者たち」のおかしさを指摘させ、今の日本は狂っていると評させているのです。

そして、そのプロフェッショナルであるテロリストに対する存在として自衛隊での爆発物処理のエキスパートである第三十二普通科連隊第四中隊所属の岸辺和也三等陸曹とその友人の横井三曹を対峙させています。

また、内閣官房危機管理対策室室長の陣内平吉という人物を登場させ、今の警察の能力だけでは爆弾魔に対応できないとして岸辺陸曹たちを警察に出向させることで警察と自衛隊との連携を図っているのです。

こうして警察に出向することになった岸辺三曹と横井三曹は碓氷刑事とその相棒の笹原と組むことになり、未だ正体がわからない爆弾魔の行方を追うことになるのです。

 

ちなみに、本書『触発』で碓氷刑事の上司として登場している捜査一課長がいますが、本書においてはまだ名前が明記されてはいません。

しかし、この一課長は今後今野作品でははずすことのできないバイプレーヤーとしてあちこちの作品で登場することになる田端守雄捜査一課長だと思われるのです。

この点に関しては、本書の新装版解説で関口笵生氏は「本作品では、べらんめえ口調で話す捜査一課長の名前はまだない。」と書かれています。

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』とは

 

本『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』は、警視庁捜査一課に属する碓氷弘一警部補の活躍を描く警察小説シリーズです。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の作品

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ(2024年04月24日現在)

  1. 触発
  2. アキハバラ
  3. パラレル
  1. エチュード
  2. ペトロ
  3. マインド

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』について

 

本『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』は、碓氷弘一という警視庁捜査一課刑事を主人公とする警察小説です。

階級は少なくともシリーズ第二巻『アキハバラ』までは部長刑事となっていますが、後には警部補になっています。昇進の時期が分かり次第ここで修正します。

 

この主人公の碓氷弘一は、十歳の娘と六歳の息子を持つ部長刑事ですが、このまま定年までを無事に勤めあげることだけを考えている人物です。

今野敏の描く警察小説では主人公となる刑事が他者の眼を気にする描写がよくあります。

たとえばベストセラーシリーズの一つである『安積班シリーズ』の主役の安積警部補は、班長として班員の心中を気にする場面が多々ありますし、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の樋口顕警部補も同様に、常に他人の眼、上司の評価が気にしつつ職務に邁進する人物として描かれています。


これらのことは本シリーズ第一巻『触発』の新装版解説で関口苑生氏も同様のことを書いておられます。

刑事といっても一人の人間であり、殆どの場合は時間に関係なく忙しさに追われる職場を抱えながらも、妻や子供たちに対する何らかの悩みを抱えるサラリーマンとしての側面を持つ存在としての側面をも描き出してあるのです。

 

本シリーズの主役碓氷弘一の場合、上司の評価や第三者の目を意識する側面が特に強い存在として描かれています。

シリーズ第一巻での爆弾魔事件においても、自分が爆破予告の第一報を受けていたのに爆発が起きたことは自分のミスであり退職までの経歴に傷がついたとして、その名誉回復こそが犯人を逮捕するという強い動機となっているのです。

 

また、その際に碓氷弘一を叱りつける上司として名前も示されていないべらんめえ口調で話す課長が出てきますが、これが今野敏の作品の重要な役者の一人となる捜査一課の田端守雄課長ではないかと思われるのです。

今野敏の作品ではこうした役者たちが共通して登場するというのも楽しみの一つでもあります。

 

ちなみに、2017年4月と2018年11月に、本シリーズの『エチュード』と『マインド』を原作としてテレビ朝日でドラマ化されています。

主人公の碓氷弘一はユースケ・サンタマリアが演じ、相棒として相武紗季や志田未来らが出演していたそうです。

一夜:隠蔽捜査10

一夜:隠蔽捜査10』とは

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』は、『隠蔽捜査シリーズ』第十弾となる長編の警察小説です。

