魔笛

白昼、渋谷のスクランブル交差点で爆弾テロ!二千個の鋼鉄球が一瞬のうちに多くの人生を奪った。新興宗教の教祖に死刑判決が下された直後だった。妻が獄中にいる複雑な事情を抱えた刑事鳴尾良輔は実行犯の照屋礼子を突きとめるが、彼女はかつて公安が教団に送り込んだ人物だった。迫真の野沢サスペンス。 (「BOOK」データベースより)

これまで多くの警察小説を読んできましたが、本書はその中でもかなり毛色の変わった警察小説だと思います。それは、物語の内容についてもそうなのですが、物語の構成も違うのです。警察小説というと推理小説になってしまいそうですが、そうではなく、犯人の心理を緻密に追いかけたサスペンスに満ちた物語です。

本書はその冒頭に明記してあるのですが、かつてわが国で社会問題になったある新興宗教を思わせる団体の信者で、教祖の死刑判決に合わせて渋谷での大量殺人行為を起こした罪で収監されている照屋礼子の手記の形をとっています。

物語の叙述そのものは第三者目線の客観的な描き方をしてあります。ところが、客観的な描写の中に記述者である犯人の主観が唐突にはいってきたりもしていて、読み手が若干混乱する場面もあります。少なくとも私はそうでした。第三者目線の描写に慣れていると、突然この物語は犯人の手記なんだと現実に引き戻されるのです。

また犯人の主観、内心の状態が緻密に描写されていながら、語り口はまるでレポートのようで、全体としては冷めた印象の叙述で貫かれているのですから、読み手の戸惑いは増すばかりです。ここらは作者の計算なのでしょう。

探偵役の鳴尾刑事は、渋谷のテロリストの捜査の過程で、獄中の妻の助けをうけながら犯人である照屋礼子に迫っていくのですが、その過程で新興宗教「メシア神道」の内実にも迫ることになります。それはつまりは公安の闇の部分にも迫ることになるという、これまたよくあると言ってもいい設定ではあるのです。

この過程が実にサスペンスフルな描写になっているのですが、今度は、鳴尾とその妻との関係が何となくあいまいに思えてきます。言わば犯人の主観で描かれているこの物語なので、鳴海とその妻との描写は薄くなるのも仕方ないのかもしれませんが、そのほかの個所では客観的な描写が徹底しているのですから、探偵役の二人の内心の描写が薄いのはとにかく残念でした。

途中で、樋口毅宏の『さらば雑司ケ谷』とその続編の『雑司ヶ谷R.I.P. 』という作品を思い浮かべていました。内容は全く異なる小説ですが、新興宗教をモチーフにその教祖の子供のエロスとバイオレンスたっぷりの漫画のような小説であり、本書とはその内容をかなり異にしますが、坂上輪水という新興宗教の教祖の内面を追い掛けているというその一点において似たものを感じたのでしょう。

『さらば雑司ケ谷』のほうは個人的には今一つと感じたのですが、本書はかなり好みにに近く、いくつかの不満点はあるものの一気に読み終えてしまいました。

野沢 尚

1960年、愛知県名古屋市生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業。
1983年第9回城戸賞受賞。
1990年「愛の世界」 平成2年度文化庁芸術作品賞
1992年「雀色時」 平成4年度文化庁芸術作品賞
1994年「集団左遷」 第18回日本アカデミー賞優秀脚本賞。
1985年テレビドラマ「殺して、あなた」で脚本家デビュー。以後テレビ、映画で活躍。
1997年「破線のマリス」で第43回江戸川乱歩賞受賞。同年「恋愛時代」で第4回島清恋愛文学賞受賞。
1998年「ネット・バイオレンス」第27回放送文化基金賞・本賞受賞
1999年テレビドラマ「結婚前夜」「眠れる森」で第17回向田邦子賞受賞。
2001年「深紅」第22回吉川英治文学新人賞受賞。
2002年 『反乱のボヤージュ』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。
2005年「砦なき者」などの脚本で第29回エランドール賞特別賞受賞。

