無明 警視庁強行犯係・樋口顕

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』第七弾の2022年3月に刊行された354頁の長編の警察小説です。

相変わらずの今野敏の名調子の作品であり、本庁の捜査一課と所轄署の捜査員との対立の様子を描きながらも、とても読みやすく面白い作品でした。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京の荒川の河川敷で高校生の水死体が見つかった。所轄の警視庁千住署が自殺と断定したが、遺族は納得していない。遺体の首筋には引っかき傷があったうえ、高校生は生前、旅行を計画していたという。両親が司法解剖を求めたものの千住署の刑事に断られ、恫喝までされていた。本部捜査一課の樋口は別動で調べ始める。しかし、我々の捜査にケチをつけるのかと千住署からは猛反発を受け、本部の理事官には「手を引け」と激しく叱責されてしまう。特別な才能はなく、プライドもないが、上司や部下、そして家族を尊重するー。等身大の男が主人公の人気シリーズ最新作(「BOOK」データベースより)

 

東洋新聞の遠藤記者は、千住署で起きた高校生の自殺事件について家族は捜査をやり直すべきと言っているが、調べ直すべきではないかと相談してきた。

樋口が所轄警察署が事件性はなく自殺と判断した以上は傍から口をはさむことはできないと言っても、遠藤は家族の主張には理由があるというのだ。

そのことを天童管理官に伝えると、千住署の機嫌を損ねないようにしろと、殺人事件の捜査から樋口を外し、樋口と部下の藤本の専従を認めるのだった。

自分はそのつもりはなくても、結局は動かざるを得ないと思いながらも千住署へ行き、高校生の自殺の件について調査を始める樋口だった。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は警察小説であり、ミステリーと分類されるだろう作品ではありますが、捜査そのものの描写と同程度に組織内の人間関係を描き出してあります。

このことは他の今野敏作品とも似ていて、また主人公の描写という点でも『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也や『安積班シリーズ』の安積剛志という主人公たちの人物設定を思わせるところがあります。

前者はキャリア警察官と他のキャリアや組織との関係を描いており、後者は捜査班というチーム内部やほかの捜査チームとの軋轢などの問題を描き出しています。

こうして本書は推理小説とは言っても謎解きメインの本格派ではなく、また犯罪の動機を重視した社会派と言われる作品群とも異なる、まさに組織と個人であったり、また組織の内部そのものを描く作品だと言えます。

組織を描くという点では、本書は樋口という個人に一番光が当たっていると言えるかもしれません。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように組織を重視した警察小説として横山秀夫の『64(ロクヨン)』があります。

D県警内部の人事に絡んだ警察庁との軋轢や警務部と刑事部の争いを描きながらも、広報官として勤務しながら発生した幼児誘拐事件の解決に尽力する主人公の姿を描いた好編です。

 

 

謎解きそのものを重視するのではなく、組織と個人との関りを描いた警察小説としては佐々木 譲の『北海道警察シリーズ』もあります。

このシリーズの始めの三作品が特に、まさに腐敗した北海道警察と個人としての警察官との対立を描いたハードボイルドの香りも漂う読みがいのある作品でした。

 

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』を含む今野敏の描く警察小説の魅力としては上記の組織の中の個人を描き出している点もあると思うのですが、同時に、今野敏らしさとしては、会話文のうまさが挙げられます。

説明的でないにもかかわらず、会話により物語の流れを進めていく描き方は非常に読みやすいのです。

 

そしてもう一点、本書の魅力をあげるとすればやはり主人公のキャラクターに始める登場人物たちの魅力にあります。

先に挙げた今野敏の人気シリーズの各主人公や登場人物たちと同様に、本書での樋口顕や、その友人の氏家譲、それに天童隆一管理官たちといった個性的で魅力的な人物たちがそこにはいるのです。

そんな中でも本シリーズの主人公の樋口顕という人物は、いつも自分に自信がないために他人の顔色を伺って暮らしていると思っているような人物です。

ところが、客観的な評価はそれとは反対に明確な自己主張を持ち、いつも他者を思いやることのできる人物との評価を得ています。

本書でも、そうした樋口の人物像があるからこそ樋口のところに話が持ち込まれることになり、樋口のことを評価している天童管理官も樋口の専従捜査を認めるのです。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の他ではあまり見ない面白さの一つに、樋口の上司との衝突の場面が挙げられます。

所轄の捜査に口を出すなという上司と対立し、組織の秩序維持のためには上司の命令は絶対だという理事官に対し、樋口は秩序の維持も大切だが真実を明らかにすることも大切だと言い切り、懲戒免職まで言い渡されてしまう場面です。

こうした場面はまさにカタルシスを味わえる場面であり、こうした筋を通す人物を描いている点も今野敏作品の魅力の一つだと言えるでしょう。

今後も続巻を期待したいシリーズです。

探花 隠蔽捜査9

探花 隠蔽捜査9』とは

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は『隠蔽捜査シリーズ』の第九弾作品で、2022年1月に刊行された、新刊書で334頁の長編の警察小説です。

新天地である神奈川県警に移って二作目となる本作ですが、相変わらずに主人公の特異なキャラを生かしながら、さらに管轄内に抱える横須賀米軍基地という特殊性を考慮した面白い作品でした。

 

探花 隠蔽捜査9』の簡単なあらすじ

 

信念のキャリア・竜崎に、入庁試験トップの新ライバルが出現!? 「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」次々と降りかかる外圧に立ち向かう、人気シリーズ第9弾! 神奈川県警刑事部長となった竜崎のもとに現れた、同期入庁試験トップの八島という男。福岡県警から赴任してきた彼には、黒い噂がつきまとっていた。さらに横須賀で殺人事件が発生、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣されることにーー。次々と降りかかる外圧に、竜崎は警察官僚としての信念を貫けるのか。新展開の最新刊。(出版社より)

