佐伯 泰英

柳橋の桜シリーズ

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猪牙の娘 柳橋の桜』とは

 

本書『猪牙の娘 柳橋の桜』は『柳橋の桜シリーズ』の第一弾で、2023年6月に文春文庫から刊行された長編の痛快時代小説です。

佐伯泰英の最近の作品にある女性が主人公となった全四編というミニシリーズですが、個人的には今一つ感情移入できない作品でした。

 

猪牙の娘 柳橋の桜』の簡単なあらすじ

 

吉原や向島などへ行き交う舟が集まる柳橋。神田川と大川が合流する一角に架けられていたその橋の両側には船宿が並び、働く人、遊びに行く人で賑わっていた。柳橋の船宿さがみで働く船頭の広吉には一人娘がいた。名前は桜子。三歳で母親が出奔するが、父親から愛情を受けて育ち、母譲りの器量よしと、八歳から始めた棒術の腕前で、街で人気の娘となる。夢は父親のような船頭になること。そんな桜子に目を付けた、船宿の亭主による「大晦日の趣向」が、思わぬ騒動を巻き起こしー。(「BOOK」データベースより)

 

猪牙の娘 柳橋の桜』の感想

 

本書『猪牙の娘 柳橋の桜』は、船頭になることを夢見ている一人の娘の奮闘記です。

ここで市井の人情ものの時代小説ではよくその名を聞く「柳橋」とは、神田川が大川へと流れ込む土地の名前であり、神田川に設けられた橋の名前でもあります。

近くに両国広小路が控えていることもあり、船宿が増え、花街として繁栄したそうで、本書の主人公の父親も柳橋の船宿「さがみ」で船頭として働いています。

 

柳橋」という地名からは、個人的にはすぐに山本周五郎の『柳橋物語』を思い出していました。

『柳橋物語』は山本周五郎の市井ものに分類される、ただ自分の心を信じて不器用に生き抜いていくおせんという娘の話です。

 

本書『猪牙の娘 柳橋の桜』の主人公桜子は、柳橋の「船宿さがみ」で船頭を務める広吉の娘です。

桜子が三歳の時に母親は男と共に出ていき、父親の乗る猪牙舟と共に育ちました。

母親の美しさを受け継いだ桜子は、父親の愛情のもと、寺子屋を営む横山向兵衛の娘で背は低いけれども才女のお琴こと横山琴女を友として、人気の娘として明るく育っていました。

十二歳となった桜子はそこらの大人と比べても背が高くなっており、娘の将来を心配する広吉に対し、自分の夢は父親のような船頭になることだといいます。

また、桜子が八歳のことから通っていた薬研堀にある棒術道場の道場主の孫である大河内小龍太もまた桜子の支援者の一人となっています。

この棒術は、いざ桜子が船頭として船を操るときも桜子の船頭の腕の上達に役立っていたのでした。

そんな桜子が船頭として、お琴とお琴の従妹で刀の砥師で鑑定家の相良謙左衛門泰道の息子の相良文吉、それに小龍太との都合四人を乗せての舟遊びの帰り、ちょっとした事件に巻き込まれてしまうのです。

 

新しいシリーズが始まるのは佐伯泰英ファンとして実に喜ばしいことですが、本シリーズのようなミニシリーズは微妙なところがあります。

本書の場合でいうと、確かに主要なキャラクターはそれなりに立っていて面白さを感じますが、どうにも『居眠り磐音シリーズ』のようなシリーズと比べると今一つ乗り切れません。

でも、『居眠り磐音シリーズ』は佐伯泰英の作品の中でも一番の人気シリーズなので、そういうシリーズと比べること自体がおかしいのでしょう。

ただ、桜子たちが舟遊びの途中で遭遇する火事騒ぎなど、全四巻という短いシリーズの第一巻である本書で桜子たちを紹介するエピソードとしても、とってつけたとの印象があり、何となくシリーズとしての弱さを感じたのだと思います。

 

そういえば、佐伯泰英が娘を主人公にしたミニシリーズとして『照降町四季シリーズ』(文春文庫全四巻)がありました。

そしてこのシリーズでは「期待が高すぎた」との心象を書いています。もしかしたら本シリーズでも同様のことが言え、当方の期待が高すぎたと言えるのかもしれません。

 

 

ついでに、もう一点不満点を書いておきますと、佐伯泰英の作品に共通して感じる台詞の大時代的な言いまわしがやはり気になります。

如何に侍の子とは言え、老成した印象緒のそのしゃべり方はどうにも素直には受け入れることができないのです。

とはいえ、やはり読み物としての面白さはありますので、続巻を楽しみに待つことになる作品でした。

[投稿日]2023年08月07日  [最終更新日]2023年10月22日
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