レッドゾーン

レッドゾーン』とは

 

本書『レッドゾーン』は2022年8月に刊行された318頁という長さの長編の医療小説です。

2021年4月に刊行されたこの作者の『臨床の砦』に次いで書かれた作品で、我が国のコロナ禍に立ち向かった、信州にある公立病院の医療従事者たちの姿を描きだした感動的な物語です。

 

レッドゾーン』の簡単なあらすじ

 

病む人がいるなら我々は断るべきではない。

【第一話】レッドゾーン
日進義信は長野県信濃山病院に勤務する内科医(肝臓専門医)だ。令和二年二月、院長の南郷は横浜港に停泊中のクルーズ船内で増加する新型コロナ患者の受け入れを決めた。呼吸器内科医も感染症医もいない地域病院に衝撃が走る。日進の妻・真智子は、夫がコロナ感染症の患者を診療することに強い拒否感を示していた。

【第二話】パンデミック
千歳一郎は五十二歳の外科医である。令和二年三月に入り、コロナの感染者は長野県でも急増していた。三月十四日、千歳は限界寸前の日進に変わり、スペイン帰りの32歳女性コロナ確定患者を診察し、涙を流される。翌日、コロナ診療チームに千歳が合流した。

【第三話】ロックダウン
敷島寛治は四十二歳の消化器内科医である。コロナ診療チームに加わって二月半が過ぎた。四月上旬、押し寄せる患者に対応し、信濃山病院が総力戦に突入するなか、保健所は感染症病床を六床から十六床に増床するよう要請する。医師たちはすべての責務を信濃山病院だけに負わせようとする要請に紛糾するが、「病める人がいるのなら、我々は断るべきでない」という三笠内科部長の発言により、増床を受け入れる。
(内容紹介(出版社より))

 

レッドゾーン』の感想

 

本書『レッドゾーン』は、著者夏川草介が2021年に出版した『臨床の砦』の続編です。

 

 

続編とはいっても物語が続いているという意味ではなく、時系列的にはその前の日本でコロナウイルスが蔓延するごく初期から最初の緊急事態宣言発出に至るまでの一地方病院の姿が描かれています。

具体的には、『臨床の砦』の舞台であった信州の信濃山病院に勤務する三人の医師を中心にして、情感豊かに、しかし事実をもとに描かれている作品です。

ただ、物語としては各話での中心となる医師がこの三人というだけで、例えば理事長の南郷や、内科部長の三笠、循環器内科医の富士などの医師たち、また四藤らの看護師といった人々がそれぞれに重要な地位を占めています。

それだけではありません。各話の中心となる医師たちの家族もまたこの物語の重要な登場人物と言えます。

 

三人の医師とは、第一話が肝臓内科医の日進義信、第二話が外科医の千歳一郎、第三話が消化器内科医の敷島寛治です。

彼らの勤務する長野県信濃山病院は病床数二百床弱の公立病院で、公立病院であるがために横浜港に入港したクルーズ船で発生したコロナ患者の要請を受け入れることとしたというのです。

しかし、信濃川病院は感染症指定医療機関ではあっても、呼吸器内科医はおらず、陰圧室もやっと機能している状態の病院です。

そうしたなか、三笠医師の「病める人がいるのなら、我々は断るべきではない。それだけのこと」という考えなど、各医師の単純な、しかし真摯な思いから他の病院が拒絶しているコロナ患者の治療に立ち向かうのです。

 

本書『レッドゾーン』にはほかにも、三笠医師の説明に出てくる、きわめて秘匿性の高い特殊な診療現場であるために情報が非公開であるがゆえの「沈黙の壁」という言葉など、胸に刺さる表現が随所に見られます。

特に、本書の帯に書いてある敷島医師の娘が言った「お医者なのに、コロナの人、助けてあげなくていいの?」という質問は強烈でした。

 

前巻『臨床の砦』でもそうでしたが、本書『レッドゾーン』でも私たちが知らなかったコロナウイルス関連の事実が取り上げられています。

とくに、日本で最初のコロナ患者と言われる横浜でのクルーズ船での感染症患者の発生のとき、神奈川で174人の入院患者を受け入れることができなかったという話には驚きました。

つまり、神奈川の病院は新たな感染症について何も分かっていないために新規の感染症患者の引き受けを拒んだということであり、だからこそ国は公立病院という伝家の宝刀を抜いたのだろう、と作者は三笠医師に言わせています。

ここで述べられている数値、また受け入れ拒否という話は事実であり、だからこそ全国の公立病院に受け入れ要請が出たのでしょう。

また驚きという点では、指揮系統が違うおかげで保健所が救急車を動かすことはできないず、現状ではコロナ患者の移送に救急隊の助力は得られない、という話も同様でした。

 

前巻の『臨床の砦』の時もそうでしたが、私達一般人はテレビのニュースなどを通じて初期のコロナについての情報を得ていました。

そしてその中で医療従事者たちの奮闘ぶりを目の当たりにし、感謝をし、コロナを撃退してくれることを願っていたものです。

しかし、本書『レッドゾーン』を読む限りでは、ニュースを通して得ていた情報は医療従事者たちの苦労のほんの少ししか分っていなかったことを思い知らされました。

 

ここで、個人的なことを言うと、私の住む市での最初のコロナ患者となった看護師さんの勤務する病院の理事長の対処が見事で、病院名を公表し初期対応を見事にやりとげ、クラスターの発生も防いだのです。

しかし、病院名の公表はかなりの誹謗中傷を呼ぶことにもなり、その病院の医療従事者の皆さんはそれこそ本書にも書いてあるような理不尽な対応を受けたと聞いています。

私の学生時代の同級生でもある院長を始めとするその病院関係者がどれほど苦しくつらい目に遭っていたかわかっていたつもりでしたが、本書を読んでその認識がいかに甘いものであったかを思い知らされました。

 

話を元に戻すと、医療従事者たちが直面した事実には、彼らの心理的な負担や思いもふくまれます。

例えば、日進医師の息子でやはり医師である日進義輝の、信濃川病院のコロナ患者受け入れの判断は職員の命を軽んじることであり無責任だ、という言葉はそれなりの重みがあるようです。

しかし、現にほかに行き場のない患者がいるとき、その患者に同じ言葉を言えるか、ということなのでしょう。結局は、現場にいない私達には判断のしようもないと思えます。

 

