PRIZE―プライズ―

『PRIZEープライズー』とは

本書『PRIZEープライズー』は、2025年1月に文藝春秋から384頁のハードカバーで刊行された長編の現代小説です。

「ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2025 小説部門」で第1位を獲得し、2026年本屋大賞で第3位となった作品で、かなり惹きこまれて読んだ作品です。

『PRIZEープライズー』の簡単なあらすじ

天羽カインは憤怒の炎に燃えていた。本を出せばベストセラー、映像化作品多数、本屋大賞にも輝いた。それなのに、直木賞が獲れない。文壇から正当に評価されない。私の、何が駄目なの?…何としてでも認めさせてやる。全身全霊を注ぎ込んで、絶対に。業界震撼の“作家”小説!(「BOOK」データベースより)

『PRIZEープライズー』の感想

本書『PRIZEープライズー』は、「ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2025 小説部門」で第1位を獲得し、2026年本屋大賞で第3位となった作品です。

ノミネートはされるものの受賞するには至らないある作家の直木賞を獲得したいと足掻く物語で、かなり惹きこまれて読んだ作品です。

 

本書は最も高名な文学賞のうちの一つである「直木賞」がテーマになっているだけに、とても関心をもって読み始めました。

当初は、直木賞が欲しい作家の物語、という簡単な事前知識のためコミカルな作品かと思いながら読み始めたのですが、すぐに間違いに気づきつつも、とても興味深くまた惹き込まれながら読み終えてしまいました。

まずは舞台裏に関しては何も知らない世界を垣間見せてくれるという意味で、お仕事小説としての面白さがありました。

そこでは、文章を紡ぎだすという作家の作業の真摯さを確認すると同時に、一冊の「本」を作り上げていく作業の工程の多さに驚かされます。

また、作家自身のなすべき作業としての雑務の多さへの驚きと同時に、作家と共に作品を作り上げる編集者の作業がいかに多岐にわたっているかにもまた驚かされました。

同時に、現実に存在する文学賞である直木三十五賞、いわゆる直木賞の具体的な選考過程の説明もあって、こうした点でもまたお仕事小説としての面白さに満ちています。

 

以上はお仕事小説として、未知の事柄を知る喜びについての面白さです。

そして、これがメインですが、作家や編集者のそれぞれの内面が、業界ならではの視点で詳しく描き出されているのです。

作家の天羽カインの強大な自我は、一瞥するだけでは傲慢としか言いようのない言動として現れ、書店関係者や出版関係者たちを振り回します。

しかし、彼女の傲慢さは自分の作品や作品の読者に対するに強烈な愛情がその根底にあったのです。

とはいえ、客観的には尊大であり横柄な態度の天羽カインと彼女に心酔する編集者の緒沢千紘との関係性の変化もまた見どころです。

この両者の関係性の変化に関しては、読む人により評価が変わってくるのではないかと思います。

 

また、本書では直木賞選考委員としてどこかで聞いたような名前の作家さんたちが多数登場します。なかでも南方権三や馳川周などはすぐにモデルが浮かぶほどです。

天羽カインがこの直木賞の選考委員である南方権三と萩尾今日子と出会い、議論ともいえない会話を交わす場面は圧巻です。

その後、天羽カインが新たに『テセウスは歌う』という作品を仕上げていく過程が描かれていますが、その過程で編集者の緒沢千紘とのやりとりへと移っていきます。その対話の中で萩尾今日子の言葉が浮かんでくる場面もまた私には響きました。

こうした、作品に対する評者の視点のあり方などもいち読者の眼には新鮮です。と同時にその後に天羽が打ちのめされていく姿があるのは天羽自身でも指摘された点に自覚があるからでしょう。

 

ただ個人的には、天羽カイン担当編集者の緒沢千紘や「オール讀物」編集長の石田三成たちの今後、さらには天羽カインの「下男」であるサカキという存在自体への関心など、この物語のその後に変な関心が残っています。

でも、本書は「ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2025 小説部門」で第1位となり、2026年本屋大賞では第3位となっているのですから、そんなことはどうでもいいことなのでしょう。

それよりも、天羽カインという人物の造形、それらを通して感じる物語全体の「小説」というものに対する作者の愛情こそが大事なのだということなのでしょう。

そして、それらを感じて惹かれているのですから、それでいいと思うことにします。

村山 由佳

『村山由佳』のプロフィール

1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒。会社勤務などを経て、1993年『天使の卵──エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、2009年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、2021年『風よあらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。小説に「おいしいコーヒーのいれ方」シリーズ、『二人キリ』『PRIZE』『しっぽのカルテ』、エッセイに『猫がいなけりゃ息もできない』『記憶の歳時記』など著書多数。

引用元:村山由佳 | 著者プロフィール

『村山由佳』について

『PRIZE』が「ダ・ヴィンチ BOOK OF THE YEAR 2025 小説部門」で第1位を獲得し、2026年本屋大賞で第3位となっています。

最後の外科医 楽園からの救命依頼

『最後の外科医 楽園からの救命依頼』とは

本書『最後の外科医 楽園からの救命依頼』は『最後の外科医シリーズ』の第一弾で、2025年10月に文藝春秋から304頁の文庫として出版された、長編の医療小説です。

手塚治虫の有名な医療漫画の『ブラックジャック』を彷彿とさせる天才医師を主人公にした医療小説ですが、今一つと思われた作品でした。

『最後の外科医 楽園からの救命依頼』の簡単なあらすじ

モグリの天才外科医が究極の〈不可能手術〉で命を救うーー。

累計70万部突破『泣くな研修医』の著者で現役外科医・中山祐次郎さんが満を持してお届けする新シリーズ!

