仮面同窓会

青春の思い出を語り合うだけのはずだった。同窓会で再会した洋輔ら四人は、旧交を温め合ううちに、かつての体罰教師への仕返しを思いつく。計画通り暴行し置き去りにするも、教師はなぜか別の場所で溺死体で発見された。犯人は俺達の中にいる!?互いへの不信感が募る中、仲間の一人が殺されて…。衝撃のラストに二度騙される長編ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

昔の教師へのいたずらをきっかけに殺人事件に巻き込まれる四人の男たちの姿を描く、長編のミステリー小説です。

 

中学時代の体育教師の樫村から受けた体罰を忘れることのできない四人の男たちは、樫村にいたずらを仕掛け、そのまま放置して帰ってしまいます。

しかし、翌日もたらされたのは、いたずらの現場からは離れた池で梶村の死体が見つかったという知らせでした。

自分たち以外に樫村の所在を知る者はないはずであり、つまりは自分たちの中に犯人がいることになり、疑心暗鬼になる四人の男たちでした。

そして自分らの仲間の中から死者を出すに至るのです。

 

本書については「『火の粉』『犯人に告ぐ』を凌ぐ、雫井脩介の新たな名作誕生」という惹句があったのですが、どうしてもその惹句には賛成することはできませんでした。

 

 

というのも、まずは本書の基本設定自体に素直に物語の世界に入り込めるだけの自然な成り行きを感じることができず、感情移入できなかったのです。

そのためなのか、さらには本書のミスリードを誘ういくつかの仕掛けも納得できるものではなかったのです。

 

私自身はそのミスリードにまんまとはまった口ではあるのですが、それでもやはり違和感は残り、この手の仕掛けにはまった時の痛快感、してやられた感は全くといっていいほどに感じませんでした。

この作家の『犯人に告ぐ』は実に面白いミステリーだったのですが、本作は同じ作者の作品とは思えないほどでした。

犯人に告ぐ』の作者という読み手、つまり私の期待が大きすぎてハードルが上がったということもあるかとは思いますが、そうとばかりも言えないと思います。

というのも、本書の作者雫井脩介の作品は、近年映画化もされ大ヒットととなった『検察側の罪人』も読んだのですが、その時はかなり引き込まれて読んでおり、単に私がハードルを上げたともいえないと思えるからです。

 

 

やはり、本書の基本的な設定に感情移入できなかったことがすべてだと思われます。

ちなみに、本書は2019年6月からフジテレビ系列で、溝端淳平を主演とし、瀧本美織を色員としてテレビドラマ化されました。

パレートの誤算

ベテランケースワーカーの山川が殺された。新人職員の牧野聡美は彼のあとを継ぎ、生活保護受給世帯を訪問し支援を行うことに。仕事熱心で人望も厚い山川だったが、訪問先のアパートが燃え、焼け跡から撲殺死体で発見されていた。聡美は、受給者を訪ねるうちに山川がヤクザと不適切な関係を持っていた可能性に気付くが…。生活保護の闇に迫る、渾身の社会派ミステリー! (「BOOK」データベースより)

 

柚月裕子の作品らしい社会派の長編推理小説です。

 

本書の舞台となる「社会福祉課」とは、例えば熊本県のサイト「社会福祉課の業務内容」によると、「生活保護法の施行に関すること。」や「社会福祉法の施行に関すること。」など、県民の福祉に関する事柄を業務内容とする職場です。

本書の主人公らの仕事は、福祉業務の中の「生活保護」に関する業務を担当しています。

ここで「生活保護」とは

資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度です。( 生活保護制度 |厚生労働省 : 参照 )

とされています。

「生活保護の不正受給」問題、なかでも「生活保護ビジネス」「貧困ビジネス」と呼ばれる社会的弱者を食い物にするビジネスがニュースとして取り上げられ、社会問題化したのはまだ記憶に新しいところです。

