マーダーズ

本書『マーダーズ』は、市井にふつうに暮らしている殺人者を主人公にした、新刊書で396頁にもなる長編のミステリー小説です。

登場人物がかなりの数に上る上に、物語が複雑で、ストーリーが追えなくなる場面が少なからずある、評価のしにくい小説でした。

 

『マーダーズ』の簡単なあらすじ

 

この街には複数の殺人者がいる。彼らが出会うとき、法では裁き得ない者たちへの断罪が始まる―現代社会の「裏」を見抜く圧倒的犯罪小説!(「BOOK」データベースより)

 

阿久津清春は、同僚との集まりの帰りに、男に暴行をうけている顔見知りの柚木玲美という女性を助けた。

玲美は助けてくれた清春に対し、清春の友達であり小学校卒業を前に殺された倉知真名美のことを持ち出して来た。

事件の九年後に犯人の大石嘉鳴人や大石のアリバイを証言した関係者など全部で八人が死んだのは清春の仕業だというのだ。

そして、その証拠を公開しない代わりに自分の母親が死んだ本当の理由と、姉の行方を探して欲しいと言ってきた。

そんな清春を、一緒に探索をするように命令された則本敦子という警視庁組織犯罪対策第五課七係の警部補の女性刑事が訪ねてきた。

玲美によると、村尾邦弘という元刑事が二人の犯罪事実を探し出し、清春と則本に探索を頼むようにと言ったのだという。

意にそわないとしても、玲美の言うとおりに共同で捜査を進めなければならない二人だった。

 

『マーダーズ』の感想

 

本稿の冒頭に述べたように、本書『マーダーズ』では登場人物がかなりの数に上る上に、物語が複雑で、ストーリーが追えなくなる場面が少なからずある、評価のしにくい小説でした。

ただ前提として、本書中で指摘してある、犯罪白書という公的な資料から、警察が認知した殺人行為を犯しながらもつかまっていない人間が十年間で二百六人もいるという事実があります。

認知されずに死因不明の異常死とされる年間十七万人のうち九割近くが行政解剖も為されていない現実からしても、「被害者も加害者も実数はきっと何倍にもなる」という玲美の言葉は重いものがあるのです。

そんな現実を前に、一人の刑事が執念深くある誘拐事件を調べていく中で、彼は世に知られていない多くの殺人行為とその犯人を知ることになる、本書の出発点はここにあります。

 

本書『マーダーズ』の基本的な構造は、犯罪を犯しながらも刑に服することなく日常生活を送っている人を利用して、自分の母親の死の真相や行方不明の姉の消息などを調べさせるという点にあります。

つまり本書のユニークな着眼点として、ミステリーとしての面白さを持ちながらも、探偵役に犯罪を犯した人間を据えているところがあげられるのです。

未解決事件の犯人が何を考えているか、同じ犯罪を犯した人間が一番よくわかるというわけです。

そして本書は、北野武監督の映画「アウトレイジ」の惹句にあったように、登場人物が、罪を犯した者という意味で「全員悪人」です。

本書の探偵役も、その探偵役に探偵行為を行わせている人間も、そしてもちろん探偵役が探している犯人たちもみんな罪を犯しています。

 

 

本書『マーダーズ』の探偵役となるのは総合商社日葵明和に勤める阿久津清春というサラリーマンです。また、警視庁組織犯罪対策第五課七係主任の則本敦子もまた清春と共に探索にあたります。

清春と則本に探索を命じるのが建設会社亀島組経理部勤務の柚木玲美であり、玲美の指南役として村尾邦弘という元刑事がいます。

基本的にはこの清春、則本、玲美という三人が中心になって物語は進みます。

 

清春も則本も共に過去に殺人を犯しているもののその犯罪の事実は発覚していません。

玲美は誰も知らない筈の二人の過去を知っていて、玲美の母親の不自然な死の真相と、行方不明になっている姉の行方を探すように命令します。

玲美が何故二人の過去を知っているのかは、村尾という元刑事が探り出したということが明らかにされています。

つまり、元刑事の村尾はとある誘拐事件を調査する中で、世に知られていない様々な殺人事件の経緯を知ったのです。

村尾は、あるNPOで知り合った柚木玲美に元警察官として相談に乗るうちに、自分が知った殺人犯である清春と則本敦子とを選び出し、玲美の望みを叶えるように準備をしました。

こうした構造の底にあるのは村尾という元刑事の執念であり、清春と則本に共通する悲惨な過去と殺人を犯しながらもそれを隠し通す能力です。

玲美は清春らに対し、殺人を犯しながら誰にも知られず日常生活を続ける『技能』を伝えたい人間がいて、それを身につけたい人間もいる、そうした人間たちの接点を調べ、見つけ出して欲しいと言い二人を追い詰めます。

こうして、清春と則本の二人は玲美の母親の死の真相を探るために動き始めるのです。

 

ただ、なにせ物語自体も決して短いとは言えない上に、事案が複雑に絡み合っているためにストーリーを見失いがちになり、評価が難しいということになりました。

この長浦京という作者は、前作の『リボルバー・リリー』でもそうであるように、物語をじつに緻密に構成し、練り上げておられます。

 

 

そのこと自体は物語の真実味を増すことでもあり決して悪いことではないと思われます。

普通に暮らしている普通の人の中に人を殺したことのある人間がいるという物語の設定も、そのこと自体は大いにありうることだと思われ、事実、数字もそのことを示しています。

ただ、本書『マーダーズ』に登場してくる殺人経験者にリアリティを感じられないという思いは終始付きまとっていました。

物語の中心にいる清春の犯行動機が、幼い頃に恋心を抱いた相手が殺され、その犯人が噓の証言により逮捕すらされなかった、だから証言者らの家族も含め殺した、という点が納得いかなかったのです。