主人公は29歳の天才外科医カイ。10歳の頃から戦地でメスを握り、命の現場を駆け巡ってきた経験が彼を「不死身の医師」に。

しかし、「ふつうじゃない手術」には相応の覚悟がなければーー。
カイの相棒・交渉人の神園がふっかける法外な報酬金と、ヒリヒリする患者との駆け引き。そして圧巻の手術シーン……まさにブラック・ジャックを思わせる緊迫感がたまりません。

夢にまで見た世界タイトルマッチ目前に癌に冒された21歳ボクサーに、美しすぎる顔を棄て別人になりたい人気女優。失明に怯える米軍スナイパー。

彼らの切なる願いに、カイはどんな「答え」を出すのか?(「BOOK」データベースより)

『最後の外科医 楽園からの救命依頼』の感想

本書『最後の外科医 楽園からの救命依頼』は『最後の外科医シリーズ』の第一弾で、一人の天才医師を主人公にした、これまでのこの著者の作品とは異なるタッチの医療小説ですが、今一つの作品でした。

 

本書の著者は、若手外科医の成長を描き出している『泣くな研修医シリーズ』を書いた中山祐次郎であり、その新シリーズと銘打って出版されたものです。

それも、あの手塚治虫が描く人気漫画であるブラックジャック風の医者の物語で、高額の医療費を請求する代わりに不可能と言われた症例をも可能にする手技を持った医者の話です。

本書の体裁はどちらかというとハードボイルドタッチであり、クールな医者のカイが不可能と言われた手術をこなしていきます。

その際に、患者との医療費の交渉など医療行為に付随する様々な事柄を処理するのが神園拓也というカイの幼馴染と言ってもいい存在です。

しかし、その物語は前出の『泣くな研修医シリーズ』におけるものとは全くその雰囲気を異にします。

これまで何冊かの作品を書いてきた方の文章とは思えず、それぞれの話は厚みを感じられず、どうにも感情移入しにくい物語でした。

 

「カルテ#1 楽園からの救命依頼」は、奄美大島で起きた航空機事故に駆け付け、その神業を披露するカイの姿が描かれます。

この話は、主人公であるカイの人となりを紹介する物語であると同時に、その技術力と同時に医療費も高いことを示しています。

ただ、著者は新しいジャンルに挑戦されているためか、ハードボイルドタッチの物語の進行は説明的で、もう一つ感情移入できるものではありませんでした、

同様の医者を描いた話である手塚治虫のブラックジャックは、単純な話ではあっても「絵」という情報があって、文字だけの小説とは異なりかなりその差を感じてしまいました。

 

「カルテ#2 ゴングが鳴る前に」では、三カ月後に世界タイトルマッチを控えているのに、甲状腺未分化癌に侵された天才ボクサーの話です。

この話では、手術の結果がうまくいったとしてもボクサーは戦いの中に身を投じていかなければなりません。手術の結果はそこで台無しになる可能性が高いのです。

詳しくは書けませんが、設定は本当に「生きる」ということの意味を問いかけていると思われます。

 

「カルテ#3 華と虎」は、これまでもカイの手術の手伝いをしてきた播州会新宿総合病院VIPオペ専門ナースの津城華の娘の美咲が心臓病で緊急手術が必要になる話です。

第二話でも名前こそ出ないままにカイの手術を補助していた手術室看護師が物語の中心になっているのです。

美咲の手術を行うにあたりカイたちが要求する高額の医療費は、裏社会の目にとまる金額でもあったということです。

でも、医療小説という点ではもの足らず、ハードボイルド作品としては焦点が定まっていない印象であって、今一つのめり込めない話でもありました。

 

「カルテ#4 仮面の人生」は、は、人工的につくられた美貌の女優が、他人に作り出された人生から抜け出て、別の人生を生きたいと願う物語です。

絶大に人気を誇っている女優の二階堂桐子が、その人気故に「ただの人間として、誰にも注目されずに生きたい」と願い、カイに整形手術を依頼してきます。

しかし、彼女が属するプロダクション側は、桐子の代わりを見つけてこない限り手術は認めないというのでした。

この物語に関しては、どうにも舌足らずのように感じます。身代わりとなった桐子の腹違いの妹の水野珠貴の書き込みが舌足らずのためか、二人の行く末の描写が感情移入できませんでした。

 

「カルテ#5 スコープの奥の瞳」は、脳内に弾丸の破片が残り視力を失う危険がある狙撃手を、狙撃手としての視覚機能を完全に保持したままで破片を取り出してほしいとの国からの依頼でした。

患者である狙撃手は神園やカイたち同様に中東の難民キャンプで育った男であり、カイは手術にためらいを感じます。

結局は再び戦場に戻れるようにするための手術の依頼だったのです。

 

