十字の記憶

新聞社の支局長として20年ぶりに地元に戻ってきた記者の福良孝嗣は、着任早々、殺人事件を取材することになる。被害者は前市長の息子・野本で、後頭部を2発、銃で撃たれるという残酷な手口で殺されていた。一方、高校の陸上部で福良とリレーのメンバーを組んでいた県警捜査一課の芹沢拓も同じ事件を追っていた。捜査が難航するなか、今度は市職員OBの諸岡が同じ手口で殺される。やがて福良と芹沢の同級生だった小関早紀の父親が、20年前に市長の特命で地元大学の移転引き止め役を務め、その後自殺していたことがわかる。早紀は地元を逃げるように去り、行方不明になっていた…。(「BOOK」データベースより)

本書には記者である福良孝嗣と刑事である芹沢拓という二人の探偵役がいます。彼らは高校時代の同級生であり、扱う事件の根底に二十年前の高校時代の一夜が絡むことから協力関係を築くのです。

この作家の中では異色の雰囲気を持った作品でした。というのも、この作者の描く推理小説は作品の情景描写等の書き込みも緻密で、大部分の作品は、どちらかというとハードボイルドタッチの孤高な男を主人公に据えたものが多かったように思います。

しかし、本作品は作者自身も「本作は警察小説ではありますが、一方で青春小説でもあります。」と言っているように、探偵役の二人の高校時代からの友情に対する試金石のような側面もあってか、いつもなら登場人物の書き込みなどが緻密に為され、物語のリアリティを増しているのに、今回はその緻密さをあまり感じませんでした。

この作家には推理小説作家とは別の貌があります。それはスポーツ小説の書き手という貌であり、ベストセラーともなった『チーム』やラグビーを描いた『二度目のノーサイド』など、そちらでは見事な青春小説を書かれています。とくにラグビーの世界を描いた小説を私は他に知りません。作者本人が経験者ということもあるのでしょうが、推理小説の世界での男くさい物語がスポーツの世界でも描写されているのです。

ところが、本書では推理小説でありながら青春小説としての側面も持つ、という試みをされたと言われてますが、決して上手くいっているとは思えなかったのです。過去の青春時代につながるという犯罪動機の面で読者である私を納得させるものではなく、不満が残ったものと思われます。

新聞記者と警察官という、慣れ合ったり、情報の交流などはあってはいけない対立的な立場にあって、しかし青春の一時期を共有した二人の関係性を主軸に、謎解きは謎解きとしてそれなりに面白く読んだ小説でした。しかしながら、この作家の他の作品と比すとどうしても要求が大きくなってしまうのです。

ナニワ・モンスター

浪速府で発生した新型インフルエンザ「キャメル」。致死率の低いウイルスにもかかわらず、報道は過熱の一途を辿り、政府はナニワの経済封鎖を決定する。壊滅的な打撃を受ける関西圏。その裏には霞が関が仕掛けた巨大な陰謀が蠢いていた―。風雲児・村雨弘毅府知事、特捜部のエース・鎌形雅史、大法螺吹き・彦根新吾。怪物達は、この事態にどう動く…。海堂サーガ、新章開幕。(「BOOK」データベースより)

海堂尊の物語は、彼が医者として力を入れている死亡時画像病理診断(オートプシー・イメージング:Ai)についての想いを前面に打ち出した作品群と、それ以外の作品とに分かれていると思います。残念ながら前者の作品群は作者の想いが強すぎるのか、頭の良さが先走るのかは分かりませんが、読者はおいていかれ、物語自体の面白さは後者の作品群に比して半減していると感じます。そして、本書は残念ながら前者の作品群に属しているのです。

本書の「第一部 キャメル」は、新型インフルエンザ「キャメル」によるパンデミックを思わせる内容で、パニック小説のイントロとしてかなり期待を持たせています。

「第二部 カマイタチ」では場面は東京地方検察庁へと移り、時代も一年ほど遡っています。東京地検特捜部のエース鎌形雅史が浪速地検特捜部へ異動し、浪速府の村雨知事と彦根の思惑は鎌形の取り込みを図りますが、ここでの会話はなかなかについていけないものがありました。この時点で先に述べた前者の作品群の話だと思われ、興味は一気に薄れてしまいます。

特に問題は「第三部 ドラゴン」で、先述したAiの話が展開します。その上で日本の変革の話へと話は移り、当初のよくできたパニック小説という雰囲気から、とんでも話へと、それも読者不在の独りよがりの話へと一大転換してしまうのです。

