警視庁FC

警視庁FC』とは

 

本書『警視庁FC』は『警視庁FCシリーズ』の第一弾で、2011年2月に毎日新聞社からハードカバーで刊行され、2014年9月に講談社文庫から416頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

 

警視庁FC』の簡単なあらすじ

 

楽勝の任務のはずが、まさかこんな展開に! 警察ドラマの現場で殺人が。今野敏節全開!! 驚愕の謎と事件の連続!

「エフシー」=「FILM COMISSIONフイルムコミツシヨン」、その特命は「警察ドラマ撮影に便宜をはかれ」。
しかし、そこにはヤクザの影。お気楽な仕事が、とんでもない捜査現場に発展する!!

信頼喪失であせる警視庁が考え出した特命グループ、警視庁FC。彼らの使命は、映画やドラマの撮影に便宜をはかること。マル暴の刑事、ミニパトの女性警官、交機の白バイ隊員が集められ、憧れの業界仕事にとりくんだが、いきなり、助監督殺人事件が発生。二転三転のとんでもない展開の警察小説が始まる!!(内容紹介(出版社より))

 

警視庁FC』の感想

 

本書『警視庁FC』のFCとは「フィルム・コミッション(英語:Film Commission)」を意味し、「映画等の撮影場所誘致や撮影支援をする機関である。地方公共団体(都道府県・市町村)か、観光協会の一部署が事務局を担当していることが多い。映画撮影などを誘致することによって地域活性化、文化振興、観光振興を図るのが狙いとされるため、地方公共団体が担当している場合、その部署はそのいずれかの関連部署になっているようである(ごくまれだが、フィルムコミッションそのものの担当部署を設けているところもある)。(出典 : ウィキペディア」ということだそうです。

 

本書で語られる「FC」は、上記のようなサービスを警察内に設けて市民への便宜を図ろうとしている動きを言います。現実にはロケ地での交通整理やロケ地を縄張りとするヤクザへの対応などのことがあるのでしょう。

主人公楠木肇は警視庁の地域部地域総務課の所属だったのですが、ある日突然に新設された「FC室」との兼務を言い渡されます。

そこには通信指令本部の管理官であった長門達男室長を始め、マル暴の山岡諒一、交通部都市交通対策課の島原静香、交通部交通機動隊の服部靖彦らが集まっていました。

彼らが出動していたとある撮影の現場で助監督が殺されるという事件が起きます。

本書の主人公の楠木は「できれば努力しないで一生を終えたい」と考える警察官ですが、マル暴の山岡らは事件に関心を示し、結局事件にかかわることになるのです。

 

今野敏の小説には、『隠蔽捜査シリーズ』や『安積班シリーズ』のようなリアルな警察小説も人気を博しているのですが、一方『任侠シリーズ』の流れをくむ『マル暴甘糟』などユーモラスな雰囲気を持った作品も存します。本書はこの「ユーモラス」な分野における今野敏の長編警察小説です。

 

 

楠木の「心の声」であるぼやきを随所に挟みながら、物語はテンポよく、そしてこの手の物語の定番として都合よく進みます。

同僚警察官らに対する愚痴であったり、山岡に対しての批判などを読者に示しながら、そうした内心は外には全く見せずに『状況に流されていくと、それが事件解決へと結びついていくのです、

ここらの物語の進め方はさすがに今野敏であり、細かな不都合点などはテンポの良さに押し流され、結局読み終えてしまうだけの面白さを持った小説でした。

連写 TOKAGE3-特殊遊撃捜査隊

東京都内でバイクを利用したコンビニ強盗が連続発生。しかも国道246号沿いに集中している。警視庁の覆面捜査チーム“トカゲ”にも召集がかかる。上野数馬と白石涼子は捜査本部が置かれた世田谷署へと急行、新設されたIT捜査専門組織・警視庁捜査支援分析センターも総動員されるが、解決の糸口が見つからない…。漆黒のライダーはどこへ消えたのか? (「BOOK」データベースより)

本作品のメインとなる「トカゲ(TOKAGE)」とは、刑事部の中から選ばれている覆面捜査専門のバイク部隊で、事件発生時に必要に応じて招集されるチームです。

彼らはその機動力に応じ、通常ではできにくい捜査を行います。一作目ではメガバンク行員の誘拐事件を、二作目ではバスジャック事件に絡んだネットを利用した事件を、そして本作では多発するコンビニ強盗事件は発生し、バイクの機動力が要求されるのです。