とりあえず最後まで読み通しましたが、物語として楽しむことが困難な作品でした。

ただ、すぐに重版されたそうですから( PR TIMES : 参照 )、評判は悪くはなかったのでしょう。しかし、個人的には続編が出たとしてもたぶん読まないと思います。

spring another season

『spring another season』とは

本書『spring another season』は前作の『spring』のスピンオフ作品で、2025年12月に筑摩書房から256頁のハードカバーで刊行されたバレエ小説集です。

2025年本屋大賞の候補作にもなった前作『spring』の天才的ダンサーで振付師でもある主役の萬春(よろずはる)の姿を中心に、『spring』でのそのほかの登場人物たちの姿が描かれています。

『spring another season』の簡単なあらすじ

恩田陸の新たな代表作・バレエ小説『spring』への熱いアンコールに応えた待望のスピンオフ刊行!

“けれど今、こうして僕らは一緒に踊っている。戦っている。
互いを理解するために、対話するために。
二人の神に近づくために。”

シリーズ累計11万部!
2025年本屋大賞にノミネートされた傑作バレエ小説『spring』。

本編『spring』では描ききれなかった秘められし舞台裏に加えて、深津、ヴァネッサ、ハッサン、フランツ、そして萬春自身はもちろん、永遠の師匠ジャン・ジャメやエリック・リシャールの教師コンビ、ロシア留学を果たした滝澤美潮など様々なキャラクターたちの気になる過去と未来を描く全12章の小説集。中編「石の花」ほかたっぷりの書き下ろし&『spring』刊行時に期間限定で公開された幻の一編「反省と改善」をはじめ、これまでに明かされた『spring』のストーリーを余すところなく完全収録。
ページをめくるとダンサーが踊りだす「パラパラ漫画」付き(電子版には収録なし)。内容紹介(JPROより 抜粋)

『spring another season』の感想

本書『spring another season』は、前作『spring』の主役である萬春(よろずはる)の生活を真ん中において、彼を取り巻く人たちの描かれなかった姿について記されています。

全部で十二章からなる作品集ですが、視点の主はチャリティー・パーティ開催しようとする萬春(HAL)であったり、自分の過去を語るヴァネッサであったりと、章ごとに変化しています。ですが、一番多いのはやはりHALのようです。

 

本書の感想は、前作の『spring』でのそれと同じだといえます。

前作で、バレエという踊りについて、単純にバレエという踊りを見ての印象を詳しく語る以上に、バレエを踊るダンサー自身の目線での物語を読者に示してくれた著者は、本書でも同様の感動をもたらしてくれているのです。

本書で付け加えるとすれば、それはスピンオフという形式の通りに、前作での登場人物たちの描かれなかった側面を描き出している、という当たり前のことしか言えません。

ただ、本書では「hal yorozu special gala」という本書の主役萬春のガラという特別なプログラムが組まれ、その紹介を兼ねた内容の話も組み込まれている点は特別ということができるかもしれません。

加えて本書には「hal yorozu special gala program」というパンフレットが添付されていたのですが、そこに記載されている「HAL YOROZUによる自作解説コメント」の内容が、まるで一冊の本を読んでいるようで見事だったことは紹介しないわけにはいきません。

でも、このことは『蜜蜂と遠雷』での音楽に関しての文章表現の見事さと、前作『spring』でのバレエについての描写の感動の表現を挙げるまでもなくわかっていることではありました。

 

それでも改めて本書を振り返ってみると、上記「内容紹介」でも書かれている通り、本書では中編「石の花」というHALの恋人であるフランツを主人公にした物語も収められています。

この話は、HALとフランツとの二人の関係を描いた六十頁程の話で、その中心に「石の花」という踊りを据えて描かれた作品です。

また、「内容紹介」で挙げられている「反省と改善」もまたHALとフランツの物語で、二人の関係性がよくわかる短編です。

その他の物語は、HALを取り巻く登場人物たちが入れ代わり立ち代わり主役となっている話であって、まさに前作のスピンオフ作品として、前作を補う物語集となっているのです。

 

恩田陸という作家の文章力や表現力のすばらしさを再認識させられた驚きの一冊です。

前作『spring』の感動を再び味わえる作品集でした。

踊りつかれて

『踊りつかれて』とは

本書『踊りつかれて』は、第173回直木賞候補作となった2025年5月に文藝春秋から480頁のハードカバーで刊行された長編の現代小説です。

ネット上の匿名の暴力に対する非難を如実に感じると同時に、物語のテーマのあいまいさを感じた作品でもありました。

本稿は、とても簡単にですが全体の流れを記していますので、若干のネタバレ的な文章ともなっています。詳しいことは書いていませんが、全くの白紙の状態で読みたい方はここで読むのをやめてください。

『踊りつかれて』の簡単なあらすじ

言葉が異次元の暴力になるこの時代。不倫を報じられ、SNSで苛烈な誹謗中傷を受けた人気お笑い芸人・天童ショージは自ら死を選んだ。一方、バブル期の華やかなりし芸能界を駆け抜けた伝説の歌姫・奥田美月は写真週刊誌のデタラメに踊らされ、人前から姿を消した。彼らが目にした絶望、それはー。(「BOOK」データベースより)

