(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第三弾で、最初は1991年8月に大陸ノベルスから刊行され、その後2022年2月には角川春樹事務所から256頁で文庫化された、長編の推理小説です。

 

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾岸で乗用車の中からテレビ脚本家の絞殺死体が発見された。現場に駆けつけた東京湾臨海署(ベイエリア分署)の刑事たちは、目撃証言から事件の早期解決を確信していたが、間もなく逮捕された暴力団員は黙秘を続け、被害者との関係に新たな謎がー。華やかなテレビ業界に渦巻く麻薬犯罪。巨悪に挑む刑事たちを描く安積警部補シリーズ。新装版第三弾は、上川隆也氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

 

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は、『安積班シリーズ』の第三弾の長編の推理小説です。

1991年8月刊行の作品だけに、仕事を終え飲んでいた安積班への連絡もポケベルでの呼び出しでなされているほどに古い時代の作品です。

しかし、ストーリー自体に古さは感じられず、シリーズも三作目となり一段と脂がのってきている印象です。

 

テレビ脚本家の絞殺死体が発見され、安積班が捜査に当たることになります。しかし、犯人らしき人物の目撃者もいてすぐに暴力団関係者も逮捕されて、この事件は終結すると思われました。

その結論に何となく割り切れないものを感じていた安積警部補でしたし、被疑者を逮捕した三田署の柳谷捜査主任からも黙秘を続ける被疑者に疑義があり捜査本部を置くべきではないか、との相談を受けることになります。

ところが、その後捜査本部が置かれて捜査は続行することになり、警視庁から相楽警部補がくるため、安積警部補自身に捜査本部へ来てくれるようにと柳谷主任からあらてめの依頼があったのでした。

 

今野敏の描く警察小説の主人公は、ほとんどの主人公が自分の評価を気にしています。

警察官としての勤務評価ではなく、自分が部下から上司としてどうみられているかという評価です。

それは、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』や『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』でも同じです。

そして本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補の場合も同様であり、いつも班員の心情を気にかけているのです。

 

その上で、部下から慕われている上司像を描き出しています。

私が読んだのは2006年9月出版のハルキ文庫版だったのですが、その本にあった関口笵生氏の解説の中では、「部下をかわいがり、上司からの防波堤ともなる、理想的な中間管理職ですね、そういう警察官がかければ面白いと思った。」という作者の今野敏の言葉を引用しておられました。

そしてその言葉のとおり、いつも部下が自分のことをどのように思っているかを気にしていながら、その部下が理不尽な扱いをされると身を挺してかばおうとする理想的な上司の姿が描かれています。

そして、その姿が読者の支持を得ていると言えるのです。

 

その安積班の中でも、安積が警察官らしい警察官と評する村雨秋彦部長刑事、逆に警察官らしくないという須田三郎部長刑事の心情を気にする傾向が強いようで、二人が上司としての自分をどう評価しているのかを気にしているようです。

また、若手班員である黒木和也巡査長桜井太一郎巡査、それに大橋武夫巡査に対してもまたその心情を気にかけているのです。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動しており登場してきません。ただ、『最前線: 東京湾臨海署安積班』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。


その他の主な登場人物を見ると、安積警部補の同期である速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補が彩を添えています。

また安積をライバルと思っている節のある警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補などがいて、安積の対立軸としてその存在感を見せています。

 

本書の後、本シリーズの舞台は、湾岸開発の後退機運に乗って渋谷の新設警察署である神南署に移ります。

そこで五作品が出され、その後再び東京湾臨海署へと戻ってくることになるのです。

2024年7月の時点で第二十二弾『夏空』まで出版されている本シリーズですが、そのままずっと続いてくれることを望むばかりです。

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾で、2000年10月に幻冬舎からハードカバーで刊行されて2008年5月に新潮文庫から545頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、家族小説の側面がかなり強い作品でもあり、またストリートダンスについて語られたスポーツ小説的ニュアンスをも含んだ作品でもあります。

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査二課・島崎洋平は震えていた。自分と長男を脅していた銀行員の富岡を殺したのは、次男の英次ではないか、という疑惑を抱いたからだ。ダンスに熱中し、家族と折り合いの悪い息子ではあったが、富岡と接触していたのは事実だ。捜査本部で共にこの事件を追っていた樋口顕は、やがて島崎の覗く深淵に気付く。捜査官と家庭人の狭間で苦悩する男たちを描いた、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾となる警察小説です。

若者の取り組むストリートダンスについてもかなり詳しく描いてあり、さらには家族小説の側面も強い作品となっていて、かなり面白く読んだ作品です。

ここで、英次が通うダンススクールは「いわゆるオールドスクール系」のダンススクールということですが、ここで「オールドスクール」とは「70~80年代に生まれたストリートダンスの総称」だということです( ダンススクール【NOAダンスアカデミー】 : 参照 )。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の主役はもちろん樋口顕警部補ですが、本書の本当の主人公は警視庁捜査二課に所属する島崎洋平という刑事であり、その次男の島崎英次という若者です。

