本書『おこん春暦 新・居眠り磐音』は、佐伯泰英本人のあとがきも含めて文庫本で327頁になる『居眠り磐音スピンオフシリーズ』第三弾の時代小説集です。
小説集とはいっても中編が二本収められている作品で、共におこんの今津屋奉公前の話が描かれた、面白く読んだ作品です。
『おこん春暦 新・居眠り磐音』の簡単なあらすじ
父親の金兵衛と二人で暮らす十四歳のおこん。その長屋にある日、下野国から訳ありの侍・曽我蔵之助夫婦が幼子を連れて流れ着く。母を亡くしたばかりのおこんに姉のように接してくれる女房の達子だったが―。「妹と姉」に加え、今津屋番頭の由蔵との出会いをきっかけに奉公に至る「跡継ぎ」と、若き日のおこんを描いた新作二編。(「BOOK」データベースより)
第一話 姉と妹
おこん十四歳。夏が来れば母親の一周忌もくるある春の日、曽我内蔵助と名乗る妻子連れの浪人者が空店に住まわせて貰いたいと訪ねてきた。
下野国黒羽藩の山守であって、山を住み家とする杣人と同じ暮しをしていたという曽我内蔵助は、切り出された山の木を巡る不正に気付き、黒羽藩の殿様に直訴すべく江戸へと出てきたというのだった。
第二話 跡継ぎ
曽我内蔵助の一件が片付いたあと、おこんは偶然に今津屋の番頭の由蔵と出会い今津屋へ奉公することとなった。
父親の金兵衛と共に今津屋へ挨拶に行った帰り、おこんと金蔵親子に一見十七、八歳に見える怪しげな男が由蔵との関りを尋ねてきた。
金兵衛が追い払ったものの、その男は由蔵に付きまとい、由蔵の大坂で奉公していた時の話で、淡路という店にいた薄雲という女の名を出してきたのだった。
『おこん春暦 新・居眠り磐音』の感想
本書『おこん春暦 新・居眠り磐音』は、いまだ十四歳のおこんの話であり、磐根の姿は全くありません。
あと数年で女としての身体もでき上り道行く人も振り返るほどの娘に育つだろうと言われ、またしっかり者の片りんを見せている様子が描かれています。
ただ、十四歳という設定にしては少々しっかりしすぎているとも感じましたが、改めて言うほどのことではない、とも思われます。
そんな印象を持つほどに本書でのおこんは十四歳とは思えないのです。
第一話では、おこんは金兵衛長屋に部屋を貸して欲しいと現れた曽我内蔵助の女房の達子と姉と妹のように仲良くなります。
でも、江戸に不慣れな達子の世話を焼くおこんは、達子からも十四歳とは思えないとくりかえし指摘されます。
この内蔵助が、おこん十四歳の春から夏へと移ろう短い間に金兵衛長屋に住まい、抱えている藩の重大事の解決のために金兵衛が相談に乗ることになります。
そこで、本編の決定版『居眠り磐音シリーズ』(旧版は『居眠り磐音御伽草子シリーズ』)では南町奉行所の与力笹塚孫一の右腕的存在として登場する定町廻り同心の木下一郎太の父親木下三郎助が登場し、その下で十手を持つ佐吉と共に助力するのです。
第二話では、おこんの物語と言うよりは、当時はまだ両替屋今津屋の老分となる前の筆頭支配人であった由蔵の今津屋を守ろうと働く姿が主に描かれます。
役者小僧の卯之助という男が、由蔵が大坂へ修行に行っていた時の出来事をもって今津屋に狙いを定め乗り込もうとしてくる事態を回避しようとする物語です。
そこには一郎太の父親の木下三郎助やその手下の佐吉が由蔵を助け力になる姿もあり、同時に、十六歳になった一郎太もまた登場してきます。
とはいっても、おこんが今津屋に福運をもたらしそうな娘として今津屋の当代吉右衛門や跡継ぎの総太郎の嫁のお艶らに可愛がられ、奥向きの女中として奉公し始めるときの話であり、おこんもまた由蔵の話に深くかかわってくるのです。
ここで、事件のあらましをおこんに話すという設定には疑問もないとは言えません。
いくらおこんがしっかりしているからといって、若干十四歳の娘に由蔵の大坂での修業時代の出来事、それも若旦那の話が絡む命のやり取りの理由を話すことがあるかと思ったのです。
でも、この点もまた目くじらを立てて文句を言うような話ではないでしょう。
それどころか、当時の十四歳はもう一人前であり、おこんはその中でも一段としっかりとしているというのですから、あながち無理な設定でもないのかもしれません。
ちなみに、今津屋が大番頭のことを「老分」と呼ぶのは大坂商人に学んだ名残だと本文中にありました。
今津屋の先祖は相模の出身ですが、金銭に倹(つま)しい大坂商人に倣って奉公人を鍛えるためにこれと見込んだ奉公人を大坂に修行に出す習わしなのだそうです。
Precious.jp を参照してください。