 

竜崎が刑事部長として神奈川県警に赴任してきて初めての五月のある日、登庁してすぐに阿久津重人参事官と板橋武捜査一課長とが、横須賀のヴェルニー公園で遺体が発見されたと言ってきた。

阿久津参事官は、もし米軍絡みの犯罪であれば日米地位協定の関係で海軍犯罪捜査局が乗り出してくるかもしれないので、捜査本部の設置は早い方がいいという。

その後、白人男性が刃物を持って逃走していたとの目撃情報があり、結局米軍との調整のためにトップが出向く必要があるということになった。

しかし、そこに居合わせた警務部長として異動してきた八島圭介の「王将は必要はなく、飛車でも動貸しておけばいい」との言葉に、本部長は動かずに竜崎だけが出向くこととなった。

この八島圭介という男は竜崎の同期のキャリアであって入庁時の成績がトップであったらしく、二番の成績だった警視庁の伊丹刑事部長などは、八島は何かと黒い噂もある男であり気を付けるようにというのだった。

 

探花 隠蔽捜査9』の感想

 

本『隠蔽捜査シリーズ』の主人公の竜崎伸也は、一般の警察官や警察官僚が抱いている警察官僚像とは異なり、出世に関心がなく、警察官の仕事は事件の解決であり、事件の解決に役立つために合理的に動くことを身上としている人物です。

本シリーズの魅力は、そうした竜崎という人間にある意味振り回されている警察機構内部の人間模様の描き方にある、というのはあらためて言うことでもないでしょう。

そこには、硬直化した警察組織、警察官僚に対する著者今野敏なりの風刺・揶揄の意味もあると思われます。

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は、その竜崎が警視庁管轄外の神奈川県警に異動してからの第二弾となる物語です。

それは、マンネリに陥りかけていた本シリーズを再活性化するための処方であり、その試みが今のところ成功していると思います。

舞台を新たにすることで竜崎という特異なキャラも生きてきており、また新しい土地の特色も生かすことができていると思われるのです。

 

繰り返しまさうが、本隠蔽捜査シリーズの魅力は何といっても主人公の竜崎伸也の特異なキャラクターにあります。

ところが、シリーズも巻を重ねるにつれ、読者は、そして登場人物でさえも竜崎のキャラクターにも慣れてくるのは当然であり、竜崎の魅力が薄れてきました。

そこで、竜崎を異動させ新しい地での活躍が描かれることとなったのが前巻の『清明 隠蔽捜査8』であり、その試みは成功していると思えます。

 

 

つまり、前著『清明』では中華街が、本書『探花』では横須賀の米軍基地という神奈川ならではの特異性を織り込んである点がこれまでにない視点です。

確かに、東京にも横田などに米軍関連の基地などはありますが、これまでの竜崎がいた大森署を舞台にしたままでは描けない事案でしょう。

その点神奈川県警は横須賀という大規模米軍基地を抱えており、また米軍関係ではなにかと取りざたされることの多いいわゆる「日米地位協定」も問題となり得るのです。

 

この「日米地位協定」を取り上げた作品としては、誉田哲也の『ジウサーガ』第八弾の『ノワール 硝子の太陽』という作品があります。

この作品は『姫川玲子シリーズ』に属する『ルージュ: 硝子の太陽』とのコラボレーション作品で、日米地位協定が重要な意味を持つ事柄として取り上げてありました。

 

 

作者今野敏が本書『探花 隠蔽捜査9』のマンネリ化を回避するために打った二番目の手段が新しい人物を登場させることです。

そのことは、刑事部捜査一課長の板橋武と参事官の阿久津重人という新しい人物が脇を固めていることは当然として、米軍関連でリチャード・キジマ特別捜査官という担当者を引っ張り出していることもそうでしょう。

しかし、なにより一番のインパクトは八島圭介というキャリアが警務部長として登場してくることです。

この人物は竜崎や警視庁刑事部長の伊丹俊太郎とは同期であり、入庁時の成績が一位だったという人物で、キャリアにとって出世することが一番の目的だと言い切る、まさに官僚的な人物なのです。

この人物が赴任早々に起きた横須賀のヴェルニー公園で発生した殺人事件の捜査本部に本部長の佐藤実が出向くまでもなく、竜崎が行けば足るとして本部長を連れていこうとしていた竜崎の思惑を潰してしまいます。

伊丹によれば何かと黒い噂のある人物だといい、今回の事件でも竜崎の聴取を受けることになります。

 

こうした新天地での竜崎の活躍はこのシリーズのマンネリの印象を一掃するのに成功していると言えると思います。

少なくとも本書はとても面白く、シリーズの当初の新鮮さに近い印象を持った作品でした。

暮鐘 東京湾臨海署安積班

暮鐘 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『暮鐘 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』二十作目の、新刊書で316頁の短編警察小説集です。

全部で十編の短編から構成されていますが、安積班員他の登場人物のそれぞれの特徴を生かした読みごたえのある作品集になっています。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

江東区有明で強盗事件が発生。被害者は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。強行犯第一係の安積班が現場に向かい本格的な捜査が始まろうとしている矢先、犯人が自首してきたのだが、須田は納得がいかないようでー(第二話「暮鐘」より)。ひとつひとつの事件を、安積班の揺るがぬ正義の眼差しで解決に導くー。(「BOOK」データベースより)

 

目次 :: 公務/暮鐘/別館/確保/大物/予断/部長/防犯/予告/実戦

公務
臨海署でも「働き方改革」を徹底するように言われるが、事件に応じた対応ができなくなり、ひいては一般市民の生活にまで響いてくるのだった。

暮鐘
殺人事件が起き警視庁捜査一課の乗り出してきて、臨海署の安積達はその補佐に回ることになった。刑事としては明らかに太り過ぎで、のろまに見える須田巡査部長の活躍が描かれる。