本書『レッドゾーン』で描いてあるエピソードはその全てが強烈な印象であり、紹介のために取り上げていたら本書を丸写しすることにもなりかねないほどに胸に迫ります。

作者の夏川草介は読者が楽しく読めるような作品を書きたい、という趣旨のことをおっしゃっていたと思いますが、本書の場合、リアルな現実を描く以上そうしたことは言っておられないのでしょう。

読んでいて、正直、辛さを感じる場面が数なからずありましたが、そうした中でも信州の美しい自然を織り込みながらの語りはさすがのものでした。

夏川草介という作家の文章は、本書のような理不尽で悲惨な状況においても信州の美しい風景の描写を織り込んであるためか、状況の過酷さが和らいでいると思われるのです。

 

次から次にウイルスの新たな変種が生まれ、感染の波も繰り返し襲ってきましたが、何とか落ち着いて「ウィズ コロナ」という言葉が現実になりそうなこの頃です。

医療従事者を始めとする、エッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちの努力はただただ頭が下がるばかりです。

あとは、私達自身が、できることを十分にやて、互いへの思いやりを持って生きていくことが大切だと思います。

本書『レッドゾーン』は、そうしたことを改めて思い出させてくれる作品でした。

丘の上の賢人 旅屋おかえり

丘の上の賢人 旅屋おかえり』とは

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は『旅屋おかえりシリーズ』の第二弾で、2021年12月に210頁の文庫本書き下ろしで出版された長編の現代小説です。

本書には、本編の他に「フーテンノマハSP」と題された原田マハのエッセイや高校時代のエピソードの漫画化作品、それに瀧井朝世氏の解説まで収納されている、軽く読める作品です。

 

丘の上の賢人 旅屋おかえり』の簡単なあらすじ

 

売れないタレント・おかえりこと丘えりかは、依頼人に代わり旅をする「旅の代理人」。秋田での初仕事を終え、次なる旅先は北海道ーある動画に映っている人物が、かつての恋人か確かめてほしいという依頼だった。依頼人には、初恋を巡るほろ苦い過去があって…。『旅屋おかえり』未収録の、幻の札幌・小樽編が待望の書籍化。北海道旅エッセイ&おかえりデビュー前夜を描いた漫画も収録した特別編!(「BOOK」データベースより)

 

本書冒頭で簡単に主人公の紹介を終えた後、どこかの丘の上でひとり座っている中年の男性を若者たちが足蹴にする動画が紹介されています。

丘の斜面を転がり落ちた男性を追いかけて蹴り続け、若者たちが去った後、その男性は再び丘の上に戻り、またひとり膝を抱えて動かなくなるのです。

それは主人公の会社に送られてきた「フール・オン・ザ・ヒル」というタイトルのメールに添付されていた動画でした。

そのメールは、もしかしたら自分のかつての恋人とかもしれないので、主人公にその人物の確認などをしてもらいたいという内容でした。

 

丘の上の賢人 旅屋おかえり』の感想

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、『旅屋おかえりシリーズ』(と言っていいと思います)の第二弾であり、旅にいけない人の代わりに旅をすることを業としている女性の物語です。

本書の主人公は、所属しているプロダクションの社長がつけてくれた「丘えりか」という芸名の売れないタレントであり、「おかえり」さんと略して呼ばれています。

おかえりさんは、ちょっとしたミスで唯一のレギュラー番組であった「ちょびっ旅」をおろされていたところに、代わりに旅行をしてもらえないかという依頼が舞い込み、「旅屋おかえり」として、「あなたの旅、代行します」、という新ビジネスを始めたのでした。

そのお帰りさんが所属しているプロダクションは「よろずやプロ」といい、社長は名刺の肩書に「元プロボクサー、いま社長」と書いている萬鉄壁という人物です。

またこのプロダクションにはほかに、かつてはセクシーアイドルで今は事務所のアイドルだという、事務及び経理担当副社長の澄川のんのがいます。

 

このおかえりさんに今回も旅の依頼が舞い込むのですが、その依頼に関して見せられたのが丘の上に座る男性と、その男性を蹴りつける若者たちの姿の映像だったのです。

依頼者は代官山でアクセサリーの制作、販売の会社「リュパン・ルージュ」の経営している古澤めぐみという人物で、依頼の内容は動画の男性の人物像を知りたいというものでした。

この古澤めぐみも自分の姉が絡んだことで故郷を捨てた過去があり、自分では確認をしに行けないというのです。

ただその目的地が札幌ということで、この仕事を請けるか否か迷いに迷いますが、結局はこの依頼を受けるおかえりさんでした。

というのも、北海道の礼文島が故郷であるおかえりさんは、十八歳で芸能界に入るにあたり、病気で他界した父親と残された家族に芸能界で花ひらくまでは帰らないと約束して島を出ていたのです。

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、こうした故郷に帰りにくい事情を持つ主人公と、かつての恋人かどうかの確認を願う依頼者という、なんとも浮世離れした舞台設定ということもあってか若干の感情移入のしにくさを感じる作品でもありました。

ただ、本書は本編の「丘の上の賢人」は153頁の長さしかなく、その後に15頁のエッセイ、そして30頁強の漫画があって瀧井朝世氏の解説と続きます。

つまりは文章が読みやすいということもあって、それほど時間をかけずに読み終えることができるのです。

 

でも、確かに軽くて面白い物語ですが、「fool on the hill」というビートルズの楽曲をテーマに書かれた作品であることはいいのですが、丘の上にいる男、という設定がどうにも素直には感情移入できませんでした。

物語がどうにも感傷過多であり、そのことは、ほかの登場人物の家族や姉妹の関係性にしても同様なのです。

そもそも、本書は「旅」がテーマになった作品であり、感傷的な場面が前面に出るのも仕方のない連載であったのかもしれません。

しかしながら、本書のようにいざ文庫本を読むとその感傷の量の多さに若干ひいてしまいました。

かつての恋人を想いひとり丘の上で坐っている男、という設定そのものが受け入れ難いのです。

 

 

もしかしたら、ある意味少女趣味だと言われかねないストーリーに対する先入観なり、偏見がある私自身の読み方の問題かもしれません。

そうした感傷過多の側面を除けば、単純に気楽なファンタジー物語であり、つまりは楽に読めるほのぼの小説ともいえるのです。

 

かつて読んだこの原田マハという作家の処女作『カフーを待ちわびて』という作品も感傷的と言える作品でしたが、本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』のように感傷過多という印象はなかったと記憶しています。