その点に関しては、清春の人間性や対人交渉能力などを強調してあることからすると、作者としては清春という個人の性質としたいのかもしれません。

 

また緻密な書き込みは、ミステリーとして構成された作品の場合、筋立てが分かりにくくなりがち、ということがあります。

本書『マーダーズ』はまさにそうで、探索が緻密に為され、増えた登場人物ごとに人物の来歴などがまた詳細に語られるとき、物語の筋道が見えにくくなるのです。

ただ、このことは多くは読み手の問題だと思われ、あまり強調すべきではないのかもしれません。

単に、私自身が読みやすい物語に流されていたために、本書のような濃密な書き込みのある作品を読みこなすことができなくなっているとも思われるからです。

 

ともあれ、本書『マーダーズ』が面白い作品であることは否定できません。

ただ、主人公の同期に若干の疑問点があったこと、また物語が少々複雑で、筋を追いにくくなったことがあった、というだけです。

それは人によってはなんの問題もないことでしょうし、単に個人の好みの問題に帰着するだけのことと思われるのです。

長浦 京

1967年埼玉県生まれ。法政大学経営学部卒業。出版社勤務、音楽ライターなどを経て放送作家に。その後、指定難病にかかり闘病生活に入る。2011年、退院後に初めて書き上げた『赤刃』で、第6回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。17年、デビュー2作目となる『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞を受賞。19年、3作目『マーダーズ』で第2回細谷正充賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
引用元:HMV&BOOKS

 

長浦京という作家は、非常に緻密で、濃密な作品を書かれる作家さんのようです。

上記の長浦京プロファイルを見ても分かるように、デビュー作『赤刃』で第6回小説現代長編新人賞、デビュー第二作『リボルバー・リリー』で第19回大藪春彦賞、デビュー第三作『マーダーズ』で第2回細谷正充賞と、新作を出版するたびに受賞歴を重ねておられます

 

 

更には、デビュー四作目の『アンダードッグス』は第164回の直木三十五賞候補作に選ばれている驚異の作家さんです。

 

 

暗礁

本書『暗礁』は、『疫病神シリーズ』の第三弾の、文庫本で上下二巻、合わせて842頁にもなる長編のミステリー小説です。

今回の作品も、金の臭いに食らいついた桑原のために贈収賄事件に巻き込まれる二宮の姿を騒動が描かれる、読みごたえのある作品でした。
 

『暗礁』の簡単なあらすじ

 

疫病神・ヤクザの桑原保彦に頼まれ、賭け麻雀の代打ちを務めた建設コンサルタントの二宮啓之。利のよいアルバイトのつもりだったが、その真相は大手運送会社の利権が絡む接待麻雀。運送会社の巨額の裏金にシノギの匂いを嗅ぎつけた桑原に、三たび誑し込まれる契機となった―。ベストセラー『疫病神』『国境』に続く人気ハードボイルド巨編。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

警察組織と暴力団の利権の草刈場と化していた奈良東西急便。その社屋放火事件の容疑者に仕立て上げられた二宮に、捜査の手が伸びる。起死回生を狙う桑原は、裏金を管理する男を追って二宮とともに沖縄へ飛ぶが、二人を追い込む網はそこでも四方八方に張り巡らされていた―。超弩級のエンターテインメント大作。想定外の興奮と結末。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

本書『暗礁』は、二宮が桑原から頼まれた接待麻雀の代打ちから始まる。その面子は東西急便の本社営業一課長と大阪支社長、それに奈良県警交通部の現職幹部だった。

桑原から負け分は二蝶会が持ち、勝ち分は七:三で七が桑原がとるという話で六十万ほど設けたのだが、その後奈良県警から二人の刑事がその麻雀について話を聞きたいとやってきた。

桑原によると、新興の貨物運送会社はヤクザの標的になりやすいという。東西急便も二蝶会の本家筋が守っているという。数年前に東京の東西急便で起きた贈収賄事件は今でも記憶に新しいのだ。

奈良東西急便もトラックターミナルへのトラックの誘導に利便を図りたいと奈良県警交通部幹部の接待を東西急便の大坂支社長経由で接待麻雀を組んだということらしい。

その後、二宮は奈良東西急便奈良支店の放火事件の犯人に仕立てられたり、桑原と共に沖縄へと飛び、奈良東西急便がヤクザ対策費として貯め込んでいる数億円にもなるだろう裏金を手にすべく、奔走するのだった。

 

『暗礁』の感想

 

今回の二人が相手とする事件は、全国区の巨大運送会社の関西支店を舞台とした天下り警察官との癒着の構造です。

モデルは宅配便大手のS急便だと思われます。1990年代にS急便を舞台に現実に起きた大物政治家を巻き込んだ贈収賄事件がありました。本書はその一環の奈良の会社で起きた事件です。

ここらの事情については、ウィキペディアを見てください。

 

本書『暗礁』では、ヤクザと県警との間での利権争いの狭間を狙う桑原の活躍が描かれます。

よくもまあ、こんなストーリーを練り上げると思うほどに運送業界と暴力団、県警、そして政治家たちの思惑が絡み合った物語が構築されています。

そのストーリーの中心にあるのは金こそすべてという桑原の思惑であり、二宮は桑原に使われながらも彼の思惑の一端に食い込もうとせこく立ち回り、ドツボにはまっていくのです。

これが本シリーズでのパターンであり、本書『暗礁』もまた同様です。

桑原の「極道と警察は同じ人種や。向こうは菊の代紋を背負うてるだけによけい質が悪い。」などという言葉は彼の信念を端的に表しています。

その感覚で本書『暗礁』、更には本『疫病神シリーズ』が貫かれているのですからこの『疫病神シリーズ』が面白いのも納得するのです。

 

本書『暗礁』の魅力と言えば、シリーズとしての魅力の他に、桑原に狙いをつけられた金の所在、つまりは奈良東西急便に保管されているという数億円にも上る暴力団対策費を巡る攻防です。

