エンドロール 警視庁FCⅢ

エンドロール 警視庁FCⅢ』とは

本書『エンドロール 警視庁FCⅢ』は『警視庁FCシリーズ』の第三弾で、2025年7月に毎日新聞出版から400頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

軽めの話が多い今野敏の作品の中でも本書は特に軽さを感じる、今一つ感情移入できない作品でした。

エンドロール 警視庁FCⅢ』の簡単なあらすじ

映画人×警察官たちがおくる新時代の仕事小説。東京都内でハリウッド映画が撮影されることになった。監督は巨匠リーアム・バーク。日本での撮影は「世界の丑井勝」監督が務めるビッグ・プロジェクト。ところが、脚本も届かぬまま思わぬ事態が発生ー特命を受けたFC室のメンバーが奔走する!あらゆる職業人への敬意と感謝を込めて。待望のシリーズ第3弾!(「BOOK」データベースより)

エンドロール 警視庁FCⅢ』の感想

本書『エンドロール 警視庁FCⅢ』は、今野敏の数多い作品群のなかでも特に軽さを感じた作品だったと言えます。

ただ、あまり高い評価はできませんが、何も考えずに気楽に読み飛ばすにはいい作品だと思います。

 

タイトルにもなっている「警視庁FC」の「FC」とは、フィルム・コミッションのことであり、「地域活性化を目的として、映像作品のロケーション撮影が円滑に行われるための支援を行う公的団体」のことを言います。

詳しくは、ウィキペディアを参照してください。そこでは「日本のフィルム・コミッションの運営に関する課題」など、現在(2017年頃)の問題点などの課題なども載っています。

 

本書は、そうしたフィルム・コミッションを警視庁内に作ったとの設定の下、特命により集められた五名が本来の業務との兼務のもと撮影のために奔走する姿が描かれています。

このFC室はもと通信指令本部の管理官だった長門達男を室長としています。この通信指令本部の管理官という立場は「夜の警視総監」とも呼ばれるほどの権限を有しているのだそうです。

そして長門室長のもと、組織犯罪対策部・暴力団対策課所属の山岡諒一巡査部長、交通部駐車対策課の島原静香、交通機動隊所属の白バイ乗りの服部靖彦巡査部長、警視庁地域部地域総務課所属の楠木肇巡査部長がいます。

そして、この楠木肇が本書の主人公ともいえる存在であり、普段は楽をすることだけを考えている男なのですが、ここというところで意外なひらめきを見せる存在なのです。

この楠木は、本書では臨時に欠員補充のために日々パトカーに乗って職質をする遊撃特別警ら隊へと担当替えになっています。

その遊撃特別警ら隊での楠木の相棒が遊撃特別警ら隊班長の蒲生武志警部補であり、コールサインを「遊撃3」というパトカーに乗務しています。

 

そうした警視庁FC室のメンバー五人が、今回は「半減期の夏」という映画を撮った人気映画監督のリーアム・バークの新作映画「マゼンダシティ」を日本の、それも渋谷を舞台にした映画を撮るために奔走するのです。

また、この映画には日本側監督としてやはり人気のある丑井勝監督が参加するという話になり、一段と盛り上がっているのです。

ところが、日本は映画の撮影に関してはかなり遅れており、かつて「ブラック・レイン」という映画を大阪で撮った際に、日本側の手際の悪さにシドニールメット監督がもう二度と日本では映画は撮らないと激怒したという事件があったことが紹介されています。

この事件は素人の私でも知っていたくらい有名な話であり、映画好きとしては残念な話でもあります。

そして、その事件から少しは進歩したものの、基本的にはあまり変わっていない、ということが語られているのです。

そうした状況の中、成田空港には着いているはずのリーアム・バーク監督が行方不明になったり、渋谷でカーアクションを撮りたいというリーアム・バーク監督の依頼を実現させるために渋谷署や渋谷区役所などの許可を求めて奔走する警視庁FC室の姿が描かれます。

 

本書の上記のような物語の流れそのものはお仕事小説のようでもあり、映画撮影の背景などのトリビア的な知識が描かれている楽しみもあり確かに楽しいのです。

しかしながら、話の流れそのものは、作者の今野敏の筆のままに、かなり気楽に進みます。

なにせ、FC室長の長門自身が一見かなりいい加減なのです。何とかなるという一言で、楠木をあちこちに送り込んで交渉をさせ、結果として望みの流れへと進ませます。

こうした流れを楽しめるかどうかで本書の評価はかなり変わると思われます。

私としては、気楽さがちょっと過ぎるのではないかと感じ、軽さを感じる作品という評価になってしまいました。

職分

職分』とは

本書『職分』は『萩尾警部補シリーズ』の第三弾で、2025年9月に双葉社から264頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

窃盗犯罪を取り締まる盗犯係の職務の説明をはさみながら、個々の事件を解決していく姿が描かれる実に読みやすい作品です。

職分』の簡単なあらすじ

独り暮らしの老女宅に空き巣が入りブランド品が盗まれた。捜査三課の萩尾秀一と武田秋穂の調べで、盗まれたのは偽物だと判明する。老女は詐欺師に偽物を買わされており、二課詐欺担当の舎人が捜査に介入。萩尾と舎人は捜査方針で対立するのだが…(「職分」より)。ほか、「正当防衛」「粘土板」など七編を収録。(「BOOK」データベースより)

