蟬かえる

蟬かえる』とは

本書『蟬かえる』は『魞沢泉シリーズ』の第二弾で、2020年7月に東京創元社から256頁のソフトカバーで刊行され、2023年2月に創元推理文庫から304頁の文庫として出版された、短編推理小説集です。

第74回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、及び第21回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞した作品です。

蟬かえる』の簡単なあらすじ

全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年・魞沢泉(えりさわせん)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていたー。16年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか?魞沢が意外な真相を語る表題作など5編を収録。注目の若手実力派が贈る、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞した、連作ミステリ第2弾。(「BOOK」データベースより)

蟬かえる』の感想

本書『蟬かえる』は『魞沢泉シリーズ』の第二弾で、第74回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、及び第21回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞した短編推理小説集です。

これまで読んできたいろいろなミステリーとは異なった作品であって、なんとも不思議な印象というほかありません。

 

探偵役の魞沢泉は、昆虫好きの青年ということ以外明確には紹介はしてありません。

作者によると、この魞沢泉のモデルは泡坂妻夫の亜愛一郎だということです( 作家の読書道 : 参照 )。

泡坂妻夫作品はむかし何作か読んだことがあり、今となっては内容は全く覚えていませんが亜愛一郎シリーズも何冊か読んだ記憶はあります。

泡坂妻夫という作家のミステリーの面白さは間違いのないところであり、ミステリー好きであれば一度は読むべきだと今でも思っているほどです。

その泡坂妻夫の作り出したキャラクターを参考にしたのが魞沢泉という探偵役であり、一見頼りなさそうでありながら、人間性豊かで、謎解きにその頭脳明晰さを示しているのです。

 

つまりは、はっきりとした謎が提起されて探偵役がその謎を解いていくという通常のミステリー作品とは異なります。

魞沢泉の行動を追っていると、結局はほかの登場人物の行動の本当の意味が明らかにされていくという、なんとも不思議な流れなのです。

そして、作者の文章自体もとても易しい文章であり、読み進めることがとても楽です。その、楽な読書の中でいつの間にか魞沢泉の活躍によって皆の疑問が解決していくのです。

 

本書に関しては、ミステリーだというだけで、探偵役が誰かなど何の前提知識もなしに本書を読み始めました。

そのため、特に第一話ではミステリーである以上はあるはずの謎が何かもよくわからないままでの読書になってしまいました。

 

一章 蝉かえる
山形盆地の端にある村の「御隠神社」に再訪していた糸瓜京助は、ある大学の非常勤講師だという鶴宮イツミとその連れの魞沢泉という二人組に、十六年前の震災時にボランティアとして訪れたときに体験した一人の少女をめぐる不思議な出来事を話すのでした。

誰が探偵なのか、もわからずに読み始めたため、糸瓜という名の青年の語る十六年前の出来事についても、その意味をよく把握しないままの読書でした。

そのためか、読み終えてみると意外な人が探偵であり、謎もよくわからないままに納得させられてしまったという印象を持った話でした。

 

二章 コマチグモ
ある団地の一室で女性が倒れているとの通報を受けて現場に向う救急車が途中で行き会わせた交通事故は、その被害者である女子中学生が不思議な行動をとっていました。

唐津巡査部長桂木巡査の会話など、この作者の文章には軽いユーモアが含まれていて、非常に読みやすい作品でした。

 

三章 彼方の甲虫
魞沢泉は、友人の丸江から誘われて彼女が経営するペンションへとやってきました。そこで出会ったスカラベのペンダントをしていた客であるハサルという人が、翌日の朝早く崖から落ちて亡くなるという事件が起きます。

なんとも物悲しい話ではありますが、魞沢泉の面目躍如というお話です。

 

四章 ホタル計画
一般向けサイエンス雑誌「アピエ」編集長の齋藤は、ナニサマバッタというペンネーム名の少年から繭玉カイ子がいなくなったという電話を受けるのでした。

この話では探偵役は魞沢泉ではなくオダマンナ齋藤こと「アピエ」編集長の齋藤かと思っていたのですが、そうとも言えないところもまた意外な結末と言えるのでしょう。

 

五章 サブサハラの蠅
魞沢は、成田空港でアフリカ睡眠病の対策にあたっていた江口海と偶然出会い、後日、改めて彼を訪ねるのでした。

アフリカ睡眠病をめぐる物悲しい話ではありましたが、魞沢の新たな一面を見せてくれた話でもありました。

また、ここでの話に直接関係するわけではないのですが、「三章 彼方の甲虫」の物語が話題として登場してきます。なんとも心が落ち着かない話ではありますが、魞沢泉がまた見事な推理を聞かせてくれています。

 