父洋平も兄の丈太郎も同じ大学の柔道部の出身であり、英次も幼い頃は近所の柔道教室に通っていたのですが、体格に劣っていた英次は優秀な兄と比較され挫折を味わい、いつか柔道をやめて夜の街へと遊びに出るようになってしまいます。

そんな英次に対し父親の洋平は厳格さだけを求め、英次をさらに家から遠ざけてしまいますが、英次はダンスと出会い、これに夢中になっていたのです。

ところが、兄の丈太郎が、所属していた大学柔道部の先輩で日和銀行に勤める富岡和夫という男に父親の捜査情報を漏らしてしまったことから、父親の洋平も捜査情報を漏らすように脅迫を受け、日和銀行本店への家宅捜査情報を教えてしまいます。

そのため、その家宅捜査は失敗に終わってしまいますが、その富岡が何者かに殺されてしまったのでした。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、チームとしての協同という点を除けば『安積班シリーズ』にも似た警察小説として人気を博しているシリーズですが、本書の場合は若干毛色が異なるようです。

何しろダンスに対する作者の思いがかなり強く、同時に体育会系の縦社会への反発が明確に記されているのです。

作者の今野敏自身が武道家であり、体育会系の人間関係についてはよく分かっているはずで、その作者がはっきりと言うのですからその意思は明確です。

 

また作者自身が、もともとストリートダンスなどについては不良のやるものという偏見があり、ストリートダンサーは不良とかに見られがちだが、本格的にダンスを学ぶというのは半端な覚悟でできることではない、とあとがきに書いておられます。

作中でも、島崎洋平に、ダンスの練習をする若者を見て「そこには、一種の禁欲的ですがすがしい雰囲気があった。」と言わせているのです。

 

今野敏という作家は『安積班シリーズ』の『イコン』でアイドルについてかなり深く論じ、『蓬莱』では日本国の成り立ちについても論じていることからも分かるように、ある分野に関心を持つとそのことについての自身の意見を深く反映させているように思えます。


そのことがまた物語を面白くしているのですから、作家さんの好奇心は様々な形で作品に反映されるものです。

そして本書ではストリートダンスについての作者の意見が反映されていて、そこに体育会系の縦社会の問題点や警察官の家族の問題などが同時に描かれているのです。

 

文庫本で500頁以上の長さを持つ、作者自身の力の入った少々長めの作品ですが、それだけの内容、そして面白さがあると言える作品だと思います。

 

追伸

前回本ブログでの投稿をアップして以来、丁度一月が経ってしまいました。

じつは、夫婦してコロナに罹ってしまい、ひたすら閉じこもり倦怠感に耐えていたのです。

私自身は高熱が出ることもなく、割と軽く済んだのですが、妻は処方された咳止めの薬が合わず、高熱と筋肉に力が入らずに立ち上がることもできず、私が補助しなければ寝返りも打てないでいたのです。

高熱などの原因が薬害にあると判明してからは、妻も数日で平熱に戻り、筋肉にも力が戻ってきました。

ただ、私は咳がなかなか収まらないでいたものの、お医者さんや私の周りの人に聞けばコロナ後に咳で悩まされる人が多いとのことでしたし、ひどい倦怠感が続いていたのですが、なんとかこうやって文章を書けるほどになっています。

ということで、再び本ブログをのんびりと開始したいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

二重標的 東京ベイエリア分署

二重標的 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾で、大陸ノベルスから1988年10月に刊行されて、2021年12月にハルキ文庫から新装版として288頁で出版された、長編の警察小説です。

作者の今野敏が言っていた理想的な中間管理職としての警察官の姿を持った、大変な人気シリーズの第一弾として十分な面白さを持っている作品です。

 

二重標的 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補のもとに、殺人事件の通報が入った。若者ばかりが集まるライブハウスで、30代のホステスが殺されたという。女はなぜ場違いと思える場所にいたのか?疑問を感じた安積は、事件を追ううちに同時刻に発生した別の事件との接点を発見。繋がりを見せた二つの殺人標的が、安積たちを執念の捜査へと駆り立てるー。ベイエリア分署シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

 

二重標的 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾となる作品で、以降ベストセラーシリーズとなる本シリーズの魅力が十二分に感じられる作品です。

これまでの、一人の探偵役の刑事が推理を働かせて事件を解決するという警察小説ではなく、エド・マクベインの『87文書シリーズ』と同様の、警察チームが主役となる、人間としての警察官が描かれている警察小説です。

 

本シリーズの舞台の東京湾臨海署は、当初は東京湾岸の新副都心構想のもと設けられたという通称ベイエリア分署と呼ばれるほどに小さな警察署です。

しかし、バブル崩壊と共に湾岸構想が停滞し、新たに原宿に「神南署」が設定されて数作が書かれたものの、再び進み始めた湾岸開発と共に再度東京湾臨海署が復活し、新たなベイエリア分署を舞台に安積班の物語が始まることになります。

 