目次
常習犯 | 消えたホトケ | 職分 | 正当防衛 | 目撃者 | 粘土板 | 手口

職分』の感想

本書『職分』は『萩尾警部補シリーズ』の第三弾で、主人公が所属する盗犯係の紹介をはさみつつ、場合によっては捜査一課からの支援依頼をこなしもする、読みやすい警察小説です。

盗犯係が主人公という珍しい設定の警察小説です。

 

登場人物としては、まずは主役として警視庁捜査第三課盗犯捜査第五係所属の四十八歳の警部補である萩尾秀一が挙げられます。次いで、萩尾の相棒として三十二歳になる武田秋穂がいます。

萩尾は盗犯係のプロとして、盗難現場を見ただけで、主にピッキングの手口などから誰が犯人かをすぐに断定します。

また、盗犯専門の捜査員としての知識をプロフェッショナルとして捜査に生かすことこそ彼らの矜持だと言います。

そんな彼らは、時には捜査一課の応援依頼に応じて殺人現場に出向き、盗犯捜査のプロとしての意見を明言します。つまり、捜査一課の見立てと異なる主張をしたりもするのです。

 

本書の魅力としては、萩尾秀一という盗犯捜査のプロと、相棒の捜査一課に対するあこがれを持っていそうな武田秋穂というコンビの魅力がまずあります。

萩尾の盗犯捜査とその知識は職人芸に近いとも言えますが、彼はそうした知識は盗犯を捕まえるためにあると言い切るのです。

そうした萩尾の下で、捜査一課の犯罪捜査に対するあこがれを指摘される武田秋穂もまた、窃盗犯人逮捕に対するひらめきを見せ、犯罪捜査に対して貢献をしています。

 

そうした盗犯関連の一連の流れとは別に、本書では窃盗犯の侵入の手口や犯罪現場での鑑識作業、また一課から七課まである盗犯捜査係などの説明がなされており、読者の好奇心をくすぐってくれるのです。

また、名の知れた窃盗犯人には犯の特徴などを端的に表す「牛丼の松」や「勝手タケ」、「アキバのモリ」などの二つ名があり、彼がもまた本書で活躍の場が与えられています。

 

ちなみに、本書の「粘土板」というで話では、本シリーズ第二作目の『黙示』で登場してきたIT長者の館脇友久や探偵の石神達彦らの名前も登場しています。

黙示』は「ソロモンの指輪」が盗まれたというものでしたが、今回は館脇友久が都内に作った博物館に展示予定だった「ギルガメッシュ叙事詩」の粘土板が盗まれたというのです。

黙示』は作者の今野敏の個人的に関心がある超古代文明について調べた結果を登場人物に語らせるという意味合いが強いものであり、警察小説としては中途な印象の作品でした。

それに比べると本書は萩尾と武田という盗犯係の仕事が前面に押し出されています。

 

また、今野敏の近時の警察小説ではよく見られますが、ミステリーというよりはお仕事小説的色合いが濃いともいえそうです。

話の気楽さ、読みやすさは言うまでもありませんが、しかし、ミステリーとしての物語の厚みはありません。

それでも、この人の作品は読みたいと思うのです。

萩尾警部補シリーズ

萩尾警部補シリーズ』とは

警視庁捜査第三課盗犯捜査第五係所属の萩尾秀一警部補と、萩尾の相棒の武田秋穂巡査部長の活躍を描く警察小説シリーズです。

強行犯担当の捜査一課ではなく、盗犯を担当する三課所属の刑事が主人公となっている珍しいシリーズです。

萩尾警部補シリーズ』の作品

萩尾警部補シリーズ(2025年12月06日現在)

  1. 確証
  2. 真贋
  1. 黙示
  2. 職分

萩尾警部補シリーズ』について

本『萩尾警部補シリーズ』は、盗犯と呼ばれる空き巣、引ったくり、万引きなどの窃盗事件を担当する警視庁捜査第三課盗犯捜査第五係所属の刑事が主人公となっている珍しいシリーズです。

主役は第五係所属の萩尾秀一警部補武田秋穂巡査部長というコンビであり、窃盗犯と対峙する職人気質の刑事という特色が前面に出ています。

 

まだ本シリーズの第一、二巻は読み終えていないので、このシリーズの詳しい情報がわかっているとは言えないでしょう。

というのも、第三巻の『黙示』は今野敏の『石神達彦シリーズ』の主人公である石神達彦も登場し、古代文明に関する蘊蓄が語られていて本『萩尾警部補シリーズ』に属する作品だと言うには若干ためらうところもある作品だからです。

でも、第四巻の『職分』という短編集では、二つ名を持つような様々な窃盗のプロが登場し、萩尾警部補の盗犯のプロとしての意地を見せてくれていますので、シリーズの特色がそれなりに出ていると言えるでしょう。

ですから、現時点(2025年12月)ではこのシリーズの情報は第四巻での情報しかないと言ってもいいほどなので、一、二巻も読み終えたときにこの項も修正したいと思います。

署長サスピション

署長サスピション』とは

本書『署長サスピション』は『署長シンドロームシリーズ』の第二弾で、2025年4月に講談社から336頁のハードカバーで刊行された長編の警察小説です。

『隠蔽捜査』の舞台となっていた大森署の新任の署長を主人公に展開される、若干の物足りなさはあるものの一応は楽しく読むことができたコメディ小説です。

署長サスピション』の簡単なあらすじ

近頃、怪盗フェイクという変幻自在の窃盗犯が出没し、大森署の管内の宝飾店を荒らして、マスコミを騒がせていた。そ
んな中、戸高が公務中に競艇で二千万円を当ててしまう。さらに、前回小型核爆弾を守り切った実績により、警察内外の各方面から公金の保護を名目に大金が持ち込まれ、なんと総額一億円が大森署の署長室に…。するとそれを知ってか、怪盗フェイクがSNSで犯行予告!「大森署の署長室にあるお宝をいただく」。なんと日時指定までしてきたのだった。はたして藍本署長たちは、大胆不敵な謎の怪盗から、署長室の金庫に眠る大金と、警察のメンツを守り切れるのかー!?(「BOOK」データベースより)