本書を読んでいる途中はなんとも不思議な感覚で読み進めていたのですが、読み終えてみると、良質なミステリーを読み終えたときの心地よさに包まれていました。

また、読了時には何故か米澤穂信真実の10メートル手前という作品を思い出していたのですが、その理由はいまだによく分かりません。

ただ、ともに謎解きの論理が明快であるところや、読了後の心地良さは一緒だとは言えるようです。

とにかく、面白い作品でした。

櫻田 智也

櫻田智也』のプロフィール

1977年生まれ。北海道出身。2013年、昆虫好きの青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)を主人公とした「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞しデビュー。2017年に、受賞作を表題作とした連作短編集が刊行された。2021年には、エリ沢泉シリーズの2冊目『蝉かえる』で、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞をW受賞。他著に、『六色の蛹』(いずれも、東京創元社刊)がある。『失われた貌』は、初の長編となる。

引用元:櫻田智也 | 著者プロフィール | 新潮社

櫻田智也』について

もともと、インターネット上で記事を書いていた人らしいのですが、東日本大震災で気力が尽き、記事を書くのをやめたとありました( ウィキペディア : 参照 )。

2021年に、『蟬かえる』が、第74回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、及び第21回本格ミステリ大賞(小説部門)を受賞しています。

また『失われた貌』が、2025年に第16回山田風太郎賞の、そして2026年本屋大賞の候補作になっており、2026年の第14回山中賞を受賞しています。

白露 警視庁強行犯係・樋口顕

白露 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

本書『白露 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第九弾で、2025年11月に幻冬舎から360頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

本書でも外国人差別や無責任なSNSへの書き込みなどが取り上げられていて、作者なりの対応が為されている、変わらずに読みやすく面白い作品でした。

白露 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

東京の世田谷区の工事現場で刺殺体が見つかった。第一発見者は、そこで働く南アジア国籍の男性。警視庁捜査一課の樋口班が捜査を進めるなか、SNSでは彼の実名が書き込まれ、外国人であることを理由に犯人ではないかと疑う声が上がる。サイバー犯罪対策課と連携して投稿者の特定を急ぐ樋口。だが、それを嘲笑うかのごとく、発見者の顔写真と現住所まで晒されてしまい、さらには逮捕や強制送還を望む意見まで出てくる…。かつてなく外国人排斥の風潮が強まり、フェイクニュースがあふれるなか、等身大の刑事・樋口は真実を掴むことができるのか。同僚とも家族とも絆が深い名刑事を描く傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

白露 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

本書『白露 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第九弾となる作品です。

近年、なにかと話題になることが多い外国人への差別SNSへの無責任な書き込みの問題などが取り上げられていて、変わらずに読みやすく面白い作品でした。

 

本シリーズでは特に警察組織の活動が全体として描かれていることが多いようです。

もともと、今野作品は警察小説の第一人者として、個人の活躍ではなく、チームとしての警察の活躍が描かれていますが、本シリーズは特にその傾向が強いように思えるのです。

人気シリーズの一つである『安積班シリーズ』などもチームとしての安積班の活躍が描かれており、従来の探偵小説とは異なる主人公の性格設定も含め警察官個人ではない組織体としての警察の姿がそこにはあります。

本書が属する『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』と『安積班シリーズ』とはかなり似たところがあるシリーズだとは『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の項でもほんの少しですが書いたところです。

 

本書では、ある殺人事件で遺体の第一発見者が外国人であったというだけでネット上で不当な扱いを受けたり、現場近くに住むまた違う国のアジア人が疑いの目を向けられたりと、日本人の心に潜む差別意識を暴き出しています。

同時に、第一発見者の実名、勤務先をネット上で晒したりする若者や、現場近くに住む外国人に接触を図ろうとするフリーのジャーナリストと称する男などが登場し、その問題点を指摘しているのです。

本書の作者である今野敏の作品では、こうした社会的な問題点を取り上げることがい多いようです。だからと言って、いわゆる社会派の作品ということではなく、作品はあくまでエンターテイメントであり、気楽に読むことができます。

もっとも、遺体の第一発見者が外国人だから事件現場の近くに住む違う国の外国人に聞きこみに行った方がいい、などという登場人物の一人の意見は、いくら何でもそこまではないだろうという気はしました。

 

面白いのは、ネット上に他人の実名や住所などを晒す行為をなんとも思っていない若者の行為を明確に分析しているところです。

本書では、荻窪署生活安全課の氏家譲巡査部長という、樋口顕の友人でもあるシリーズの常連が登場し、少年事件の専門家らしい意見を述べています。

とくに、若者によるSNSへの書き込みに関しては、彼らの間で通用している「ノリ」という彼らなりの正義があるというのです。

こうしたネット上での匿名性についての問題点への指摘はよく聞かれるところではありますが、若者の書き込みに関して、ここまではっきりと指摘したものは私の知る限りではなかったように思います。

私たち大人の通常の感覚とは全く異なる彼らの感覚についての氏家の説明は、思わず納得の解説でした。

 