残念ながら、本書はシリーズの中では決して上位に入る面白さを持っているとは言えないと感じた作品でした。

 

一夜:隠蔽捜査10』の簡単なあらすじ

 

竜崎のもとに、著名作家・北上輝記が小田原で誘拐されたという一報が入る。犯人も目的も安否も不明の中、北上の友人でミステリ作家の梅林も絡み、一風変わった捜査が進む。一方、警視庁管内では殺人事件が発生。さらに息子の邦彦が大学中退に…!?己の責務を全うせよ。人気シリーズ、第十弾!(「BOOK」データベースより)

 

一夜:隠蔽捜査10』の感想

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』は、今野敏の多くのシリーズ作品の中でも一番の人気を誇ると言ってもいい、『隠蔽捜査シリーズ』の第十弾となる長編の警察小説です。

しかしながら、本書は主人公の竜崎が合理的な思考を貫く竜崎らしさを発揮する場面は少なく、シリーズの中では面白いほうではありませんでした。

 

本書では北上輝記という作家の誘拐事件について奔走する竜崎伸也の姿が描かれていると同時に、本シリーズの特徴でもある竜崎の家族の問題、今回は息子の邦彦が大学を辞めようかという話が巻き起こります。

誘拐事件に関しては、退庁しようかという竜崎のもとに小田原署に行方不明者届が出されたという連絡が届きます。その行方不明者というのが人気作家の北上輝記だというのです。

そのうちに北上輝記が連れ去られるところを目撃した者が見つかり、小田原署に捜査本部が設けられることになるのです。

捜査本部では板橋捜査一課長や小田原署署長の兵藤安友警視正、副署長の内海順治、刑事組対課の朝霧利男課長、強行犯係の末武洋司係長らが詰めることになります。

行方不明者が人気作家の北上輝記だということで佐藤実県警本部長や、竜崎の友人である警視庁の伊丹刑事一課長までも関心を持つ事件となっているのです。

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』がいつもと異なるのは、竜崎の相談役的な立場の者として、やはり梅林賢という流行作家がいることです。

竜崎は、小説家同士にしかわからないことがあるはずだとして、捜査の手伝いをしたいとやってきた流行作家の梅林賢の話を聞こうというのです。

結局、いつもは竜崎が捜査の過程での違和感に気付いて捜査の指針を示す立場にあるのですが、今回は竜崎の役割の一部を梅林という作家にまかせ、竜崎はその意見を取り入れているという形になっています。

 

ところが、その点ではこれまでと異なる試みがなされてはいるものの、物語の流れ自体は何も特別なことはありません。

それどころか、今野敏の小説としての普通の面白さは持っていいても、『隠蔽捜査シリーズ』独自の竜崎というキャラクターの醸し出す面白さはかなり影をひそめていると言っていいと思います。

 

このシリーズの特徴である竜崎の家庭の描写にしても、特別に語るべきことはありません。

やっと入った大学を辞めた方がいいかもしれないという息子の邦彦と相対し、その話を真摯に聞こうという姿勢だけはこれまでとは異なってきているとは思いますが、それ以上のものはありません。

普通に進むべき道に進んでいるという印象です。

 

以上のように、本書『一夜:隠蔽捜査10』の面白さ自体は普通であり、シリーズ独自の面白さはあまり感じられなかったという他ないと思います。

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第八弾で、2023年8月に360頁のハードカバーで幻冬舎から刊行された長編の警察小説です。

本書は「女性の貧困」の問題を取り上げていますが、あくまで今野敏作品として重すぎることなく、いつも通りに読みやすい作品でした。

 

