『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』とは
本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』は『空也十番勝負シリーズ』の第四弾で、2021年11月に文庫本で刊行された317頁の長編の痛快時代小説です。
相変わらずに長崎の島々での逃避行を続けている空也ですが、次第に幕府との絡みが出てくる展開へと移行しています。
『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』の簡単なあらすじ
眉月に縁がある高麗の陸影を望む対馬へと辿り着いた空也。坂崎磐音の嫡子だと知った藩の重臣から藩士への剣術指導を請われ、道場でともに稽古することになる。しかし、朝鮮の剣術家と立ち合う案を断ったことで、藩からの追跡を受ける身に。山越えの途中に立ち寄った杣小屋で出会った、江戸弁を話す小間物商と同道するが…。(「BOOK」データベースより)
空也はいま、五島列島野崎島を後にして対馬の北端にある久ノ下崎にいて、はるかに渋谷眉月の血に流れる高麗の地を眺めていた。
その場所で対馬藩与頭の唐船志十右衛門と出会うものの、唐船志との朝鮮の帆船への同道を断り佐須奈を出立したため唐船志から追われる身となってしまう。
そのまま下島へ向かう途中、対馬藩の阿片密輸を調べている隠密の鵜飼寅吉と名乗る男と出会うのだった。
鵜飼の仕事の手伝いも終わり壱岐の島へと行った空也は、空也を追っている李智幹の息子の李孫督という高麗人から剣の教えを受けていた。
一方、寛政十年正月の江戸では、尚武館小梅村道場にいた薬丸新蔵が薩摩から来た東郷示現流の五人の刺客を退け、行方をくらますのだった。
また磐根のもとを眉月の父親の渋谷重恒や、空也が世話になった肥後人吉藩御番頭常村又次郎が訪れ、空也のことについて話していくのだった。
『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』の感想
本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』では、東郷示現流・酒匂兵衛入道一派の手から逃れ、五島列島から対馬へとたどり着いた空也の姿が描かれます。
とはいえ、江戸の磐根たちの消息もかなり詳しく描かれていて、磐根の息子空也の武者修行の物語でありながらも、やはり磐根シリーズの続編という趣きがかなり強くなって来ているようです。
空也自身の出来事としては、空也の息の根を止めようとする東郷示現流からの討手との戦いの日々という側面があります。
その上で、行く先々の土地特有の流派や腕達者から教えを請いながらの旅の一面は本書でも同様であり、新たに鵜飼寅吉や李孫督という知己を得ることになります。
この『空也十番勝負シリーズ』は、佐伯泰英という作家の作品の中でも剣豪ものと分類できる『密命シリーズ』と同じように、剣の道を志す者、ストイックなその生き方と強さへの憧れを満たしてくれていると思われます。
特に本『空也十番勝負シリーズ』では、若干十六歳の空也が武者修行の旅に出て、十九歳の今ではかなりの腕になっている姿を、いかにも痛快小説の形式で描き出してあるのですから人気があるのも当然だと思われます。
つまりは、若干のご都合主義的な進展と、結果的に誰にも負けない強さを持つ主人公の目を見張る活躍という展開の時代小説であり、読者の興味を引くストーリーがあるのです。
『居眠り磐音シリーズ』も、当初は市井に暮らす素浪人の活躍する物語でしたが、巻を重ねるにつれ磐根の姿も変化し、剣の遣い手としての磐根の姿を描くシリーズとなっていました。
でも、剣の遣い手としてストイックな一面をのぞかせてはいたものの、磐根の立ち位置として身元の確かな腕の立つ浪人という位置づけはそのままでした。
ところがその子の空也の姿を描くこの『空也十番勝負シリーズ』は、まさに『密命シリーズ』同様の剣豪ものと言える雰囲気を持っています。
それに加えて『居眠り磐音シリーズ』の登場人物もまたそのままに登場し、磐根の物語の続編としての面白さも持っているのですから、面白くないはずがありません。
さらには、本『空也十番勝負シリーズ』では肥後藩人吉から始まり、薩摩、そして再び肥後八代を経て五島列島、そして対馬、壱岐と熊本、長崎を旅しており、その土地々々の歴史などが紹介してあるのも興味を惹きます
こうして本書『異郷のぞみし 空也十番勝負(四)決定版』もまた佐伯泰英の作品らしい物語として、気楽に楽しく読める作品だと言えるのです。