直心影流の達人・坂崎磐音の嫡子空也は十六歳で武者修行に出た。最初の地、薩摩での修行を終えた空也は肥後国へと戻る。人吉城下にあるタイ捨流丸目道場の門を再び叩いた空也は、山修行を思い立ち、平家落人伝説が残る秘境・五箇荘へと向かう。その頃、薩摩では不穏な動きを見せる東郷示現流の一党が、空也に向けて次なる刺客を放とうとしていた。シリーズ累計2000万部突破の「居眠り磐音 江戸双紙」に続く新たな物語、波乱の二番勝負が開幕!(「BOOK」データベースより)
『空也十番勝負』の第二弾めの長編の痛快青春時代小説です。
薬丸新蔵が江戸で暴れているころ、人吉城下のタイ捨流丸目道場に世話になっていた空也は、五箇荘の山中で修行をしていた。ある山小屋で一夜を明かした空也は“くれ”と名乗る女たちと出会うが、下山途中、“くれ”は空也もろともに同行の三人の男が渡る吊り橋を落として逃げ出してしまうのだった。
なんとか助かった空也は川辺川流域の樅木へとたどり着く。地頭の佐々儀右衛門に訳を話すと、“くれ”は武一郎という男の妹のひなであり、山賊の一味となって隠し金を狙ってくるというので、空也の指揮で襲ってきた山賊一味を迎え撃つのだった。
宮原村の浄心寺家へ帰ってきた空也は、空也が東郷示現流の酒匂兵衛入道を倒したことで刺客が放たれたという眉月からの手紙を受け取る。丸目種三郎は毎夜タイ捨流の神髄を空也に教えるが、襲い来る薩摩からの刺客を倒した空也は八代へと向かう。
そのころ江戸では薬丸新蔵が磐根と立ち合い、武芸者としてその高みを知り、小梅村の道場を紹介されるのだった。
鹿児島の国境を守る外城衆徒という強敵を倒した空也ですが、今度は東郷示現流という新たな敵を迎えることになり、彼らが放った刺客との闘いに明け暮れることになります。
人吉の丸目道場に世話になっていた空也ですが、結局はこの刺客のために人吉を離れ、新たな土地へと旅立つのです。
この人吉の丸目道場というのは、時代小説、それも剣豪を描いた時代小説では結構有名な存在で、その源流を上泉伊勢守信綱の弟子である四天王の一人、タイ捨流の開祖である丸目長恵に見ることができます。丸目長恵は丸目蔵人といった方が通りがいいかもしれません。
このタイ捨流は、現在も熊本県人吉市の小田家に伝わっているそうです( ウィキペディア : 参照 )
本書のエピソードとして、五箇荘の山の中で出会った“くれ”という女にまつわる出来事があります。でも、この出来事自体は物語の流れの中では単なる挿話であり、本筋はやはり東郷示現流との闘いということになるのでしょう。
本来は、空也の武者修行の様子が描かれると思っていたのですが、結局は物語を通しての敵役ができたようです。その方が作者としても書きやすいのでしょうか。それとも、読者にとっても読みやすいからとそうされたのでしょうか。
『密命シリーズ』でも、当初は市井に暮らす金杉惣三郎の姿が描かれていたのですが、のちには尾張徳川家との闘いへと移っていったのも同じことなのでしょう。
個人的には市井の暮らしの中での主人公を見たいし、その中でシリーズを通した魅力的な敵役を設けてもらいたいのですが、それは個人的な“好み”での意見ですね。
でも、その私の好みに一番近い作品を挙げると、今のところは佐伯泰英作品の中では『酔いどれ小籐次シリーズ』であり、時代小説全体を見ると、辻堂魁の『風の市兵衛シリーズ』や野口卓の『軍鶏侍シリーズ』ということになるのです。
ともあれ、本シリーズは舞台を熊本から対馬へと移すことになります。そこではどのような展開になるものか、期待して待ちたいと思います。