なんとも不思議な力を持つ三毛猫を陰の主人公とした、連作短編の人情小説です。
玉木大和の小説で、女錠前師を主人公とした『からくりシリーズ』という作品があります。その中に大福という猫が登場するのですが、この猫が実にいい味を出していました。
作者は、この猫が読者に受け入れられたので、「今度は対極にある猫を書いてみたいと思った」と書かれています。おっとりしたどこか犬のようなところのある白猫の大福に対し、サバは正真正銘、俺様で、気まぐれで、我が物顔での猫っぽい猫にしようと思たのだそうです。
この鯖縞模様の三毛猫を中心として、何かいわくありげな売れない絵師の拾楽を主人公に、長屋の面々が人情話を繰り広げます。
この三毛猫が、文化4年8月19日(1807年9月20日)に実際に起きた永代橋崩落事故を予見したことで長屋の住人の命が助かり、以後、この三毛猫は長屋の守り神となり、この長屋は鯖猫長屋と呼ばれるようになったのです。
本書は、猫が中心に据えられた小説ということで、どことなくほのぼのとした雰囲気が物語全体を覆っていることは否定できず、小説に緊張感や毒気を求めている人には向かない物語かもしれません。
でも、主人公の拾楽には義賊「黒ひょっとこ」という名の元盗人という過去があり、全くの能天気なファンタジーという話しでもありません。それなりの時代小説としての基本は踏まえたうえでのファンタジーなのです。
また、このシリーズは連作の短編集として各話でエピソードが語られながらも、全体としてみると一編の長編としての面白さも味わえる構成になっています。
売れない絵描きの拾楽が住む長屋には、まずは拾楽の隣に住む大工の与六と、この長屋を取り仕切るその女房おてるがおり、次に拾楽に想いを寄せるおはまとその兄の貫八兄妹、料理人の利助とその女房おきね、そして第一巻で新しく越してきたお智という娘などのその他の住人らがいます。
そして住まいは別ですがこの長屋の差配の磯兵衛がいて、皆で力を合わせてこの長屋に降りかかる様々な事件を乗り越えていくのです。シリーズ物の魅力の一つにいろいろな登場人物の顔見世がありますが、こうした長屋の住人も一役買っています。
さらに「成田屋」と呼ばれる同心も登場し、本書はその意味でもなかなかに楽しく、読むことができるのです。