炎天夢 東京湾臨海署安積班

グラビアアイドル・立原彩花の死体が江東マリーナで発見され、近くのプレジャーボートで被害者のものと思われるサンダルが見つかった。船の持ち主は、立原が愛人との噂がある芸能界の実力者、プロダクションサミットの柳井武春だという…。芸能界の闇に、安積班が立ち向かう!(「BOOK」データベースより)

 

東京湾臨海署安積班シリーズ第十九作目の長編警察小説です。

今回もこのシリーズのほかの作品と同様に安積班のメンバーそれぞれの活躍が描かれています。つまり、安積警部補個人の動きではなく、安積班のチームとしての活動が描かれているのです。

 

本書では、現代の芸能界の実情として巷で噂のパワーバランスを意識したであろう舞台設定となっています。

グラビアアイドルの殺人事件の容疑者とされる男は芸能界のドンと呼ばれる大物の柳井武春でした。

問題は、その事実が捜査に陰に陽に影響を与えかねないということです。

グラビアアイドルの殺害現場が柳井の所有するプレジャーボートであり、柳井自身が暴力団とのつながり疑われ、さらに被害者が柳井の愛人との噂があることなどから、柳井の何らかの関与が疑われます。

ところが、普段は出席しない刑事部長が捜査本部の会議に出席し、この事件に関心を示すのでした。

そんな中、安積班の須田三郎巡査部長が、いつものように数年前の覚せい剤関連の事件からひっかかりを覚え、そこから小県は新たな展開を見せていきます。

そして、ここでも安積の天敵とも言うべき警視庁捜査一課の佐治基彦警部は安積らの捜査方針に反対意見ばかりを言い、難癖をつけようとするのでした。

 

本書を全体的に見て、安積警部補シリーズのなかでは特に印象深い作品とは思えませんでした。

一つの事柄を丁寧につぶし、あらゆる場面を想定し捜査を進めるという態度は変わりません。安積班の仲間の活躍もいつもと同じです。

でも、それだけであり、それ以上のものはありません。

警察小説として面白く、さすが安積警部補シリーズだとは思います。しかし、身勝手なファンの思いとしては平均的な面白さではなく、平均以上の特別な面白さを求めてしまいます。

平均的な面白さを持続することがどれだけ大変なことかを思うと、作者にとっては単に迷惑なファンだとは思いますが、それが正直な気持ちです。

 

安積にライバル心を隠さない相良の思わぬ一面を垣間見せる様子もあり、また捜査員の水野に対するセクハラが発生しないように配慮する安積の姿もあります。

このように、つまりはいつもと同じシリーズ内容です。

安積の他の登場人物に対する心象を詳しく描写しながら安積の人間性を浮かび上がらせているところや、班員たちの個性を際立たせているところもまたいつも通りです。

結局は面白い警察小説だ、というしかありません。

 

ちなみに、本書タイトルの「炎天夢」とは、柳井武春の所有するプレジャーボートの船名が「アブラサドール」というスペイン語の「炎天下」などを意味するところからきているのでしょう。

デビュー

19歳、童顔のアイドル・高梨美和子はデビューすぐさまトップの座へのぼりつめた。
その実彼女は、カリフォルニア大バークレー校を卒業、理論物理学と哲学の修士号をもつ才女だった。
昼はかわいいだけのアイドルを演じ、夜は天才少女と、二つの顔をもっているのだ。
彼女の真実の姿を知るのは、マネージャーの岡田二郎、情報通の作曲家・井上鏡四郎、
凄腕スタントマン・長谷部修の三人だけである。

虚栄にまみれた芸能界では、クスリや秘密売春、大手芸能プロの
暴力沙汰など、華やかな世界からおおい隠された事件でいっぱいだ。
六本木の夜、行きつけのジャズ・バー「ゼータ」でその事件を知った美和子は、持ち前の頭脳と
正義感で自らおとりになり、岡田、井上、長谷部の協力を得て、芸能界のワルどもを一掃する。
1992年初版刊行以来21年ぶり、ファン待望のアクションサスペンスを初文庫化。
連作短編全七編を収録。(「内容紹介」より)

