法廷遊戯

本書『法廷遊戯』は、法律を学ぶロースクールの学生を主人公にした長編の法廷ミステリーです。

本格ミステリーと言ってもいのではないかと思いますが、従来の本格派推理小説とはまた異なる印象の、読み応えのあるミステリーでした。

 

法律家を志した三人。一人は弁護士になり、一人は被告人になり、一人は命を失った。謎だけを残して。メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

本書『法廷遊戯』の主な登場人物は、物語の視点の主である久我清義、その友人の織本美鈴、そして審判者の役割を担う結城薫という三人です。

物語自体はこの三人を中心として展開する本格派の推理小説であり、主人公らのロースクール時代が描かれる「第一部 無辜ゲーム」、主人公が弁護士になってからの公判の様子を描く「第二部 法廷遊戯」からなっています。

 

「第一部 無辜ゲーム」は、ロースクールで行われている「無辜ゲーム」を中心として描かれています。

「無辜ゲーム」とは、まず、告訴者がサインとして“天秤”が残されている被害を被った場合に、被害を刑罰法規に反する罪として特定し、さらに罪を犯した人物を指定し、審判者である結城薫に告訴を申し立てることで開始されます。

その上で、告訴者の主張と審判者の心証とが一致すれば犯人は罰を受け、一致しなければ告訴者が罰を受けるというゲームです。

 

馨が告訴者が主張する事実を認め、有罪と認めるに足りる主張がなされたとの心証を得たと判断した時には、馨の判断で「同害報復」の罰を言い渡されることになります。

ここで、審判者としての馨の言い渡しに皆は何故に従うのか、また馨の言い渡しの正当性の根拠は何かなどの疑問がわきます。

 

本書『法廷遊戯』については、作者が司法試験合格者ではあっても若干二十歳の小説の未経験者が書いた物語に過ぎないという先入観が私の中にありました。

読み進める途中で感じる疑問は素人の書いた舌足らずの文章だからなどと思っていたのです。

ところが、読み進める中で湧いてきた主な疑問には、本書終了までにほとんどの場合見事に答えが用意されていたのです。これには驚きました。

更には、先に書いた馨の言い渡しに従う理由などの疑問は、そもそもが刑法の根本にも関係してくる問題であり、罪に対する罰という大きなテーマにもかかわる問題でもあります。

その大きなテーマに対するそれなりの答えまでもが用意してあり、作者が十分に検討した答えであろう結論が読者の前に整然と提示されるのです。

この作者がメフィスト賞を受賞しているのもなっとくでした。

 

メフィスト賞とは、講談社が主催する文学新人賞です。詳しくは下記を参照してください。

 

本書では何と言っても「法律」を避けて通るわけにはいきません。司法試験合格者が書いているだけに、法律の条文そのものへの言及、解釈はこれまで読んできたどの作品よりも厳密だと感じました。

“厳密だ”というのは、一旦実務についた法律家の仕事は条文の学問的な解釈そのものからは遠ざかることが多いからです。

ですから、冒頭の無辜ゲームの場面での「名誉棄損」に関しての条文解釈や、後の「窃盗罪」に関してのそれなど、いかにも学生の言葉だという描写です。

 

法廷ものとして名高い 高木彬光の『破戒裁判』は全編が法廷での検察、弁護人のやり取りで成り立っている作品です。

出版年度が古いので金銭感覚など少々古く感じる場面もありますが、ミステリーとしての面白さは色あせていません。

この作品はわりと法律論を戦わせている方でしょうが、それでも殺人実見の真実を暴くことが主眼であり、条文は二の次です。

近年では 佐々木譲の『沈黙法廷』がありますが、この作品もある殺人事件の捜査と、その捜査を受けて為される裁判の様子を緻密に描き出した長編のミステリー小説であって、同様のことが言えます。

 

 

本書『法廷遊戯』の醍醐味は、直接的な法律論の他に、青春小説の趣を持っているというところも挙げていいと思われます。

主人公の清義とかつて同じ施設に暮らしていた美鈴との関係。そして、明かされる彼らの秘密。

本書の本格派ミステリーとしての構成は、あまり本格を好まない私でもかなり惹き込まれて読んでしまいました。

 

前半で感じた無辜ゲームでの疑問がクライマックスになってそのままに明かされていく過程の爽快感。それはこの点だけに限らず、前半で感じた疑問の大半が公判で徐々に解明されていく点にもあります。