こうした指摘も含め、エンターテイメント小説としての面白さは十分に満足させてくれるものでした。

本書は、今野作品として、変わらずに読みがいのある作品だったと言えます。

マスカレード・ライフ

マスカレード・ライフ』とは

本書『マスカレード・ライフ』は『マスカレードシリーズ』の第五弾で、2025年7月に集英社から392頁のソフトカバーで刊行された長編の推理小説です。

ホテル・コルテシア東京の保安課長へと立場を変えた元警視庁刑事の新田浩介が、フロントクラークの山岸尚美と共に、ホテル内で起きる事件を解決する、人気シリーズです。

マスカレード・ライフ』の簡単なあらすじ

溶接加工会社勤務の入江悠斗が、何者かに刃物で胸を刺されて死んだ。悠斗は17歳のときに傷害事件を起こしていた。事件を担当する捜査一課の新田はかつての先輩警官・本宮、女性エリート警部・梓、その部下として働く能勢の捜査報告から、別の二件の殺人事件との関連性を疑う。そしてそれぞれの事件の容疑者が「あのホテル」に宿泊することが判明。新田は三度、潜入捜査を開始するー。(「BOOK」データベースより)

マスカレード・ライフ』の感想

本書『マスカレード・ライフ』は『マスカレードシリーズ』の第五弾で、これまでは元警視庁捜査一課の警部であった新田浩介ホテル・コルテシア東京の保安課長として再出発する長編の推理小説です。

前作『マスカレード・ゲーム』でホテル・コルテシア東京へと戻ってきた山岸尚美も、本作でもこれまで通りの優秀なフロントクラークとして登場しています。

そして、前作から登場してきた警視庁捜査一課係長の梓真尋も登場し、かつては新田の下で働いていた元捜査一課の刑事の能勢も定年退職後に勤務している探偵事務所の職員として新田を助けています。

 

今回は「ホテル・コルテシア東京」で開催されることになった灸英社主催の『日本推理小説新人賞』の選考会を舞台に展開されます。

というのも、警察は、ある死体遺棄事件の行方不明の重要参考人が書いたと思われる作品がこの新人賞の最終選考に残っているため、作者が現れるのを張り込みたいというのです。

そして、新田にとってはもう一つ、新田の父親がこのホテルに現れるという事件も待っていたのです。

 

結局、本書は死体遺棄事件の重要参考人で『日本推理小説新人賞』の最終選考に残った正体不明の容疑者をめぐる物語を主軸に、新田浩介の父親の克久が絡んだ物語との二本立てで展開されます。

しかし、物語としては父親が絡んだ物語がかなり重い話であることもあって、結果的にかもしれませんが、もう一つの死体遺棄事件の結論はかすんでしまった印象があります。

端的に言うと、本書全体の印象として、前作で感じた「東野圭吾本来の面白さ」は感じられませんでした。

つまり、本書はほかの東野圭吾作品に比べ感情移入できなかった作品だったのです。

『日本推理小説新人賞』の審査員の描写は知らない世界のことでもありとても関心を持って読むことができたのですが、それ以外の箇所についてはあまり惹かれるものはありませんでした。

先に書いたように、本書の主たる話は『新人賞』の最終候補者の一人である死体遺棄事件の重要参考人が特定できないというものです。

具体的には、ホテルに現れた常盤健太朗という最終候補者が重要参考人の青木晴真なのかどうかという点が関心事由です。

でも、最終候補者の特定に至る過程も、そもそも死体遺棄事件に隠された謎についても心に残るものではなかったのです。

 

一方、父親の新田克久が絡んだ出来事はかなり悲惨な出来事が根本に横たわっており、簡単に通り過ぎるような出来事とは思えません。

新人賞の最終選考会よりも、父親の出来事の方に関心が持っていかれた気もします。

 

そもそも、本シリーズのテーマとしては、山岸尚美の「心に仮面を持っていない人などいない。時に被り、時には外す。そうやって生きている。」という言葉として表してあると思われます。

ホテルの暮らしは非日常であり、「仮面」を付けた暮らしだ、との言葉が本書の中にありましたが、死体遺棄事件の結末はその視点からは逸脱してるように感じられたのです。

死体遺棄事件の重要参考人の話をホテル内での出来事にするために『日本推理小説新人賞』選考会という手段を設けてある、という点が先に立ち、感情移入できなかったのではないでしょうか。

シリーズは続くのでしょうから、次作に期待したちと思います。

テミスの不確かな法廷 再審の証人

テミスの不確かな法廷 再審の証人』とは

本書『テミスの不確かな法廷 再審の証人』は『テミスの不確かな法廷シリーズ』の第二弾で、2025年12月にKADOKAWAから240頁のソフトカバーで刊行された、長編の推理小説です。

発達障害という特性を持った主人公をうまくうごかした、暖かさに満ちたミステリー作品です。

テミスの不確かな法廷 再審の証人』の簡単なあらすじ

任官8年目の裁判官・安堂清春は、抜群の記憶力を持つものの、極度の偏食で、感覚過敏、落ち着きがなく、人の気持ちが分からない。そんな発達障害の特性に悩みながら、日々裁判に向き合っている。7千万円を盗み起訴された女性銀行員が囁いた一言、飼い犬殺害事件に潜むかすかな違和感。彼はわずかな手がかりから、事件の真相を明らかにしていく。そんな中に現れた、殺人の濡れ衣を着せられたと訴える男。その再審裁判で証人として出廷したのは、検察ナンバー3の地位にいる、安堂の父だった…。衝撃と感涙のラストが待ち受ける、逆転の法廷ミステリ!(「BOOK」データベースより)