本書は、そうした「貧困ビジネス」をテーマに据えたミステリーです。

そして、主人公を新人職員として設定し、生活保護制度やケースワーカーという職務を紹介しつつ、生活保護ビジネスなど暴力団の資金源にもなっている生活保護システムの現状を絡めた物語としています。

 

本書のタイトルの「パレートの誤算」のもとになっている「パレートの法則」とは以下の通りです。

組織全体の2割程の要人が大部分の利益をもたらしており、そしてその2割の要人が間引かれると、残り8割の中の2割がまた大部分の利益をもたらすようになるというものである。( ウィキペディア : 参照 )

この言葉は「働きアリの法則」と同じ意味合いで使用されることが多いとも書いてありました。

ここで思い出されるのが、第160回直木賞の候補作となった 垣根涼介の『信長の原理』という作品です。

この物語は信長の生き方を、「パレートの法則」や「働きアリの法則」と呼ばれている現象を通して組み立てているところに特徴がある小説でした。

少々心象描写が細かすぎると感じることもありましたが、視点がユニークで面白い物語だったといえるでしょう。

 

 

本書はいかにも柚月裕子の描く社会派の作品らしく、ある種の理想論を前面に押し出してあります。こうした主張は読む人にとってはいわゆる「青臭い」議論だとして受け入れない人もいるかと思われます。

しかし個人的には、この作者の描く『最後の証人』を第一巻とする『佐方貞人シリーズ』と同様に、こうした作風は嫌いではありません。というよりも好きなタッチです。

「青臭い」という言葉は、裏返すと正論であることに間違いはなく、ただ現実に即していないという攻撃にさらされるだけのことです。

 

 

勿論、この言葉の指摘するところには考察が足らないという意味の時があり、確かにそうした作品も見受けられます。しかし、本書を含めたこの作者の場合はそうした批判は当たらないと思うのです。

私の好きな作家さんの作品であるためか、かなり甘い感想になっているかとも思いますが、大きく外れてもいないと思っています。

刑事の描写に少々首をひねる場面が無きにしも非ずですが、物語として読みごたえがあることに間違いはないと思っています。

顔に降りかかる雨

親友の耀子が、曰く付きの大金を持って失踪した。被害者は耀子の恋人で、暴力団ともつながる男・成瀬。夫の自殺後、新宿の片隅で無為に暮らしていた村野ミロは、耀子との共謀を疑われ、成瀬と行方を追う羽目になる。女の脆さとしなやかさを描かせたら比肩なき著者の、記念すべきデビュー作。江戸川乱歩賞受賞!(「BOOK」データベースより)

 

村野ミロという女性を主人公とした、ミロシリーズ第一作の長編のハードボイルドミステリー小説です。

 

本書の主人公は普通の一般人です。広告会社をやめ、貯金を食いつぶしていた毎日だったところで、成瀬により探偵もどきの行動をすることになっただけです。

つまり、恋人である筈の広瀬という男が預けた大金を持ったまま耀子が失踪したというのです。そこで、親友のミロが行方を知っているだろうと、広瀬と共に耀子の行方を探すことになります。

この主人公のミロは、夫を自殺という形で亡くしており、いまだその衝撃から抜け出すことができないでいる、普通の女性です。

とはいえ、理不尽な要求に対しては立ち向かうだけの向こうっ気の強さは持っており、また、父親譲りの調査業のうまさも持っているようです。

しかし、エンターテインメント小説としてみると、私の好みの物語とは微妙にずれています。それは多分物語のテンポだと思われます。

つまり、女性を主人公にした小といえば、 大沢在昌の『魔女シリーズ』や 月村了衛の『ガンルージュ』といった作品を思い出しますが、これらの作品とは明らかに物語のリズムが異なるのです。

 

 

本書の場合、人物の行動を緻密に描き出しているのですが、同時に心象をも丁寧に描写しています。

行為の客観面のみを描く厳密な意味でのハードボイルドの手法ではなく、主観面をも描写していく本書の描き方は、行動に伴うミロの内面に重きを置いているようです。

そのうえで、自分の信念はぶれることなく、信じるところに従って突き進むという生き方の意味でのハードボイルド小説と言えるでしょう。

 