別館
東京湾で人質事件がおき、テロ事案も疑われる中、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動するのだった。

確保
警視庁指定の重要指名手配被疑者の確保に、警視庁本部の捜査一課が来ることになった。安積と組んだ一課のベテラン刑事の荒川は、佐治係長と相良班長について話すのだった。

大物
安積班の桜井が組織犯罪対策課の古賀巡査部長に怒鳴られていた。組対の検挙のチャンスを逃したものらしい。しかし、村雨は桜井は大物で放っておいて大丈夫だというのだった。

予断
久しぶりの居酒屋で飲んでいると、鑑識係長の石倉がやってきてクイズを出してきた。皆なかなか政界にたどり着かないでいた。

部長
臨海署に連続強盗事件捜査本部が設置され、臨海署の地域課からも応援が来ていた。安積の「大牟礼部長」という呼びかけに、水野は本部の部長と思ったというのだった。

防犯
珍しく安積が交機隊の速水と飲みに行くと、そこに来た東報新聞の山口記者に速水が東報新聞の特集について一言いい始めた。警察による防犯の必要性といってもできることとできないことがあるというのだ。

予告
お台場で行われる野外イベントに対し犯行予告がきたらしい。それに対し、署長が犯人は東京湾臨海署の署員が必ず捕まえると宣言したのだった。

実戦
黒木が、青海の埠頭での乱闘騒ぎに乗り出し、一瞬で十人ほどの乱闘を叩きのめしてしまった。黒木は剣道五段の腕前だというのだ。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏の短編小説は、シリーズ登場人物の人となりや考え方、、それに相互の人間関係などをピンポイントで描き出してあり、結果としてシリーズ自体を立体的に構築することに役立っているようです。

安積班シリーズ』の短編集としては、例えば本書の二冊前に出版された『道標 東京湾臨海署安積班』があります。

この『道標』では、登場人物の若いころを描いたり、同じ事件を異なる人物の視点で描き、そこにいる安積警部補の姿を浮かび上がらせるなど、各短編の構成がかなり考えられていました。

 

 

しかし、本書『暮鐘』ではそのような一冊の作品としての構成までは考慮されていないようです。

ただ、安積班員やシリーズ内で独特な位置にいる交通機動隊の速水の仕事ぶりを描いたり、また東京湾臨海署水上安全課を取り上げて特殊部隊の存在を示してあったりと、現代の警察業務の紹介的側面はあります。

例えば冒頭の「公務」という話は、2021年現在でも取り上げられることの多い、「働き方改革」が取り上げられています。

安積達にも残業を減らすようにと指示があり、その結果公務が滞り、ひいては市民生活に影響を及ぼしかねない事態にまで陥るのです。

 

また、「別館」という話では、東京湾臨海署水上安全課の管轄になる海上での人質事件が起き、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動します。

つまり、東京湾臨海署水上安全課、海上保安庁、本庁のWRT、SAT、SIT、SSTといった、通常の刑事事案からテロなどに応じた組織が紹介され、まるで特殊部隊の品評会といわれる話になっています。

そして、「部長」という話では、部長という呼称について本部部長と巡査部長との区別などの説明があります。同時に、この話では地域課という職務の重要性について語られているのです。

「防犯」では防犯と権力の暴走とのバランスが語られています。

 

一方、二話目の「暮鐘」では、安積班の頭脳でもある須田をメインに、須田をのろまと言い放ち、高圧的な態度をとる本庁一課の佐治係長と衝突する安積がいます。

その佐治係長は四話目の「確保」という話で、元自分の下にいて眼をかけていた臨海署の相良班長との関係が変わります。

そして、「大物」では村雨が教育掛をしている桜井について、「予断」では鑑識係長の石倉を通した職務上の先入観について、「予告」ではのろまと見える須田の、「実戦」では黒木の剣道五段の腕前が披露されています。

 

このように、本書『暮鐘』では、警察組織の紹介や安積班班員の活躍などが気楽に読める構成になっている、今野敏のらしい読みやすい短編小説として仕上がっているのです。

やはり、この作家の物語は大白いと再認識した一冊でした。

ロータス・コンフィデンシャル

ロータスコンフィデンシャル』とは

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、新刊書で332頁の公安捜査官を主人公にした長編の公安警察小説です。

舞台は公安であってもあい変らずに今野敏の物語であり、主人公倉島の成長物語の要素が強い、とても読みやすく面白い作品でした。

 

ロータスコンフィデンシャル』の簡単なあらすじ

 

外事一課の倉島は、「ゼロ」の研修帰りのエース公安マン。ロシア外相が来日し、随行員の行動確認を命じられるが、同時期にベトナム人の殺害事件が発生。容疑者にロシア人バイオリニストが浮かび上がる。一方、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることがわかる。倉島は、ベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探るが…。(「BOOK」データベースより)

 

ロシア外相ドミトリィ・コンスタンチノヴィッチ・ザハロフの来日に伴い、倉島達夫らもユーリ・ミハイロヴィッチ・カリーニンという人物の行動確認をするよう命じられた。

倉島はロシア大使館のコソラポフにカリーニンの素性を確かめると、FSOつまり大統領などの政府要人の警護のための組織である連邦警護庁の大佐だというほかに耳寄りな情報はなく、つまりは要注意人物ではないとの結論に至るのだった。

そこに公安機動捜査隊の片桐秀一から、ベトナム人が殺された事件の被疑者がザハロフ外相の随行員の一人と接触したらしいと知らせて来た。

防犯カメラに写っていた被疑者の名はマキシム・ペトロヴィッチ・ヴォルコフといい、日本に滞在しているミュージシャンだという。

ただ、被疑者といっても片桐一人の心証だと聞き片桐の考えすぎだと思う倉島だったが、そのことを聞いた倉島と同僚の白崎敬は、倉島こそどうかしているというのだった。

そのうちに、白崎の行方が分からなくなってしまう。

 

