本書『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』は、『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第十巻となる、文庫本で317頁の長編の時代小説です。
数々の困難を乗り越えてきた幸や五鈴屋江戸本店の奉公人たちですが、本書では考え抜かれた思案もそれなりに見通しがつき、珍しく明るい展開となっています。
『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』の簡単なあらすじ
呉服太物商でありながら、呉服仲間を追われ、呉服商いを断念することになった五鈴屋江戸本店。だが、主人公幸や奉公人たちは、新たな盛運の芽生えを信じ、職人たちと知恵を寄せ合って、これまでにない浴衣地の開発に挑む。男女の違いを越え、身分を越えて、江戸の街に木綿の橋を架けたいーそんな切なる願いを胸に、試行錯誤を続け、懸命に精進を重ねていく。両国の川開きの日に狙いを定め、勝負に打って出るのだが…。果たして最大の危機は最高の好機になり得るのか。五鈴屋の快進撃に胸躍る、シリーズ第十弾!!(「BOOK」データベースより)
前巻『あきない世傳 金と銀(九) 淵泉篇』で、結の行いによりもたらされた衝撃を何とか乗り越えたところに、呉服商いができないという危機が訪れたのですが、何とか新たな道に乗り出した五鈴屋でした。
つまり、木綿や麻の織物を意味する「太物」を扱う中でいかにして生き残るかが、五鈴屋の新たな挑戦になります。
もともと「呉服」とは絹織物のことを言い、「太物」とは木綿や麻の織物のことをさしました。という一文がありました。( 木下着物研究所 : 参照 )
その新たな壁に対する挑戦として、白地も鮮やかな木綿地の藍染の反物という新たな品を生み出そうとし、元来は湯屋の身拭いとして用いられていた「湯帷子(ゆかたびら)」を普段着としても着ることができる浴衣として世に送り出そうとしていたのです。
染物師の力造が表裏両面に糊を置き「浸け染め」で染める方法を考えついて苦労していた折、五鈴屋の隣家の三島屋から五鈴屋に家屋敷を買い上げてもらえないかとの話がもたらされます。
そんな時、遅れに遅れていたお梅や菊栄がやっと大坂から到着し、五鈴屋大坂本店や高島店ともに商いは順調だとの知らせがもたらされます。
こうして、江戸本店でも新しく店先での「裁ち方指南」も始めた五鈴屋は、薄利ながらも順調に商売ができているのでした。
ただ、菊栄が大坂には帰らずに江戸で暮らすと言い出したころから、幸はお梅の様子がおかしいことに気付くのでした。
『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』の感想
三人称視点で登場人物の心象を豊かな表現力で浮かび上がらせてゆく高田郁の手腕は本書『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』でも健在です。
高田郁という作家の文章はけっして美しいとは思わないのですが、言葉の一つ一つを大切に扱い、情景を、そして人物の心象を丁寧に描写しようとするその姿勢は非常に好感が持てるものです。
その決して急がない文章で、新たな文様を考え、その文様を型紙に起こし、その型紙を用いて布に糊をおく作業を表現し、読む者に作業の困難さを示してくれています。
ここでの作業の一端に関しては、下記サイトがありました。
幸自身は、そうした職人たちの苦悩を分かっていながら任せるしかないなく、自らは職人たちの手によって生み出された商品を売る方法をいろいろと考えるのです。
その様子もまた、お竹やお梅といった奉公人たちの、それ以上に五鈴屋のお客の力をも借りて成し遂げようとする様子が描かれています。
そこでも「買うての幸い、売っての幸せ」という五鈴屋の教えが生きている様子が示されます。
そうした様子は、常に前に向かって力強く生きていこうとする幸の生き方をも示しています。そしてそれは読む者の心に響いてくるのでしょう。
だからこそ、本シリーズがベストセラーとして多くの読者を確保している理由となるものなのでしょう。
本『あきない世傳 金と銀シリーズ』も、まだ決着のついていない事柄が多く残っています。
本書『あきない世傳 金と銀(十) 合流篇』で江戸へ出てきた菊栄の今後も気になりますし、幸の妹の結や元夫である惣次のこともそうです。
そして幸自身の今後がどうなるのか、何より五鈴屋のこれからが非常に気にかかります。
続刊を心待ちにしたいと思います。