署長サスピション』の感想

本書『署長サスピション』は『署長シンドロームシリーズ』の第二弾で、『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也署長の後任の藍本小百合署長を中心とした大森署のメンバーの奮闘の様子を描くコメディ小説です。

署長サスピション』の登場人物

本書でも、主役はもちろん藍本小百合署長ですが、語り手は大森署の貝沼悦郎副署長が務めていて、彼の心象などが詳しく述べられています。

大森署の署長室には、相変わらずに第二方面本部の本部長である弓削篤郎警視正や管理官の野間崎正嗣警視などを始めとするお偉いさん方が藍本署長に会うために足しげく訪ねてこられています。

ほかに、本書では怪盗フェイクという窃盗犯対策のために関本良治刑事課長や、七飯寛(ななえひろし)盗犯係長が頻繁に顔を見せます。

また、署長室の金庫に保管してある詐欺事件の三千万円に関連して警視庁刑事部捜査第二課課長の日向玲治が来ています。

さらには、その金庫にある厚生省のマトリから預かっている五千万円に関連して、厚生労働省の麻薬取締官である黒沢隆義とその黒沢の天敵である組対部薬物銃器対策課の馬渕浩一課長が来ていて、二人の掛け合い漫才を見せてくれます。

そして、戸高刑事が平和島競艇場で購入し当てた二千万円に関して、東京地検特捜部の柳楽検事も登場します。また、藍本署長と戸高刑事の舟券購入に感づいた東邦新聞の記者である長谷川梅蔵記者が貝沼の周りなどに現れるのです。

署長サスピション』について

主人公の藍本署長は、見た目は初めて会う人はほとんどの人が立ち尽くしてしまうような美貌の持ち主でありながら、本人はそうした認識があるのか不明のままですし、考え方にしても独特の発想を見せ、周りを驚かせています。

その点は前任者である竜崎にも若干似たところもあるようです。

問題は、と言っていいのかはわかりませんが、自分の美貌が周りに特別な影響を与えていることを本人が意識しているのかどうか全くわからないところです。

あくまで貝沼副署長の視点で語られていくので、藍本署長の内面は伺い知ることができないのです。

 

大森署署長室には、藍本署長に会うためにもともと様々な人たちが訪れるているのですが、上記のように署長室の金庫に入っている一億円をめぐりさらに登場人物が増えているのです。

本シリーズはもちろん「多くの警察関係者が息をのむほどに美しい美貌」の持ち主である藍本署長の存在自体がコメディの大きな要素になっているのですが、本書ではさらに国家公務員であることを鼻にかける黒沢麻薬取締官という大きなコメディ要素の持ち主もまた前巻に続いて登場していて、馬渕薬物銃器対策課課長との掛け合いをみせてくれています。

 

前述のように、大森署署長室の金庫の中には詐欺事件関連の三千万円、厚生労働省の麻取関連の五千万円、検察庁関連の二千万円の都合一億円という金銭が収められていました。

そこに、大森署管内で話題になっていた怪盗フェイクと呼ばれる窃盗犯が、大森署の署長室にあるお宝をいただきに来ると日時時を指定してきたのです。

そうしたことから、預かり金のそれぞれについてひと悶着がある上に、さらに署長室の一億円をめぐる騒動が巻き起こることになります。

 

そうしたユーモア満載の本書ではあるのですが、残念ながら今野作品の中では普通だと言わざるを得ません。

というのも、物語の展開が怪盗フェイク以外に取り上げることもなく、その怪盗フェイクが起こした過去の犯罪はともかく、本書での行為に関してはあまりにあっけなく、特に語るべきところもありません。

強いて言えば、戸高が舟券で当てた二千万円の金の所属先について、検察、警察それぞれの組織で手続きの面倒などの理由で引き受けたがらない中でその去就が気になるくらいです。

ただ、怪盗フェイクに加え、この二千万円の去就に関しても、物語としての決着は特別に取り上げる程の事はなく、実に残念な展開です。

ただ、本書のようなコメディ作品の場合は、そうした野暮なことは言わずに単純に語られるユーモアに浸っていればいいのでしょう。

 

本書のようなコメディ小説としては、浅田次郎の『きんぴか』(光文社文庫 全三巻)などの作品が思い出されます。

また本書と同じ警察小説で言うと、富樫倫太郎の『生活安全課0係 ファイヤーボール』など挙げることができます。

ずば抜けた頭脳を持っていますが空気の読めないキャリアの小早川冬彦を主人公とした、コミカルな長編の警察小説です。

ニンジャ 公安外事・倉島警部補

ニンジャ 公安外事・倉島警部補』とは

本書『ニンジャ 公安外事・倉島警部補』は『倉島警部補シリーズ』の第八弾で、2025年5月に文藝春秋から240頁のハードカバーで刊行された、八編の短編からなる公安警察小説集です。

公安小説でありながらも今野作品らしくとても軽くて読みやすく、それでいてそれなりの読みごたえを感じることが出来た作品集でした。

ニンジャ 公安外事・倉島警部補』の簡単なあらすじ

日本の公安にはニンジャがいる。公安のエース倉島。次期エース候補西本。元刑事のベテラン白崎。注意深き公機捜隊員片桐。気配を消せる若手伊藤。倉島警部補がチームで挑む8つの事件簿。これが、諜報の世界。ロシア人スパイ、美しき台湾公安捜査官、謎のテロリスト…(「BOOK」データベースより)

目次
アテンド/ケースオフィサー/ニンジャ/ペルソナ・ノン・グラータ/アベンジャーズ/ノビチョク/テロリスト/スピンドクター

「アテンド」
美貌を誇る台湾の公安捜査官・林春美(リン・チュンメイ)が来日するとの報せが。彼女に惚れ込む西本はアテンドに手を挙げるが、彼女相手にそう簡単に事は進まずーー?

