『二枚の絵 柳橋の桜(三)』とは
本書『二枚の絵 柳橋の桜(三)』は、2023年8月に文藝春秋社から336頁の文庫として刊行された長編の痛快時代小説です。
本書での桜子は大河内小龍太と共に江戸を離れることになり、長崎の地でしばらくの間を過ごすことになりますが、佐伯泰英の作品としては普通との印象の作品でした。
『二枚の絵 柳橋の桜(三)』の簡単なあらすじ
柳橋で評判をとった娘船頭の桜子。父・広吉の身を襲った恐ろしい魔の手から逃れるため、大河内道場の棒術の師匠・小龍太とともに江戸から姿を消した。異国船で出会ったカピタン、その娘の杏奈と接し、初めての食べ物や地球儀に柳橋を遠く感じる二人は、磨きぬいた棒術で心身を整える。そんな中、プロイセン人の医師に招かれた長崎の出島で、二枚の絵を見た桜子はあまりの衝撃に涙を止められないーオランダ人の絵描きコウレルと柳橋の桜子。その不思議な縁とは?(「BOOK」データベースより)
『二枚の絵 柳橋の桜(三)』の感想
本書『二枚の絵 柳橋の桜(三)』では、主人公の桜子やその恋人でもある大河内小龍太たちは江戸の町を離れることになります。
二人は、その理由については何も知らされないままに船宿さがみの親方夫婦に挨拶をするひまもなく、その足で長崎の地へと赴くのです。
そこには桜子の後ろ盾と言ってもいい魚河岸の江の浦屋五代目彦左衛門の世話がありました。
ということで、本書では長崎までの船旅の様子が描かれ、桜子と小龍太の船上での修行の様子や、襲い来る海賊を退ける様子などが描かれていきます。
その際利用することとなった船のカピタンと呼ばれる船長(ふなおさ)のリュウジロや、その娘杏奈たちが本書での新たな登場人物として現れます。
ちなみに、この杏奈の伯父は長崎会所の総町年寄の高島東左衛門であり、二人の長崎での生活に重要な役割を果たします。
こうして舞台は江戸を離れ、長崎への船旅と長崎での暮らしの様子が描かれることになります。
そういう意味では佐伯節満載の物語ということはできるのですが、どうにも話はすっきりとしません。
というのも、今回桜子たちが江戸を離れざるを得ない理由や、桜子たちに敵対する相手の正体は全く示されることなく、ただ、幕閣の上部での出来事らしいということが示されるだけだからです。
ただ、本書『二枚の絵 柳橋の桜(三)』では前巻で少しだけ示された二枚の絵の意味が少しだけ明かされていくので、その点が若干満たされるということはできるでしょうか。
本書で一番の要点は、長崎会所のプロイセン人のアントン・ケンプエル医師から示されたこの二枚の絵の物語だと言えるのでしょう。
とはいえ、私にとっては本シリーズの主人公桜子という娘自体にそれほどの魅力を感じていないためか、二枚の画の秘密に関してもあまり気にかかることでもありません。
こうしてみると、この二枚の絵に関しては、本シリーズの冒頭からもっとこの物語に絡め、物語を貫く謎として設定されていればもう少し感情移入して読めたのではないかという思いがぬぐえません。
最終巻を読まずに書くのも不謹慎かもしれませんが、本書『二枚の絵 柳橋の桜(三)』に至るまでの三巻の内容が、結局は焦点がぼけたままで終わってしまい、つまりは最終巻『夢よ、夢 柳橋の桜(四)』だけで事足りたのではないかという思いが残ってしまいそうです。
ともあれ、すべては最終巻『夢よ、夢 柳橋の桜(四)』を読んでみてからのことにしたいと思います。