テレビ作品
「親愛なる者へ」「青い鳥」「氷の世界」「水曜の情事」ほか。映画作品「マリリンに逢いたい」「その男凶暴につき」「ラストソング」「深紅」ほか。小説「リミット」「呼人」「砦なき者」「魔笛」「ひたひたと」「龍時03-04」「ふたたびの恋」「殺し屋シュウ」「烈火の月」ほか。
野沢尚公式サイト プロフィール : 参照)

野沢尚という人は、プロフィールを見ても分かるように、脚本家としてかなり名を馳せた人でした。テレビのドラマはほとんど見ない私が珍しく感心したNHKのドラマ「坂の上の雲」の脚本も、この人の書いたものをもとにしているというのには驚きました。ただ、残念ながらその脚本がドラマ化される前に、この人は自ら命を絶たれたそうで、「坂の上の雲」の脚本は野沢尚のものをもとにスタッフが書きあげられたそうです。

脚本家として素晴らしい仕事をしているのと同様に、小説の世界でも江戸川乱歩賞を始めとする各賞を受賞されています。

私はこの作家の作品は未だ一冊しか読んでいませんが、これまで読んだいろいろな小説からするとかなり毛色の変わった警察小説だということが出来るでしょう。このあとも、なお読んでみた上で更新したいと思います。

孤狼の血

孤狼の血』とは

 

本書『孤狼の血』は『孤狼の血シリーズ』第一巻目であり、2015年8月に刊行され、2017年8月に464頁の文庫本として出版された長編の警察小説です。

暴力団と癒着している刑事とそこに配属された正義感に満ちた新米刑事との姿を描く、この作家のこれまでの作風とは異なる、しかしかなり面白く読むことができたエンターテイメント小説でした。

 

孤狼の血』の簡単なあらすじ

 

昭和63年、広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡は、ヤクザとの癒着を噂される刑事・大上とコンビを組むことに。飢えた狼のごとく強引に違法捜査を繰り返す大上に戸惑いながらも、日岡は仁義なき極道の男たちに挑んでいく。やがて金融会社社員失踪事件を皮切りに、暴力団同士の抗争が勃発。衝突を食い止めるため、大上が思いも寄らない大胆な秘策を打ち出すが…。正義とは何か。血湧き肉躍る、男たちの闘いがはじまる。(「BOOK」データベースより)

 

孤狼の血』の感想

 

本書『孤狼の血』についての第一印象は、何と言っても菅原文太主演の映画『仁義なき戦い』を彷彿とさせる物語の面白さです。本書についてのどのレビューを読んでも『仁義なき戦い』という言葉が出てこないものはありません。

広島弁が、それも極道の発する広島弁が全編を飛び交います。小説としてのインパクトの強さで言ったら近年で一番だったかもしれません。

 

 

なにせ、本書『孤狼の血』の冒頭で、新人の日岡秀一に対しいきなり「二課のけじめはヤクザと同じよ」と言い切ってしまうキャラクターが登場するのですから強烈です。

この男は大上章吾という捜査二課の班長であるにもかかわらず、日岡に街で会ったヤクザに対し喧嘩を売らせ、挙句にはヤクザから訳の分からない金をためらいもなく受け取ります。

 

同じリアリティーのある極道のような刑事が出てくる小説であっても、『悪果』のような黒川博行の小説の登場人物ともまた異なります。

それは同じ極道であっても、大阪弁と広島弁との差なのかもしれませんが、それよりも黒川版では会話にどこかコミカルなニュアンスが漂っていますが、本書の場合はそれはないのが大きい気がします。

文字通り『仁義なき戦い』の世界で交わされる広島弁なのです。

 

 