テレビの「王様のブランチ」の書評コーナーで取り上げられていた作品であり読んでみたのですが、この「王様のブランチ」で取り上げられる作品はかなりの確率で面白い作品が多いのです。

以前紹介されていた水墨画の世界を描いた 砥上裕将の『線は、僕を描く』も見事な作品で面白かったのですが、本書『法廷遊戯』もまたその例に漏れませんでした。

 

 

ただ、勿論疑問点も少なからずあります。

その一番大きな点が、無辜ゲームで馨が果たす役割です。審判者として告訴人もしくは犯人と指定された者に対して罪を課すのですが、その正当性が今一つはっきりとはしません。

後にその点を書いてはあるのですが、個人的には納得できるものではありませんでした。

 

また、次に清義が「同害報復」という言葉の本当の意味を知らなかったという事実です。

刑法を勉強する者にとっては基本的な知識といえ、司法試験合格の力があるほどの者がこ知らないというのは祇園があります。

「同害報復」という言葉を強調したかったのでしょうが、この『法廷遊戯』という物語は、清義が「同害報復」という言葉の意味を知っていたことを前提にしても書けたと思われます。

 

もう一点、清義の事務員をする女の子が何故あの子なのでしょうか。彼女を据えることにどういう意味があるのか。置くのであればもう少し、彼女について書き込みがあった方がいいのではないか、と感じてしまいました。

 

しかし、こうした疑問点は些細なことであり、本書『法廷遊戯』のミステリーとしての面白さは近頃では群を抜いていて、一読の価値があると思う作品でした。

孤狼の血シリーズ

本『虎狼の血シリーズ』は、広島の暴力団担当の刑事を主人公とした長編の警察小説です。

作者自らが映画「仁義なき戦い」が好きで、「任侠のルールが残っている世界」を描いたという衝撃作です。

 

孤狼の血シリーズ(2020年09月01日現在)

  1. 孤狼の血
  2. 凶犬の眼
  3. 暴虎の牙

 

本『孤狼の血シリーズ』は警察小説、ということになっています。しかし、中身は警察小説というよりは義理人情はどこかへ行ってしまった「極道小説」と言った方が当たっているかのようです。

作者は「任侠小説」を書きたかったそうですが、任侠というよりもやはり暴力団の世界を描いていて、「極道小説」という方が正確だと思えます。

任侠小説と言えばいろいろありますが、まずは古典として尾崎士郎の『人生劇場 残侠篇』(下掲下段は Kindle版)の飛車角の物語を挙げるべきです。飛車角と吉良常の物語は映画化もされています。

 

 

 

先に書いた『仁義なき戦い』という映画は広島ヤクザの抗争を描いた作品でしたが、本書はヤクザの一部を警察に置き換えただけと言っても過言ではありません。

ただ、主役がヤクザまがいとはいっても警察官であり、一般市民生活を守ることを至上命題とし、そのためには何でもする警察官というキャラクターを設け、そのキャラをうまく動かしているところがこの作者のうまいところだと思います。

ヤクザそのものと言われる警察官はありがちの設定です。ただ、その警察官の背景を掘り下げ、ヤクザとの深いつながりを描き、大上という魅力的な人物を作り上げているのです。

 

うまいのは、主に本『孤狼の血シリーズ』第一巻の話ではありますが、その大上に正義感の塊のような日岡という新人を張り付け、大上の暴力や暴力団との癒着の現場を見せることで日岡の正義感と大上の無法ぶりとを対立させているところです。

その上で、第一巻『孤狼の血』で日岡との入れ替わりを示し、第二巻『凶犬の眼』で日岡を独立させています。この第二巻『凶犬の眼』は物語として若干迫力に欠けるところがあったのですが、さらに第三巻『暴虎の牙』で以前の大上と成長した日岡を共に読者の前に見せてくれます。

読み手の一人として、大上の物語ももう少し読みたいと思っていたし、日岡のその後も知りたいと思っていたその欲求を共に満たしてくれたことになります。

 

うまい、という他ないのです。そうした極道の世界を女性が、これだけ迫力をもって描けるのですから見事です。

できることであれば本シリーズをまだ続けてほしいのですが、それは読者の身勝手な希望でしかないのでしょう。これ以上の展開は大上も、日岡も傷つけることになると思われたからこそ最終章とされたのでしょうから。

それでもなお、読みたいと思ってしまう身勝手な読者です。

 