『踊りつかれて』の感想

本書『踊りつかれて』は、SNSなどでの「匿名性の暴力」を明瞭に描き出して第173回直木三十五賞の候補作となった長編の現代小説です。

匿名性をはく奪された加害者が一転して被害者となる姿と、当初の被害者の人生をもミステリー風に描いており、それなりに惹きこまれて読んだ作品でもありました。

 

SNSなどで理不尽な誹謗中傷を受けたのはお笑い芸人の天童ショージと、伝説の歌姫と呼ばれた天才歌手奥田美月という二人であり、その結果、天童は自殺し、美月はその行方をくらましてしまいます。

その後、この二人のファンであったと自称する「枯葉」なる人物が「踊りつかれて」というブログに「宣戦布告」という長文と、天童と美月を叩いた人たち八十三人の正体を晒すという事件が発生します。

この「枯葉」という人物の正体が瀬尾政夫という高名な音楽プロデューサーであることはすぐに判明します。

また、「枯葉」に正体を晒された中の一人で瀬尾を告訴したのが天童ショージの中学時代の同級生だった藤島一幸でした。

そこで、瀬尾から依頼を請けたのが同じく天童の中学時代の同級生であった久代奏という弁護士です。

この久代は山城新伍弁護士を代表とする「山城法律事務所」に勤務しており、同僚に、青山勝治弁護士がいました。

 

著者の塩田武士の作品は、2017年と2024年の本屋大賞の候補作となった『罪の声』も『存在のすべてを』もその内容が濃かったため、本書も読み通すのに時間がかかるだろうと構えて読み始めたのですが、冒頭からその後の展開が気になり一気に読み続けることになりました。

事実、その後の物語の展開は私が思っていた以上に広がりを見せていきます。

しかしながら、本書はとても面白く読んだ作品ではありましたが、最終的には読み通すのに体力が要求されるとともに結末に少し不満が残り、全体としてテーマがあいまいに感じた作品となりました。

 

というのも、480頁という本書の分量の多さもさることながら、書かれている情報の量が膨大にすぎるのです。

まず、序章では天童ショージと奥田美月の詳しい人物紹介から始まり、次の「第一章」ではネットに誹謗中傷を書き込んだ人たちがその正体を晒され、今度はその人たちがネット上で叩かれる立場になった様子が描かれています。

その後、物語は「枯葉」なる人物の正体と彼の弁護士の久代奏の行動の詳細な描写へと移り、その後も天童と美月の人生に関わってきた人物たちが登場し、そのそれぞれが緻密に描写されて行きます。

加えて天童や美月の人生の節目に関係した「裏切りのサーカス」や「踊りつかれて」など、映画や音楽などのタイトルまで示されてきます。

こうした映画、音楽、書籍のタイトルは調べてみるとそのほとんどが実在した作品であり、そうなると簡単にでもその内容が気になってきました。

 

このような情報量の多さに加え、本書の持つ印象の変化にも振り回されました。

当初のマスコミやネット社会の匿名性の暴力を描くという態度が、天童ショージというお笑い芸人と奥田美月という歌姫の人生の描写へと方向性が変わってきたのです。

つまり、本書の読み初めに感じた「安全圏のスナイパー」などの言葉で象徴されるネット社会の問題点を糾弾するという観点は、途中から、自殺した芸人と身を隠した歌手の人生の描写へと変わってしまったのです。

ただ、このような印象の変化は私が勝手に当初の印象と違うと思い込んだだけであり、作者は問題の二人の人生を描くことが主眼であり、「匿名性」の問題はその手段に過ぎなかったのかもしれません。

 

ところで、ネット上の理不尽な書き込みの理不尽さを描いた小説としては、例えば浅倉秋成の『俺ではない炎上』などの作品があります。

しかし、この作品はネット上で突然に濡れ衣をかけられて必死で逃走する男の姿を描いたサスペンスミステリーであって、本書のように正面から「匿名性の暴力」を描いたものとは言えません。

ほかに、インターネット上で為された理不尽な書き込みをした犯人を突き止め、逆にその名前をネット上に晒すというミステリーの短編を読んだ気がしますが、その作者、タイトルを思い出しません。

 

いずれにせよ、本書は第173回直木賞の候補作となるほどに高い評価を受けた作品です。

色々書いては来ましたが、期待して読んだだけに私の要求が大きすぎたのだと思いますし、高い評価に値するだけの力作だと思います。

メスを置け、外科医 泣くな研修医8

『メスを置け、外科医 泣くな研修医8』とは

本書『メスを置け、外科医 泣くな研修医8』は『泣くな研修医シリーズ』の第八弾で、2025年11月に幻冬舎文庫から310頁の文庫として出版された、長編の医療小説です。

主人公である雨野隆二が外科医としてのメスを置いて、医者がいなくなり困っている復興途上の福島の病院へ院長として赴任することになる話です。

『メスを置け、外科医 泣くな研修医8』の簡単なあらすじ

震災後の福島で医療支援をしていた友が死んだ。志半ばでの友の死に、自分は何もしなくていいのかと自問する外科医・雨野。そんな中、福島のある病院が、院長の急逝で診療を続けられなくなったという知らせが。「ならば俺が行く」。外科医を辞め地域医療の現場に飛び込んだ雨野を待ち受けていたのはー。現役外科医によるシリーズ第八弾。(「BOOK」データベースより)

