夏川 草介

神様のカルテシリーズ

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どうせ助からないのなら、私はずっとここにいます。大学病院編スタート! (「BOOK」データベースより)

320万部のベストセラー、大学病院編始動
信州にある「24時間365日対応」の本庄病院に勤務していた内科医の栗原一止は、より良い医師となるため信濃大学医学部に入局する。消化器内科医として勤務する傍ら、大学院生としての研究も進めなければならない日々も、早二年が過ぎた。矛盾だらけの大学病院という組織にもそれなりに順応しているつもりであったが、29歳の膵癌患者の治療方法をめぐり、局内の実権を掌握している准教授と激しく衝突してしまう。
舞台は、地域医療支援病院から大学病院へ。
シリーズ320万部のベストセラー4年ぶりの最新作にして、10周年を飾る最高傑作! 内科医・栗原一止を待ち受ける新たな試練! (「内容紹介」より)

 

「神様のカルテ」新シリーズの第一巻で、舞台を大学に移して展開される長編の医療小説です。

 

序章を読んだだけでこの人の文章は確実に私の琴線に触れる、とあらためて思いました。

全体的に情緒的であり、かなりの箇所で感情を揺さぶる場面があるのだけれど、その心情は私にとって心地よく、文章を素直にそのままに受け止めることができます。

このところ、2019年本屋大賞候補作である 知念実希人の『ひとつむぎの手』や、映画化もされたベストセラーの大鐘稔彦の『孤高のメス―外科医当麻鉄彦(全六巻)』などを読んでいたため特にそう思うのかもしれませんが、医療を考える点ではどの作品も同じでも、本書が一番しっくりと来るのです。

ひとつむぎの手』では一番直接的に大学病院の医局制度を批判し、その改革を主張していました。『孤高のメス―外科医当麻鉄彦』では、肝移植の問題を中心のテーマとして、現在の地域医療や医療制度のもつ弱点を指摘してありました。

 

 

本書の主人公栗原一止の場合、前巻までは地域の病院に勤務する医者としての立場からの地域医療を考える場面も少なからずありました。

しかし、命を救えない患者に対する医者としての苦悩など、医療制度というよりは医者個人としての思いを前面に出してあったと思います。

地域の患者に寄り添い、その一助となることを選んでいた一止でしたが、よりよい医療を提供するためには地域医療の現場を離れ、高度な医療を学ぶ必要があると判断し、大学へ戻る決心をしたのでした。

 

そして、本巻からは大学病院での一止の姿があります。前巻から二年が経ち、一止も父親となっています。一止を「とと」と呼ぶその娘栗原小春は股関節に故障を抱えてはいるものの、概して順調に育っています。

そうした家族や、住まいである「御嶽荘」の老朽化による解体問題などの状況をサブストーリーとしてユーモラスに描きながら、第四内科で生じる様々な患者との触れ合いや医局内で生じる衝突などをもまたユーモアを交えて描き出してあります。

 

本書の魅力は、一止が属する消化器内科第三班の北条医師や、四年目の“利休”こと新発田大里医師、一年目研修医の“番長”こと立川栄太ほか、第一班班長の柿崎先生や、一止の天敵となる“御家老”または“パン屋”こと宇佐美准教授などの新たな登場人物が生き生きとしていることが挙げられます。

また、夏目漱石を心から愛する人物という設定もそうですが、その延長上にある主人公の古めかしい台詞回しもシリーズを通して生きています。

そして、何よりも一止が医師として真面目に生き、思うところを主張するその姿が一番の魅力だと思います。

 

その姿は、現実に言えるかは別として、例えば死を前に入院を拒む患者に「生きることは権利ではない。義務です。」と言い切る姿にあります。

また、終盤にある退院カンファレンスでの看護師たちに言った「不安を抱える御主人に向かって、・・・“我々が全力で支えるから心配するな”と」言わなければならない、という言葉であったり、パンの話が得意な宇佐美准教授に向かって「私はパンの話をしているのではないのです。私は、患者の話をしているのです。」という言葉だったりするのです。

「パンの話」については実際に本書を読んで確認してください。

そうした言葉の力はこの物語の中で実に重く、響いてきます。

それは 柚月裕子の『最後の証人』から始まる『佐方貞人シリーズ』の主人公の青臭いと言われかねない主張にも通じる爽快感をもたらしてくれるのです。

 

 

そして、他の医療小説で批判の対象となる大学の医局制度に対しても、本書の主張の仕方は少し異なります。

一止の属する第三班の班長である北条医師の口を借りて、「大学ってのはすごい場所なんだ」と言わせ、更に地域医療を守る医局制度の現実的な意義を説いています。その上で「今の医局には無理や無駄が多すぎるってのも事実だ。俺はそれを変えたいと思っている。」と言わせています。

 

また本書では、大学の教授も、民間病院や医院の先生たちも皆、医療に真摯に向き合い、そしてその地位に見合った人格と技量を持つ医者として描かれています。

そのことは、本書全体の持つ主張についてのバランス感覚も公平なものだと認識させてくれるようです。

本書の持つ心地よさは何物にも代えがたい価値を有すると、あらためて感させてくれる一冊でした。

[投稿日]2019年03月19日  [最終更新日]2019年3月19日
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「新章 神様のカルテ」夏川草介著|日刊ゲンダイDIGITAL
栗原一止は信濃大学病院に勤務する内科医だ。ある日、消化器内科の新発田医師から相談を持ち掛けられた。上司の宇佐美医師に「ベッドがいっぱいだから、余計な患者を早く退院させなさい」と言われたという。

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