任侠楽団

任侠楽団』とは

 

本書『任侠楽団』は『任侠シリーズ』の第六弾で、2022年6月に362頁のハードカバーで刊行された長編のユーモア小説です。

今回、日村たちが駆り出されるのはオーケストラです。クラシックには全く縁がない日村たちですが、いつもとはちょっと異なる展開ですが、相変わらずに面白い作品です。

 

任侠楽団』の簡単なあらすじ

 

問題だらけの「オーケストラ」を立て直しにきたら…まさかの事件発生で阿岐本組、大ピンチ!?あの警視庁捜査一課・碓氷弘一が「任侠」シリーズにやってきた!(「BOOK」データベースより)

 

阿岐本組長の兄弟分である永神健太郎が、北区赤羽にあるイースト・トウキョウ管弦楽団の内輪もめで定期公演の開催が危ういので何とかして欲しいという話を持ってきた。

阿岐本がこの話を請けない筈もなく、日村は早速翌日からオーケストラ事務局に顔を出すこととなった。

ステージマネージャーの片岡静香によると、改革者で実力主義である新任の指揮者のエルンスト・ハーンの方針に反発するベテランと、発言の機会が増えると期待する若手との間で確執が起きているらしい。

ところが翌日、練習のために現れたハーンが襲われるという事件が起きた。

しかし所轄の刑事たちは事件にしたくないようで、代わりに本庁捜査一課の碓氷という刑事が登場するのだった。

 

任侠楽団』の感想

 

まず、本書『任侠楽団』の表記ですが、Amazonの表記に合わせ、書籍記載の『任俠』ではなく『任侠』という文字を使用しています。

 

さて本題ですが、本書『任侠楽団』でも、例によって阿岐本組組長の阿岐本雄蔵の兄弟分である永神健太郎が話を持ってきます。

これまでも出版社、学校、病院、浴場、映画館といろいろな業種の建て直しを図ってきた阿岐本組の面々ですが、今回はオーケストラの再建話です。

つまり、北区赤羽にあるイースト・トウキョウ管弦楽団で内紛が起こり、二週間後の十二月十八日の定期公演の開催が危ういので何とかして欲しいというものでした。

これまで同様に、クラシック音楽に関心があるわけでもない日村がオーケストラのことなど分かる筈もなく、現場で右往左往する姿が描かれます。

ところが今回は、クラシック音楽の知識はないもののジャズなどには関心があるらしく、音楽とまったく無関係でもなさそうな阿岐本組長が自ら乗り出すことになります。

 

本書『任侠楽団』の登場人物としては、阿岐本組関係レギュラーとして組長の阿岐本雄蔵、代貸の日村誠司、組員の三橋健一二之宮稔市村徹志村真吉といったメンバーがいます。

ほかに北綾瀬署のマル暴刑事の甘糟達男とその上司の仙川修造という係長が顔だけ出します。

それよりも警視長捜査一課の碓氷という刑事の登場が本書における大きな目玉と言えます。

次いでイースト・トウキョウ管弦楽団の関係者として、事務局長の高部友郎、ステージマネージャーの片岡静香、新任指揮者のエルンスト・ハーン、前任指揮者の岩井鷹彦などが重要な登場人物です。

ほかに楽団員としてクラリネット奏者の峰岸秀一やフルート奏者の坂上京介の名が上がります。

 

本書『任侠楽団』がこれまでの『任侠シリーズ』の流れと異なるのは、阿岐本組長自らが乗り出す場面が多く、日村が様々な出来事に振り回されるという場面がいつもよりも少なくて済んでいることです。

そして何より大きな違いは、本書では新任の指揮者が何者かに襲われるという傷害事件が起きてしまうことでしょう。

そのことで犯人探しの要素が大きくなっており、これまでのようなシリーズ作品のように依頼を請けた業界独特の展開の中での物語という特色は、若干薄れていると思います。

 

しかしながら、犯人探しの要素が出てきたからこそ警視長捜査一課の碓氷という刑事が登場してくるのであり、シリーズ中の大きな目玉を持った作品になっていると思います。

さらに言えば、そのことで阿岐本雄三という組長も、阿岐本自身の活躍はほとんどないにもかかわらず、その魅力がより発揮されていると言えるかもしれません。

 

警視庁捜査一課の碓氷と言えば今野敏の作品群の中に『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』というシリーズ作品があります。

本書に登場する碓氷刑事がこのシリーズの「碓氷弘一」かと思いつつ読後にネットを見ると、本書の内容紹介に「警視庁捜査一課からあの名(?)刑事がやってきて」という文言がありました。

あの「碓氷弘一」かどうかは本書内部では明記してないので正確なことは不明ですが、公式の内容紹介文に「あの警視庁捜査一課・碓氷弘一」とある以上は多分同一人物なのでしょう。

ともあれ、阿岐本組長とあの碓氷刑事とがタッグを組んで事件を解決するのですから面白くない筈がありません。

 

今回は甘糟刑事も上司の仙川と共にちょっとだけですが登場します。

本シリーズの今後の展開がさらに楽しくなりそうです。続巻が期待されます。

石礫 機捜235

石礫 機捜235』とは

 

本書『石礫 機捜235』は『機捜235シリーズ』の第二弾で、2022年5月に刊行された、バディものの長編の警察小説です。

気楽に読める今野敏の作品そのままに、胸のすく場面を織り交ぜながらの罰発物テロ犯を追い詰める捜査過程は読みごたえがあります。

 

石礫 機捜235』の簡単なあらすじ

 