ロータスコンフィデンシャル』の感想

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、いかにも今野敏の作品らしい、読みやすく時間をかけずに読める気楽な警察小説です。

この気楽に読めるというところが今野敏の作品らしいところであり、後述の麻生幾濱嘉之らのシリアスな作品と異なるところです。

 

シリーズを重ねるごとに成長を見せてきた主人公の倉島達夫警部補ですが、前作の『防諜捜査』では「作業班」を率いるまでになっています。

つまりは、独立した一人前の公安捜査員として予算や人員を自由に使い、国家のために働くことができる立場になったのです。

ところがそんな倉島が慢心したのか、公安としての自覚に欠けた行動をとってしまいます。

公安に移る前はベテラン警部補であった白崎からも倉島が「変わった」と指摘されますが、自分が変わったことに気付かない倉島でした。

この白崎はシリーズ第四作の『アクティブメジャーズ』から行動を共にしているのですが、公安捜査員としてはまだ経験が浅いとの思いもあったのでしょう。

そうこうするうちに、白崎の失踪事件などが起き、さすがの倉島も自分の怠慢に気付きます。

そして、伊藤や片桐といったこのところ行動を共にしてきたチームの仲間たちの力を得て、白崎の行方を探すとともにベトナム人殺害事件として名前が挙がっているヴォルコフの件の調べも進めるのです。

こうして、自分のミスに気付いてからの倉島の行動力は目を見張るものがあり、読者も引っ張られてしまいます。

この倉島の変化こそが本書『ロータス・コンフィデンシャル』の一番の魅力でしょう。その上で、公安の職務の実態の描写もまた関心事となってくるのです。

 

公安関係の作品と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』などの名前が浮かびます。

日中にまたがる諜報戦争とともに公安警察の真実が暴かれていき、大どんでん返しをみせる、諜報小説、エンターテインメント小説の最高峰と言われている作品です。

 

 

また、濱嘉之著の『警視庁情報官シリーズ』は、公安警察出身である著者の濱嘉之氏が、自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出す異色の長編小説です。

ずば抜けた情報分析力を持っている公安警察官が主人公とした、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説になっています。

 

 

日本でもこうした十分に面白いインテリジェンス小説が増えてきました。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、これらのリアリティに富んだ作品群と比較すると、公安警察関係の小説としては若干色があせる印象はあります。

他の場所でも書いたと思うのですが、本書では公安の諜報活動の実際のエッセンスだけが示され、描かれているのは今野敏が描く普通の警察小説の捜査とあまり変わらない印象です。

それは本書が面白くないということではなく、物語の展開の仕方が現実の公安捜査の実際というよりも、登場人物たちの個々の心証を中心とした行動に重きが置かれているために、他の警察小説との差異が出にくいということになるのではないでしょうか。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』の面白さは、主人公倉島の上司も含め、元刑事の白崎や片桐や伊藤ら仲間たちの援助があって成長していく倉島の変化、成長の様子の描写にこそあると思います。

 

今野敏という書き手のこれまでの傾向を見ると、今野敏の描き出すインテリジェンスの世界はどうしても諜報活動自体というよりも、そこに携わる人間たちの思惑なり行動なりが描かれることになると思われます。

そしてそれは今野敏の小説の世界として変わらずに支持されるでしょうし、また支持していきたいと思うのです。

続編を待ちたいともいます。

倉島警部補シリーズ

倉島警部補シリーズ』とは

 

本シリーズの『倉島警部補シリーズ』は、今野敏という作家にしては珍しい公安警察員を主人公にしたシリーズです。

とはいえ、基本的にはこの作家の他の警察小説の構成とあまり変わってはいないと思われ、今野敏のタッチが強く残った、読みやすいシリーズです。

 

倉島警部補シリーズ』の作品

 

倉島警部補シリーズ(2021年09月08日現在)

  1. 曙光の街
  2. 白夜街道
  3. 凍土の密約
  1. アクティブメジャーズ
  2. 防諜捜査
  3. ロータスコンフィデンシャル

 

倉島警部補シリーズ』について

 

この『倉島警部補シリーズ』は、当初の三作は倉島達夫警部補を主人公とするアクション小説風の作品でしたが、第四作あたりからシリーズの色が変わり、より公安警察色の強い作品になってきたように思います。

第三作まではヴィクトルというKGBの男との話が軸になっていたのですが、第四作目の『アクティブメジャーズ』からはヴィクトルは登場しません。

というよりは、シリーズ一作目の『曙光の街』ではヴィクトルがメインと言ってもいいほどであり、このヴィクトルによって主人公の倉島達夫は変わっていくのです。

この三作で、倉島はまだ頼りなさの残る、事なかれ主義の男から一人前の公安捜査官へと育っていきます。

 

そして、第四作の『アクティブメジャーズ』では、倉島警部補はゼロと呼ばれる研修から戻ったばかりということになっています。

ゼロの研修から戻ったということは、一人前の公安捜査官になったということであり、文字通りシリーズの主役となったと言えます。

それまで倉島を助けてきたヴィクトルは登場しなくなり、代わりに倉島の情報源としてロシア大使館の三等書記官のコソラポフという男が登場し、よりインテリジェンス色の強い話になっているのです。

シリーズ初期の三作は十年以上も前に読んだ作品なので、その後のヴィクトルの消息は覚えていません。

 