そこで本書ですが、神南署に移る前の新設の東京湾臨海署を舞台にした物語として本書『二重標的 東京ベイエリア分署』が始まります。

安積班の班員を挙げると安積剛志警部補のもと、村雨秋彦須田三郎の両部長刑事、それに黒木和也巡査長桜井太一郎巡査大橋武夫巡査という安積班の六人が活躍します。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動してしまい登場してきません。ただ、『最前線』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。

さらに、東京湾臨海署には他に本庁所属の交通機動隊の速水直樹小隊長や臨海署刑事捜査課鑑識係係長の石倉進巡査部長らがいて重要な役割を担っており、また刑事捜査課課長の町田警部といった面々がいてこのシリーズの厚みを増しています。


本書では、「エチュード」というライブハウスで一人の女性が殺されるという事件が発生します。ただ、その日の客層は半分以上が未成年であり、三十五歳という被害者は明らかに浮いた存在でした。

翌日、安積班に入った衣料メーカーからの窃盗の通報や晴海ふ頭での銃撃戦への応援依頼などをこなした後に、安積は桜井を連れて高輪署に設けられた前日の殺人事件の捜査本部へと駆けつけます。

ところが、安積はそこで居眠りをしてしまった桜井を怒鳴りつけた本庁捜査一課所属の刑事と対立してしまいます。

その上司がシリーズを通して安積のライバルとなる相楽啓警部補だったのです。

 

この相良警部補がシリーズに色を添えることとなる存在で、何かと安積に対し対抗心を燃やして作品を盛り上げることになります。

本書でも、ライブハウスの殺人事件に関して安積と対立し、物語を盛り上げてくれるのです。

 

一方安積警部補は、数年前に妻とは七年前に離婚していましたが、娘の涼子とだけは今でも連絡を取っていました。

中目黒にある自宅マンションに帰っても一人住まいのため、一人で酒を飲むしかない安積だったのです。

 

こうして、安積個人の家庭の問題や安積班個々の班員との関係性に悩みながらも日々巻き起こる事件に対処している安積剛志警部補の姿が描かれることになります。

そこにはまさに次巻の『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の関口笵生氏による解説の中で作者の今野敏の言葉として紹介されているように、「理想的な中間管理職」の姿があります。

そしてその姿が多くの読者の支持を受けていて、以降2024年8月現在で第22巻の『夏空 東京湾臨海署安積班』が出版されるほどの人気シリーズとなっているのです。


イコン

イコン』とは

 

本書『イコン 新装版』は『安積班シリーズ』の第5弾で、1995年10月に四六判で刊行されて、2016年11月に文芸評論家の関口苑生の解説まで入れて505頁の新装版として講談社文庫から出版された長編の警察小説です。

インターネット全盛の現代からするとかなり古さを感じるパソコン通信の世界を取り上げ、アイドルとは何かまで考察されている珍しい警察小説です。

 

イコン』の簡単なあらすじ

 

「十七歳ですよ。死んじゃいけない」連続少年殺人の深層に存在した壮絶な真実とは!?熱狂的人気を集めるも正体は明かされないアイドルのライブでの殺人事件。被害者を含め現場にいた複数の少年と少女一人は過去に同じ中学の生徒だった。警視庁少年課・宇津木と神南署・安積警部補は捜査の過程で社会と若者たちの変貌に直面しつつ、隠された驚愕の真相に到達する。『蓬莱』に続く長編警察小説。

「十七歳ですよ。死んじゃいけない」
連続少年殺人の深層に存在した壮絶な真実とは!?

世紀末”日本”が軋(きし)む。
バーチャルアイドルの影に隠されたものは?
傷つけあう”未成年”の衝撃のリアル!
警視庁少年課・宇津木と神南署・安積警部補が動く!
『蓬莱』続編ともいうべき今野敏警察小説の源流。

熱狂的人気を集めるも正体は明かされないアイドルのライブでの殺人事件。被害者を含め現場にいた複数の少年と少女一人は過去に同じ中学の生徒だった。警視庁少年課・宇津木と神南署・安積(あづみ)警部補は捜査の過程で社会と若者たちの変貌に直面しつつ、隠された驚愕の真相に到達する。『蓬莱(ほうらい)』に続く長編警察小説。(内容紹介(出版社より))

 

イコン』の感想

 

本書『イコン』は、『安積班シリーズ』の第五弾作品ですが、細かに見るとシリーズ内の初期三作品「ベイエリア分署」時代に続く「神南署」時代の第二弾作品でもあります。

ただ、本書での安積警部補はどちらかというと脇役に近い存在であり、『安積班シリーズ』に位置付けていいのかは疑問がないわけではありません。

この点、「神南署」時代の第一弾作品『蓬莱』という作品も同様に安積警部補の物語というよりは「蓬莱」というゲームの話を借りた「日本」という国の成り立ちを考察した作品となっていますが、一応は安積警部補の物語とはなっています。

しかしながら、『蓬莱』も含めて『安積班シリーズ』とするのが一般的なようですので、本稿でもそのような位置付けとしています。

 