ちなみに、本『孤狼の血シリーズ』の第一巻『孤狼の血』は役所広司が大上を、松坂桃李が日岡を演じ映画化されています。また、第二巻『凶犬の眼』も映画化が決まっているそうです。

 

暴虎の牙

本書『暴虎の牙』は、『虎狼の血シリーズ』第三巻で最終巻でもある長編の警察小説です。

個人的にもう一度読みたいと思っていた大上の話とたくましく成長した日岡の物語を共に読める作品として仕上げられており、おもろく読んだ作品でした。

 

博徒たちの間に戦後の闇が残る昭和57年の広島呉原。愚連隊「呉寅会」を率いる沖虎彦は、ヤクザも恐れぬ圧倒的な暴力とそのカリスマ性で勢力を拡大していた。広島北署二課暴力団係の刑事・大上章吾は、沖と呉原最大の暴力団・五十子会との抗争の匂いを嗅ぎ取り、沖を食い止めようと奔走する。時は移り平成16年、懲役刑を受けて出所した沖がふたたび広島で動き出した。だがすでに暴対法が施行されて久しく、シノギもままならなくなっていた。焦燥感に駆られるように沖が暴走を始めた矢先、かつて大上の薫陶を受けた呉原東署の刑事・日岡秀一が沖に接近する…。不滅の警察小説シリーズ、令和でついに完結!(「BOOK」データベースより)

 

本書『暴虎の牙』ではプロローグで三人の若者の殺しの場面が描かれ、続く第一章で昭和五十七年六月との年代表示のもと、ヤクザを相手に借金の取り立てをする三人の若者の姿が描かれています。

読み手がこの年代の指示にあまり意味を見つけられないままに本書を読み進めると、暴力の臭いが満ちた雰囲気の中、突然と大上章吾が登場します。

あの大上章吾は第一巻『暴虎の牙』で消えたはずなのにと思っていると、冒頭の昭和五十七年六月という年代指定が意味を持ってくることに気がつくのです。

 

読者は、この『虎狼の血シリーズ』が暴力に満ちた物語であることは知っているはずですが、冒頭からの残虐な殺しの場面やヤクザと渡り合う若者の姿を見せつけられることで、あらためて本シリーズの性格を思い知らされます。

そして、そこにに大上章吾が登場することになるのです。作者のエンターテイメント小説の書き手としてのうまさを見せつけられたと言っていいのだと思います。

 

そうした「暴力」の物語であるという流れの中、冒頭から沖虎彦という人物が登場します。

暴力団員であった父親からの暴力を日常のものとしていた母親と幼い沖ですが、長じた沖はある日その父親に対して殺意を抱くに至ります。

当初は本書『暴虎の牙』では、大上と日岡という第一巻と第二巻のそれぞれの主人公を再度登場させるために、沖というどうしようもないワルを登場させたのだと思って読み進めていました。

しかし、どうもこの物語の主人公はこちらの沖ではないかと思えてきました。

破滅に向かってまっしぐらに突き進む、しかし素人には決して手を出さない沖の姿は、大上、日岡らを再登場させるためのキャラクターを超えて独り歩きし始めたようにも思えたのです。

でも、物語としては大上というキャラクターと、その跡を継いだ日岡という存在の物語だというべきなのでしょう。そうした二人を背景として、破滅へ向かう若者の姿が描かれている、それが本書『暴虎の牙』という作品なのだろうと今では思えます。

 

破滅に向かって突き進む若者と言えば、映画ではありますが『仁義なき戦い 広島死闘篇』が頭に浮かびました。もしかしたら、作者の柚月裕子本人が『仁義なき戦い』が好きで、これを目指したと言っているほどですから、この『広島死闘篇』が頭にあったのかもしれないなどと思ってしまいました。

この作品は、北大路欣也演じる山中正治という若者の暴走と破滅とを描いていましたが、本作はの沖と映画の山中とがとても重なって見えたのです。

蛇足ですが、この映画では千葉真一が演じた大友勝利という男の印象も強く、役者という意味では千葉真一の方が印象に残ったかもしれません。

 

 

話を元に戻すと、本書『暴虎の牙』においては第一巻で消えた大上の雄姿を再び見ることができたことは非常にうれしいことです。

その上、大上のあとを継いだ日岡がまるで大上が生き返ったかのようなキャラクターになり、戻ってきているのですから喜びも倍増です。

さらに付け加えると、この物語のラストが妙に心に残りました。「えつ!?」というそのラストは微妙な余韻を残し、終わってしまったのでした。

 