この作家の頭が良いのは分かりますが、話についていけない読者のことも考えてくれたらといつも思います。それではこの作者の醍醐味は無くなってしまうのかもしれませんが、第一作の「チーム・バチスタの栄光」や「ブレイズメス1990」などは医療小説としても非常に面白い作品があるのですから、このタッチで進めてもらえたらと思うのです。

特に「ジェネラル・ルージュの伝説」は一番私の好みに合っていました。物語にスピードがあり、ヒーローがヒーローとして活躍する定番の話ではるのですが、緊急医療の現場の緊迫感など現場を知る者ならではの面白さを感じたものです。

ま、こんな意見は他では見ないし、本書も面白いという読者が多くいることを考えると、ついていけない読者の愚痴としか言えないのでしょうね。

犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼

ミナト堂社長水岡はその息子裕太と共に何者かに誘拐されてしまうが、水岡のみが解放された。犯人は何故に水岡のみを簡単に開放してしまったのか。神奈川県警の巻島史彦警視は、この誘拐犯の捜査指揮を任され、再び陣頭指揮に立つことになった。

 

雫井脩介著の『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』は、『犯人に告ぐシリーズ』の第二弾となる長編の警察小説です。

 

前作『犯人に告ぐ』を期待して読むといけません。私は前作を思いながら読んだので、つまりはハードルをかなり高くして本書を読んだので失望感のほうが高くなってしまいました。

本書は本書なりに面白い作品なのです。ただ、読み始めてしばらくは「振り込め詐欺」の様子が克明に描かれており、その間が私のような読み手には若干の間延び感を感じてしまう間でもありました。

 

また、前作は主人公である巻島史彦警視対犯人という図式があり、一方で警察内部での組織人としての巻島の在り方もまた一つの見どころでもありました。

本作ではそうした巻島と警察という組織との対立という図式はあまりありません。

と同時に巻島と犯人という関係ももう一つなのです。そういう意味でも前作の構造の見事さが浮かび上がってきて、本作が普通の誘拐小説の変形としか感じられなくなっているのが残念です。もしかしたら、これが巻島の物語でなければまだ評価は高かったのかもしれません。

そうはいっても、巻島が捜査の指揮をとり、巻島と犯人との対立の図式がはっきりしてくる本書後半からは、かなりの面白さを感じながら読み進めることができました。それだけにハードルを高くし過ぎて読んだ前半が残念です。勿論、それは読み手たる私の問題なのですが。

 

誘拐をテーマにした小説といえば天藤真の『大誘拐』が有名です。「82歳の小柄な老婆が国家権力とマスコミを手玉に取り百億円を略取した痛快な大事件を描(ウィキペディア参照)」いたこの物語は、第32回日本推理作家協会賞を受賞し、北林谷栄や緒方拳を配して岡本喜八により映画化もされました。

 

 

それに横山秀夫の『64(ロクヨン)』を挙げるべきでしょう。この作品は誘拐本体というよりは、誘拐事件に振り回される警察を描いた社会派推理小説の名作と言え、NHKテレビでのドラマ化に加え、佐藤浩市主演での映画化も為されています。

 

 

マークスの山

第109回(1993年上半期)直木賞、第12回日本冒険小説協会大賞を受賞した作品です。

「俺は今日からマークスだ!マークス!いい名前だろう!」―精神に「暗い山」を抱える殺人者マークス。南アルプスで播かれた犯罪の種子は16年後発芽し、東京で連続殺人事件として開花した。被害者たちにつながりはあるのか?姿なき殺人犯を警視庁捜査第一課七係の合田雄一郎刑事が追う。直木賞受賞作品。(上巻)
勤務先の病院を出た高木真知子が拳銃で撃たれた!やがて明らかになってゆく、水沢裕之の孤独な半生。合田はかつて、強盗致傷事件を起こした彼と対面していたのだった。獣のように捜査網をすり抜ける水沢に、刑事たちは焦燥感を募らせる…。アイゼンの音。荒い息づかい。山岳サークルで五人の大学生によって結ばれた、グロテスクな盟約。山とは何だ―マークス、お前は誰だ?―。(下巻)
(出典 : 「BOOK」データベース)