 

天才少女でありながらアイドルを演じる十九歳の少女が、仲間の力を借りながら芸能界の闇をつぶす姿を描く連作の短編集です。

 

第一話 嘘は罪? | 第二話 ラヴ・フォー・セール | 第三話 悪い遊びは高くつくわよ! | 第四話 虚栄がお好き | 第五話 危険なおみやげをどうぞ | 第六話 その一言にご用心 | 第七話 25時のシンデレラ

 

本書は、最初は1992年6月に実業之日本社のジョイ・ノベルスから『25時のシンデレラ』というタイトルで出版されていたのですが、2013年8月に同じ出版社から『デビュー』と改題されて文庫化された作品です。

今野敏の初期作品を見ると『聖拳伝説』のような格闘技小説のほかに、『奏者水滸伝シリーズ』のような超能力者ものとがあります。

 

 

一方、現在の今野敏の小説は、警察小説を主軸としながら、読者の心情と寄り添いやすいストーリーを有したエンターテイメント小説の醍醐味を持った作品を多く書かれています。

しかしながら、初期の作品群を読む限りにおいては、ストーリーはエンターテインメント小説としてのツボを押さえていても、登場人物の描写はどこかに置き忘れていた作品が多かった気がします。

本書はそうした人間がいないエンターテイメント小説の典型とも言える作品です。軽い娯楽小説として面白くないとは言いませんが、読後感は残りません。

 

カリフォルニア大バークレー校を卒業して、理論物理学と哲学の修士号をもつ主人公が、その天才的な頭脳を隠したままなぜかアイドルとなり、汚濁にまみれた芸能界の闇を掃除します。

とはいっても女の子一人では何もできず、マネージャーの岡田二郎や、作曲家の井上鏡四郎、スタントマンの長谷部修といった大人たちがボディガードを兼ねつつも彼女の手足となって動き回ります。

そして、それだけの話であってそれ以上のものではなく、初期の今野敏の作品を読みたい人が読むだけの作品でしょう。

 

ただ、本書『デビュー』の出版よりも前の1988年10月には今の人気シリーズの『安積警部補シリーズ』の第一作である『東京ベイエリア分署』が出版されています。

この『東京ベイエリア分署』はその後『二重標的』と改題されて角川春樹事務所から出版されていますが、この作品は本書とは異なり、すでに十分な読みごたえがあったと思うのです。

 

 

かなり昔のことであり、はっきりと覚えているわけではありませんが、今の人気シリーズに連なるだけの内容を備えていたと思います。

ということは、もしかしたら、今野敏という作家は、作品の種類によってその書き方を変えていたのかもしれません。いつの日か読み返してみたいと思います。

機捜235

渋谷署に分駐所を置く警視庁第二機動捜査隊の高丸の新しい相棒が着任した。それは白髪頭のどう見ても定年間際の男・縞長だった。心の中で溜め息をつく高丸だったが、縞長は苦労を重ね、思いがけない実力を秘めた刑事だった!(「BOOK」データベースより)

 

本書『機捜235』は、渋谷署の分駐所に詰めている第二機動捜査隊に所属している機動捜査隊員の高丸卓也を主人公とする長編の警察小説です。

 

機動捜査隊(きどうそうさたい)とは、都道府県警察本部の刑事部に設置されている執行隊、つまり、様々な事案に機動的に対応することを目的として、任務に応じ専門分化した組織のことを言い、通称は機捜隊(きそうたい)、または機捜(きそう)と呼ばれています。

この機動捜査隊は、重要事件の初動捜査の効率化および犯行予測による邀撃捜査によって、犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織であって、通常は捜査車両に二名で乗車し担当管轄内の密行警ら(パトロール)に従事しますが、重要事件発生の際は犯罪現場に急行し、事件の初動捜査に当たることを任務としています。( 以上 ウィキペディア : 参照 )

 