もしかしたら、読み手である私自身の読み方に差が出てきたのかもしれません。

 

 

本書『丘の上の賢人 旅屋おかえり』は、軽く、ほのぼの系の物語を読みたいという人には最適な作品といえるのでしょう。

 

ちなみに、本シリーズの前巻をもとに安藤サクラ主演でドラマ化されているそうです。

また、2022年10月10日(月・祝) には「旅屋おかえり」愛媛・高知編 が再放送されると記載してありました。

詳しくは下記サイトを参照してください。

ツナグ 想い人の心得

ツナグ』とは

 

本書『ツナグ 想い人の心得』は『ツナグシリーズ』の第二弾で、2019年10月に刊行されて2022年6月に416頁の文庫として出版された、連作の短編小説集です。

前巻の『ツナグ』から七年後の世界での歩美の生き方を中心に描かれた、前巻同様の感動的な作品です。

 

ツナグ』の簡単なあらすじ

 

僕が使者だと打ち明けようかー。死者との面会を叶える役目を祖母から受け継いで七年目。渋谷歩美は会社員として働きながら、使者の務めも続けていた。「代理」で頼みに来た若手俳優、歴史の資料でしか接したことのない相手を指名する元教員、亡くした娘を思う二人の母親。切実な思いを抱える依頼人に応える歩美だったが、初めての迷いが訪れて…。心揺さぶるベストセラー、待望の続編!(「BOOK」データベースより)

 

プロポーズの心得
使者から代理での依頼はだめだと断られた神谷ゆずるは、せっかくの機会だからと、顔も知らない父久間田市郎に会うことにした。母親はゆずるがいていてよかったと言ってくれていたのだが、ゆずるは父親から逃がれた母親の人生を縛ったのではないかと悩んでいたのだ。

歴史探究の心得
おもちゃメーカーの「つみきの森」で働き始めて二年目の歩美は、鶏野工房に向かう途中で使者への連絡を受けた。新潟県の元公立高校の校長だったという依頼者の鮫川は、上川岳満という郷土の名士の研究家として二つの謎を知りたいというのだった。

母の心得
二組の母娘の物語。一組は重田彰一・実里夫妻が依頼人で、相手は五年前に水難事故で六歳で亡くなった娘重田芽生であり、もう一組の依頼人は小笠原時子で、相手は二十年以上も前に二十六で亡くなったその娘の瑛子だった。共に母親の子に対する責任が問われる。

一人娘の心得
鶏野工房の一人娘の奈緒は父親のあとを継ごうと努力していたが、その父親が突然心臓病で亡くなってしまう。歩美は奈緒のことについて社長からは何も聞いていないものの、自分の「使者」としての立場を教えるべきかどうかを悩むのだった。

想い人の心得
蜂谷茂老人は、何度も袖岡絢子という蜂谷が修行していた料亭の体の弱い一人娘との再会を依頼し、その都度断られ続けられていた。蜂谷は、今年は「あの小僧だった蜂谷も、とうとう八十五になりました」と伝えてほしいというのだった。

 

ツナグ』の感想

 

本書『ツナグ 想い人の心得』は、前巻の『ツナグ』から七年が経過しています。

 

 

本書の主役である渋谷歩美は、祖母アイ子から受け継いだ使者の仕事を専業にする道は選ばずに自立の道を選んでいます。

その道が「つみきの森」という玩具メーカーで企画担当として働くことであり、「使者」としての仕事もこなしているのです。

本書『ツナグ 想い人の心得』が前巻の『ツナグ』と異なるところといえば、この歩美が使者としてだけではなく、歩美の「つみきの森」の取引先である鶏野工房との関りが全編にわたって前面に出てきているところでしょう。

そして、描かれる人間ドラマも各話で語られる依頼人に関しての物語であると同時に、本書全体を通して、歩美の社会人としての生活に加えてプライベートな側面も描かれています。

同時に、使者としての立場での秋山家との関りはこれまで通りであり、ただ新たに秋山杏奈という歩美の後継者が登場しています。

 

この杏奈が、本書第一話「プロポーズの心得」で使者として登場することにまず驚かされます。

この驚きは前巻から七年という時が経過していることによるものですが、作者の「読者の意表をつきたかった」という言葉、そのいたずら心が垣間見える箇所でもあります( 新刊JP : 参照 )。

この遊び心も作者の物語の魅力の一つになっていると同時に、本書での杏奈という存在の大きさも示しているのでしょう。

杏奈はまだ八歳なのですが、歩美はこの杏奈に使者としての仕事に関して生じた疑問や悩みを相談し、杏奈から助言を受けまた先に進めるのです。

つまりは、前巻での祖母渋谷アイ子の立ち位置に杏奈がいることを示しています。

また、この第一話で使者として杏奈が登場する理由として、第一巻の第三話「親友の心得」に登場した嵐美砂とのからみがあることを示し、また嵐美砂のその後をも明らかにしていることもシリーズものとしての醍醐味と言えるでしょう。

 

本書『ツナグ 想い人の心得』で特筆すべき第二の点は、第二話「歴史探究の心得」で依頼者が会いたいという相手が歴史上の人物であることです。

つまり、作者の遊び心という点で、第二話で登場してくる上川岳満という存在を設定したところに興味を惹かれます。

いかにも歴史上実在した人物であるかのような描き方をしてあるのですが、実はそうした意図をもって作出した作者の創作した人物だというのです( 新刊JP : 参照 )。また、上川岳満に関連した歴史上の出来事もリアリティーを持った書き方をしてあります。

驚くべきは物語の中ではある和歌が重要な役割を果たしているのですが、その和歌も俳人の川村蘭太氏に依頼したと言っておられることです。

それだけの物語に真実味を持たせる描き方をされているという証左なのでしょう。

この物語は、現実の歴史解釈の面白さ、という意味でも実に楽しい物語でした。

 

さらには、第三話の「母の心得」で登場してくる二組の母娘の話も、実話をもとにして書かれているということです。

ご本人たちの了解を持ったうえで物語として組み立てられているそうで、作家という職業の裏側も垣間見える話でした。

 

そして、なによりも本シリーズの主役である歩美のプライベートな話を絡めての物語の組み立てが為されているところが一番の特徴と言えるでしょう。

その一番の舞台となるのが、「鶏野工房」という歩美が勤め始めた玩具メーカー「つみきの森」の取引先です。

今後このシリーズがどのように展開するのかは分かりませんが、作者の辻村深月が『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいとのことなので( ANANニュース ENTAME : 参照 )、続編が予定されていると思われ、この「鶏野工房」が重要な位置を占めるのだろうと考えているのです。