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京・奥多摩の山中で他殺体が発見された。警視庁捜査一課の樋口班は現場に急行。調べを進めていくと、殺されたのは渋谷署の係員が職質をしたことがある女子高生で、売春の噂があったことが判明する。樋口顕は被害者の友人である美人女子高生と戸外で面会。すると、その様子を撮影した何者かによってインターネット上に写真を流され、同僚やマスコミから、あらぬ疑いをかけられてしまう。秀でた能力があるわけではなく、他人を立てることを優先し、家族も大切にしながら、数々の難事件を解決してきた樋口。謀略を打ち破り、殺人事件の真相に辿り着くことができるのか。女性の貧困、性の商品化、SNSの悪意、親子関係の変質…。現代日本の歪みを照らし出す社会派ミステリーの白眉。(「BOOK」データベースより)

 

遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第八弾となる作品です。

 

本書の帯には「女性の貧困、性の商品化、SNSの悪意、親子関係の変質・・・」とあり、さらに「現代日本の歪みを照らし出す社会派ミステリーの白眉。」という文言がありました。

今野敏の作品の中には社会的な問題をテーマとして掲げてある少なからずの作品があるようです。

しかしながら、例えば本シリーズで言えば前作の『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように、どちらかといえば警察組織内での人間関係に光を当ててあるような作品が主のように思えます。

 

 

本書の場合、組織内の人間関係も描いてはあるのですが、それよりも「女性の貧困」の問題を取り上げ、そこから性の商品化などの社会的な問題を取り上げてあります。

とは言っても、正面から社会派の推理小説として構えているのではなく、軽く読めるエンターテイメント作品として仕上げてあります。

そうしたタッチこそが今野敏の作品の特徴であり、皆から支持されている由縁でしょう。

 

さらには、軽く読める作品だとはいっても、心に残る言葉などが随所に挟まれているところも読者の支持を得ている理由の一つになっているのだと思われます。

例えば、刑事としての自分の仕事を理由に家族に苦労を強いてきた自分の、仕事だからと許されるとの思いがあったことについて、それは「自分の大切なものを他人に押し付け、相手の大切なものを軽視するということなのだ。」と指摘しています。

こうした警句めいた文言が随所にあるため、言葉が読み手の心に少しずつ積み重なっていき、この作者の描き出す物語は言葉を、そして人間存在を大切にしているという印象へと繋がり、それは今野敏の著作に、ひいては本書の評価へもつながっていくのでしょう。

 

また、主人公の樋口顕の性格を描写するに際し、樋口は相手が誰であろうと落ち着かなくなると言っています。

樋口は約束の時間に遅れたくないという気持ちが強いけれど、それは「待たされるより待たせることの方が苦手」だからだと、自分よりも相手の立場をより慮っているのです。

 

さらには、主人公以外の登場人物の描き方でも、例えば田端捜査一課長天童管理官との間で交わされた言葉で、せっかちな田端と天童のブレーキを掛ける会話などがあります。

こうした会話から「この二人の呼吸は絶妙だ」と樋口は感じ、結局、捜査員の尻を叩きつつ慎重にやれと言っているのだ、と結論付けているのです。

このような描写が随所に描かれていて、登場人物の性格が知らずのうちに刷り込まれ、読者はより一層感情移入することとなり、とりこになっていくのです。

 

本書『遠火 警視庁強行犯係・樋口顕』では、青梅署の管轄内で起きた殺人事件の被害者が未成年の女性の可能性があるということで、少年課の氏家の助けを求め、樋口と共に捜査本部に詰めることになります。

被害者の女性が渋谷署の生活安全課の捜査員梶田邦夫巡査部長などが見知った人物で、ポムという女子高校生の企画集団が浮かんで来るのです。

その中で「女性の貧困」、性の商品化などの社会的な問題提起が為され、樋口らの活躍で事件は解決します。

 

繰り返しになりますが、そんな問題を仲間の力を借りつつ解決していくこの作品は、面白いと言わざるを得ない作品です。

と同時に、本書を含む本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、今野敏の多くのシリーズ作品の中でも人気が高いシリーズであることがよく理解できる、次回作が待たれるシリーズなのです。

脈動

脈動』とは

 

