誉田 哲也

魚住久江シリーズ

イラスト1
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本書『ドルチェ』は、魚住久江という中年の女性刑事を主人公とする文庫本で392頁の警察短編小説集です。

謎解きよりも、誰かが生きていてくれることを喜ぶ女性刑事の人間味豊かな、かなり惹き込まれて読んだ作品です。

 

ドルチェ』の簡単なあらすじ

 

誰かの死の謎を解き明かすより、生きている誰かのために捜査をしたい―。練馬署の女性刑事・魚住久江が、古巣の警視庁捜査一課からの誘いを断り続けている理由だ。女子大生が暴漢に襲われ、捜査線上には彼女と関係のあった複数の男性の存在が浮上する。久江が一枚のハンカチから突き止める意外な真相とは?(表題作)未収録短編を加えた決定版!(「BOOK」データベースより)

 

袋の金魚
一歳二ヶ月の子供が溺死するという事件が起きた。父親が通報してきたものの、母親は行方不明。魚住久江は原口巡査長と共に父親の住むマンションへと出かけ、母親の写真を借りようとするが何故だか父親は動揺するそぶりを見せるのだった。

ドルチェ
被害女性は自宅アパートに戻るところを襲われ左脇腹を刺されたらしい。久江は、被害女性が当初右手にあまり血のついていないハンカチを握っていたという報告を読み、妙な胸騒ぎを抱くのだった。

バスストップ
女子学生が痴漢に遭った。その捜査中に警視庁刑事部捜査第一課の佐久間晋介という警部補が乗り込んできて、捜査の指揮をとると言い出した。痴漢に遭った女子学生によると、バス停近くに不審な男がいたという。

誰かのために
ある印刷工場内でその会社の専務と会社員に対する傷害事案が発生した。加害者のの堀晃司は専務に図鑑を返せと叫んでいたらしい。堀は事実を認めるが、堀の同僚は堀が辞めるときに「ここでも俺は、必要とされなかった」と言っていたというのだった。

ブルードパラサイト
女房に腹を刺された男が運び込まれてきたという医院からの電話が入った。被害者の話を聞いて自宅に行くと、妻らしき女がヒステリックに赤ちゃんに包丁を突きつけていた。何とか取り押さえて署に連行するが、何も話そうとはしないのだった。

弱さゆえ
※ 文庫本だけに収録されている作品なので私は未読です。

 

ドルチェ』の感想

 

本書『ドルチェ』は、誉田哲也の『姫川玲子シリーズ』の姫川玲子に続く新たな女性刑事魚住久江を主人公とする警察小説の第一巻です。

 

 

全七話の短編小説からなっている短編集ですが、誉田哲也の作品らしく読みやすく、そして小気味よいテンポで進みます。

ただ、七話目の「弱さゆえ」は文庫本だけに収録されている作品であり、私が読んだのは新刊書であるために未読です。そのうちに文庫本を読めた際には本稿を修正します。

 

本書の登場人物としては魚住久江の他に、かつて久江が一度だけ一夜を共にしたことのある先輩刑事の金本健一がやはり重要な地位を占めています。

同じ池袋署にいた時代に久江を一人前の刑事として育ててくれた人物でもあり、短期間とはいえ心を許したことのある人であって、所轄にいる久江のもとに頻繁に表れます。

それは偶然の出会いであることが多いのですが、今でも何かと気になる存在としてあるようです。

それともう一人、本書「バスストップ」で登場してくる、まだ三十代前半の交番勤務の巡査長峰岸がいます。

この峰岸は次の「誰かのために」の話では念願かなって新人刑事となり、刑組課強行犯係に配属されてその後も久江の相棒となって行動することが多いのです。

なにより、久江に好意を持ってくれているらしい点が気に入っていますし、次巻の『ドンナビアンカ』でも久江の相方として重要な働きを示すのです。

 

本『魚住久江シリーズ』は事件の背景にある人間ドラマをじっくりと描いてある印象が強い作品です。

直感的に事件、それも陰惨な殺人事件そのもののにかかわっていくことを好む姫川と立ち位置がかなり異なります。

 

特に先に述べた「バスストップ」は、男社会での力こそ正義と言い立てる輩を中心にして、今の世の中の性的少数者に対する差別を浮き彫りにした作品です。

その指摘の仕方がうまいと思うと同時に、物語の処理の仕方の小気味よさに快哉です。

また、つぎの「誰かのために」は姫川が好むドラマチックな事件とは言えない社会に対する不満を抱えた青年の物語です。

「ここでも俺は、必要とされなかった」という青年に対し久江は、「働くことは誰かの役に立棟とすることなんだと思う。」と語りかけます。

他の作品も、普通に暮らす一般人の欲望や男女の愛憎に基づく普通の犯罪行為に隠された犯人の心の奥底に隠された真意を暴き出すのです。

 

繰り返し述べるように本シリーズは事件の捜査、謎解きを描くというよりも、その陰の人間ドラマを描き出しています。

この点で好みが分かれると思われます。ストーリーの華々しい展開や、物語のインパクトの強さを求める人たちにはあまり向かないかもしれません。

しかし、誉田哲也の作品自体を好む人たちにとってはやはり面白い作品でしょう。

誉田哲也作品のテンポの良さ、捜査員たちを含めた状況、会話のリアルさは全く変わるものではないのです。

個人的にはやはり面白い作品だと思う由縁です。

[投稿日]2021年06月02日  [最終更新日]2021年6月2日
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