ハードボイルド小説とはいえ、主人公のミロは腕っぷしが強いわけではありません。ともに行動することになる成瀬からはかなり暴力的な扱いも受けています。

それでもなお、ミロは自分自身のために、失踪した親友の耀子を探し続けますが、その過程でアクションが展開されることはありません。

ただ、耀子の恋人で会った広瀬と共に、または広瀬の目を出し抜いて新たな手掛かりを見つけ出し、そして意外な事実を見つけ出すのです。

 

決して派手な展開ではないこの物語は、私の好みにピタリと合致するものではありませんが、主人公のミロのこれからが妙に気になる物語でもあります。

続編を読んでみたいものです。

村野ミロシリーズ

村野ミロシリーズ(2019年07月01日現在)

  1. 顔に降りかかる雨
  2. 天使に見捨てられた夜
  3. 水の眠り灰の夢
  1. ローズガーデン
  2. ダーク

 

主人公は、もと広告会社でマーケティングを担当していた女性で、三十二歳。夫は自殺していて、いまだにそのことを引きずっています。

第一作目『顔に降りかかる雨』の冒頭は、夫の死を告げた深夜の電話があって以来、真夜中の電話には出ないと決めていた主人公の姿から始まります。しかし、この電話に出なかったことが第一巻の物語を始めさせることになるのです。

中学生の時に母親が病死し、以後父親と二人きり。父親は今のマンションを事務所にして調査探偵業を営んでいた。金回りはよく、私のために何人も使用人を雇ってくれた。だが、私のために父親がしたのはそれだけだった。私は寂しさを紛らわすためにあらゆることを自分で探さねばならなかった。

主人公の身の上については上記のように紹介してあります。

第一巻ではまだ調査業を開始しているわけではありません。といって、第二巻以降に調査業を開始するのかはまだ読んでいないので不明です。

主人公のミロという名前は、「私の好きな酔いどれ探偵、ミロドラコヴィッチから拝借した」との著者の言葉が第一巻のあとがきで紹介してありました。

ジェイムス・クラムリーの『さらば甘き口づけ』などに出てくる主人公の名前だそうです。この作品もかなり前に読んで、その文学性の薫り高い、美しい文章に驚いた記憶があります。探偵の名前は忘れていました。

 

 

ともあれ、ミロというタフな女性が活躍する小説ですが、 大沢在昌の小説『明日香シリーズ』に出てくる明日香のように、女性ながらアクションに強い、などのヒロイン像とは異なります。

 

 

どちらかといえば、普通の女性です。短髪でくたくたのTシャツに色の落ちたジーンズをはいたノーメイクの女性、だと一巻目冒頭の一場面で男に連れ出される姿を描いてありました。

自分を押さえようとするチンピラを相手に反抗することや、ヤクザの親玉の前で突っ張るくらいの度胸はあるようです。

 

まだ第一巻を読んだだけなので、詳しいことは分かりません。とりあえずはシリーズを読んでみようと思います。

桐野 夏生

1951(昭和26)年、金沢市生れ。成蹊大学卒。1993(平成5)年、『顔に降りかかる雨』で、江戸川乱歩賞を受賞する。1997年に発表した『OUT』は社会現象を巻き起こし、同年、日本推理作家協会賞を受賞。1999年『柔らかな頬』で直木賞、2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、2005年『魂萌え!』で婦人公論文芸賞を受賞した。2008年『東京島』で谷崎潤一郎賞、2009年『女神記』で紫式部文学賞、2010〜2011年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞・読売文学賞を受賞。また、英訳版『OUT』は、2004年にアメリカで権威のあるエドガー賞に、日本人で初めてノミネートされた。他の著書に『夜の谷を行く』『路上のX』『ロンリネス』などがある。( 桐野夏生 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

 

