人質

人質』とは

 

本書『人質』は『北海道警察シリーズ』の第6弾で、2012年12月に刊行され、2014年5月に吉野仁氏の解説まで入れて334頁で文庫化された長編の警察小説です。

これまでのシリーズ作品とは少しだけ異なった趣きの、一軒のワインバーだけを舞台にした作品であり、好みにより評価が分かれるかもしれません。

 

人質』の簡単なあらすじ

 

「謝ってほしいんです。あのときの県警本部長に。ぼくが要求するのはそれだけです」5月下旬のある日。生活安全課所属の小島百合巡査部長は、以前ストーカー犯罪から守った村瀬香里との約束で、ピアノのミニ・コンサートへ行くことになっていた。香里よりひと足先に、会場である札幌市街地にあるワイン・バーに着いた小島は、そこで人質立てこもり事件に遭遇する。犯人は強姦殺人の冤罪で4年間服役していた男。そのコンサートの主役は、来見田牧子、冤罪が起きた当時の県警本部長の娘だったのだ―。一方、同日の朝に起きた自動車窃盗事件を追っていた佐伯宏一警部補は、香里から連絡を受け、事件現場へ向かったのだが…。(新刊書用 「BOOK」データベースより)

 

佐伯宏一と新宮昌樹が捜査を始めた札幌の住宅街で起きた自家用車盗難事件は、盗まれた車は近所に乗り捨ててあるという奇妙な事件だった。

一方小島百合は、村瀬香里に誘われ先に一人で訪れたワインバーで立てこもり事件に巻き込まれ、ほかの客と共に人質に取られてしまう。

この事件の犯人は、冤罪で四年間服役していた中島喜美夫とその刑務所での仲間だという瀬戸口という男であり、中島逮捕当時の県警本部長である山科邦彦に謝罪を要求していた。

というのも、このワインバーで当日のピアノコンサートを予定していた来見田牧子が山科邦彦の娘だというのだ。

津久井は機動捜査隊の長正寺の下で現場へと駆けつけ、佐伯もまた村瀬香里の連絡を受け現場へと急行するが、この事件の裏には隠された目的があった。

 

人質』の感想

 

本書『人質』は、この『北海道警察シリーズ』では初の一幕ものともいえそうな、一軒のワインバーで起きた立てこもり事件を描く作品です。

ですから、これまでの『北海道警察シリーズ』の各作品とは違い、佐伯や津久井たちの捜査の様子が描かれているわけではありません。

この店の内部で起きた事柄が詳細に語られていくだけです。

その意味ではドラマチックな展開も殆どなく、これまでの作品同様のダイナミックな展開を期待して読むと期待外れということにもなりかねません。

しかしながら、そこは佐々木譲の作品であり、サスペンス感はあり、それなりに面白い作品ではあります。

またスマートフォンが出始めのころのスマホの遣い勝手についての話や、佐伯の「でかくて、指でぬぐって使うやつ」などの言葉などがある、時代を感じさせる会話も盛り込んであります。

その上、単に時代を反映させるだけではなく、そのスマホを物語の中にうまいこと活躍させているのも佐々木譲の作品の特徴といえるかもしれません。

 

ただ、『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が書いている「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」によるリアルな捜査の描写がこのシリーズの魅力だと思うのですが、佐伯、津久井、小島という三人の捜査の様子が削がれているのはやはり残念な気はします。

 

 

もちろん、『人質』のあとがきで吉野仁氏が書かれている「様々な人間模様」や「デッドエンドのサスペンス」、「携帯電話やSNSを多用した現代的な展開」などが満喫できるという点は言うまでもありません。

ですから、これまでのタッチと本書の違いをどう捉えるかだけの差であって、単に個人の好みの問題として私はこれまでのタッチの方が好きだというだけです。

でも、シリーズの中の一作品として本書のような傾向の作品があることはシリーズのマンネリ化を防ぐ意味でも好ましいことだと思います。

 

本『北海道警察シリーズ』は全十作品の予定だということですから、残りはあと四作品です( 佐々木譲/北海道警察シリーズ : 参照 )。

シリーズが終了するのは残念ですが、残りの作品をじっくりと味わいたいと思います。

密売人

密売人』とは

 

本書『密売人』は『北海道警察シリーズ』の第五弾で、2011年8月に刊行され、2013年5月に文庫化された作品で、文庫本は368頁の長編の警察小説です。

北海道警察との対峙姿勢は薄れていてもその残滓は残っていたりと、サスペンス感に満ちた物語が展開される一編です。

 

密売人』の簡単なあらすじ

 

十月下旬の北海道で、ほぼ同時期に三つの死体が発見された。函館で転落死体、釧路で溺死体、小樽で焼死体。それぞれ事件性があると判断され、津久井卓は小樽の事件を追っていた。一方、小島百合は札幌で女子児童が何者かに車で連れ去られたとの通報を受け、捜査に向かった。偶然とは思えない三つの不審死と誘拐。次は自分の協力者が殺人の標的になると直感した佐伯宏一は、一人裏捜査を始めるのだが…。道警シリーズ第五弾、待望の文庫化!(「BOOK」データベースより)