そう言えば、黒川博行の『疫病神シリーズ』に、主人公の一人である桑原の兄貴分として二蝶会若頭の嶋田というのキャラクターがいます。

この人物の登場場面はあまり無いのですが、どことなくコミカルでありながらも、極道としての貫禄を持っているのです。特に直木賞を受賞した『破門』という作品の中で存在感を見せる場面があります。

そうした場面を見ると、この男からコミカルな側面を取り去ると本書の登場人物の一人を彷彿とさせる人物像が出来上がりそうです。

 

 

本書『孤狼の血』では、古くからの極道と新興のやくざとの一触即発の雰囲気の中、大上は日岡を連れて何とか抗争を回避すべく動き回ります。

しかしながら、大上のとる行動は一般社会のルールを逸脱したものであり、正義感に燃える日岡はその狭間に立ち悩まざるを得ません。

「正義」とは何かを問うこの物語は、圧倒的な存在感を持って読者を引き付け、強烈なメッセージを残します。そして、エピローグになり本書のタイトルの意味が分かるのです。

 

本書『孤狼の血』について調べてみると、作者自身の言葉として「昔から、『仁義なき戦い』や『麻雀放浪記』など男同士がしのぎを削る世界が大好きなんです。」と言われていますが、女性でこれらの作品が好みだというのはこの作家さんも少々変わっておられるのかもしれません。

阿佐田哲也の『麻雀放浪記』は、文字通り全編麻雀をやっている場面だけで成立している小説だと言っても過言ではないほどの物語です。

ただ、打牌をするときの読み合いや心理描写、イカサマに対しての緊張感を持ったやり取り、男どもの麻雀を通して交わされる熱情のほとばしりなど、この作品のもつエネルギーは半端なものではありませんでした。

 

 

こうした物語にあこがれにも似た気持ちを持ちつつ、結局は自分の物語を描き出してしまうこの作家さんは凄いです。

「任侠のルールが残っている世界を舞台にしたかった」という著者は見事にその気持ちを実現したと言えるのではないでしょうか。

 

他方、この作家は『佐方貞人シリーズ』のような、この作家の言う「表の正義」を描いても社会性を持った実に面白い物語を紡ぎだされています。

 

 

個人的には今一番お勧めの作家さんだと言っても過言ではありません。

柚月 裕子

柚月裕子』のプロフィール

 

1968年岩手県出身。2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビュー。13年『検事の本懐』で第15回大藪春彦賞、16年『孤狼の血』で第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。『盤上の向日葵』で「本屋大賞」2位。『最後の証人』、『検事の本懐』『検事の死命』『検事の信義』と続く「佐方貞人」シリーズはドラマ化もされ、著者のもうひとつの代表シリーズに。2019年には、『慈雨』が文庫化され30万部を突破した。著書に『蟻の菜園─アントガーデン─』『パレートの誤算』『朽ちないサクラ』『ウツボカズラの甘い息』など多数。映像化も相次ぐ令和のベストセラー作家。
引用元:柚月裕子『孤狼の血』特設サイト|KADOKAWA

 

柚月裕子』について

 

推理小説の分野で、久しぶりに私の感性にピタリと符合する作家さんに出会ったという印象がまず一番です。

最初に読んだ作品が『孤狼の血』で、まるであの映画『仁義なき戦い』のように飛び交う広島弁と、リアルに表現された極道の世界の描写にまず驚きました。

 

 

次に読んだのが『最後の証人』です。この作品は元検察官の刑事事件専門の敏腕弁護士である佐方貞人という男を主人公とする推理小説で、一作目の『孤狼の血』とは全く方向性が異なる作品でした。

一作目は男くさいハードボイルドタッチの警察小説、二作目は敏腕弁護士を主人公とした社会性の強い推理小説、そして三作目は『ウツボカズラの甘い息』という今度は普通の主婦を主人公にした推理小説と、作品ごとに異なるタッチの作品を発表されています。