この作家は、『OUT』や『グロテスク』など、タイトルはよく聞く作品は多いものの、これまで一作も読んだことがありませんでした。

 

 

というのも、桐野夏生という作家は私の好む小説とは若干異なり、同じエンターテインメント小説とはいっても、より人間の内面に斬り込んだ作品が多いと勝手に思い込んでいたからです。

つまり、文学性の高い、それも読み手の努力を要求する作風だと決めつけていたのです。

 

このところ女性が主人公のハードボイルド小説を何冊か読んだためか、女性が主人公のハードボイルド小説を探して『ミロシリーズ』に至ったのですが、私の思い込みは当たらずとも遠からず、だったと思います。

詳しいことは当該頁を読んでいただきたいのですが、つまりは心象により深く切り込んだ描写が多いと感じたのです。

このシリーズ以外の作品を読むかはわかりませんが、『OUT』は「歌舞伎町のマフィアと主婦が戦う話」との著者の言葉があるそうで、読んでみたい気はします。

インジョーカー

躊躇なく被疑者を殴り、同僚にカネを低利で貸し付けて飼いならし、暴力団や中国マフィアと手を結ぶ―。その美貌からは想像もつかない手法で数々の難事件を解決してきた警視庁上野署組織犯罪対策課の八神瑛子が、外国人技能実習生の犯罪に直面する。日本の企業で使い捨ての境遇を受けたベトナム人とネパール人が、暴力団から七千万円を奪ったのだ。だが、瑛子は夫を殺した犯人を突き止めて以来、刑事としての目的を見失っていた。そんな彼女に監察の手が伸びる。刑事生命が絶たれる危機。それでも瑛子は事件の闇を暴くことができるのか。「このまま、お前も堕ちていくのか?」(「BOOK」データベースより)

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズの第四弾の長編の警察小説です。

 

これまでの本シリーズ作品とは異なり、本作からは若干の社会性を持った内容となっています。

まず、冒頭から八神瑛子が家宅捜索で乗り込む現場はいわゆる「貧困ビジネス」といわれる集合住宅です。

「貧困ビジネス」とは社会的弱者や生活困窮者を利用して稼ぐビジネスの総称を言うそうですが、このシリーズではそうした社会的な事柄をテーマにしたことはありませんでした。

この作者の作品を全部読んだわけではないのではっきりとは言えませんが、深町秋生という作家は社会性を持った作品はあまり書いていないように思えます。

どちらかというと『探偵は女手ひとつ』のようなハードボイルドミステリーと言われる作品、もしくはそれにバイオレンスが加わった作品が多いのではないでしょうか。

 

 

そもそも、前巻で八神瑛子の夫の死の真相を暴き出すという目的について一応の結果も出ており、シリーズ終了という言葉こそないもののこのシリーズは終了したものと思っていました。

ところが、軽い社会性を持った作品として再開したのです。それも「貧困ビジネス」を物語の入り口として、外国人労働者の問題というトピカルな話題をメインテーマとしての再開です。

そうなると、当然、外国人労働者の問題が強調された社会性の強い物語としての展開を想像していたのですが、結果的にはこれまでのシリーズの各作品と同様のアクション性の強い物語でした。

勿論、それがいけないとかいうことではなく、単に予想と異なったというだけのことですが。

 

それでも、八神瑛子の刑事としての、というよりも八神の人間としての存在理由に疑義を突き付けられている内容自体は関心の持てるものでした。

ただ、その点の苦悩など、八神自身の描写があまりないことは若干残念材料でもありました。

とはいえ、これまで同様のアクション面に重きを置いた物語という意味では安定していて、ぶれていないとは言えるでしょう。あとは好みの問題だと思います。

 

女性刑事のありようにまで配慮してある『姫川玲子シリーズ』や、家庭を持った女刑事である『女性秘匿捜査官・原麻希シリーズ』を始めとして、女性刑事が主人公の物語はかなりの数に上りますが、中でも本書は一番アクション性が強いと言えるかもしれません。