「ケースオフィサー」
最近赴任したばかりのロシア大使館駐在武官・ゴーゴリの行確(行動確認)を指示された倉島。張り込みを続けると、彼はある日本人女性と接触していてーー?

「ニンジャ」
「洗いたいロシア人がいる」白崎の提案からチームを編成、公安総務課の伊藤と公安機動捜査隊の片桐を借り出すことに。対象はあるパーティーに参加するようだがいかに潜入すべきか。そのとき〈ニンジャ〉が動き出す。

「ペルソナ・ノン・グラータ」
例の件でゴーゴリがご立腹だと情報提供者・コソラポフから聞いた倉島は、逆転の発想で奇策を仕掛けーー?

「アベンジャーズ」
“ゼロ”の校長、通称「裏の理事官」にばったり出くわした西本。なんでもランチのお誘いで「信頼できる先輩」も連れてこいということらしく倉島と二人で向かうとそこにはーー?

「ノビチョク」
練馬の変死体事件の捜査になぜか呼び出された倉島。「おまえさん、刑事がみんな公安を毛嫌いしていると思ってないか?」刑事畑出身の同僚・白崎の言葉にはどんな意味が?

「テロリスト」
公機捜の後輩・片桐が密行中に気になったもの。それはホームセンターの前で見かけた男のリュックから覗き見えた白いポリ容器で……

「スピンドクター」
今度はアジア担当の外事二課・竹岡が林春美をスピンドクター(情報操作者)ではないかと疑いだし、再びの行確を行うがまたしても彼女のほうが一枚うわてでーー?

内容紹介(出版社より)

ニンジャ 公安外事・倉島警部補』について

本書『ニンジャ 公安外事・倉島警部補』は『倉島警部補シリーズ』の第八弾となる、短編の公安警察小説集です。

どちらかというと重めの内容であることが多い公安警察作品ですが、まさに今野敏の作品であってとても読みやすく、そしてそれなりの読みごたえを感じた作品集でした。

ニンジャ 公安外事・倉島警部補』の登場人物

本書の主役はこのシリーズの主役である倉島達夫です。そしてこの倉島が活動するときのチームとして、元ベテラン刑事で何かと頼りになる白崎敬やゼロの研修を終えていて次のエース候補でもある西本芳彦がいます。

そのほかにも、公安総務課公安管理係所属で倉島が公安としての適性を認めている伊藤次郎や公安機動捜査隊所属の片桐秀一らが助けてくれ、チームに機動力を与えてくれています。

また、伊藤を借り出すときにいつもネックになるのが公安総務課公安管理係長であり物語に一味を加えています。また、倉島の「作業」時の上司でもある公安総務課長の佐久良忍も独特の雰囲気を持った存在です。

加えて、本書では前作の『台北アセット』から登場して物語に色を添えているのが、ニッポンLC台湾法人の技術部社員であり、且つ台湾警政署保安組所属捜査官でもある林春美(リン・チュンメイ)がいます。

ニンジャ 公安外事・倉島警部補』の感想

本書『ニンジャ 公安外事・倉島警部補』は、公安小説でありながらも今野作品らしくとても軽くて読みやすく、それでいてそれなりの読みごたえを感じることが出来た作品集でした。

ただ、このシリーズは相変わらずに公安警察の活動の様子を描いているけれど、『倉島警部補シリーズ』の項でも書いているように、通常の警察小説との差異があまり感じられません。

ZERO』(幻冬舎文庫 全三巻)の麻生幾や、『警視庁情報官シリーズ』の濱嘉之といったリアルなインテリジェンス作品とくらべると、公安警察も通常の警察小説の延長線上に存在する印象が強く感じられるのです


 

とはいっても、本書『ニンジャ 公安外事・倉島警部補』については上記の「簡単なあらすじ」の「内容紹介」に転記しているように、外国を対象とする具体的な諜報戦の実態が描かれるというよりも、公安職員の日常を紹介しているという側面が強くなっています。

その意味で、行確(行動確認)という公安の日常の業務を通しての作業が描かれているのであり、対人諜報活動であるフーミントの実際が描かているのです。

そうした意味で、本書はこれまでの本シリーズの初期作品を除けば公安色が強く出ているとは感じた作品でした。

リミックス 神奈川県警少年捜査課

リミックス 神奈川県警少年捜査課』とは

本書『リミックス 神奈川県警少年捜査課』は『神奈川県警少年捜査課シリーズ』の第三弾で、2024年9月に小学館からハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