しかし、何といっても一作目の『孤狼の血』の印象が強烈で、この作品は第69回日本推理作家協会賞を受賞し、更には第154回直木賞の候補作にも選ばれています。

また直木賞と言えば、20221年に出版された、手術支援ロボットをテーマに描かれた医療サスペンス小説である『ミカエルの鼓動』もまた第166回直木賞の候補作になっています。

 

 

柚月裕子という作家のことを調べてみると、写真の印象がまだ若い女性であることに驚かされます。とにかく『孤狼の血』という作品が広島ヤクザの物語で、それもかなり強烈な描写の作品ですから、まだ若い女性が書いたなどとても想像すらできませんでした。

また、その作品の多様さにも驚きです。先にも書いたように、全部がミステリーではあるものの、弁護士や検察官、それにヤクザから悪徳警官、普通の主婦、家裁調査官など主人公は様々で、作品の内容も『あしたの君へ』などはミステリーの要素は残しつつもヒューマンドラマとして仕上がっています。

この作家が大好きな作品として挙げているのが先に述べた『仁義なき戦い』という映画であり、『麻雀放浪記』という小説だというのは、再度言いますが、驚きなのです。

 

 

と言いますのも、『仁義なき戦い』は有名な映画であるので分かると思いますが、『麻雀放浪記』は阿佐田哲也が著した作品ですが、タイトルからも分かるようにギャンブル小説です。

それも、全編麻雀を打っていると言っても過言ではなく、麻雀の世界で生きているアウトロー達を描いた物語なのです。牌を打つごとのギャンブラー同士の駆け引きの様が面白く、学生時代に皆で回し読みをしたものです。

決して若い女性が好む小説ではありません。真田広之主演で映画化もされましたし、ある年齢以上の方ならば知っている方も多いかもしれませんが、この小説を挙げるということはかなり男くさい物語がお好きな方なのでしょう。

推理小説の中では、私にとって今一押しの作家さんです。

雨の狩人

本書『雨の狩人』は、『狩人シリーズ』の第四弾となる長編のハードボイルド小説です。

サイドストーリーとして少女プラムの物語がある本書は、後に佐江の話と一つになって、さすがの面白い小説として仕上がっていきます。

 

新宿のキャバクラで、不動産会社の社長が射殺された。捜査本部に駆り出された新宿署の佐江が組まされたのは、警視庁捜査一課の谷神。短髪を七三に分け、どこか人を寄せつけない雰囲気をもつ細身の谷神との捜査は、やがて事件の背後に日本最大の暴力団・高河連合が潜むことを突き止める。高河連合の狙いとは何か?人気シリーズ、待望の第四弾!(上巻 : 「BOOK」データベースより)

佐江と谷神は高河連合が推し進める驚くべき開発事業の存在を暴き出した。だが、ヒットマンらしき男に命を狙われる佐江。死をも覚悟したその時、ライダースーツ姿の謎の人物が殺し屋の前に立ちはだかった…。高河連合の「Kプロジェクト」とは何か?佐江の「守護神」とは誰なのか?白熱のエンターテインメント巨編、圧巻の大団円!(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

先述のとおり本書『雨の狩人』は『狩人シリーズ』では四作目ではあるのですが、個人的にはシリーズで最初に読んだ作品でした。

読み始めは佐江という刑事の物語での立ち位置をあいまいに感じていたのですが、すぐにこの物語の魅力に惹かれてしまいました。

 

新宿のキャバクラで高部という不動産会社の社長が殺されます。事件の裏には新宿オレンジタウン一帯についての地上げが絡んでいるらしいのです。

新宿署の刑事佐江は警視庁捜査一課の谷神と組み、その地上げには日本最大の暴力団である高河連合が動いていることを探り出すのでした。

一方、並行してフィリピンの少女プラムの物語が語られます。

 