警視庁機動捜査隊渋谷分駐所の機捜車コールサイン235に乗る名コンビ、高丸と縞長は、密行中に指名手配の爆弾テロ犯・内田を発見し追跡するが、内田は建築現場に人質を取って立てこもる。二人は発見前の内田が何者かと爆発物の入った可能性のあるリュックを交換したという情報を入手した。新たなテロ計画か?警視庁の精鋭たちが捜査本部に招集され大規模捜査が展開される中、高丸、縞長たちは特捜班となり事件を追う!エリートじゃない、石ころみたいな俺たちだからこそ、できることがある――ベテランと若手の魅力的なコンビの活躍を描き、大人気のシリーズ、堂々の長編で登場!( 光文社 書籍 | 詳細 より)

 

石礫 機捜235』の感想

 

本書『石礫 機捜235』は文字通り警視庁機動捜査隊の物語で、機捜235とは、第二機動捜査隊の第三方面を担当する車両番号が5の車という意味です。

そして、そのコールサイン235の機捜車に乗るのが主人公の高丸卓也であり、その相棒が縞長省一という五十代後半のベテランです。班長は徳田一誠警部補であり、渋谷分駐所のある渋谷署に勤務しています。

この縞長はかつて見当たり捜査班にいたという経歴の持ち主であって、指名手配犯を記憶し、見当たり捜査の達人なのです。

 

見当たり捜査班」とは、警視庁では刑事部の捜査共助課にあって人間の記憶力で被疑者を見つけることを任務とするそうで( ウィキペディア : 参照 )、本書でもその能力を発揮して街中で見かけた爆弾テロの指名手配犯の内田繁之を発見したことが立てこもり事件へと結びついていきます。

また、警視庁機動捜査隊(略称は機捜)とは「特に捜査第一課が担当する事件(強盗、傷害、殺人等)の初動捜査を担当する」とありました( ウィキペディア : 参照 )。

本書『石礫 機捜235』でも、縞長が見つけたテロ犯の内田繁之が立て籠もった際に、初動捜査だけにかかわる機捜隊について駆けつけた特殊班捜査一係(SIT)の班員から邪魔者扱いされる場面が描かれています。

つまり、捜査一課はエリート集団であり、なかでもSITは人質事件などの現在進行形の事件を担当するエリート中のエリートだ描かれているのです。

そして、このエリート集団の一員が縞長をないがしろにするさまが描かれていますが、後にその点について痛快なしっぺ返しが用意してあり、まさに痛快な気持ちを味わえます。

 

本書『石礫 機捜235』には他にも「自動車警ら隊」や「公安機動捜査隊」、それに「特殊班」と呼ばれる警視庁刑事部捜査第一課の特殊犯捜査第一~七係のうちの第一から第三係などの普通の警察小説ではあまり焦点が当たらなさそうな部署が合同で捜査するという形で登場します。

さらに、今野敏作品のファンであれば捜査一課長の田端守雄の登場が喜ばれることと思います。

田端捜査一課長は、今野敏の『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』、『安積班シリーズ』、『隠蔽捜査シリーズ』、『萩尾警部補シリーズ「確証」』にも登場、『「同期」シリーズ』、『警部補・碓氷広一』シリーズ、『倉島警部補シリーズ』などにも登場している名物課長です。

この田端が出てきてからは、物語の動きが一気に加速します。それまでも徳田や新堀などの高丸の上司たちもそれなりに動いてはくれているが、田端の行動力はその上を行きそうなのです。

それは捜査一課長という地位の持つ権限の大きさを意味するとともに、同時に田端という男の性格をも表しているのではないかと思われます。べらんめえで話すところなどはそうしたことも意味しているのではないでしょうか。

また「自ら隊」の吾妻という存在は、『安積班シリーズ』の速水小隊長のような小気味よさを感じ、この物語の清涼剤的な爽快感を与えてくれているようです。

 

今野敏の物語では、本書で言えば高丸の捜査一課の増田の言動に対する不満に対して、増田の立場にも一応の配慮するなどのそれなりの手当を為したうえで高丸の言葉を肯定しています。

つまりは、非難すべき対象の性格や立場などを考慮するなどの筋を通したうえで、非難の対象への懲罰を加えるという流れになっているのです。

単純に非難するだけではなく、公平な視点を前提に物語の流れを組み立ててあり、その点も人気の一つになっていると思われます。

 

先にも述べたように、本書『石礫 機捜235』では特捜と特殊班と自ら隊との合同での捜査という形式になっています。

その中での年長者としての縞長の扱いが難しそうです。特殊班の二人は縞長のことをレジェンドといって尊敬しており、その後は高丸も縞長の経験を重視し、縞長に家宅捜査などの指揮を任せるようになっています。

役立たずと言われていた縞長が後にはレジェンドと呼ばれる存在となり、特捜でも実績を残す姿は読んでいても気持ちのいいものです。

本『機捜235』シリーズは今後も続くことでしょう。

続編が楽しみです。

機捜235シリーズ

機捜235シリーズ』とは

 

本『機捜235シリーズ』は、第二機動捜査隊に所属のコールサイン「機捜235」の機捜車に乗る隊員を主人公とする警察小説シリーズです。

特捜隊という珍しい部署を舞台としている今野敏らしく読みやすいバディものの作品で、とても面白く読みました。

 

機捜235シリーズ』の作品

 

機捜235シリーズ(2022年07月24日現在)

  1. 機捜235
  2. 石礫 機捜235

 

機捜235シリーズ』について

 

本書『機捜235シリーズ』の舞台となる「機動捜査隊(きどうそうさたい)」とは、都道府県警察本部の刑事部に設置されていて、犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織のことを言い、通称は機捜隊(きそうたい)、または機捜(きそう)と呼ばれています。

普段は捜査用車で警ら活動をしており、重要事件発生の際は犯罪現場に急行し、事件の初動捜査に当たることを任務としています。( 以上 ウィキペディア : 参照 )

本書『機捜235』のタイトル「機捜235」というのは主人公らが乗る機捜車のコールサインのことです。最初の2は第2機動捜査隊を、次の3は第3方面隊を、最後の数字はこの班の5番目の車ということを意味します。