 

十月下旬の北海道で、釧路市の漁港で水死体が見つかった。

次いで同日函館市の病院で転落死体が発見され、さらには小樽市の奥沢浄水場で車が炎上し、中から両手首に玩具の手錠がかけられた焼死体が発見された。

津久井卓巡査部長は、小樽の乗用車炎上事件の応援のために機動捜査隊の長正寺武史警部の依頼に応じて共に現場へと向かっていた。

その一時間後、札幌のある小学校の正門前で二年生の米本若菜という女の子が、迎えに来たという男の車に乗り走り去ってしまったという通報を受け、小島百合が乗り出していた。

また佐伯宏一は、たった一人の部下である新宮昌樹の運転する車で、車上荒らしの通報があった札幌市旭丘の集合住宅前に到着したところだった。

 

密売人』の感想

 

本書『密売人』でも、本北海道警察シリーズの中心となる佐伯津久井小島の三人のそれぞれを中心にした個別の事件が描かれ、それが最終的に一つとなり事件が解決する、という流れになっています。

この点を、青木千恵氏が本書のあとがきで、前作の『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が述べた、現実と同様に「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」が本作でも採られている、と指摘されています。

もともと佐々木譲という作家の持ち味である真実味に満ちた表現力が、こうした手法をとることによって、さらに佐伯ら捜査員の捜査の様子がリアルに描かれることになっています。

そのことはまた、サスペンス感もまた増幅されていくことになり、本書においてのクライマックスの緊張感にもかなりなものがあるのです。

 

青木千恵氏はまた本書のあとがきで、登場人物の人間味が本『北海道警察シリーズ』の魅力の一つにもなっている、と書かれています。

まさにその通りで、こうした点は素人の私があらためて言うことでもないでしょう。

この青木千恵氏のあとがきでは、本北海道警察シリーズが本来三部作であったこと、第四作目からの第二期では警察小説の定番素材を取り上げてあることなども書かれていて、シリーズのファンとしては読みごたえがあります。

 

その登場人物としては、中心となるのは佐伯宏一警部補であり、「道警最悪の一週間」を経て、その部下の新宮昌樹巡査部長と共に大通署刑事課盗犯係の遊軍という懲罰人事を受けています。

『笑う警官』での物語の中心となり「裏切者」となった津久井卓巡査部長は教養課拳銃指導室に異動させられていましたが、今回長正寺武史警部の要望で北海道警察本部機動捜査隊を手伝うことになっています。

小島百合巡査は大通署生活安全課総務係にいて、佐伯と微妙な関係のままです。

この五人が本『北海道警察シリーズ』の第一話から登場している人物ですが、詳しい人間関係などは「佐々木譲/北海道警察シリーズ」を参照してください。

 

彼ら登場人物とは別に、かつて警官だった安田というマスターのいる「ブラックバード」という彼らの行きつけのバーがあり、この店の存在がシリーズに独特な雰囲気を与えています。

かつて角川映画で本北海道警察シリーズ第一作『笑う警官』を原作として、角川春樹監督の手で映画化が為されされましたが、その映画がジャズを背景にした渋さのある映画として作成されていたのもこの店の存在があるからでしょう。

 

 

それはともかく、本書において冒頭に起きた三件の人が死んだ事件は、調べていくうちに三人の共通点が浮かび上がってきます。

その共通点から、また北海道警察内部の腐敗の一端が垣間見えることになります。

さらには、クライマックスに向かってのサスペンス感の盛り上がりは相当なもので、佐伯らの活躍が見応えのある作品として仕上がっています。

そこで、警察官としての矜持を見せる彼らの姿が読者の共感を呼び、この北海道警察シリーズに魅せられていくことになるのです。

やはり、佐々木譲の作品は面白いと感じさせてくれる一冊でした。

無明 警視庁強行犯係・樋口顕

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』第七弾の2022年3月に刊行された354頁の長編の警察小説です。

相変わらずの今野敏の名調子の作品であり、本庁の捜査一課と所轄署の捜査員との対立の様子を描きながらも、とても読みやすく面白い作品でした。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京の荒川の河川敷で高校生の水死体が見つかった。所轄の警視庁千住署が自殺と断定したが、遺族は納得していない。遺体の首筋には引っかき傷があったうえ、高校生は生前、旅行を計画していたという。両親が司法解剖を求めたものの千住署の刑事に断られ、恫喝までされていた。本部捜査一課の樋口は別動で調べ始める。しかし、我々の捜査にケチをつけるのかと千住署からは猛反発を受け、本部の理事官には「手を引け」と激しく叱責されてしまう。特別な才能はなく、プライドもないが、上司や部下、そして家族を尊重するー。等身大の男が主人公の人気シリーズ最新作(「BOOK」データベースより)

 