目次

テミスの不確かな法廷 再審の証人』の感想

本書『テミスの不確かな法廷 再審の証人』は『テミスの不確かな法廷シリーズ』の第二弾で、発達障害という特性を持った特例判事補という主人公がとても魅力的な、温もりにあふれたミステリー作品です。

 

本書の主人公は、多分山口県だとおもわれるY市の地方裁判所に勤務する安堂清治という特例判事補です。

ただ、彼は普通の人とは異なる特性を持っていました。それが発達障害と呼ばれる、人の気持ちを読み取るのが苦手な自閉スペクトラム症(ASD)と、衝動性がじっとしていることを許さない注意欠如多動症(ADHD)と診断された人物だったのです。

彼は十歳の頃にASDADHDと診断してくれた精神科医の山路薫子が教えてくれた通りに自分が発達障害であることを自覚し、並外れた記憶力と頭脳を武器に司法試験に合格し、今では特例判事補として人の役に立っているのです。

でも、人の気持ちを読み取るのが苦手な安堂は人の言葉をそのままに受け取ってしまい、変な人だという評価を受けてしまいます。

しかしながら、判事や書記官、執行官などの今の職場である地方裁判所の人たちは彼のことを優しく見守ってくれていて、さらには第一巻でも登場してきた弁護士の小野崎乃亜もよき理解者として本巻でも登場し、安堂と仲のいいところを見せてくれています。

 

登場人物としては、一巻目と同様に藤木久志地裁所長、定年まで残りわずかの総括判事の門倉茂、判事補の落合知彦、そして弁護士の小野崎乃亜らがそのままに登場します。

また、本巻からの新しい登場人物として、この春に大阪地検から異動してきた任官六年目の女性検事の大石玲依が、一巻目からいた古川真司主任検察官とともに登場してきます。

主任書記官の八雲恭子が一巻目から登場していたかは覚えていません。

 

シリーズ二巻目の本書では、安堂の発達障害という特性についての説明は一巻目に比べると抑えられています。

でも、一つのことに集中して他が見えなくなってしまう、などの特徴については読者が戸惑わない程度には説明されていてます。

そして、弁護士の小野崎乃亜や書記官の八雲恭子たちが横道にそれがちな安堂を正常な道に引き戻す役として配置されているのはうまいと感じます。

ただ、判事補が法廷外で動き回って事件について気になる事実を調べて回るという点は、前巻同様に気になるところではありますが、その点は小説ということで無視していいのでしょう。

また、法廷外で判事と弁護士や検事とが直接会って法廷で取りあげる事件について話し合う点も実務を知らない私にはなんとも言えない点ではあります。

そうした疑問点を除けば、主人公の性格、本書での特性設定などはうまいものだとしかいうほかなく、事件の処理もきれいに描いてあると思います。

そのことは、裁判所に勤務する書記官や執行官の描写にしても同じで暖かさに満ちていて、楽しく読めた作品でした。

 

本書は、このように個性的な特例判事補を探偵役としている作品ですが、そのミステリーとしての側面もなかなかに読み応えのあるものとなっています。

第一話「アリンコは左の足から歩き出す」は、黒江藍子という元銀行員が顧客の貸金庫から七千万円という現金を盗んだとされる窃盗事件です。

安堂は、この被告人の事件について「言えない」と言った時の表情が忘れられないでいました。ところが、盗まれたはずの七千万円が弁護人を通じて返却されたというのです。

第二話「ABC、そしてD」は、仲の悪い隣同士のうちの一軒の引退した大学教授が買っていた犬を、隣の無職の男が腹いせに殺鼠剤を与えて殺したというものです。

ただ、境界の塀は簡単に犬が飛び越えられる程度のものであってしょっちゅう飛び越えて隣家に侵入していたというのです。にもかかわらず、被告人が何度注意しても元大学教授は何も対応しなかったというのでした。

第三話「法服のサンタクロース」殺人で十八年の刑期を終えた元受刑者で何度も再審請求をしていた紅林静夫が、工事現場の崖から落ちで重症だというのです。

再審のための新証拠が見つかったと言っており、また安堂と小野崎乃亜とに会う約束をしていたのに、何故なのか不思議に思う安堂でした。

第三話「法服のサンタクロース」では、殺人で十八年の刑期を終えた元受刑者で何度も再審請求をしていた紅林静夫が、工事現場の崖から落ちで重症を負ってしまいます。

しかし、紅林は再審のための新証拠が見つかったと言っており、安堂と小野崎乃亜とに会う約束をしていたのに、何故なのか不思議に思う安堂でした。

また、登場人物の一人は、安堂は発達障害であり、人の気持ちを理解できないため裁判官としてはふさわしくない、という趣旨のことをSNSに書き込んだりもしています。

 

第三話の当事者の紅林は第一話目から登場してきており、彼の再審請求について本書の全体を通しての一つの謎として提示されています。

さらには、本書では安堂の父親の結城秀敏が重要な役割を果たしていて、父親として安堂に「裁判」というものについて教え諭します。

安堂は、人の感情を読み取るのが苦手な自閉スペクトラム症の自分は「共感の扉」を大切にしたいと言いますが、父親の結城は「ただ一つの真実を法廷に導き出す以上の価値は司法にはない。」と言い切るのでした。

