本書『梅花下駄 照降町四季(三)』は、『照降町四季シリーズ』の第三弾で、文庫本で345頁という長さの長編の痛快人情時代小説です。
前巻『己丑の大火』の後、江戸の町、そして照降町の復興の様子が描かれるなかで、ひたすら花魁からの依頼に応えようとする佳乃と、旧藩内部の争いから身を置こうとする八頭司周五郎の姿がありました。
『梅花下駄 照降町四季(三)』の簡単なあらすじ
文政12年、大火は江戸を焼き尽くした。佳乃と周五郎は、照降町の御神木を守り抜いたとして町の人々に厚く感謝される。焼けてしまった店の再建を待つ間、舟を店に仕立てた「舟商い」は大繁盛し、人々は復興にむけて精いっぱいの知恵を出し合い、助け合う。
吉原の今をときめく花魁・梅花から「花魁道中で履く三枚歯下駄」の制作を託された佳乃は、工夫を凝らして新しい下駄を作りつつ、この大火で命を落とした江戸の人々の鎮魂のための催しを企画する。佳乃と花魁が企てた前代未聞の催しとは――
そんな中、藩の派閥争いから逃れて職人修業をしていた周五郎のもとに、不吉な一報が。復興のアイデアを出し合う人々の心意気、大店・吉原・職人らが連携して作りあげた、奇跡の風景が心を震わせる。読むほどに元気が出る感動ストーリーが目白押しの第三巻。(出版書誌データベース「内容紹介」より)
『梅花下駄 照降町四季(三)』の感想
前巻の『己丑の大火 照降町四季(二)』では、ただただ八頭司周五郎の活躍だけが目立つ痛快小説というしかない物語になっていました。
本書『梅花下駄 照降町四季(三)』ではさすがに前巻ほど周五郎だけが目立つ構成ではありません。
しかし、今度は佳乃が主人公の人情話というには無理がありそうな展開でした。
というのも佐伯泰英の描く本書『梅花下駄 照降町四季(三)』は、周りの人々の細やかな人情に支えられた佳乃の生き方が描かれているというよりは、女職人佳乃が鼻緒を挿げた高下駄が花魁の足元を飾り、江戸中の喝采を得る、という痛快小説なのです。
また、また八頭司周五郎が中心となる活劇を見せるという意味でも痛快時代小説だとも言えます。
ということは、本『照降町四季シリーズ』は佐伯泰英が描く珍しい人情小説シリーズだと書いたのは、細かなこととはいえ間違いだというべきでしょう。
そういえば、『照降町四季シリーズ』を人情小説と明記し、紹介した文章は無かったかもしれません。
単に、私が勝手に「人情もの」だと決めつけただけのことになります。
ただ、佐伯泰英著『照降町四季シリーズ』特設サイトの中のYouTubeの画面に「江戸の人情あふれる物語」という文字があります。
同じYouTubeの画面は、本書『梅花下駄 照降町四季(三)』の特設サイトの中にもありました。
この『照降町四季シリーズ』は、佳乃が照降町の人々の人情に助けられて鼻緒を挿げる職人として成長していく物語です。
とすれば、本シリーズが人情ものだと言い切っても間違いとまでは言えないと思われ、文言の訂正まではしないでおこうと思います。
ただ、例えば第164回直木賞を受賞した西條奈加の『心淋し川』のような、いわゆる人情時代小説とは異なる物語の運びだとは言っておく必要がありそうです。
そしてもう一点、特に本書『梅花下駄』で気にかかったことがありました。
それは、鼻緒を挿げる女職人という設定はまあいいとして、本書では主人公の佳乃が挿げた吉原の花魁注文の高下駄が人気が出て、佳乃自身ももてはやされるというその点です。
佳乃が問題の下駄に絵まで施したのですからその下駄が人気が出たのは分かります。
しかし、本体の下駄を作ったのは別の職人です。高下駄、それも三本歯の花魁の道行き用の高下駄という難しい注文をこなしたのは伊佐次という下駄職人である筈です。
この伊佐次を抜きにして語られているのがちょっと気になったのです。
ただ、伊佐次への下駄本体の注文も、佳乃が花魁の梅花から仕事を請け、佳乃が下駄本体の仕様も考案して伊佐次に注文を出しているので、そういう意味では佳乃の作った下駄だと言えないこともありません。
そういうことで納得しておくべきなのでしょう。
ともあれ、この『照降町四季シリーズ』もあと一冊となりました。
当初期待した佐伯泰英が描く人情小説という思いは少し違っていましたが、それでも佐伯節のつまった面白い小説ではありました。
その一冊を楽しみに待ちたいと思います。