『ブラッディ・ファミリー』とは
本書『ブラッディ・ファミリー』は監察官黒滝シリーズ』の第二弾で、2022年4月に新潮社から414頁の文庫本書き下ろしで刊行された長編の警察小説です。
今回はまさに監察官としての黒滝および彼の仲間の活躍が描かれていますが、深町秋生の物語としては今一つの印象でした。
『ブラッディ・ファミリー』の簡単なあらすじ
女性刑事が命を絶った。彼女を死に追いつめたのは、伊豆倉陽一。問題を起こし続ける不良警官だ。そして、陽一の父、伊豆倉知憲は警察庁長官の座を約束されたエリートだった。愚直なまでに正義を貫く相馬美貴警視と、非合法な手段を辞さぬ“ドッグ・メーカー”黒滝誠治警部補。ふたりは監察として日本警察最大の禁忌に足を踏み入れてゆくー。父と息子の血塗られた絆を描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)
『ブラッディ・ファミリー』の感想
本書『ブラッディ・ファミリー』は、警察機構のトップになろうとする権力者や彼の顔色をうかがう公安を始めとする警察内部の上層部を相手に戦う、監察官たちの姿が描かれています。
もちろん、警視庁人事一課監察係に勤務する黒滝誠治警部補を中心として、シリーズ第一巻の『ドッグ・メーカー』に登場してきた相馬美貴警視や白幡一登警務部長らも登場しています。
また、敵役も将来の警察庁長官と目されている超エリートである警察内部の権力者であり、直接にはその息子の不良警察官です。
王子署生活安全総務課に勤務していた波木愛純という女性警察官が、同僚の伊豆倉陽一部長刑事に性的暴行を受け団地の十四階から飛び降り自殺で死亡したという事件が起きます。
この事件は、伊豆倉陽一の父親の伊豆倉知憲が将来の警察庁長官と言われる実力者だったために、王子署の監察係も立件できずに終わっていました。
さらには、現在の陽一は警視庁公安部外事二課へと異動させられており、防諜のプロたちにより守られているのです。
本書『ブラッディ・ファミリー』の登場人物は、もちろん主人公は警視庁人事一課監察係に勤務する黒滝誠治警部補です。
この黒滝が波木愛純の遺書を手に入れる場面から物語は始まります。
この件に関しては人事一課長の吹越敏郎は頭ごなしに中止を命じてきましたが、黒滝の直属の上司である相馬美貴警視も了解しており、その背後に吹越の上司にあたる警務部長の白幡一登も認めている事件だったために黙らざるを得ません。
しかしながら伊豆倉知憲の息のかかった公安部外事二課やかつて黒滝が逮捕したこともある轡田隆盛を代表とする大日本憂志塾という弱小右翼の塾生を使って圧力をかけてくるのでした。
このように、本書では前作の『ドッグ・メーカー』以上に監察官としての黒滝誠治警部補の姿が描かれています。
同時に、警察内部の権力争い、その中での白幡一登警務部長の策士としての顔などが一段と明確に示されています。
また、そうした権力争いの中での相馬美貴警視の自分の警察官としての力量に対する苦悩も記されていて、単なるアクション小説を越えた面白さを持った小説であると言えます。
しかしながら、今回の直接のターゲットの不行跡はあまりに安直に過ぎ、いくらエリートでもかばい切れるものではないだろうという疑問点ばかりが湧いてきました。
つまりは、本書については小説のリアリティがないと感じ、感情移入しにくい作品だったのです。
本来、本書『ブラッディ・ファミリー』のような個性豊かなはみ出し者を主人公とするエンターテイメント小説では荒唐無稽をこそ旨とし、少々のことは無視してストーリーを展開させても痛快さや爽快感さえ得られればよしとされるものだと思います。
しかしながら、そうした通俗的なエンターテイメント小説でもその世界なりのリアリティが必要であり、その点を踏み誤った作品には感情移入できません。
その点で私の好みから微妙に外れているというほかなく、全体としてそれなりに面白い作品ではあるものの、肝心な点でリアリティを欠く作品であり、深町秋生作品としては今一つと感じた次第です。