本書の帯には「『新宿鮫』と双璧を成す警察小説シリーズの最高傑作」という惹句が書かれていました。

確かに『新宿鮫シリーズ』での鮫島と同じく本書の佐江も仲間から孤立している一匹狼です。

しかし、叩き上げである点がキャリア組である鮫島とは異なります。そして、各巻で相方と呼べる男と共に行動する点も異なります。特に本書では、谷神という刑事と組んで共同して捜査を遂行します。

 

 

何より感じるのは、『新宿鮫シリーズ』という物語は鮫島という存在感のあるキャラクタに加え、物語自体が警察小説としてのリアリティを持っていました。

それに対し本書『雨の狩人』の場合、物語の先には『天使の牙シリーズ』のようなエンターテインメント性の豊かな、アクション性の強い展開が控えています。

「俺は管内の極道には、確かに詳しい。だが、俺に詳しい極道は、シャバにはひとりもいない」と言い切る佐江は、まさにハードボイルドの主人公のせりふです。

しかし、物語はそうは進まずにアクション小説の方向へと進んでいくのです。

 

本書『雨の狩人』ではサブストーリー的に少女プラムの物語が語られます。そして、佐江の物語と一つになって終盤へと流れ込むのですが、この構成が非常に効果的です。

こうした物語の組み立て方は、大沢在昌のエンターテインメント小説の職人としての見せ場でしょう。現実的か否かは別として、面白いアクション小説であることは間違いないと思います。

北の狩人(上・下)


北の狩人』とは

 

本書『北の狩人』は『狩人シリーズ』の第一弾で、1996年11月に幻冬舎からハードカバーで刊行され、1999年8月に幻冬舎文庫から350+347頁の上下二巻の文庫として出版された、長編のハードボイルド小説です。

読み始めに感じた期待感は持続しませんでしたが、それでも文庫上下巻合わせて700頁近い長編でありながら、かなり読みごたえのある作品でした。

 

北の狩人』の簡単なあらすじ

 

新宿に北の国から謎の男が現れる。獣のような野性的な肉体は、特別な訓練を積んだことを物語っていた。男は歌舞伎町で十年以上も前に潰れた暴力団のことを聞き回る。一体何を企んでいるというのか。不穏な気配を感じた新宿署の刑事・佐江は、その男をマークするのだが…。新宿にもう一人のヒーローを誕生させた会心のハードボイルド長編小説。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

ついに、北の国から来た男の正体と目的が分かった。その瞬間、新宿署の刑事だけでなく暴力団の幹部までもが息を呑んだ。「あの時の…」彼は十二年前に葬られた、ある出来事の関係者だったのだ。過去の秘密が次々に明かされていく。やがて彼は「獲物」を仕とめようと最後の賭けに出る。だがそこには予想だにしていない悲しい結末が待っていた。(下巻 : 「BOOK」データベースより)(「BOOK」データベースより)

 

新宿にふらりと現れた一人の若者が、十年以上も前に潰れてしまった「田代組」という暴力団のことについてヤクザに声をかけて聞きまわっているのですから何事かと気になります。

この若者を見ていた新宿署の刑事である佐江も同じ印象を持ったようで、田舎ものと目星を付けた女子高校生の杏とエリによって、その筋の経営する店へと送りこまれたこの若者を助け出すのでした。

 

北の狩人』の感想

 

本書『北の狩人』は、狩人シリーズの第一作目である長編のハードボイルド小説です。

この梶雪人という若者は何故ヤクザに喧嘩を売るような行動をとっているのかと、冒頭から示される謎につい引き込まれてしまいました。

また、この若者は田舎者であることを隠そうとはしないものの、鍛え上げられた肉体をもち、ヤクザ相手に全く物怖じしない態度であり、その純朴さも含め、まさに新しいヒーロー像と言って良いほどに実に魅力的に感じたのです。

そして、序盤でこの若者を引っかけたという娘のほのかな恋心など、物語としての見せ方が上手い、と感じ入ってしまいます。さすが大沢在昌なのです。

 

