『図書館の魔女シリーズ』とは
本『図書館の魔女シリーズ』はタイトルからくる印象とは異なり、図書館の魔女と呼ばれる一人の口のきけない娘を主人公とする、剣と魔法ではない「言葉」にあふれた異色のファンタジー小説です。
綿密に構築された物語世界を前提に、「言葉」に対する正確な考察を施し、その上で「知識」や「書物」などにも言及しながら国家の在りようにまで言及する読みごたえのある作品でした。
『図書館の魔女シリーズ』の作品
『図書館の魔女シリーズ』について
本『図書館の魔女シリーズ』のうちの第一巻から第四巻は、本来新刊書で上下二巻として出版されたものす。
それが全四部の物語ごとに文庫本一巻が割り当てられて、講談社文庫で全四巻として出版され、続編である『図書館の魔女 烏の伝言』も、講談社文庫で上下二巻として出版されています。
上記シリーズ紹介において『図書館の魔女』を四分冊として紹介するのであれば、『図書館の魔女 烏の伝言』も二分冊として紹介すべきでしょうが、そこはわが図書館には『図書館の魔女 烏の伝言』が新刊書版しか置いてないために一巻として挙げています。
作者の高田大介が現役の言語学者というだけあって、「言葉」について書かれている内容はかなり学問的なことにも及んでいます。
また、「言葉」の延長上にあるものとしての「書物」についての言及もかなり高度な内容を含んでいます。
ところがそれらの叙述は、単に高度であると言うだけではなく、普通の素人である読者にもよく分かるような噛み砕いた表現になっているのです。
そうした高度な言及は国のあり方、国と国との駆け引きにまで及び、本書での国家同士駆け引きの描写はそうしたことに疎い私のような人間にもそのすごさを感じさせるほどです。
この点について、書評家の大森実氏は「権謀術数が渦巻く、外交エンターテイメント」と評しておられました。まさに外交の駆け引きを妙を見せる物語でもあります。
図書館の魔女と呼ばれているマツリカという人物を中心とした登場人物たちは、単に知見に富んだ堅物という存在ではありません。
いたずら好きなマツリカを中心とし、ときにはキリヒトをも巻き込んだユーモラスな会話も随所に忍ばせてあります。
このマツリカを守る者として鍛え上げられたのがキリヒトという少年で、山育ちであるためか純粋であり、マツリカに馬鹿にされ続けています。
また、主な舞台となる一ノ谷の勢力としては、マツリカのいる「高い塔」のほかに、議会と王室とが存在します。
そして、議会側からの間者でもあるハルカゼ、そして王室側からの間者であるキリンという有能な人間がマツリカの仕事を補佐しています。
重要なのは、マツリカは口をきけない存在として設定してあることです。
口がきけない代わりに手話での意思の疎通がかなりの速さで交わされ、キリヒトがその意思を汲み取ってマツリカの口としてその意思を伝えるのです。
本『図書館の魔女シリーズ』が「言葉」というものに重きを置いているにもかかわらず、その中心人物が口をきけないという設定には作者の意図を読み取るべきなのでしょう。
当然のことながら、キリヒトも、そしてハルカゼやキリンも手話の達人です。
主要な登場人物は文庫版では目次のあとにかなり詳しく記してあります。
本『図書館の魔女シリーズ』は決して肩ひじ張った小難しい物語ではありません。
エンターテイメントの流れに乗せて「言葉」や「書物」などについての高度な議論を楽しませてくれる小説です。
作者の高田大介氏本人のブログ「図書館の魔女 DE SORTIARIA」によれば、『図書館の魔女 霆ける塔』が続編として書かれているようです。
そして、そこでは「お待ちいただいている『図書館の魔女 霆ける塔』については出口が見えております。あと少しで脱稿します。
」と書いてあるのですが、残念ながら2021年07月21日現在に至ってもまだ出版されていません。
この『図書館の魔女シリーズ』はその世界観の構築が見事ですが、似たように丁寧な世界観を築き上げているファンタジー作品として、上橋菜穂子の、2015年本屋大賞、第4回日本医療小説大賞を受賞された『鹿の王』(角川文庫全五冊)という作品があります。
この作品は、皆が流行り病で死んでしまった鉱山で生き残った幼子ユナと、奴隷として囚われていた戦士団の頭であったヴァンとの冒険譚で、物語世界が丁寧に構築されている作品です。
この作品の作者である上橋菜穂子という人も文化人類学者であり、児童文学作家でもあるという作家さんです。
やはり、本『図書館の魔女シリーズ』の作者である高田大介もそうであるように、学者さんが小説を書かれると書かれた物語の世界観がこんなにも丁寧に構築されるものなのかと思ってしまいます。
特定の分野で十分な知識を持ちまた優れた論理的思考力を持つ学者さんが、さらに文才をも持っているために破綻の無い世界観を構築できるというべきなのでしょう。
そしてそういう作家さんであるために物語の中身も論理的にきちんと詰められていて、素人にも分かり易く書かれているのだと思えます。
一方、本書のようなファンタジーではありませんが、図書館という存在に着目し、「表現の自由」をテーマに書かれた作品として有川浩の『図書館戦争シリーズ』(角川文庫全六冊)があります。
この作品は、第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞し、シリーズの第一巻『図書館戦争』は2007年本屋大賞の候補作にもなっています。
架空の現代日本を舞台にして、実質的な検閲を認めた「メディア良化法」のもと、図書館の独立を守るために設けられた図書隊に入隊した郁という娘を主人公にした物語です。
その意味するところは重要であり、非常に読ませる内容を持ちながらも、エンターテイメント小説として楽しく読める作品です。
ともあれ、どの作品も描かれている物語の面白さは間違いのない小説です。是非一読をお勧めします。