ともあれ、本書『ツナグ 想い人の心得』は作家辻村深月らしさが満載の作品であり、以降の続巻が出るのを期待したい作品でした。

ツナグシリーズ

ツナグシリーズ』とは

 

本書『ツナグシリーズ』は、一生に一度だけの死者との再会を叶える使者「ツナグ」をめぐる物語です。

連作の短編小説の形を取ってはいますが、特に第二弾の『ツナグ 想い人の心得』は実質長編小説と言ったほうがいいかもしれません。

 

ツナグシリーズ』の作品

 

ツナグシリーズ(2022年09月20日現在)

  1. ツナグ
  1. ツナグ 想い人の心得

 

ツナグシリーズ』について

 

ツナグとは、一生に一度だけの死者との再会を叶える使者のことです。

第一弾の『ツナグ』は、第32回吉川英治文学新人賞受賞作を受賞し、百万部を超えるベストセラーとなった作品で、2012年に松坂桃李の主演で映画化もされました( 新刊JP : 参照 )。

 

 

本『ツナグシリーズ』の主役である使者(ツナグ)は、依頼を受けると、対象となった死者と交渉して依頼者に会うつもりがあるかどうかを確認し、死者の了承が得られたら使者が面会の段取りを整えることになります。

ここで、依頼人と死者との面会にはルールがあります。

まず、使者への依頼は本人でないとだめで、シリーズ第二弾の『ツナグ 想い人の心得』第一話で示されているような他人による代理での頼みは受け付けられません。

また、死者にも依頼を受けるかどうかを選ぶ権利があり、断られればそれで終わりです。

相手が断ればその一回はカウントされませんが、その依頼者が再び使者と繋がれるかどうかは“ご縁”だから分かりません。

死者との面会は依頼者にも死者にも一度きりの機会であり、さらに一人の死者に対して会うことのできる人間は一人だけです。

依頼料はなくて無料であり、面会の日は満月の日が多いようです。

使者と依頼人が会えるかどうかは、すべて“ご縁”によります。どれだけ電話をかけても繋がらない人がいる一方で、繋がる人のところには自然と縁あって繋がれます。

 

本『ツナグシリーズ』の主役は渋谷歩美といい、第一弾の『ツナグ』では十七歳の高校二年生です。

歩美の両親は、彼が小学一年生の時に謎の死を遂げており、その謎がシリーズ第一弾の『ツナグ』の第四話「使者の心得」で明かされることになります。

それは、歩美が祖母の渋谷アイ子から受け継いだ「使者」の仕事にも関係していたのでした。

 

両親を亡くした歩美はアイ子とともに叔父夫婦のもとで育ち、シリーズ第一弾『ツナグ』では高校生として登場しています。

そして、シリーズ第二弾『ツナグ 想い人の心得』では、おもちゃを扱うメーカー「つみきの森」に勤めており、アイ子の実家である秋山家には使者の役目に対するサポートだけをお願いしているのです。

 

作者の辻村深月は、本『ツナグシリーズ』をライフワークとしたいと書いておられるので、もしかしたら今後も続編が出版されるのではないかと期待しています( ANANニュース ENTAME : 参照 )。

それほどに、じっくりと読むことができる作品だと思うのです。

夜に星を放つ

夜に星を放つ』とは

 

本書『夜に星を放つ』は2022年5月に220頁のハードカバーで刊行され、第167回直木賞を受賞した短編小説集です。

どの物語も優しい言いまわしで、それでいて人物の心情や物語の内容は素直に理解できる話ばかりの読みやすい作品集でした。

 

夜に星を放つ』の簡単なあらすじ

 

かけがえのない人間関係を失い傷ついた者たちが、再び誰かと心を通わせることができるのかを問いかける短編集。
コロナ禍のさなか、婚活アプリで出会った恋人との関係、30歳を前に早世した双子の妹の彼氏との交流を通して、人が人と別れることの哀しみを描く「真夜中のアボカド」。学校
でいじめを受けている女子中学生と亡くなった母親の幽霊との奇妙な同居生活を描く「真珠星スピカ」、父の再婚相手との微妙な溝を埋められない小学生の寄る辺なさを描く「星の随に」など、人の心の揺らぎが輝きを放つ五編。(内容紹介(出版社より))

 

夜に星を放つ』の感想

 

本書『夜に星を放つ』は、身近な人を何らかの理由で失った登場人物の日常が描き出されている、第167回直木賞を受賞した短編集です。

私のような単なるエンタメ小説好きにとっては、例えば第167回直木賞の候補作である河﨑秋子の『絞め殺しの樹』のような、人間の業を重厚な筆致で描き出す作品が「賞」の受賞作と呼ばれるような作品にふさわしいと思いがちです。

 

 

しかし、第167回直木三十五賞を受賞したのは、そうした重厚さとは程遠い本書『夜に星を放つ』でした。

本書は難解ではない普通の文章で、日常に存在する悲哀の中のかすかな希望だけを余韻とした作品集です。

何も特別なことが描き出してあるわけではありませんが、しかし受賞作とななりました。

それだけ選考委員の心を打つ何かがあったと思われるのですが、私にはその何かがよく理解できず、本書が選ばれた理由がよく分かりませんでした。

もちろん、本書が面白くなく、直木賞にふさわしくないなどと言うつもりは毛頭ありません。

ただ、他の作品と比べて特別優れている点がよく分からないのです。

 

たしかに、本書『夜に星を放つ』は非常に読みやすい文章であり、描かれている人たちの描写もうまいものだとは思いますが、そうした文章を書く作家さんは少なからずおられるのではないでしょうか。

読後に直木賞の選考委員の林真理子さんの、本書は「文章がすばらしく技巧を凝らしている。文章はなめらかに進み構成に無理がなく、短編のお手本のようだと高く評価する人もいた」という文章に出会いました。(NHK NEWS WEB

結局、当たり前ですが、やはり素人には本書の作者窪美澄の文章の技巧、構成を見抜く能力がないということを思い知らされただけの結果でした。

このような選考理由を聞くと、私の若い頃に芥川賞を受賞した庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』という作品を思い出します。

