OL二ノ宮こと葉は、想いをよせていた幼なじみ厚志の結婚式に最悪の気分で出席していた。ところがその結婚式で涙が溢れるほど感動する衝撃的なスピーチに出会う。それは伝説のスピーチライター久遠久美の祝辞だった。空気を一変させる言葉に魅せられてしまったこと葉はすぐに弟子入り。久美の教えを受け、「政権交代」を叫ぶ野党のスピーチライターに抜擢された!目頭が熱くなるお仕事小説。(「BOOK」データベースより)
本書『本日は、お日柄もよく』は、一般にはよく知られていない「スピーチライター」という職業を目指す一人の女性の姿をユーモラスに描いた長編のお仕事小説です。
これまでアメリカの大統領にはスピーチを専門に書く人がいるということは聞いていました。
それに対し、日本の政治家の演説は官僚がその役目を果たしていると聞いたことがあります。ただ、現在の日本でスピーチライターを専門とする人物が存在しているかどうかは不明です。
ウィキペディアを見ますと、現在の政治家では鳩山由紀夫や菅直人や野田佳彦、そして安倍晋三といった人たちがスピーチライターを起用していると書いてありました。
ちなみに、同じ個所には天皇の玉音放送の文案を官僚たちが書き、東郷平八郎の演説の文案は秋山真之が書いたということを記してありました( ウィキペディア : 参照 )。
この秋山真之という人は司馬遼太郎の『坂の上の雲』(文春文庫全八巻)の主人公である秋山兄弟の弟で、日本海海戦のときの「天気晴朗ナレドモ浪高シ」という名文でも知られている人です。
話をもとに戻すと、日本でもこうしたスピーチライターと呼ばれる人はいます。例えば安倍首相には谷口智彦氏というスピーチライターがいるというのは広く知られた事実のようです。
しかし、それを専門の職業とする人がいるのかはよく分かりません。
一般には、上記の谷口智彦氏が慶応大学教授であったように、他に仕事を持った人が、特定の人物のためにスピーチを書く、というのが普通のようです。
本書でも、主人公二ノ宮こと葉の師匠である久遠久美こそスピーチライターを専門としていますが、こと葉のライバルともなる和田日間足は超大手広告代理店「番通」所属のコピーライター、つまりはサラリーマンという設定になっています。
結婚式を始めとして、大人数の前で挨拶や話をしなければならない機会は一般人でも少なからず訪れます。でもうまいと思う人はそうはいません。
話をする機会が多いはずの政治家や企業の社長さん方の挨拶や演説ですら、感動させられることはほとんどありません。もちろん引き込まれて聞いてしまったこともありますが、その数は少ないという他ないのです。
そうしたスピーチに対して、本書の冒頭で聞かされる久遠久美の新郎側の結婚祝いのスピーチなどは確かに魅力的なものでした。
適度なユーモアと心に残るフレーズ、そして新郎の印象的なエピソードと、参列者はそのスピーチに一気に引き込まれるのです。
確かに、発声の仕方や間のとり方なども訓練しないとできない事柄でしょうが、それもこれも内容が伴わなければ始まりません。
そんな、魅せて聞かせるスピーチのノウハウを織り込みながら、ユーモア満載に語ってくれる本書は、のちの原田マハの作品の印象からすると少々異なったものでもありましたが、実に楽しく読むことができました。
この時点での原田マハの文章のイメージは、異論はあるかもしれませんが『図書館戦争シリーズ』などの有川浩を思い起こさせると言ってもいいかもしれません。
共に、ユーモアに満ちた文章で活発な女性を描き出す点で共通していると思うのです。
本書のあと2012年に発表された『楽園のカンヴァス』で本屋大賞第三位となった原田マハですが、本書のタッチとはまた異なる作品でした。
というよりも、『楽園のカンヴァス』がそれまでの原田マハの作風を一変させた作品だったというべきかもしれません。
それほどにミステリアスでもあり、専門の美術の知識を満載したこれ以降の作品はまた違った意味で魅力的です。
ともあれ、本書はそれとは異なる魅力的な作品であり、このタッチの作品をまた読んでみたいと思う作品でもありました。