ここで「ゼロ」とは「チヨダ」とも呼ばれる警察庁警備局警備企画課の情報分析室のことであり、ここでの研修を終えた公安警察員は公安のエリートと呼ばれるそうです。

この「ゼロ」をテーマに書いた作品が、これまで何度も取り上げてきた麻生幾が書いた『ZERO』という作品です。

この本の惹句に「日本スパイ小説の大収穫でありエンターテインメント小説の最高峰」とあるのも納得の作品です。

 

 

ともあれ、前作『防諜捜査』が出てから五年後をへて新しく『ロータスコンフィデンシャル』という続巻が出ました。

これからも倉島警部補の成長譚が読めることを楽しみにしたいと思います。

逆風の街

本書『逆風の街』は『横浜みなとみらい署暴力犯係シリーズ』第一弾の、解説まで入れて文庫本で376頁の、長編の警察小説です。

神奈川県警の諸橋と城島という二人のマル暴刑事を中心に展開される痛快な物語で、私の好みに合致した作品でした。

 

逆風の町』の簡単なあらすじ

 

神奈川県警みなとみらい署。暴力犯係係長の諸橋は「ハマの用心棒」と呼ばれ、暴力団には脅威の存在だ。地元の組織に潜入捜査中の警官が殺された。警察に対する挑戦か!?ラテン系の陽気な相棒・城島をはじめ、諸橋班が港ヨコハマを駆け抜ける。(「BOOK」データベースより)

 

寺川祥司は経営する印刷会社の運転資金として闇金融から二百万を借りたが、利息を含めて三百万を返せと催促されていた。

夜もろくに眠ることもできない取り立てのために警察に助けを求めるが、駆けつけた警官がいなくなるとまた現れることの繰り返しだった。

そこで弁護士に依頼して事後の処理を任せたもののその弁護士も交通事故に遭い、結局は自分一人でやるしかなくなってしまう。

我慢の限界に達した寺川は取り立てにきたチンピラに手を出してしまい、治療費と入院費、それに損害賠償とで新たに三百万円を請求されることになった。

最後に警察署へ連絡してもまともに取り合ってはくれなかったが、後日、暴力犯対策係の諸橋と城島と名乗る刑事たちがやってきた。

 

逆風の町』の感想

 

本書『逆風の街』はまさに痛快小説そのものの物語です。

典型的な、それも時代小説での痛快小説の型の一つとして、凄腕の主人公が、その剣の腕などを利用して悪漢を倒して弱者を助けるという型があります。

中でも主人公の背後には豪商や権力者などがいて主人公を陰に助けてくれる場合もあります。

つまり、豪商や時の権力者などが主人公の背後にいて、いざという時は彼らの金や権力で主人公を助けたりもし、最終的には主人公が悪役を倒し、読者はその痛快、爽快感にカタルシスを得る、という流れを持った型です。

今で言うと佐伯泰英の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』や、辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』などがそれにあたるでしょう。

 

 

本書の場合、主役の二人は暴力団の暴力にも負けない強靭な意志と腕を持っていて、その上身分が警察官ですから権力も持っています。

そして、警察官という身分を有するとはいえ暴力に臆することなく立ち向かい、彼らを叩きのめし、弱者である一般市民の味方になってくれるのです。

ただ、警察官も組織の人間ですから組織上での弱点を持ち、そこを突かれることがありますが、その点に対しても警察内部での味方が現れ、主人公らを助けてくれる構成になっています。

結局、主人公が暴力団を相手に一歩も引かず、市井の一般人の味方になって暴力団を撃退するのですから、まさに痛快小説そのものなのです。

 

本書『逆風の街』の場合、町の印刷会社の経営者が闇金に手を出し、理不尽な額に膨れ上がった借金の返済ができずに追い込みをかけられ警察に助力を頼みますが、警察も相手にしてくれません。

たまたまその話を聞いた諸橋が手を差し伸べ、取り立てを繰り返す闇金を逆に追い詰めるのです。

本書ではその上にもう一つ話を絡めてありますが、それが暴力団に対する潜入捜査の話です。

本書『逆風の街』冒頭で潜入捜査に従事していた警察官が身分がばれて殺されてしまった話が出てきます。

さらにもう一件大阪府警の話として、殺人以外は何をやってもいいと言われていた潜入捜査官が、捜査の過程で覚せい剤を購入したとして覚せい剤取締法違反の罪に問われたという話が挙げられています。

つまりは組織の論理の前に約束など無に等しく、無常に切り捨てられてしまったというのです。

こうした潜入捜査の話を絡めることで、個人の正義と警察の論理との話を絡ませることで、ヤクザによる弱者を食い物にするという単純な話に幅を持たせ、エンターテイメント小説として読ませる話に仕上げられています。

 

ここでの個人と組織とは、一般市民が暴力団の食い物になることを阻止しようとする諸橋らの努力、つまりは個人の論理がまずあり、その上で潜入捜査の話に絡めて警察という組織の思惑という別な論理で動く場合があるということです。

組織の論理と個人の論理とのせめぎあいの中で苦悩する諸橋の姿があり、そこに助言する城島の姿は感動的ですらあります。

城島は人の行動の流れを決めるのは感情だといいます。感情自体に善悪の価値はなく、人の共感が善悪を判断すると言い切るのです。

人の共感にそれほどの価値があるかは疑問ですが、こうして物語の中で登場人物が口に出すとそれなりの意味があるように思え、説得力を持ってくるのですから不思議です。

 

本書『逆風の街』の構造そのものはベタな正義感です。しかし、その正義感をそのままに貫く諸橋と城島の姿は読者の共感を呼ぶのは当然だと思われます。

加えて、今野敏の読みやすい文章がそのような痛快感をさせているのですから、さらに読者に支持されるのでしょう。

こうして今後もこのシリーズは読み続けるでしょうし、事実読み続けています。

大義 横浜みなとみらい署暴対係

本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』第六弾の、新刊書で258頁の短編の警察小説集です。

諸橋係長のもとで活躍する暴対係の面々の紹介を兼ねたエピソード集で、楽しく読め作品集でした。

 