本書『脈動』は、『鬼龍光一シリーズ』の第六弾で、2023年6月に352頁のハードカバーでKADOKAWAから刊行された長編の伝奇+警察小説です。

単純に、今野敏の小説として楽しく読めた作品ですが、それ以上のものではなく、伝奇小説としても、警察小説としても標準的な作品でした。

 

脈動』の簡単なあらすじ

 

警察官による暴力や淫らな行為ー警視庁内で非違行為が相次ぐ。常時ではあり得ない不祥事の原因とは?事態の悪化をおそれた警視庁生活安全部少年事件課の巡査部長・富野輝彦は旧知のお祓い師・鬼龍光一を呼び出す。その結果、警視庁を守る結界が破られており、このままでは警察組織は崩壊するという。一方、富野は小松川署で傷害事件を起こした少年の送検に立ち会い、半グレ集団による少女売春の情報を掴む。一見無関係なふたつの出来事は、やがて奇妙に絡み合う…。(「BOOK」データベースより)

 

脈動』の感想

 

本書『脈動』は、単なる警察小説ではなく、伝奇小説と融合したミステリーシリーズである『鬼龍光一シリーズ』の第六弾となる作品です。

さすがに今野敏の作品らしく読みやすく、伝奇小説+警察小説としてそれなりの面白さはあるのですが、しかしながら伝奇小説としても警察小説としても中途に感じ、本書であればこそという面白さまでは感じませんでした。

 

ここで「伝奇小説」とは、本来は「中国の唐-宋時代に書かれた短編小説のこと( ウィキペディア-伝奇小説:参照 )」をいうらしいのですが、現在の日本では、「奇異なる伝承(の物語)」のなかでも「伝承・史実の幻想的再解釈」を成立条件とする作品を指しているそうです( ウィキペディア-伝奇ロマン:参照 )。

私にとっての「伝奇小説」は、この現在の日本的な意味での「伝奇小説」であって、半村良の『石の血脈』や『産霊山秘録』から始まり、その後に夢枕獏菊地秀行のいわゆる伝奇バイオレンス作品と呼ばれる作品群を読んだものです。

 

 

話を元に戻すと、本『鬼龍光一シリーズ』は、そうした伝奇小説の中でもさらに警察小説との融合作品という側面が強いシリーズになっています。

本書『脈動』では警視庁内での「非違行為」つまり警察官の不祥事が多発するという事態に陥りますが、その原因が、警視庁に設けられていた結界が破られたことにあるというのです。

つまりは、警察は「本来は霊的には恐ろしく不浄な場所の筈です」が、霊障、即ち霊によって起こる障害が起きないように「結界」を張ってその中を浄化していたのが破られ、不祥事が多発しているというのです。

そこで、警視庁生活安全部少年事件課少年事件第三係所属の巡査部長である富野輝彦とその部下の有沢英行が、鬼道衆の鬼龍光一や奥州勢の安部孝景といったお祓い師たち、それに元妙道の池垣亜紀などの力を借りてその原因を探り、事態の解決を図るのでした。

 

ここで登場してきた鬼龍光一安部孝景、それに池垣亜紀などの重要人物たちについては簡単な紹介しかありませんし、彼らの呪法についての説明なども全くありません。

しかし、それも当然で、本書は『鬼龍光一シリーズ』の第六弾だったのであり、彼らはこのシリーズの中心人物だったのです。

というのも、『鬼龍光一シリーズ』の鬼龍光一という名前を見て、かつて読んだ『拳鬼伝シリーズ』(現在は改題され、『渋谷署強行犯係シリーズ』となっています)の琉球空手使いの整体師竜門の物語だと勝手に思い込んでおり、読まずにいたのでした。

ところが、いざ本書『脈動』を読んでみると全く異なる物語であり、『拳鬼伝シリーズ』の格闘小説というよりは伝奇小説であって、陰陽道などが絡む物語であり、さらには警察小説の要素も持った物語だったのです。

