『物語の種』とは
本書『物語の種』は、2023年5月に272頁のハードカバーで幻冬舎 から出版された短編小説集です。
コロナ禍で家にいながらにして物語を遊べないかと、物語の種を募集して出来上がった作品で、有川ひろらしい軽く読める作品集でした。
『物語の種』の簡単なあらすじ
読めば心が躍り出す。
ほっこり&胸キュン全十篇の物語!宝塚オタク、宝塚OGが読んでも沼る!
どこから読んでも面白い!
もはや『沼の種』!
有川先生、あなたは天才ですか?!
ーー紅ゆずる(女優/元宝塚歌劇団星組トップスター)第一話 SNSの猫
SNSで目にした保護猫に心を鷲づかみにされた主人公。ある日、事件が起きて……。
第二話 レンゲ赤いか黄色いか、丸は誰ぞや
祖母を亡くした妻、父を亡くした旦那。二人の会話から見えてきたのは……?
第三話 胡瓜と白菜、柚子を一添え
静岡生まれの旦那の実家にて、高知生まれの妻は何を思う?
第四話 我らを救い給いしもの
中学の社会の時間にクラスメイトが発したある意見に、主人公は痺れた。
第五話 ぷっくりおてて
小学生の夏休みに祖父の家に預けられた主人公の、ほのぼのハッピーな成長譚。
第六話 Mr.ブルー
ある家電メーカーで出世街道驀進中の研究所長には、意外な秘密があった。
第七話 百万本の赤い薔薇
ある夫婦の、40年にわたる結婚記念日の物語。
第八話 清く正しく美しく
エステサロンに勤める主人公。強欲な店長の元で働くことに悩んでいて……。
第九話 ゴールデンパイナップル
祇園祭によさこい祭。祭の復活は、やっぱり嬉しいもので。
第十話 恥ずかしくて見れない
ある家電メーカーで働く主人公は、3歳年上の先輩のことが気になっていた。(内容紹介(出版社より))
『物語の種』の感想
本書『物語の種』は、一般から募集した物語のネタをもとに書きあげられた十の作品が収められている短編集です。
それぞれのお話はまさに有川ひろらしく、身近な話題が取り上げられ、そこに軽いユーモアがまぶされていて、とても読みやすい作品ばかりでした。
収納された十編の作品で取り上げられているテーマに基本的に相互の関連はなく、全体としての一貫性もない、本当に軽く読める、という一点だけが共通していると言ってもよさそうな作品群です。
でも、第六作目の「Mr.ブルー」と十作目の「恥ずかしくて見れない」だけは登場人物が共通していて、物語の視点の主だけが異なる構成になっています。
テーマに一貫性が無いという点は、それぞれの物語の「種」を募集しているのですから当然と言えば当然のことでしょう。
ただ、「宝塚歌劇団」だけが複数の話の中で話題として取り上げられていますが、それは作者の個人的な嗜好が反映していると思っています。
近年で私が読んだ短編小説集は、その殆どが連作短編集であって、収められた各短編がそれぞれに独立している作品集はあまり記憶にありません。
かつて、私が読みふけっていた時代小説や推理小説の分野ではそこそこの作品集があったと思いますが、近頃では私の好みが変わったのか、あまりそうした短編集を読むことは少なくなってきたようです。
短編には短編なりの醍醐味があり、面白さがあるのでそれはそれで好きなのですが、やはりストーリー性の強い長編作品を選んでいるのかもしれません。
ということで、本書『物語の種』は久しぶりに読んだ各物語が独立した作品集ですが、作者の筆のタッチが一貫しており、先に述べたようにとても読みやすい作品集です。
独特なのは、物語のネタを募集して書き上げた作品集であることから、各話の最後に取り上げた「物語の種」が紹介されており、それに対する作者有川ひろのコメントが添えられていることです。
そのため、単なる短編集というだけでなく、物語のもととなったネタを作者有川ひろがどのように処理するのか、その処理のきっかけは何なのかという点への関心までも満たされるという余禄があります。
この点は、作品に対する新たな視点が追加されるという楽しみが与えられていることでもあり、読者としてはそうした作者の意図通りに楽しむことができたのです。
あらためて、有川ひろという作家の作品は面白い、と感じさせられた作品集でした。