本書のタイトル「機捜235」というのは主人公らが乗る機捜車のコールサインのことです。最初の2は第2機動捜査隊を、次の3は第3方面隊を、最後の数字はこの班の5番目の車ということを意味します。

そして、この機動捜査隊は拳銃を常時携行するほどに危険性も有しているのだそうです。

 

本書の主人公は高丸卓也といい、その相棒は梅原という同年代の男でした。しかし、梅原はある事故で入院することとなり新たなパートナーと組むことになります。その相棒が縞長であり、見当たり捜査のベテランだったのです。

本書は、この縞長のおかげで警察官として成長していく主人公の姿が描かれている、全部で九話からなる連作の短編集です。

 

第一話の「機捜235」では新しい相棒となる縞長との出会い、そして縞長の意外な能力の紹介があります。

次いで、またもや縞長の見当たりの能力により指名手配犯の逃走を未然に防ぎ、柔道三段、合気道五段という腕前も明らかになります(第二話「暁光」)。

こうして全九話の話が進んでいくのですが、当初は機動捜査隊員として何の疑念もなく役割分担としての初動捜査のみをこなしていた主人公です。

しかし、物語の進行の中で移動捜査隊の職務を紹介しながらも、日常の業務をこなしていく縞長の職務態度に接し、警察官としてのあり方を学んでいくのです。

 

以前読んだ今野敏の作品で『精鋭』という作品がありました。

この作品は警察学校での現場研修などを経て所轄署へ配属後、身体を張って国を守る部署だと教えられた警備部機動隊へ転任し、最終的にはSAT隊員として成長していく、一人の警察官の成長物語です。

普通の刑事の活躍を描くミステリーとしての警察小説ではなく、機動隊での生活を描く、警察の職務の紹介を兼ねた職業小説であり、ある種の青春小説ともいえるこの作品はユニークなものでした。

本書は、機動捜査隊の紹介という側面を持ち、さらに機捜隊所属の主人公の成長物語でもあるという点で『精鋭』という作品を思い出させるものでした。

 

 

通常の刑事警察ではない警察小説としては 横山秀夫の『64(ロクヨン)』もそうでした。

所轄の警察の広報官を主人公とする秀逸なミステリーであるこの作品は、ベストセラーとなり、話題のピエール瀧の主演でNHKでドラマ化されましたし、佐藤浩市主演で映画化もされました。

警察内部の異色の職種という点で本書と似たものがありますが、ただ、広報の職務の紹介という側面はそれほど強調されない、やはりミステリーとしての面白さがメインの警察小説でした。

 

 

本書『機捜235』の面白さはやはり、新しい相棒である縞長の見当たり捜査という特殊技能を持った人物の存在でしょう。

柔道三段、合気道五段の腕前をもって指名手配犯人を次々に捕まえながら、主人公の警察官としての成長の範となる存在は魅力的です。

この作品もシリーズ化されるのでしょうか。できれば続きを読みたいものです。

スクエア: 横浜みなとみらい署暴対係

「詐欺の報復で人を殺すなんて許すわけにはいかない」横浜・山手町の廃屋跡から二つの遺体が発見された。さらに所有者不明土地を利用した不動産詐欺事件が浮上する。背後に暴力団関与の疑いがあると判断した県警本部長の要請を受け、諸橋と城島は署を離れ、捜査に加わることになったが―。(「BOOK」データベースより)

 

『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』の第四弾となる長編の警察小説です。

 

端的に言えば、勿論今野敏の警察小説として普通に面白い作品です。

ただ、小説の達者な書き手が書いた小説として、ただそれだけで終わっている印象です。

本書は“ハマの用心棒”と呼ばれているマル暴の諸橋と城島の物語ですが、マル暴としての二人の個性、存在感があまり発揮されているとはいいがたい作品でした。

 

というのも、この作者の『隠蔽捜査シリーズ』や『安積班シリーズ』などの作品は、それぞれの主人公の「竜崎署長」の「安積警部補」といった主役や、彼らを支える脇役のキャラクターが明確であり、そうしたキャラクターだからこその物語だと言えると思います。

