撃てない警官

総監へのレクチャー中、部下の拳銃自殺を知った。柴崎令司は三十代ながら警部であり、警視庁総務部で係長を務めつつ、さらなる出世を望んでいた。だが不祥事の責任を負い、綾瀬署に左遷される。捜査経験のない彼の眼前に現れる様々な事件。泥にまみれながらも柴崎は本庁への復帰を虎視眈々と狙っていた。日本推理作家協会賞受賞作「随監」収録、あなたの胸を揺さぶる警察小説集。(「BOOK」データベースより)

 

本書は、連作短編の警察小説集です。

 


 

主人公はノンキャリアではあるがスピード出世で36歳にして警部となり、総務部企画課企画係の係長だった柴崎令司という男です。その男が部下の拳銃自殺の責めを負わされ所轄署に飛ばされます。ここまでが「撃てない警官」の物語。

その後、出世コースへの返り咲きを原動力として所轄署での日常の業務に精勤していきます。その日常の業務が個々の短編で描かれているのです。

その中の一作「随監」は傷害事件の被害届を隠蔽してしまった警察官に関する物語で、短編部門で第63回日本推理作家協会賞を受賞した作品です。

 

とにかく、「出世」が主人公のエネルギーなのでなかなかに共感しにくい人物像です。でも、読み進むうちに組織対個人などの作者の思惑も垣間見れるようになり、それなりに面白く読み終えることができました。

ただ、派手さが全く無いので好みははっきりと分かれるようです。

 

ちなみに、本作品は田辺誠一が主人公を演じ、2016年1月よりWOWOW連続ドラマW『撃てない警官』としてテレビドラマ化されています。
 

黒後家蜘蛛の会

“黒後家蜘蛛の会”の会員―弁護士、暗号専門家、作家、化学者、画家、数学者の六人、それに給仕一名は、月一回“ミラノ・レストラン”で晩餐会を開いていた。食後の話題には毎回不思議な謎が提出され、会員が素人探偵ぶりを発揮する。ところが最後に真相を言い当てるのは、常に給仕のヘンリーだった!SF界の巨匠が著した、安楽椅子探偵の歴史に燦然と輝く連作推理短編集。(「BOOK」データベースより)

 

アシモフが描き出す上質のミステリーを収めた文庫本で全五巻の短編小説集です。

 

化学者、数学者、弁護士などのその道の専門家が月に一度集まり食事をし、語りあう集まりがありました。その話の中に「謎」が含まれるのが常であり、その謎について皆で語るのですがなかなか結論が出ません。その時、給仕をしながら話を聞いていたヘンリーが謎を解決するのです。

 

確か私が三十歳になる前の頃にこのシリーズを読んだと思うのですが、その頃でさえ少々古臭い感じがしたものです。でもそれは登場人物の造形であったり、集まる店の雰囲気であったりと、謎解きそのものではありませんでした。

もともと謎解き自体にはあまり興味を持てない私ですが、この作品はそうした古さを感じながらも殆どの作品を読み終えたものです。

 

SF臭は全くありません。ただ、今の推理小説の謎解きとは少々趣が異なります。どこかのレビューで「パズル」と書いてありましたが、まさにパズルの感覚だと思います。

殺人事件が起きるわけでも、何か異常な出来事が起きるわけでもありません。日常の生活の中でのちょっとした謎、その謎がまた面白いのです。

そうしたパズル的作品がお好みの方には是非おすすめの一冊です。

ナンバー

所轄署から警視庁本部への転属が決まった西澤は、意気軒昂として桜田門に向かう。だが、所属は期待していた捜査一課ではなく捜査二課。横領や詐欺事件を捜査するその部署は、同僚をライバル視するエグい捜査員の集団だった。事件の全体像を示さず捜査情報も出さない二課にあって、誰よりも狡猾で悪事に長けた知能犯を西澤は追いつめて落とすことができるのか?犯人・同僚・上司・協力者…。事件に関る人間の裏表を、かつてない緊迫感で描く新しい警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

警視庁捜査二課という、経済事犯を扱う部署を舞台にした連作短編集です。

 

警視庁本部に転属がなった西澤だったが、配属先は一課ではなく二課だった。

新しい職場で張り切る西澤だったが、そこは新米刑事。知能犯という未経験の相手の事件処理に当然のことながら失敗を繰り返す。

そうした中、経験豊かな退職刑事の示唆など見えない助けをうけながら、新米刑事は失敗を乗り越えて成長していく。

 

困難な謎解きや、社会派の推理、派手なアクションなどを望むと期待外れになるでしょう。しかし個人的にはこうした人間味あふれた成長譚も好みです。

結構面白く読みました。

連続ドラマW 震える牛

人気作家・相場英雄のベストセラー小説をTVドラマ化した社会派サスペンス。食品偽装、狂牛病、大企業の隠蔽をテーマに、事件を追う刑事と記者、隠蔽しようとする組織との攻防をスリリングに描く。主演は『下町ロケット』の三上博史。全5話を収録。(「キネマ旬報社」データベースより)

 

評判の高いWOWOWの連続ドラマで放映された作品です。

震える牛

警視庁捜査一課継続捜査班に勤務する田川信一は、発生から二年が経ち未解決となっている「中野駅前 居酒屋強盗殺人事件」の捜査を命じられる。当時の捜査本部は、殺害された二人に面識がなかったことなどから、犯人を「金目当ての不良外国人」に絞り込んでいた。しかし「メモ魔」の異名を持つ田川は関係者の証言を再度積み重ねることで、新たな容疑者をあぶり出す。事件には、大手ショッピングセンターの地方進出に伴う地元商店街の苦境、加工食品の安全が大きく関連していた。現代日本の矛盾を暴露した危険きわまりないミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