これ以上は無いというほどに濃密に書きこまれた文章は、その場の状況や登場人物の心裡までをも緻密に描き出しています。

東京で起きた連続殺人事件を調べていくと、十六年前に南アルプスで起きた岩田幸平という男の起こした殺人事件に結びついていきます。その捜査を担当するのが警視庁捜査第一課七係の合田雄一郎刑事を始めとする捜査員たちです。

このごろの警察小説は、今野 敏の『隠蔽捜査』シリーズのように、チームとしての捜査を描く手法のものが多くなってきています。本書もそうで、合田雄一郎刑事を班長とする捜査班ほかの、捜査第一課七係の捜査員それぞれの活動が克明に描かれています。それも、各捜査員の内面まで踏み込んで描き出しているのです。

この捜査員の描写は、捜査の実際がどうなのかは勿論私にはわからないものの、圧倒的なリアリティーを持って迫ってきます。ただ、そこまで個人プレーかという若干の疑問点が無きにしも非ずですが、その印象も著者の筆力に負けたというところでしょうか。

特に合田雄一郎刑事の心理描写は濃厚です。それと同様に緻密に描き出してあるのが「マークス」と自称する犯人の心裡であり、ややもすると、この二人の抱える闇は同じものではないかと思えるほどです。

ただ、犯人の心理描写については好みが分かれるところではないでしょうか。サイコパスとしか言いようのない人物の描写はかなり強烈な印象があり、読者が置いていかれかねません。それとも、この犯人の緻密な描写を嫌う人はそもそも本書を読み続けてはいないのかもしれません。

高村薫の警察小説と言えば必ず言われるのが「濃厚」であり「重い」という言葉です。とくに本書を第一冊目とするシリーズはその印象が強いのではないかと思われます。未だ本書しか読んでいない身としては大きなことは言えないのですが、各種高村薫作品についてのレビューなどを読んでいるとそう思われるのです。

ついでながら付け加えますと、本書は早川書房から1993年3月に出版され、2003年1月に講談社から全面改稿されて出版されました。その改稿では、ある男についてどこまでも追い詰める、という合田の意思表示があった最後の一頁が無くなったそうです。

私読んだのは新潮社の文庫版であり、これは講談社の文庫版とほぼ同じらしいです。「マークスの山」の改稿について調べてみると、改稿前ほうがいいという声が大半でした。改稿によって「回りくどい独特な心理描写が増えた代わりに、情緒的な人間描写や会話などのやり取りが減った。」のだそうで、人によっては「別作品」だと言う人さえいるくらいです。

私も読み比べてみようかとも思いましたが、またこの作品を一から読む元気もなくあきらめました。

高村 薫

わが国を代表する小説家、言論人。『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞を受賞して作家デビュー。『マークスの山』で直木賞を受賞、以降も数々の文学賞に輝いた。『晴子情歌』『新リア王』『太陽を曳く馬』の長編三部作が注目を集め、殊に『新リア王』は、親鸞賞を受賞するなど、仏教界に衝撃を与えた。『神の火』『レディ・ジョーカー』『李歐』『冷血』など、著書多数。
(出典 : 高村薫 | 著者プロフィール | 新潮社)

この作家の作品は数多く読んでいるわけではありません。それどころか二冊のみです。その中の一冊『四人組がいた。』はそうでもないのですが、直木賞を受賞した『マークスの山』には驚きました。重厚な文章と緻密な書き込み、という表現がそのまま当てはまる作品でした。そして、どの作品も基本的に「重厚」という評価が当てはまる作家さんのようです。

昔から機械が好きだったこともあって、最初はパソコンを使っている感じが心地よかった。毎夜、書いては消しを繰り返した。ある日、自分の好きな情景を書いていくうちに、ある人間の姿が浮かんだ。車をじっと見ている。なぜ見ているのか。爆破するために見ていたのだ。ストーリーが浮かんできた。書き続けた。こうして処女作「リヴィエラを撃て」が誕生した。
(出典 : 日刊スポーツ インタビュー<日曜日のヒロイン> より )

上記は高村薫本人の言葉です。このあと『黄金を抱いて翔べ』『神の火』などを経て『マークスの山』で直木賞を受賞されます。

その後、数多くの作品を発表されていますが、少し調べてみるとどんどん文学性の高い方向へと向かっているように感じます。『晴子情歌』から『新リア王』『太陽を曳く馬』へと続く物語などは特に「難解」という言葉が目に付きます。