 

 

しかし、本書に限って言えば、マル暴としての二人の存在感を見せ、活躍する場面はそれほどでもありません。

確かに、本書での事案の対象は暴力団であり、二人の暴力団への聞き込みにより新たな事実が判明し、事件解明に役に立っているということはあります。でも、それはこの二人でなくても十分な情報を得ることができそうな印象が強いのです。

つまりはマル暴としての側面が明確に発揮できていると言い難いということでしょうか。

まあ、大阪からやってきた黒滝享次らと文字通り正面から喧嘩をする諸橋と城島に限って言えばその限りではなく、“ハマの用心棒”の面目躍如というところですが。

 

本書の物語などを思うと、今野敏の小説の登場人物は、本書の諸橋、城嶋にしても、行動優先のようにしていながらも、頭で考えることが下地にあり、つまりは理屈面が勝っている印象があります。

もしかしたら、近時の今野敏の小説に論理優先という印象があり、マル暴の印象が一歩引いているのかもしれません。

 

本書の内容に戻ると、主役の二人よりも、県警本部長の佐藤実という人物が気になりました。

警察官だからといって堅くある必要はなく「臨機応変、柔軟な対応」が必要だというこの本部長は、諸橋らの情報源の一つである、常磐町の神風会の神野というヤクザに興味を示したりと少々変わっています。

この本部長は今野敏の人気シリーズの一つである『マル暴甘粕シリーズ』の第二弾『『マル暴総監』』に登場する警視総監のように型破りであり、魅力的な人物です。

 

 

また、県警本部捜査二課の永田優子課長も型破りのキャリアとして描いてあり、このシリーズの憎まれ役であった笹本康平監察官とともに今後もこのシリーズの名物となりそうな気がします。

ともあれ、土地売買に絡んだ詐欺事件の延長線上に起きた殺人事件を“ハマの用心棒”の二人が解決していく物語です。少々半端な印象はあるものの、魅力的な登場人物の存在にも助けられ、今野敏の警察小説として楽しめる作品であることは間違いありません。

横浜みなとみらい署暴対係シリーズ

神奈川県警みなとみらい署刑事組対課暴力犯対策係のメンバーの活躍を描く、警察小説シリーズです。

 

横浜みなとみらい署暴力犯係シリーズ(2019年04月12日現在)

  1. 逆風の街
  2. 禁断
  3. 防波堤
  1. 臥龍
  2. スクエア

 

神奈川県警みなとみらい署刑事組対課暴力犯対策係は、暴力団からは「ハマの用心棒」と呼ばれ恐れられている諸橋夏男警部補が係長で、その相棒として陽気でラテン系の城島勇一警部補が係長補佐に就いています。

この二人をメインに、浜崎吾郎部長刑事、倉持忠部長刑事、八雲立夫係員、日下部亮係員といったメンバーを有し、暴力団がらみの事件を担当するいわゆる“マル暴”と呼ばれる係です。

 

作者の今野敏には、いわゆる「マル暴」と呼ばれる暴力団による犯罪対策を目的とする警察組織をテーマにした作品として、本シリーズの他に『マル暴甘粕シリーズ』という作品があります。

こちらは、マル暴担当でありながら、気が弱く、先輩刑事の郡原虎蔵にいいように使われている(ように見える)刑事の姿をユーモラスに描き出しています。

もともと『任侠シリーズ』に登場していたマル暴の甘粕刑事を主人公としたいわばスピンオフ的作品であって、どちらかというとユーモア小説の部類に入るでしょう。

 

 

本シリーズはそれと異なり、主人公らは暴力団相手に実力を行使することも厭いません。そのため、県警内部の監察官から常に目をつけられている問題刑事でもあります。

 

こうした違法捜査をも辞さない刑事のコンビとして、 黒川博行の描く『悪果』などに登場する大阪の今里署勤務の堀内とその相棒の伊達がいます。

 

 

