『小麦の法廷』とは
本書『小麦の法廷』は、2020年11月に291頁のソフトカバー版で、2022年10月に264頁の文庫版で刊行された長編のサスペンス小説です。
タイトルに「法廷」とはあるものの法廷場面はあまりなく、法律を知悉したアウトローを相手に法廷外で奮闘する小麦の姿が描かれている、いつも通りの軽くて読みやすい木内一裕作品です。
『小麦の法廷』の簡単なあらすじ
杉浦小麦、二十五歳の女性弁護士。初めての担当は、仲間内で起きた傷害事件。罪を認める被疑者との面会を終え拘置所を出た小麦は、大勢のマスコミに囲まれてしまう。「あなたは、殺人犯のアリバイ作りに協力しているんですか!?」彼女が偶然引き受けた国選弁護の仕事が世間を震撼させる大事件へと変貌する。(「BOOK」データベースより)
本書の主人公、新人弁護士杉浦小麦はいわゆる空き家問題で、菅原道春という名の行方不明の相続人調査の案件を抱えていた。
そこに、新人弁護士にとっては貴重な収入源である国選弁護の案件を受けることになり、仲間内の傷害事件であって被告人も起訴内容を全面的に認めている、いわゆる「いい案件」を受任する。
被告人の中尾雄大は酔って同僚である隅田賢人を殴り怪我をさせたという事件で、情状証人に本件の目撃者である日南商会社長の津川克之がいるらしい。
簡単な案件のはずだった。ところが警視庁捜査一課の刑事が訪れてきて、中尾雄大の事件は、今世間を騒がせている事件の真犯人がアリバイ作りのために捕まった偽装だというのだ。
被告人との接見を終えた小麦は、待ち構えていたマスコミに対し無罪を勝ち取ると宣言してしまう。
『小麦の法廷』の感想
木内一裕の作品群は、とてもテンポのいい文章であることを特徴の一つとしています。それに物語がコンパクトであり、その中でうまくまとめられている印象があります。
例えば、先日読んだ『飛べないカラス』やこの作者の一番の人気シリーズともいえる『矢能シリーズ』にしてもそうです。
これらの作品はどちらも探偵ものですが、ともに主人公が関係する事件が個人的な事柄への対応を描きだしている印象なのです。
それ以上に、おおきな組織との関り、それも国家などの巨大組織とのからみはありません。せいぜい暴力団、それも小さな組織が関係するくらいです。
もともとハードボイルド小説は、チャンドラーの人気シリーズであるフィリップ・マーロウ・シリーズの『ロング・グッドバイ』などを見ても、舞台があまり広くない印象があります。
木内一裕の物語も同じで物語世界はまとまっています。だからといって話が面白くないというわけではなく、ストーリー展開は私の好みに合致するのです。
本書『小麦の法廷』もそうで、元レスリング選手の新人弁護士である主人公、杉浦小麦の活躍が大きな仕掛けはなく描かれています。
つまりはダイナミックにスケール大きく展開する物語というわけではなく、軽く読み進めることができる作品です。
とはいえ主人公まで小さくまとまっているわけではなく、主人公小麦のレスリング選手としての経験からか、度胸だけはベテラン弁護士のようで、当たって砕けろ式でぶつかっていく様は心地よくもあります。
ただ、序盤の小麦の化粧への挑戦の場面や指導弁護士の蟹江弁護士の電話に対する愚痴の場面など、少々間延びした印象を受ける箇所もあるにはありました。
更には、小麦の指導担当弁護士である蟹江弁護士はたまにユーモラスな振る舞いを見せるものの、あまりその存在感を見せず、もう少し活躍の場があってもいいかなという思いもありました。
小麦の助っ人としては、小麦が中学生の時に母親と離婚し、ロースクールの頃に逮捕され現在も静岡刑務所に服役中の父親である磯村麦がいます。
この父親が裏社会には詳しいらしく、小麦にアドバイスをくれるのです。それも具体的な助言ではなく、小麦が自力で解決法を見つけることができるようなアドバイスです。
父親が刑務所に入ることになった原因が官側の法律の拡大解釈にある、という点は裁判所の判断が入ることを思うと少々疑問がありますが、それでもこの父親は魅力的です。
今後もし本書『小麦の法廷』がシリーズ化されるとすれば当然登場してくる存在でしょう。
しかし、その他の展開は小気味いいもので、楽しく読み進めることができた作品ですし、シリーズ化を期待したい作品でした。