『お探し物は図書室まで』とは
本書『お探し物は図書室まで』は2020年11月にポプラ社からハードカバーで刊行され、2023年3月に327頁のポプラ文庫として出版された、長編の心温まる小説です。
2021年本屋大賞第2位ともなった本書は、読みやすく、悪人などどこにもいない心温まるある種のファンタジー小説でもありました。
『お探し物は図書室まで』の簡単なあらすじ
「お探し物は、本ですか?仕事ですか?人生ですか?」。仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。自分が本当に「探している物」に気がつき、明日への活力と希望が満ちていく物語。2021年本屋大賞第2位。(「BOOK」データベースより)
一章 朋香 二十一歳 婦人服販売員
勧められた本 『ぐりとぐら』という絵本
付録 「フライパン」
二章 諒 三十五歳 家具メーカー経理部
勧められた本 『英国国立園芸協会とたのしむ 植物の不思議』
付録 「横たわって眠るキジトラ猫」
三章 夏美 四十歳 元雑誌編集者
勧められた本 石井ゆかりの『月のとびら』
付録 「地球」
四章 浩弥 三十歳 ニート
勧められた本 『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』
付録 「小さな飛行機」
五章 正雄 六十五歳 定年退職
勧められた本 草野心平の『げんげと蛙』
付録は「カニ」
『お探し物は図書室まで』の感想
本書『お探し物は図書室まで』はとても心あたたまる、ほっこりとするいわゆる「いい本」といわれる作品です。
それは悪い意味ではなく、文字通りに良い本であり、読み終えたときにこころがとても心地よい作品です。
本書『お探し物は図書室まで』は、単に司書さんが紹介した作品を読むことで読み手の人生が救われる、という構造ではありません。
単純に言えばそうなのですが、もう一歩踏み込んでみると、単に本を紹介するのではありません。
まず、一見相談事とは無関係そうな本を紹介してくれます。ところが、借りた本にかかわる事柄が起き、結局は借り手である主人公にとってより良い方向へと向かうのです。
その過程で、本を借りるときに司書さんが渡してくれたおまけ、「羊毛フェルト」が小道具として働いてきます。この点もうまい構成だと思います。
こうしたことから、上記の「簡単なあらすじ」にも、司書の小町さゆりさんから勧められた一見無関係な本のタイトルと付録の羊毛フェルトだけを載せています。
また、本書の表紙には「フライパン」や横たわって眠るキジトラ猫」などのいろいろな付録の羊毛フェルトも写真なかにおさめられています。
森永のぞみという若い子も魅力的ですが、小町さゆりという名の司書さんのキャラクター設定がとてもいいのです。
小町さゆりさんは、ものすごく大きな女の人で「穴で冬ごもりしている白熊」、ゴーストバスターズに出てくる「マシュマロン」、ディズニーアニメの「ベイマックス」、「早乙女玄馬のパンダ」、「巨大な鏡餅」などと表現されています。
この小町さゆりさんに「何をお探し?」を声をかけられ、その声の心地よさに引き込まれ探している本の相談をすると、ものすごいスピードでキーボードを叩き、望みの本を探してくれ、ついでに相談事とは無関係な本も紹介してくれます。
そして、本と共に手作りの羊毛フェルトを付録として渡してくれるのです。
ここで、小町さゆりさんのそばに置いてある裁縫道具入れにしているハニードームというソフトクッキーの空き箱が効果的なアイテムとして機能しています。
本書『お探し物は図書室まで』は、ひとことで言えば、小町さゆりさんのもとにやってきた人生に悩める人に対し人生の指針を与えるという話ですが、そうは単純ではありません。
結局は、本を借りに来たひとそれぞれが、自分で自分の悩みを解決し、自分が進む道を探し出していて、その上で、未来に向かって歩きはじめているのです。
例えば第一話では、
エデンの婦人服販売員が「大した仕事じゃない」なんて、とんでもない間違いだった。単に私が「大した仕事をしていない」だけなのだ。
と、自分のすべきことを責任を持ってやり遂げるという、単純だけど第切なことに気付きます。
話を本書の構造に戻すと、本書は連作の短編ではよくある、共通の世界で語られる物語であればこその、他の話の登場人物が再登場する場面があります。
それも、結構重要な役割を持った登場の仕方であり、最終的には、本書は全体として一編の物語であり、話ごとに焦点を当てている人物が異なっているだけという印象すらあるのです。
連作ものだから当たり前と言えば当たり前なのですが、個々人が個人として存在しているのではなく、結局は周りの人と繋がって、互いに助け、助けられながら生きていることを教えてくれているようです。
本書は2021年本屋大賞の候補作となるにふさわしい作品だと思います。
それは、先に述べたように単なるいい話ではなく、物語の構造としてもよく考えられた作品だと思うからであり、内容もそれにふさわしい作品だと感じられるからです。
この作者の他の作品も読んでみたいと思う作品だとも言えるのです。
本書『お探し物は図書室まで』に似た印象の本としては川口俊和の『コーヒーが冷めないうちに』という作品があります。
この作品は、時間旅行をテーマにした、心あたたまる物語で綴られた連作のファンタジー小説です。
一話目から貼られた伏線が、きれいに回収されていく話の流れも個人的には好きですし、重くなり過ぎないように構成された話も嫌いではなく、切なくはありますが面白く読めた作品でした。