本書『イコン』はそのパソコン通信上で人気となっているアイドルの有森恵美をめぐり起こった殺人事件について、神南警察署刑事課強行犯係の安積剛志警部補が、同期の警視庁生活安全部少年課警部補である宇津木真とともに活躍する警察小説です。

今野敏の作品での少年課に所属している警察官といえば、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』に出てくる警視庁生活安全部少年事件課の氏家譲や『鬼龍光一シリーズ』に登場する富野輝彦巡査部長などが思い出されます。


彼ら少年事件課の捜査員たちが重要性を持って描かれているのは、今野敏という作家の中で少年事件がそれなりに重きが置かれているということなのでしょう。

本書でも、少年らの行動に振り回される安積や宇津木らの姿があります。

 

情報収集のために有森恵美というアイドルのライブを訪れていた警視庁生活安全部少年課の宇津木真警部補の眼の前で、一人の少年が乱闘騒ぎの中殺されるという事件が発生します。

通報により駆けつけたのが安積警部補らだったのですが、このライブのアイドルの有森成美という存在がパソコン通信の中での存在ということで、宇津木も安積も全く理解ができないのでした。

 

本書『イコン』では「パソコン通信」が重要なアイテムとして登場していますが、それもそのはずで本書は初版が1995年10月に出版されている三十年近くも前の作品です。

ここで登場する「パソコン通信」とは、モデムというアナログ信号をデジタル信号に相互変換する機器などを介して電話回線を通じてデータを送受信し、基本的にテキストベースで会話をする通信システムで、現在のインターネットの前身と言ってもいいシステムだと思います。

当時はニフティサーブ(NIFTY-Serve、NIFTY SERVE)などが大手の通信会社として利用されていました。

また、今ではパソコンなどで普通に使われているアイコンについても、その由来が宗教画のイコンにあることの説明から為されています。

ただ、個人的にはDOS画面でコマンドベースで行うパソコン通信しか覚えておらず、アイコンでプログラムを立ち上げて行うパソコン通信は知りません。

 

でも、本書『イコン』で特筆されるべきなのは、作者今野敏による「アイドル論」ではないでしょうか。

妙に説得力のあるアイドル論だと思っていたら、今野敏は上智大学を卒業後、数年間ではあるものの東芝EMIに入社して芸能界に近いところにいたというのですから納得です。

加えて先に述べたパソコン通信に関する知識など、著者の作品は時代を取り込んだものが多いようで、そうしたアンテナもこの作者の人気の原因となっているのでしょう。

 

安積班シリーズ』初期作品で安積班のメンバーが勤務する警察署もまだ定まっていない時期の物語であり、またシリーズの中でも異色的な物語ではありますが、やはり今野敏の描く作品としての魅力は十二分に備わった作品です。

異色の作品であるからこその魅力があると言ってもいいかもしれない作品でした。

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、大陸ノベルスから1990年3月に刊行されて、2022年1月にハルキ文庫から新装版として280頁で出版された、長編の警察小説です。

『安積班シリーズ』の基本の形が構築されていく過程にある作品ですが、安積警部補の心はすでに班員への気遣いであふれています。

 

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署ー通称ベイエリア分署の管内で、テレビ局プロデューサーの落下死体が発見された。捜査に乗り出した安積警部補たちは、現場の状況から他殺と断定。被害者の利害関係から、容疑者をあぶり出した。だが、その人物には鉄壁のアリバイが…。利欲に塗られた業界の壁を刑事たちは崩せるのか?押井守氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

 

虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第二弾で、安積班の面々がそれぞれに個性を発揮し活躍する読みがいのある作品です。

 

あるパーティーで、テレビ局のプロデューサーがビルから落ちて死亡しましたが、遺体には首を絞められた跡があり、他殺として捜査が始められます。

調べていくうちに、テレビ局内で権力争いがおこなわれている事実が発覚します。しかし被害者と対立関係にあったプロデューサーには、鉄壁のアリバイがあったのでした。

こうして本書はチームで行う捜査により、テレビ局という特殊な世界を舞台にした事件を解決していきます。

今野敏は本シリーズの第五弾の『イコン』で、かなり踏み込んだアイドル論を展開していますが、今野敏は数年間ではあるものの東芝EMIに入社し芸能界に近いところにいたそうなので納得です。

 

本『安積班シリーズ』の主人公は東京湾臨海署の刑事課強行犯の安積剛志警部補でしょうが、本当は「安積班」だというべきでしょう。

それは、この『安積班シリーズ』が、特定の探偵役の活躍による謎の解明ではなく、安積剛志を班長とする捜査チームの物語だからです。

つまりは、集められた事実をもとにした探偵役による推理の話ではなく、個々の具体的な人間の集まりとしての捜査チームの地道な活動の過程に主眼が置かれている物語なのです。

 

安積班には個性豊かな刑事たちがいて、彼ら個々人がその能力をフルに生かして捜査を行い、集められた事実をもとに班員皆で犯罪行為に隠された事実などをあぶり出し、犯人を特定します。