どれを選ぶかは読者の個人の嗜好によりますが、個人的には女性刑事を主人公にした作品の中では面白い方に属すると思います。

 

 

本書では富永署長の存在感がどんどん増してきています。八神の対立者として登場してきたと思ったら、シリーズが進むにつれその軸足が八神側に移っている印象の富永署長の立ち位置がこれからの関心事になりそうです。

また、警察庁長官官房長となった能代英康など、八神を取り巻く環境が何となくきな臭くなっています。これからのこのシリーズの方向性が何となく見えてきたような気もする本書でした。

検事の信義

任官5年目の検事・佐方貞人は、認知症だった母親を殺害して逮捕された息子・昌平の裁判を担当することになった。昌平は介護疲れから犯行に及んだと自供、事件は解決するかに見えた。しかし佐方は、遺体発見から逮捕まで「空白の2時間」があることに疑問を抱く。独自に聞き取りを進めると、やがて見えてきたのは昌平の意外な素顔だった…。(「信義を守る」)(「BOOK」データベースより)

 

柚月裕子著の『検事の信義』は、『佐方貞人シリーズ』の第四作目となる短編集です。

 

裁きを望む
窃盗で訴えられた男が途中から証言を翻し貰ったものだと言い始めた。調べると、被告人の証言は正当であり、担当検事の佐方は無罪求刑をするしかないのだった。

途中までは、この作家の描くミステリーとしては普通だと、“一事不再理”はドラマなどではよく耳にする法律用語でありこの点だけでも目新しさは感じない、などと思っていました。

しかし、作者の意図はその一歩先にあったようです。読み終えたときはさすがの柚月裕子だと感心することしきりの自分でした。

恨みを刻む
スナックのママからの情報で一人のヤクザ者が覚せい剤取締法違反で捕まり、佐方の担当となった。しかしその証言には疑義があり、調べるほどに被告人の罪があいまいになってくると同時に、地検には一件の告発状が届いていた。

普通の事件の情報の陰に隠された様々な思惑が交錯する物語です。

単純な覚醒剤事案だったはずが、最終的には思いもかけないところへと影響が広がり、佐方自身の、検察という職務に対する思いにまで至ります。

正義を質す
佐方貞人は、司法修習生時代の同期であり、現在広島地検勤務の木浦亨からの誘いを受けて宮島へとやってきていた。そこに広島高検の上杉義徳次席検事が訪ねてくる。木浦は婚約者に振られたため佐方を誘い、上杉には仲人を頼んでいたのだというのだ。しかし、・・・。

佐方貞人という検察官が職務上知った事実をきっかけに事件の謎を解くミステリー、という基本的な流れとは異なり、社会的存在としての検察という組織が抱える問題まで取り込んだ、社会性の強い物語になっています。

それは、検察の裏金問題であり、暴力団抗争にからむ広島県警の思惑でもあります。この物語には『孤狼の血』や『狂犬の眼』に登場する日岡秀一が少しだけ顔を出します。ファンにとって、こうした仕掛けにはたまらないものがあります。

当たり前のことだけれど、佐方はプライベートで動いていて増田事務官は登場しないので、この物語は普通の第三者の視点で語られています。

 

 

信義を守る
米崎市の西にある大里町で老女の死体が発見された。二時間後に老女の息子である道塚昌平が現場から五キロ離れた江南町で発見され、自分が殺したと自白した。しかし、佐方は昌平が発見されるまでの二時間が気になり、再捜査を願い出るのだった。ただ、この案件は米崎地検の矢口史郎という気難しいと評判のシニア検事が担当しており、必ずひと悶着が起きると思われる事案だった。

この物語は重い。介護の問題が主なテーマである以上は仕方のないところだとは思うのだけれど、それにしても辛い話でした。

作者としては介護の問題だけでは弱いと思い、検察内部の力学を持ち出してきたのでしょう。

個人的にはそちらをもう少し手厚く描いてほしい気もしましたが、そうすれば今度は物語の焦点がぼけるのではないかとも思われ、やはり素人の感想は素人でしかありませんでした。

