『インジョーカー』とは
本書『インジョーカー』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第四弾で、2018年7月に刊行されて2020年8月に400頁で文庫化された長編の警察小説です。
本書から少しシリーズの色が変わりアクション性が強くなった印象がありますが、それでもなお面白いエンタテイメント小説です。
『インジョーカー』の簡単なあらすじ
躊躇なく被疑者を殴り、同僚を飼いならし、ヤクザと手を結ぶーその美貌からは想像できない手法で犯人を挙げ続けてきた八神が外国人技能実習生の犯罪に直面。企業から使い捨ての扱いを受けるベトナム人らが暴力団の金を奪ったのだ。だが八神は刑事の道に迷い、監察から厳しいマークを受けてもいた。刑事生命の危機を越え、事件の闇を暴けるのか?(「BOOK」データベースより)
『インジョーカー』の感想
本書『インジョーカー』は、これまでの本『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』作品とは異なって若干の社会性を持った内容となっています。
まず、冒頭から八神瑛子が家宅捜索で乗り込む現場はいわゆる「貧困ビジネス」といわれる集合住宅です。
「貧困ビジネス」とは社会的弱者や生活困窮者を利用して稼ぐビジネスの総称を言うそうですが、このシリーズではそうした社会的な事柄をテーマにしたことはありませんでした。
この作者の作品を全部読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、深町秋生という作家は社会性を持った作品はあまり書いていないように思えます。
どちらかというと『探偵は女手ひとつ』のようなハードボイルドミステリーと言われる作品、もしくはそれにバイオレンスが加わった作品が多いのではないでしょうか。
そもそも、前巻で八神瑛子の夫の死の真相を暴き出すという目的について一応の結果も出ており、シリーズ終了という言葉こそないもののこの『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は終了したものと思っていました。
ところが本書『インジョーカー』は、軽い社会性を持った作品として再開したのです。
それも「貧困ビジネス」を物語の入り口として、外国人労働者の問題というトピカルな話題をメインテーマとしての再開です。
そうなると、当然、外国人労働者の問題が強調された社会性の強い物語としての展開を想像していたのですが、結果的にはこれまでのシリーズの各作品と同様のアクション性の強い物語でした。
勿論、それがいけないとかいうことではなく、単に予想と異なったというだけのことです。
それでも、八神瑛子の刑事としての、というよりも八神の人間としての存在理由に疑義を突き付けられている内容自体は関心の持てるものでした。
ただ、その点の苦悩など、八神自身の描写があまりないことは若干残念材料でもありました。
とはいえ、これまで同様のアクション面に重きを置いた物語という意味では安定していて、ぶれていないとは言えるでしょう。あとは好みの問題だと思います。
女性刑事のありようにまで配慮してある『姫川玲子シリーズ』や、家庭を持った女刑事である『女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ』を始めとして、女性刑事が主人公の物語はかなりの数に上りますが、中でも本書は一番アクション性が強いと言えるかもしれません。
どれを選ぶかは読者の個人の嗜好によりますが、個人的には女性刑事を主人公にした作品の中では面白い方に属すると思います。
本書『インジョーカー』では富永署長の存在感がどんどん増してきています。
八神の対立者として登場してきたと思ったら、シリーズが進むにつれその軸足が八神側に移っている印象の富永署長の立ち位置がこれからの関心事になりそうです。
また、警察庁長官官房長となった能代英康など、八神を取り巻く環境が何となくきな臭くなっています。
これからのこのシリーズの方向性が何となく見えてきたような気もする本書でした。