本作の見どころはまさにオートバイです。本シリーズの主人公とも言える上野数馬は、バイクでのパトロール中に風景をまるで写真のように捉え、後でその写真を見直すことが出来るのです。つまりは写真の連写のように風景を記憶していくのです。本作品のタイトルもこのことを指しています。本作でもその能力を十分に生かし、事件を解決に導きます。

ただ、事件解決のヒントがTOKAGEのメンバーからしか出てこないという点は、気になる点ではあります。そうした観点はベテランの捜査員であればまず出てくると普通は思われるのです。

しかしながら、本シリーズのように読者はただその流れに乗って運ばれていくことこそ楽しみであるような、物語の展開に乗ればいい物語ではそうした点は織り込み済みのこととしていいのでしょう。

実際、このシリーズはテンポのいい展開こそ楽しみでしょうから尚更です。

マル暴甘糟

マル暴甘糟』とは

 

本書『マル暴甘糟』は『マル暴シリーズ』の第一弾で、2017年10月に412頁で文庫化された、長編の警察小説です。

 

マル暴甘糟』の簡単なあらすじ

 

甘糟達夫は「俺のこと、なめないでよね」が口ぐせのマル暴刑事だ。ある夜、多嘉原連合の構成員が撲殺されたという知らせが入る。コワモテの先輩・郡原虎蔵と捜査に加わる甘糟だが、いきなり組事務所に連行されてー!?警察小説史上、もっとも気弱な刑事の活躍に笑って泣ける“マル暴”シリーズ第一弾!“任侠”シリーズの阿岐本組の面々も登場!(「BOOK」データベースより)

 

北綾瀬署管内で被害者が暴力団員である殺人事件が発生した。

そこで北綾瀬署刑事組織犯罪対策課の甘糟巡査部長は相棒の先輩刑事郡原虎蔵と共に捜査本部に呼ばれることになった。

被害者の多嘉原連合構成員であるゲンこと東山源一の情報を得るためにアキラこと唐津晃のもとにいくが、ゲンが殺されたことを知ったアキラは、甘糟を組事務所へと連れていくのだった。

 

マル暴甘糟』の感想

 

本書『マル暴甘糟』は、今野敏の人気シリーズである『任侠シリーズ』のスピンオフ作品です。

本書の主人公の甘糟達夫は、そもそも任侠シリーズ』の新しいネタを探していて見つけたキャラだそうです( Jnovel : 参照 )。

そういう意味で『マル暴シリーズ』の持つユーモラスな雰囲気は、『任侠シリーズ』の雰囲気をそのまま引き継いでいると言えそうです。

 

今野敏という作家は、作品に登場するキャラクターの作り方がうまいと常に思っているのですが、本書のキャラクターもその例にもれません。

警察であるにも関わらず、「粗暴」という言葉がピタリと当てはまる印象の組織犯罪対策課、通称「マル暴」ですが、本作品の主人公の甘糟達夫は、童顔で気の弱い「マル暴」刑事なのです。

このユニークな主人公に対して配されているのが甘粕の先輩である郡原虎蔵です。

甘糟の相棒でもある群原は何かと甘糟をこき使いますが、結局は事件解決への適切な支持となっているようです。

その群原と本書『マル暴甘糟』で対立するのが、警視庁捜査一課のエリート警部補梶伴彦であり、甘糟はこの二人に振り回されることになります。

これに対し、暴力団多嘉原連合の若頭唐津晃が、被害者をかわいがっていた兄貴分として、事件をかき回す役目を担わされていています。

この唐津という男も、単なる脇役としての役割以上以上の存在感を示しており、本書の面白さに一役買っています。

 

また、本『シリーズ』が『任侠シリーズ』のスピンオフシリーズである以上、当然ですが『任侠シリーズ』の登場人物も少しですが顔を見せます。

一応、あくまで別シリーズなので、甘糟が暴力団の情報収集の一環として阿岐本組へ訪れる場面も限られてはいるようです。

 