本書『機捜235』の主人公は30代の高丸卓也巡査部長であり、その相棒は縞長省一という50代後半の巡査部長です。

この縞長という相棒が、見当たり捜査の達人という設定であり、縞長が指名手配犯を発見するところから物語が展開するのが基本の形のようです。

2022年7月の時点でシリーズ第二弾の『石礫 機捜235』まで出版されています。

 

ちなみに、2020年4月から、中村梅雀が演じる縞長省一が主役となり、テレビ東京系列でテレビドラマ化されているそうです。

無明 警視庁強行犯係・樋口顕

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』第七弾の2022年3月に刊行された354頁の長編の警察小説です。

相変わらずの今野敏の名調子の作品であり、本庁の捜査一課と所轄署の捜査員との対立の様子を描きながらも、とても読みやすく面白い作品でした。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京の荒川の河川敷で高校生の水死体が見つかった。所轄の警視庁千住署が自殺と断定したが、遺族は納得していない。遺体の首筋には引っかき傷があったうえ、高校生は生前、旅行を計画していたという。両親が司法解剖を求めたものの千住署の刑事に断られ、恫喝までされていた。本部捜査一課の樋口は別動で調べ始める。しかし、我々の捜査にケチをつけるのかと千住署からは猛反発を受け、本部の理事官には「手を引け」と激しく叱責されてしまう。特別な才能はなく、プライドもないが、上司や部下、そして家族を尊重するー。等身大の男が主人公の人気シリーズ最新作(「BOOK」データベースより)

 

東洋新聞の遠藤記者は、千住署で起きた高校生の自殺事件について家族は捜査をやり直すべきと言っているが、調べ直すべきではないかと相談してきた。

樋口が所轄警察署が事件性はなく自殺と判断した以上は傍から口をはさむことはできないと言っても、遠藤は家族の主張には理由があるというのだ。

そのことを天童管理官に伝えると、千住署の機嫌を損ねないようにしろと、殺人事件の捜査から樋口を外し、樋口と部下の藤本の専従を認めるのだった。

自分はそのつもりはなくても、結局は動かざるを得ないと思いながらも千住署へ行き、高校生の自殺の件について調査を始める樋口だった。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は警察小説であり、ミステリーと分類されるだろう作品ではありますが、捜査そのものの描写と同程度に組織内の人間関係を描き出してあります。

このことは他の今野敏作品とも似ていて、また主人公の描写という点でも『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也や『安積班シリーズ』の安積剛志という主人公たちの人物設定を思わせるところがあります。

前者はキャリア警察官と他のキャリアや組織との関係を描いており、後者は捜査班というチーム内部やほかの捜査チームとの軋轢などの問題を描き出しています。

こうして本書は推理小説とは言っても謎解きメインの本格派ではなく、また犯罪の動機を重視した社会派と言われる作品群とも異なる、まさに組織と個人であったり、また組織の内部そのものを描く作品だと言えます。

組織を描くという点では、本書は樋口という個人に一番光が当たっていると言えるかもしれません。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように組織を重視した警察小説として横山秀夫の『64(ロクヨン)』があります。

D県警内部の人事に絡んだ警察庁との軋轢や警務部と刑事部の争いを描きながらも、広報官として勤務しながら発生した幼児誘拐事件の解決に尽力する主人公の姿を描いた好編です。

 

 

謎解きそのものを重視するのではなく、組織と個人との関りを描いた警察小説としては佐々木 譲の『北海道警察シリーズ』もあります。

このシリーズの始めの三作品が特に、まさに腐敗した北海道警察と個人としての警察官との対立を描いたハードボイルドの香りも漂う読みがいのある作品でした。

 

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』を含む今野敏の描く警察小説の魅力としては上記の組織の中の個人を描き出している点もあると思うのですが、同時に、今野敏らしさとしては、会話文のうまさが挙げられます。

説明的でないにもかかわらず、会話により物語の流れを進めていく描き方は非常に読みやすいのです。

 

そしてもう一点、本書の魅力をあげるとすればやはり主人公のキャラクターに始める登場人物たちの魅力にあります。

先に挙げた今野敏の人気シリーズの各主人公や登場人物たちと同様に、本書での樋口顕や、その友人の氏家譲、それに天童隆一管理官たちといった個性的で魅力的な人物たちがそこにはいるのです。

そんな中でも本シリーズの主人公の樋口顕という人物は、いつも自分に自信がないために他人の顔色を伺って暮らしていると思っているような人物です。

ところが、客観的な評価はそれとは反対に明確な自己主張を持ち、いつも他者を思いやることのできる人物との評価を得ています。

本書でも、そうした樋口の人物像があるからこそ樋口のところに話が持ち込まれることになり、樋口のことを評価している天童管理官も樋口の専従捜査を認めるのです。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の他ではあまり見ない面白さの一つに、樋口の上司との衝突の場面が挙げられます。

所轄の捜査に口を出すなという上司と対立し、組織の秩序維持のためには上司の命令は絶対だという理事官に対し、樋口は秩序の維持も大切だが真実を明らかにすることも大切だと言い切り、懲戒免職まで言い渡されてしまう場面です。

こうした場面はまさにカタルシスを味わえる場面であり、こうした筋を通す人物を描いている点も今野敏作品の魅力の一つだと言えるでしょう。

今後も続巻を期待したいシリーズです。

探花 隠蔽捜査9

探花 隠蔽捜査9』とは

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は『隠蔽捜査シリーズ』の第九弾作品で、2022年1月に刊行された、新刊書で334頁の長編の警察小説です。

新天地である神奈川県警に移って二作目となる本作ですが、相変わらずに主人公の特異なキャラを生かしながら、さらに管轄内に抱える横須賀米軍基地という特殊性を考慮した面白い作品でした。