大義 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ

 

俺たちの所轄(シマ)で暴力は許さない!
「ハマの用心棒」諸橋と陽気なラテン系の相棒・城島、
人間味溢れる刑事たちの活躍を描くスピンオフ集。(「書籍紹介」より)

 

タマ取り
ベテランの巡査部長の浜崎吾郎が、もう七十歳になる本牧のタツと呼ばれている男が「常磐町のとっつぁん」こと神風会組長の神野義治のタマを狙っているという話を聞き込んできた。諸橋城島は早速神野の家へと向かうのだった。

謹慎
巡査部長の倉持忠が駆けつけると、路上に倒れている三人の男の前に諸橋と城島とが戸惑った様子で立っていた。県警本部組対四課の土門下沢という二人が駆けつけ倒れた三人を引き取っていったが、それからすぐに諸橋と城島の身柄が拘束されてしまうのだった。

やせ我慢
浜崎が安伊坂組の若頭だった稲村力男が出所し城島にお礼参りに来ると言っている話を聞き込んできたが、城島は放っておけという。城島にあこがれている日下に対し、気が弱かった昔の自分を引っ張ってくれた城島のことを話す浜崎だった。

内通
横浜みなとみらい署暴対係の八雲を始めとする捜査員は、県警本部の捜査員たちと共に狙いをつけていた売人の川森に職務質問をするが空振りに終わっていた。そこで情報漏洩が疑われ、県警本部警務部監察官室の笹本康平が横浜みなとみらい署暴対係にやってきた。

大義
監察官の笹本康平は佐藤実県警本部長から、みなとみらい署の暴対係が常磐町の神風会を特別扱いする理由を調べるようにと命じられた。そこにみなとみらい署管内で抗争事件に発展しそうな暴力団同士の傷害事件が起きたことから、笹本は諸橋と城島に張り付くことにした。

表裏
諸橋と城島とが常盤町の神野のところに行くと、暴力団を任侠団体といい、ヤクザを侠客と呼びたがる増井治と名乗るフリーライターと鉢合わせをした。神野から取材を断られた増井は諸橋と城島とに張り付くことにしたようだった。

心技体
諸橋は神奈川県警の暴力団対策課から、管轄外の戸部警察署管内の暴力団事務所の家宅捜索に参加するように言われた。暴力団対策課第二係の笠原靖英係長は、暴力団と変わらない外見の浜崎とともにいる倉持の見た目から、配置替えした方がいいのではないかといってきた。

 

大義 横浜みなとみらい署暴対係』の感想

 

本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は、横浜みなとみらい署暴対係のメンバーそれぞれに焦点を当てて「横浜みなとみらい署暴対係」の活動を浮き彫りにしている短めの作品集です。

今野敏の描く短編は、長編と同様にまとまりがあって面白さをもっていると思っていたのですが、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』に関しては、今一つのめりこめないとの印象を持ちながら読み進めていました。

というのも、今野敏の物語にしては話が単純に過ぎ、登場するキャラクターたちの持つ魅力で何とか救われているけれど、読後に何も残らない印象だったのです。

しかしながら、読み進めるうちにやはりいつの間にか引き込まれていました。

 

確かに、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』の短編は発生する事件が単純で、事件発生から解決まで一直線です。

しかし、本書はそもそも新刊書で258頁という薄い本でありながら全部で八編の短編が収納されています。

ということは複雑な筋立てを盛り込みようもなくて単純な設定であることは当然で、その点を疑問に思う方がおかしいといえばおかしいのです。

また、例えば「表裏」に登場する増井のように人物造形がステレオタイプで、物語のストーリーも先が読めてしまう作品もあります。

でも、先は読めてもこの話としての面白さが無くなるかといえばそうではありません。

それは、諸橋や城島たちのキャラクター造詣がよくできているため物語として色が褪せていないからでしょう。

 

そもそも、今野敏の作品は長編であっても物語の構造そのものは単純なものが多いと思われます。

でありながら、それぞれの登場人物は、それぞれの立場で事件の背景に目をやりつつも人間関係にまで腐心する姿を丁寧に描いてあります。

その上で、各登場人物たちは、結局は組織の一員としての行動を尽くしていて、物語としては単純であっても、登場人物たちはよく考え、そしてよく動いているのです。

 

それは、短編集ではよりはっきりと表れるのではないでしょうか。

ただ本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』では、先に作者今野敏が書きたいテーマがあって、そのテーマに合わせた事件を設け、焦点を当てたい登場人物を描き出している印象はあります。

各話は、ストーリーの面白さというよりも、みなとみらい署暴対係の個々の刑事の目線で描くことで人物像の紹介を兼ねている短編集だと言えるのです。

 

今野敏の作品は、作者の基本的な立場である物語の筋、すなわち作者の考える「正義」の観点で物語が貫かれているところに、読み手の安心感があり、感情移入がしやすいのだと思われます。

具体的には『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎によくあらわされているのではないでしょうか。

 

 

そうした安心感の上に、さらに読みやすい文章で紡ぎ出される今野敏の作品です。

本シリーズのみならず、他の作品も早く読みたいと思わせられるのです。

宰領: 隠蔽捜査5

本書『宰領: 隠蔽捜査5』は、『隠蔽捜査シリーズ』の長編では五冊目の警察小説です。

今回は神奈川県警管轄内で事件が起こったため、警視庁との合同捜査本部が神奈川に設置され竜崎がその指揮を執ることになります。

警視庁との仲の悪い神奈川県警との間をどのように調整するのか、非常に興味がわく設定になっています。

 

