『川のほとりに立つ者は』とは
本書『川のほとりに立つ者は』は、2022年10月に双葉社から224頁のハードカバーで刊行された長編の現代小説です。
2023年本屋大賞第九位となった作品でそれなりに惹き込まれたのですが、物語のための物語というかすかな印象を持った作品でもありました。
『川のほとりに立つ者は』の簡単なあらすじ
新型ウイルスが広まった2020年の夏。カフェの店長を務める29歳の清瀬は、恋人の松木とすれ違いが続いていた。原因は彼の「隠し事」のせいだ。そんなある日、松木が怪我をして意識を失い、病院に運ばれたという連絡を受ける。意識の回復を待つ間、彼の部屋を訪れた清瀬は3冊のノートを見つけた。そこにあったのは、子供のような拙い文字と、無数の手紙の下書きたち。清瀬は、松木とのすれ違いの“本当の理由”を知ることになり…。正しさに消されゆく声を丁寧に紡ぎ、誰かと共に生きる痛みとその先の希望を描いた物語。(「BOOK」データベースより)
『川のほとりに立つ者は』の感想
本書『川のほとりに立つ者は』は、喧嘩をしたままの恋人の怪我をきっかけに、彼の本当の心を知ることとなり、次第にその思いが変化していく女性を描いた作品です。
読み始めは、このような設定自体はありがちで新鮮味がないなどと思いながらの読書でしたが、読み終えたときには本屋大賞の候補となったのも分かる作品だと思うようになっていました。
というのも、主人公の女性の原田清瀬の心象の変化が、わりとリアリティをもった描き方だったためにそう思ったのでしょう。
誤解に基づいた喧嘩別れをしたものの、ふとしたきっかけから自分の誤解に気付き仲直りをするという話はありがちな設定でしょう。
ただ、本書の場合は、清瀬が喧嘩別れをした相手の松木圭太の本当の心を知る手段こそ新鮮味があるものではありませんでしたが、主人公の女性が思い違いをするに至るいくつかの出来事が結構インパクトのあるもので、最終的に友人の「識字障害」という病へと辿り着く点はインパクトとがあります。
また、本書のもう一人の主役でもある松木圭太の個人的な背景の描き方もまた惹かれるものでした。
松木とその親との関係性はもう少し書き込みが欲しいと思わないでもありませんでしたが、その後の物語の意外な展開からすると仕方がないのかなとの思いもありました。
本書『川のほとりに立つ者は』では、主人公の原田清瀬を始めとして、自分の思いの間違いの可能性など全く考えもせずに様々な言動をとっている人たちが登場します。
そうした人たちが、自分の行動の間違いに気づいていく過程もまた読みごたえがあるところです。
しかし、そうした過程はリアリティが欠ける表現にもなりかねず、難しいところなのでしょう。本書でもちょっと首をひねる箇所もありました。
本書では清瀬と圭太とが章ごとに入れ替わって視点の主となり、また時系列も異にしてそのときの視点の主の出来事について記されていきます。
圭太の視点が若干以前に戻ることで、清瀬が圭太に対して抱く疑問や不満についてその理由が明確になっていくのです。
そういう意味ではミステリータッチな展開ということもできるかもしれません。
ただ、このミステリータッチとはいえ、それぞれが物語の鍵ともなる人の名前の読み方の間違いという出来事が二回も出て来て、若干の違和感はあります。
そして、最終的に圭太と圭太の親友である岩井樹の身に起きた不幸な出来事の詳細が明らかになっていくのです。
本書の魅力を挙げるとすれば、単純に清瀬の成長する姿が描かれていることだけではなく、個人的には「識字障害」や「発達障害(ADHD)」という病を取りあげてあることにもあると思います。
それは単純に珍しい病気を取り上げてあるということではなく、その病気をスムーズにストーリーの中に取り込んであること、というよりもその病気が物語の核となっていることにあるようです。
ただこの「障害」を取り上げている点も、ある意味不自然とも言え、微妙でもあります。
さらに挙げると、架空の小説「夜の底の川」がガジェットとしてうまく使用されています。
この本に書いてあるとされる文章の取り込み方のうまさと、物語の中での警句としての引用など、ストーリーを引き締めるのにかなり役立っていました。
結局、読んでいく途中では上記で書いてきた微妙な点、首をひねる箇所や不自然と感じる箇所がありながらも、それなりの感慨をもって読み終えているのも作者の筆の力によるものでしょう。
けっして私の好みの作品ではないにも関わらず、本屋大賞の候補となったのも分かると感じたのも同じことでしょう。
何とも中途半端な印象記となりました。この作者の次の作品を読むかと問われれば、これまた微妙なところで、世間の評価を待つでしょう。