ちなみに、今野敏には他に『逆風の街―横浜みなとみらい署暴力犯係』から始まる「横浜みなとみらい署」シリーズという「マル暴」の警官を主人公とした作品があります。

同じ今野敏という作家の書いたこの二つの作品を読み比べてみるのも面白いでしょう。

 

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第四弾で、2014年4月に刊行されて2016年8月に408頁で文庫化された、長編の警察小説です。

作者の主人公のキャラクター設定のうまさが光り、また家族やストーカー問題なども絡めた魅力的な面白い作品になっています。

 

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁強行犯係・樋口顕のもとに殺人事件の一報が入る。被害者は、キャバクラ嬢の南田麻里。彼女は、警察にストーカー被害の相談をしていた。ストーカーによる犯行だとしたら、警察の責任は免れない。被疑者の身柄確保に奔走する中、樋口の娘・照美にある事件の疑惑が…。警察組織と家庭の間で揺れ動く刑事の奮闘をリアルに描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

本書『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の出版が二〇一四年四月で、シリーズ前作の『ビート』が二〇〇八年四月の出版ですから、その間に六年という時間が経っています。

前作『ビート』では警察官と家族とのありかた、また父親と息子の問題とが描かれていましたが、本作でもまた、本来の事件の関係者ではないかと疑われる樋口の娘と樋口との問題が描かれています。

こうした設定は今野敏の『隠蔽捜査』でも見られるような既視感があり、その点が難点と言えば言えるのかもしれませんが、そうした点を考慮してもなお面白い小説であることに間違いはありません。

 

 

更には本書『廉恥』ではストーカ犯罪が一つのテーマになっていて、警察庁から派遣されてきた小泉蘭子刑事指導官がストーカー事案の専門家として意見を述べています。

これらの仲間の力を借りながら事件の真相に近づいていく書き方はもちろん定番ではありますが、内省的な主人公キャラクタ設定のうまさや、家族の問題をも絡ませることで、主人公の人間的な深みをも描き出すうまさなどをいつも感じさせられます。

そして、今野敏の物語に感じる人情話にも通じる物語の運び方は、心地よい読後感をもたらしてくれるのです。

 

そういえば、私が面白いと感じる小説のほとんどには物語の根底に人情話が潜んでいると言ってもといいかもしれません。

そうした観点で見ると例として拾い出すのが困難なほどに多くの作品があります。

近時読んだ本で言うと柚月裕子検事の本懐も例として挙げることができるでしょうし、本書とは異なる冒険小説という分野では、元傭兵のクリーシィがマフィア相手に戦う物語であるA・J・クィネル の『燃える男』もそうでしょう。

物語が読者の心を打つ根源的なものは、結局は心同士のつながりにあるというところでしょうか。

 

自覚: 隠蔽捜査5.5

『初陣 隠蔽捜査3.5』に続く、『隠蔽捜査』シリーズのスピンオフ作品で、このシリーズの様々な登場人物の視点で描かれた、全7編からなる短編集です。

「漏洩」 貝沼副署長自身も報告も受けていない、誤認逮捕さえ疑われる連続婦女暴行未遂事件の記事が東日新聞に載っていた。竜崎署長の耳に入る前に解決しようとする貝沼副署長だったが・・・。

「訓練」 警視庁警備企画係の畠山美奈子は、大阪府警本部に行き、スカイマーシャルの訓練を受けるようにとの指示を受けた。しかし、キャリアの、しかも女性である畠山に対して、現場の人間の対応は冷たく、心が折れそうになる。

「人事」 第二方面本部の野間崎管理官は、新本部長として赴任してきた弓削篤郎警視正の、新たな職場について「レクチャー」を受けたいとの要望に対し、問題のある警察署として、竜崎の勤務する大森署の名を挙げるのだった。

「自覚」 大森署刑事課長の関本良治は、強盗殺人事件の現場で警視庁捜査一課長らと臨場しているところに発砲音が聞いた。大森署の問題刑事である戸高が発砲したというのだ。

「実施」 大森署地域課長の久米政男のもとに、突然、刑事課長の関本が、「地域課のばか」が犯人に職質をかけて取り逃がした、と怒鳴りこんできた。職質をかけたのは研修中の新人であり、地域課と刑事課との全面的な喧嘩にもなりかねない事態となる。久米は職を賭しても新人を守ろうと決意する。