その根底にはモデルとなった事件があるのですが、そのモデルとなった事件に関しては上記にも書いたようにウィキペディアを参照してください。

現実の事件はともかく、本書での裏金の処理に関しては奈良東西急便、大阪府警、奈良県警、そしてヤクザと皆が騙し合い、それぞれの組織とは別に桑原のように個人の思惑でこの裏金を狙ったり、裏金の周辺での余禄を狙ったりという思惑が入り乱れます。

そうしたストーリーを、現実の出来事とそう離れることもない(と思われる)物語として、破綻することなく組み立てるのですから黒川博行という作家の実力が推し量れます。

 

ヤクザの標的になりやすい新興の貨物運送会社として暴力団対策には金けるしかなく、奈良東西急便もまた本社から数億円の金を預かっていました。

桑原によれば、不特定多数を相手にしのぎをする企業はリスクマネージメントが難しいだけに弱い、のだそうです。

そのため、企業は極道から食われないように警察から天下りをとることになり、つまりはヤクザと警察の両方から食われ、そのあとに利権漁りの議員どもが杭に入るというのです。

 

このシリーズ全般に言えることですが、本書に登場する警察官も殆どはワルです。何とか表に出せない金を自分のふところに入れようと画策します。

その上、天下り先を確保し、警察官OBとしての力を保持すべく暗躍するのです。

こうした状況のもと、裏金の秘密を握る男を追って沖縄へも行き、現地の暴力団と諍いを起こす桑原です。

本書『暗礁』の終わりの場面での二宮の母親や嶋田がいるところでの二宮と桑原の会話など黒川作品の面白さが凝縮されています。

かなり長いこの物語ですが、その長さを感じさせないほどに面白い作品です。

冬の狩人

本書『冬の狩人』は『狩人シリーズ』の第五巻で、新刊書で566頁にもなる長編の警察小説です。

まさに待望のシリーズ続編としては相応の作品でしたが、個人的にはより個性的な作品を期待していました。

 

『冬の狩人』の簡単なあらすじ 

 

3年前にH県で発生した未解決殺人事件、「冬湖楼事件」。行方不明だった重要参考人・阿部佳奈からH県警にメールが届く。警視庁新宿警察署の刑事・佐江が護衛してくれるなら出頭するというのだ。だがH県警の調べでは、佐江は新宿の極道にとことん嫌われ、暴力団員との撃ち合いが原因で休職中。そんな所轄違いで無頼の中年刑事を、若い女性であるはずの“重参”がなぜ指名したのか?H県警捜査一課の新米刑事・川村に、佐江の行動確認が命じられる―。筋金入りのマル暴・佐江×愚直な新米デカ・川村。シリーズ屈指の異色タッグが炙りだす巨大地方企業の底知れぬ闇。(「BOOK」データベースより)

 

東京近郊にあるH県第三の都市の本郷市は、巨大企業のモチムネの企業城下町として知られていた。

その本郷市にある冬湖楼で、本郷市長や上田和成弁護士ら三人が殺害され、上田弁護士の秘書が行方不明になる事件が起きた。

その三年後、上記事件で行方不明になっていた秘書の阿部佳奈から、東京の新宿署にいる佐江刑事の保護があれば出頭するというメールがH県警に届いた。

警察官を辞めるつもりでいた佐江は、自分を指名する女の心当たりはないままに、阿部佳奈の護衛を引き受け、川村芳樹刑事と共に行動することになる。

阿部佳奈は佐江との交流場所として西新宿のホテルを指名してきたが、そのホテルに殺し屋が現れるのだった。

阿部佳奈とは何者なのか、何故今頃になって出頭すると言ってきたのか、そして何故佐江を指名してきたのか、謎は深まります。

 

『冬の狩人』の感想

 

本『狩人シリーズ』には各巻ごとに個別の魅力的な登場人物が登場します。

第一巻では梶雪人。第二巻では西野刑事やヤクザの原。第三巻では中国人通訳の毛と本書でも登場する野瀬由紀。前巻の第四巻では捜査一課の谷神刑事。

そして第五巻となる本書『冬の狩人』では、新人刑事の川村芳樹巡査がそれにあたります。それに「阿部佳奈」も加えていいかもしれません。

 

本書『冬の狩人』における佐江は、H県警の新人刑事の川村を引き連れて捜査をすることになりますが、川村にとって新宿での佐江の捜査方法は驚くことばかりでした。

当初の川村刑事は正義感に燃えていて、暴力団に喧嘩を売るという佐江との出会いなどもあり、佐江の捜査方法には抵抗も感じています。

しかし、H県警上層部に対する佐江の態度や以後の佐江の捜査方法を見て、佐江の警察官としての優秀さを感じ、佐江による本事件の捜査を楽しみに思うのです。

そして実際、川村は佐江と共にメールを送ってきた重要参考人の阿部佳奈の保護、さらには「冬湖楼事件」そのものへの捜査を行うことになり、佐江の能力を思い知らされます。

ただ、これまでの登場人物に比べると川村は存在感が今一つです。新人だけに男としての魅力には欠けています。

しかし、新米刑事が次第に経験を積んでいく様子はさすがに読ませます。

 

狩人シリーズ』は、当初は先に書いた魅力的な登場人物が中心となり、佐江が脇を固める形で始まったシリーズです。

しかし、シリーズ第三作『黒の狩人』以降は佐江を中心として展開する物語となっています。

特に『黒の狩人』がそうで、まさに佐江の物語だったのですが、本書『冬の狩人』もまた佐江刑事の物語になっています。

 

 

本書での佐江は、前作の『雨の狩人』で出した辞表も預かりの形になっていて、何故か休職扱いになっています。

そんな佐江を現場へと引きずり込んだのが、H市で起きた殺人事件の容疑者からの一通のメールだったのです。

そのメールに関連して、シリーズ第三作の『黒の狩人』に登場する野瀬由紀の名前が出てきており、第三巻同様に佐江が物語の中心になっています。

 