ただこのコンビの場合“ハマの用心棒”どころではない悪徳コンビで、自分たちのシノギのために実際に違法行為にも手を染める、よりノワール性が強い物語です。

ですが、コンビの掛け合いも面白く、かなり強烈なノワール作品として読みごたえがあるシリーズです。

 

ともあれ、本『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』は、横浜の町を舞台に暴力団相手に横浜の街を守ろうとする気概でいっぱいの警察官を描写する、今野敏らしい物語です。

エムエス 継続捜査ゼミ2

未解決事件を取り上げるため『継続捜査ゼミ』と呼ばれる小早川ゼミの5人の女子大生は、冤罪をテーマにしようとする。小早川は、授業で学内ミスコン反対運動を推進する女子学生・高樹晶に会うが、後日高樹は小早川と話をした直後、何者かに襲われ救急車で運ばれた。その後、高樹に対する傷害容疑で小早川が任意同行させられることに―警察に疑われ続ける教授に代わり、ゼミ生たちが協力して事件の真相を明らかにしていく。(「BOOK」データベースより)

 

三宿(みしゅく)女子大人間社会学部び小早川一郎教授の刑事政策演習ゼミ(別名継続捜査ゼミ)を舞台とする、『継続捜査ゼミシリーズ』の第二弾です。

 

元警察学校校長でもあった小早川一郎教授の刑事政策演習ゼミ、通称「継続捜査ゼミ」では、冤罪の危険についての話から、三女祭でのミスコンへの反対運動へと話の流れが移っています。

その後、小早川の研究室にミスコン反対派のリーダーの高樹晶という女子学生が訪ねてきて、ミスコンについての小早川の話を聞きたいといってきました。

ところが、その高樹晶が小早川の研究室から退出してすぐに何者かに襲われてしまいます。駆け付けた小早川が近くにいた警官と少々もめると、その後すぐに強行犯係長の大滝という男が高樹晶に対する傷害容疑で任意同行を求めてきたのでした。

 

今野敏の小説の魅力の第一は、まずはその読みやすさにあると思われます。

それは、難しい言葉は使わずに誰にでもわかる言葉で描いてあることや、会話文や改行を多用していることから感覚的に頭に入ってきやすいということがあります。

そのうえで、これはシリーズの第一巻である『継続捜査ゼミ』でも同じことを書いたのですが、作品の内容が世の中の事柄を単純化してあって、実に理解しやすいのです。

例えば、またまた一巻目と同じ例えで恐縮ですが、大人気シリーズの『隠蔽捜査シリーズ』では、主人公の竜崎は変人と目されている男ですが、その行動原理は単純で、単に自分が合理的と判断する事柄を行っているにすぎません。

そうした単純化の仕方がうまく、物語の展開が素直に頭に入ってくると思われます。

本書の場合もその例に漏れません。本書のストリー自体は単純です。

 

ところが、本書の場合単純化が行き過ぎているとしか思えない展開でした。

未解決事件を取り上げている小早川教授のゼミの今回のテーマは「冤罪」ということです。それはつまりは本書のテーマにも連なってきていて、その冤罪事件に小早川が巻き込まれることになります。

その巻き込まれ方が極端すぎるのです。

例えば、いち早く現場に駆け付けた小早川が現場にいた一人の警察官ともめます。そして、小早川に反感を抱いたその警察官を優秀と信じ、かつ目をかけていた大滝強行犯係長がその警察官から小早川が怪しいという話を聞き、小早川を被疑者として決めつける流れになっています。

小早川が本書のテーマとなっている冤罪の対象になりかけるという流れはいいのですが、あまりにも早計に過ぎると思われる展開です。

このような印象はほかの箇所でもあり、本書に限って言えば少々単純化のしすぎだと言わざるを得ません。

 