安積班のメンバーは、生真面目な村雨秋彦部長刑事、小太りな外見とは反対に緻密な頭脳を持つ須田三郎部長刑事、スポーツ万能で剣道五段の腕前の黒木和也巡査、安積班一で一番若い桜井太一郎巡査、そしてベイエリア分署時代だけの大橋武夫巡査です。

このほかに、安積警部補の警察学校時代の同期で速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補(初期の東京ベイエリア分署時代および『晩夏』では石倉進となっている:ウィキペディア 参照 )が安積の軽口や相談相手となっています

それに安積をライバル視している警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補を忘れてはいけません。この人物は後に東京湾臨海署刑事課強行犯第二係の係長として登場してきます。

 

関口苑生氏による本書の解説には、著者の今野敏は「ただただ刑事たちが右往左往する様が描かれる<警察小説>」をなかなか書かせてもらえなかった、とあります。

また、次巻『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』での関口苑生氏の解説では警察官や刑事も一人の人間であるのだから、組織の中に埋没していた「個」としての刑事を一個の人間として見つめ直し、警察小説としてのジャンルを確立した、とも書かれています。

それが、今ではベストセラーシリーズとなっており、刑事たちの地道な捜査を描く手法の警察小説が人気分野として確立されているのですから、それは今野敏の功績だというのです。

本書『虚構の殺人者 東京ベイエリア分署』はシリーズのまだ二作目ということもあるためか登場人物の紹介に紙数を割いています。

物語の中心人物である安積警部補に関してはもちろん、特に村雨や須田に関してはそうです。

ただ、この二人に関してはシリーズが進んでもそれなりの人物紹介がなされているので、もしかしたらこうした印象は再読している私の思い込みなのかもしれません。

蓬萊

蓬萊』とは

 

本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、1994年7月に講談社から刊行されて、2016年8月に同じく講談社から444頁で文庫化された、長編の警察小説です。

徐福伝説に材をとり、今野敏のお得意の伝奇小説的な手法で日本の成り立ちにについての考察をゲーム制作に置き換えて構成してある、シリーズの中でもユニークな作品です。

 

蓬萊』の簡単なあらすじ

 

この中に「日本」が封印されているー。ゲーム「蓬莱」の発売中止を迫る不可解な恫喝。なぜ圧力がかかるのか、ゲームに何らかの秘密が隠されているのか!?混乱の中、製作スタッフが変死する。だが事件に関わる人々と安積警部補は謎と苦闘し続ける。今野敏警察小説の原型となった不朽の傑作、新装版。(「BOOK」データベースより)

 

蓬萊』の感想

 

本書『蓬莱』は『安積班シリーズ』の第四弾で、徐福伝説をもとに日本という国の成り立ちについても考察されている作品です。

 

本書での特徴としては、まず舞台が神南署であることが挙げられます。

ウィキペディアによればこの『安積班シリーズ』は、第一期の『ベイエリア分署シリーズ』、第二期の『神南署シリーズ』、そしてベイエリア分署復活後の『東京湾臨海署安積班シリーズ』と区別できるようです( ウィキペディア : 参照 )。

 

次に、本書での安積剛志警部補はまるでハードボイルドタッチの警察小説の主人公のような雰囲気をまとって登場しています。

本書の主人公の安積警部補は、警察官という職務に忠実ではあるものの、しかし一人の人間としての弱さも併せ持った存在として描かれていたはずです。

しかし、本書での安積警部補はその存在感だけで相手を威圧するような刑事として登場しているのです。

 

本書の一番の特徴としては、「蓬莱」という名のゲーム制作に名を借りて、日本という国の成り立ちまで考察することを目指していることです。

そこでは、魏志倭人伝にも記されているという徐福伝説をベースにした論理が展開されています。言ってみれば、伝奇小説的な色合いを帯びている作品だと言えます。

伝奇小説であればストーリー展開に徐福伝説を組み込んだ作品となるのでしょうが、本書の場合は徐福伝説はあくまでゲーム作成のコンセプトとして存在しているのであり、ストーリーの流れ自体には組み込まれてはいません。

 

そして、そのゲーム内容の説明として語られる徐福伝説がよく調べ上げられています。

そもそも本書のタイトルの「蓬莱」という言葉自体が徐福が目指した「三神山」という神聖な山の一つだとされているのです。

徐福伝説の時代背景を見ると、徐福が秦の始皇帝に「三神山」を目指すことの許しを得たのが紀元前三世紀のことであり、ちょうど日本が縄文時代から弥生時代への移行時期に当たるそうです。

そしてその際、稲作文化をもたらしたのではないか、つまりは種もみと共に稲作の多くの技術者もわたってきて先住民族と習合していったのではないか、と登場人物に言わせているのです。

そして、徐福伝説の一つとして神武天皇徐福説なども取り上げられています。

 

こうして本書は伝奇的要素を大いに持った物語として進行し、安積警部補たちは脇に追いやられているのです。

つまりは、シリーズの特徴である安積班というチームの人間関係を含めた警察小説としての色合いは後退し、日本の成り立ちという伝奇小説的な色合いを濃く持った作品として進行していきます。