東洋新聞の遠藤記者は、千住署で起きた高校生の自殺事件について家族は捜査をやり直すべきと言っているが、調べ直すべきではないかと相談してきた。

樋口が所轄警察署が事件性はなく自殺と判断した以上は傍から口をはさむことはできないと言っても、遠藤は家族の主張には理由があるというのだ。

そのことを天童管理官に伝えると、千住署の機嫌を損ねないようにしろと、殺人事件の捜査から樋口を外し、樋口と部下の藤本の専従を認めるのだった。

自分はそのつもりはなくても、結局は動かざるを得ないと思いながらも千住署へ行き、高校生の自殺の件について調査を始める樋口だった。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は警察小説であり、ミステリーと分類されるだろう作品ではありますが、捜査そのものの描写と同程度に組織内の人間関係を描き出してあります。

このことは他の今野敏作品とも似ていて、また主人公の描写という点でも『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也や『安積班シリーズ』の安積剛志という主人公たちの人物設定を思わせるところがあります。

前者はキャリア警察官と他のキャリアや組織との関係を描いており、後者は捜査班というチーム内部やほかの捜査チームとの軋轢などの問題を描き出しています。

こうして本書は推理小説とは言っても謎解きメインの本格派ではなく、また犯罪の動機を重視した社会派と言われる作品群とも異なる、まさに組織と個人であったり、また組織の内部そのものを描く作品だと言えます。

組織を描くという点では、本書は樋口という個人に一番光が当たっていると言えるかもしれません。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように組織を重視した警察小説として横山秀夫の『64(ロクヨン)』があります。

D県警内部の人事に絡んだ警察庁との軋轢や警務部と刑事部の争いを描きながらも、広報官として勤務しながら発生した幼児誘拐事件の解決に尽力する主人公の姿を描いた好編です。

 

 

謎解きそのものを重視するのではなく、組織と個人との関りを描いた警察小説としては佐々木 譲の『北海道警察シリーズ』もあります。

このシリーズの始めの三作品が特に、まさに腐敗した北海道警察と個人としての警察官との対立を描いたハードボイルドの香りも漂う読みがいのある作品でした。

 

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』を含む今野敏の描く警察小説の魅力としては上記の組織の中の個人を描き出している点もあると思うのですが、同時に、今野敏らしさとしては、会話文のうまさが挙げられます。

説明的でないにもかかわらず、会話により物語の流れを進めていく描き方は非常に読みやすいのです。

 

そしてもう一点、本書の魅力をあげるとすればやはり主人公のキャラクターに始める登場人物たちの魅力にあります。

先に挙げた今野敏の人気シリーズの各主人公や登場人物たちと同様に、本書での樋口顕や、その友人の氏家譲、それに天童隆一管理官たちといった個性的で魅力的な人物たちがそこにはいるのです。

そんな中でも本シリーズの主人公の樋口顕という人物は、いつも自分に自信がないために他人の顔色を伺って暮らしていると思っているような人物です。

ところが、客観的な評価はそれとは反対に明確な自己主張を持ち、いつも他者を思いやることのできる人物との評価を得ています。

本書でも、そうした樋口の人物像があるからこそ樋口のところに話が持ち込まれることになり、樋口のことを評価している天童管理官も樋口の専従捜査を認めるのです。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の他ではあまり見ない面白さの一つに、樋口の上司との衝突の場面が挙げられます。

所轄の捜査に口を出すなという上司と対立し、組織の秩序維持のためには上司の命令は絶対だという理事官に対し、樋口は秩序の維持も大切だが真実を明らかにすることも大切だと言い切り、懲戒免職まで言い渡されてしまう場面です。

こうした場面はまさにカタルシスを味わえる場面であり、こうした筋を通す人物を描いている点も今野敏作品の魅力の一つだと言えるでしょう。

今後も続巻を期待したいシリーズです。

警官の紋章

警官の紋章』とは

 

佐々木譲著の『警官の紋章』は『北海道警察シリーズ』の第三弾で2008年12月に刊行され、2010年5月に出版された文庫版は細谷正充氏の解説まで入れて435頁になる長編の警察小説です。

北海道警察の暗部を描くこのシリーズの本来の構想では最終巻になる筈だった本巻らしく、対組織の物語として非常に読みがいのある作品でした。

 

警官の紋章』の簡単なあらすじ

 

北海道警察は、洞爺湖サミットのための特別警備結団式を一週間後に控えていた。そのさなか、勤務中の警官が拳銃を所持したまま失踪。津久井卓は、その警官の追跡を命じられた。一方、過去の覚醒剤密輸入おとり捜査に疑惑を抱き、一人捜査を続ける佐伯宏一。そして結団式に出席する大臣の担当SPとなった小島百合。それぞれがお互いの任務のために、式典会場に向かうのだが…。『笑う警官』『警察庁から来た男』に続く、北海道警察シリーズ第三弾、待望の文庫化。(「BOOK」データベースより)

 

北海道警察本部安全部企画部長の日比野一樹警部補は、「郡司事件」の件の百条委員会で証言するする予定の日の前日、「守るべきものを間違えるな。お前は津久井とは違うはずだ。」と言われ、そのまま踏切へ侵入し、自殺してしまう。