このことが、第三話の中において重要な意味を持ってきます。

 

ここでの”裁判とは何か”という設問は、真実発見こそ第一義だというのが日本的な考え方であり、一方でアメリカでは、「スポーツ訴訟感」ということを言われていると教わった記憶があります。

この議論はここで語るべきものでもないので、これくらいにしておきますが、ただ、安堂の父親の結城の言葉は本書の圧巻のラストに関係してきますので、ひとこと記しておきます。

一風変わった特性を持つ裁判官、正確には特例判事補を主人公に据えたこのシリーズは、独特の視点で持ち込まれた謎を解いていくユニークなミステリーであるとともに、全体として優しさにあふれた心温まる作品でした。

 

蛇足ですが、本書に出てくる裁判官たちの会話の中で、アメリカのトランプ大統領の相互関税政策についてのものが出てきます。

米最高裁判所は共和党寄りの保守派が多いため、下級審で違法と判断された関税政策もひっくり返されるのではないかという意見に対し、落合判事補は、アメリカの保守派は法律の条文に忠実にものごとを判断するから保守派なんです、と言い切ります。

そして先日(日本時間の2026年2月21日)その通りに米最高裁判所は違法という判断が下されました。

本書で書かれていた通りの判断がなされたことになります。

 

ちなみに、NHK総合テレビで「テミスの不確かな法廷」というタイトルで主役の安堂清春を松山ケンイチ、門倉茂を遠藤憲一が演じて話題になっています。

実際、松山ケンイチは安堂の雰囲気をうまく表していて、脚本も丁寧に書かれていて、とても好感の持てるドラマとして仕上がっていました。

たとえば孤独という名の噓

たとえば孤独という名の噓』とは

本書『たとえば孤独という名の噓』は、2025年11月に文藝春秋から312頁のハードカバーで刊行された、長編の警察小説です。

各章ごとに視点の主が異なり、さらにはいったんは解決したはずの事件の結果が覆されていくという、珍しい構成のミステリーです。

たとえば孤独という名の噓』の簡単なあらすじ

あの夜の雨が、孤独と嘘と事件を生んだ。警視庁公安部の佐島はある日、被疑者取調べに駆り出された。大学時代の友人・稲澤が、勤務先の女性部下・矢代を殺害した容疑をかけられていたのだ。被害者はなぜか、二人が学生時代に共に恋焦がれた女性・綾と瓜二つだった。容疑を否認しつつ稲澤は言う。「矢代は中国のスパイだったんじゃないか」取調べを終え部屋を出ると、そこには特捜幹部が顔を揃えていた。彼らは1枚の紙を佐島に突きつけたーいったい、何がどうなっているんだ?1話ごとに真相が反転する、慟哭の警察×スパイミステリー。(「BOOK」データベースより)

たとえば孤独という名の噓』の感想

本書『たとえば孤独という名の噓』は、章ごとに視点が変わりながら、解決したと思われた事件が別の様相を見せてくる長編の警察小説です。

警察小説ではありながら、一方ではインテリジェンス小説の側面も見せている作品ですが、最終的には若干尻すぼみの印象でもありました。

 

警視庁公安部に所属する佐島賢太は、矢代愛美という同僚を殺害したとして取り調べを受けている佐島の大学の同期の稲澤敏生の取り調べのために呼び出されます。ところが、殺された矢代愛美は佐島と稲澤の大学の同期の岸本綾という女性にそっくりだったのです。

第二章になると一日中対象者の監視をするという警視庁公安部の仕事ぶりが紹介されますが、この監視対象者が前章で殺された矢代愛美こと徐若春だったのです。

矢代愛美は中国のスパイの拠点でもある海外派出所に出入りする人物の関係者として監視対象者とされたのですが、そこに訪ねてきたのが佐島賢太でした。

こうして、章単位で視点が異なり物語の結末も異なってくることとなって、日本の一般の警察(刑事警察)と公安警察、そして中国のスパイたちが入り乱れ、物語は二転三転することになります。

そして、各章でのそれぞれの物語が誉田哲也という名手の手になることでとても読みやすいエンターテイメント小説として仕上がっているのです。

 

本書のように、視点が変わることでものごとの見え方が変わり、今まで見えなかったものが見えて来ることでそれまでとは異なった結論に導かれる、という作品はこれまでもありました。

まず思い出すのは木内昇の『新選組 幕末の青嵐』という作品です。新選組の主な構成員の夫々に均等に光を当て、短めの項立ての中で客観的に新選組を浮かび上がらせている作品です。

また、第169回直木賞を受賞した永井紗耶子の『木挽町のあだ討ち』という作品もあります。衆人環視の中で成し遂げられた仇討ちについて、その裏側に隠された物語が次第にあぶり出されていくというミステリー仕立ての作品です。