 

ただ、個人的な好みを言わせてもらえれば、佐江自身が中心になった物語よりも脇に回った作品を読みたいと思いました。

というのも、本来、この『狩人シリーズ』は、佐江が脇に回ってその巻だけに登場してくる人物を補佐するパターンのほうが佐江の魅力がより発揮できると思うからです。

そういう意味では、私にとっては西野元刑事を主人公としたシリーズ第二作の『砂の狩人』が一番面白い作品だと思っています。

 

 

本書『冬の狩人』のような作品は別に主人公が佐江でなくても成立する物語であり、この物語の主人公は『新宿鮫シリーズ』の鮫島刑事でも何ら問題がないと思えます。

もちろん、佐江が中心になった物語が面白くないというわけではありませんし、実際本書はかなり面白い部類に入ると思います。ただ、個人的な好みが上記のとおりというだけです。

 

作者は、本来は前巻『雨の狩人』で佐江を殺し、シリーズを終わらせるつもりだったそうです( GOETHE : 参照 )。

それが仏心が起きて殺しそこね、結局本書『冬の狩人』を書く羽目になったそうです。であれば、今後も続刊を期待することもできるでしょう。

新宿鮫シリーズ』と同様の面白さを持つ本シリーズです。是非、早期の続刊の刊行を願いたいと思います。

 

疫病神シリーズ

本『疫病神シリーズ』は、イケイケのヤクザである桑原保彦と、建設コンサルタントをしている二宮啓之とのコンビを主人公とする、長編のピカレスク小説で構成されるシリーズです。

主人公二人の漫才のような会話と、綿密な取材に基づいて書き込まれた緻密な描写が素晴らしいエンターテイメントシリーズです。

 

『疫病神』シリーズ(2020年12月07日現在)

  1. 疫病神
  2. 国境
  3. 暗礁
  1. 螻蛄
  2. 破門
  3. 喧嘩
  1. 泥濘

 

『疫病神シリーズ』の主な登場人物 

 

本書の登場人物としては、まずは大阪の二代目二蝶会幹部である桑原保彦と建設コンサルタントをしている二宮啓之という男が挙げられます。

その他に、桑原の兄貴分である二蝶会若頭の嶋田、それに桑原の情報源である大阪府警暴力団犯罪対策課所属刑事の仲川忠司巡査部長がいます。

そして二宮の関係では桑原を毛嫌いしていて、ダンスのインストラクターをしている従妹の悠紀が二宮の事務所に入り浸っています。

 

『疫病神シリーズ』の二人の来歴 

 

この二人の来歴を簡単に見ると、そもそも二宮の父親の孝之は初代二蝶会の大幹部でした。フロント企業の築港興業という土建会社を設立ましたが、警察に摘発されます。

そこで解体部門だけを別会社として残し、二宮はその「二宮土建」を引き継ぎました。しかし五年目に不渡りを食らい倒産し、その後コネを頼りに建設コンサルタントとなったものです。

父孝之は数年前に糖尿病から壊疽、そして脳梗塞を起こし逝ってしまいます。

孝之にかわいがられていた今の二代目二蝶会若頭の嶋田は、二宮の母親を助け孝之の葬儀の手配をし、初七日まで付き合ってくれたそうです。

 

一方、桑原ですが、七歳の時に母親を亡くし、中学の時から地元では有名な不良少年で、鑑別所から少年院へと行き、一旦は就職したもののすぐに退職。

釜ヶ崎で日雇い暮らしをする中で二蝶会の幹部と知り合い、都島区毛馬の二蝶会組長角野達雄の盃を貰うことになります。

神戸川坂会と真湊会との抗争で真湊会尼崎支部にダンプカーで突っ込み、追ってきた組員を撃って傷を負わせて六年半の懲役に行き、帰ってきてからは二蝶会の幹部となりました。

しかし、二蝶会初代組長の角野を慕い、二代目組長の森山悦司を嫌っています。

倒産整理と建設現場のサバキをシノギとし、守口では愛人にカラオケバーをやらせています。天性の“イケイケ”であり、性格は極めて粗暴。世の中に恐いものはなく、金の臭いをかぎつけたら何があろうと食いついて離れません。

 

二宮自身は暴力に関しては全く自信はなく喧嘩も弱いのですが、父親譲りの性格か、妙に度胸がすわっているところもあるようです。

二宮は建設コンサルタントを仕事としていますが、その実態は、建設業務に伴う暴力団がらみの嫌がらせ防止のための用心棒としての暴力団と、その現場の建設業者とをつなぐことを本来の業務としています。

何かと二宮の面倒を見る嶋田は、建設コンサルタントとなった二宮のためにと桑原を紹介し、ここに疫病神コンビができ上ったのです。

イケイケの桑原とのコンビの結果、他の暴力団との抗争になりかけることも多々あるのですが、兄貴分の嶋田のとりなしもあり、何とか今に至っています。

 

『疫病神シリーズ』の魅力 

 

とにかく、この桑原と二宮との掛け合いがそこらの漫才よりも面白い。

全編大阪弁で通されることの多いこのシリーズですが、まず取り上げるべきはこの二人の会話シーンの面白さでしょう。

本シリーズについてどの解説、評論、レビューを読んでも、この点について否定する人は皆無だと思います。

 

次いで、作者黒川博行の特徴の一つである、その時の社会的な事件など時代を反映したそのストーリーがあります。

そして、そのストーリーも丁寧な調査、下調べのもとでの緻密な書き込みによりリアイリティに満ちた物語として構成されています。

第一巻の産業廃棄物処理場から始まり、北朝鮮事情、巨大運送会社、宗教団体、映画製作、選挙戦、警察官OBの親睦団体のそれぞれをめぐるトラブルに金の臭いを嗅ぎつけた桑原と、彼に巻き込まれる二宮の姿があるのです。