 

探花 隠蔽捜査9』の簡単なあらすじ

 

信念のキャリア・竜崎に、入庁試験トップの新ライバルが出現!? 「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」次々と降りかかる外圧に立ち向かう、人気シリーズ第9弾! 神奈川県警刑事部長となった竜崎のもとに現れた、同期入庁試験トップの八島という男。福岡県警から赴任してきた彼には、黒い噂がつきまとっていた。さらに横須賀で殺人事件が発生、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣されることにーー。次々と降りかかる外圧に、竜崎は警察官僚としての信念を貫けるのか。新展開の最新刊。(出版社より)

 

竜崎が刑事部長として神奈川県警に赴任してきて初めての五月のある日、登庁してすぐに阿久津重人参事官と板橋武捜査一課長とが、横須賀のヴェルニー公園で遺体が発見されたと言ってきた。

阿久津参事官は、もし米軍絡みの犯罪であれば日米地位協定の関係で海軍犯罪捜査局が乗り出してくるかもしれないので、捜査本部の設置は早い方がいいという。

その後、白人男性が刃物を持って逃走していたとの目撃情報があり、結局米軍との調整のためにトップが出向く必要があるということになった。

しかし、そこに居合わせた警務部長として異動してきた八島圭介の「王将は必要はなく、飛車でも動貸しておけばいい」との言葉に、本部長は動かずに竜崎だけが出向くこととなった。

この八島圭介という男は竜崎の同期のキャリアであって入庁時の成績がトップであったらしく、二番の成績だった警視庁の伊丹刑事部長などは、八島は何かと黒い噂もある男であり気を付けるようにというのだった。

 

探花 隠蔽捜査9』の感想

 

本『隠蔽捜査シリーズ』の主人公の竜崎伸也は、一般の警察官や警察官僚が抱いている警察官僚像とは異なり、出世に関心がなく、警察官の仕事は事件の解決であり、事件の解決に役立つために合理的に動くことを身上としている人物です。

本シリーズの魅力は、そうした竜崎という人間にある意味振り回されている警察機構内部の人間模様の描き方にある、というのはあらためて言うことでもないでしょう。

そこには、硬直化した警察組織、警察官僚に対する著者今野敏なりの風刺・揶揄の意味もあると思われます。

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は、その竜崎が警視庁管轄外の神奈川県警に異動してからの第二弾となる物語です。

それは、マンネリに陥りかけていた本シリーズを再活性化するための処方であり、その試みが今のところ成功していると思います。

舞台を新たにすることで竜崎という特異なキャラも生きてきており、また新しい土地の特色も生かすことができていると思われるのです。

 

繰り返しまさうが、本隠蔽捜査シリーズの魅力は何といっても主人公の竜崎伸也の特異なキャラクターにあります。

ところが、シリーズも巻を重ねるにつれ、読者は、そして登場人物でさえも竜崎のキャラクターにも慣れてくるのは当然であり、竜崎の魅力が薄れてきました。

そこで、竜崎を異動させ新しい地での活躍が描かれることとなったのが前巻の『清明 隠蔽捜査8』であり、その試みは成功していると思えます。

 

 

つまり、前著『清明』では中華街が、本書『探花』では横須賀の米軍基地という神奈川ならではの特異性を織り込んである点がこれまでにない視点です。

確かに、東京にも横田などに米軍関連の基地などはありますが、これまでの竜崎がいた大森署を舞台にしたままでは描けない事案でしょう。

その点神奈川県警は横須賀という大規模米軍基地を抱えており、また米軍関係ではなにかと取りざたされることの多いいわゆる「日米地位協定」も問題となり得るのです。

 

この「日米地位協定」を取り上げた作品としては、誉田哲也の『ジウサーガ』第八弾の『ノワール 硝子の太陽』という作品があります。

この作品は『姫川玲子シリーズ』に属する『ルージュ: 硝子の太陽』とのコラボレーション作品で、日米地位協定が重要な意味を持つ事柄として取り上げてありました。

 

 

作者今野敏が本書『探花 隠蔽捜査9』のマンネリ化を回避するために打った二番目の手段が新しい人物を登場させることです。

そのことは、刑事部捜査一課長の板橋武と参事官の阿久津重人という新しい人物が脇を固めていることは当然として、米軍関連でリチャード・キジマ特別捜査官という担当者を引っ張り出していることもそうでしょう。

しかし、なにより一番のインパクトは八島圭介というキャリアが警務部長として登場してくることです。

この人物は竜崎や警視庁刑事部長の伊丹俊太郎とは同期であり、入庁時の成績が一位だったという人物で、キャリアにとって出世することが一番の目的だと言い切る、まさに官僚的な人物なのです。

この人物が赴任早々に起きた横須賀のヴェルニー公園で発生した殺人事件の捜査本部に本部長の佐藤実が出向くまでもなく、竜崎が行けば足るとして本部長を連れていこうとしていた竜崎の思惑を潰してしまいます。

伊丹によれば何かと黒い噂のある人物だといい、今回の事件でも竜崎の聴取を受けることになります。

 

こうした新天地での竜崎の活躍はこのシリーズのマンネリの印象を一掃するのに成功していると言えると思います。

少なくとも本書はとても面白く、シリーズの当初の新鮮さに近い印象を持った作品でした。

暮鐘 東京湾臨海署安積班

暮鐘 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『暮鐘 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』二十作目の、新刊書で316頁の短編警察小説集です。

全部で十編の短編から構成されていますが、安積班員他の登場人物のそれぞれの特徴を生かした読みごたえのある作品集になっています。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

江東区有明で強盗事件が発生。被害者は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。強行犯第一係の安積班が現場に向かい本格的な捜査が始まろうとしている矢先、犯人が自首してきたのだが、須田は納得がいかないようでー(第二話「暮鐘」より)。ひとつひとつの事件を、安積班の揺るがぬ正義の眼差しで解決に導くー。(「BOOK」データベースより)