ところが、物語の序盤を過ぎ、少しずつ謎が明らかになってくるあたりから微妙に雰囲気が変わってきます。

そして、文庫本の下巻に入るあたりには、普通のアクション小説へと変化していました。冒頭で見せた純朴な青年である梶雪人という青年のヒーロー性は消えて無くなっていました。

面白くないのではなく、新鮮さが無くなり、大沢在昌のいつもの面白さ満載のアクション小説になっていたのです。

シリーズを通しての語り手である新宿署刑事の佐江宮本近松というヤクザ、それに新島という正体不明の男という登場人物は、いつもの大沢小説に登場する刑事であり、ヤクザであって、当初感じた新鮮な風は消え、大沢在昌らしいアクション小説になっていました。

本書『北の狩人』の「あとがき」で、千街晶之氏が主人公の梶雪人について「純朴な梶は、巻頭の登場シーンこそ不穏な雰囲気を漂わせているものの、後半は何やら頼りなくも見えてくる。」と、同じようなことを書いておられました。

新宿鮫シリーズ』の鮫島を思わせるヒーロー像あったはずの存在が普通の青年に変わってしまったのです。

しかしながら、本書『北の狩人』を第一巻目とするこの狩人シリーズは、大沢在昌という作家の作品の中でも『新宿鮫シリーズ』と並ぶ面白さを持ったシリーズだと思います。

なお、本書『北の狩人』を原作とする、もんでんあきこ著の『雪人 YUKITO』というコミックがあります。このコミックがなかなかによく、原作の雰囲気もこわさない、読みがいのあるコミックとして仕上がっていました。

交錯

白昼の新宿で起きた連続殺傷事件―無差別に通行人を切りつける犯人を体当たりで刺し、その行動を阻止した男がいた。だが男は、そのまま現場を立ち去り、そして月日が流れた。未解決事件を追う警視庁追跡捜査係の沖田大輝は、犯人を刺した男の僅かな手がかりを探し求めていた。一方、同係の西川大和は、都内で起きた貴金属店強盗を追って、盗品の行方を探っていた。二人の刑事の執念の捜査が交錯するとき、それぞれの事件は驚くべき様相を見せはじめる。長篇警察小説シリーズ、待望の第一弾。(「BOOK」データベースより)

この作者にしては珍しい(と思える)、二人の刑事の活躍を描く長篇警察小説です。シリーズ化されており、その第一作目でもあります。

行動派の沖田大輝と頭脳派の西川大和という二人の刑事が主人公です。沖田は、新宿で起きた無差別殺人犯人を刺して小学生を助けた男を探し、西川は青山で起きた貴金属店強盗を追っています。沖田は時計マニアであって、そのことを通じて西川刑事の追う事件との繋がりが生じてくるのです。

ただ、私が予想する展開になればご都合主義的だと思っていたらその通りになったりと、若干私の好みとは違うところもありますが、それでもなお面白いと思う小説です。それだけ私の好みに合った作家であり、物語だと言えるのでしょう。

ちなみに、西上心太氏の「あとがき」によると、本作品の舞台となる「警視庁追跡捜査係」とは架空の部署ですが、この作品が発表された2009年の11月に「特命捜査対策室」という未解決事件(コールドケース)を専門的に捜査する部署が設けられたそうです。

そしてこの「特命捜査対策室」を舞台とした小説としては、佐々木譲の『特命捜査対策室シリーズ』や、今野敏の『スクープシリーズ』、曽根圭介の『TATSUMAKI 特命捜査対策室7係』などがあります。

検証捜査

神谷警部補は、警視庁捜査一課の敏腕刑事だったが、伊豆大島署に左遷中。彼に本庁刑事部長から神奈川県警に出頭命令が下る。その特命は、連続婦女暴行殺人事件の犯人を誤認逮捕した県警そのものを捜査することだった。本庁、大阪、福岡などから刑事が招集されチームを編成。検証を進めるうち、県警の杜撰な捜査ぶりが…。警察内部の攻防、真犯人追跡、息づまる死闘。神谷が暴く驚愕の真実!警察小説。(「BOOK」データベースより)