そして二年後、佐伯宏一は過去の覚醒剤密輸事件おとり捜査の再調査を始め、津久井は洞爺湖サミット警備の遊軍として本部警務部へ出向となる。

また、小島百合は本部の警備部警護課へ出向し、サミット特命担当大臣の上野麻里子の警備に就くことになった。

ところが、自殺した日比野一樹警部補の息子の日比野伸也巡査が拳銃を所持したまま行方不明となる事件がおきたのだ。

そこで一旦は大臣の警護のSPたちの運転手に回された津久井だったが、すぐに日比野巡査の捜索を命じられるのだった。

 

警官の紋章』の感想

 

作者の佐々木譲によれば、「そもそもこのシリーズの最初は『笑う警官』に始まる三部作の構想だった」そうです。

そこらで角川春樹社長から、「十作は続けようと発破を掛けられました。」とのことですから、その当初の構想通りに「組織悪と個人の戦いという構図」で書き進められた三作目が本書『警官の紋章』ということになります。

この点は、本書の解説を担当されている細谷正充氏も、「本書は、『笑う警官』から始まった、ひとつの事件を軸にした三部作の完結編である」と書いておられます。

シリーズ第四巻目の『巡査の休日』で感じた、第四作目ともなると組織体個人の対決の構図はあまり感じられなくなった、との私の印象はあながち的外れではなかったということです。

 

 

本書『警官の紋章』では、日比野巡査の行方を追う津久井卓巡査部長と、サミット担当大臣の警護を命じられた小島百合巡査、そして自分が外された密輸事件の再捜査をおこなう佐伯宏一警部補が、それぞれに自分の職務を忠実に執行している様子がただ淡々と、しかしリアルに語られます。

そもそも津久井卓巡査部長は、『北海道警察シリーズ』第一巻の『笑う警官』で北海道警察の腐敗の象徴であった郡司事件についての百条委員会で、自分の信念に基づいて警察に不利な証言をしようとして射殺命令の対象となったのでした。

そして佐伯警部補と小島巡査もまた自分の信念に基づいて道警という組織に逆らい、津久井の無実の証明に助力したのですから、やはり彼らなりの正義を身をもって貫いた人物たちです。

その彼らが、本書においても自らの警察官としての仕事を全うする姿がリアルに描かれているのです。

 

本書『警官の紋章』では、場面は三人の視点が次々に入れ替わり、それでいてそれぞれの仕事の内容が絡み合うことなく素直に読み取れます。

加えて、佐々木譲という作家の持ち味でもあると思うのですが、主観描写があまりなく、さらには登場人物たちの行動が信念に基づいたものであるというハードボイルドタッチで進む点も私の感覚に合うと思われます。

まさに王道の警察小説であり、三人の姿自体が作者の思う正義の体現者であると言っても良さそうです。

 

そうした意味ではこの『北海道警察シリーズ』は高村薫の『マークスの山』や乃南アサの『凍える牙』と同系統の作品と言えるのかもしれません。

しかし、共に重厚で読みごたえのある作品という点では似ているとは言えても、なにより少なくとも本書までの三部作においては腐敗した道警という個人対組織という観点で描かれているところはかなり異なります。

 

 

本書のタイトル「警官の紋章」という言葉の抱える意味がクライマックスで明かされます。

その意味が情緒過多と取れそうであっても、それまでの物語の運びの内容からすると素直に、いやそれ以上に真っ直ぐに読み手の心に迫ってくる点は見事なものです。

本書は、ここでいう「警官の紋章を胸に刻んだ者」すなわち「法のまっすぐな執行官とろうとするもの」を描いた作品だと言えるのです。

ただ、本書『警官の紋章』の後始末のやり方は現実味に乏しいともいえるかもしれません。

しかし、そうした処理もまあいいかという気にさせられるのはやはりこれまで語られてきた物語の力かもしれません。

恋する検事はわきまえない

恋する検事はわきまえない』とは

 

本書『恋する検事はわきまえない』は、2022年2月に刊行された作品で、新刊書で266頁の実質四篇の短編からなる推理小説集です。

『転がる検事に苔むさず』の次に刊行された第二作目となる作品集ですが、第一作目と変らぬ軽いユーモアと切れ味とを持つ読みがいのある作品集でした。

 

恋する検事はわきまえない』の簡単なあらすじ

 

特捜部初の女性検事、着任早々大暴れ!

