『恨み残さじ 空也十番勝負(二)決定版』とは
本書『恨み残さじ 空也十番勝負(二)決定版』は『空也十番勝負シリーズ』の第二弾で、2021年9月に決定版として文庫本で刊行された336頁の長編の痛快時代小説です。
『恨み残さじ-空也十番勝負 青春篇』の簡単なあらすじ
薩摩を発った空也は肥後国人吉城下へ戻り、タイ捨流丸目道場の門弟として同世代の若者と稽古に励んでいた。しかし、空也に斃された薩摩東郷示現流の酒匂兵衛入道の仇討ちを企てる一派がその身を密かに狙い続ける。ある日、空也は山修行を思い立ち、平家の落人伝説が残る秘境・五箇荘を目指すが、その道中、出会ったのは…。(「BOOK」データベースより)
薬丸新蔵が江戸で暴れているころ、人吉城下のタイ捨流丸目道場に世話になっていた空也は五箇荘の山中で修行をしていた。
ある山小屋で一夜を明かした空也は“くれ”と名乗る女たちと出会うが、下山途中“くれ”は空也もろともに同行の三人の男が渡る吊り橋を落として逃げ出してしまうのだった。
なんとか川辺川流域の樅木へとたどり着いた空也から話を聞いた地頭の佐々儀右衛門は、くれは山賊の一味であり隠し金を狙ってくるといい、空也の指揮で襲ってきた山賊一味を迎え撃つのだった。
宮原村の浄心寺家へ帰ってきた空也は、空也が東郷示現流の酒匂兵衛入道を倒したことで刺客が放たれたという眉月からの手紙を受け取った。
丸目種三郎は毎夜タイ捨流の神髄を空也に教えるが、襲い来る薩摩からの刺客を倒した空也は八代へと向かう。
そのころ江戸では薬丸新蔵が磐根と立ち合い、武芸者としてその高みを知り、小梅村の道場を紹介されるのだった。
『恨み残さじ-空也十番勝負 青春篇』の感想
鹿児島の国境を守る外城衆徒という強敵を倒した空也ですが、本書『恨み残さじ-空也十番勝負 青春篇』では東郷示現流という新たな敵を迎えることになり、彼らが放った刺客との闘いに明け暮れることになります。
人吉の丸目道場に世話になっていた空也ですが、結局はこの刺客のために人吉を離れ、新たな土地へと旅立つのです。
この人吉の丸目道場というのは、時代小説、それも剣豪を描いた時代小説では有名な存在で、その源流を上泉伊勢守信綱の弟子である四天王の一人、タイ捨流の開祖である丸目長恵に見ることができます。丸目長恵は丸目蔵人といった方が通りがいいかもしれません。
このタイ捨流は、現在も熊本県人吉市の小田家に伝わっているそうです( ウィキペディア : 参照 )
本書のエピソードで、五箇荘の山の中で出会った“くれ”という女にまつわる出来事があります。でも、この出来事自体は物語の流れの中では単なる挿話であり、本筋はやはり東郷示現流との闘いということになるのでしょう。
本来は、空也の武者修行の様子が描かれると思っていたのですが、結局は物語を通しての敵役ができたようです。
その方が作者としても書きやすいのでしょうか。それとも、読者にとっても読みやすいからとそうされたのでしょうか。
『密命シリーズ』でも、当初は市井に暮らす金杉惣三郎の姿が描かれていたのですが、のちには尾張徳川家との闘いへと移っていったのも同じことなのでしょう。
個人的には市井の暮らしの中での主人公を見たいし、その中でシリーズを通した魅力的な敵役を設けてもらいたいのですが、それは個人的な“好み”での意見なのでしょう。
でも、その私の好みに一番近い痛快時代小説作品を挙げると、今のところは佐伯泰英作品の中では『酔いどれ小籐次シリーズ』であり、時代小説全体を見ると、辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』や野口卓の『軍鶏侍シリーズ』ということになります。
ともあれ、本シリーズは舞台を肥後から対馬へと移すことになります。そこではどのような展開になるものか、期待して待ちたいと思います。