この作品も普通の文章で一人の高校三年生の日常を描き出した作品であり、皆が誰でも書けそうな文章だと言っていた記憶があります(この点、サリンジャーの影響をいう声が高かったようです)。

 

 

直木賞とは離れて見る本書『夜に星を放つ』自体は、冒頭に書いたように身近な人を失った人物の日常を読みやすい文章で描き出す作品集です。

作品それぞれは多様であり、病や離婚、事故、失恋などで大切な人と別れ別れになった人物が主人公になっています。

しかし、殆どはかすかではあっても希望を抱かせるものであり、コロナ禍の未来を見据えている気もします。

 

第一話の「真夜中のアボカド」では恋人に裏切られた主人公と、亡くなってしまった双子の妹の元恋人との不思議な関係が描かれます。

第二話の「銀紙色のアンタレス」は、祖母のいる田舎で出会った人妻への恋心と幼なじみの思慕を描いた、ひとことでいうとベタな青春の一頁の物語です。

第三話「真珠星スピカ」は、交通事故で母を亡くしたいじめられっ子の中一の女の子の日々を描いたファンタジー小説です。主人公にしか見えない死んだはずの母親が現れ、主人公を見守ります。

第四話「湿りの海」は、離婚して母親と共にアメリカに行ってしまった娘を思い続ける男の、隣に越してきた母と自分の娘と同じくらいの幼い娘との物語。何とも煮え切らない男の、私にはよく分からない作品でした。

第五話「星の随(まにま)に」は、両親が離婚し、新しい母親の渚と赤ちゃんの海君と暮らす小学校四年生の想の物語。実の母を慕い暮らす小学生の主人公の大人への配慮だけが目立つ、哀しさにあふれた作品でした。

 

どの物語も使われている言葉や物語の展開に難解なところはなく、それでいて中心となる人物の心情や物語の内容は素直に理解できる話ばかりでした。

そうした理解のしやすさなども受賞の理由の一つになるのでしょうか。

ともあれ本『夜に星を放つ』は、物語としては読みやすい作品集でした。

夜が明ける

夜が明ける』とは

 

本書『夜が明ける』は2021年10月に407頁のハードカバーで刊行され、2022年本屋大賞の候補作となった長編小説です。

虐待や貧困、過重労働、ハラスメントなど、今の社会が抱える不安要素を丸々抱え込んだ著者渾身の作品ですが、私の好む作品ではありませんでした。

 

夜が明ける』の簡単なあらすじ

 

思春期から33歳になるまでの男同士の友情と成長、そして変わりゆく日々を生きる奇跡。まだ光は見えない。それでも僕たちは、夜明けを求めて歩き出す。現代日本に確実に存在する貧困、虐待、過重労働ー。「当事者でもない自分が、書いていいのか、作品にしていいのか」という葛藤を抱えながら、社会の一員として、作家のエゴとして、全力で書き尽くした渾身の作品。(「BOOK」データベースより)

 

「俺」が高校生の時に会った深沢暁は身長191センチで吃音で、『男たちの朝』という映画に出ていたアキ・マケライネンという役者に似ていた。

「俺」深沢暁に「お前は、アキ・マケライネンだよ!」と語りかけ『男たちの朝』を見せたところ、暁はアキ・マケライネンにはまってしまう。

大学卒業後に「俺」はテレビ番組の制作会社に就職し、アキは高校卒業後に弱小劇団に拾われるが、次第に二人ともに心身を壊すほどの貧困に見舞われるのだった。
 
 

夜が明ける』の感想

 

本書『夜が明ける』はいろんな意味で強烈な小説であり、ほとんどラストに至るまで、この物語を好きになれないままに読み進めていました。

文字通りに虐待、貧困、過重労働、ハラスメントなどの負の言葉を織り込んだ物語といっても過言ではなく、ただただ読み進めるのに苦労した作品でした。

結局、ネット上にあった「救済と再生の物語」だという言葉のみを頼りに最後まで読み通したというしかないと思います。

これまでも幾度も書いてきたことだけれど、私の読書は楽しい時間を持ちたい、過ごしたいという側面が大きいので、本書のような作品はその思いに反するのです。

 

本書『夜が明ける』では、語り部であるの人生と、その日記を紹介するという形で語られるアキの人生とが紹介されていて、共に貧困に彩られています。

俺は制作会社のADとして、アキは演劇の団員として、それぞれに底辺の生活をするしかなく、ともに過酷な日々をおくっています。

そして、言われたことに口答えすることもなく、ただひたすらに耐えることしかせず、その結果肉体は勿論、精神まで負荷をかけすぎ壊れてしまうのです。

そういう人間の生活をこれでもかとしつこく描写する本書は、苦痛ともいえる時間でもありました。

 

でも、先般読んだ河崎秋子の『絞め殺しの樹』の時もそうでしたが、好みではないという思いを抱きながらもなぜか読むのをやめようという気にはならないのが不思議です。

 

 

ひとつ言えることは、本書『夜が明ける』の場合はクライマックスが救いです。

終盤のある登場人物の主人公の「俺」に対する本音、これこそが作者が言いたかったことだと思え、この場面のためにこれまでの400頁近くが費やされてきたのではないかと思うほどでした。

そして、確かにその言葉はこれまで読み続けてきたこの物語の苦労を一気にくつがえすほどに強烈なものでした。

 

ネットに、『主人公の「俺」は、最後まで名前で呼ばれることはない。それには、「俺」は特定の誰かではなく、誰もが「俺」になり得る、「この小説はあなたの物語なんだよ」という意味があるという。』『西さんが本書を通して最も伝えたかったメッセージは、「苦しかったら、助けを求めろ」――。』ということだと書いてありましたが、まさにそういうことなのでしょう( BOOKウォッチ : 参照 )。

また担当編集者は、本書をPRする文章の中で『私たちの人生は、誰かのひと言で救われるし、意外な奇跡にも満ちている。そんなことを信じられなくなっている私たちを暗い世界から「夜明け」へと導いてくれる本書』と表現されています( 小説丸 : 参照 )。

 

本書『夜が明ける』の持つ魅力の一端は、アキこと深沢暁がその者になろうとしている「アキ・マケライネン」という人物を設定していることにもあると思います。

このアキ・マケライネンは俳優という設定であり、その存在感のために思わず実在の人物なのかとネットで検索してしまいました。

残念ながら虚構の人物のようですが、同じように感じた人は多いようで、同様にアキ・マケライネンという名をネットで検索したという情報がっけっこう見つかりました。

 