超常的な出来事の起きる伝奇小説と警察小説との合体作品で、今野敏の作品群の中でもどちらかというとあまりお勧めできないと感じた珍しい作品でした。

リミックス 神奈川県警少年捜査課』の簡単なあらすじ

一気読み必至のエンタメ警察小説! 神奈川県警少年捜査課の高尾と丸木のもとに、旧知の高校生・賀茂が失踪したという報せが届く。賀茂は古代の霊能者・役小角の呪術力を操る不思議な少年だった。賀茂は失踪前、半グレに追われていたという。高尾たちが失踪の経緯を調べると、外国にルーツをもつ若者たちと半グレ集団の間で抗争が起きつつあることが判明する。事態はやがて、カルト的人気を誇る女性ボーカル・ミサキを巻き込んだ誘拐事件へと発展しーー!?(内容紹介(出版社より))

リミックス 神奈川県警少年捜査課』について

本書『リミックス 神奈川県警少年捜査課』は『神奈川県警少年捜査課シリーズ』の第三弾となる長編の警察小説です。

今野敏の作品としてはストーリ展開は平板であり、登場人物のキャラクターも今一つであって、あまりお勧めできないと感じた珍しい作品でした。

 

もちろん、本書のような作品が好みだという人も当然多くおられることと思います。

私も、役行者が登場人物の人格を乗っ取り現代社会に現れる、という神秘的な現象をメインとするような伝奇的な物語自体はどちらかというと好きな方です。

しかし、本書では役行者というキャラクターもあまり活躍するわけではなく、伝奇的な要素がどっちつかずです。

また敵役となる半グレたちも現実に聞く半グレとは異なり、普通の不良少年としか思えない存在で、物語としての魅力があまり感じられませんでした。

 

今野敏の著作では、たまにストーリーは進んでいるような印象ではあるものの、その実物語の展開はほとんど見られない、ということがあります。

本書はまさにその典型と言ってもよさそうな物語であって、頁は進んでもストーリー自体はじれったいほどに進みません。

こうしたことは、今野敏の作品群の中でも超自然的な出来事、現象がテーマになっている作品ほどその傾向が強いように思えます。

本書『リミックス 神奈川県警少年捜査課』でも修験道の開祖と言われる役小角が降臨し、その呪術力を操る高校生である賀茂晶の行動が中心的な謎となっていて、物語自体の展開は本書中盤まで殆どありません。

 

本書では役小角の行動の先に「一言主」の存在が見えます。「一言主」とは日本の神の一人であり、『古事記』や『日本書紀』、『日本霊異記』などの書物にその名が記されていて、時代が下るたびに「一言主」の地位が低下しているそうです( ウィキペディア : 参照 )。

当然のことながら上記のことは本書でも説明してあります。加えて登場人物も、役小角の依巫女であり歌手でもあるミサキや、保護司の葛城氏などが登場し、現場の刑事を混乱させています。

この有言実行の神だと言われる「一言主」の登場は、本書の半グレたちの存在についての主張の一つかもしれません。

つまり、半グレという存在の根っこには会話すらないままでの差別などが存在していて、「一言」の会話こそが大事だという思いです。

 

でもそうした印象が物語自体の魅力を増幅させるものではありません。物語自体の魅力はやはり物語自体の持つストーリーた登場してくる人物たちの造形にかかっているのであり、その点で本書は今一つだと言わざるを得ないのです。

天狼 東京湾臨海署安積班

天狼 東京湾臨海署安積班』について

本書『天狼 東京湾臨海署安積班』は『天狼 東京湾臨海署安積班』の第23弾で、2025年3月に角川春樹事務所から360頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

物語の設定が既存の作品を彷彿とさせるものでしたが、安積班シリーズの一冊として普通に面白く、ただそれ以上のものではありませんでした。

天狼 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

須田巡査部長が、臨海署管内のスナックのマスターから相談を受けた。ミカジメ料を要求されたという。安積と須田は暴力犯係の真島係長に相談し、見回りを強化してもらうことに。一方、管内で立て続けに傷害事件が発生する。湾岸エリアが物騒な空気に包まれる中、速水小隊長が救急搬送されたとの連絡が入って…。(「BOOK」データベースより)

天狼 東京湾臨海署安積班』とは

本書『天狼 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の一冊として痛快小説としての色合いがかなり強い作品であり、痛快警察小説と言ってもいいような作品でした。

気になったのは、物語の設定が既存の作品を彷彿とさせるものだったことです。

天狼 東京湾臨海署安積班』の登場人物

登場人物は、安積剛志警部補を中心とした東京湾臨海署刑事組対課強行班第一係の須田三郎村雨秋彦水野真帆の三人の部長刑事、それに黒木和也桜井太一郎といった安積班の面々がまず挙げられます。

その他の常連組では交機隊小隊長の速水直樹ほかの交機隊隊員、強行犯第二係係長の相良啓や係員がいます。

その他の東京湾臨海署関係では署長の野村武彦や暴力犯係係長の真島喜毅、地域課の末永課長やその他の署員たちです。

また、相馬義継警部補という監察官室員も登場し、わざわざ氏名を告げていったところを見ると、今後も登場するかもしれません。

本書の敵役としては速水に「根っからのワル」と言わしめた三十二歳の暴走族の篠崎恭司や彼の配下の高野耕一石毛琢也といった半グレ達がいます。そして、最近臨海署の管内に進出してきたのが新藤進という男です。