何らかの失策により伊豆大島署に左遷されていた神谷警部補が、その腕を見こまれ再び警視庁本庁に特命チームのメンバーとして復帰し、過去の自分の失策にも絡む誤認逮捕事件を調査することになります。

このチームのメンバーが警察庁の永井管理官をリーダーとし、尋問能力に長けた大阪府警監察室の島村、体力バカの福岡県警捜査一課の皆川、北海道警の婦警である保井凛、それに神谷警部補というメンバーなのですが、このチームの個々人の書き込みをもう少し丁寧に描いてくれていたらもっと私好みの物語になったのではないかという印象はぬぐえません。

とは言え、当初はバラバラだった彼ら特命班が、個々に抱える闇を暴かれることに対する恐れを抱いていたりしながらもそれぞれに個性を発揮し活躍するという、決して目新しい設定ではないのですが、個人的には面白く読みました。そこはやはりこの作者の上手さと言うべきなのでしょう。

このようなチームで活躍する警察小説と言えば、まずはエド・マクベインの『87分署』を筆頭に挙げるべきでしょう。美文調で知られるマクベインのタッチで、アメリカ東部に位置する都市アイソラを舞台に、スティーブ・キャレラを筆頭とする87分署刑事課の刑事達が様々な事件に立ち向かう様子を描いています。黒沢明の映画『天国と地獄』もこのシリーズの『キングの身代金』が基になっていることでも有名です。

近時の日本の小説で言えば、今野敏の『安積班シリーズ』が思い浮かびます。今野敏のテンポのいい文体に乗せられて、人情味豊かな安積警部補率いる刑事課強行犯係安積班の面々が力を合わせ事件を解決していく人気シリーズです。佐々木蔵之介主演でテレビドラマ化もされ、かなりの人気を博しているそうです。

警察小説とは全く関係ない話で恐縮ですが、私は、このような分野ごとのプロが集まってチームを作り特定の目的を達成するという構図は、どうしても『プロフェッショナル』という結構古い映画を思い出してしまうのです。バート・ランカスターや リー・マービンといった往年のスターが出ているアクション映画で、銃や馬、追跡などのプロが活躍する1966年の西部劇映画です。本書とは全く関係のない映画の話でした。

警視庁FC

警視庁FC』とは

 

本書『警視庁FC』は『警視庁FCシリーズ』の第一弾で、2011年2月に毎日新聞社からハードカバーで刊行され、2014年9月に講談社文庫から416頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

 

警視庁FC』の簡単なあらすじ

 

楽勝の任務のはずが、まさかこんな展開に! 警察ドラマの現場で殺人が。今野敏節全開!! 驚愕の謎と事件の連続!

「エフシー」=「FILM COMISSIONフイルムコミツシヨン」、その特命は「警察ドラマ撮影に便宜をはかれ」。
しかし、そこにはヤクザの影。お気楽な仕事が、とんでもない捜査現場に発展する!!

信頼喪失であせる警視庁が考え出した特命グループ、警視庁FC。彼らの使命は、映画やドラマの撮影に便宜をはかること。マル暴の刑事、ミニパトの女性警官、交機の白バイ隊員が集められ、憧れの業界仕事にとりくんだが、いきなり、助監督殺人事件が発生。二転三転のとんでもない展開の警察小説が始まる!!(内容紹介(出版社より))

 

警視庁FC』の感想

 