本書が最終巻ということなので、これ以上このシリーズはありません。それが非常に残念です。

焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕

本書『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第六巻目となる長編の警察小説です。

本書『焦眉』はこの頃読んだ今野敏の警察小説の中では、一番面白く、読みごたえを感じた作品でした。

 

東京都世田谷区の住宅街で投資ファンド会社を経営する中年男性が刺殺され、捜査一課の樋口顕も現場に急行した。警視庁が特捜本部を設置すると、東京地検特捜部の検事・灰谷卓也が現れる。灰谷は野党の衆議院議員・秋葉康一を政治資金規正法違反容疑で内偵中だった。秋葉は殺された男性と大学時代から親しかったらしく、殺害現場付近の防犯カメラには秋葉の秘書が映ってもいた。それらの事実だけを理由に灰谷は秘書の身柄を拘束。樋口は証拠不充分を主張するも、灰谷は独断で逮捕に踏み切ってしまう。自己評価が低く、上司の顔色を窺い、部下を気遣い、家族も大切にする―。等身大の刑事の生き様を照らし出す人気シリーズ、最新作。(「BOOK」データベースより)

 

世田谷で発生した殺人事件の捜査本部に、二課の捜査員と共に東京地検特捜部の検事二名までも参加してきた。

検事の参加について二課長柴原の説明は、衆議院議員の秋葉康一陣営の不祥事として秋葉の議員資格のはく奪を目的としているらしいというのだった

 

本書『焦眉 警視庁強行犯係・樋口顕』は、今野敏の作品群の中でもかなり面白いと先に書きましたが、今野敏の他の小説とそれほど物語の設定や構造が異なるとは思えません。

キャラの立った主人公をメインに、捜査員が集めた情報から推論して事件の真相を突き止めるという構造、それも今野敏の作品らしく会話を中心に組み立てられていく、という流れは同じと思います。

ただ、本書『焦眉』の場合、犯人を特定し逮捕する犯人探しの過程の面白さ以上に、捜査本部に割り込んできた検察官との対決こそが見どころになっていて、その点こそが面白いのです。

 

検察と警察は、共に絶大な国家権力を背景にしている点では同じであり、通常は警察は検察の指揮のもとに動くはずです。ところが、本書ではその検察に対し捜査員たちが反抗します。

検察官による権力の恣意的な運用は時の権力、つまりは政権与党のための組織になってしまい、国民の生活を守るという警察の本来の姿から乖離してしまうため、そうした検察権力に対しては戦いを挑むのです。

本書『焦眉』では、ともすれば国民と対峙しかねない警察官が対決するのですから喝采を送りたくなります。

それは、強大な権力者対ヒーローという構造であり、例えば『半沢直樹シリーズ』の爽快感にも似たカタルシスがあります。

それも、今野敏という作者の筆をもってしているため、妙に生臭くなく、読みやすいエンターテイメント小説の一環として気楽に読み進めることができます。

 

正義の味方である筈の検察がそんな行動に出るかという疑問に対しては、本書の中でも書いてあるように、厚生労働省の元局長に対し行った「大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件」などがあります。

 

また、少々古いですが、魚住明という元共同通信記者が著した『特捜検察』という本も、本書の場面とはかなり異なるものの、検察という組織についてかなり深く調査し、書いてあります。

 

 

ただ、本書『焦眉』での検察官らの「地方警察ごとき」や「おまえら刑事」などという言動は、いくらカリカチュアライズしてあるとしても少々首をひねりたくなります。

でも、そうした難点も今野敏独特の文章で軽く処理しているためか、言うほどに大きな問題とはなっていないようです。

事実、主人公の内心、思惑はかなり警察官としての行動からは外れたものとなっていますが、今野敏の考える警察官のありようをさりげなく忍ばせながら描写してるところに、読者としては喝采を送りたくなると思われます。

言いたいことをはっきりと言えない点や。自分では引っ込み思案だと思っている点などは、いつも常に部下の顔色を伺う『安積班シリーズ』の安積警部補を思い出させる点もあります。

 

 

また、共に捜査という点では自分を押し通す一面も持っているなども共通していそうです。

でありながらも、『安積班シリーズ』ではよりチームワークとしての捜査が描かれている点が異なるなど、それぞれの魅力があります。

しばらくの休憩期間を置いて再始動した本シリーズです。これからも永く続いてほしいものです。

黙示

本書『黙示』は、『萩尾警部補シリーズ』の『確証』『真贋』に続く第三弾となる長編の警察小説です。

ただ、古代史を絡めた本作品は、居ながらにして推論だけで謎を解決するミステリ用語でいう安楽椅子探偵を思わせる展開で、私の好みとは異なる作品でした。

 

