『名乗らじ 空也十番勝負(八)』とは
本書『名乗らじ 空也十番勝負(八)』は『空也十番勝負シリーズ』の第八弾で、2022年9月に336頁の文庫本書き下ろしで出版された長編の痛快時代小説です。
シリーズも終盤近くなり、空也の存在も一段と剣豪らしくなっていて、まさに王道の痛快時代小説としてファンタジックな小気味のいい一冊となっています。
『名乗らじ 空也十番勝負(八)』の簡単なあらすじ
安芸広島城下で空也は、自らを狙う武者修行者、佐伯彦次郎の存在を知る。武者修行の最後の地を高野山の麓、内八葉外八葉の姥捨の郷と定め、彦次郎との無用な戦いを避けながら旅を続ける空也。京都愛宕山の修験道で修行の日々を送る中、彦次郎は空也を追い、修行の最後を見届けるため霧子、眉月が江戸から姥捨の郷に入った。(「BOOK」データベースより)
『名乗らじ 空也十番勝負(八)』の感想
本書『名乗らじ 空也十番勝負(八)』は『空也十番勝負シリーズ』の第八弾で、あり得ない強さを持つ主人公の坂崎空也の物語です。
『異変ありや』では上海でのヒーロー空也の姿があり、『風に訊け』では痛快時代小説の定番ともいえるお家騒動ものがあって、それぞれに異なった顔を見せていました。
そして本書『名乗らじ 空也十番勝負(八)』では武者修行中の若武者の大活躍が描かれた痛快時代小説と、これまた王道のエンターテイメント時代小説です。
本『空也十番勝負シリーズ』の主人公坂崎空也は、単に無類の強さを誇るだけではなく、毎日一万回を超える素振りを欠かさないというその人格態度も含めて完璧な人間です。
空也は現実にはあり得ない強さを持つ痛快小説の主人公として、スーパーマン的存在といえるのです。
大衆小説としての痛快時代小説の主人公は皆無類の強さをもつものですが、本書の空也はまさに非の打ち所がありません。
父磐根の親友を斬ったという悲惨な過去も持たず、また斗酒なお辞さない酒飲みである小籐次のような嗜好もありません。
その点では、空也のような若者などいない、と遠ざける人もいそうな気さえするほどであり、そういう意味も込めて冒頭にはファンタジックな物語と書いたのです。
本書『名乗らじ 空也十番勝負(八)』での坂崎空也は、武者修行中の身ではあるものの、江戸の高名な道場の跡取りであることまでも知られている若侍です。
空也自身の人間性はもちろん、そうしたある種有名人ということもあって、安芸広島城下の間宮一刀流道場で暖かく迎え入れてもらえます。
この間宮道場は、前巻の『風に訊け 空也十番勝負(七)』でほんの少しだけ登場していた佐伯彦次郎という武者修行中の若侍がいた道場でした。
金十両という金を賭けて立ち合い、その金をもって修行の旅費とする佐伯彦次郎の生き方は空也には真似のできないものであり、また佐伯彦次郎の故里でも、剣を学んだ道場でも受け入れてはもらえない修行の方法だったのです。
その間宮道場で快く受け入れてもらえ、修行に励む空也でしたが、自分との対決を望んでいるらしい佐伯彦次郎との争いを避け、山陽路を東へと旅立ちます。
播磨姫路城下へと辿り着いた空也は、無外流の道場から追い出された撞木玄太左衛門という男が破れ寺の庭先で町人らを相手に教えている道場で修行をすることになります。
その撞木玄太左衛門という人物もまた高潔な男であり、空也は辻無外流道場の追手から彼を助けながらも江戸の坂崎道場へと誘うのです。
一方、江戸では尚武館へ豊後杵築藩出身の真心影流の兵頭留助という男が何も知らないままに道場破りとして現れていました。
この男と、尚武館に入門したての鵜飼武五郎という若侍とが新たに登場しています。
そこに空也からの紹介という撞木玄太左衛門も現れ、より多彩な人物が揃う道場となっているのです。
十六歳で武者修行へと旅立った空也も今では二十歳となり、高野山の麓にある空也が生まれた地である姥捨の郷で武者修行を終える旨の文を霧子宛に出しています。
そして、十番勝負の終わりも近い空也の今後がどのような展開になるものなのか、このシリーズの終了後の展開が気になるだけです。
もしかしたら、『空也十番勝負シリーズ』をも含めた『居眠り磐音シリーズ』自体が完結することも考えられます。
作者の「夏には、また新しい物語を届けられるよう、鋭意準備中です。」とも文言が見られるだけです。
出来れば、坂崎磐根、空也親子の物語をまだ読み続けたいと思うのですが、どうなりますか。
ただ、新たな作品を待つばかりです。