他にも多視点の物語は浅田次郎の『壬生義士伝』や凪良ゆうの『汝、星のごとく』などの少なくない数の作品があります

 

しかし、『新選組 幕末の青嵐』は私がこうした手法に接した最初の作品であり、かつ皆が知る新選組の物語をこの手法で立体的に浮かび上がらせた実に面白い作品であったことからまず思い出したものだと思います。

でも、上記の『木挽町のあだ討ち』は近いと言えるかもしれませんが、本書のように謎解きそのものの仕掛けとして視点の変化を使用している作品は他にはなかったように思います。

例えば、ネット上で突然に濡れ衣をかけられて必死で逃走する男の姿を描くミステリー『俺ではない炎上』も、ネット上でのなりすましという現代社会の問題点を取り上げてはいましたが、多視点の構成自体が謎解きに関係してくるものではありませんでした。

 

そもそも、誉田哲也という作家は多視点での物語が多い作家です。

もう聞こえない』や『プラージュ』などの作品のほかに、『あの夏、二人のルカ』に至っては多視点に加え、時系列まで二本の軸が設けられているのです。

でも本書のように、視点を変化させることで新しい事実をもたらし、それまでの結論をひっくり返すという構成はなかったように思います。

 

そして、本書『たとえば孤独という名の噓』は単にその構成自体が珍しいだけでなく、警察とインテリジェンスに加え、恋愛的要素まで加わっているのです。

その物語が誉田哲也というエンターテイメントの名手の手で練り上げられているのですから面白いに決まっているのです。

ただ、個人的な好みとして当初の警察とスパイの物語が、最終的には若干矮小化されているとは感じました。

しかしながら、やはり誉田哲也の小説は面白いと言って間違いはありません。

噓と隣人

噓と隣人』とは

本書『噓と隣人』は、2025年4月に文藝春秋から256頁のソフトカバーで刊行された、第173回直木賞候補作となった短編推理小説集です。

日常に潜む嘘に推理小説としてはこれまでにないアプローチであり、とても面白く読み終えた作品でした。

噓と隣人』の簡単なあらすじ

知りたくなかった。あの良い人の“裏の顔”だけは…。ストーカー化した元パートナー、マタハラと痴漢冤罪、技能実習制度と人種差別、SNSでの誹謗中傷・脅し…。リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。身近な人間の悪意が白日の下に晒された時、捜査権限を失った男・平良正太郎は、事件の向こうに何を見るのか?(「BOOK」データベースより)

目次
かくれんぼ | アイランドキッチン | 祭り | 最善 | 噓と隣人

噓と隣人』の感想

本書『噓と隣人』は、2025年4月に文藝春秋から256頁のソフトカバーで刊行された短編推理小説集です。

退職した元刑事を主人公にして、相談にのっていく中で日常生活に隠された真実を暴き出してしまう、これまでにない推理小説集でした。

 

主人公は、これから庭いじりを楽しみに生きていこうとしている平良正太郎という元刑事です。

この主人公が、元刑事だったということを聞きつけた近隣の住民や妻の知人などからちょっとした事件の相談を受けることになります。

ところが、話を聞くうちに相談事の裏に隠された嘘、そしてその嘘の持つ意味に気づいてしまうのでした。

 

ここで相談事に隠された嘘というのが、普通の人が日常生活を送る中で自分の体面や信用を維持するためについた嘘であり、通常であれば見過ごされるであろう嘘だったのです。

このような、日常生活における小さな謎を主題とした作品と言えば米澤穂信の作品が思い出されます。中でも『古典部シリーズ』の第一弾作品の『氷菓』が思い出されました。

また、結城真一郎の『#真相をお話しします』もこの系譜に挙げられる作品でしょう。

これら作品は、それぞれに日常生活の中での出来事をテーマにちょっとした「ずれ」から始まる違和感を導き出した作品集です。

 

話を元に戻しますが、上記のように本書の特徴といえば、いわゆる普通の推理小説とは異なり、殺人事件などの特殊な事件が起きてその犯人を捜すのではなく、対象となる事件が日常生活に紛れてしまうような細かな嘘だということです。

本書のタイトルの『噓と隣人』は、まさに本書の特色をそのままに言い当てているのであって、隣人のついた嘘がテーマになっているのです。

ただ、その嘘に主人公の正太郎が関わることで真実が暴かれ、そこで明らかになった事実がもたらすものは「正義」かもしれませんが明るい未来ではなかったということです。

のみならず、この作者の「いやミス」の通り名のように、残されるものはいやな感情であり、「知らないほうが良かった」と思わせられる事実です。

結局、正太郎が乗り出してよかったのか、何もしないほうがよかったのではないか、という不可思議な状況に陥ります。

 

本書で描かれている事柄は、痴漢冤罪事件、SNSでの誹謗中傷事件、技能実習生の現実、マタニティハラスメントなどの、社会で問題点を指摘されている事柄が並びます。

そんな事柄が、日常生活と同様の次元に存在しうるという事実を、正太郎の感じる違和感の先に示すことで、物語としての存在感が示されています。

 

