本書『初午祝言 新・居眠り磐音』は、文庫本で334頁の『居眠り磐音スピンオフシリーズ』第三弾の短編時代小説集です。
本編の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の重要な登場人物の一人である品川柳次郎の婚儀の様子や、磐根と出会う前の笹塚孫一らの姿が描かれた、楽しく読めた一篇でした。
『初午祝言 新・居眠り磐音』の簡単なあらすじ
貧乏御家人の品川柳次郎が幼馴染みのお有と祝言を迎えるまでの表題作をはじめ、南町奉行所の名物与力・笹塚孫一がまだ十七歳のときに謀略で父を失った経緯を描く「不思議井戸」、刀剣の研ぎ師・鵜飼百助が半日、用心棒として坂崎磐音を雇う「半日弟子」など、磐音をめぐる人々の在りし日を取り上げた五編、待望の書き下ろし。(「BOOK」データベースより)
第一話 初午祝言
磐根とおこんのいないなか、御典医の桂川甫周、桜子を仲人に、竹村武左衛門や南町奉行所与力の笹塚孫市、今津屋の老分番頭の由蔵、それにおこんの名代としての金兵衛など『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の登場人物の立ち合いのもと、品川柳次郎とお有との祝言は執り行われたのだった。
第二話 幻の夏
唐傘長屋住まいのおそめは、母親の出産のために、一時小さな漁村の平井浜にある母親おきんの実家へと帰ることになった。そこで産婆も兼ねている網元の婆様に挨拶に行くと、婆様はひたすらに絵を描いているのだった。
第三話 不思議井戸
笹塚孫一が十七歳の夏、父親の笹塚中右衛門が小伝馬町牢屋敷で首を括り自裁したために、南町奉行所見習い与力となった。新たな南町奉行の内与力筆頭である今朝貫右門は、五十両の礼金が必要だとして中右衛門の病死届を受理しない。孫市は仲間の見習七人衆の力を借り、父親の死の真相を暴くのだった。
第四話 用心棒と娘掏摸
十九歳になる女掏摸のあかねは浪々の剣術家の向田源兵衛と知り合い、あかねは江戸までの道案内を、源兵衛はあかねの用心棒をする約束でともに旅をすることになった。あかねが武家を相手に掏摸仕事をしたところ、付け狙われるようになっており、一方、源兵衛も何かいわくがありそうな旅だった。
第五話 半日弟子
磐根は鵜飼百助に刀の研ぎを頼んだことから、浅草福富町の居合術道場の二宮作兵衛と半蔵御門外麹町の定火消の旗本石室飛騨守義武へ、研ぎ上がった刀を届ける付き添い仕事を頼まれた。二宮作兵衛の方は人格者だったが、石室飛騨守は三百人の臥煙を擁する強請たかりまがいの嫌われ者だった。
『初午祝言 新・居眠り磐音』の感想
本書『初午祝言 新・居眠り磐音』は、磐根の用心棒仲間の品川柳次郎、唐傘長屋のおそめ、南町奉行所の名物与力である笹塚孫一、殴られ屋の浪人向田源兵衛、研ぎ師の鵜飼百助といった面々の物語です。
このスピンオフシリーズを読むごとに、本編の『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』を読み返したくなっています。
できれば「決定版」として新しくなった『居眠り磐音シリーズ』を読みたいところですが、残念ながらわが図書館には入っていないので古いバージョンを読もうと思っています。
自分で買えと言われそうですが、それもままなりません。
それはともかく、本書『初午祝言 新・居眠り磐音』の各話を見ていくと、まず表題にもなっている「第一話 初午祝言」は、描かれている事柄が品川柳次郎とお有の祝言の一夜ということからあまり書くこともないのか、若干説明的な文章が続いています。
特に柳次郎の話し方が磐根のそれと同様の武家言葉、それも若者とは思えない話し方になっているのが気になりました。
『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の当初からこのようであったものか、シリーズを最初から読み直した際に確認すると、当然武家言葉ではあるものの本書ほどではありませんでした。
「第二話 幻の夏」は、後に幸吉と共に磐根と知り合うおそめの幼い頃の物語で、おそめが絵に出会ったエピソードが語られます。
この話は、著者佐伯泰英自身の言葉で、「深川の裏長屋育ちのおそめが、なぜある時期から縫箔という絵心・美的感覚を要する細かい手技の根気仕事、女職人を目指すようになったか。おそめの幼い折り、偶然にも「絵」に接した経験を昨年刊の『初午祝言』に続いて新たに付け加え、後々おそめが縫箔職人を目指すことになった切っ掛けのエピソードをモティーフにしました。」と述べています。( 佐伯泰英・著「居眠り磐音シリーズ」特設サイト : 参照 )
「第三話 不思議井戸」は、後に磐根を利用して悪事を暴いた際に没収した金を全部奉行所で巻き上げてしまうことで名の知れた笹塚孫一の若い頃が描かれています。
没収した金を皆江戸の犯罪対策へとつぎ込んでしまい、一銭もふところに入れることのない、そして、後々まで磐根たちを見守ることになる笹付孫一の姿です。
「第四話 用心棒と娘掏摸」の登場人物であるあかねも、そして源兵衛もその存在に全く記憶がありませんでした。
二人とも登場していたのか、どちらか一方が登場してきていたのかすら分からないのですから、単なる娘と浪人の道行きでしかなく、感想の持ちようもないというところです。
調べてみたところ、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』第二十五巻の『白桐ノ夢』に出てきていました。
そういえば、殴られ屋の浪人がいたことをおぼろげに思い出しました。つまりは殴られ屋になったいきさつがここで明らかにされたことになります。
「第五話 半日弟子」は、磐根の活躍が主軸の痛快な一編であり、まさに磐根シリーズの面目躍如といった話でした。
前話「用心棒と娘掏摸」と同様に本編の内容を覚えていなくても関係はありません。単純に本書のここでの話だけを楽しめる作品です。
本書『初午祝言 新・居眠り磐音』はスピンオフ作品として気楽に読める作品として仕上がっています。