とにかく『マークスの山』の衝撃が強く、なかなか次の作品に手が出ないのが本音ですね。それほどにこの高村薫という作家の作品は、気軽に読み始めることができないのです。読めば面白いのは分かっていても、私にとっては「読む」という態勢を作っていなければ手に取れない作家さんです。

ちなみに、高村薫という作家さんは文庫化の時や出版社が変わったりすると、物語の内容を大幅に修正したり加筆したりと、かなり手を入れることで有名な作家さんのようです。読むときは新刊書を読むか文庫版を読むかで印象も異なる、などと書いてあったりもします。ご注意を。

マル暴甘糟

マル暴甘糟』とは

 

本書『マル暴甘糟』は『マル暴シリーズ』の第一弾で、2017年10月に412頁で文庫化された、長編の警察小説です。

 

マル暴甘糟』の簡単なあらすじ

 

甘糟達夫は「俺のこと、なめないでよね」が口ぐせのマル暴刑事だ。ある夜、多嘉原連合の構成員が撲殺されたという知らせが入る。コワモテの先輩・郡原虎蔵と捜査に加わる甘糟だが、いきなり組事務所に連行されてー!?警察小説史上、もっとも気弱な刑事の活躍に笑って泣ける“マル暴”シリーズ第一弾!“任侠”シリーズの阿岐本組の面々も登場!(「BOOK」データベースより)

 

北綾瀬署管内で被害者が暴力団員である殺人事件が発生した。

そこで北綾瀬署刑事組織犯罪対策課の甘糟巡査部長は相棒の先輩刑事郡原虎蔵と共に捜査本部に呼ばれることになった。

被害者の多嘉原連合構成員であるゲンこと東山源一の情報を得るためにアキラこと唐津晃のもとにいくが、ゲンが殺されたことを知ったアキラは、甘糟を組事務所へと連れていくのだった。

 

マル暴甘糟』の感想

 

本書『マル暴甘糟』は、今野敏の人気シリーズである『任侠シリーズ』のスピンオフ作品です。

本書の主人公の甘糟達夫は、そもそも任侠シリーズ』の新しいネタを探していて見つけたキャラだそうです( Jnovel : 参照 )。

そういう意味で『マル暴シリーズ』の持つユーモラスな雰囲気は、『任侠シリーズ』の雰囲気をそのまま引き継いでいると言えそうです。

 

今野敏という作家は、作品に登場するキャラクターの作り方がうまいと常に思っているのですが、本書のキャラクターもその例にもれません。

警察であるにも関わらず、「粗暴」という言葉がピタリと当てはまる印象の組織犯罪対策課、通称「マル暴」ですが、本作品の主人公の甘糟達夫は、童顔で気の弱い「マル暴」刑事なのです。

このユニークな主人公に対して配されているのが甘粕の先輩である郡原虎蔵です。

甘糟の相棒でもある群原は何かと甘糟をこき使いますが、結局は事件解決への適切な支持となっているようです。

その群原と本書『マル暴甘糟』で対立するのが、警視庁捜査一課のエリート警部補梶伴彦であり、甘糟はこの二人に振り回されることになります。

これに対し、暴力団多嘉原連合の若頭唐津晃が、被害者をかわいがっていた兄貴分として、事件をかき回す役目を担わされていています。

この唐津という男も、単なる脇役としての役割以上以上の存在感を示しており、本書の面白さに一役買っています。

 

また、本『シリーズ』が『任侠シリーズ』のスピンオフシリーズである以上、当然ですが『任侠シリーズ』の登場人物も少しですが顔を見せます。

一応、あくまで別シリーズなので、甘糟が暴力団の情報収集の一環として阿岐本組へ訪れる場面も限られてはいるようです。

 

ちなみに、今野敏には他に『逆風の街―横浜みなとみらい署暴力犯係』から始まる「横浜みなとみらい署」シリーズという「マル暴」の警官を主人公とした作品があります。

同じ今野敏という作家の書いたこの二つの作品を読み比べてみるのも面白いでしょう。

 

夢幻花

花を愛でながら余生を送っていた老人・秋山周治が殺された。第一発見者の孫娘・梨乃は、祖父の庭から消えた黄色い花の鉢植えが気になり、ブログにアップするとともに、この花が縁で知り合った大学院生・蒼太と真相解明に乗り出す。一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた…。宿命を背負った者たちの人間ドラマが展開していく“東野ミステリの真骨頂”。第二十六回柴田錬三郎賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