ちなみに本書の主人公の平良正太郎は、この作者の『夜の道標』という作品の主人公である平良正太郎刑事の退官後という設定です。

『夜の道標』のファンにとってはかなり楽しみに読める作品ではないでしょうか。

本書『嘘と隣人』は、第173回直木賞の候補作となっているのも当然と思えるほどに面白く読むことができた作品でした。

神都の証人

神都の証人』とは

本書『神都の証人』は、2025年7月に講談社から512頁のソフトカバーで刊行された、長編のリーガルミステリー小説です。

三世代にわたり冤罪を晴らすために奔走してきた弁護士たちの苦闘を描く大河小説で、第16回山田風太郎賞を受賞し、第174回直木賞候補に選ばれた作品です。

神都の証人』の簡単なあらすじ

昭和18年。戦時下、「神都」と称される伊勢で、弁護士の吾妻太一は苦悩していた。
官憲による人権侵害がはびこり、司法は死んだも同然。
弁護士は正業にあらずと、子どもたちにさえ蔑まれていた。
だが、一人の少女・波子との出会いが、吾妻の運命を変える。
彼女の父は、一家惨殺事件で死刑判決を受けた囚人だった。
「お父ちゃんを助けて」
波子の訴えを受け、吾妻は究極の手段に打って出る。
無罪の証拠を得るため、自らも犯罪者として裁かれる覚悟をしてーー。
だがそれは、長い戦いの始まりに過ぎなかった。(内容紹介【あらすじ】(JPROより))

神都の証人』の感想

本書『神都の証人』は第16回山田風太郎賞を受賞し、第174回直木賞候補に選ばれた、ある死刑囚の冤罪を晴らすために奮闘する弁護士たちの姿を描いた大河推理小説です。

その死刑囚の無罪は明らかで、その無罪をどのように裁判所に認めさせるかという点と同時に、では、誰が殺したのか、という点もまた関心の対象となっています。

 

本書は「第一部 吾妻太一」「第二部 本郷辰治 前編・後編」「第三部 伊藤太一」の全部で四つのパートからなっています。

そのそれぞれのパートで弁護士が主人公となっていて、そのままに章のタイトルとなっていますが、第二部だけはその前編の弁護士は伊藤捨次郎であってタイトルとは異なっています。

 

「山田は神都や」と本書冒頭で波子に言わせていますが、本書の舞台となる「山田」(やまだ)という土地は三重県伊勢市の地名だそうです。

伊勢神宮外宮の鳥居前町として成熟してきた地域であり、現在の伊勢市街地に相当する( ウィキペディア : 参照 )とありました。

 

「第一部 吾妻太一」は、吾妻太一という弁護士が主人公で、この弁護士が谷口波子という女の子と知り合うことからその父親の谷口喜介という死刑囚の存在を知ります。

この谷口喜助が、様々な人たちがその無罪を確信し、彼の救済に走ることになる死刑囚なのです。

第一部は昭和十八年の話であり、喜介救済に動いてくれる仲間として人権派弁護士の花田勢太郎がおり、取り調べ中に亡くなった喜介逮捕の決め手となった証人の伊藤乙吉やその息子の捨次郎らが登場します。

その後、「第二部 前編」では時代は昭和三十二年へと変わり、砂利運搬船の船乗りで暴れん坊の本郷辰治が主人公となって「第二部 後編」へ、そして「第三部」の弁護士伊藤太一の平成十六年の時代へと移っていきます。

 

途中まではあまり面白くない、ミステリーとしても今一つのめり込めない物語だと思いながら読み続けていました。

しかし、「第二部の後編」になってくると次第に惹きつけられるようになりました。それは辰治の執念の調査が読者を引っ張り込んだようでもあり、谷口事件の背景が少しずつ見えてきたからでもあるでしょう。

第三部に至る頃にはこの大河小説のいきつくところも少しずつ見え始めてきてはいましたが、ここまで来たら結末を見据えるしかないという気持ちで読み進めました。

 

再審を拒否しようとする国の論拠として言われるのが法的安定性という言葉です。

一旦下された判決がみだりに変更されることがあっては一般市民の法に対する信頼が揺らぐ、ということを意味します。

法律の下に守らるべきは一般市民の権利であるはずであり、こうした論法は法の支配の否定であり、法曹自らがそのよって立つところを否定するものでしょう。

ただ、こうした考え自体が平和な世の中だからこそ主張できると言われそうでもあります。

実際、戦前、特に太平洋戦争中は、天皇陛下の名のもとに下された判決に疑義を論じるなど持ってのほか、などという荒唐無稽な論陣も張られたと、本書でも述べられていました。

しかし、「人権保護と法的安定性」という衡量は法律解釈を学ぶ場合の一丁目一番地でもあるはずで、人権感覚を失えば、上記のような論陣が俄然力を持ってくるのでしょう。

 

本書では、人権など「お国のため」の一言で片付けられた時代から現代にいたるまで、「冤罪」事件が扱われているのですが、単なる物語ではなく、現実に同様の事件が起きていたのだということを噛みしめて読むべき作品だと思わされました。