『メスを置け、外科医 泣くな研修医8』の感想

本書『メスを置け、外科医 泣くな研修医8』は『泣くな研修医シリーズ』の第八弾で、何となくの日常を送っていた雨野隆二が、復興途上にある福島の病院へ院長として赴任することになる話です。

シリーズの第六弾『外科医、島へ 泣くな研修医6』では半年間ではありましたが離島へ赴任した経験を持つ隆治であり、地域医療の現実はそれなりにわかっているはずですが、今度は福島です。

しかし前回と異なり、今回は現在勤務している牛ノ町総合病院をやめ、外科医としてのキャリアは捨てることになります。

つまりは、メスを置いて診療科目はなんでも対処する必要がある地域病院の院長として赴任するのであり、単に患者を診るだけではなく経営の感覚まで要求されることになるのです。

 

本書においてはそうした経営者としての側面は描いてはあるのですがそれほどに重きは置いてないようです。

それよりも、死を身近にした患者の様子を主眼にした作品になっている点はこれまでと同じと言えます。

外科的な対処というわけではないものの医者として、また人間としての対応が描かれていて、死に直面した患者との物語、という点では医療小説ど真ん中の話です。

そうした点で見ると、確かに先進的な医療機器があるわけではないという地域医療の現実も描いてはあるのですが、通常の医療小説とあまり異なるところはないともいえそうです。

 

雨野隆二が福島に行こうと思い立った理由は若干あいまいなところがあります。

牛ノ町総合病院での日常に倦んでいるとまでは言わなくても、外科医になりたて当初のような熱意のような気概を感じられずにいる様子は描かれています。

そんな時、高校の後輩で医学生時代ともに学んだ仲間で、医学生時代に医学とは何かと悩み、卒業を待たずに医学部を去った伊佐錦太郎が交通事故で死んだニュースに触れるのです。

 

隆治が新しく勤務することになった東日本大震災で被害を受けた小さな町の「渡辺病院」での日常が始まります。

そこでは、「三春と呼んで」という明るさ満載の理事長の渡辺三春、事務長の佐藤、何もわからない隆治を何かと導いてくれる冴木綾乃という看護師などが出迎えてくれるのでした。

本書では、意外な終わり方を迎えるのですが、そこは実際読んでもらうしかありません。

今後の展開が楽しみなシリーズです。

カフェーの帰り道

『カフェーの帰り道』とは

本書『カフェーの帰り道』は、2025年11月に東京創元社から224頁のソフトカバーで刊行された短編小説集です。

上野の街の裏通りにあるカフェーで働く女給の姿を通して各時代の世相を描き出している、第174回直木賞を受賞した作品です。

『カフェーの帰り道』の簡単なあらすじ

東京・上野の片隅にある、あまり流行っていない「カフェー西行」。食堂や喫茶も兼ねた近隣住民の憩いの場には、客をもてなす個性豊かな女給がいた。竹下夢二風の化粧で注目を集めるタイ子、小説修業が上手くいかず焦るセイ、嘘つきだが面倒見のいい美登里を、大胆な嘘で驚かせる年上の新米・園子。彼女たちは「西行」で朗らかに働き、それぞれの道を見つけて去って行ったが…。大正から昭和にかけ、女給として働いた“百年前のわたしたちの物語”。(「BOOK」データベースより)

目次

『カフェーの帰り道』の感想

本書『カフェーの帰り道』は、上野の繁華街からは外れた裏町にあるカフェで働く女給を描いた第174回直木賞を受賞した連作の短編作品集です。

その「カフェー西行」という名のカフェーで働く「女給」たちの、時代を違えた五つの物語からなっている作品集です。

 

「カフェー」とは、本来は「当初はコーヒーと菓子だけの店だった」らしいのですが、本書でいうカフェーは「女給のサービスを売り物」にする形態のものを指しているようです( ウィキペディア : 参照 )。

先に述べたように、上野の街ではあっても繁華街ではない「世俗から忘れ去られたかのような」一角の、「建っているというよりはしゃがみ込んでいる風情の家並み」の、「商店街というには歯の欠けすぎた通りの真ん中」にある「カフェー西行」が舞台となっています。

この店の本当の名前は「アウグイステヌス」というのだけれど、店の入り口の脇にある西行法師らしき老人の焼き物が目印となっており、いつの間にか「カフェー西行」と呼ばれるようになったものです。

 

この店の店主が菊田という人のいい男です。

「カフェー西行」の「十九歳であること」という女給の求人条件も単に記載してあるだけだと言い、第二話でのどう見ても中年の女性である妹小路園子の女給への応募も即決してしまいます。

このカフェーを舞台に、夢二の描く美人画にも似た美人のタイ子、己の賢さを鼻にかける高等女学校出身のセイ、細かなどうでもいいところで嘘をつく美登里という三人の女給を中心に物語は進みます。