 

東京の高級住宅街・松涛で窃盗事件発生との報を聞き、萩尾警部補は相棒の秋穂と現場に向かった。被害者でIT長者の館脇によると、盗まれたのは神から与えられたという伝説をもつ「ソロモンの指輪」で、四隠円かけて入手したものだという。キュレーターの音川は、指輪の盗難に暗殺教団が関わっており、館脇が命を狙われていると指摘。古代文明に精通した探偵・石神が館脇の警護につくが―。(「BOOK」データベースより)

 

本書『黙示』は石神達彦も登場しており、今野敏の『神々の遺品』『海に消えた神々』と続く『石神達彦シリーズ』の第三弾とも言えそうですが、本書での石神は脇役に徹しており、『石神達彦シリーズ』に属する作品だとは言いにくいでしょう。

とはいえ、石神も重要な登場人物の一人であることには変わりはありません。

 

 

今野敏という作家の古代史関連の作品、特に『石神達彦シリーズ』は、確かに今野敏という作家がかなり詳しく調べて書かれたでしょう。しかし、小説としては、作者の調査事項を登場人物に語らせることが主軸であり、物語のストーリー自体は好みとは外れたものだったと覚えています。

本書『黙示』もまた同様で、被害者である館脇友久や、舘脇から依頼を請けた私立探偵の石神達彦、美術館のキュレーターであり贋作師でもある音川理一といった登場人物らが、萩尾警部補とその相棒の武田秋穂などにソロモンの秘宝などの古代文明について教え、説明しながら情報を語っています。

 

そもそも、私自身は超古代文明をテーマにした小説は決して嫌いではなく、どちらかというと好みの分野でもあります。

とはいっても、物語の中に古代文明を思わせる人物や道具が出てくる作品のことであり、古代文明を直接の舞台にした小説は知りません。

それでも例えば、高橋克彦のSF伝奇作品の『総門谷シリーズ』などは、直接に古代文明をテーマにした小説だと言えると思います。

総門と名乗る超能力者が率いる一団と主人公との争いを描いていたと思うのですが、かなり前に読んだのではっきりとは覚えていません。あまりに話が広がりすぎて収拾がつかない印象があって、一巻を読んだだけでやめてしまいました。

 

 

また、 光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』の中では、古代ギリシャの哲学者プラトンがアトランティス司政官オリオナエの眼を通してアトランティスの滅亡をみる場面が描かれています。

この作品は実に面白く名作といえるでしょうし、こうした作品も挙げてもいいかと思われます。

 

本書『黙示』に話を戻すと、古代文明の説明的な物語になっている、という点を除くと、ドロ刑としての萩尾警部補らの捜査およびその推論自体はそれなりの面白さはあります。

そして、彼らの捜査の一環として被害者である館脇らにソロモンの指輪、その指輪の背景としての古代文明の知識を聞くという流れ自体は不自然でもありません。

ただ、古代文明についての知識の開陳がくどく感じられ、警察小説としての犯罪捜査の側面がかすんでしまっているのです。

もちろん、金属を溶かすガスでありながらその炎に手を近づけても熱くないという「ブラウンガス」の話やアトランティスの話など、関心がある話もあります。

しかし、本筋の話がかすんでは本末転倒だと思うのです。この手の話が好きな人の中には本書を機にいる人もいるかもしれません。でも、個人的にはあまり好みの作品ではありませんでした。

清明: 隠蔽捜査8

本書『清明: 隠蔽捜査8』は、『隠蔽捜査シリーズ』の長編では八冊目の警察小説です。

今野敏という作者の近時の作品には皆言えることだと思いますが、多作の故か、ストーリーの構成がどんどん単純になってきているようで、本書もその例に漏れません。

 

神奈川県警刑事部長に着任した異色の警察官僚・竜崎伸也。着任早々、県境で死体遺棄事件が発生、馴染みの警視庁の面々と再会するが、どこかやりにくさを感じる。さらに被害者は中国人と判明、公安と中国という巨大な壁が立ちはだかることに。一方、妻の冴子が交通事故を起こしたという一報が…。益々スケールアップの第八弾!(「BOOK」データベースより)

