本書『インジョーカー』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第四弾の、文庫本で400頁の長編の警察小説です。
本書から少しシリーズの色が変わりアクション性が強くなった印象がありますが、それでもなお面白いエンタテイメント小説です。
躊躇なく被疑者を殴り、同僚にカネを低利で貸し付けて飼いならし、暴力団や中国マフィアと手を結ぶ―。その美貌からは想像もつかない手法で数々の難事件を解決してきた警視庁上野署組織犯罪対策課の八神瑛子が、外国人技能実習生の犯罪に直面する。日本の企業で使い捨ての境遇を受けたベトナム人とネパール人が、暴力団から七千万円を奪ったのだ。だが、瑛子は夫を殺した犯人を突き止めて以来、刑事としての目的を見失っていた。そんな彼女に監察の手が伸びる。刑事生命が絶たれる危機。それでも瑛子は事件の闇を暴くことができるのか。「このまま、お前も堕ちていくのか?」(「BOOK」データベースより)
本書『インジョーカー』は、これまでの本『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』作品とは異なって若干の社会性を持った内容となっています。
まず、冒頭から八神瑛子が家宅捜索で乗り込む現場はいわゆる「貧困ビジネス」といわれる集合住宅です。
「貧困ビジネス」とは社会的弱者や生活困窮者を利用して稼ぐビジネスの総称を言うそうですが、このシリーズではそうした社会的な事柄をテーマにしたことはありませんでした。
この作者の作品を全部読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、深町秋生という作家は社会性を持った作品はあまり書いていないように思えます。
どちらかというと『探偵は女手ひとつ』のようなハードボイルドミステリーと言われる作品、もしくはそれにバイオレンスが加わった作品が多いのではないでしょうか。
そもそも、前巻で八神瑛子の夫の死の真相を暴き出すという目的について一応の結果も出ており、シリーズ終了という言葉こそないもののこの『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は終了したものと思っていました。
ところが本書『インジョーカー』は、軽い社会性を持った作品として再開したのです。
それも「貧困ビジネス」を物語の入り口として、外国人労働者の問題というトピカルな話題をメインテーマとしての再開です。
そうなると、当然、外国人労働者の問題が強調された社会性の強い物語としての展開を想像していたのですが、結果的にはこれまでのシリーズの各作品と同様のアクション性の強い物語でした。
勿論、それがいけないとかいうことではなく、単に予想と異なったというだけのことです。
それでも、八神瑛子の刑事としての、というよりも八神の人間としての存在理由に疑義を突き付けられている内容自体は関心の持てるものでした。
ただ、その点の苦悩など、八神自身の描写があまりないことは若干残念材料でもありました。
とはいえ、これまで同様のアクション面に重きを置いた物語という意味では安定していて、ぶれていないとは言えるでしょう。あとは好みの問題だと思います。
女性刑事のありようにまで配慮してある『姫川玲子シリーズ』や、家庭を持った女刑事である『女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ』を始めとして、女性刑事が主人公の物語はかなりの数に上りますが、中でも本書は一番アクション性が強いと言えるかもしれません。
どれを選ぶかは読者の個人の嗜好によりますが、個人的には女性刑事を主人公にした作品の中では面白い方に属すると思います。
本書『インジョーカー』では富永署長の存在感がどんどん増してきています。
八神の対立者として登場してきたと思ったら、シリーズが進むにつれその軸足が八神側に移っている印象の富永署長の立ち位置がこれからの関心事になりそうです。
また、警察庁長官官房長となった能代英康など、八神を取り巻く環境が何となくきな臭くなっています。
これからのこのシリーズの方向性が何となく見えてきたような気もする本書でした。