それぞれ綿密な取材に基づく詳細な描写が為され、社会の裏側を居ながらにして学べる、そういう効果もあります。

 

ただ、あくまでエンターテイメント作品であり、まずは面白さがあって、その先に普通は知らない、知り得ない隠された情報がもたらされます。

なんともコミカルに為される桑原と二宮の二人の存在が、それぞれにかなりの長さを持つ作品でありながら読者を飽きさせません。

多分ですが、まだまだ続巻が出ると思われるこのシリーズはおすすめです。

ちなみに、本シリーズを原作としてテレビドラマ化、コミック化が為され、そして映画化まで為されています。

ブルーマーダー

本書『ブルーマーダー』は、『姫川玲子シリーズ』の第六弾となる、文庫本で470頁余りの長さの長編の警察小説です。

「ブルーマーダー」とは連続殺人鬼のことであり、本書は彼の生き方を中心としたサスペンス小説として仕上がっていますが、あい変わらずにテンポのいい物語です。

 

池袋の繁華街。雑居ビルの空き室で、全身二十カ所近くを骨折した暴力団組長の死体が見つかった。さらに半グレ集団のOBと不良中国人が同じ手口で殺害される。池袋署の形事・姫川玲子は、裏社会を恐怖で支配する怪物の存在に気づく―。圧倒的な戦闘力で夜の街を震撼させる連続殺人鬼の正体とその目的とは?超弩級のスリルと興奮!大ヒットシリーズ第六弾。(「BOOK」データベースより)

 

本書もまた誉田哲也作品の一つの特徴である複数の視点からなる物語です。

物語の中心にいるのが「ブルーマーダー」であり、彼が何故に凄惨としか言いようのない殺し方で暴力団組長や半グレ、不良中国人などを殺しているのかが語られていきます。

とはいえ、その点を謎としたミステリーとしてではなく、「ブルーマーダー」と、彼を追う姫川たち警察官の追跡が、視点を変えながらサスペンスフルに描かれていきます。

 

視点の一つは現在は中野署刑事組織犯罪対策課・暴力犯捜査係担当係長にいる下井正文警部補の視点であり、元警察官である木野一政とのつながりなどが語られています。

次いで、二代目庭田組組長の河村丈治の殺害事件を担当する姫川玲子ら捜査本部の面々の様子があり、三番目の視点として岩渕時生という逃走犯を追う菊田和男の姿、最後にマサと呼ばれる男とマサの道具を作り手伝うおっさんの姿があります。

これらの四つの視点が交互に語られながら物語は進みます。

 

本書は、シリーズとして見ると、第四作目の『インビジブルレイン』でバラバラになった姫川班のその後の姿が描かれていることになります。

姫川玲子は池袋署刑事課強行犯捜査係担当係長になっており、菊田和男は千住署刑事組織犯罪対策課組織犯罪係に配属されているのです。

また、本書の視点の一つにもなっている下井正文警部補は、『インビジブルレイン』で姫川の相棒として登場しています。

その他の大きな変化としては菊田が結婚していることが挙げられます。奥さんの名前は「梓」といい、新婚の二人の様子も少しではありますが描いてあります。

ちなみに、この菊田梓は誉田哲也の『もう聞こえない』という本『姫川玲子シリーズ』外の作品で竹脇警部補の相棒として重要な役目を果たす存在として登場しています。

そこでは本シリーズの菊田和男の妻と明言はしてありませんが、多分そうだろうと思えるのです。

 

 

ついでに言うと、前巻のシリーズ第五巻『感染遊戯 』は本シリーズのスピンオフ作品であり、シリーズ内での時系列上の位置は不明ですが、第三話の「沈黙怨嗟 / サイレントマーダー」において、『インビジブルレイン 』での姫川班解体後の葉山則之が登場しています。

 

話を元に戻すと、本書ではブルーマーダーという殺人鬼が社会の闇に住む暴力団組長や半グレ集団のメンバーなどを残虐な方法で殺していきます。

ブルーマーダーとは何者なのか、という疑問と共に、彼は何故殺すのか、それも何故普通ではない殺し方をするのか、更には死体を処分することもあれば、放置し発見されるままにしていることもあるのは何故か。

そんないくつかの疑問が浮かんでくるのですが、先にも述べたようにその謎解きそのものは本書の主軸とは思えません。

本書で描かれているのは次にどのような展開になるのか、というサスペンス感満載の物語だと言えるでしょう。

このことは本書に限りません。つまりは、誉田哲也という作家の作品はストーリーが面白いのです。

もちろん仕掛けられた謎解きそのものにも大きな関心はありますが、ストーリーが第一義であって、謎自体はストーリー展開の要素にすぎないと思えるのです。

本書でもブルーマーダーという人物の派手な行為に隠された彼の、怒りや憎しみ、恨みなどの思いそのものが物語の中心にあって、そんな彼の思いを探る物語として成立していると言えるのです。

 

インビジブルレイン』でバラバラになった元姫川班ですが、姫川玲子自身は、本書『ブルーマーダー』続巻のシリーズ第七弾『インデックス』第四話「インデックス」で、池袋署刑事課強行犯捜査係との併任ではありますが、本部の刑事部捜査一課への異動の内示を受けることになります。

そこでは、本書の「ブルーマーダー」事件の事後処理をすることになります。ただ、本書でも冒頭と最後に登場するあの井岡博満も同じく併任配置となるのですが。

まだまだ目が離せないこの『姫川玲子シリーズ』です。続刊の刊行を心待ちにしたいと思います。

ムゲンのi

本書『ムゲンのi』は、ファンタジーの形を借りた仕掛け満載の、ソフトカバー版で上下二巻(上巻349頁、下巻364頁)という長さを持つ長編推理小説です。

さまざまなジャンルの物語が詰め込まれた作品で、2020年本屋大賞候補作として、まあ面白く読めた作品でした。

 