とはいえ、そうした瑕疵は見られてもやはり今野敏の小説は面白いと言わざるを得ないところはファンである読者の弱みとしか言えないのでしょう。

内調特命班 邀撃捜査

成田空港に一人のアメリカ人が降り立った。各国諜報関係者の環視のなか、米大使館の車に乗りこんだ男は、尾行する覆面パトカーに手榴弾を放った!ジョン・カミングス、元グリーンベレー。東京の機能を麻痺させるべくCIAが送りこんだプロのひとりだ。日米経済戦争の裏で暗躍する組織に対抗すべく、内閣情報調査室の陣内平吉が選んだ男とは?―。(「BOOK」データベースより)

 

本書は今野敏の初期の小説によくあった伝奇小説の雰囲気をまとった長編の格闘技小説です。

それもそのはずで、本書の最終頁よると、「1990年5月に徳間書店から刊行された『犬神族の拳』を改題し」たものだとありました。

 

具体的には、「内調特命班」というタイトルにもかかわらず、物語は諜報関係の話ではなく、古武術をメインとする武道家の話です。

日米の経済戦争を背景に、アメリカの優位を保つために日本の社会、そしてマーケットに騒動を起こそうとするCIAから依頼された三人のエージェントを排除するために立ち上がったのが内閣情報調査室の陣内平吉により集められた三人の武道家でした。

本書が出版されたころの今野敏の作品には、本書のように舞台設定がざっくりとしており、人間の書き込みが薄い物語が多かったように思います。代わりに、自身が武道家という強みで挌闘場面の描写は読み応えがあるものでした。

また敵役もそれなりに魅力ある人物が要求されますが、この敵役にしても人物造形は簡潔だったように思います。本書の場合も同様で、日米の経済戦争という舞台での格闘技を習得しているプロのテロリストの三人というだけの設定です。

 

また、アメリカが優位に立つために日本国内で麻薬をばら撒き、銃器を供給して中国マフィアなどを暴れさせ、国内治安を悪化させるということですが、麻薬や銃器の供給や、日本警察を非力なものと描くことが日本経済の弱体化に結び付くなどの短絡的な設定が目立ちます。

本来は、こうした舞台設定も丁寧にやってほしいところではありますが、今野敏の小説は、物語は単純ではあっても単純な物語なりの論理を持たせてあるため、軽く読み飛ばすにしてもそれなりの説得力を持っていて、物語としての破綻を感じません。

そうなると、伝奇小説的な古来の伝統武術の存在もこの物語の中では必然性を否定できなくなるのです。

まあ、こうした感想も私が今野敏の小説のファンだということが大きく影響しているのかもしれません。

 

ともあれ、痛快小説としての格闘技小説としては一応の理由さえつけば、あとは挌闘場面の描写に尽きます。そして、自らも格闘家である今野敏の格闘場面の描写は他の追随を許さないものがあるのです。

三十年近くも前の、それは今野敏が作家としてまだ駆け出しに近い頃に書かれた小説としては十分に面白さを備えた物語だということができます。単純に古武術についての蘊蓄を、そして主人公らの武術を楽しむべき物語でしょう。

 

ちなみに、本シリーズの続編として『内調特命班 徒手捜査』があり、内閣情報調査室の陣内平吉により再び本書の三人が召集され、大活躍を見せるのです。

 

キンモクセイ

法務官僚の神谷道雄が殺された。警察庁警備局の隼瀬順平は神谷が日米合同委員会に関わっていたこと、“キンモクセイ”という謎の言葉を残していた事実を探り当てる。神谷殺害事件の専任捜査を極秘に命じられる隼瀬。しかし警視庁は捜査本部を縮小、公安部も手を引くことが決定される。やがて協力者である後輩の岸本行雄の自殺体が発見されるが…。日米関係の闇に挑む本格的警察インテリジェンス小説。(「BOOK」データベースより)

 

今野敏による、長編のインテリジェンス小説です。

 

本書の惹句には「本格的警察インテリジェンス小説」とあります。しかし、このところ、 麻生幾の『ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)などのリアルなインテリジェンス小説を何冊か読んでいたからか、本書の惹句に関しては違和感を感じるしかありませんでした。

 

 