人が人を裁けるのかーー
「正義」の番人たちの懊悩に迫る人情検察小説。

「特捜部初の女性検事」として期待と嫉妬を一身に背負う常盤春子は、着任早々、下水道事業の五社談合事件を任された。落とし所は末端社員たちの摘発ーー。しかし、取り調べ中に闖入してきた被疑者の幼なじみによって、捜査は思わぬ方向に転がり始めた。

築地の魚屋で働く男は、被疑者を庇いながら言葉を吐く。
「おれはよ、法に背いたのは人間じゃねえ気がするんだ。人間の周りを囲んでいる全体みたいなもんだ」
覚悟を決めた春子は、検察幹部仰天の一手に出た(表題作)。

見習い検事が異動先の鹿児島で一騒動を起こす「ジャンブルズ」、小倉支部の万年窓際検事が組織から孤立しながら凶悪暴力団に立ち向かう「海と殺意」ほか、全四話+αの連作短編集。

「罪をつくるのは個人か、社会かーー。
この小説は軽やかに根源的な問いを突きつける」
元厚生労働事務次官
村木厚子さん激賞!(内容紹介(出版社より))

 

 

恋する検事はわきまえない』の感想

 

本書『恋する検事はわきまえない』は、著者の直島翔のデビュー作である『転がる検事に苔むさず』に登場して脇を固めていた人たちを主人公にした作品集です。

 

 

本書『恋する検事はわきまえない』第一話の「シャベルとスコップ」と最終話の「春風」はそれぞれにプロローグやエピローグ的な短い物語でありますが、ともにかなり重要な物語であって、インパクトのある内容となっています。

 

シャベルとスコップ」は、鹿児島地検への転任が決まっている倉沢ひとみ検事の、区検浅草支部での最終日の出来事です。久我周平検事ならではの事実認定のやり方を教えられる場面が展開されます。

 

ジャンブルズ」は、倉沢ひとみ検事が主人公の短編向きの軽い謎解き物語であり、最後の最後のちょっとした仕掛けには驚かされましたが、楽しく読むことができた作品です。

 

恋する検事はわきまえない」は官製談合事件の裏話を検事の世界の出世争いに絡めた作品で、意外な展開は読みごたえがありました。そして、この物語でも最後にちょっとした仕掛けがあります。

この話は前作の『転がる検事に苔むさず』で久我周平検事をかわいがっていた弁護士の常磐春子が検事だった頃の話です。

著者自身の言葉として、「公取委が刑事告発に踏み切った実際の官製談合事件をモデルにしました。」「人を罪に問うことに真剣に向き合う検察官と、どうもそうではない出世しか頭にないタイプや事なかれ主義者の検察官を対比させた」などの言葉がありました。( ※週刊ポスト : 参照 )

また、この話はあとで出てくる「春風」での話とも繋がってくる物語であり、どこに仕掛けがあるか分からない本書の特徴的な話でもあります。

 

海と殺意」は福岡地検小倉支部時代の久我周平が主人公です。

日本一凶悪なヤクザと言われた「白王会」に立ち向かう小倉中央署の暴力団担当の池崎将洋警部補の話で、それを助ける久我周平の物語です。

若干、ストーリーが無理筋とも感じられる箇所もありましたが、それでもなお小技の効いたひねりには感心させられた面白い話で、久我検事と福岡地検時代の常磐春子検事正との出会いの場面もある一編でもあります。

 

健ちゃんに法はいらない」は隅田署の交番巡査有村誠司を主人公とする作品です。

有村は保育園の防犯教室でボランティアの健介と知り合い、お節介な彼に言われるまま、虐待が疑われる少年を見守ることになります。

 第一話「ジャンブルズ」で、倉沢ひとみ検事と有村巡査との電話での会話の場面が、ここでは有村巡査の視点で再現されているという遊び心を持った連携場面もあり、楽しく読めた話でした。

 

春風」は久我周平検事の話で、次回作につながるであろうエピソードを簡単に紹介してあり、重要です。

 

本書『恋する検事はわきまえない』は、シリーズの登場人物それぞれを個別の主人公にした、言ってみればシリーズ外伝的な物語集であり、本シリーズに奥行きと深みを持たせ、さらには読者により興味を持たせる効果があると思います。

本書では特に、シリーズの主役である久我周平検事の姉貴分的な立場にいる、シリーズ本体ではヤメ検として高名な常磐春子に関する事柄が目を引きます。

久我との出会いや、常磐春子のプライベートな事柄まで踏み込んで書かれていて、これからのシリーズの展開にも大きく関係してくるであろう常磐春子の人となりが垣間見えて興味を惹かれます。

 

著者の直島翔の作品は、私の好みにかなり合致した作品であり、これからの作品がとても楽しみな作家さんの一人です。

ちなみに、出版社の「内容紹介」では「常盤春子」と表示してありますが、本書内では「常磐春子」と表記してあり、「盤」と「磐」と文字が異なっています。

前著ではどうだったのか、手元に本がありませんので、そのうちに確認してみようと思っています。

花束は毒

花束は毒』とは

 

本書『花束は毒』は2021年7月に刊行された、新刊書で293頁の長編のミステリー小説です。

「王様のブランチ」で紹介されていたので読んだのですが、確かに結末には意外性があったものの、結末に至るまでのストーリーが平板に思えた作品でもありました。

 

花束は毒』の簡単なあらすじ

 

罠、また罠。100%騙される、戦慄ミステリー!

