有川 ひろ

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この『図書館戦争シリーズ』は、第39回星雲賞日本長編部門賞を受賞した長編のSF小説作品です。

 

図書館戦争シリー』について

 

図書館戦争シリーズ( 2021年03月25日現在 ) 完結

  1. 図書館戦争
  2. 図書館内乱
  3. 図書館危機
  4. 図書館革命
  1. 別冊 図書館戦争I
  2. 別冊 図書館戦争II

 

まず本『図書館戦争シリーズ』で語られるべきは、個人的には「表現の自由」という大きな問題がテーマとなっていること、だと思っています。

その上で、有川浩独特の図書隊という組織の描き方のうまさや、恋愛小説としての側面もあるライトノベル的読みやすさなどが語られることになるのでしょうか。

本書の世界観は、「メディア良化法」という公序良俗を害すると思料される表現を取り締まることを目的とする法律が制定された世界です。

その「メディア良化法」を守るために「メディア良化委員会」がつくられ、その執行機関である「メディア良化隊」が、ときには武力の行使も辞さない組織として存在しているという、とんでもない世界です。

公序良俗を守る正義の味方としての「メディア良化委員会」に対し、表現の自由をこそ守らなければならないとして図書館が立ちあがります。

そして、実力装置としての「メディア良化隊」に対する組織として「図書隊」が創設されたのです。「メディア良化隊」が武力を有するのと同様に「図書隊」も銃を手に取ります。

武力を有し、戦闘員だけを対象とはするものの、最終的には戦闘員の殺害をも認める組織として存在しますから、両組織の衝突の場面では銃火を交える戦闘行為が行われることになります。

まあ、物語の設定として、対象の殺害を目的とする発砲はしない、などの文言すら含む「交戦規定」があることにはなっていますが、こうした設定を設けること自体が矛盾ではあります。

 

しかしながら、本来武力と対極のところにある組織である筈の「図書館」が有する軍隊とは自己矛盾に満ちた存在です。

しかしその存在を実にリアルに、それなりの理由付けをもって存在させているのですから、有川浩という作者の構成力は見事なものです。

一方、こうした大きなテーマを、そして軍隊という硬直な世界を描いているにもかかわらず、本書で描かれているのは一人の女の子と中心とした恋愛小説と言っても間違いではない、ユーモラスな世界です。

「表現の自由」などという堅苦しいテーマなど考えずに、単純にラブコメ小説として読んでも十二分な面白さをもった物語として仕上がっています。

同様に、自衛隊をメインに描写はしているものの、その舞台は異世界というファンタジー小説として柳内たくみの『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』があります。

こちらはライトノベルそのままであり、また舞台を魔法や騎士たちが存在する異世界に設定した王道のファンタジー小説です。ただ、ここで描かれる自衛隊のありようは本書同様にかなりのリアリティをもって描かれています。

 

 

本シリーズ『図書館戦争』は魔法が生きているファンタジーではありません。そういう意味では本シリーズの方が数段リアルだとも言えます。

しかし架空の世界を舞台にしたラブコメという点では似た世界観をもっていると言えなくもないでしょう。

有川浩という作家は、そのデビューから自衛隊三部作といわれれる作品においても恋模様を描き出し、どちらかと言うと恋愛描写が主で、舞台を軍隊(?)にしているだけ、という趣きが無きにしも非ずでした。

その点からすると、有川浩の描く小説としては王道と言えるのでしょう。

とはいえ、本書の掲げるテーマはやはり見過ごすことはできません。本書は、有川浩の旦那さんが図書館で見つけてきた下記の「図書館の自由に関する宣言」をヒントに書きあげられた物語だそうです。

「図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することをもっとも重要な任務とする。」
第1 図書館は資料収集の自由を有する
第2 図書館は資料提供の自由を有する
第3 図書館は利用者の秘密を守る
第4 図書館はすべての検閲に反対する
日本図書館協会 図書館の自由に関する宣言 : 参照)

検閲のあるところ、言論は封殺され、市民生活の自由は奪われてしまうことは歴史が示すところでもあります。そしてそのことは現在の社会でもたびたび目にするところもあります。

近年では、中沢啓治の『はだしのゲン』という漫画が、内容に疑義があり「子供たちに間違った歴史認識を植えつける」を扱っている漫画だからということで松江市教育委員会が図書室から排除し閉架措置にしようとした事実があります。

日本図書館協会の、松江市教育委員会による閉架措置が、「図書館の自由に関する宣言」(1979年、総会決議)に違反していると指摘したこともあってか、現在では開架措置に戻されているようです。( ウィキペディア : 参照 )

この漫画に対する評価は別としても、表現の自由の問題として見るとき、いろいろと考えるべき内容を含んでいる事件であったとともに、日本図書館協会のとった態度は印象的でした。

 

 

そうした大きなテーマを抱えつつも、エンターテインメント小説として映画化、更にはアニメ化もされている本シリーズは単に青春恋愛小説として読んでも、かなりの面白く読める作品だと思います。

追記として、もう一冊思い出しました。

本書とはかなり設定は異なりますが、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』という作品があります。「検閲」どころか、「本」そのものの所持が禁止された世界を描いた作品です。

読書自体を悪と決め付け、書物を見つけ次第焼却してしまうのです。主人公は、その本の焼却を仕事とする男で、図らずも一冊の本を読んでしまったことから書物の持つ意味に気付くという物語です。

話はそれだけに終わらず、社会そのものの在り方にまで物語は広がっていきます。ただ、作者自身は「この作品で描いたのは国家の検閲ではなく、テレビによる文化の破壊」だと述べているそうです。

 

 

「華氏451度」というのは、紙の発火温度であり、この物語の内容を如実に表したタイトルでした。フランソワ・トリュフォー監督により映画化もされています。

 

[投稿日]2017年04月23日  [最終更新日]2023年7月19日
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