すべては一枚の絵画(タブロー)から始まった。あのモネが、ルノワールが、ゴッホが!国立西洋美術館の誕生に隠された奇跡の物語。(「BOOK」データベースより)
本書『美しき愚かものたちのタブロー』は、「松方コレクション」の来歴を物語として読ませてくれる第161回直木賞の候補となった長編小説です。
タイトルの「タブロー」とは「絵画」のことであり、「絵画」にとりつかれた男たちの物語です。
「松方コレクション」とは、川崎造船所(現・川崎重工業)の社長であった松方幸次郎が、本物の芸術に触れる機会が無い日本国民のために美術館をつくろうと思い立ち、そのために集めた数多くの美術品のことを言います。
芸術音痴の私は「松方コレクション」という言葉は知っていたのですが、松方美術館のような専用の美術館があるものと思い込んでいました。ところが、上野の西洋美術館が「松方コレクション」の受け皿であることを本書で知り、驚くしかありませんでした。
「松方コレクション」については、
川崎重工業サイト内のギャラリー 「日本人に、本物の芸術を。松方幸次郎」
を参照してください。
そういう意味では本書は、国立西洋美術館の成り立ちを明らかにした小説でもあります。そのことは著者自身がインタビューに答える中でおっしゃっていることでもあります(原田マハ公式ウェブサイト : 参照)。
そこでは、「設立60周年に合わせて「松方コレクション」を巡る小説を上梓することで、私から国立西洋美術館への餞(はなむけ)の一冊にしたい
」と書いておられます。
本書は、この作者の『暗幕のゲルニカ』や『楽園のカンヴァス』のようなピカソやルソーといった画家自身を描き出した作品群とは異なり、「松方コレクション」の成り立ちという、いわば“近代史”を描いていると言っても良さそうな物語になっています。
そういう意味でも本書に登場する人物は基本的に実在の人物です。
本書の中盤に登場し、重要な役割を果たす日置釭三郎も、松方幸次郎の商売を助け、コレクション蒐集に助力した鈴木商店ロンドン支店長高畑誠一も実在した人たちです。
しかし、本書の語り手として登場する田代雄一という美術史家は日本における西洋美術史家の草分けである矢代幸雄という人物をモデルとした、作者原田マハが作り出した架空の人物だそうです(原田マハ公式ウェブサイト : 参照)。
この人物が松方幸次郎が美術品を買い求める際の助言者の一人になり、戦後の「松方コレクション」返還交渉にも重要な役割を果たしています。
本書のキーマンとして架空の人物を設定し、架空の人物であるがゆえに自由に動かすことができ、物語に幅を持たせたのでしょう。
本書は先にも述べたように、歴史的な事実を基礎に描かれています。
本書の真の主人公とも言えそうな松方幸次郎が総理大臣も務めた松方正義の息子であることや、「松方コレクション」が日本への移送もできず海外に留め置かれていたこと、第二次世界大戦後吉田茂総理が「松方コレクション」の返還に尽力していたことなど、まったく知らないことばかりで、驚きに満ちていました。
そういう私にとっては、本書はある意味ミステリー的な側面を持つ小説でもありました。
本来、本書に書かれている事柄は基本的に歴史的な事実であり、芸術、特に絵画に詳しい方々にとっては自明のことであるかもしれません。
しかし、芸術とのことは全くわからない私にとって、本書で描かれている事実は未知の事柄であり、次第に明らかにされていく「松方コレクション」の実情はまさにミステリアスなことだったのです。
原田マハの、特に絵画に関する書籍群は、面白い小説としても、また知識的な側面でも、どの作品も一読に値する作品だと思います。