確かに、描かれている事件は「日米合同委員会」という国益に関するものであって、通常の刑事警察の事案とは異なるものでした。

つまり、日米安全保障条約に基づく日米地位協定の運用について協議する実務者会議であり、日本の支配者構造の実態を示していると言われる「日米合同委員会」に絡んでくる問題であって、まさに公安の扱う事案だと思われるのです。

また、主人公やその活動内容も犯人逮捕に向けての刑事の活動を描いたものではなく、警察庁の警備局所属警察官を主人公とする、いわゆる公安所属の警察官の活動を描いたものでした。

 

しかし本書の構成は、まるで普通の警察小説であるかのようでした。

麻生幾らの描く公安警察の活動は、文字通り国益に直結する情報収集活動のための協力者育成の様子や、より直接に国外の諜報組織とのカウンターインテリジェンスの活動の様子であったりと、いわゆるスパイものがそのまま当てはまる物語です。

それに対し、本書において描かれている活動は、殺人事件に隠された謎を解き明かすものであって、普通の警察小説、つまりは刑事警察の活動とあまり変わらないものでした。ただ、活動の主体が公安の人間だということなのです。

 

すなわち、本書では諜報活動に関する事柄ではなく、被害者が残したとされる言葉「キンモクセイ」の隠された意味を探る、という通常の警察小説とあまり異ならない活動が描かれています。

そういう意味では、やはり本書は惹句にあるような「本格的警察インテリジェンス小説」というよりは、主人公は公安の人間であっても、公安が主人公ではあるけれども、通常の警察小説だと言った方がしっくりくる小説だと思います。

 

しかしながら、それは単に小説のジャンル分けのことを言っているだけであって、この小説の面白さとは関係がありません。

相変わらずに今野節が効いていて、会話主体で改行を多用した文章は非常に読みやすく、筋立ても面白い作品として仕上がっています。

また、他のいわゆるインテリジェンス小説に登場する「ZERO」の裏管理官も全国の公安をまとめる権力者としてではなく、通常の課長さんといったイメージで登場したりと独特の描き方がしてあり、それはまた新鮮に感じました。

さらには、日本の防諜組織に関する著者の意見も登場人物の口を借りてきちんと主張してあり、その主張も一読者としても納得できる内容です。

 

主人公が公安マンとして普通に生活していく中で、一人の先輩の言動から一歩を踏み出したがためにとんでもない事件へと巻き込まれていくその様子を日本という国を考えさせながらも面白いエンターテインメントとして仕上がっているのはさすがです。

小説の分類など二の次であって、面白い小説は面白いと感じるそのことが大切だと改めて考えた小説でもありました。

継続捜査ゼミ

元刑事、警察学校校長を最後に退官した小早川の再就職先は三宿女子大学。「刑事政策演習ゼミ」、別名「継続捜査ゼミ」を担当し、5人の女子大生と挑む課題は、公訴時効廃止後の未解決の殺人等重要事案。逃走経路すらわからない15年前の老夫婦殺人事件だった。警察小説の名手が贈る、新たなる捜査が始まる!(「BOOK」データベースより)

 

継続捜査ゼミシリーズの第一巻の長編推理小説です。

 

今回、継続捜査ゼミで取り上げられるのは十五年前に目黒署管内で起きた、老夫婦が居直り強盗に殺されたとみられている強盗殺人事件です。

学生たちは、ゼミのオブザーバとして加わっている目黒警察署の安斎幸助巡査部長が提供してくれた捜査資料を基に事案を検討していきます。

 

つまり、当時考えられた居直り強盗であるのならば、何故に犯人は夫妻を殺害する時間があるのならば逃亡しなかったのか、何故に昼間の時間帯であるにもかかわらず逃亡する犯人の目撃者がいないのか、などを学生たち自身の疑問をもとに綿密に検討していくのです。

学生たちはそれぞれに法律や薬学、歴史などの得意分野を有していて、その専門家はだしの知識をもとに推論を裏付けていきます。

 