 

第一話「稲子のカフェー」は、関東大震災から二年以上が経」った時代の話です。

そこに、夫のタイ子との浮気を疑う稲子が現れるところから物語は始まります。

ただ、単に稲子の疑いの心が中心の話かと思えばそうではなく、当時はやっていた「竹久夢二の絵みたいな、いやに色っぽい柳腰の美人」と表現されているタイ子の話でもあります。

というより、本書全体の構成からするとタイ子の話という方が正しいのでしょう。

 

次の第二話「嘘つき美登里」は昭和四年四月に開店した銀座の松坂屋に配置された「昇降機ガール」の話から入ります。

そして、前話では二十三歳だった美登里は二十六歳になっているのです。

そんなカフェー西行ではセイがやめ、新しく妹小路園子という女性が勤め始めていました。

ただ、この園子はどう見ても小太りの中年女性であるのに、自分の歳は十九歳で家は男爵だというのでした。

 

第三話「出戻りセイ」では、一度は店をやめたセイが三十五歳という年齢になって再び戻ってきています。

セイは第二話では二十五歳でしたからちょうど十年が経っています。

店では大年増のセイですが、髭面の男から髪型や着物などについて言われた通りにやってみるとこれが大いに人気になるのでした。

 

第四話「タイ子の昔」は昭和十七年の物語です。

二十歳になったタイ子の息子の豪一も招集され、タイ子と戦地にいる豪一との文のやり取りが中心になっています。

当然のことですが、隣家の妻との会話などに戦時中の世の中の様子が自然に描かれていて、それと意識しないままに時代背景として流れているのです。

 

第五話「幾子のお土産」では「終戦から五年が経ち」とありますから、昭和二十五年の話ということになります。

十七歳の幾子の眼を通してみた物語で、美登里らまでも登場してきます。

戦争で兄を失った幾子の家族との生活を、やっと普通の暮らしができ始めた市民の生活や、幾子の「カフェー西行」での日常とを合わせ紹介してあります。

 

作者の嶋津輝は、2023年に発表した『襷がけの二人』という作品も第170回直木賞候補にノミネートされています。

「裕福な家に嫁いだ千代と、その家の女中頭の初衣。」という大正から昭和、そして戦後を生き抜いた二人の女性を描いた大河小説です。

その作品の項では、この作家の文章を「優しく品のある文章」と記しているのですが、そのことは本書でも同様です。

実に平易で読みやすく、登場してくる女性たちの行いが丁寧に描き出されています。それでいて、それぞれの個性豊かな、しかし何も特別ではない女性たちの生きざまは、そのまま現在でも通用すると思います。

自分の容姿に自身のあるタイ子、頭の良さを自覚し小説家になることを夢見るセイ、嘘つきの美登里、世間知らずの園子、そして戦争で兄を亡くした幾子たちの物語は、その時々の世相を反映しながら彼女らの生き方が示されていくのです。

 

そういえば前述した『襷がけの二人』も同様で、二人の女性の生き方を追いつつ、その時の時代背景を浮かび上がらせています。

また、『襷がけの二人』で全編を覆っていたと覚えているユーモアは、本書でも生きています。

特に、第二話の「嘘つき美登里」での妹小路園子の話など自然に笑みが浮かんできます。

 

繰り返しますが、本書はとても読みやすいのです。それでいて、登場人物の姿が明確に書き分けられ、それぞれの個性がはっきりと浮かび上がってきています。

『襷がけの二人』は直木賞を受賞することこそかないませんでしたが、非常に評価が高かったそうです。

そんな作者の次の作品である本書は当然のごとく直木賞を受賞しましたが、納得の受賞だと言えると思います。

エンドロール 警視庁FCⅢ

『エンドロール 警視庁FCⅢ』とは

本書『エンドロール 警視庁FCⅢ』は『警視庁FCシリーズ』の第三弾で、2025年7月に毎日新聞出版から400頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

軽めの話が多い今野敏の作品の中でも本書は特に軽さを感じる、今一つ感情移入できない作品でした。

『エンドロール 警視庁FCⅢ』の簡単なあらすじ

映画人×警察官たちがおくる新時代の仕事小説。東京都内でハリウッド映画が撮影されることになった。監督は巨匠リーアム・バーク。日本での撮影は「世界の丑井勝」監督が務めるビッグ・プロジェクト。ところが、脚本も届かぬまま思わぬ事態が発生ー特命を受けたFC室のメンバーが奔走する!あらゆる職業人への敬意と感謝を込めて。待望のシリーズ第3弾!(「BOOK」データベースより)

『エンドロール 警視庁FCⅢ』の感想

本書『エンドロール 警視庁FCⅢ』は、今野敏の数多い作品群のなかでも特に軽さを感じた作品だったと言えます。

ただ、あまり高い評価はできませんが、何も考えずに気楽に読み飛ばすにはいい作品だと思います。

 

タイトルにもなっている「警視庁FC」の「FC」とは、フィルム・コミッションのことであり、「地域活性化を目的として、映像作品のロケーション撮影が円滑に行われるための支援を行う公的団体」のことを言います。