 

本書の全体を貫いているのは、「罪はまっとうに裁かれなければならない。」という主人公の佐方貞人の信念です。その信念は検察庁としては納得しがたい問題判決という結果になろうとも貫かれます。

そしてその姿は、以前も書いたように、正論でありながらも現実の社会では通らない、“青い”と言われて終わりそうな主張を貫く痛快小説で描かれる姿と同様であり、爽快さを感じるのです。

個人的には『半沢直樹シリーズ』の勧善懲悪の物語と同じ構造だと感じ、更には著者の持つ登場人物の魅力を引き出す力量と合わせて、物語の魅力となっていると思います。

 

 

特に本書の場合、ミステリーとしての構成にうまくあてはまり、さらなる魅力となっています。

それにしてもこのシリーズは、いやこの作者の作品は私の波長と合う作品が多いと言えます。

アウトサイダー 組織犯罪対策課 八神瑛子

自殺とされた夫の死の真相に迫る警視庁上野署の八神。警察による証拠改ざんの疑いが増す中、執念で掴んだ手がかりは、新宿署の五條の存在だった。権威と暴力で闇社会を支配する五條に、八神は命を賭した闘いを仕掛ける。硝煙の彼方に追い求めた真実は見えるのか?美しくも危険すぎる女刑事が疾走する警察小説シリーズ、壮絶なクライマックスへ。(「BOOK」データベースより)

 

「組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ」の第三弾の長編小説です。

 

前巻で八神瑛子は、メキシコマフィアの殺し屋と対決して覚せい剤の販売ルートを潰すことで仙波組組長の有嶋章吾からの依頼を果たし、夫雅也が調べていた高杉会の会長芦尾勝一の死に隠された秘密を聞き出した。

有嶋によれば、高杉会は干上がってなどおらず、芦尾の米櫃はまだまだ豊かだったらしい。そして有嶋は芦尾の「脳みそ」を調べるようにと言うが、芦尾の「脳みそ」として金を運用していた島本もすでに転落死していた。

芦尾の第二夫人の話によると、芦尾のもとに来て密談をしていた設楽という男が、芦尾の死後に日本から逃げ出していたが、この頃日本に帰ってきているらしい。

その設楽の行方を捜しにホストクラブ「プラチナム」を尋ねた帰り、八神は正体不明の男に襲われ、腹に銃撃を受けるのだった。

 

これまでの三作品の中ではある意味一番面白かったかもしれません。

それは、ストーリーが八神の夫の雅也の仇討ちをするという八神の願いが成就する物語であるからかもしれませんし、ストーリーが最も起伏に富んでいたように感じたからかもしれません。

それとも、もしかしたらこの巻で登場する五條という公安警察あがりの男が、敵役として一番魅力的に思えたからでしょうか。

今は新宿署にいる刑事の五條隆文という男は、人に対して発砲することに何のためらいも感じない、少々壊れたところのある男です。

それだけに、八神の強敵としての存在感を感じていたのですが、ただ、それにしては幕切れはあっけないものでした。その点が非常に残念です。もう少し二人の対決を読んでいたい気もしました。

 

また、本書で八神瑛子の夫雅也の死の真相が明らかになるのですが、その過程で上野署署長富永の心象が微妙に変化していくさまがなかなかに興味深いものでした。

富永の心象の変化は前巻でも描写してあったのですが、本書でさらに明確になります。それは、次巻『インジョーカー』ではまた異なった心象風景として登場するのですが、それはまだ先のことです。

とにかく、富永の存在がより重要になってきていると思います。加えて、刑事部長の能代という男の登場がこのシリーズの性質を若干変化させているようです。

つまり警察内部の権力闘争という新たな視点の展開であり、今後のこのシリーズ物語の展開をも暗示しているのかもしれません。

そのことは、クライマックスに至り、富永が八神瑛子に欠けた言葉によって明らかにされていて、シリーズの続行を示しているのでしょう。

 