この作品を読み終えてからネット上のレビューを見ると、この作品に対する私の印象とは異なる高評価のレビューが多いことに驚きました。もっとも、本作品は第二十六回柴田錬三郎賞を受賞している作品ですから、評価が高いのが当然なのでしょう。

この作品の鍵となるのは梶よう子の『一朝の夢』『夢の花、咲く』でもテーマになっていた「変化朝顔」です。「変化朝顔」とは人間が交配させて作り出された珍しい色や形の朝顔のことを言います。江戸時代はこのめずらしい朝顔の種が高値で取引されていたらしく、そこらを物語に絡めたのが梶よう子の作品でした。

本作でもこの「変化朝顔」を軸に物語が展開するのですが、私にはこの「変化朝顔」という道具がうまく機能しているとは思えななかったために、本作品は私の中ではあまり高い評価ではなかったのです。

数十年前にあった殺人事件。そして蒼太の初恋や、梨乃の従兄である尚人の自殺などの事件が起き、梨乃の祖父である秋山周治の殺害へと続きます。これら無関係の事柄が最終的には一つのことへと収斂していく手際はいつものことながらにうまいものだと思います。

でも、例えば『新参者』や、先日読んだ『ナミヤ雑貨店の奇蹟』には及ばない作品だと思うのです。東野作品の面白さは、その回収をも含めた、作品全体を通した二重、三重の仕掛けの巧みさにあると思うのですが、本書では「変化朝顔」を使った仕掛けが上手く機能しているとは感じませんでした。

しかし、そうはいっても事実他の評価の高いこと、また柴田錬三郎賞を受賞している事実もあることを考えると、私の個人的な感想にすぎないということになってしまいますね。

ところで、「変化朝顔」と言えばもうひと作品がありました。それは田牧大和の濱次お役者双六シリーズの中の『花合せ』という作品です。主役級の役者以外の女形を意味する「中二階女形」である梅村濱次が、師匠の有島仙雀らをも巻き込んだ変化朝顔を巡る騒動に巻き込まれるという物語で、かなり面白く読んだ作品です。

警察(サツ)回りの夏

甲府市内で幼い姉妹二人の殺害事件が発生し、その母親が犯人の疑いをかけられていた。日本新報甲府支局のサツ回り担当の南は本社復帰への足がかりにと取材していたが、警察内部のネタ元から母親逮捕の感触を得る。特ダネであるその情報は、しかしとんでもない事態を引き起こすのだった。

最初は普通のミステリーとして、犯人と目されている母親とは別に意外な犯人像を持ってくる、くらいの軽い気持ちで読み進めました。しかし、途中からどうも雲行きが怪しくなります。それが、ネット社会や報道のあり方への問題提起でした。でも、物語としてはそこから更により大きな問題を見据えていることに気づきます。

話はの視点は日本新報の南という記者から南の恩師である高石のそれへと変わっていきます。ここから例の朝日新聞の誤報問題へとつながるテーマが浮かび上がってくるのです。小説の設定としては勿論全く異なる状況ではあるのですが、構造は朝日新聞の問題と似たものを持っているのです。

本書は直接には表現の自由の一環としての「報道」のあり方について考えさせられる作品です。「報道の自由(表現の自由)」は民主主義の根幹をなす重要な権利であり、報道の自由が確保されないところに国民の知る権利は絵に書いた餅にすぎなくなります。近時わが国でもきな臭さを感じないこともないのですが、本書を読んでいると、そうしたことまで考えてしまいます。

ここで表現の自由をテーマにした小説として有川浩の『図書館戦争』が思い浮かびました。こちらはより娯楽性の強い物語で、直接的に図書館を守ろうとする図書隊という武装組織を設定し、そこに恋模様を絡ませながら楽しく読める物語として仕上げられています。岡田准一と榮倉奈々を配して映画化もされました。

より大きく、社会的なテーマを潜ませた小説をみると、名作と言われるものが数多くあります。古くは松本清張の『砂の器』や高木彬光の『白昼の死角』に近時では雫井脩介の『検察側の罪人』や柚月裕子の『最後の証人』などが面白く読んだ小説と言えるでしょうか。