「結婚をやめろ」との手紙に怯える元医学生の真壁。
彼には、脅迫者を追及できない理由があった。
そんな真壁を助けたい木瀬は、探偵に調査を依頼する。
探偵・北見理花と木瀬の出会いは中学時代。
彼女は探偵見習いを自称して生徒たちの依頼を請け負う少女だった。

ーーあの時、彼女がもたらした「解決」は今も僕の心に棘を残している。
大人になった今度こそ、僕は違う結果を出せるだろうか……。

背筋が寒くなる真相に、ラストに残る深い問いかけに、読者からの悲鳴と称賛続出の傑作ミステリー。( 出版社より )

 

花束は毒』の感想

 

本書での事件は、真壁研一という元医学生のもとに「結婚をやめろ」という脅迫の手紙が届いたことから始まります。

真壁研一は木瀬芳樹という大学生のいとこであり、この木瀬芳樹が本書の大半の語り手でもあります。

警察は取り合ってくれなさそうな事件のため、木瀬芳樹が真壁の姿を見かねて自ら探偵事務所に調査を依頼しようとするのです。

このときに調査を依頼した探偵が、木瀬芳樹の中学時代の一学年先輩であり、従兄の聡一が当時いじめられていた問題の解決をした北見理花という女性でした。

この北見理花もまた、本書での語り手の一人であり、先の木瀬芳樹の語りを中心に北見理花の視点がたまに入るという形式で物語が進みます。

 

物語の少なくとも中ほどまでは、ほとんど全部と言っていいくらいに、探偵である北見理花と彼女に付きそう木瀬芳樹との、真壁が過去に犯したとされる強姦事件の調査の様子が語れられるだけで進みます。

この過程ではストーリーの変化が見られず、物語の展開が平板で実に退屈に感じました。

また、途中経過が平板に感じたためかもしれませんが、本書のメインの語り手となる木瀬芳樹や、探偵役の北見理花もともにその人となりについての描写はなく、少なくとも印象には残りません。

本書のようなミステリーでは不要、と言われればそれまでなのですが、個人的には特に探偵役の北見理花についてはもう少し書き込みが欲しいと思ってしまったものです。

 

たしかに、すべてを読み終えた今は、本書の帯にあった「100%騙される戦慄」という言葉は嘘ではなかった、と納得しています。

終盤に近付くにつれ、犯人の見当はつくといえばつくのですが、それでもなお結末自体は驚きを感じました。

それまで平板に感じたストーリーはこの結末のためにあえてそのようにしたのかと思ったほどですが、それはさすがにないでしょう。

それほどに驚きを持った結末ではあったのですが、それまでの運びが私の好みではなく、ただ、レビューでの「結末に驚いた」という声と「王様のブランチ」での紹介があったことを頼りにとりあえず最後まで読み通したと言えます。

 

結局、ミステリーとしての結末の驚きこそ感心はしたものの、物語の面白さとしては残念ながらレビューほどではなかったと言わざるを得ません。

私の好みとは少しのずれがあったというほかない作品でした。

織守 きょうや

織守きょうや』のプロフィール

 

1980年ロンドン生れ。2013年『霊感検定』でデビュー。2015年「記憶屋」で日本ホラー小説大賞読者賞を受賞。他の作品に『少女は鳥籠で眠らない』『ただし、無音に限り』『響野怪談』『花村遠野の恋と故意』などがある。引用元:織守きょうや | 著者プロフィール | 新潮社

 

織守きょうや』について

 

現時点ではありません。

探花 隠蔽捜査9

探花 隠蔽捜査9』とは

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は『隠蔽捜査シリーズ』の第九弾作品で、2022年1月に刊行された、新刊書で334頁の長編の警察小説です。

新天地である神奈川県警に移って二作目となる本作ですが、相変わらずに主人公の特異なキャラを生かしながら、さらに管轄内に抱える横須賀米軍基地という特殊性を考慮した面白い作品でした。

 

探花 隠蔽捜査9』の簡単なあらすじ

 

信念のキャリア・竜崎に、入庁試験トップの新ライバルが出現!? 「俺は、ただの官僚じゃない。警察官僚だ」次々と降りかかる外圧に立ち向かう、人気シリーズ第9弾! 神奈川県警刑事部長となった竜崎のもとに現れた、同期入庁試験トップの八島という男。福岡県警から赴任してきた彼には、黒い噂がつきまとっていた。さらに横須賀で殺人事件が発生、米海軍の犯罪捜査局から特別捜査官が派遣されることにーー。次々と降りかかる外圧に、竜崎は警察官僚としての信念を貫けるのか。新展開の最新刊。(出版社より)

 

竜崎が刑事部長として神奈川県警に赴任してきて初めての五月のある日、登庁してすぐに阿久津重人参事官と板橋武捜査一課長とが、横須賀のヴェルニー公園で遺体が発見されたと言ってきた。

阿久津参事官は、もし米軍絡みの犯罪であれば日米地位協定の関係で海軍犯罪捜査局が乗り出してくるかもしれないので、捜査本部の設置は早い方がいいという。

その後、白人男性が刃物を持って逃走していたとの目撃情報があり、結局米軍との調整のためにトップが出向く必要があるということになった。

しかし、そこに居合わせた警務部長として異動してきた八島圭介の「王将は必要はなく、飛車でも動貸しておけばいい」との言葉に、本部長は動かずに竜崎だけが出向くこととなった。