若き女医は不思議な出会いに導かれ、人智を超える奇病と事件に挑む―。夢幻の世界とそこに秘められた謎とは!?予測不可能な超大作ミステリー。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

眠りから醒めない四人の患者、猟奇的連続殺人、少年Xの正体。すべては繋がり、世界は一変する。一気読み必至、感動の結末。(下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

本書『ムゲンのi』の主人公は、神経精神研究所付属病院に勤務する識名愛衣という女医です。

日本では数年の間発症例がなかった通称「イレス」と呼ばれる「特発性嗜眠症候群」の、それも同じ東京の西部に住み、同じ日に発症した患者が四人、愛衣の勤務する病院に入院していました。

彼女が担当するのはそのうちの三人の患者であり、四人は四十日間も眠り続けています。

彼女自身、幼いころの事件で受けたトラウマに悩まされている身ですが、何とか治療法を模索していました。

そんな愛衣に対し沖縄の霊能力者の「ユタ」である祖母は、マブイグミ、つまり患者のマブイ(魂)を元に戻してやると目が覚めるというのでした。

そのためには患者の魂の救済が必要で「ユタ」の血を引く愛衣にはそれができると言います。そして、愛衣に力を分けたと言うのでした。

 

そうして愛衣は病気で眠る患者の夢の中に入って病気の原因を探り出すのですが、最初の夢は親子の情愛、次が法廷ものと異なるミステリーの形態を取っています。

また、上巻での二話ははファンタジーそのものであり、なんとも違和感ばかりを感じる物語でした。

例えば、急患として運び込まれた少年に対し行う捜査一課の刑事の訊問はかなり強引に過ぎると思われるのです。

また、四番目のイレス患者の担当である先輩が、同じ症例を担当する愛衣と情報を共有しようとしないのも疑問です。

更には、愛衣が潜り込んだイレス患者の意識の中ではない、現実の場面でも何故かファンタジーの香りがするのも違和感があるのです。

下巻になると、同じファンタジーでも少々趣が異なってきます。夢はより切迫性、不気味さを増していき、クライマックスへとなだれ込んでいくことになります。

そして、それぞれの夢の物語の間には幕間が挟まれていて、愛衣が潜り込んでいた夢ではない愛衣にとっての現実が語られ、その現実で起きている連続殺人事件や「少年X」のことが示されていきます。

 

こうして本書『ムゲンのi』は、全体としてミステリーらしい大仕掛けの中で物語が展開していきます。

そして最終的にイレスや、同時進行的に起きている連続殺人事件、「少年X」などの謎が明かされていくのです。

 

ところが、クライマックスでの謎の解明の過程にはいり、意外な事実が明らかにされていくのには驚きました。

特に、本書の読み始めに感じた本書の雑な印象すらも仕掛けの一環であることまで示されたのは、驚きを超えたものがありました。

華先輩の行動に感じた疑問や、現実場面の描写に感じたファンタジーの香りも見事に説明が為されています。

 

しかしながら、個人的な好みから言うと、本書『ムゲンのi』のような作品は、面白いとは思うのですが微妙に私の好みとは違うと言わざるを得ません。

それは、一つには本書『ムゲンのi』でのファンタジーの場面が今一つありきたりに過ぎることです。ファンタジー世界の有りようが文字どおりの単なる夢物語で終わってしまっています。

また、本書で主人公が患者の夢の中で出会う自分の分身ともいえるククルは、『ライラの冒険』に出てくるデイモンを思い出させる存在です。

そして、ククルが〈無〉だという物語に登場する「闇」は、映画『ネバーエンディングストーリー』の原作となったミヒャエル・エンデの『はてしない物語』でいう「虚無」に相当する存在だと思え、物語の独自性を感じませんでした。

 

 

次に、本書『ムゲンのi』の分量がこれほどの長さが必要なのか疑問に思えたことがあります。もう少し短くても良かったのではないか。もしかするとその方がキレがよく仕上がったのではないかという思いを抱いてしまいました。

最後に、本書のような解決方法自体はミステリーの一つのあり方としてあるのでしょうが、個人的好みとして違和感を持ったことがあります。

 

とはいえ、本書『ムゲンのi』は2020年本屋大賞の候補作となるほどに読者の支持を集めているのですから、私の感想はあくまで素人の個人的な感想に過ぎず、他の読者の助けになるかは疑問です。

結論として、全体として面白い作品であること自体は否定しないのですが、個人的な好みとは少し外れた作品だった、ということになりました。

感染遊戯

本書『感染遊戯』は、誉田哲也の人気シリーズ『姫川玲子シリーズ』の第五弾となる連作の短編小説集です。

個々の物語は独立しているようでいて、全体として一つの物語として成立するという作者の仕掛けが見事にはまった一冊です。

 

会社役員刺殺事件を追う姫川玲子に、ガンテツこと勝俣警部補が十五年前の事件を語り始める。刺された会社役員は薬害を蔓延させた元厚生官僚で、その息子もかつて殺害されていたというのだ。さらに、元刑事の倉田と姫川の元部下・葉山が関わった事案も、被害者は官僚―。バラバラに見えた事件が一つに繋がるとき、戦慄の真相が立ち現れる!姫川玲子シリーズ最大の問題作。(「BOOK」データベースより)

 


 

感染遊戯 / インフェクションゲーム
未だ勝俣警部補が公安部に転出する前の刑事部にいた十五年前、世田谷区内で長塚淳という会社員が殺される事件が起きた。捜査を進める中、一人の老人が自分が殺したとして出頭してきた。しかし、後に大友慎治とわかった男は何も話そうとはしない。そして今、姫川は長塚利一という男が殺された事件を捜査していた。