食品流通の現状を訴えて話題になった、社会派の長編推理小説です。

 

「平成版『砂の器』誕生」という謳い文句がありましたが、やはり少しの物足りなさを感じてしまいました。

 

 

警視庁捜査一課継続捜査班所属の警部補田川信一は中野駅前の居酒屋でおきた強盗殺人事件を担当する。

殺されたのは仙台市在住の獣医師である赤間裕也と暴力団関係者の西野守だった。

二人に関連性はなく強盗殺人として処理されていたのだ。しかし、田川はこの二人の関連を疑い、調査を開始するのだった。

 

確かに、本作も一刑事の執念が殺人事件の解決を通じて現代社会の構造的な欠陥を暴きだすという構成です。その点では、同様に事件を解決していく中で日本の負の歴史を暴きだすという「砂の器」に通じる側面もあると思います。

 

本書では、食肉の流通に関して十分な取材が為され、その取材に基づいた流通の負の側面がこれでもかと書かれていて、本書を読むと肉を食べることにためらいを感じる程です。

そして、その食肉の問題こそが問題となっている殺人事件の動機解明に役だっているのですから、この点でも構造は似ています。

 

しかし物語として見ると、刑事の事実を追うその過程の描写に粗さを感じないわけにはいかず、一方敵対する犯人側の描写も物足りなさを感じてしまうのです。

ここにあるのは経済であり、利益の追求につきます。「砂の器」における人間の哀しさとも言える思いが本書ではそれ程には感じられませんでした。読後の余韻がやはり違います。

 

でも、以上は宣伝のコピーとして書いてある「砂の器」との比較の上のことであって、本作品自体を見れば十分に面白い小説です。どうしても本作品そのものではなく、比較した印象になってしまってるので、その点は明確にしておきたいと思います。

純粋にミステリー小説としてみた場合、そもそもの事件の設定自体や謎の追及に若干の粗さがあったりとの不具合も無きにしも非ずなのですが、個人的な評価としては「面白い小説」という以外にはないと思います。

ちなみに、本作品はWOWOWの「連続ドラマW」枠で『震える牛』全5話としてドラマ化されています。

 

笹本 稜平

この作家の本領は山岳小説にあるようです。山という自然に対峙する人間という構図がもっともその力量を発揮するようで、対象となる山が八千メートルを超える冬山であろうと、二千メートルに満たない奥秩父の山であろうとそれは変わりません。

山岳小説としては「還るべき場所」が一番好きなのですが、「天空への回廊」は山岳小説と一級の冒険小説とが合体しており、読み応えがあります。一方、「春を背負って」では山小屋を舞台として人間模様が展開されます。ここでは山は乗り越えるべきものではなく共に生きるべき自然として描かれています。人と人との繋がりが丁寧な筆致で描かれており、暖かな読後感が待っています。

山岳小説が面白いので上記のように書いたのですが、それ以外の冒険小説、警察小説も勿論面白い作品がそろっています。どうも、笹本稜平という作家は”個人”を描くことが上手いのかもしれません。山岳小説では勿論チームを組むのですが、それは個人同士のつながりであって、組織的な存在ではありません。警察小説でも、今野敏のような組織としての警察の物語ではないようです。

こうしてみると、この作家の作品は基本的にはハードボイルドなのかも知れません。従来使われた意味での主観を排し客観的描写に徹するという意味からすると異なりますが、男の矜持を大切にするというこの頃の”ハードボイルド”という言葉の使われ方からすると、まさにそうではないかと思われます。

物語はテンポよく進んでいき、読みやすい作品ばかりです。まだまだ未読作品が多い作家さんですので、今後も読み続けたい作家の一人です。

蛇足ですが、「春を背負って」は映画化もされています。仕上がりが楽しみです。

安東 能明

まだあまり読んでいないので書くことはあまりありません。

ただ、警察小説の中でもいわゆる刑事ものを正当派とすれば、若干その系統からは外れる作品もあるようです。横山秀夫の系統に近いといえばいいのでしょうか。特に「撃てない警官 」はその傾向が強い作品です。

それでも、また次の作品を読んでみたいと思わせる程には面白い小説を提供してくれる作家さんではないでしょうか。

読み終えた二作とも地味な作品でしたが、それなりに面白く読みました。

相場 英雄

新潟県三条市生まれ。新潟県立三条高等学校を経て外国語専門学校卒業後、キーパンチャーとして1989年に時事通信社に入社。当初は情報端末の編集部門で市場データの編集業務を担当していたが、市況担当記者に欠員が生じたため記者職に転じた[1]。経済部記者として日本銀行、東京証券取引所などを担当したが、大卒ではないという理由で大蔵省担当にはなれなかった[2]。2005年、『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞(現・城山三郎経済小説大賞)を受賞し小説家デビュー。2006年、時事通信社を退社し作家専業になる。BSE問題を扱った2012年の『震える牛』が累計28万部のベストセラーに[3]。2013年、『血の轍』が第26回山本周五郎賞候補作、第16回大藪春彦賞候補作になる。(「ウィキペディア」からの引用)

未だ二冊しか読んでいないので相場英雄という作家の感想を書くまでには至りません。

でも、既読の二冊を読んだ限りでは多分もう読まない作家、というわけでもなさそうです。綿密な取材と、それに基づく構成と力強さを感じ、読み応えを感じたのも事実です。

特に経済面が強い作家だということであり、確かに流通の側面の描写には凄いものがあります。

ただ、好みの問題かもしれませんが、個人的にはもう少し人間描写に厚みがあれば、と思いました。この二作品を読んだ限りでは、流通過程関連の描写や経済事犯の描写はそれなりのものが感じられても、私にとっては、その裏にいる人間についてその行動の意味や動機づけなどにもう少し力を割いた作風が好みのようです。