本書『図書館の魔女 第一巻』は文庫本の頁数にして360頁を超える長編のファンタジー小説で、全四巻の一巻目の作品です。
タイトルの通り、「図書館」を舞台にした物語で、剣と魔法のファンタジーという印象とは異なる、異色のファンタジー小説です。
『図書館の魔女 第一巻』の簡単なあらすじ
鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。超弩級異世界ファンタジー全四巻、ここに始まる!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
幼い頃から先生と呼ばれる人物に育てられたキリヒトは、ある日突然に王都の図書館へと連れていかれ、口のきけない図書館の魔女の手伝いをするようにといわれた。
先生に連れられて王都へと来たキリヒトは、王宮の隣にある「高い塔」こそがこの国の権勢の象徴であることを知る。
この「高い塔」は、真に英知を究める者たちが求める言葉を記した書物を蔵していて、図書館の中の図書館である「高い塔」を統べ、その所蔵資料の全てを把握していると言われるのが「高い塔の魔女」だった。
「高い塔」へと入ったキリヒトは、図書館の魔女がマツリカという名のほんの少女であること、さらには彼女は口がきけないことが事実であったことを知る。
マツリカは、優れた感性を持ち、耳聡いキリヒトならば可能かもしれないと、今まで以上に表現力が豊かな新しい手話を開発しようと試みる。
一方、図書館の庭を散策中に足下の反響が異なることに気付いたキリヒトは、マツリカと共に街の地下の古い町並みの探索を始めるのだった。
『図書館の魔女 第一巻』の感想
主要な登場人物は文庫版では目次の次にかなり詳しく記してありますが、ここには図書館関連の人物を簡単に書いておきます。
登場人物
本書は『図書館の魔女』というタイトルから抱いていた印象とは全く異なる物語でした。
剣も魔法もありません。「図書館の魔女」であるマツリカと、マツリカをとりまく社会情勢、政治的な駆け引きなどが語られるだけの物語です。
ただ、鍛冶の里からマツリカに仕えるためにやってきたキリヒト少年の教育、成長も同時に描かれていて、その様子も読みごたえがあります。
一ノ谷では王室と議会とが対立するという勢力図の中で、図書館は法律や学問などに関する知識や知恵を提供しつつ、一ノ谷自体をまとめる存在でもあります。
そんな中、大国ニザマの露骨な侵略行為という対外的な危機を抱える中で、高い塔の存在意義が一段と大きくなっています。
そうしたニザマによる図書館の魔女に対する直接的な脅威が存在する中、高い塔の象徴であり、図書館の中枢である「図書館の魔女」ことマツリカを守るために訓練されたキリヒトが送り込まれてきたのです。
刺客としては高度に訓練され優秀であっても、王室や図書館などの世事には全く疎いキリヒトはマツリカにとってはある種のおもちゃのようでもあり、バカにされ続けます。
キリヒトが鋭い感性に裏打ちされた能力の持ち主であることに気付いているマツリカにとっては、ある意味おもちゃであり、また新しい手話を構築する格好の相手でもあったのです。
このマツリカとキリヒトとの会話はユーモアに満ちていて、また何も知らないキリヒトへの「言葉」や「書物」についての講義は読者にとっても示唆に富むものでもありました。
そんな中でのマツリカの言葉として語られる「言葉」や「書物」についての話はかなり読みごたえがあります。
本書『図書館の魔女 第一巻』では、特にマツリカが勝手に作り上げた「包丁の歴史」という架空の書物についての議論などは面白いものがあります。
また国家間での情報戦についての分析もミステリーの謎解きにも似た面白さを持って語られています。
特に本書においては図書館の庭の地下に存在する遺跡についての描写がありますが、この点についての作者の分析もまた興味深いものがあります。
本書では物語の紹介の部分が大きく、物語の大きな展開については続刊に委ねられているだけではあるものの、かなりの面白さをもって迫ってくる作品でした。