本書『夜が明ける』で描かれている人生は過酷なものであり、二人に降りかかる仕打ちは理不尽なものばかりです。

しかし、本書の持つエネルギーはすさまじいものがあり、それこそが2022年本屋大賞にノミネートされた由縁なのでしょう。

けっして私の好みではない作品ですが、その有する迫力は否定できないと思われます。

 

ちなみに、本書『夜が明ける』のカバー画は作者の西加奈子の手になるもので、最終頁に「装画 西加奈子」と明記してあります。

その画の持つ迫力こそが本書の持つ迫力そのものだと思われます。

任侠楽団

任侠楽団』とは

 

本書『任侠楽団』は『任侠シリーズ』の第六弾で、2022年6月に362頁のハードカバーで刊行された長編のユーモア小説です。

今回、日村たちが駆り出されるのはオーケストラです。クラシックには全く縁がない日村たちですが、いつもとはちょっと異なる展開ですが、相変わらずに面白い作品です。

 

任侠楽団』の簡単なあらすじ

 

問題だらけの「オーケストラ」を立て直しにきたら…まさかの事件発生で阿岐本組、大ピンチ!?あの警視庁捜査一課・碓氷弘一が「任侠」シリーズにやってきた!(「BOOK」データベースより)

 

阿岐本組長の兄弟分である永神健太郎が、北区赤羽にあるイースト・トウキョウ管弦楽団の内輪もめで定期公演の開催が危ういので何とかして欲しいという話を持ってきた。

阿岐本がこの話を請けない筈もなく、日村は早速翌日からオーケストラ事務局に顔を出すこととなった。

ステージマネージャーの片岡静香によると、改革者で実力主義である新任の指揮者のエルンスト・ハーンの方針に反発するベテランと、発言の機会が増えると期待する若手との間で確執が起きているらしい。

ところが翌日、練習のために現れたハーンが襲われるという事件が起きた。

しかし所轄の刑事たちは事件にしたくないようで、代わりに本庁捜査一課の碓氷という刑事が登場するのだった。

 

任侠楽団』の感想

 

まず、本書『任侠楽団』の表記ですが、Amazonの表記に合わせ、書籍記載の『任俠』ではなく『任侠』という文字を使用しています。

 

さて本題ですが、本書『任侠楽団』でも、例によって阿岐本組組長の阿岐本雄蔵の兄弟分である永神健太郎が話を持ってきます。

これまでも出版社、学校、病院、浴場、映画館といろいろな業種の建て直しを図ってきた阿岐本組の面々ですが、今回はオーケストラの再建話です。

つまり、北区赤羽にあるイースト・トウキョウ管弦楽団で内紛が起こり、二週間後の十二月十八日の定期公演の開催が危ういので何とかして欲しいというものでした。

これまで同様に、クラシック音楽に関心があるわけでもない日村がオーケストラのことなど分かる筈もなく、現場で右往左往する姿が描かれます。

ところが今回は、クラシック音楽の知識はないもののジャズなどには関心があるらしく、音楽とまったく無関係でもなさそうな阿岐本組長が自ら乗り出すことになります。

 

本書『任侠楽団』の登場人物としては、阿岐本組関係レギュラーとして組長の阿岐本雄蔵、代貸の日村誠司、組員の三橋健一二之宮稔市村徹志村真吉といったメンバーがいます。

ほかに北綾瀬署のマル暴刑事の甘糟達男とその上司の仙川修造という係長が顔だけ出します。

それよりも警視長捜査一課の碓氷という刑事の登場が本書における大きな目玉と言えます。

次いでイースト・トウキョウ管弦楽団の関係者として、事務局長の高部友郎、ステージマネージャーの片岡静香、新任指揮者のエルンスト・ハーン、前任指揮者の岩井鷹彦などが重要な登場人物です。

ほかに楽団員としてクラリネット奏者の峰岸秀一やフルート奏者の坂上京介の名が上がります。

 

本書『任侠楽団』がこれまでの『任侠シリーズ』の流れと異なるのは、阿岐本組長自らが乗り出す場面が多く、日村が様々な出来事に振り回されるという場面がいつもよりも少なくて済んでいることです。

そして何より大きな違いは、本書では新任の指揮者が何者かに襲われるという傷害事件が起きてしまうことでしょう。

そのことで犯人探しの要素が大きくなっており、これまでのようなシリーズ作品のように依頼を請けた業界独特の展開の中での物語という特色は、若干薄れていると思います。

 

しかしながら、犯人探しの要素が出てきたからこそ警視長捜査一課の碓氷という刑事が登場してくるのであり、シリーズ中の大きな目玉を持った作品になっていると思います。

さらに言えば、そのことで阿岐本雄三という組長も、阿岐本自身の活躍はほとんどないにもかかわらず、その魅力がより発揮されていると言えるかもしれません。

 

警視庁捜査一課の碓氷と言えば今野敏の作品群の中に『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』というシリーズ作品があります。

本書に登場する碓氷刑事がこのシリーズの「碓氷弘一」かと思いつつ読後にネットを見ると、本書の内容紹介に「警視庁捜査一課からあの名(?)刑事がやってきて」という文言がありました。

あの「碓氷弘一」かどうかは本書内部では明記してないので正確なことは不明ですが、公式の内容紹介文に「あの警視庁捜査一課・碓氷弘一」とある以上は多分同一人物なのでしょう。

ともあれ、阿岐本組長とあの碓氷刑事とがタッグを組んで事件を解決するのですから面白くない筈がありません。

 

今回は甘糟刑事も上司の仙川と共にちょっとだけですが登場します。

本シリーズの今後の展開がさらに楽しくなりそうです。続巻が期待されます。

絞め殺しの樹

絞め殺しの樹』とは

 

本書『絞め殺しの樹』は2021年12月に刊行され、第167回直木三十五賞の候補作となった長編小説です。

ひたすらに虐げられ、理不尽な仕打ちを受けながら生きるしかなかった女性を主人公とした重厚な、しかし好みとは異なる作品でした。

 

絞め殺しの樹』の簡単なあらすじ

 