詳しくは、ウィキペディアを参照してください。そこでは「日本のフィルム・コミッションの運営に関する課題」など、現在(2017年頃)の問題点などの課題なども載っています。

 

本書は、そうしたフィルム・コミッションを警視庁内に作ったとの設定の下、特命により集められた五名が本来の業務との兼務のもと撮影のために奔走する姿が描かれています。

このFC室はもと通信指令本部の管理官だった長門達男を室長としています。この通信指令本部の管理官という立場は「夜の警視総監」とも呼ばれるほどの権限を有しているのだそうです。

そして長門室長のもと、組織犯罪対策部・暴力団対策課所属の山岡諒一巡査部長、交通部駐車対策課の島原静香、交通機動隊所属の白バイ乗りの服部靖彦巡査部長、警視庁地域部地域総務課所属の楠木肇巡査部長がいます。

そして、この楠木肇が本書の主人公ともいえる存在であり、普段は楽をすることだけを考えている男なのですが、ここというところで意外なひらめきを見せる存在なのです。

この楠木は、本書では臨時に欠員補充のために日々パトカーに乗って職質をする遊撃特別警ら隊へと担当替えになっています。

その遊撃特別警ら隊での楠木の相棒が遊撃特別警ら隊班長の蒲生武志警部補であり、コールサインを「遊撃3」というパトカーに乗務しています。

 

そうした警視庁FC室のメンバー五人が、今回は「半減期の夏」という映画を撮った人気映画監督のリーアム・バークの新作映画「マゼンダシティ」を日本の、それも渋谷を舞台にした映画を撮るために奔走するのです。

また、この映画には日本側監督としてやはり人気のある丑井勝監督が参加するという話になり、一段と盛り上がっているのです。

ところが、日本は映画の撮影に関してはかなり遅れており、かつて「ブラック・レイン」という映画を大阪で撮った際に、日本側の手際の悪さにシドニールメット監督がもう二度と日本では映画は撮らないと激怒したという事件があったことが紹介されています。

この事件は素人の私でも知っていたくらい有名な話であり、映画好きとしては残念な話でもあります。

そして、その事件から少しは進歩したものの、基本的にはあまり変わっていない、ということが語られているのです。

そうした状況の中、成田空港には着いているはずのリーアム・バーク監督が行方不明になったり、渋谷でカーアクションを撮りたいというリーアム・バーク監督の依頼を実現させるために渋谷署や渋谷区役所などの許可を求めて奔走する警視庁FC室の姿が描かれます。

 

本書の上記のような物語の流れそのものはお仕事小説のようでもあり、映画撮影の背景などのトリビア的な知識が描かれている楽しみもあり確かに楽しいのです。

しかしながら、話の流れそのものは、作者の今野敏の筆のままに、かなり気楽に進みます。

なにせ、FC室長の長門自身が一見かなりいい加減なのです。何とかなるという一言で、楠木をあちこちに送り込んで交渉をさせ、結果として望みの流れへと進ませます。

こうした流れを楽しめるかどうかで本書の評価はかなり変わると思われます。

私としては、気楽さがちょっと過ぎるのではないかと感じ、軽さを感じる作品という評価になってしまいました。

エピクロスの処方箋

『エピクロスの処方箋』とは

本書『エピクロスの処方箋』は『雄町哲郎シリーズ』の第二弾で、2025年9月に水鈴社から360頁のハードカバーで刊行された、長編の医療小説です。

若干、説教の匂いがするものの、この作者の物語らしく読みやすいけれども心に染み入る場面が多い作品でした。

『エピクロスの処方箋』の簡単なあらすじ

「君はここまで来るために、何人の患者を死なせてきた?」大学病院で数々の難手術を成功させ、将来を嘱望されながらも、母を亡くし一人になった甥のために地域病院で働く内科医の雄町哲郎。ある日、哲郎の力量に惚れ込む大学准教授の花垣から、難しい症例が持ち込まれた。患者は82歳の老人。それは、かつて哲郎が激怒させた大学院の絶対権力者、飛良泉寅彦教授の父親だったー。「医療では、人は救えないんだよ」治せない病は山のようにあるが、癒せない哀しみはない。思想する医師・雄町哲郎は今日も京都の街をゆくー。2024年本屋大賞第四位&京都本大賞受賞の感動作。映画化決定!『スピノザの診察室』続編!(「BOOK」データベースより)

『エピクロスの処方箋』の感想

本書『エピクロスの処方箋』は『雄町哲郎シリーズ』の第二弾で、命の問題に直面する話ではあるものの決して暗くはなく、心に染み入る場面が多い作品でした。

この作者の『神様のカルテシリーズ』と同様の医療小説であり、現代の医療が抱える問題などが示されます。

 

この『雄町哲郎シリーズ』が『神様のカルテシリーズ』と異なるのは、まず大きくは、医者としてだけでなく、人としての生き方が明示されているところでしょう。

『神様のカルテシリーズ』でも人としてのあり方などは示されていますが、本シリーズのほうがより直接的だと感じるのです。

それは、シリーズ各作品のタイトルに歴史上高名な哲学者の名前が示されていることからもわかります。

特に本シリーズでは、主人公の哲郎は指導医として南茉莉という研修医を指導していて、彼女に対して医者として、またそれ以前に人間としてのあり方を身をもって教えています。