 

目次 :: 公務/暮鐘/別館/確保/大物/予断/部長/防犯/予告/実戦

公務
臨海署でも「働き方改革」を徹底するように言われるが、事件に応じた対応ができなくなり、ひいては一般市民の生活にまで響いてくるのだった。

暮鐘
殺人事件が起き警視庁捜査一課の乗り出してきて、臨海署の安積達はその補佐に回ることになった。刑事としては明らかに太り過ぎで、のろまに見える須田巡査部長の活躍が描かれる。

別館
東京湾で人質事件がおき、テロ事案も疑われる中、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動するのだった。

確保
警視庁指定の重要指名手配被疑者の確保に、警視庁本部の捜査一課が来ることになった。安積と組んだ一課のベテラン刑事の荒川は、佐治係長と相良班長について話すのだった。

大物
安積班の桜井が組織犯罪対策課の古賀巡査部長に怒鳴られていた。組対の検挙のチャンスを逃したものらしい。しかし、村雨は桜井は大物で放っておいて大丈夫だというのだった。

予断
久しぶりの居酒屋で飲んでいると、鑑識係長の石倉がやってきてクイズを出してきた。皆なかなか政界にたどり着かないでいた。

部長
臨海署に連続強盗事件捜査本部が設置され、臨海署の地域課からも応援が来ていた。安積の「大牟礼部長」という呼びかけに、水野は本部の部長と思ったというのだった。

防犯
珍しく安積が交機隊の速水と飲みに行くと、そこに来た東報新聞の山口記者に速水が東報新聞の特集について一言いい始めた。警察による防犯の必要性といってもできることとできないことがあるというのだ。

予告
お台場で行われる野外イベントに対し犯行予告がきたらしい。それに対し、署長が犯人は東京湾臨海署の署員が必ず捕まえると宣言したのだった。

実戦
黒木が、青海の埠頭での乱闘騒ぎに乗り出し、一瞬で十人ほどの乱闘を叩きのめしてしまった。黒木は剣道五段の腕前だというのだ。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏の短編小説は、シリーズ登場人物の人となりや考え方、、それに相互の人間関係などをピンポイントで描き出してあり、結果としてシリーズ自体を立体的に構築することに役立っているようです。

安積班シリーズ』の短編集としては、例えば本書の二冊前に出版された『道標 東京湾臨海署安積班』があります。

この『道標』では、登場人物の若いころを描いたり、同じ事件を異なる人物の視点で描き、そこにいる安積警部補の姿を浮かび上がらせるなど、各短編の構成がかなり考えられていました。

 

 

しかし、本書『暮鐘』ではそのような一冊の作品としての構成までは考慮されていないようです。

ただ、安積班員やシリーズ内で独特な位置にいる交通機動隊の速水の仕事ぶりを描いたり、また東京湾臨海署水上安全課を取り上げて特殊部隊の存在を示してあったりと、現代の警察業務の紹介的側面はあります。

例えば冒頭の「公務」という話は、2021年現在でも取り上げられることの多い、「働き方改革」が取り上げられています。

安積達にも残業を減らすようにと指示があり、その結果公務が滞り、ひいては市民生活に影響を及ぼしかねない事態にまで陥るのです。

 

また、「別館」という話では、東京湾臨海署水上安全課の管轄になる海上での人質事件が起き、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動します。

つまり、東京湾臨海署水上安全課、海上保安庁、本庁のWRT、SAT、SIT、SSTといった、通常の刑事事案からテロなどに応じた組織が紹介され、まるで特殊部隊の品評会といわれる話になっています。

そして、「部長」という話では、部長という呼称について本部部長と巡査部長との区別などの説明があります。同時に、この話では地域課という職務の重要性について語られているのです。

「防犯」では防犯と権力の暴走とのバランスが語られています。

 

一方、二話目の「暮鐘」では、安積班の頭脳でもある須田をメインに、須田をのろまと言い放ち、高圧的な態度をとる本庁一課の佐治係長と衝突する安積がいます。

その佐治係長は四話目の「確保」という話で、元自分の下にいて眼をかけていた臨海署の相良班長との関係が変わります。

そして、「大物」では村雨が教育掛をしている桜井について、「予断」では鑑識係長の石倉を通した職務上の先入観について、「予告」ではのろまと見える須田の、「実戦」では黒木の剣道五段の腕前が披露されています。

 

このように、本書『暮鐘』では、警察組織の紹介や安積班班員の活躍などが気楽に読める構成になっている、今野敏のらしい読みやすい短編小説として仕上がっているのです。

やはり、この作家の物語は大白いと再認識した一冊でした。

ロータス・コンフィデンシャル

ロータスコンフィデンシャル』とは

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、新刊書で332頁の公安捜査官を主人公にした長編の公安警察小説です。

舞台は公安であってもあい変らずに今野敏の物語であり、主人公倉島の成長物語の要素が強い、とても読みやすく面白い作品でした。

 

ロータスコンフィデンシャル』の簡単なあらすじ

 

外事一課の倉島は、「ゼロ」の研修帰りのエース公安マン。ロシア外相が来日し、随行員の行動確認を命じられるが、同時期にベトナム人の殺害事件が発生。容疑者にロシア人バイオリニストが浮かび上がる。一方、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることがわかる。倉島は、ベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探るが…。(「BOOK」データベースより)

 

ロシア外相ドミトリィ・コンスタンチノヴィッチ・ザハロフの来日に伴い、倉島達夫らもユーリ・ミハイロヴィッチ・カリーニンという人物の行動確認をするよう命じられた。

倉島はロシア大使館のコソラポフにカリーニンの素性を確かめると、FSOつまり大統領などの政府要人の警護のための組織である連邦警護庁の大佐だというほかに耳寄りな情報はなく、つまりは要注意人物ではないとの結論に至るのだった。