あなたは、哀れでも可哀相でもないんですよ

北海道根室で生まれ、新潟で育ったミサエは、両親の顔を知らない。昭和十年、十歳で元屯田兵の吉岡家に引き取られる形で根室に舞い戻ったミサエは、ボロ雑巾のようにこき使われた。しかし、吉岡家出入りの薬売りに見込まれて、札幌の薬問屋で奉公することに。戦後、ミサエは保健婦となり、再び根室に暮らすようになる。幸せとは言えない結婚生活、そして長女の幼すぎる死。数々の苦難に遭いながら、ひっそりと生を全うしたミサエは幸せだったのか。養子に出された息子の雄介は、ミサエの人生の道のりを辿ろうとする。数々の文学賞に輝いた俊英が圧倒的筆力で贈る、北の女の一代記。

「なんで、死んだんですか。母は。癌とはこの間、聞きましたが、どこの癌だったんですか」
今まで疑問にも思わなかったことが、端的に口をついた。聞いてもどうしようもないことなのに、知りたいという欲が泡のように浮かんでしまった。
「乳癌だったの。発見が遅くて、切除しても間に合わなくてね。ミサエさん、ぎりぎりまで保健婦として仕事して、ぎりぎりまで、普段通りの生活を送りながらあれこれ片付けて、病院に入ってからはすぐ。あの人らしかった」(本文より)(内容紹介(出版社より))

 

絞め殺しの樹』の感想

 

本書『絞め殺しの樹』は、根室のとある気位ばかりが高い家に引き取られた一人の女の子の成長記録であり、理不尽な暮らしにただ耐えるしかない女性の物語です。

こうした理不尽な生活にただ耐えることしかできない人物を主人公とした物語は決して私の好むことろではありません。

例えば、2022年本屋大賞の候補作にもなった町田そのこの『星を掬う』も幼い頃に母親に捨てられ、結婚してからは夫のDVに苦しむ女性の物語です。

この作品はDVの他に育児放棄や介護の苦しみなどの様々な家族の問題を抱えた人物が登場する、やはり一般的な評価は高い作品ですが、個人的にはどうに好みとは言えない作品でした。

この作品も本書も主人公は明確な自己主張をすることができず、ただ親や夫の言葉に従うだけです。私はそうした人物の物語を受け付けないようです。

 

 

本書『絞め殺しの樹』は第167回直木三十五賞の候補作となったほどに評価は高い作品ですが、本書のような作品を読むといつも「直木賞とは?」という疑問が湧いてきます。

そもそも直木賞は「新進・中堅作家によるエンターテインメント作品」( 日本文学振興会 : 参照 )に対して与えられる賞であって、別な言い方をすると、それは「大衆性」のある長編小説あるいは短編集に与えられる文学賞だということです( ウィキペディア : 参照 )。

とするならば、本書のような文学性の高い作品がなお「大衆性」を持った「エンターテイメント作品」だと言えるのか、といつも思うのです。

プロの人たちが直木三十五賞の対象として選んでいるのですから、素人が口を出すことではないでしょうが、それでもやはり違和感が残ります。

 

でも、それだけ本書『絞め殺しの樹』の持つ香りに圧倒されたということはできると思います。

先に述べたように、本書の内容はどこまでも暗く、そして重く、私の好みとはかなり異なる作品でした。

しかしながら、そんな作品でありながらも途中で読むのを辞めようとなどは全く思わず、それどころか妙に惹かれた作品でもあったのです。

それは文章の力なのでしょうか。それとも物語の構成がうまいからなのでしょうか。

 

読書中に思い出したのは赤松利市の『』という作品です。

本書の作者河崎秋子赤松利市とでは作品はそのジャンルも内容も全く異なります。赤松利市の作品は暴力的な雰囲気を纏った冒険小説であり、登場人物は陽気ではあっても物語のトーンは昏いのです。

そこに未来への志向や希望などという展望はなく、ただ刹那的な生存への願望だけが存在します。多分その一点で本書との同じ匂いを嗅ぎ取ったのだと思います。

 

 

北海道の厳しい開拓の様子を描き出した作品と言えば、高田郁の『あい – 永遠に在り』という作品がありました。

この作品は北海道開拓に身をささげた関寛斎の妻である「あい」という実在の女性を描いた作品で、強い女性が描かれた感動的な作品でした。

 

 

それに対し、本書『絞め殺しの樹』の主人公は自分が置かれた環境を前提としてひたすらに耐えることで生き抜いている女性です。

吉岡家という気位ばかりが高い家でこき使われている自分の立場を所与のものとして受け入れているのです。

そんな人を主人公に据え、ただ理不尽で哀しみしかない女性の生涯を描く作品を私は好まないのです。

 

物語自体は吉岡家の理不尽な仕打ちにひたすら耐え続けるしかないミサエという十歳の女の娘が成長し、助けを得て一旦は吉岡家の呪縛からは逃れたものの、故郷のために再び保健婦として根室に戻るという話です。

そこには救いはありません。

もし本書の物語に少しでも救いを求めようとすれば、それは随所に出てくる白い猫の姿でしょう。最初吉岡家で登場する白妙という白い猫と思しき猫がほかの場面でも名を変え登場してきます。

勿論違う猫でしょうが、同じ猫が転生したものだと言わんばかりの登場の仕方を見せます。

第一部での終わりでの「地獄に猫はいないだろう」というミサエの独白の意味は、ねこが象徴するものが安楽や安心などの温もりだと思っていいのだろうかと考えてしまいます。

 

繰り返しますが、本書『絞め殺しの樹』は私の好みではありませんが、しかし妙に心惹かれる作品でもありました。

多分、賞の対象にならない限りこの作者の他の作品は読まないとは思いますが、どこかでそれを心待ちにもしている、妙に気にかかる作品でもありました。

河崎 秋子

河崎 秋子』のプロフィール

 

羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊を飼育・出荷。2012年「東陬遺事」で北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。14年『颶風の王』で三浦綾子文学賞受賞

引用元:HMV&BOOKS online

 

河崎 秋子』について

 

2021年12月に刊行された『絞め殺しの樹』が、第167回直木三十五賞の候補作となっています。

 

スタッフロール

スタッフロール』とは

 

本書『スタッフロール』は、2022年4月に刊行された映画の特殊効果の世界を題材にした作品で、第167回直木三十五賞候補作となった長編小説です。

特殊効果のアナログとCGそれぞれに主人公を設定し、映画に対する情熱にあふれた人たちの姿を描き出した、映画愛満載の心惹かれた作品でした。

 

スタッフロール』の簡単なあらすじ

 

