本書『図書館の魔女 第三巻』は文庫本の頁数にして379頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の三巻目の作品です。
本書でマツリカが衛兵たちに対してなす文献学の講義など、読みようによってはかなり興味深い話が展開され、ストーリー自体もさることながら、書物に関する話もかなり面白そうな本巻でした。
『図書館の魔女 第三巻』の簡単なあらすじ
深刻な麦の不作に苦しむアルデシュは、背後に接する大国ニザマに嗾けられ、今まさに一ノ谷に戦端を開こうとしていた。高い塔のマツリカは、アルデシュの穀倉を回復する奇策を見出し、戦争を回避せんとする。しかし、敵は彼女の“言葉”を封じるため、利き腕の左手を狙う。キリヒトはマツリカの“言葉”を守れるのか?(「BOOK」データベースより)
大国ニザマの脅威が次第に増してくる中、ハルカゼは議会に、キリンは王宮を相手にその対応で忙しくしていて、高い塔では資料整理などの実務が滞っていた。
そこに、図書館付きの護衛として高い塔などに常駐するようになった元近衛兵の中から司書を手伝うものが現れており、彼らに対しマツリカの臨時の講義なども行われるようになっていた。
一方、ニザマの帝室との書簡の往来の中からニザマ帝の病のことを察知したマツリカは、その特効薬が一ノ谷の衛星都市に算出することを奇貨としてその手配を終え、次の手を打っていた。
その手配は、ニザマの宦官たちの策略により一ノ谷へと侵攻せざるを得なくなっていたアルデシュへの対処をも意味していた。
そして物語も佳境へと入り、マツリカ本人がニザマの皇帝に拝謁するというところまで来たのだった。
『図書館の魔女 第三巻』の感想
『図書館の魔女 第三巻』では、前半は物語に大きな動きはありません。
物語についての動きはないものの、新たに図書館付きとして配置された近衛兵のイズミルに対してマツリカが話した書物についての話などは非常に興味深いものでした。
それは、そもそもは図書館に収蔵すべき書物の判断基準は何かということから始まった議論でした。
判断対象は具体的な書の一欠片(かけら)であり、将来、しかるべき場所に置かれたその一欠片によって失われた文化が一部分だけでも蘇るのかもしれない。
ならば、誰かがその一欠片を未来へ届けなければならず、それが図書館の役割だとマツリカは言うのです。
そこから、「魔導書」などは駄本に過ぎないという話になります。
かつては書物は希少価値があってなかなか皆が読めなかったのだけれど、印刷技術の発達により書物が大量に印刷されるようになるにつれ、書物の価値は下がってしまった。
そこで「魔導書」などというみんなが怖れ、なお且つ探し求めている本は出鱈目な付加価値を僭称した駄本が現れたのだ、という話につながるのです。
その後、大国ニザマの露骨な圧力に対する高い塔、つまりはマツリカの戦略が発揮される話へと移ります。
この箇所はまた書物に関する話とは違った意味でまた興味をひかれる展開となっています。
結局は、アルデシュという国を利用しようとするニザマの一ノ谷侵攻のための布石を、ニザマ国内の王室と宦官たちとの対立を利用して回避しようとする試みが展開されます。
そのためのアルデシュの作物の不作という危機を回避する手立てを一ノ谷が考え、それを対ニザマの戦略として組み立てるマツリカらの動きが面白いのです。
結局、本書『図書館の魔女 第三巻』ではアクション面での派手な展開はありませんが、そもそも本『図書館の魔女シリーズ』はアクション中心の物語ではありません。
キリヒトというその道の達人を中心に置いてはいるものの、高い塔にいる「図書館の魔女」であるマツリカこそが主人公であって、「言葉」や「書物」についての考察を中心に展開する物語なのです。
その上で、国家間の情報戦を軸にした国家間の勢力争いをも見据えた話として展開する物語です。
その書物や情報戦についての考察が普通人の考えを越えた専門家の視点で説かれているところにこの物語の醍醐味があります。
口はきけないものの、しかし情報量の豊かな手話を駆使することによって自分の意思を伝えるマツリカという存在が、ユニークで愛すべき存在に思えてきますから不思議なものです。
残されたあと一冊でこの物語がどのように変化するものか、早く読みたい気持ちでいっぱいです。