ただ、本書のあと続刊が出るまでにほとんど五年の歳月が経っていることからすると、八神瑛子が夫の死の真相を暴いたことでシリーズも終わったと考えるのが普通でしょう。

私は続刊の存在を知って本書を読んだので、深読みしているのかもしれませんが、そうとしか思えない展開でした。

アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子

警視庁上野署の八神瑛子。容姿端麗ながら暴力も癒着も躊躇わない激裂な捜査で犯人を挙げてきた。そんな彼女に、中米の麻薬組織に狙われる男を守ってくれ、という依頼が入る。男を追うのは残虐な手口で世界中の要人や警官を葬ってきた暗殺者。危険すぎる刺客と瑛子はたった一人で闘いを始める…。爆風を巻き起こす、炎熱の警察小説シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

深町秋生著の『アウトクラッシュ 組織犯罪対策課 八神瑛子』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第二弾となる長編の警察小説です。

 

メキシコ産の覚せい剤が大量に出回っているらしい。千波組若手幹部の甲斐は、メキシコの麻薬組織であるソノラ・カルテルと関西の組織である華岡組とが手を組んだという。

そうした中、ソノラ・カルテルのメンバーの一人が組織を裏切り、日本に逃れてきたという。そこで、ソノラ・カルテルは“グラニソ”という殺し屋を日本に送り込んだらしく、またその裏切り者は印旛会に匿われているというのだった。

 

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の項では 逢坂剛の『禿鷹シリーズ』の禿富鷹秋刑事との類似を書いたのだけれど、本書に至っては『禿鷹シリーズ』同様にメキシコのマフィア、そしてメキシコのマフィアから依頼された殺し屋まで登場します。勿論物語自体は全く異なるものは当然ですが。

 

 

そして、前巻『アウトバーン』で書いたと同様に、本巻も登場人物として警察官である八神瑛子らが活躍するという意味では警察小説ではあるのですが、ミステリー性重視というよりも、ストーリー性が強いアクション小説というべきでしょう。

 

前巻『アウトバーン』で八神瑛子は女子大生刺殺事件の犯人逮捕に活躍し、その結果、本書『アウトクラッシュ』では千波組の組長である有嶋章吾に会うことになります。

そして、夫雅也の死の真相を暴くために有嶋の依頼を受け、メキシコマフィアが送り込んできた“グラニソ”という殺し屋に関する情報を収集することになるのです。

そこでは関西の一大組織である華岡組と華岡組と組んだメキシコのソノラ・カルテルから供給される覚醒剤に悩まされる関東の組織との対立という構図がありました。

本書『アウトクラッシュ』のストーリーの流れを大きくとらえると、グラニソと八神瑛子たちとの対決という構造であり、そこで描かれるのは前述のように前巻以上のアクションであり、バイオレンスです。

 

その流れの中に、上野署署長富永の八神瑛子に対する新たな監視者として西義信が加わりますが、この男の存在は若干小野たりなく感じてしまったのは残念でした。

またソノラ・カルテルを裏切り印旛会に匿われているルイス・キタハラ・サントスという男まで登場するに至り、八神瑛子の行動は警察官としての捜査ではなく、まるで千波組の手助けをしているかのような行動になっています。

そうした行動の先には、比嘉という半グレを伴ったグラニソとキタハラを守る広瀬という元沢渡会の組員らとの衝突であり、バイオレンスでした。

 

八神瑛子の行動は一貫しており、それは小気味いいものです。通常のミステリーとしての警察小説ではなく、徹底したエンターテインメント小説としての面白さを持った作品としての話です。

ハング

警視庁捜査一課の堀田班は、宝飾店オーナー殺人事件の容疑者を自供により逮捕。だが公判では自白強要があったと証言され、翌日、班の刑事の一人が首を吊った姿で見つかる。そしてさらなる死の連鎖が…。刑事たちは巨大な闇から仲間を、愛する人を守ることができるのか。誉田作品史上もっともハードな警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