戦後ハリウッドの映画界でもがき、爪痕を残そうと奮闘した特殊造形師・マチルダ。脚光を浴びながら、自身の才能を信じ切れず葛藤する、現代ロンドンのCGクリエイター・ヴィヴィアン。CGの嵐が吹き荒れるなか、映画に魅せられた2人の魂が、時を越えて共鳴する。特殊効果の“魔法”によって、“夢”を生み出すことに人生を賭した2人の女性クリエイター。その愛と真実の物語。(「BOOK」データベースより)

 

スタッフロール』の感想

 

本書『スタッフロール』は、映画の特殊効果の世界を舞台に前半を特殊造形師、後半をCGクリエイターを主人公として紡がれている映画賛歌ともいえる作品です。

この作者深緑野分の『戦場のコックたち』や『ベルリンは晴れているか』などというこれまでのミステリータッチの作風とは全く異なる、異色の物語と言っていいと思います。

 

 

映画大好きの私にとっては本書のような物語は、書かれている内容以前に映画をテーマにした作品というだけで胸が躍ります。ましてや本書は特殊効果をテーマに描いてあるのですから何も言うことはありません。

さらに言えば、本書前半はより具体的にクリーチャーなどを作り出す造形師が主人公になっていて、私が最も好きな映画の一つである「2001年宇宙の旅」が重要なアイテムとして登場するのですからたまらないのです。

その上、後半になるとCGの工程を詳しく説明しながらその工程の一つのプロフェッショナルを主人公としているのですから、本書を読むということは夢のような時間でもありました。

もちろん、ストーリーも読みごたえのあるものであり、何より前後半を通しての人物造形が心に迫るものであって、映画の特殊効果にかける熱い思いが伝わってくるのです。

 

具体的には、第一章でのマチルダが映画のとりこになる描写が素晴らしく、子供の頃に観た「シンバッド七回目の航海」などに熱中した自分を思い出してしまいました。

 

 

特に前半のマチルダのパートでは、一人の特殊メイクアップアーティストの人生を描きつつも、その時代背景や世相そのものを描いてあり、ノスタルジックな一面も持っています。

ただ、前半途中までの流れは特殊造形師の仕事や主人公の仕事に対する姿勢はよく表現されていると思うのだけれど、それ以上の印象があまりなく、物語としての面白さを感じませんでした。

ところが、特殊造形師としてのマチルダの仕事の様子が詳細に語られて惹き込まれ始めているところにコンピューターグラフィック(CG)の話題が持ち込まれたあたりから話が広がり始め、俄然面白くなってきました。

このCGの話が後半の物語へと繋がっていき、本書は更なる広がりを見せていきます。

 

ここで本書の登場人物をみると、まず前半は主人公がマチルダ・セジウィックという特殊造形師です。

そしてその恋人のような同居人がチャールズ・リーヴという合成背景画家(マット・ペインター)であり、アルバイト先のダイナーの同僚がエヴァンジェリンという女性です。

その他にマチルダの父親の友人のロニーやマチルダの造形の師匠のアンブロシオス・ヴェンゴス、そして重要なのがリーヴの友人のモーリーン・ナイトリーという女子大学生がいます。

このモーリーンがマチルダにCGの可能性を説く場面、またCGのフィルムを見せる場面が前半の一つの山場となっていて、ストーリーが大きく展開するきっかけにもなっています。

 

そして後半は、今はリンクス社でCGクリエイターとして勤めるフリーのアニメーターのヴィヴィアン・メリルという女性が主人公です。

そのヴィヴィアンのリンクス社の同僚としてモデラ―のメグミ・オガサワラやアニメーターのユージーン・オジョらがいます。

このリンクス社の社長が前半にも登場したチャールズ・リーヴであり、リメイクされることになった名作「レジェンド・オブ・ストレンジャー」の監督がアンヘル・ポサダ監督です。

他にも多くの登場人物がいますが、全部を挙げる余裕はありませんので、前後半の冒頭に掲げられている「Appearance」を見てください。

 

ちなみに、本書のように「映画」をテーマにした小説としては、まずは金城一紀の『映画篇』を思い出しました。

この作品は、誰もが知る映画をモチーフに、人と人との出会い、友情、愛を心豊かに描く短編集で、読後は心豊かになることが保証された物語集です。

また、映画と言ってもアニメーション映画を対象とした物語ではありますが、辻村深月の『ハケンアニメ!』があります。

アニメ業界を舞台に、三組の仕事を中心に描き出した長編小説で、登場する女性の恋心や、アニメの聖地の様子が描かれたりと、いろんな事柄が盛り込まれたサービス満点のお仕事小説であり、青春小説です。

 

 

上記『ハケンアニメ!』もアニメ業界を調査されて会って面白い作品ではありましたが、本書もまた粘土やゴム、合成樹脂などを使っての特殊造形の創作や、コンピュータを駆使したCG制作の場面も分かりやすく、興味深く読ませています。

特にCGの場面では、「モデリング」や「リギング」といった「アセット制作」、そして「エフェクト」「ライティング」「コンポジター」といった「シーン制作」、その中間にあるヴィヴィアンのが担当する「アニメーション」などの説明もうまくこなしてあり、難解な制作過程を分かり易く説明してありますが、この点に関しては相当苦労したと書いてありました( 小説丸 : 参照 )

 

本書で印象的な記述の一つに、「2001年宇宙の旅」についての記述があります。

その冒頭での猿人が骨を叩きつける場面での猿人のメイクと同じ時期に公開された「猿の惑星」での猿のメイクとを比較していて、「2001年宇宙の旅」での猿人メイクを賞賛してあるのです。

この映画は私が最も好きな映画の中の一本であり、その冒頭の場面もよく覚えていますが、その後に見た「猿の惑星」での猿のメイクと比べたことはありませんでした。

でも、言われてみれば、「2001年宇宙の旅(1968年)」でのメイクは「猿の惑星(1968年)」でのメイクに比べより唇の動きなどがリアルであったことに気づいたのです。

 

 

このようにして、本書ではキューブリックやルーカス、そしてスピルバーグなどの偉業が紹介されると共に、名もなきクリエイターたちの仕事をその苦悩と共に紹介してあるのです。

タイトルの「スタッフロール」の意味、作者が教えらえた「裏方への敬意」をあらためて教えられた気がします。

 

小説が好きな人、映画好きな人はもちろん、そうでなくても物づくりに少しでも関心のある人にとっても非常に読みがいのある作品だと思います。

今回の直木賞候補作はかなり読みごたえのある作品が並んでいると思わせられる一冊でした。