そしてそのことは、個人的には嫌いではありません。

 

私にとって、伝奇小説と言えばまずは半村良であり、中でも日本国の成り立ちに絡む作品と言えば『産霊山秘録』が思い浮かびます。

また、徐福伝説といえば、夢枕獏サイコダイバー・シリーズの最終巻である『新・魔獣狩り 完結編・倭王の城』でも、少し触れてあったと思います。


こうして伝奇小説的な要素も含みつつ、もちろん警察小説としての面白さも十二分に持った作品として楽しく読むことができた作品だということができます。

警視庁捜査一課・碓氷弘一2 アキハバラ

アキハバラ』とは

 

本書『アキハバラ』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第二弾で、1999年4月にC★NOVELSから刊行されて2016年5月に中央公論新社から新装版として403頁で文庫化された、長編の警察小説です。

通常の警察小説とは異なり、多数の登場人物が入り乱れてアクションを繰り広げるノンストップ・アクション小説で、気楽に読めた作品でした。

 

アキハバラ』の簡単なあらすじ

 

大学入学のため上京したパソコン・オタクの六郷史郎は、憧れの街・秋葉原に向かった。だが彼が街に足を踏み入れると、店で万引き扱い、さらにヤクザに睨まれてしまう。パニックに陥った史郎は、思わず逃げ出したが、その瞬間、すべての歯車が狂い始めた。爆破予告、銃撃戦、警視庁とマフィア、中近東のスパイまでが入り乱れ、アキハバラが暴走する!(「BOOK」データベースより)

 

アキハバラ』の感想

 

本書『アキハバラ』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第二弾の警察小説です。

しかし、シリーズ前作の『触発』とは異なり、多数の登場人物が入り乱れてアクションを繰り広げるエンターテイメント小説となっています。

つまり、秋葉原のあるビル内で様々な登場人物により息もつかせないアクションが展開される、気楽に読めるノンストップ・アクション小説でした。

解説の関口笵生氏によれば、本書は「ピタゴラスイッチ小説、もしくは風が吹けば桶屋が儲かる小説」と表現されています。

 

本シリーズの主役である碓氷弘一部長刑事が登場するのは物語の中盤あたりからです。

それまでは大学生の六郷史郎がメインで描かれ、そこにラジオ会館ビルの四階にある小さなパーツショップに勤める石館洋一や、その店に派遣されていたキャンペーンガールの仲田芳恵などが絡んできます。

そこにそのパーツショップに金を貸しているヤクザの菅井田三郎、その子分の金崎などが登場し、さらには、ラジオ会館ビルでいたずら心からイスラエルのモサド諜報員のアブラハム・ベーリ少佐に発砲事件を起こさせたイラン航空のスチュワーデスでもある諜報員のファティマ、ロシアンマフィアのアレキサンドル・チェルニコフ、殺し屋のセルゲイ・オルニコフなどが入り乱れてアクションを繰り広げるのです。

このように、本書はシリーズ前作の『触発』で描かれた爆弾魔とのシリアスな対決とは異なり、ヤクザやテロリスト、果ては各国の諜報員まで登場する荒唐無稽な設定となっています。

またシリーズの主人公である碓氷弘一部長刑事も前作での設定とは若干異なる性格設定をしてあります。そもそも碓氷刑事は本書中盤までは登場してきません。

登場してきても遊軍的な立場としているのであり、応援の管理官が登場すると一線からは外されてしまいます。 

 

ところが、前作では定年まで無事勤め上げることを願うサラリーマン的な刑事という設定でしたが、本作ではそれなりの使命感を持った刑事として個人で乗り込むのです。

若干、性格が異なるような気もしますが、それは前作『触発』での主人公の体験が生きてきたとも言えそうです。

 

でも、本書が荒唐無稽な設定だとはいえ、作者の今野敏の視点は変わりはありません。

日本は銃声がしても誰も床に伏せようともしない国だという指摘し、警察官に対しても、銃を構えた人物に対し止まれと言ったり、今から拳銃カバーを外そうとしたり、また拳銃で身を守ることよりも拳銃を盗まれることに神経を使っているなどと言わせています。

そうした指摘はテロリストの目線でなされており、そのテロリストは「血と硝煙。その中で生きているのだ。」と独白しているのです。

 

そうした作者の目線とは別に、秋葉原という街に対する作者なりの愛着もあるのかもしれません。

電子部品を販売する秋葉原の最も深いところにある店の主人の小野木源三という人物を登場させて碓氷部長刑事の活躍を助けるのも、そうした愛着の表れではないでしょうか。

 

以上、碓氷刑事の性格は若干異なるものの、ノンストップアクションを展開させる、気楽に読める作品でした。

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』とは

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第一弾で、1998年10月に中央公論新社のC★NOVELSから新書版で刊行され、2016年5月に中公文庫から押井守氏の解説、それに関口苑生氏の新装版解説まで入れて403頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』の簡単なあらすじ

 