そうした学生たちのゼミのテーマに対する討論とは別に、サブストーリーともいうべき別な事件も検討対象になります。

それは一つには小早川の同僚の竹芝教授の相談であり、全く身に覚えのない自分と学生とのホテルから出てくる写真についてのものでした。

さらに、学内で起きている運動靴の片方だけが盗まれる事件です。

これらの事件を小早川が中心となって学生らとともに解決していきます。

 

改めて考えるまでもなく、今野敏の小説は事案を単純化してある上に、登場人物の思考過程をさらりとした文章で表現してあるためか、非常に読みやすいものになっています。

例えば人気シリーズの一つである『安積班シリーズ』を見てもすぐにわかることですが、起きた事件の犯人を絞り込む安積の思考過程を簡潔に記してあり、その論理が分かりやすく素直に頭に入ってきます。それはすなわち王道の思考方法をとっているからでしょう。

正論を正論としてストレートに発言するのはこれまた人気シリーズの『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎ですが、この竜崎の思考方法の、論理を素直に考察する方法はほかの作品でもみられるところだと思います。本書もまた同様なのです。

 

そうしたわかりやすいロジックを素直な文章で描き出す今野敏の手法がはっきりと出ている作品だともいえると思います。

継続捜査ゼミシリーズ

継続捜査ゼミシリーズ(2019年03月10日現在)

  1. 継続捜査ゼミ
  2. エムエス 継続捜査ゼミ2

 

本シリーズの中心人物は、警察学校校長を最後に退官し、幼馴染の原田郁子学長に誘われて三宿(みしゅく)女子大学のに准教授としてやってきた小早川一郎です。

その小早川が三宿(みしゅく)女子大学の人間社会学部の教授となり、特命捜査対策班に所属していたという経験を活かし担当する「刑事政策演習ゼミ」、通称「継続捜査ゼミ」で過去の未解決事件をテーマとして取り上げます。

ここで「特命捜査対策室」とは、殺人事件等重要事案の公訴時効の廃止に伴い、継続捜査の必要性がクローズアップされ、警視庁捜査一課にそのための部署が作られたものです。

このシリーズは、この「継続捜査ゼミ」に属する五人の女子大生とともに未解決事件について新たな視点で挑む、これまでにない形態の推理小説です。

 

この通称継続捜査ゼミと呼ばれる小早川ゼミには五人のゼミ生がいるのですが、彼女らの横顔は

今野敏「継続捜査ゼミ」特設サイト|講談社文庫

を参照してください。

簡単にその横顔を記しておくと、城マニアでもあるリーダー格の加藤梓、遺跡に興味を持つ瀬戸真由美、法律に詳しい安達蘭子、薬学に詳しい戸田蓮、大東流合気柔術と直心影流薙刀をこなす武道家の西野楓という五人です。

このメンバーに、小早川が警察学校の校長だった時に初認化の研修を受けていた目黒警察署刑事組織犯罪対策課刑事総務係の巡査部長安斎幸助がオブザーバーとして参加し、現役の警官として資料の提供や意見を述べたりという手伝いをしています。

 

本シリーズの特徴といえば、一応捜査も終了した事案であり犯罪資料は揃っていて、ゼミ生が当事者に話を聞くことはあっても捜査の状況は描かれません。

ということは、通常は一人もしくは数人の探偵役や担当刑事による捜査の状況が描かれ、その捜査で得られた犯罪事実をもとに推理が展開されるのですが、本シリーズの場合は、その推理の過程がゼミという形式のもとに、複数人の討論という形式で明らかにされるというところでしょう。

もともと今野敏の小説は主人公の推論の過程を論理的に示しているところに一つの特徴と読み易さがあると思っていたのですが、本シリーズの場合は、その推論の過程が討論という形態で客観的に示されているのです。

 

こうした推論の過程を客観的に表現するという作品は本書意外には思いつきません。本格派の推理小説では謎解きの過程の論理性こそが命のようなところがあるので、そういう点では似ているといえるかもしれませんが、謎そのものやトリック自体に重きを置くわけではなく、やはり本格派の推理小説とは異なります。