堂場 瞬一

1963年生まれ。茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年秋『8年』にて第13回小説すばる新人賞を受賞。主な著書に「アナザーフェイス」「刑事の挑戦・一之瀬拓真」「警視庁犯罪被害者支援課」「警視庁追跡捜査係」の各シリーズ、『ルール』(実業之日本社)、『複合捜査』(集英社)、『夏の雷音』(小学館)、『黄金の時』(文藝春秋)、『十字の記憶』(KADOKAWA)などがある。
(引用元 : 「ほんのひきだし」)

私が最初に読んだこの作家の作品が『雪虫』で、「刑事・鳴沢了シリーズ」の第一巻目となりました。中身の濃い実に重厚な作品だったのですが、メジャーリーグに挑戦する男を描いたスポーツ小説である『8年』に次いでの二作目だというのは後で知りました。その後書き続けてこられて、2015年10月に出た『Killers』が100冊目の作品だということです。

警察小説をメインに多くのシリーズものを手掛けられています。『刑事・鳴沢了シリーズ』を手始めに、『警視庁失踪課・高城賢吾シリーズ』や『警視庁追跡捜査係』『アナザーフェイス』など、他にもいくつかのシリーズを有しておられます。

特筆すべきは、警察小説の他にスポーツ小説も数多く出されていて、野球を始めとして陸上競技やめずらしいのはラグビーを題材にした作品を書かれていることでしょうか。

全体として言えるのは、書き込みが丁寧であり、作風としては「刑事・鳴沢了シリーズ」のようにハードボイルドと言っても通る男の世界を描写されているというところでしょうか。だからと言って女性が描けていないということではありません。『邪心』は「犯罪被害者支援課」を舞台にした、女性がたくさん活躍するシリーズです(引用元 : 講談社BOOK倶楽部)、とは著者自身の言葉です。

また、同サイトでは堂場舜一氏の100冊刊行についても書かれています。

今年10月に発売される『Killers』(講談社)で刊行100冊目を迎える作家・堂場瞬一さん。それを記念して発足した出版社合同のプロジェクト「堂場瞬一の100冊」が、現在佳境を迎えています。

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第四弾で、2014年4月に刊行されて2016年8月に408頁で文庫化された、長編の警察小説です。

作者の主人公のキャラクター設定のうまさが光り、また家族やストーカー問題なども絡めた魅力的な面白い作品になっています。

 

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁強行犯係・樋口顕のもとに殺人事件の一報が入る。被害者は、キャバクラ嬢の南田麻里。彼女は、警察にストーカー被害の相談をしていた。ストーカーによる犯行だとしたら、警察の責任は免れない。被疑者の身柄確保に奔走する中、樋口の娘・照美にある事件の疑惑が…。警察組織と家庭の間で揺れ動く刑事の奮闘をリアルに描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

本書『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』の出版が二〇一四年四月で、シリーズ前作の『ビート』が二〇〇八年四月の出版ですから、その間に六年という時間が経っています。

前作『ビート』では警察官と家族とのありかた、また父親と息子の問題とが描かれていましたが、本作でもまた、本来の事件の関係者ではないかと疑われる樋口の娘と樋口との問題が描かれています。

こうした設定は今野敏の『隠蔽捜査』でも見られるような既視感があり、その点が難点と言えば言えるのかもしれませんが、そうした点を考慮してもなお面白い小説であることに間違いはありません。

 

 

更には本書『廉恥』ではストーカ犯罪が一つのテーマになっていて、警察庁から派遣されてきた小泉蘭子刑事指導官がストーカー事案の専門家として意見を述べています。

これらの仲間の力を借りながら事件の真相に近づいていく書き方はもちろん定番ではありますが、内省的な主人公キャラクタ設定のうまさや、家族の問題をも絡ませることで、主人公の人間的な深みをも描き出すうまさなどをいつも感じさせられます。

そして、今野敏の物語に感じる人情話にも通じる物語の運び方は、心地よい読後感をもたらしてくれるのです。

 

そういえば、私が面白いと感じる小説のほとんどには物語の根底に人情話が潜んでいると言ってもといいかもしれません。

そうした観点で見ると例として拾い出すのが困難なほどに多くの作品があります。

近時読んだ本で言うと柚月裕子検事の本懐も例として挙げることができるでしょうし、本書とは異なる冒険小説という分野では、元傭兵のクリーシィがマフィア相手に戦う物語であるA・J・クィネル の『燃える男』もそうでしょう。

物語が読者の心を打つ根源的なものは、結局は心同士のつながりにあるというところでしょうか。