 

結局、冒頭に書いたように、単純に今野敏の小説として楽しく読めた作品で、それ以上のものではない、普通に面白く読めた作品でした。

審議官 隠蔽捜査9.5

審議官―隠蔽捜査9.5―』とは

 

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』は『隠蔽捜査シリーズ』の短編集としては三冊目で、2023年1月に新潮社からハードカバーで刊行された短編の警察小説集です。

『隠蔽捜査シリーズ』の隙間を埋めるスピンオフ短編集であり、当然のごとく非常に面白く読んだ作品でした。

 

審議官―隠蔽捜査9.5―』の簡単なあらすじ

 

信念のキャリア・竜崎の突然の異動。その前後、周囲ではこんな波瀾がーー!? 米軍から特別捜査官を迎えた件で、警察庁に呼び出された竜崎伸也。審議官からの追及に、竜崎が取った行動とはーー(表題作)。竜崎の周囲で日々まき起こる、本編では描かれなかった9つの物語。家族や大森署、神奈川県警の面々など名脇役も活躍する、大人気シリーズ待望のスピンオフ。本書のための特別書き下しも収録!(内容紹介(出版社より))

 

目次

空席 | 内助 | 荷物 | 選択 | 専門官 | 参事官 | 審議官 | 非違 | 信号

 

審議官―隠蔽捜査9.5―』の感想

 

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』は、神奈川県警本部の刑事部長に異動することになった竜崎伸也をめぐる人たちに関する短編が収められているので、『隠蔽捜査シリーズ』のスピンオフ作品集というべきでしょうか。

隠蔽捜査シリーズ』では『初陣 隠蔽捜査3.5』、『自覚 隠蔽捜査5.5』に次ぐ第三弾目の短編集ということになります。

ほとんどの話が、結局は竜崎に相談した結果やはり竜崎が常々言っている原理原則論そのままの言葉に、それまで悩んでいたことが嘘のようにすっきりと問題が解決していきます。

本『隠蔽捜査シリーズ』の魅力は何と言っても主人公である竜崎伸也というキャラクターの存在によるところが大きいででしょうが、本書はその竜崎の魅力そのままに展開されていると言えるのです。

 

「空席」
異色の署長であった竜崎伸也の後任署長が着任するまでの空白の一日の間に発生した事件について、第二方面本部の野間崎管理官に振り回される貝沼悦郎副署長を中心とする大森署員の姿が描かれています。

この後任の署長が、『署長シンドローム』での主人公となる女性キャリアの藍本百合子警視正であり、貝沼がつぶやいたように「うちの署は変わった署長ばかりやってくる」ことになるのでした。

 

「内助」
竜崎伸也の妻である竜崎冴子が、テレビで昼のニュースを見ていたときに感じた違和感から事件の真実に至るという、冴子の名推理がさえわたる異色の短編です。

推理そのものよりも、また竜崎夫婦の姿や、娘の美紀や息子の邦彦をも含めた竜崎家の様子が丁寧に描かれているところが、本シリーズのファンとしては興味深い作品でした。

 

「荷物」
竜崎伸也の息子の邦彦が、友人から預かった荷物が覚醒剤と思われるだった白い粉だったことから、誰にも相談することができずに思い悩む姿が描かれています。

邦彦はどういう方法でこの苦境を乗り越えることができるのか、に関心が集中し、結果は予想がつく範囲ではありましたが、その過程を読ませる作者の力量はさすがであり、すっきりした読後感でした。

 

「選択」
竜崎伸也の娘の美紀が電車内での痴漢騒ぎに巻き込まれる姿が描かれています。

正しいことを行ったものが理不尽に扱われてしまう現実に即しているともいえそうな、それでいて痛快な作品に仕上がっています。

加えて、美紀の会社の様子や同僚まで存在感をもって描いてある作品になっています。

 