そこに公安機動捜査隊の片桐秀一から、ベトナム人が殺された事件の被疑者がザハロフ外相の随行員の一人と接触したらしいと知らせて来た。

防犯カメラに写っていた被疑者の名はマキシム・ペトロヴィッチ・ヴォルコフといい、日本に滞在しているミュージシャンだという。

ただ、被疑者といっても片桐一人の心証だと聞き片桐の考えすぎだと思う倉島だったが、そのことを聞いた倉島と同僚の白崎敬は、倉島こそどうかしているというのだった。

そのうちに、白崎の行方が分からなくなってしまう。

 

ロータスコンフィデンシャル』の感想

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、いかにも今野敏の作品らしい、読みやすく時間をかけずに読める気楽な警察小説です。

この気楽に読めるというところが今野敏の作品らしいところであり、後述の麻生幾濱嘉之らのシリアスな作品と異なるところです。

 

シリーズを重ねるごとに成長を見せてきた主人公の倉島達夫警部補ですが、前作の『防諜捜査』では「作業班」を率いるまでになっています。

つまりは、独立した一人前の公安捜査員として予算や人員を自由に使い、国家のために働くことができる立場になったのです。

ところがそんな倉島が慢心したのか、公安としての自覚に欠けた行動をとってしまいます。

公安に移る前はベテラン警部補であった白崎からも倉島が「変わった」と指摘されますが、自分が変わったことに気付かない倉島でした。

この白崎はシリーズ第四作の『アクティブメジャーズ』から行動を共にしているのですが、公安捜査員としてはまだ経験が浅いとの思いもあったのでしょう。

そうこうするうちに、白崎の失踪事件などが起き、さすがの倉島も自分の怠慢に気付きます。

そして、伊藤や片桐といったこのところ行動を共にしてきたチームの仲間たちの力を得て、白崎の行方を探すとともにベトナム人殺害事件として名前が挙がっているヴォルコフの件の調べも進めるのです。

こうして、自分のミスに気付いてからの倉島の行動力は目を見張るものがあり、読者も引っ張られてしまいます。

この倉島の変化こそが本書『ロータス・コンフィデンシャル』の一番の魅力でしょう。その上で、公安の職務の実態の描写もまた関心事となってくるのです。

 

公安関係の作品と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』などの名前が浮かびます。

日中にまたがる諜報戦争とともに公安警察の真実が暴かれていき、大どんでん返しをみせる、諜報小説、エンターテインメント小説の最高峰と言われている作品です。

 

 

また、濱嘉之著の『警視庁情報官シリーズ』は、公安警察出身である著者の濱嘉之氏が、自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出す異色の長編小説です。

ずば抜けた情報分析力を持っている公安警察官が主人公とした、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説になっています。

 

 

日本でもこうした十分に面白いインテリジェンス小説が増えてきました。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、これらのリアリティに富んだ作品群と比較すると、公安警察関係の小説としては若干色があせる印象はあります。

他の場所でも書いたと思うのですが、本書では公安の諜報活動の実際のエッセンスだけが示され、描かれているのは今野敏が描く普通の警察小説の捜査とあまり変わらない印象です。

それは本書が面白くないということではなく、物語の展開の仕方が現実の公安捜査の実際というよりも、登場人物たちの個々の心証を中心とした行動に重きが置かれているために、他の警察小説との差異が出にくいということになるのではないでしょうか。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』の面白さは、主人公倉島の上司も含め、元刑事の白崎や片桐や伊藤ら仲間たちの援助があって成長していく倉島の変化、成長の様子の描写にこそあると思います。

 

今野敏という書き手のこれまでの傾向を見ると、今野敏の描き出すインテリジェンスの世界はどうしても諜報活動自体というよりも、そこに携わる人間たちの思惑なり行動なりが描かれることになると思われます。

そしてそれは今野敏の小説の世界として変わらずに支持されるでしょうし、また支持していきたいと思うのです。

続編を待ちたいともいます。

倉島警部補シリーズ

倉島警部補シリーズ』とは

 

本シリーズの『倉島警部補シリーズ』は、今野敏という作家にしては珍しい公安警察員を主人公にしたシリーズです。

とはいえ、基本的にはこの作家の他の警察小説の構成とあまり変わってはいないと思われ、今野敏のタッチが強く残った、読みやすいシリーズです。

 

倉島警部補シリーズ』の作品

 

倉島警部補シリーズ(2021年09月08日現在)

  1. 曙光の街
  2. 白夜街道
  3. 凍土の密約
  1. アクティブメジャーズ
  2. 防諜捜査
  3. ロータスコンフィデンシャル

 

倉島警部補シリーズ』について

 

この『倉島警部補シリーズ』は、当初の三作は倉島達夫警部補を主人公とするアクション小説風の作品でしたが、第四作あたりからシリーズの色が変わり、より公安警察色の強い作品になってきたように思います。

第三作まではヴィクトルというKGBの男との話が軸になっていたのですが、第四作目の『アクティブメジャーズ』からはヴィクトルは登場しません。

というよりは、シリーズ一作目の『曙光の街』ではヴィクトルがメインと言ってもいいほどであり、このヴィクトルによって主人公の倉島達夫は変わっていくのです。

この三作で、倉島はまだ頼りなさの残る、事なかれ主義の男から一人前の公安捜査官へと育っていきます。

 

そして、第四作の『アクティブメジャーズ』では、倉島警部補はゼロと呼ばれる研修から戻ったばかりということになっています。

ゼロの研修から戻ったということは、一人前の公安捜査官になったということであり、文字通りシリーズの主役となったと言えます。

それまで倉島を助けてきたヴィクトルは登場しなくなり、代わりに倉島の情報源としてロシア大使館の三等書記官のコソラポフという男が登場し、よりインテリジェンス色の強い話になっているのです。