この八島圭介という男は竜崎の同期のキャリアであって入庁時の成績がトップであったらしく、二番の成績だった警視庁の伊丹刑事部長などは、八島は何かと黒い噂もある男であり気を付けるようにというのだった。

 

探花 隠蔽捜査9』の感想

 

本『隠蔽捜査シリーズ』の主人公の竜崎伸也は、一般の警察官や警察官僚が抱いている警察官僚像とは異なり、出世に関心がなく、警察官の仕事は事件の解決であり、事件の解決に役立つために合理的に動くことを身上としている人物です。

本シリーズの魅力は、そうした竜崎という人間にある意味振り回されている警察機構内部の人間模様の描き方にある、というのはあらためて言うことでもないでしょう。

そこには、硬直化した警察組織、警察官僚に対する著者今野敏なりの風刺・揶揄の意味もあると思われます。

 

本書『探花 隠蔽捜査9』は、その竜崎が警視庁管轄外の神奈川県警に異動してからの第二弾となる物語です。

それは、マンネリに陥りかけていた本シリーズを再活性化するための処方であり、その試みが今のところ成功していると思います。

舞台を新たにすることで竜崎という特異なキャラも生きてきており、また新しい土地の特色も生かすことができていると思われるのです。

 

繰り返しまさうが、本隠蔽捜査シリーズの魅力は何といっても主人公の竜崎伸也の特異なキャラクターにあります。

ところが、シリーズも巻を重ねるにつれ、読者は、そして登場人物でさえも竜崎のキャラクターにも慣れてくるのは当然であり、竜崎の魅力が薄れてきました。

そこで、竜崎を異動させ新しい地での活躍が描かれることとなったのが前巻の『清明 隠蔽捜査8』であり、その試みは成功していると思えます。

 

 

つまり、前著『清明』では中華街が、本書『探花』では横須賀の米軍基地という神奈川ならではの特異性を織り込んである点がこれまでにない視点です。

確かに、東京にも横田などに米軍関連の基地などはありますが、これまでの竜崎がいた大森署を舞台にしたままでは描けない事案でしょう。

その点神奈川県警は横須賀という大規模米軍基地を抱えており、また米軍関係ではなにかと取りざたされることの多いいわゆる「日米地位協定」も問題となり得るのです。

 

この「日米地位協定」を取り上げた作品としては、誉田哲也の『ジウサーガ』第八弾の『ノワール 硝子の太陽』という作品があります。

この作品は『姫川玲子シリーズ』に属する『ルージュ: 硝子の太陽』とのコラボレーション作品で、日米地位協定が重要な意味を持つ事柄として取り上げてありました。

 

 

作者今野敏が本書『探花 隠蔽捜査9』のマンネリ化を回避するために打った二番目の手段が新しい人物を登場させることです。

そのことは、刑事部捜査一課長の板橋武と参事官の阿久津重人という新しい人物が脇を固めていることは当然として、米軍関連でリチャード・キジマ特別捜査官という担当者を引っ張り出していることもそうでしょう。

しかし、なにより一番のインパクトは八島圭介というキャリアが警務部長として登場してくることです。

この人物は竜崎や警視庁刑事部長の伊丹俊太郎とは同期であり、入庁時の成績が一位だったという人物で、キャリアにとって出世することが一番の目的だと言い切る、まさに官僚的な人物なのです。

この人物が赴任早々に起きた横須賀のヴェルニー公園で発生した殺人事件の捜査本部に本部長の佐藤実が出向くまでもなく、竜崎が行けば足るとして本部長を連れていこうとしていた竜崎の思惑を潰してしまいます。

伊丹によれば何かと黒い噂のある人物だといい、今回の事件でも竜崎の聴取を受けることになります。

 

こうした新天地での竜崎の活躍はこのシリーズのマンネリの印象を一掃するのに成功していると言えると思います。

少なくとも本書はとても面白く、シリーズの当初の新鮮さに近い印象を持った作品でした。

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』とは

 

本書『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』は2022年1月に刊行された、「このミステリーがすごい! 」大賞の選評まで入れて新刊書で267頁の長編のミステリー小説です。

2022年・第20回「このミステリーがすごい! 」大賞の受賞作であり、王様のブランチでも紹介された、現役弁理士が描く企業ミステリーです。

 

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』の簡単なあらすじ

 

特許権を盾に企業から巨額の賠償金をふんだくっていた凄腕の女性弁理士・大鳳未来が、相方の弁護士と共に防衛専門の特許法律事務所を立ち上げた。今回のクライアントは、映像技術の特許権侵害を警告され、活動休止を迫られる人気VTuber・天ノ川トリィ。調査に乗り出した未来は、さまざまな企業の思惑が絡んでいることに気づき、いちかばちかの秘策に…!2022年第20回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

別件のトラブルを解決したミスルトウ特許法律事務所の弁理士大鳳未来は、相棒で事務所所長の姚弁護士から言われ、警告書が届いたという次の依頼者の「エーテル・ライブ」へと向かった。