本書はジウサーガの冒頭を飾る「ジウ三部作」および『国境事変』に続く第五巻目となる長編の警察小説です。

そして本書『ハング』に続いて『歌舞伎町セブンシリーズ』へと入っていくことになりますが、『国境事変』と本書『ハング』はジウサーガの中でもスピンオフ的な位置を占めるといえるでしょう。

 

特捜一係の「堀田班」がやっととることができた休暇の一日、薄曇りの中海で過ごす仲間の姿が描かれる「序章」からこの物語は始まります。

警察小説の書き出しにしては非常に珍しい幕開けですが、そこは本書の展開が暗く切ない展開になることの暗示というべき明るさです。青春小説を書かせても第一人者である作者の腕の見せ所でもあります。

その後、第一章の始まりでは、総理すらもその手の中で転がすことが可能な政界の大物の会話の場面へと移り、彼らの手の中で翻弄されるであろう現場の刑事たちの行く末が示されます。

警視庁刑事部捜査第一課の遊軍である第五強行犯捜査特別捜査第一係「堀田班」は、堀田次郎警部補を主任とし、植草利巳、津原英太、小沢駿介、大河内守という四人の巡査部長から構成されています。

この堀田班に迷宮入りした殺人事件の再捜査が命じられます。犯人と目される男の自供を得たものの、突然、堀田班のメンバーに異動の辞令が出、仲間はバラバラになるのでした。

 

本書の主人公といえば津原英太ということになると思います。

じつは、この人物は本書『ハング』に続く『歌舞伎町セブン』に正体不明の殺し屋ジロウとして再び登場してきます。このジロウの得意技として本書の殺し屋馳卓が使う吊るしの技を引き継いでいるのです。

最初に本書を読み終えた時点ではこの津原英太がジロウになったのだとは全くわかりませんでした。この津原英太、そして伊崎基子がそれぞれにジロウとミサキとして「歌舞伎町セブン」のメンバーとして復活することは『歌舞伎町セブン』の当初から決めていたという作者の言葉がありました(ダ・ヴィンチニュース : 参照)。

この事実が明確になったのは、『歌舞伎町セブン』に続く『歌舞伎町ダムド』においてです。ジウにあこがれる殺し屋の「ダムド」に絡む物語ですが、その中でジロウとミサキの背景が明らかにされています。

 

本書『ハング』に戻りますが、命じられた再捜査の過程において、堀田班のメンバー個々人の警察官としての未来は絶たれ、命すらも奪われてしまうに至ります。

生き残った者には怒りしか残されてはおらず、その矛先はこの事件を仕掛けた真の人間に対し向けられます。

 

直接的には顔を焼かれた男、すなわち殺し屋の馳を直接の犯人として追い、その上で馳の背後にいる真の敵に対して戦いを挑む一人の男の姿が描かれていくことになるのですが、そこにあるのは切なさです。

本書冒頭の底抜けの明るさからの落差が、いま生き残った男の悲痛な状況を際立たせ、そこに班長だった堀田のあたたかさが迫ります。

「ジウ三部作」から「歌舞伎町セブン」の物語への橋渡し的なこの物語ですが、その暗さにもかかわらず、『歌舞伎町セブン』から始まる新たな物語の序章として実に読み応えのある作品として仕上がっています。

 

今回、あらためて「ジウ三部作」からジウサーガを読み直してみて、当初は感じなかった大きな物語の流れの中に位置づけられるそれぞれの話、という印象を抱きました。

まだ再読の途中ではありますが、個々の小説が持つ意味が少し変化し、物語の世界が大きく広がっていることに気が付き、物語の舞台背景などが大きく意味を持ってきたりと変化しているのです。

読み手の意識次第で物語から受ける印象もかくも変わるものだと、印象付けられる体験でもありました。やはり誉田哲也の小説は面白い。