シリーズ初期の三作は十年以上も前に読んだ作品なので、その後のヴィクトルの消息は覚えていません。

 

ここで「ゼロ」とは「チヨダ」とも呼ばれる警察庁警備局警備企画課の情報分析室のことであり、ここでの研修を終えた公安警察員は公安のエリートと呼ばれるそうです。

この「ゼロ」をテーマに書いた作品が、これまで何度も取り上げてきた麻生幾が書いた『ZERO』という作品です。

この本の惹句に「日本スパイ小説の大収穫でありエンターテインメント小説の最高峰」とあるのも納得の作品です。

 

 

ともあれ、前作『防諜捜査』が出てから五年後をへて新しく『ロータスコンフィデンシャル』という続巻が出ました。

これからも倉島警部補の成長譚が読めることを楽しみにしたいと思います。

逆風の街

本書『逆風の街』は『横浜みなとみらい署暴力犯係シリーズ』第一弾の、解説まで入れて文庫本で376頁の、長編の警察小説です。

神奈川県警の諸橋と城島という二人のマル暴刑事を中心に展開される痛快な物語で、私の好みに合致した作品でした。

 

逆風の町』の簡単なあらすじ

 

神奈川県警みなとみらい署。暴力犯係係長の諸橋は「ハマの用心棒」と呼ばれ、暴力団には脅威の存在だ。地元の組織に潜入捜査中の警官が殺された。警察に対する挑戦か!?ラテン系の陽気な相棒・城島をはじめ、諸橋班が港ヨコハマを駆け抜ける。(「BOOK」データベースより)

 

寺川祥司は経営する印刷会社の運転資金として闇金融から二百万を借りたが、利息を含めて三百万を返せと催促されていた。

夜もろくに眠ることもできない取り立てのために警察に助けを求めるが、駆けつけた警官がいなくなるとまた現れることの繰り返しだった。

そこで弁護士に依頼して事後の処理を任せたもののその弁護士も交通事故に遭い、結局は自分一人でやるしかなくなってしまう。

我慢の限界に達した寺川は取り立てにきたチンピラに手を出してしまい、治療費と入院費、それに損害賠償とで新たに三百万円を請求されることになった。

最後に警察署へ連絡してもまともに取り合ってはくれなかったが、後日、暴力犯対策係の諸橋と城島と名乗る刑事たちがやってきた。

 

逆風の町』の感想

 

本書『逆風の街』はまさに痛快小説そのものの物語です。

典型的な、それも時代小説での痛快小説の型の一つとして、凄腕の主人公が、その剣の腕などを利用して悪漢を倒して弱者を助けるという型があります。

中でも主人公の背後には豪商や権力者などがいて主人公を陰に助けてくれる場合もあります。

つまり、豪商や時の権力者などが主人公の背後にいて、いざという時は彼らの金や権力で主人公を助けたりもし、最終的には主人公が悪役を倒し、読者はその痛快、爽快感にカタルシスを得る、という流れを持った型です。

今で言うと佐伯泰英の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』や、辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』などがそれにあたるでしょう。

 

 

本書の場合、主役の二人は暴力団の暴力にも負けない強靭な意志と腕を持っていて、その上身分が警察官ですから権力も持っています。

そして、警察官という身分を有するとはいえ暴力に臆することなく立ち向かい、彼らを叩きのめし、弱者である一般市民の味方になってくれるのです。

ただ、警察官も組織の人間ですから組織上での弱点を持ち、そこを突かれることがありますが、その点に対しても警察内部での味方が現れ、主人公らを助けてくれる構成になっています。

結局、主人公が暴力団を相手に一歩も引かず、市井の一般人の味方になって暴力団を撃退するのですから、まさに痛快小説そのものなのです。

 

本書『逆風の街』の場合、町の印刷会社の経営者が闇金に手を出し、理不尽な額に膨れ上がった借金の返済ができずに追い込みをかけられ警察に助力を頼みますが、警察も相手にしてくれません。

たまたまその話を聞いた諸橋が手を差し伸べ、取り立てを繰り返す闇金を逆に追い詰めるのです。

本書ではその上にもう一つ話を絡めてありますが、それが暴力団に対する潜入捜査の話です。

本書『逆風の街』冒頭で潜入捜査に従事していた警察官が身分がばれて殺されてしまった話が出てきます。

さらにもう一件大阪府警の話として、殺人以外は何をやってもいいと言われていた潜入捜査官が、捜査の過程で覚せい剤を購入したとして覚せい剤取締法違反の罪に問われたという話が挙げられています。

つまりは組織の論理の前に約束など無に等しく、無常に切り捨てられてしまったというのです。

こうした潜入捜査の話を絡めることで、個人の正義と警察の論理との話を絡ませることで、ヤクザによる弱者を食い物にするという単純な話に幅を持たせ、エンターテイメント小説として読ませる話に仕上げられています。

 

ここでの個人と組織とは、一般市民が暴力団の食い物になることを阻止しようとする諸橋らの努力、つまりは個人の論理がまずあり、その上で潜入捜査の話に絡めて警察という組織の思惑という別な論理で動く場合があるということです。

組織の論理と個人の論理とのせめぎあいの中で苦悩する諸橋の姿があり、そこに助言する城島の姿は感動的ですらあります。

城島は人の行動の流れを決めるのは感情だといいます。感情自体に善悪の価値はなく、人の共感が善悪を判断すると言い切るのです。

人の共感にそれほどの価値があるかは疑問ですが、こうして物語の中で登場人物が口に出すとそれなりの意味があるように思え、説得力を持ってくるのですから不思議です。

 