「専門官」
神奈川県警の組織の特殊性をもとに、県警内の、特にキャリアを嫌うノンキャリア、という人間関係を描き出してあります。

専門官」とは、ベテラン捜査員のなかの警部待遇の警部補のことだそうです。

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』ではキャリア嫌いで通っている矢坂敬藏警部補に焦点が当たっていて、新しく刑事部長となった竜崎伸也との対立を心配する池辺渉刑事総務課長らの姿があります。

ここでも竜崎の特殊な存在感が光っています。

 

「参事官」
ここでもまた、キャリアとノンキャリアの対立、具体的には、佐藤実本部長から阿久津参事官と組織犯罪対策本部の参事官である平田清彦警視正との仲が悪いので何とかしてほしい、と頼まれた竜崎の姿が描かれています。

この話では永田優子捜査二課長という二十四歳のキャリアが登場してきますが、この人物は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』でも登場してきている人物と同一人物だと思われます。

 

「審議官」
審議官という幹部でも個人的な感情で動くことがある、という組織の問題を指摘しているようです。

刑事局担当の長瀬友昭審議官が、横須賀の殺人・死体遺棄事件で、自分が米軍関係者の関与があったことを知らなかったことが問題だと、佐藤実本部長に文句を言ってきたのです。

この話の冒頭に出てくる横須賀の殺人・死体遺棄事件は、『探花 隠蔽捜査9』での事件を指していると思われます。

ちなみに、「審議官」とは、「日本の行政機関における官職の名称に使われる語」だそうです。詳しくは、「ウィキペディア(審議官)」を参照してください。

 

「非違」
竜崎伸也の後任である前出の藍本百合子新署長が赴任してから、野間崎管理官が何かにつけ大森署に来るようになったという話です。

今回の来署の理由は、強行犯係の戸高善信刑事の平和島のボートレース場に通う行為が問題だというのでした。

 

「信号」
「参事官」で登場していた永田優子捜査二課長竜崎伸也に言っていた「キャリア会」というキャリア組の飲み会で交わされた、細い路地の横断時に、車も通っておらず人の眼もない時に赤信号を守るか、という話にまつわる物語です。

渡るという佐藤本部長の言葉が記者に漏れたことで三島交通部長が怒っているのです。

しかしその裏には、三島交通部長は五十八歳のノンキャリア警視正であり、ここでもキャリア対ノンキャリアの対立の様子が描かれています。

 

本書『審議官―隠蔽捜査9.5―』でも、『隠蔽捜査シリーズ』本編ではあまり焦点が当たらないような登場人物たちに光を当て、その人物をめぐる話が展開されています。

そして、そうした中でもキャリアとノンキャリアの対立の場面が何か所か描かれていて、現実にもそうした問題があるのだろうと推察されるのです。

また、各話の出来自体も勿論面白いのですが、永田優子捜査二課長や藍本百合子大森署新署長など、今野敏の他のシリーズの出演者が少しずつ顔を見せたりして、今野ワールドのファンとしてはそうした面でも楽しみが見いだせます。

今野敏のファンとしては、こうした作品も間を置かずに読みたいと思ってしまいます。

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』とは

 

本書『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の第七弾で、2023年5月に刊行された384頁の長編の警察小説です。

途中までは普通の作品だと思いながらの読書だったのですが、途中から予想外の展開を見せ、なかなかに面白く読むことができた作品でした。

 

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ

 

港ヨコハマを暴力から守る「チーム諸橋」の活躍を描く
「横浜みなとみらい署暴対係」シリーズ第七弾!

商品を受け取るも代金を支払わない「取り込み詐欺」。
暴力団の懐を肥やす資金源を断ち切るため、“ハマの用心棒”が倉庫街を駆ける!