 

家族の不祥事によって所轄署に飛ばされたキャリア官僚の現場での活躍を描く『隠蔽捜査シリーズ』も本書で八冊目となりますが、スピンオフ的な短編集も入れると十冊目になります。

本書『清明: 隠蔽捜査8』での竜崎はこれまでの大森署署長という立場から神奈川県警の刑事部長へと栄転し、新たな職場で活躍することになります。

当然ですが、これまでのシリーズ作品とは職場背景が異なり、新たな魅力を持った物語が展開されるはずですが、その期待は思ったよりも外れました。

つまり、あい変らずの竜崎警視が神奈川県警へと異動し、竜崎のことを何も知らない署員たちとお約束のやり取りを繰り広げますが、そこらの新しい登場人物たちとのやり取りなどの掘り下げ方が今一つです。

 

事件解決面でのミステリーとしての側面でも特別なものではありません。

着任早々に殺人事件が発生しますが、現場が東京都との県境であるために、結局は警視庁の捜査官らとの合同での操作ということになり、やはり現場に出ることの好きな伊丹刑事部長と共に捜査を指揮することになります。

伊丹をはじめとする警視庁の見知った捜査員たちとの共同捜査という設定になっているので、職場が変わったことへの新鮮さが減じて感じられたのでしょう。

 

また、事件自体は中国とのからみがあり、必然的に公安とのやり取りが出てくるのですが、警察小説としての醍醐味も今一つ盛り上がりに欠ける印象があります。

それは一つには、竜崎の独特なキャラクターが魅力を発揮し、当初は警戒感を抱いていた周りの人間が次第に竜崎の魅力に取り込まれていく、という流れに何も変わりがないということにあると思われます。

そして何よりも、竜崎としては合理性を追求した論理的な結果としか思えない行動、しかし一般的な感覚からすると型破りは行動がことごとく竜崎の有利になるような結果をもたらしているということが、違和感をもたらしているのです。

竜崎の奥さんである冴子が絡んだ警察OBの滝口との軋轢も、結局は竜崎の魅力に取り込まれたということになりますし、すべてが竜崎の思うように転がっていく様は少々都合がよすぎるのではないかと思えてきます。

 

本書『清明: 隠蔽捜査8』の魅力は、一般社会では通用しないであろう組織の人間関係や硬直的で非合理な制度などに対し、組織論としての合理性を盾に意見を貫く竜崎という男の行動力にこそあるはずです。

普通では通用しない竜崎の行動が結果として功を奏し、反対者をやり込める、言葉が悪ければ反対していた者さえも納得させてしまう、その点にカタルシスを感じているのだと思われます。

ところが、本書では少々できすぎだと感じられたのです。あまりにも都合良すぎる展開は物語に違和感を生じさせてしまいます。

 

これがこの作者の『任侠シリーズ』や『マル暴甘糟』のような、コメディ斧であればまだいいのですが、本書『清明: 隠蔽捜査8』が属する『隠蔽捜査シリーズ』のような作品はもう少し丁寧な展開を期待します。

 

 

もう一言付け加えれば、今野敏という作者の多作さは、こうした物語の内容の薄さを感じさせるようになってきたと思えます。

大好きな作家さんであるからこそ、もう少し時間をとってよく練られた構成のもとでの『隠蔽捜査シリーズ』作品を始めとした今野敏の作品を読みたいと思ってしまいます。

背中の蜘蛛

本書『背中の蜘蛛』は、現代の情報化社会の問題点をテーマにした長編の警察小説で、第162回直木賞の候補作となった作品です。

いつもの読者へのサービス満載の誉田哲也作品と比べると社会性の帯びかたが強いとは言えると思います。佐々木譲が書く作品ようなリアルな警察小説の雰囲気さえ感じたほどです。

しかし、やはり本書は誉田哲也の描くエンターテイメント作品としての警察小説であり、惹き込まれて読み終えました。

 

東京・池袋で男の刺殺体が発見された。捜査にあたる警視庁池袋署刑事課長の本宮はある日、捜査一課長から「あること」に端を発した捜査を頼まれる。それから約半年後―。東京・新木場で爆殺傷事件が発生。再び「あること」により容疑者が浮かぶが、捜査に携わる警視庁組織犯罪対策部の植木は、その唐突な容疑者の浮上に違和感を抱く。そしてもう一人、植木と同じように腑に落ちない思いを抱える警察官がいた。捜査一課の管理官になった本宮だった…。「あること」とは何なのか?池袋と新木場。二つの事件の真相を解き明かすとともに、今、この時代の警察捜査を濃密に描いた驚愕の警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

