ほんとうにあった夢物語契約社員から女社長に――実話を基に描いたサクセス・ストーリー。琉球アイコム沖縄支店総務部勤務、28歳。純沖縄産のラム酒を造るという夢は叶うか!風の酒を造りたい!まじむの事業計画は南大東島のサトウキビを使って、島の中でアグリコール・ラムを造るというものだ。持ち前の体当たり精神で島に渡り、工場には飛行場の跡地を借り受け、伝説の醸造家を口説き落として――。(「内容紹介」より)
契約社員だった一人の女性の、沖縄産のラム酒を作るという夢を実現させたという、実話をもとにして描かれた長編小説です。
この作家の作品らしい、突き抜けた明るさを持つ沖縄の人たちの暮らしを描いてあり、読後感が気持ちいい物語でした。
文庫版での関西大学増田周子教授の「解説」によれば、本書の主人公伊波まじむは、株式会社グレイスラムの社長である金城祐子という人物がモデルになっているそうです。
彼女は那覇市の民間企業の一派遣社員の身で会社のベンチャー制度に応募し、沖縄の原料を使って世界に通用するラム酒を作るために会社を立ち上げ、見事成功しました。
その金城氏に巡り合った原田マハ氏は、自分が小説家になり、金城氏が作ったラム酒が多くの方に飲まれていたら、金城氏のことを小説に書いてもいいか尋ねたそうです。
後はご存知の通り、原田氏は人気作家となり、金城氏のラム酒も「コルコル」という人気商品として流布しているのです。
この金城氏の会社については
を参照してください。
ともあれ本書です。
モデルがあるとは言っても何もかもが実話ではない、とは解説の増田周子教授も書いている通りです。
金城祐子という人がベンチャー企業で沖縄産の原料をもとにラム酒を作る会社を立ち上げた、という事実以外はフィクションとして読むべき作品でしょう。
原田マハという作家さんは、2006年に『カフーを待ちわびて』という沖縄を舞台にしたラブストーリーでデビューし、第1回日本ラブストーリー大賞を受賞されました。
そして同じ沖縄を舞台にした作品として2010年に本書が出版されています。
本書の特徴の一つとして、登場人物の会話が沖縄の方言をルビとして振ってあることがあります。
本当は全部を方言で書きたいのでしょうが、それでは全く読者が理解できなくなってしまうため、一つの方途としてこうした手段をとってあるのでしょう。
また、同じことかもしれませんが沖縄の雰囲気を濃密に描いてあることが挙げられます。ただ、それは登場人物の会話による人間関係のことであって、自然描写そのものはあまりありません。
自然描写という点では南大東島のほうが描いてあります。ただ、それも私の記憶の中にある『カフーを待ちわびて』ほどではありません。
そのことは、この作品を残念に思う点でもあります。
単純に物語としてみると『カフーを待ちわびて』のほうが好みではあります。
というのも、本書『風のマジム』の登場人物がわりと類型的であり、主人公やおばあの性格設定がありがちなものであることや、ラム酒を作る上での様々な困難が今一つ見えにくいことなどが気になったのです。
それを言えば『カフーを待ちわびて』のほうが設定としてあり得ない、という意見が出てきそうですが。
とはいえ、本書が読みやすく、読んでいて一気に物語の世界に引き込まれた作品であることも間違いない事実です。
先に挙げた私の文句もあえて言えばというところです。
それ以上に、この作者のリズム感ある文章と、沖縄や、何といっても主人公に対する思い入れが見えてきて、少々のことは気にならないのです。
「どうして、こんなにさとうきびがいっぱいあるのに、沖縄のラム酒ってのがないのかね。」とおばあがつぶやいた言葉をきっかけに主人公がラム酒を作ることを思いつく場面など、おばあのマジムと共にうまい酒を飲むひと時を大切にしていることが分かります。
そうしたあたたかい、ほのぼののとした、それでいて、きびしいおばあのまじむに対する愛情が随所に見て取れます。
本書全体をそうした心情がおおっていて、読後に暖かな気持ちになるのです。小説としての完成度云々は言われるかもしれませんが、私の好きな物語と言えます。