神奈川県警みなとみらい署刑事第一課暴力犯対策係係長・諸橋夏男。〈ハマの用心棒〉と呼ばれ、
暴力団から一目も二目も置かれる存在だ。
大量の商品を注文して代金を支払わない「取り込み詐欺」に管内の暴力団・伊知田組が
関与しているらしいが、確証がないという。
県警本部の永田二課長から問い合わせを受けた諸橋は、
県警本部と合同で張り込みを開始、
伊知田が所有する倉庫に品物が運ばれたのを確認するが、ガサ入れは空振りに終わった。
誰かが情報を洩らしたのか!?

好評警察小説シリーズ最新刊。(内容紹介(出版社より))

 

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』の感想

 

本書『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』は、いつもの通りの諸橋と城島の二人が活躍する物語で、これまで以上に面白く感じた作品でした。

 

県警捜査二課からの問い合わせを受け、管内の小さな暴力団である伊知田組の取り込み詐欺事件にまつわる捜査から幕を開けます。

依頼に応じて目星をつけた倉庫に食材が運び込まれたのを確認、撮影し、確信をもって令状を取り家宅捜索のために乗り込みますが、荷物は既に運び出されていました。

内部からの情報漏洩を疑いますが、そのうちに事態は思いもかけない方向へと動き始めます。

 

もともと本『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の魅力と言えば、まずは主役の二人、諸橋夏男警部と係長補佐の城島勇一警部補とのコンビのキャラクターが挙げられるでしょう。

「ハマの用心棒」と呼ばれる諸橋警部とラテン系と言われるほどにポジティブな城島警部補との取り合わせが、その会話も含めてうまく機能しているのです。

その諸橋の下でチームとして動く浜崎吾郎巡査部長を始めとする係員たちそれぞれの個性、さらにはシリーズではおなじみの神奈川県警察本部警務部監察官の笹本康平警視の存在も魅力的です。

 

また、本書『トランパー』の魅力についていえば、、今回初登場の県警本部刑事部捜査第二課課長の永田優子警視、その部下で知能犯捜査第一係の牛尾主任、県警本部組織犯罪対策本部暴力団対策課平賀松太郎警部補などの登場人物たちもうまく機能しているところも挙げられると思います。

それに、物語が第二段階に入って話が一段と広がりを見せてきたときの県警本部警備部外事第二課の保科武昭警部補たちの存在や、なによりも福富町のビルのオーナーの郭宇軒が重要な存在として登場している点も見逃せません。

 

でも、本書『トランパー』での一番の魅力はやはり物語展開の意外性と、そこで繰り広げられる捜査員同士のやり取りにあります。

神奈川県警内部での部署の違いによる捜査員の立場に即した主張があったり、そうした声を乗り越えたところに現れる人間同士の会話に読みごたえがあります。

また、ちかごろ今野敏の物語によく登場する女性のキャリアの活躍も面白いところです。

本書で言えば二課長の永田優子警視ですが、他のシリーズで言えば、『署長シンドローム』に登場する藍本小百合が一番の存在でしょう。

この藍本小百合は『隠蔽捜査シリーズ』で竜崎伸也の後任として大森署に赴任してきた美貌のキャリアの新署長として登場する人物です。

ただ、本書の永田警視はあくまで県警の課長として脇役での登場ですから、藍本小百合ほどの活躍は見せませんが、それなりの存在感は持っています。

 

 

また、今野敏の小説では他部署の警察官などでしばしばみられるのが、印象が良くない警察官が、実は根は悪いやつではないという展開です。

本書でもそうで、どの人物かはここでは書きませんが、そうした設定は読者が物語に感情移入するのに一役買っているような気がします。

 

総じて、本書『トランパー』はまさに今野敏の小説として、とても読みやすく、また惹きつけられる物語の展開もあり、私の好みに合致した作品だということができます。

続編を期待したいシリーズであり、本書はその期待に十分に応えた一冊だったと言えるのです。

カットバック 警視庁FCII

カットバック 警視庁FCII』とは

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は『警視庁FCシリーズ』の第二弾で、2018年4月にハードカバーで刊行され、2021年4月に528頁で文庫化された、長編の警察小説です。