本書『警視庁FC』のFCとは「フィルム・コミッション(英語:Film Commission)」を意味し、「映画等の撮影場所誘致や撮影支援をする機関である。地方公共団体(都道府県・市町村)か、観光協会の一部署が事務局を担当していることが多い。映画撮影などを誘致することによって地域活性化、文化振興、観光振興を図るのが狙いとされるため、地方公共団体が担当している場合、その部署はそのいずれかの関連部署になっているようである(ごくまれだが、フィルムコミッションそのものの担当部署を設けているところもある)。(出典 : ウィキペディア」ということだそうです。

 

本書で語られる「FC」は、上記のようなサービスを警察内に設けて市民への便宜を図ろうとしている動きを言います。現実にはロケ地での交通整理やロケ地を縄張りとするヤクザへの対応などのことがあるのでしょう。

主人公楠木肇は警視庁の地域部地域総務課の所属だったのですが、ある日突然に新設された「FC室」との兼務を言い渡されます。

そこには通信指令本部の管理官であった長門達男室長を始め、マル暴の山岡諒一、交通部都市交通対策課の島原静香、交通部交通機動隊の服部靖彦らが集まっていました。

彼らが出動していたとある撮影の現場で助監督が殺されるという事件が起きます。

本書の主人公の楠木は「できれば努力しないで一生を終えたい」と考える警察官ですが、マル暴の山岡らは事件に関心を示し、結局事件にかかわることになるのです。

 

今野敏の小説には、『隠蔽捜査シリーズ』や『安積班シリーズ』のようなリアルな警察小説も人気を博しているのですが、一方『任侠シリーズ』の流れをくむ『マル暴甘糟』などユーモラスな雰囲気を持った作品も存します。本書はこの「ユーモラス」な分野における今野敏の長編警察小説です。

 

 

楠木の「心の声」であるぼやきを随所に挟みながら、物語はテンポよく、そしてこの手の物語の定番として都合よく進みます。

同僚警察官らに対する愚痴であったり、山岡に対しての批判などを読者に示しながら、そうした内心は外には全く見せずに『状況に流されていくと、それが事件解決へと結びついていくのです、

ここらの物語の進め方はさすがに今野敏であり、細かな不都合点などはテンポの良さに押し流され、結局読み終えてしまうだけの面白さを持った小説でした。

連写 TOKAGE3-特殊遊撃捜査隊

東京都内でバイクを利用したコンビニ強盗が連続発生。しかも国道246号沿いに集中している。警視庁の覆面捜査チーム“トカゲ”にも召集がかかる。上野数馬と白石涼子は捜査本部が置かれた世田谷署へと急行、新設されたIT捜査専門組織・警視庁捜査支援分析センターも総動員されるが、解決の糸口が見つからない…。漆黒のライダーはどこへ消えたのか? (「BOOK」データベースより)

本作品のメインとなる「トカゲ(TOKAGE)」とは、刑事部の中から選ばれている覆面捜査専門のバイク部隊で、事件発生時に必要に応じて招集されるチームです。

彼らはその機動力に応じ、通常ではできにくい捜査を行います。一作目ではメガバンク行員の誘拐事件を、二作目ではバスジャック事件に絡んだネットを利用した事件を、そして本作では多発するコンビニ強盗事件は発生し、バイクの機動力が要求されるのです。

本作の見どころはまさにオートバイです。本シリーズの主人公とも言える上野数馬は、バイクでのパトロール中に風景をまるで写真のように捉え、後でその写真を見直すことが出来るのです。つまりは写真の連写のように風景を記憶していくのです。本作品のタイトルもこのことを指しています。本作でもその能力を十分に生かし、事件を解決に導きます。

ただ、事件解決のヒントがTOKAGEのメンバーからしか出てこないという点は、気になる点ではあります。そうした観点はベテランの捜査員であればまず出てくると普通は思われるのです。

しかしながら、本シリーズのように読者はただその流れに乗って運ばれていくことこそ楽しみであるような、物語の展開に乗ればいい物語ではそうした点は織り込み済みのこととしていいのでしょう。

実際、このシリーズはテンポのいい展開こそ楽しみでしょうから尚更です。