『任侠梵鐘』とは
本書『任侠梵鐘』は『任侠シリーズ』の第七弾で、2025年1月に中央公論新社から368頁のハードカバーで刊行された長編のユーモア小説です。
今回の話はこれまでに比して若頭の日村たちの活躍する場面は少なかった気がしますが、それでもやはり今野作品として面白く読んだ作品でした。
『任侠梵鐘』の簡単なあらすじ
義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々と持ち込まれ、その度に代貸の日村は振り回されていた。今度は神社と寺!?テキヤが祭に露店を出せなくなつたことを憂えていると、除夜の鐘がうるさいというクレームまで来る始末。「この国は滅びるぞ」と怒り心頭の住職をなだめていた日村たちも、警察に通報されたり、追放運動をされたりと大ピンチ!さらに不穏な動きが…どうなる阿岐本組!?(「BOOK」データベースより)
『任侠梵鐘』の感想
本書『任侠梵鐘』は『任侠シリーズ』の第七弾の作品であって、今回はお寺や神社を対象とした物語です。
これまでに比して若頭の日村たちの活躍する場面は少なかった気がします。それはつまりは組長の阿岐本雄蔵が前面に出る場面が多いということを意味し、その点ではシリーズでも少々色合いが異なるといえるのかもしれません。
とはいえ、これまでも日村が現場の情報収集などを終えると阿岐本組長が乗り出すのが定番であったので、本書を色合いが異なるといえるかは微妙なところです。
本書でも、いつもの通りに阿岐本組長の弟分である永神組組長の永神が相談事を持ってくるところからこの物語は始まります。
その相談事というのが、テキヤの大親分の多嘉原がある神社の祭りに露店を出せなくなったというものでした。
これまたいつもの通りに阿岐本に命じられてその神社に話を聞きに行った日村でしたが、ヤクザを締め出す市民運動の高まりとともに、その神社の近くのお寺では除夜の鐘がうるさいと苦情が出ているという話を聞きこんできます。
その話を聞いた阿岐本は自ら東野神社やお寺に出むくことにするのでした。
このシリーズは、現代社会において発生する何らかの理不尽な出来事に対して阿岐本組の面々が対処する様子を面白く描いているところにその魅力があります。
シリーズの第一弾は「書房」の抱える問題についての話であり、続いて「高校」、「病院」「浴場」「映画館」「楽団」と続き、そして今回の神社でありお寺というわけです。
本書の物語のきっかけは作者の今野敏が見聞きした、近所のお寺で大晦日に衝かれる除夜の鐘の音や、近所の公園での子供の声がうるさいという市民の声がニュースで取り上げられていたことだったそうです( Real Sound Book : 参照 )。
このニュースは私も聞いたことがあり、特に除夜の鐘のニュースには驚いたものです。
除夜の鐘を騒音としてしかとらえられず、ましてやそのお寺に苦情を申し立てるなど違和感しか感じませんでした。
この除夜の鐘問題に関しては、価値観は時代に応じて変化するものであり、騒音の感じ方も人それぞれで異なるでしょうから、頭から否定することもできないでしょう。
しかし、普通の日本人にとっては理解しがたい言動だと信じたいのです。
一方、祭りごとに欠かせない露店の話は暴力団との問題もあってまた異なると思います。
テキヤは露天商であり、ヤクザとは異なる団体として一概に切り捨てていいかという議論もあるほどであり、単純に割り切ることも難しいと思います( 弁護士JPニュース : 参照 )。
本書『任侠梵鐘』ではその除夜の鐘の問題やテキヤの問題なども絡めて問題提起してありますが、しかしながらそこはエンターテイメント小説としてユーモアの中にそれなりの決着をつけてあります。
『任登場人物について』の感想
登場人物は、組長の阿岐本雄藏をはじめとして、代貸の日村誠司、そして天才的なスケコマシの志村真吉、元暴走族である運転手の二之宮稔、若い衆のまとめ役である三橋健一、パソコンオタクのテツこと市村徹らの組員、そして、阿岐本組長の兄弟分である永神健太郎といったレギュラーメンバーがいます。
その上、警察関連では、このシリーズのレギュラーでもあるマル暴刑事の甘糟達男巡査部長やその上司の係長である仙川修造警部補や、加えて今回のお寺などを管轄する中目黒署の谷津という刑事が登場します。
さらには阿岐本組にいつも遊びに来る坂本香苗という近所に住む女子高生やその祖父である坂本源治という喫茶店のマスターまで加わっています。
また、今回の舞台となるのが大木和善を神主とする駒吉神社という神社と、田代栄寛が住職を務める西量寺というお寺です。
町内会の会長である藤堂伸康や役員の原磯俊郎といった反対運動の中心メンバーたちがいます。
こうした面々が一段とこのシリーズを庶民性豊かにしていて、筋目を通す昔ながらのヤクザとしての阿岐本組を印象付けています。
『類似の作品について』の感想
阿岐本組長のような、かつての東映任侠映画のような昔ながらのヤクザを描いた作品としては、火野葦平の『花と龍』や尾崎士郎の『人生劇場 任侠編』があります。
これらの名作とは異なり、本シリーズはユーモア満載のエンタメ作品という違いはありますが、現代ではお目にかかれないヤクザが描かれているのです。
ユーモア路線でいえば浅田次郎の『プリズンホテル』などいくつかありますが、それぞれに面白さを持った作品です。
ただ、「阿岐本のように人情があるヤクザは、実際にはそうそういないでしょう。」と作者の今野敏本人も言うように、実際には存在しないだろうヤクザを描くのは、「これを読んだ反社の人たちが心を改めてくれるんじゃないか」という思いがあるからだそうです( Real Sound Book : 参照 )。