今野敏の作品らしくユーモアにあふれて非常に読みやすく、他のシリーズ作品とコラボしている楽しい作品になっています。

 

カットバック 警視庁FCII』の簡単なあらすじ

 

人気刑事映画のロケ現場で出た本物の死体。
夢と現のはざまに消えた犯人を追え。

警視庁地域総務課の楠木肇(くすき・はじめ)は、普段はほとんどやる気のない男。しかし、事件となると意外な才能を発揮する。
楠木が所属する特命班「FC(Film Commission)室」には、地域総務課、組対四課、交通課から個性的な面々が集まっている。

FC室が警護する人気刑事映画のロケ現場で、潜入捜査官役の俳優が脚本通りの場所で殺された。
新署長率いる大森署、捜査一課も合流し捜査を始める警察。
なんとしても撮影を続行したい俳優やロケ隊。
「現場」で命を削る者たちがせめぎ合う中、犯人を捕えることができるのか。

人気シリーズ「隠蔽捜査」の戸高刑事も登場!(内容紹介(出版社より))

 

カットバック 警視庁FCII』の感想

 

本書『カットバック 警視庁FCII』は、警視庁に置かれたフィルムコミッション(FC)室所属のメンバーが、自分たちが担当した映画の撮影現場で起きた事件を解決するエンターテイメント小説です。

ここで言うFCとはフィルムコミッションの略で、FC室は映画やドラマのロケ撮影に対して便宜を図る警視庁の特命部署です」。( 担当コメント : 参照 )
 

また、「カットバック」という言葉は映画に関連しては「二つ以上の異なった場面を交互に切り返すこと」ということを意味します( weblio国語辞典 : 参照 )

ただ、本書で異なる場面が切り替えられていたかというとそうした記憶はなく、ざっと読み返してもそうは読めませんでした。

ということはこのタイトルの「カットバック」という言葉は、私の読み方が浅いだけで、単に映画用語として取り上げられているだけかもしれません。

 

本書『カットバック 警視庁FCII』の登場人物のうちFC室のメンバーとしては、室長として元通信指令本部の管理官の長門達男がいて、他にマル暴の山岡諒一、交通部都市交通対策課の島原静香、交通部交通機動隊の服部靖彦、それに地域総務課所属の楠木肇がいます。

さらに、後述の人物たちも忘れてはいけません。

 

本書の見どころはまずは物語の舞台が映画の撮影に関連しているということを挙げるべきでしょうが、特徴として取り上げていいかといえば若干の疑問があります。

ただ単に犯行現場や関係者が映画関係者たちだったというべきように思えるのです。

それよりも見どころとしては、主役である無気力な楠木(クスキでありクスノキではないそうです)がひらめきを見せて事件を解決に導くところを挙げるべきでしょう。

また、FC室のメンバーそれぞれの個性も本書に関心を向けることに役立っています。

 

とは言っても、本書の一番の魅力は舞台が大森署だということです。

大森署は『隠蔽捜査シリーズ』の舞台であった警察署であり、かつては竜崎伸也が署長として勤務していましたが、竜崎が異動した現在は『署長シンドローム』の主役である藍本小百合が署長として勤務している警察署なのです。

本書『カットバック 警視庁FCII』でも藍本署長が登場し捜査現場で天然ぶりを発揮していますし、何よりあの戸高刑事が中心となって殺人事件を捜査しているのです。

加えて、『安積班シリーズ』の警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係係長の佐治基彦警部も登場してくるのですから今野敏ファンとしてはたまらないものがあります。

 

こうして、本書はどちらかというと『署長シンドローム』と『警視庁FCシリーズ』との合体作品とでもいうべき立ち位置の作品です。

そして、両シリーズの良いとこどりのエンターテイメント小説だと言え、軽く読むにはもってこいの作品だと言えると思うのです。