登場人物(警察関係)
本宮夏生  警視庁池袋署刑事課長 のち警視庁捜査一課管理官
上山章宏  公安部サイバー攻撃対策センター
小菅守靖  警視庁刑事部捜査一課長 警視正

植木範和  警視庁組織犯罪対策部組対五課の警部補
佐古充之  高井戸署刑事組織犯罪対策課の巡査部長

上山章宏  警視庁総務部情報管理課運用第三係係長
國見健次  警視庁総務部情報管理課運用第三係統括主任の警部補
阿川喜久雄 巡査部長

 

本書は三部構成になっています。第一部、第二部でそれぞれに事件が起き、行き詰まりの様相を見せてきたところで突如新たな情報がもたらされ、犯人の逮捕に結びつきます。

そして第三部で、第一部、第二部で突然もたらされた犯人逮捕に結びつく情報の出所に疑問を抱いた、今では第二部で起きた「新木場の爆弾事件」の捜査本部の管理官となっている本宮夏生が中心となって話は進みます。

 

ただ、本書『背中の蜘蛛』では三部構成になっているためか、少々登場人物の把握に時間を取られました。

そもそも、誉田哲也の小説では物語の視点の変更が頻繁に起こります。特に追う側、多くは警察官と、悲惨な過去を持つ犯人側とで視点が変わることが多いようです。

そのことが誉田哲也の文体の特徴を決定づけるとともに、登場人物の視点で語られることによる主観描写がうまいため、読者が感情移入しやすいという利点があるように思えます。

 

ところが、本書『背中の蜘蛛』の場合、視点の主を見失うことが少なからずありました。

それは、一つには第三部に入り登場人物が増えたことにあると思います。

警察関係では公安警察と架空の部署である運用第三係とが新規に登場し、当然、登場人物も増えます。

加えて、前原幹子涼太姉弟と涼太が拾ってきた正体不明の男も増え、それぞれに重要な役割を担っています。

そして第一部は本宮の、第二部は植木の視点で語られ、第三部は本宮と運用第三係係長の上山章宏、そして正体不明の男という三人の視座が入れ替わるために若干の混乱を招いたのだと思われます。

とはいえ、この点はちょっと注意すればすぐに慣れる事柄ではあります。

 

本書の一番の特徴と言えば、先に述べた「社会性」ということでしょう。つまりは、情報化社会における警察の情報収集のあり方です。

ひと昔前に問題になった事件として、公安警察による日本共産党幹部の盗聴事件がありました。警察の組織的な関与が疑われた盗聴事件として大問題になりました(ウィキペディア : 参照)。

世界的に見るとアメリカで起きたスノーデン事件があります。そこでばらされたCIAなどによるネット上に飛び交う情報の監視についての話は、それまで小説や映画の中ではあったものの、現実にある話として世界中の話題になったものです。

なお、この事件は映画化もされています。

 

 

本書『背中の蜘蛛』で提起されている情報収集、プライバシーの保護という問題は、単にインターネト社会での個人情報の保護という問題にとどまりません。

それは、国家というもののあり方にまで及ぶ論点であり、われわれ個々人があらためて考えていかなければならないテーマだと思われます。

ちなみに、本書にも登場する「捜査支援分析センター(略称 SSBC)」は実在の機関です(ウィキペディア : 参照)。

青柳 碧人

1980(昭和55)年、千葉県生れ。早稲田大学教育学部卒業。早稲田大学クイズ研究会OB。2009(平成21)年、「浜村渚の計算ノート」で「講談社 Birth」小説部門を受賞し、デビュー。小説執筆だけでなく漫画原作も手がけている。主な著書に「浜村渚の計算ノート」シリーズ、「ヘンたて」シリーズ、「朧月市役所妖怪課」シリーズ、「西川麻子は地理が好き。」シリーズ、「ブタカン!」シリーズ、「彩菊あやかし算法帖」シリーズ、「猫河原家の人びと」シリーズ、『むかしむかしあるところに、死体がありました。』などがある。( 青柳碧人 | 著者プロフィール | 新潮社 : 参照 )

https://www.shinchosha.co.jp/writer/4984/

しかし、数多くのミステリーのシリーズを書いておられる人で、中でも『浜村渚の計算ノートシリーズ』はベストセラーになっています。

この作家の作品は私は一冊も読んだことがありません。今回、『むかしむかしあるところに、死体がありました。』が2020年本屋大賞の候補作に選ばれたことで読んでみる気になったものです。