朝のラッシュで混雑する地下鉄駅構内で爆弾テロが発生、死傷者三百名を超える大惨事となった。威信にかけ、捜査を開始する警視庁。そんな中、政府上層部から一人の男が捜査本部に送り込まれてきた。岸辺和也陸上自衛隊三等陸曹ー自衛隊随一の爆弾処理のスペシャリストだ。特殊な過去を持つ彼の前に、第二の犯行予告が届く!!犯人の目的は、一体何なのか!?(「BOOK」データベースより)

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』の感想

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』は、『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第一弾の長編の警察小説です。

主人公は警視庁捜査一課に所属する碓氷弘一という部長刑事ですが、自分が当直をつとめていた時に受けた爆破予告が現実となり、自分の経歴に傷がついたこと、この事件の責任を追及されるかもしれないことを悔やんでいる存在です。

現場に行き、その悲惨な状況を現認した碓氷は爆破事件の犯人を自分の手で挙げなければならないと決心するのですが、それは自身の失敗を取り返すためというのが大きな動機になっているのです。

 

本書では途中から犯人が登場し、犯人目線での項も存在します。つまり、ミステリーで言うホワイダニットという構成に近いと言えるでしょう。

つまりは、犯人の心理を細かく描くことでその主張を明確にすることにその主眼があると思われます。

というより、作者の思いはそうした犯人、警察、そしてもう一方の捜査陣に加わる自衛隊員の主張も併せ、現在の世の中に対するそれぞれの主張を戦わせ、読者も共に考えてほしいという意図があるのではないでしょうか。

 

こうした社会性の強い主張は今野敏の作品ではしばしばみられることでもありますが、初期の作品ほどその傾向が強い、正確にいうと作者の言いたい主張がより明確に表現されていたように思います。

現代日本の特に若者層の社会に対する責任感の無さを指摘する場面が多いように感じ、特に自由という言葉の意味のはき違えに対する指摘が多いようです。

その後に刊行される作品でも現在に至るまで、今野敏という作者の示す主張の内容には変化はないと思われますが、初期の方がより明確だと思われるのです。

 

本書『触発』では、自分の国を守るという安全保障に対する認識の薄さが指摘されています。

それは若者の国防意識だけでなく、国家レベルでも同じだというのです。例えば地下鉄サリン事件の時、警察には防護服などの装備が不足しており自衛隊に借りに行ったという事実が指摘されています。

 

同じように作者の国防意識を明確に主張している作品としては、誉田哲也の『ノワール 硝子の太陽』を思い出しました。

若者の政治的な無関心などを指摘しているわけではありませんが、日米安全保障条約に伴う日米地位協定の問題を取り上げて作品の主要テーマに絡めてありました。

 

本書では早めに明かされる爆弾魔として、フランス外人部隊に身を置いて爆薬のエキスパートとして働き、最後はボスニアヘルツェゴビナなどで傭兵として働いていた戸上迅という男が配置されています。

そして、日本に帰国した彼に、「さしたる目的もなく金と時間と浪費している日本の若者たち」のおかしさを指摘させ、今の日本は狂っていると評させているのです。

そして、そのプロフェッショナルであるテロリストに対する存在として自衛隊での爆発物処理のエキスパートである第三十二普通科連隊第四中隊所属の岸辺和也三等陸曹とその友人の横井三曹を対峙させています。

また、内閣官房危機管理対策室室長の陣内平吉という人物を登場させ、今の警察の能力だけでは爆弾魔に対応できないとして岸辺陸曹たちを警察に出向させることで警察と自衛隊との連携を図っているのです。

こうして警察に出向することになった岸辺三曹と横井三曹は碓氷刑事とその相棒の笹原と組むことになり、未だ正体がわからない爆弾魔の行方を追うことになるのです。

 

ちなみに、本書『触発』で碓氷刑事の上司として登場している捜査一課長がいますが、本書においてはまだ名前が明記されてはいません。

しかし、この一課長は今後今野作品でははずすことのできないバイプレーヤーとしてあちこちの作品で登場することになる田端守雄捜査一課長だと思われるのです。

この点に関しては、本書の新装版解説で関口笵生氏は「本作品では、べらんめえ口調で話す捜査一課長の名前はまだない。」と書かれています。

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』とは

 

本『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』は、警視庁捜査一課に属する碓氷弘一警部補の活躍を描く警察小説シリーズです。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の作品

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ(2024年04月24日現在)

  1. 触発
  2. アキハバラ
  3. パラレル
  1. エチュード
  2. ペトロ
  3. マインド

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』について

 

本『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』は、碓氷弘一という警視庁捜査一課刑事を主人公とする警察小説です。

階級は少なくともシリーズ第二巻『アキハバラ』までは部長刑事となっていますが、後には警部補になっています。昇進の時期が分かり次第ここで修正します。

 

この主人公の碓氷弘一は、十歳の娘と六歳の息子を持つ部長刑事ですが、このまま定年までを無事に勤めあげることだけを考えている人物です。

今野敏の描く警察小説では主人公となる刑事が他者の眼を気にする描写がよくあります。

たとえばベストセラーシリーズの一つである『安積班シリーズ』の主役の安積警部補は、班長として班員の心中を気にする場面が多々ありますし、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の樋口顕警部補も同様に、常に他人の眼、上司の評価が気にしつつ職務に邁進する人物として描かれています。