加えて、哲郎はなき妹の息子を育てており、この甥っ子の龍之介に対してもまた人間としての生き方を説いて聞かせているのです。

本書の特徴として言えるのは、こうした指導や教育の過程もあり、哲郎が説いて聞かせる言葉が随所にちりばめられていることです。

この言葉が実に心に沁みるのです。

 

次に、大自然の中に暮らす栗原一止と、京都という大都会の中にいる雄町哲郎との差があると思います。

もちろん、二十九歳の内科医である一止と三十九歳の内科医の哲郎という年齢の差もあります。

何より、共に今は民間の医療環境にいるのですが、一止の場合、大学に戻り先進の医療を学ぶことがいいのかどうかという悩みがあります。これに対し、哲郎の場合は大学側から戻ってほしいとの働きかけがあるのです。

患者に対した時の医者としての対応に関しては同じですが、民間の病院にいて患者と対しながら、訪問診療という現場を見る哲郎の立場からくる差異もあると思えます。

 

本シリーズのほうが説教臭い、という見方もあるかもしれません。大学からの研修医である南医師との会話は、さすが指導医だけに医師としての道しるべとなる言葉が並び、見方によっては説教ともとれるからです。

龍之介との会話もありますが、こちらはより直接的に人生を語る場面が多いようです。

また、『神様のカルテシリーズ』のほうが地域医療の現実、現場の声などが拾い上げられているとも感じますが、この点は考えすぎかもしれません。

それでも、どちらの作品も、患者との最後の別れが綴られている場面の文章を読むと、自然に涙があふれてきます。人前では読めないのです。

本シリーズはまた医療も教授を頂とする権力構造の世界であることや、現代の医者不足の現状などの社会的な問題もまた提起してあります。

 

哲郎に対しては「ともすれば怠惰にさえ見える瞬間がある」と表現されるほどなのだけれど、その後「話をしていると気付かぬ間に見える世界が広がっていくような感覚がある」と評されています。

そのことはまた一止にも当てはまると思われるのです。

 

夏川草介という作家の描く物語世界で登場する医者は、ほとんどすべての医者が金銭を度外視して、真摯に患者のことを思っています。ただ、その現れ方が異なるだけです。

このことは、作者自身が自分の言葉で小説は面白くなければならないというようなことをどこかで語っておられたことと繋がっている気がします。

本書は、単純に医療小説として魅力的なお医者さんの物語として面白い、というだけではありません。

医者不足という現状や、大学病院の医局制度のああり方などの医療制度の抱える問題も含めた医療界の政治的な動きをも含めた物語としての面白さを持った小説です。

それが明確な悪人を登場させず、ユーモアさえも漂わせた話として成立しているのですから面白くないわけがないのです。

また新たに、夏川草介という作家の魅力的なシリーズが始まりました。

あとは『神様のカルテシリーズ』の続編もまた早いうちに刊行されることを願うばかりです。

雄町哲郎シリーズ

『雄町哲郎シリーズ』とは

本『雄町哲郎シリーズ』は、京都の町中にある民間の病院を舞台にした医療小説です。

私が今最も好きな作家の一人である夏川草介の、あらためて「人間の生」を見つめなおす感動的なシリーズ作品です。

『雄町哲郎シリーズ』の作品

雄町哲郎シリーズ(2025年12月01日現在)

  1. スピノザの診察室
  2. エピクロスの処方箋

『雄町哲郎シリーズ』について

本『雄町哲郎シリーズ』の主人公は、原田病院という民間病院で働く雄町哲郎という内科医です。

洛都大学附属病院で将来を嘱望された医師でしたが、妹の美山奈々が亡くなり、その子の美山龍之介を育てる必要もあって大学病院をやめ、原田病院に就職したものです。

そのために、哲郎の二年先輩である洛都大学附属病院消化器内科准教授である花垣辰雄は、いまでも何かと哲郎の腕を頼りにし、また支援もしています。

消化器内科医の南茉莉を研修医として哲郎のもとへ送り込んでいるのもその一環だと考えられます。

反面、将来を嘱望されていただけに、洛都大学附属病院の飛良泉寅彦教授の逆鱗に触れています。

 

哲郎が勤務する原田病院は、消化器疾患を専門科とする四十八床の小規模病棟を持った京都の町中にある民間病院です。

理事長の原田百三は七十近い年齢であり管理業務を主にしています。また、病院長は鍋島治であり、この人は五十代半ばの外科医もあります。

ほかに鍋島医師の後輩であり、原田病院唯一の女性医師で外科医の中将亜矢、総合内科医の秋鹿淳之介がおり、そして本書の主人公である消化器内科医の雄町哲郎の三人がいます。

 

このシリーズは、「スピノザ」や「エピクロス」という高名な哲学者の名前を冠している各作品のタイトルからもわかるように、人として哲学を持った生き方をすることを前面に押し出しています。

夏川草介という作家には別に『神様のカルテシリーズ』というベストセラーシリーズがありますが、本『雄町哲郎シリーズ』も『神様のカルテシリーズ』に劣らないほどの人気を博すシリーズになることでしょう。



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