衆議院議員が行方不明になっている伊丹刑事部長にそう告げられた。牛丸真造は与党の実力者である。やがて、大森署管内で運転手の他殺体が発見され、牛丸を誘拐したと警察に入電が。発信地が神奈川県内という理由で、警視庁・神奈川県警に合同捜査が決定。指揮を命じられたのは一介の署長に過ぎぬ竜崎伸也だった。反目する二組織、難航する筋読み。解決の成否は竜崎に委ねられた!(「BOOK」データベースより)

 

単に論理に従って行動しているだけという主人公竜崎伸也の振舞いは相変わらずで、原理原則に基づく竜崎の行動は爽快です。

相手の身分や立場によって態度を変えることのないその姿は、現実には難しいがゆえに読者はカタルシスを得るのでしょう。まあ、そういうことは改めで言うまでもないことですが。

 

本書『宰領: 隠蔽捜査5』の特色は、竜崎の新しい衝突先として神奈川県警が設定してあることでしょう。

これまでも、他の所轄署であったり、本庁の人間であったりと、様々な人間が最初は竜崎の異色の経歴と変人ぶりに惑わされ、不信感を抱き、距離を置いていました。

しかし、最終的には竜崎の事件解決に対する真摯な態度に尊敬の念さえ抱くようになってきました。

それが、今回は警視庁とは仲の悪いことで知られている、神奈川県警の横須賀署に設けられる捜査本部に副本部長として赴くことになるのです。

現実に警視庁と神奈川県警戸が不仲なのかは知りません。でも、小説の世界ではこの両者は仲の悪いことが当然の前提となっているようです。

そうした神奈川県警ですので、竜崎に対しても飾り物としての扱いしかしません。あとはいつもの展開ではあるのですが、その様がやはり面白いのです。痛快でさえあります。

 

本書『宰領: 隠蔽捜査5』が属する『隠蔽捜査シリーズ』の魅力は、推理小説としての事件の謎ときもさることながら、竜崎をとりまく人間関係そのものや、その変化の面白さにあると思っています。

加えて竜崎の家庭内の問題もスパイス的に書き込まれており、家族に対しても同様の態度を取る竜崎の人間描写に厚みを加えています。

そうした意味では、黄門さまの物語のようにお定まりのパターンの中で、様々に趣向を凝らして読者を楽しませているのです。

 

現時点では今野敏のシリーズものの中では本『隠蔽捜査シリーズ』と『安積班シリーズ』が一番面白いと思っているのですが、両者共に登場人物の人間模様が魅力になっていると感じます。

 

 

私の好みがそこらにあるのでしょう。

本作はいつまでも続いて貰いたいシリーズの一つです。

焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕

本書『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第六巻目となる長編の警察小説です。

本書『焦眉』はこの頃読んだ今野敏の警察小説の中では、一番面白く、読みごたえを感じた作品でした。

 

東京都世田谷区の住宅街で投資ファンド会社を経営する中年男性が刺殺され、捜査一課の樋口顕も現場に急行した。警視庁が特捜本部を設置すると、東京地検特捜部の検事・灰谷卓也が現れる。灰谷は野党の衆議院議員・秋葉康一を政治資金規正法違反容疑で内偵中だった。秋葉は殺された男性と大学時代から親しかったらしく、殺害現場付近の防犯カメラには秋葉の秘書が映ってもいた。それらの事実だけを理由に灰谷は秘書の身柄を拘束。樋口は証拠不充分を主張するも、灰谷は独断で逮捕に踏み切ってしまう。自己評価が低く、上司の顔色を窺い、部下を気遣い、家族も大切にする―。等身大の刑事の生き様を照らし出す人気シリーズ、最新作。(「BOOK」データベースより)

 

世田谷で発生した殺人事件の捜査本部に、二課の捜査員と共に東京地検特捜部の検事二名までも参加してきた。

検事の参加について二課長柴原の説明は、衆議院議員の秋葉康一陣営の不祥事として秋葉の議員資格のはく奪を目的としているらしいというのだった

 

本書『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』は、今野敏の作品群の中でもかなり面白いと先に書きましたが、今野敏の他の小説とそれほど物語の設定や構造が異なるとは思えません。

キャラの立った主人公をメインに、捜査員が集めた情報から推論して事件の真相を突き止めるという構造、それも今野敏の作品らしく会話を中心に組み立てられていく、という流れは同じと思います。

ただ、本書『焦眉』の場合、犯人を特定し逮捕する犯人探しの過程の面白さ以上に、捜査本部に割り込んできた検察官との対決こそが見どころになっていて、その点こそが面白いのです。

 

検察と警察は、共に絶大な国家権力を背景にしている点では同じであり、通常は警察は検察の指揮のもとに動くはずです。ところが、本書ではその検察に対し捜査員たちが反抗します。

検察官による権力の恣意的な運用は時の権力、つまりは政権与党のための組織になってしまい、国民の生活を守るという警察の本来の姿から乖離してしまうため、そうした検察権力に対しては戦いを挑むのです。

本書『焦眉』では、ともすれば国民と対峙しかねない警察官が対決するのですから喝采を送りたくなります。

それは、強大な権力者対ヒーローという構造であり、例えば『半沢直樹シリーズ』の爽快感にも似たカタルシスがあります。

それも、今野敏という作者の筆をもってしているため、妙に生臭くなく、読みやすいエンターテイメント小説の一環として気楽に読み進めることができます。

 

正義の味方である筈の検察がそんな行動に出るかという疑問に対しては、本書の中でも書いてあるように、厚生労働省の元局長に対し行った「大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件」などがあります。

 

また、少々古いですが、魚住明という元共同通信記者が著した『特捜検察』という本も、本書の場面とはかなり異なるものの、検察という組織についてかなり深く調査し、書いてあります。

 

 