天狼 東京湾臨海署安積班』の感想

ただ、本書には物足らないと思った点があるのも事実です。

というのも、まずは物語の構造がこのシリーズの第八弾の『残照』と似ているということです。

残照』では台場起きた少年たちの抗争で死者が出るという事件が起き、その容疑者としてスカイラインGT-Rに乗る風間智也の名前が浮かびます。

しかし、交機隊の速水直樹警部補は風間の過去の動向からみて風間が犯人だとは思えないというのです。

一方、本書においても近時台場で起きている小競り合いの背後に篠崎という男の存在が浮かび上がります。

しかし、やはり速水はそのことに納得がいっていないようで、篠崎と直接に話をしようとするのでした。

もちろん、この二作では『残照』の風間は孤高の存在であるのに対し、本書の篠崎は集団を積極的に利用としていて、そのありようは全く異なります。

しかし、速水にしてみれば、『残照』の風間は他人から利用されることを嫌い、本書の篠崎もまた他者の指示は受けないという点では同じだと考えます。

そして速水はその一点で風間を犯人ではないと言い、本書では篠崎を臨海署管轄内で起きている暴力行為の指示役ではあるにしても、第三者からの指示を受けているとは考えにくいというのです。

 

そうした不満点があるうえに、大ボスの位置にいる存在が弱い点も気になる点です。

本書全体が次に述べるように小気味いいものであるにもかかわらず、敵役の存在が弱い点はとても残念でした。

もう少し魅力的な敵役であれば本書はさらに爽快なものになったかもしれないと思うと残念な気もします。

 

と、いろいろ不満点を書いてはきましたが、それでも今野敏の人気シリーズでありやはり面白く読んだというのが事実です。

本来、本『安積班シリーズ』は刑事個人の活躍を描く作品ではなく、安積剛志警部補を中心とした東京湾臨海署安積班のメンバーの活躍を描き出している作品です。

ところが、本書はそうではなく、東京湾臨海署全体が主役といってもいい物語になっています。

東京湾臨海署の管轄寧で起きている異常な出来事について、臨海署に対する挑戦であり、そうした出来事に対しては一丸となって戦うというのです。

具体的に言うと、東京湾臨海署の刑事組対課強行班の第一班と速水直樹小隊長率いる交機隊の隊員たちはいつもの通りにまとまり、相良啓係長と第二班のメンバーも加わります。

それに加え、暴力犯係の真島喜毅係長率いるマル暴の刑事たち、そして普段はあまり登場しない末永課長率いる地域課の課員たち、さらには東京湾臨海署の野村武彦署長までも「売られた喧嘩は買う」と宣言するのですからたまりません。

こうした小気味よさがこのシリーズの魅力でもあるのですが、今回はその程度が一段階増しているのです。

それはともかく、湾岸署一丸となって暴力に立ち向かう姿は実に痛快でした。

任侠梵鐘

任侠梵鐘』とは

 

本書『任侠梵鐘』は『任侠シリーズ』の第七弾で、2025年1月に中央公論新社から368頁のハードカバーで刊行された長編のユーモア小説です。

今回の話はこれまでに比して若頭の日村たちの活躍する場面は少なかった気がしますが、それでもやはり今野作品として面白く読んだ作品でした。

 

任侠梵鐘』の簡単なあらすじ

 

義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々と持ち込まれ、その度に代貸の日村は振り回されていた。今度は神社と寺!?テキヤが祭に露店を出せなくなつたことを憂えていると、除夜の鐘がうるさいというクレームまで来る始末。「この国は滅びるぞ」と怒り心頭の住職をなだめていた日村たちも、警察に通報されたり、追放運動をされたりと大ピンチ!さらに不穏な動きが…どうなる阿岐本組!?(「BOOK」データベースより)

 

任侠梵鐘』の感想

 

本書『任侠梵鐘』は『任侠シリーズ』の第七弾の作品であって、今回はお寺や神社を対象とした物語です。

これまでに比して若頭の日村たちの活躍する場面は少なかった気がします。それはつまりは組長の阿岐本雄蔵が前面に出る場面が多いということを意味し、その点ではシリーズでも少々色合いが異なるといえるのかもしれません。

とはいえ、これまでも日村が現場の情報収集などを終えると阿岐本組長が乗り出すのが定番であったので、本書を色合いが異なるといえるかは微妙なところです。

 

本書でも、いつもの通りに阿岐本組長の弟分である永神組組長の永神が相談事を持ってくるところからこの物語は始まります。

その相談事というのが、テキヤの大親分の多嘉原がある神社の祭りに露店を出せなくなったというものでした。

これまたいつもの通りに阿岐本に命じられてその神社に話を聞きに行った日村でしたが、ヤクザを締め出す市民運動の高まりとともに、その神社の近くのお寺では除夜の鐘がうるさいと苦情が出ているという話を聞きこんできます。

その話を聞いた阿岐本は自ら東野神社やお寺に出むくことにするのでした。

 

このシリーズは、現代社会において発生する何らかの理不尽な出来事に対して阿岐本組の面々が対処する様子を面白く描いているところにその魅力があります。

シリーズの第一弾は「書房」の抱える問題についての話であり、続いて「高校」、「病院」「浴場」「映画館」「楽団」と続き、そして今回の神社でありお寺というわけです。

本書の物語のきっかけは作者の今野敏が見聞きした、近所のお寺で大晦日に衝かれる除夜の鐘の音や、近所の公園での子供の声がうるさいという市民の声がニュースで取り上げられていたことだったそうです( Real Sound Book : 参照 )。

このニュースは私も聞いたことがあり、特に除夜の鐘のニュースには驚いたものです。

除夜の鐘を騒音としてしかとらえられず、ましてやそのお寺に苦情を申し立てるなど違和感しか感じませんでした。

 