連鎖誘導 / チェイントラップ
警視庁捜査一課九係の倉田修二警部補は、神奈川県警から息子の英樹が交際相手の女性の殺害容疑で逮捕されたとの連絡を受けた。息子との面会にも行かないまま、麻布十番路上殺傷事件の捜査本部に参加した倉田は、被害者のノンキャリアの男性からの協力を取り付けられないでいた。

沈黙怨嗟 / サイレントマーダー
今は北沢署刑事組織犯罪対策課強行班捜査係に配属されている葉山則之は、将棋仲間の老人同士の殴り合いの始末をつけることになった。当事者の一人である谷川正継は堀井辰夫が突然激高したという。葉山は堀井の激高の理由を探り出すが、そこには哀しみに満ちた事情があった。

推定有罪 / プロバブリィギルティ
勝俣は杉並署で官僚殺しの犯人の加納裕道の取り調べを行っていた。一方、警察を辞めていた倉田は自分がかかわった元官僚の松井の殺害事件も思い出していた。また、葉山はやはり加納裕道が犯した別の殺人事件の捜査本部に参加していた。そうして、すべてはある一点に収れんしていくのだった。
 

本書『感染遊戯』は『姫川玲子シリーズ』でありながら、姫川玲子は脇に退いており、いわばスピンオフ的な作品となっています。

つまり、三つの短編は姫川の天敵ガンテツこと勝俣健作警部補や、以前別の物語に顔を出していた元刑事の倉田修二、元姫川班だった若手刑事の葉山則之などをそれぞれに主人公として独立しています。

しかし、全ては最後の中編へとなだれ込み、全体として一編の物語として成立しているのです。

 

そして本書『感染遊戯』は、この国の官僚組織に対する告発として描かれていて、かなり社会性が強い作品となっています。

もちろん、本書はエンターテイメント小説ですから、ここで描かれている官僚たちは国民を見下し、私腹を肥やし、退職後の天下り先を確保することに汲々とする存在として描かれています。

彼ら官僚の国家のためにその身を賭して働く姿は無視されていて、諸悪の根源のような憎しみの対象として存在するとされているのです。

その点についての論評はさておき、本書のエンターテイメント小説としての面白さはさすが誉田哲也の作品であり、一気に読んでしまいました。

 

特にガンテツが前面に出て捜査を進めているのが小気味いい物語となっています。

いつもとは逆に、ガンテツの物語の中に姫川玲子が少しだけ登場し、ガンテツの心をかき乱す一言を残して去っていきます。

他では影の薄い存在である葉山も、今回は前面に躍り出て活躍する姿を見ることができるのです。

また、「連鎖誘導 / チェイントラップ」と「推定有罪 / プロバブリィギルティ」は、『姫川玲子シリーズ』の第二巻『シンメトリー』の第二話「過ぎた正義」に登場する倉田警部補が登場し、「過ぎた正義」と相まって一編の物語として成立している、という楽しみもあります。

その上、本書『感染遊戯』の面白さは本書全体に隠された仕掛けであり、最後の第四話に相当する「推定有罪 / プロバブリィギルティ」ですべてが一つの物語としてまとまっていくその構成にあります。

 

このような丁寧に張られた伏線が見事に回収されていく物語の小気味よさは 長岡弘樹の『教場』といった多くのミステリー作品でよく見られるところです。

教場』は警察学校を舞台にした珍しい設定の全六編からなる連作の短編集で、評価の高いミステリーでもあります。

また 伊坂幸太郎の『フーガはユーガ』は推理小説とは言えないでしょうが、SFチックな設定のもと「現実離れした 兄弟の 本当の物語」として楽しい小説でした。

 

 

ただ、この二冊共に本書『感染遊戯』とは伏線の貼られ方が少し異なるかもしれません。

上記の例えに挙げた二冊の作品は、個別の会話や出来事がクライマックスで別の意味を示すことになり、真相が明らかになるという仕掛けです。

それに対し本書『感染遊戯』の方は作品全体の構成の仕方自体が仕掛けの一部となっており、最終的にその仕掛けが働いて、先に語られた事柄の持つ意味そのものが別の様相を示すことになります。

そうした違いはありますが、共に張られた伏線の回収のされ方は見事という他なく、楽しく読んだ作品だったと言えます。

雨に殺せば

本書『雨に殺せば』は『大阪府警捜査一課シリーズ』二作目の320頁という長さの長編警察小説です。

前作の『二度のお別れ』に続いて第二回のサントリーミステリー大賞で佳作になった作品であり、やはり正統派のミステリー作品です。

 

大阪府警捜査一課の黒木と亀田、通称“黒マメ”コンビのもとに事件の報せが舞い込んだ。現金輸送車襲撃事件について事情聴取した銀行員が、飛び降り自殺したという。銀行員2名が射殺され約1億1千万円が奪われた襲撃事件と、死亡した銀行員の関係は?ふたりはやがて真相に近づいていくが、新たな犠牲者が出てしまい―。大阪弁での軽妙なやりとりと、重厚なハードボイルドの融合。直木賞作家が紡ぐ、傑作警察ミステリ。(「BOOK」データベースより)

 

本稿の冒頭に書いた通り、本書『雨に殺せば』は『大阪府警捜査一課シリーズ』の二作目であり、当然登場人物も「黒マメ」コンビです。

しかし、何か変だと思い前作の『二度のお別れ』を読み返しました。

すると、本書冒頭では、直属上司の“服部”から黒田に対し電話が入り、「・・・独身はよろしいな。」との台詞があるのですが、同様に黒田が電話に出るところから始まる前作で黒田は嫁さんと思われる人物の名を呼んでおり、更には直属の上司の名前は“村橋”となっていたのです。