「エーテル・ライブ」は、今はやりのYouTube上での活動が主なため一般的にVTuberと呼称されるバーチャル・ライバーが多数所属する会社だ。

「エーテル・ライブ」所属の稼ぎ頭のVTuberである天ノ川トリィの映像が特許権を侵害しているという警告書が届いたというのだ。

「株式会社ライスバレー」から届いた侵害警告書は、天ノ川トリィが使用している撮影システムの使用行為は弊社の有する専用実施権を侵害している、というものだった。

しかし、警告書に記されていたのは撮影システムの使用中止と「エーテル・ライブ全体の売上額に0.1を掛けた額」の損害賠償額という普通はあり得ないものであった。

さらには侵害があったことを立証する「クレームチャート」も同封されていないことを考えると、この請求には何か裏があると考えざるを得ないのだった。

 

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』の感想

 

本書『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』は、2022年・第20回「このミステリーがすごい! 大賞」大賞の受賞作であり、特許権という未知の分野を舞台に展開する点で非常に興味を持てる作品でした。

同時に、VTuberの使用する送信技術という現代社会では無視できないテクノロジーを対象にしている点でもまた面白そうな作品です。

 

本書の登場人物としては、まず主人公の大鳳未来という弁理士とその相棒であり「ミスルトウ特許法律事務所」の所長でもある弁護士の姚愁林がいます。

そして大鳳未来を助けるスタッフ的な存在として、技術面での相棒と言ってもいいフリーの技術コンサルタントである新堂がおり、今回は問題の撮影システムの解析をしてもらっています。

さらに特許文献調査会社の「磯西技術情報サービス」の社長兼社員の磯西や、「夏目・リバース・エンジニアリング」という興信所の所長兼所員である夏目森太郎がいて、特許権者の背景事情などの調査を依頼しています。

次に問題となる事案の関係では、今回の依頼者である多数のVTuberを抱える会社「エーテル・ライブ」社長の棚町隆司、そしてそこのトップVTuberの天ノ川トリィが登場しています。

相手方としては、特許権を侵害しているという警告書を出したのが米谷勝弘を社長とする「株式会社ライスバレー」であり、それに華村基英を社長とする問題の技術の特許権者の「ハナムラ設計機器」がいます。

他に、「エーテル・ライブ」のもの言う株主の一人であり、問題を複雑にするだけの薄雲やほかの人物たちも登場しますが、そこは実際に読む中で確かめてください。

 

本書『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』は、知的財産に関する専門家である弁理士を主人公とする作品だけあって、私たちが普段耳にしない専門的な言葉が飛び交っています。

そこは作者である南原詠が現役の弁理士というだけあって、その言葉の一つ一つに簡単な説明が施されていて、「特許」関連のトラブルについて無知な読者にもそれなりに分かり易いように説かれています。

その点は自分たちが知らない世界について分かり易く、かつ面白く教えてくれていて、とても楽しく読むことができました。

本書の最後に記載されている第20回「このミステリーがすごい! 」大賞の選評で、専門的な言葉が出てきてわかりにくいという意見があるところを見ると、出版に際し加筆されたのでしょう。

 

さらには、人の動きをトレースしてコンピュータに取り込み、そのデータをもとにCGキャラクターを動かすというVTuberの根本的な映像技術を特許の対象とすることで、現代の人気業界の裏話をも見せてくれています。

レーザー技術によって人の動き取り込むなかで、スマホでも話題になっている5G技術までも活用した話として組み立てられているのです。

ストーリー自体の面白さが前提であることは勿論として、こうした未知の情報を教えてくれる作品は付加価値をつけてくれていて面白さが倍増します。

 

本書『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』では、主人公のキャラクターも今ふうでなじみやすいと思われます。

近年では新川帆立の『元彼の遺言状』がやはり男勝りの、お金こそすべてだと公言してはばからな女弁護士というキャラクターの作品でした。

この作品は本書と同じ『このミステリーがすごい!』大賞の受賞作で、小気味よいタッチで描かれてはいましたが微妙に私の好みとは異なる作品でした。

 

 

また、柚月裕子の『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』もあります。

ただこの作品は、元弁護士の私立探偵である主人公の女性が助手の貴山との知的ゲームを楽しむという、気楽に読めるコンゲームであって、本書とはちょっとニュアンスは異なるかもしれません。

 

 

ともあれ、本書『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』の南原詠という作者はこれからも楽しい作品を送り出してくれるだろう作家さんとして楽しみな作家さんだと思えます。

今後が楽しみです。

南原 詠

南原詠』のプロフィール

 

1980年生まれ。東京都目黒区出身。東京工業大学大学院修士課程修了。
元エンジニア。現在は企業内弁理士として勤務。引用元:南原 詠|宝島社

 

南原詠』について

 

デビュー作の『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』が、第20回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞しています。

この作品は、弁理士の主人公大鳳未来が弁護士の姚愁林と組んで、特許権侵害の警告書を受け取った会社の依頼で人気VTuberの天ノ川トリィを救うために奮闘する姿を描くリーガルミステリーです。