 

 

しかし、お伽話と本格推理小説とを融合させた本格ミステリー小説であるこの作品は、私の好みの作品ではありませんでした。

むかしむかしあるところに、死体がありました

鬼退治。桃太郎って…えっ、そうなの?大きくなあれ。一寸法師が…ヤバすぎる!ここ掘れワンワン埋まっているのは…ええ!?昔ばなし×ミステリ。読めば必ず誰かに話したくなる、驚き連続の作品集!(「BOOK」データベースより)

 

誰もが知っているお伽話に題をとりミステリとして再構築した本格派のミステリー小説集で、2020年の本屋大賞にノミネートされた作品集です。

 


 

一寸法師の不在証明」 タイトルにみられるとおりに、一寸法師の不在証明(アリバイ)を崩していく様子を描いてあります。

花咲か死者伝言」 花咲かじいさんが殺された。その手にはペンペン草が握りしめられていた。花咲かじいさんのダイイングメッセージに込められた意味は。

つるの倒叙返し」 弥兵衛は、親が借りた借金を取り立てに来た庄屋を殺してしまう。そこに、つうと名乗る一人の女性が訪ねてきて、弥兵衛に恩返しをしたいと言ってきた。

密室竜宮城」 浦島太郎が連れられた行った竜宮城を舞台にした、文字通りの密室殺人劇です。

絶海の鬼ヶ島」 桃太郎に退治された鬼たちのその後を描いた連続殺人が描かれます。いわゆるクローズドサークルものです。

 

本書で舞台となっているお伽話の世界には、それなりのルールがあり、そのルールの中での本格派ミステリーが展開されていきます。

つまりは、例えば第一話目の「一寸法師の不在証明」では、身長が一寸しかない一寸法師のような人物の存在や打ち出の小槌といった小道具の働きを前提に、その打ち出の小槌は自分自身にはかけられない、などの決まりごとがあります。

そんな決まりごとの中で、犯人と目される一寸法師のアリバイをいかにして崩していくか、といういわゆる「アリバイ崩し」などと呼ばれる本格推理小説の論理が展開されるのです。

 

つまり、「原典における特有の設定、小道具、場所をそのまま生かしつつ、大胆な発想、奇抜なトリックを導入することで、新たな民話ミステリーへと再生している」のです(好書好日 : 参照)。

確かに、お伽話の語り口はそのままに、物語の筋を微妙に変えながら、打ち出の小槌のようなお伽話の小道具を利用しつつ、本格ミステリーとしての状況を作り上げ、問題解決の論理を展開させています。

中でも、各種レビューでも評価の高い「つるの倒叙返し」のような考え込まれた作品や、最後の「絶海の鬼ヶ島」のような作品もあります。

この「つるの倒叙返し」は、鶴の恩返しをベースに、庄屋を殺してしまった弥兵衛の物語ですが、タイトルにあるようにいわゆる「倒叙」ものであり、かつちょっとした仕掛けが用意してあります。

また「絶海の鬼ヶ島」は、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を彷彿とさせるクローズドサークルものであり、その意外性には感心するしかありません。

 

 

残る「花咲か死者伝言」は犬の次郎目線で語られる哀しみが残る話であり、「密室竜宮城」はいわゆる密室殺人事件ものであって、犯行のロジックだけが追及される、個人的には最も受け入れがたい作品でした。

 

ただ、一番の問題点は私が本格推理小説自体をあまり好まないということです。

事実、本書の中でも評価の高い「つるの倒叙返し」も呼んでいる途中ではその論理の凄さを読み取ることはできませんでした。

いや、そもそも本書自体が高く評価されていることがよく分からないのです。

例えば下掲のように、

  • 紀伊國屋書店スタッフが全力でおすすめする キノベス!2020 2位
  • 読書メーター OF THE YEAR 5位
  • 本の雑誌ミステリーベスト 6位
  • 週刊文春ミステリーベスト10 第7位 (文藝春秋)
  • ミステリが読みたい!2020年版 第8位 (早川書房)
  • 2020本格ミステリ・ベスト10 第9位 (原書房)

各種賞でベスト10には言いているのですから、どう考えても私の評価の低さが問題ありとしか言えません。