この除夜の鐘問題に関しては、価値観は時代に応じて変化するものであり、騒音の感じ方も人それぞれで異なるでしょうから、頭から否定することもできないでしょう。

しかし、普通の日本人にとっては理解しがたい言動だと信じたいのです。

一方、祭りごとに欠かせない露店の話は暴力団との問題もあってまた異なると思います。

テキヤは露天商であり、ヤクザとは異なる団体として一概に切り捨てていいかという議論もあるほどであり、単純に割り切ることも難しいと思います( 弁護士JPニュース : 参照 )。

本書『任侠梵鐘』ではその除夜の鐘の問題やテキヤの問題なども絡めて問題提起してありますが、しかしながらそこはエンターテイメント小説としてユーモアの中にそれなりの決着をつけてあります。

 

任登場人物について』の感想

 

登場人物は、組長の阿岐本雄藏をはじめとして、代貸の日村誠司、そして天才的なスケコマシの志村真吉、元暴走族である運転手の二之宮稔、若い衆のまとめ役である三橋健一、パソコンオタクのテツこと市村徹らの組員、そして、阿岐本組長の兄弟分である永神健太郎といったレギュラーメンバーがいます。

その上、警察関連では、このシリーズのレギュラーでもあるマル暴刑事の甘糟達男巡査部長やその上司の係長である仙川修造警部補や、加えて今回のお寺などを管轄する中目黒署の谷津という刑事が登場します。

さらには阿岐本組にいつも遊びに来る坂本香苗という近所に住む女子高生やその祖父である坂本源治という喫茶店のマスターまで加わっています。

 

また、今回の舞台となるのが大木和善を神主とする駒吉神社という神社と、田代栄寛が住職を務める西量寺というお寺です。

町内会の会長である藤堂伸康や役員の原磯俊郎といった反対運動の中心メンバーたちがいます。

こうした面々が一段とこのシリーズを庶民性豊かにしていて、筋目を通す昔ながらのヤクザとしての阿岐本組を印象付けています。

 

類似の作品について』の感想

 

阿岐本組長のような、かつての東映任侠映画のような昔ながらのヤクザを描いた作品としては、火野葦平の『花と龍』や尾崎士郎の『人生劇場 任侠編』があります。




 

これらの名作とは異なり、本シリーズはユーモア満載のエンタメ作品という違いはありますが、現代ではお目にかかれないヤクザが描かれているのです。

ユーモア路線でいえば浅田次郎の『プリズンホテル』などいくつかありますが、それぞれに面白さを持った作品です。

ただ、「阿岐本のように人情があるヤクザは、実際にはそうそういないでしょう。」と作者の今野敏本人も言うように、実際には存在しないだろうヤクザを描くのは、「これを読んだ反社の人たちが心を改めてくれるんじゃないか」という思いがあるからだそうです( Real Sound Book : 参照 )。

昇華 機捜235

昇華 機捜235』とは

 

本書『昇華 機捜235』は『機捜235シリーズ』の第三弾で、2024年12月に光文社から336頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

今野敏の作品ではたまにあまり十分に練られたとは思えない作品が登場することがありますが、まさに本書がそうだ、と思われる物語でした。

 

昇華 機捜235』の簡単なあらすじ

 

警視庁機動捜査隊渋谷分駐所の名コンビ、高丸卓也と縞長省一。彼らの機捜車のコールサインは235だ。衆議院解散に伴う総選挙が決まった中、SNSに法務大臣・坂本の殺害予告が投稿された。高丸・縞長は機捜231の大久保実乃里とともに特別捜査本部に呼ばれ、坂本の選挙区・川越で彼の選挙事務所に潜入捜査に入る。次々に浮かびあがる容疑者たちを懸命に捜査する三人だったが、さらに新たな予告がー。読者を引き込んで離さない熟練の語り口が大人気のシリーズ第三弾登場。(「BOOK」データベースより)

 

昇華 機捜235』の感想

 

本書『昇華 機捜235』は『機捜235シリーズ』の第三弾の長編の警察小説で、今野敏の作品らしく読みやすい作品ではあるのだけれど、なんとも評しにくい作品でした。

 

本シリーズの主役は、警視庁機動捜査隊渋谷分駐所の235のコールサインを持つ機捜車に乘る高丸卓也縞長省一という名コンビです。

衆議院解散に伴う総選挙で、法務大臣の坂本玄に対する殺害予告がSNS上に掲載されたことから、大久保実乃里巡査が坂本法務大臣の近くに私設秘書という形で張り付いて情報の収集をすることになります。

そこで、主役の二人は大久保巡査のバックアップのために坂本大臣の選挙事務所のある埼玉県の川越に詰めることになったのです。

 

ただ物語として、高丸たちの警備のありかたや、殺害予告犯人の捜査自体に見るべきものはなく、物語としての山はないと言っても過言ではありません。

ただ、途中で主役の一人が行方不明になることが大きな出来事と言えば出来事なのですが、それすらも物語の展開としては見るべきものとも言えないのです。

今野敏の作品自体は、殆どの作品が謎解きに重きを置いているとは言えず、その代わりに登場人物たちの人間関係の妙が面白いのだと言えます。

その最たるものが今野敏のベストセラー作品である『隠蔽捜査シリーズ』であり、『安積班シリーズ』だと思うのです。

前者は異色のキャリア警察官である竜崎伸也の原則論を貫く姿が爽快な作品で、後者はチームで行う捜査を前面に出した心温まる警察小説です。


 