これらのことは本シリーズ第一巻『触発』の新装版解説で関口苑生氏も同様のことを書いておられます。

刑事といっても一人の人間であり、殆どの場合は時間に関係なく忙しさに追われる職場を抱えながらも、妻や子供たちに対する何らかの悩みを抱えるサラリーマンとしての側面を持つ存在としての側面をも描き出してあるのです。

 

本シリーズの主役碓氷弘一の場合、上司の評価や第三者の目を意識する側面が特に強い存在として描かれています。

シリーズ第一巻での爆弾魔事件においても、自分が爆破予告の第一報を受けていたのに爆発が起きたことは自分のミスであり退職までの経歴に傷がついたとして、その名誉回復こそが犯人を逮捕するという強い動機となっているのです。

 

また、その際に碓氷弘一を叱りつける上司として名前も示されていないべらんめえ口調で話す課長が出てきますが、これが今野敏の作品の重要な役者の一人となる捜査一課の田端守雄課長ではないかと思われるのです。

今野敏の作品ではこうした役者たちが共通して登場するというのも楽しみの一つでもあります。

 

ちなみに、2017年4月と2018年11月に、本シリーズの『エチュード』と『マインド』を原作としてテレビ朝日でドラマ化されています。

主人公の碓氷弘一はユースケ・サンタマリアが演じ、相棒として相武紗季や志田未来らが出演していたそうです。

一夜:隠蔽捜査10

一夜:隠蔽捜査10』とは

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』は、『隠蔽捜査シリーズ』第十弾となる長編の警察小説です。

残念ながら、本書はシリーズの中では決して上位に入る面白さを持っているとは言えないと感じた作品でした。

 

一夜:隠蔽捜査10』の簡単なあらすじ

 

竜崎のもとに、著名作家・北上輝記が小田原で誘拐されたという一報が入る。犯人も目的も安否も不明の中、北上の友人でミステリ作家の梅林も絡み、一風変わった捜査が進む。一方、警視庁管内では殺人事件が発生。さらに息子の邦彦が大学中退に…!?己の責務を全うせよ。人気シリーズ、第十弾!(「BOOK」データベースより)

 

一夜:隠蔽捜査10』の感想

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』は、今野敏の多くのシリーズ作品の中でも一番の人気を誇ると言ってもいい、『隠蔽捜査シリーズ』の第十弾となる長編の警察小説です。

しかしながら、本書は主人公の竜崎が合理的な思考を貫く竜崎らしさを発揮する場面は少なく、シリーズの中では面白いほうではありませんでした。

 

本書では北上輝記という作家の誘拐事件について奔走する竜崎伸也の姿が描かれていると同時に、本シリーズの特徴でもある竜崎の家族の問題、今回は息子の邦彦が大学を辞めようかという話が巻き起こります。

誘拐事件に関しては、退庁しようかという竜崎のもとに小田原署に行方不明者届が出されたという連絡が届きます。その行方不明者というのが人気作家の北上輝記だというのです。

そのうちに北上輝記が連れ去られるところを目撃した者が見つかり、小田原署に捜査本部が設けられることになるのです。

捜査本部では板橋捜査一課長や小田原署署長の兵藤安友警視正、副署長の内海順治、刑事組対課の朝霧利男課長、強行犯係の末武洋司係長らが詰めることになります。

行方不明者が人気作家の北上輝記だということで佐藤実県警本部長や、竜崎の友人である警視庁の伊丹刑事一課長までも関心を持つ事件となっているのです。

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』がいつもと異なるのは、竜崎の相談役的な立場の者として、やはり梅林賢という流行作家がいることです。

竜崎は、小説家同士にしかわからないことがあるはずだとして、捜査の手伝いをしたいとやってきた流行作家の梅林賢の話を聞こうというのです。

結局、いつもは竜崎が捜査の過程での違和感に気付いて捜査の指針を示す立場にあるのですが、今回は竜崎の役割の一部を梅林という作家にまかせ、竜崎はその意見を取り入れているという形になっています。

 

ところが、その点ではこれまでと異なる試みがなされてはいるものの、物語の流れ自体は何も特別なことはありません。

それどころか、今野敏の小説としての普通の面白さは持っていいても、『隠蔽捜査シリーズ』独自の竜崎というキャラクターの醸し出す面白さはかなり影をひそめていると言っていいと思います。

 

このシリーズの特徴である竜崎の家庭の描写にしても、特別に語るべきことはありません。

やっと入った大学を辞めた方がいいかもしれないという息子の邦彦と相対し、その話を真摯に聞こうという姿勢だけはこれまでとは異なってきているとは思いますが、それ以上のものはありません。

普通に進むべき道に進んでいるという印象です。

 

以上のように、本書『一夜:隠蔽捜査10』の面白さ自体は普通であり、シリーズ独自の面白さはあまり感じられなかったという他ないと思います。