冤罪の起きる構造としては若干単純に過ぎるとも思いましたが、実際はそんなものなのでしょうか。

現実に検察官の証拠の隠蔽や捏造などの事件もあり、近年では20201年にも「大川原化工機事件」などの検察の不祥事に基づく冤罪事件が発生しています。

ほかにも「袴田巌事件」や「免田事件」などちょっと調べるまでもなく冤罪事件の名が挙げられるのです。

作者の大門剛明という人は、「冤罪というテーマを絶えず描き続けてきた作家」( カドブン : 参照 )だそうで、本書はその流れのもとに書かれた作品です。

作者の熱い思いも感じられる、読み応えのある一冊でした。

大門 剛明

大門剛明』のプロフィール

1974年三重県生まれ。龍谷大学文学部卒。横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をダブル受賞した『雪冤』で2009年にデビュー、ドラマ化される。主な著書に『反撃のスイッチ』(講談社文庫)『告解者』『婚活探偵』『優しき共犯者』などがある。『テミスの求刑』『獄の棘』など映像化作品も多い。

引用元:大門剛明「完全無罪」特設サイト – 講談社文庫

大門剛明』について

大門剛明という作家は「冤罪というテーマを絶えず描き続けてきた作家」( カドブン : 参照 )なのだそうです。

デビュー作の『雪冤』からして、「第29回横溝正史ミステリ大賞大賞とテレビ東京賞をダブル受賞し作家デビュー。死刑制度と冤罪をテーマに、現代の司法制度の根幹を問い直すメッセージをはらんだ問題作であった。」とウィキペディアに紹介してありました。

また、ある死刑囚の冤罪を晴らすために奔走する弁護士たちの津堅を描き出した『神都の証人』が、第16回山田風太郎賞を受賞し、第174回直木賞の候補作に選ばれています。

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』とは

本書『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』は『ヨギガンジーシリーズ』の第一弾で、1987年7月に松田道弘氏の解説まで入れて241頁で新潮文庫から書き下ろし出版された、長編の推理小説です。

本書は、謎解き推理小説としての面白さはさほどは感じませんでしたが、ミステリー文庫本としての仕掛けには十二分に満足させられた作品でした。

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』の簡単なあらすじ

驚愕! こんなことが出来るとは。マジシャンでもある著者が企んだ、「紙の本ならでは」の仕掛け。 未読の人には、絶対に本書のトリックを明かさないで下さい。

二代目教祖の継承問題で揺れる巨大な宗教団体〝惟霊(いれい)講会〟。超能力を見込まれて信者の失踪事件を追うヨギガンジーは、布教のための小冊子「しあわせの書」に出会った。41字詰15行組みの何の変哲もない文庫サイズのその本には、実はある者の怪しげな企みが隠されていたのだ――。
マジシャンでもある著者が、この文庫本で試みた驚くべき企てを、どうか未読の方には明かさないでください。

本文冒頭より
「しあわせの書」は桂葉華聖(かつらばかせい)という人の著で、一九八七年七月一日、惟霊講会の出版局から刊行されている。
この本の体裁はA6判二百ページほどの小冊、ごく普通の文庫本といった感じだ。一ページが四十一字十五行、改行が多くゆったりした字組みは、普段、活字に親しまない人達にも読み易いようにという心配りなのだろう。……( Amazon 内容説明より )

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』の感想

本書『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』は、推理小説としてはそれほど感心した作品ではありませんでした。

 

そもそも、本書を読むきっかけになったのは杉井光の『世界でいちばん透きとおった物語』という作品であり、「電子書籍化絶対不可能!」や「紙の本でしか体験できない感動」といった謳い文句で人気を博している作品でした。

ところが、本書『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』もまた紙媒体でしか成立しない仕掛けが施されていることで有名な作品だったのです。

 

そもそも『世界でいちばん透きとおった物語』の最後に献辞として書かれていた「A先生」が本書の作者泡坂妻夫だろうということで調べたところ、本書の仕掛けの話に行きついたのです。

ですが、本書の探偵役ヨギガンジーが正体不明の何ともはっきりとしないキャラクターである上に、推理小説としての出来が決して感心するものではありませんでした。

ただ、キャラクターの説明がないことは、本書が『ヨギ ガンジーの妖術』に続く『ヨギガンジーシリーズ』の第二弾であり、最初の長編だということも関係してくると思われます。

しかしながら、その物語の内容自体があまりできが良いとは思えなかったのです。

ただ、ミステリーとしての面白さは感心しませんでしたが、本書に施された仕掛けはいろいろなサイトで紹介されているのも当然だと思ったものです。

 

そもそも作者の泡坂妻夫という作家は、奇術師として名の通ったひとで、私もかつて何冊か読んだことがあり、その奇術師らしいトリックに感心した覚えがあります。

その作品は、多分『乱れからくり』『11枚のとらんぷ』あたりだったと思うのですが、今ではその内容も覚えていません。ただ、そのトリックが秀逸でありその作者の名前だけは強烈に覚えていたのです。

繰り返しますが、本書はミステリーとしては感心しませんでしたが、紙媒体ならではのトリックは見事だと言わざるを得ませんでした。