何なのだ、と思いながらもとにかく読み終えたところ、「角川文庫版あとがき」と題した一文がありました。

そこには、前作『二度のお別れ』がサントリーミステリー大賞で佳作になったおりに、選考委員に「登場人物に華がない」と評されたので、「華がない」の意味が分からず、とりあえず黒田を独身にした、という意味のことが書いてあったのです。

作者本人も「なんと、ま、テキトーな解決であったことか。」と書いておられました。

以上のことは、本作品自体の中身には何の関係も無いことです。しかし、何も知らずに読むと上記のような疑問がわいてきますので、一応記しておきます。

 

 

本書では現金輸送車が襲われます。

港大橋のほぼ中間点、橋を登り切ったところに現金輸送車が停車していたのですが、よく見ると運転席と助手席の男二人ともに射殺されていました。

その後の捜査の中で、事情聴取された銀行員が飛び降り自殺をするなど、事件は混とんとしてきます。

現金輸送車は何故橋のうえに停まっていたのか。

銀行員はなぜ自殺したのか、

川添の未亡人が言った「ミムロ」と名乗る電話の人物は何者なのか。

そして、本書でもやは亀田の奇抜な推理が解決のきっかけを作るのです。

 

本書では銀行がかなりの悪役になっており、歩積・両建預金などの拘束預金の話が問題解決に大きな役割を果たします。

そこで、黒マメコンビは知能、経済犯罪担当の捜査二課の岡崎部長刑事と共に捜査をすることになります。

自殺した川添は、拘束預金を要求した相手の「碧水画廊」から訴えられそうになっていたというのです。

ここで拘束預金とは、歩積、両建預金のことであり、手形割引や貸付の際に、融資した金の一部を預金させることを言うそうです。(コトバンク : 参照)

 

本書は、こうした銀行の横暴を暴き出すとともに、絵画の世界の仕組みなども織り込んでいます。それも、黒川作品の特徴である詳細な調査に裏付けられた緻密な描写で描き出されているのです。

そして、前作以上に謎解きに重きが置かれているようであり、黒マメコンビの軽妙な掛け合いと共に、読みごたえのあるミステリーとして面白く読むことができた作品でした。

 

なお、本書『雨に殺せば』の「解説」は鈴木沓子氏が書いておられますが、下記サイトにぞの全文が掲載されています。

二度のお別れ

本書『二度のお別れ』は『大阪府警捜査一課シリーズ』の一作目の長編(214頁)の警察小説です。

第一回サントリーミステリー大賞で佳作になった作品であり、疫病神シリーズから黒川作品に入った私には意外ともいえる正統派の長編のミステリーでした。

 

三協銀行新大阪支店で強盗事件が発生。犯人は現金約400万円を奪い、客のひとりを拳銃で撃って人質として連れ去った。大阪府警捜査一課が緊急捜査を開始するや否や、身代金1億円を要求する脅迫状が届く。「オレワイマオコツテマス―」。脅迫状には切断された指が同封されていた。刑事の黒田は、相棒の“マメちゃん”こと亀田刑事とともに、知能犯との駆け引きに挑む。『破門』の直木賞作家のデビュー作にして圧巻の警察ミステリ。(「BOOK」データベースより)

 

本書『二度のお別れ』は、大阪府警捜査一課に所属する黒田憲造亀田淳也の「黒マメコンビ」を主人公とする、正統派のミステリーです。

とはいえ、黒川作品の特徴の一つである大阪弁での軽妙な会話は既に描かれています。

つまり、亀田淳也刑事はその体型からくる「豆狸」と「亀田」とから「マメダ」と呼ばれていて、黒田とマメダの「黒マメ」コンビの会話がユーモラスなのです。

本書は1984年に出版されているので時代の古さを感じるところは否めません。

それでも、後の黒川作品につながるユーモアあふれる会話を基本としながら、捜査に当たる二人の刑事のコンビの物語は楽しく読むことができました。

 

黒さんこと黒田は三十代で、本書の視点の持ち主です。連日の捜査に帰宅もできず、五歳の娘ともなかなか会えないでいます。

マメちゃんこと亀田は二十代で、「色黒で童顔、背が低くてコロコロとした体形の持ち主。陽気な性格だが、マシンガントークを炸裂させ、時には奇抜とも思える持論も展開」します。

そして、ミステリーの実質的な探偵役はマメちゃんです。いつも意外性に富んだ発想をしていながら、その発想が真実を見抜いていることがあります。

そのマメちゃんの意見について疑惑を抱きながらも受け入れ、その推論を前提に捜査を進める黒田です。

本書『二度のお別れ』においても黒田は「マメちゃんの推理は、私の思考範囲をはるかに超えていた」といいながらも、マメちゃんの推理に基づいて証拠を集めに走ります。

その推理の結果、犯人に振り回されながらも真実にたどり着くのです。

 

ただ、京都新聞記者の行司千絵氏による本書『二度のお別れ』の「解説」に作者の言葉としてあるように、本書での警察の描き方は間違っているそうです。

つまり、捜査本部で組まれる捜査員のコンビは所轄と本部それぞれの捜査員が組むことになっていること、これほどの事件で捜査一課のみの捜査本部ということはあり得ないこと、結局捜査本部での黒マメというコンビはあり得ないこと、などが指摘してありました。

 

そうした指摘はありながらも、私個人は読んでいる途中ではそうした事実には気付かず、それなりの面白さを感じながら読み進めていたのです。

私の不注意もありますが、それほどに本作品が面白く、デビュー作という印象はありませんでした。

 

しかしながら結末は違和感がありました。種明かしがあのようなことでいいのだろうかという疑問です。

そのことについても、「解説」の中で作者による告白があり、納得(?)したものです。

ともあれ、ミステリーとして水準以上の面白さを持っていて、なにより今の黒川作品につながる会話の面白さを堪能できる作品だったと思います。

 

なお、本書『二度のお別れ』の「解説」は京都新聞記者の行司千絵氏が書いておられますが、下記サイトにその全文が掲載されています。