本書『昇華 機捜235』の場合、そうした個性豊かな捜査員がいるわけでもなく、チームで捜査するわけでもありません。

そもそも、機捜すなわち機動捜査隊とは「犯罪発生の初期段階で犯人を検挙することを目的としている組織」であり、事件の初動捜査を行う組織であって犯罪の捜査自体を行うことはその存立目的ではありません。

ただ、主人公の高丸の相棒である縞長が見当たり捜査の達人であるところから、本シリーズの『石礫 機捜235』では縞長の活躍がメインであり、独特の面白さを感じたものです。

そうした特色が本書にはないのです。ただ、大久保巡査が他人の口を軽くする情報収集にはもってこい特殊能力があるのが見どころだとは言えます。

だからこそ、外務大臣に張り付く職務を与えられ、高丸たちも大臣の地元へ出張することになったのです。

それ以外に見るべきところはなく、結局は大久保の活躍も明確なものではなく、物足りなく感じてしまいました。

従って、冒頭に述べたような「十分に練られたとは思えない作品」という評価になったものです。

今後の展開に期待したいと思います。

夏空 東京湾臨海署安積班

夏空 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『夏空 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十二弾で、2024年3月に324頁のハードカバーで角川春樹事務所から刊行された短編の警察小説集です。

シリーズ中の短編集の役割ともいえるシリーズ本編の間隙を埋める短編集としてとても面白く読んだ作品集です。

 

夏空 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

ドラマ化もされた大ロングセラー「安積班」シリーズ熱望の最新刊!

外国人同士がもめているという通報があり現場に駆けつけると、複数の外国人が罵声を上げて揉み合っていた。
ナイフで相手を刺して怪我を負わせた一人を確保し、送検するも、彼らの対立はこれでは終わらなかった……。(「略奪」より)
高齢者の運転トラブル、半グレの取り締まり、悪質なクレーマー……守るべき正義とは何か。
揺るぎない眼差しで安積は事件を解決に導いていくーー。

おなじみの安積班メンバーに加え、国際犯罪対策課、水上安全課、盗犯係、暴力犯係など、ここでしか味わえない警察官たちのそれぞれの矜持が光る短編集。(内容紹介(出版社より))

目次
目線 | 会食 | 志望 | 過失 | 雨水 | 成敗 | 夏雲 | 世代 | 当直 | 略奪

 

夏空 東京湾臨海署安積班』の感想

 

本書『夏空 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十二弾の、シリーズに色々な方面から光を当てた作品集です。

長編を基本とするシリーズものの中での短編集となれば、シリーズ本編で構築される物語世界の間隙を埋める役割を担っているものでしょう。

本書もその点は同様であり、『安積班シリーズ』の登場人物の横顔紹介的な話の場合もあれば、一般論としても言えそうな視点の話であったりと様々なテーマの作品が並んでいます。

 

安積班のメンバーの側面を紹介するものとして第一話の「目線」で須田を、第二話の「会食」で湾岸署の野村署長と瀬場副署長を、第八話の「世代」では交機隊の速水の人となりを紹介してあります。

第四話「過失」では強行犯第二係の相良を紹介しているとも言えそうです。

 

目線」 第三者から見るとトラブルのようであっても当事者本人にしてみれば何でもない事柄であるという話で、視点を変えればものの見方も変わってくるという話です。

 

会食」 安積警部補は、榊原課長から瀬場副署長が野村署長が暴力団幹部と会食をしたらしいとの噂のことで悩んでるらしく、何とかしてほしいとの相談を受けます。

「案ずるより産むが易し」を地で行く物語であり、同時に安積警部補の人柄を示す作品でもあります。

 

志望」 安積警部補は、榊原課長から地域課にいる武藤和馬という巡査長を刑事課に、それも村雨移動で空いた席に引っ張りたいとの相談を受けます。

 

過失」 地域課から、ゆりかもめの駅からの応援要請に強行犯第二係の相良が自分が行くと言い出した。行ってみるとテレビタレントの堺わたるが人の靴を踏んでしまい、治療費を要求されているというのだった。

 

雨水」 闇バイトの強盗グループを追っていた警視庁はあるグループに眼をつけていたが、そのグループがお台場にあるマンションをターゲットにしているという情報が入った。

 

成敗」 高速湾岸線の道路上で被害者が三十五歳の自称建設業の津山士郎という男であり、被疑者は丸岡孝之という七十歳の無職の男だという傷害事件が発生し、交機隊の速水小隊長を通して安積達にも呼びだしがかかった。

「強いほど、他人を受け入れて許せるようになるでしょう」という水野の言葉が残ります。

 

夏雲」 地域課地域第二係の蔵田英一巡査部長が、飲食店でスマホで撮影しながらクレームをつけている川島博史という客に対し、無断で撮影すると肖像権侵害になると注意すると、蔵田巡査部長を訴えると言ってきたという。

 

世代」 速水の車に同乗して遺体が見つかったというお台場の公園へ行くと、速水が野次馬のなかから不審な男を見つけた。細井貴幸という二十八歳の男であり、被害者は川崎逸郎四十八歳で、二人とも同じ食品会社に勤務していた。

 

当直」 今日の当直管理責任者は組対係の真島善毅係長で、一般当直は四名、刑事当直も第一強行犯係の須田、第二強行犯係の荒川、組対係の真島係長、そして知能犯係からの一名の四人だった。

 

略奪」 外国人同士の揉め事の通報があり、強行犯第一、第二係共に制圧のための出動し怪我人等を確保したところに、国際犯罪対策課から立原という警部補がやってきた。