ただ、本書『焦眉』での検察官らの「地方警察ごとき」や「おまえら刑事」などという言動は、いくらカリカチュアライズしてあるとしても少々首をひねりたくなります。

でも、そうした難点も今野敏独特の文章で軽く処理しているためか、言うほどに大きな問題とはなっていないようです。

事実、主人公の内心、思惑はかなり警察官としての行動からは外れたものとなっていますが、今野敏の考える警察官のありようをさりげなく忍ばせながら描写してるところに、読者としては喝采を送りたくなると思われます。

言いたいことをはっきりと言えない点や。自分では引っ込み思案だと思っている点などは、いつも常に部下の顔色を伺う『安積班シリーズ』の安積警部補を思い出させる点もあります。

 

 

また、共に捜査という点では自分を押し通す一面も持っているなども共通していそうです。

でありながらも、『安積班シリーズ』ではよりチームワークとしての捜査が描かれている点が異なるなど、それぞれの魅力があります。

しばらくの休憩期間を置いて再始動した本シリーズです。これからも永く続いてほしいものです。

任侠シネマ

本書『任侠シネマ』は、『任侠シリーズ』第五巻目となる長編小説です。

古風なヤクザが経営再建に乗り出すこのシリーズは今野敏の多くの作品の中でも楽しみなシリーズの一つで、面白く読み終えることができました。

 

義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々と舞い込んでくる。今度の舞台は、北千住にある古い映画館!TVやネットに押されて客足が落ち、映画館の社長も閉館を覚悟。その上、存続を願う「ファンの会」へ嫌がらせをしている輩の存在まで浮上する…。マル暴に監視されながら、阿岐本組の面々は、存続危機の映画館をどう守る!?笑いあり、涙ありの「任侠」シリーズ第5弾! (「BOOK」データベースより)

 

まず最初に、本稿では本書『任侠シネマ』に対する不満点を強調して書いていますが、それは本書が面白い小説であることを否定するものではありません。面白い作品であることは間違いないのです。

 

ということで、今回も例によって阿岐本組組長阿岐本雄三の兄弟分である永神がある映画館の経営立て直しの話を持ってきたところから始まります。

『出版』『学校』『病院』『浴場』と続いてきたこのシリーズの今回の仕事の分野は『映画』です。

映画好きの私としては期待のテーマです。でも、このシリーズ当初から比べると魅力が薄れてきた印象があります。

というのも、シリーズ第三作の『任侠病院』までは建て直し対象の仕事自体に問題を見出し、ヤクザの筋目を通すことで業務を正常に戻すという流れがはっきりとしていました。

 

しかし、前作の『任侠浴場』はそうではなく、再建すべき対象が家族の問題などであり、なにも再建対象が「浴場」でなくても成立する物語であるように感じたのです。

その点は一歩譲るとしても、阿岐本組長自身が乗り出す場面が多いのはいいのですが、少々都合がよすぎます。組長の言葉のとおりに物語が進みすぎであり、違和感を感じてしまいました。

 

 

それと同様のことが、前作ほどではないのですが本書でも言えます。

本書『任侠シネマ』で書かれていることは映画館でなくても言えることが多いと思われます。

確かに、本書では「千住シネマ・ファンの会」という映画ファンクラブが登場したり、日村や近所に住む高校生の坂本香苗らが健さんの任侠映画などにはまる姿などが描かれてはいます。

しかし、それは物語の本筋ではなく、経営再建すべき今回の問題点は何も映画館でなくても起きうる事態だったのです。

 

以上の個人的文句に対し、本シリーズが面白くなりそうな点もあります。

今回は新しく北綾瀬署のマル暴刑事の甘糟達男の上司として仙川修造という係長が登場します。ヤクザは存在自体が悪であり、ヤクザを根絶するためならば何でもするという男です。

若干、現実の警察を皮肉っている側面も見えるこの男の存在は、かなりデフォルメされているとはいえ本書のようなユーモア小説ではなかなかに面白そうな人物でした。

本シリーズのスピンオフ作品である『マル暴甘糟シリーズ』の第三巻が待たれると同時に、そのシリーズの『マル暴総監』で登場するユニークな警視総監がこのシリーズにもゲスト出演すれば面白いのにと思ってしまいました。

 

 

また、さすがに本書では高倉健の「昭和残侠伝・血染めの唐獅子」や「日本侠客伝」などを見た日村の姿があり、また「ニュー・シネマ・パラダイス」を語る阿岐本組長の姿があります。

そうした姿は映画好きならではのものであり、家庭でのDVDもいいですが、映画館で映画を見ることの面白さ、総合芸術と言われる映画の魅力が存分に語ってあります。

残念ながら映画館で映画を見る機会が少なくなってしまった私ですが、やはり大画面と迫力のある音量での映画を見たいものです。

 

 

映画をテーマにした作品といえば、原田マハに『キネマの神様』という作品があります。映画に対する愛情があふれている、ファンタジックな長編小説です。

また、金城一紀の『映画篇』という作品は、誰もが知る映画をモチーフに、人と人との出会い、友情、愛を心豊かに描く短編集でした。

共に映画の楽しさ、面白さ、映画の魅力について存分に語ってある作品で、小説としても読むべき本の一冊だと思っています。

本書『任侠シネマ』でも、同様に映画の魅力を語る阿岐本組長や、その魅力にはまった日村や坂本香苗の姿を通して映画のすばらしさを語りかけているのです。

 

 

話を元に戻すと、本書『任侠シネマ』で描かれている出来事は「映画館」でなくても良さそうだと思え、更に阿岐本組長の言葉のとおりに展開しすぎないか、という点で前巻の『任侠浴場』と似た印象を持ったのです。

今野敏という作家が多作であり、忙しいのは分かりますが、作品全体として何となく荒っぽい構成になってきている感じがあるこの頃です。

できればもう少し丁寧な推敲、構成を願いたいところだと、素人ながらにファンとして思ってしまいました。