本書『逆風の街』の構造そのものはベタな正義感です。しかし、その正義感をそのままに貫く諸橋と城島の姿は読者の共感を呼ぶのは当然だと思われます。

加えて、今野敏の読みやすい文章がそのような痛快感をさせているのですから、さらに読者に支持されるのでしょう。

こうして今後もこのシリーズは読み続けるでしょうし、事実読み続けています。

大義 横浜みなとみらい署暴対係

本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は『横浜みなとみらい署暴対係シリーズ』第六弾の、新刊書で258頁の短編の警察小説集です。

諸橋係長のもとで活躍する暴対係の面々の紹介を兼ねたエピソード集で、楽しく読め作品集でした。

 

大義 横浜みなとみらい署暴対係』の簡単なあらすじ

 

俺たちの所轄(シマ)で暴力は許さない!
「ハマの用心棒」諸橋と陽気なラテン系の相棒・城島、
人間味溢れる刑事たちの活躍を描くスピンオフ集。(「書籍紹介」より)

 

タマ取り
ベテランの巡査部長の浜崎吾郎が、もう七十歳になる本牧のタツと呼ばれている男が「常磐町のとっつぁん」こと神風会組長の神野義治のタマを狙っているという話を聞き込んできた。諸橋城島は早速神野の家へと向かうのだった。

謹慎
巡査部長の倉持忠が駆けつけると、路上に倒れている三人の男の前に諸橋と城島とが戸惑った様子で立っていた。県警本部組対四課の土門下沢という二人が駆けつけ倒れた三人を引き取っていったが、それからすぐに諸橋と城島の身柄が拘束されてしまうのだった。

やせ我慢
浜崎が安伊坂組の若頭だった稲村力男が出所し城島にお礼参りに来ると言っている話を聞き込んできたが、城島は放っておけという。城島にあこがれている日下に対し、気が弱かった昔の自分を引っ張ってくれた城島のことを話す浜崎だった。

内通
横浜みなとみらい署暴対係の八雲を始めとする捜査員は、県警本部の捜査員たちと共に狙いをつけていた売人の川森に職務質問をするが空振りに終わっていた。そこで情報漏洩が疑われ、県警本部警務部監察官室の笹本康平が横浜みなとみらい署暴対係にやってきた。

大義
監察官の笹本康平は佐藤実県警本部長から、みなとみらい署の暴対係が常磐町の神風会を特別扱いする理由を調べるようにと命じられた。そこにみなとみらい署管内で抗争事件に発展しそうな暴力団同士の傷害事件が起きたことから、笹本は諸橋と城島に張り付くことにした。

表裏
諸橋と城島とが常盤町の神野のところに行くと、暴力団を任侠団体といい、ヤクザを侠客と呼びたがる増井治と名乗るフリーライターと鉢合わせをした。神野から取材を断られた増井は諸橋と城島とに張り付くことにしたようだった。

心技体
諸橋は神奈川県警の暴力団対策課から、管轄外の戸部警察署管内の暴力団事務所の家宅捜索に参加するように言われた。暴力団対策課第二係の笠原靖英係長は、暴力団と変わらない外見の浜崎とともにいる倉持の見た目から、配置替えした方がいいのではないかといってきた。

 

大義 横浜みなとみらい署暴対係』の感想

 

本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』は、横浜みなとみらい署暴対係のメンバーそれぞれに焦点を当てて「横浜みなとみらい署暴対係」の活動を浮き彫りにしている短めの作品集です。

今野敏の描く短編は、長編と同様にまとまりがあって面白さをもっていると思っていたのですが、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』に関しては、今一つのめりこめないとの印象を持ちながら読み進めていました。

というのも、今野敏の物語にしては話が単純に過ぎ、登場するキャラクターたちの持つ魅力で何とか救われているけれど、読後に何も残らない印象だったのです。

しかしながら、読み進めるうちにやはりいつの間にか引き込まれていました。

 

確かに、本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』の短編は発生する事件が単純で、事件発生から解決まで一直線です。

しかし、本書はそもそも新刊書で258頁という薄い本でありながら全部で八編の短編が収納されています。

ということは複雑な筋立てを盛り込みようもなくて単純な設定であることは当然で、その点を疑問に思う方がおかしいといえばおかしいのです。

また、例えば「表裏」に登場する増井のように人物造形がステレオタイプで、物語のストーリーも先が読めてしまう作品もあります。

でも、先は読めてもこの話としての面白さが無くなるかといえばそうではありません。

それは、諸橋や城島たちのキャラクター造詣がよくできているため物語として色が褪せていないからでしょう。

 

そもそも、今野敏の作品は長編であっても物語の構造そのものは単純なものが多いと思われます。

でありながら、それぞれの登場人物は、それぞれの立場で事件の背景に目をやりつつも人間関係にまで腐心する姿を丁寧に描いてあります。

その上で、各登場人物たちは、結局は組織の一員としての行動を尽くしていて、物語としては単純であっても、登場人物たちはよく考え、そしてよく動いているのです。

 

それは、短編集ではよりはっきりと表れるのではないでしょうか。

ただ本書『大義 横浜みなとみらい署暴対係』では、先に作者今野敏が書きたいテーマがあって、そのテーマに合わせた事件を設け、焦点を当てたい登場人物を描き出している印象はあります。

各話は、ストーリーの面白さというよりも、みなとみらい署暴対係の個々の刑事の目線で描くことで人物像の紹介を兼ねている短編集だと言えるのです。

 

今野敏の作品は、作者の基本的な立場である物語の筋、すなわち作者の考える「正義」の観点で物語が貫かれているところに、読み手の安心感があり、感情移入がしやすいのだと思われます。

具体的には『隠蔽捜査シリーズ』の主人公竜崎によくあらわされているのではないでしょうか。

 

 

そうした安心感の上に、さらに読みやすい文章で紡ぎ出される今野敏の作品です。

本シリーズのみならず、他の作品も早く読みたいと思わせられるのです。