「検挙」 大森署刑事課強行犯係長の小松茂は、警察庁からの通達として検挙数と検挙率のアップを申し渡されるが、戸高からは「どんなことになっても知りませんよ。」との言葉が返ってきた。

「送検」 警視庁刑事部長の伊丹俊太郎は、大森署管内で起きた強姦殺人事件の捜査本部に臨席し、被害者の部屋の中から採取された指紋と、防犯カメラの映像などから逮捕状請求とその執行とを指示した。しかし、竜崎に連絡を取ると「それでいいのか?」という質問が返ってきた。

この物語の各短編は、中心となる人物の目線で語られます。そして、登場人物それぞれの立場や人間性に基づいて個々の難題に直面し、行き詰るのです。その絡まってしまい、解きほぐすことのできない糸が、最終的に竜崎署長のもとに持ち込まれると、いとも簡単に解きほぐされてしまいます。それはまるで、黄門さまの印籠のようでもあります。

それはあまりに都合が良すぎると感じる側面も確かにあります。しかし、その都合の良さでさえもこの作者の手にかかると小気味良さへと変化し、実に面白い短編に昇華してしまうのです。

何より、この物語は、本体である『隠蔽捜査』シリーズの世界観を立体的なものとし、シリーズの世界に奥行きを持たせてくれています。スピンオフ作品のもつ効果が最大限に発揮され、本書自体の面白さと相まって、より世界観の広がる作品として仕上がっていると感じます。

欠落

特殊犯捜査係に異動してきた同期の大石陽子は立てこもり事件の身代わり人質となってしまう。直後に発生した死体遺棄事件を捜査しながらも刑事・宇田川は彼女の安否が気にかかる。難航する二つの事件の捜査。幾つもの“壁”に抗いながら、宇田川は真相にたどりつけるのか!?『同期』待望の続編。長編警察小説。

捜査一課勤務の主人公と公安に配属された蘇我という警察学校同期の物語を描いた前作『同期』の続編です。

 

警視庁捜査一課刑事の宇田川は、担当している多摩川の河原で起きた殺人事件の捜査もまた行き詰っていた。同じころ、初任科同期の大石陽子が、着任早々の立てこもり事件で被害者の身代わりになる事件も起きていた。そんな折に、やはり同期で懲戒免職になっていた蘇我から大石のことで連絡が入った。

 

本書『欠落』は、初任科つまりは警察学校の同期という設定のもと、刑事と公安とを仲間にするというめずらしい設定の警察小説です。普通、刑事警察と公安警察とは仲が悪いものとして描かれています。今野敏の小説でも『倉島警部補シリーズ』のような公安捜査官を主人公にした作品はありますが、そこでもこの両者は仲が悪いものとして描かれているのです。

しかし、本書『欠落』では、刑事の宇田川と公安捜査員の蘇我を警察学校の同期として設定して、言わば共同作業を行わせ、同期の友情物語として仕上げているのです。「友情物語」とは言っても感傷過多な物語ではなく、公安との確執も描きつつ、刑事ものの定番をふまえています。また、『曙光の街』を第一作とする『倉島警部補シリーズ』が倉島警部補の成長物語でもあったように、本シリーズは宇田川の成長譚としての側面も持っています。

本書については「リアリティーがない」という感想も見られました。でもそれは個人の好みの問題だと、勝手に思っていて、個人的には十分に面白い物語だという印象です。確かに、主人公の「勘」を頼りに物語が進行する点など、無理な進行、展開を感じないこともないのですが、本書なりの世界観はそれなりに出来上がっていて、決してリアリティーが無いとまでは言えないと思えます。

公安警察の物語と言うと、前述した今野敏の『倉島警部補シリーズ』がありますが、他にはテレビドラマ化、更には映画化もされた、逢坂剛の『百舌の叫ぶ夜』から始まる『MOZU』シリーズが著名な作品として挙げられるでしょう。また、現実の公安警察官だったという経歴を持つ濱嘉之が書いた『警視庁情報官シリーズ』、それに 竹内明の『背乗り ハイノリ ソトニ 警視庁公安部外事二課』など、実にリアリティーに富んだ小説もあります。