変な家

変な家』とは

 

本書『変な家』は『変な家シリーズ』の第一弾で、飛鳥新社から2021年7月に刊行されて、2024年1月に256頁で文庫化された長編の推理小説です。

あまりの評判のために読んではみたのですが、期待が高すぎたのか私の好みとはかなり異なる作品でした。

 

変な家』の簡単なあらすじ

 

知人が購入を検討している都内の中古一軒家。開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、間取り図に「謎の空間」が存在していた。知り合いの設計士にその間取り図を見せると、この家は、そこかしこに「奇妙な違和感」が存在すると言う。不可解な間取りの真相とは!?YouTubeで話題となった「変な家」の全ての謎が解き明かされる完全版。設計士栗原による文庫版あとがきも収録。(「BOOK」データベースより)

 

変な家』の感想

 

本書『変な家』は『変な家シリーズ』の第一弾で、映画化もされるほどに話題を呼んだホラーチックな作品です。

その評判の高さのために読んではみたものの、肝心の謎解きの部分に入るととたんに興味が薄れてしまいました。

 

本書『変な家』はその独特な視点といい、ホラーチックな語り口といい、読者の期待値を上げる技術は感心するばかりでした。

そもそも本書は作者の雨穴氏がYouTube上に仮面で登場して語るという独特な手法で登場し、語られる内容もこれまでにない斬新な観点からのものであるところから人気を博し、書籍化されたものです。

すなわち、本書は語り手のもとに奇妙な建物の間取り図が持ち込まれることとから始まります。

その後、語り手の知り合いの建築士の栗原が探偵役として問題の間取り図の違和感、そして異常さを指摘、その謎を解き明かしていく物語です。

 

この冒頭での異常さの指摘から謎解きへと移行するまでは、建築士の栗原による妄想という前提で示される謎解きに突然すぎる奇妙さを感じながらも、かなり惹き込まれて読み進めることができました。

それでもこの栗原による謎解きも根拠のないひらめきが示されているだけだったのですが、その裏付けがあとで提示されるだろうとの思い込みからそのまま読み進めたものです。

 

確かに、本書冒頭から示される建築図の間取りの異常さは読者の関心を惹き付けるには十分なものがあります。

まず、二階にある、外壁には全く接しておらず、出入り口は二重扉であり、トイレもあってまるで監禁部屋としか思えない子供部屋の存在は異常です。

さらには、一階部分との兼ね合いから見えてくる二階の子供部屋のさらなる異常性は読者を惹き付けて離しません。

 

しかしながら、一旦謎が明かされていく場面になると、提示された謎がそれまでの期待を一気に裏切るものとして変化したのです。

でもこの変化は一般的には受け入れられたものであり、だからこそYouTube上、そして書籍化されてからも人気を博し、さらには映画化までされたのです。

ただ、謎解きが私の好みと違ったということです。残念でした。

また、本書には『変な家 2』という続編も出ています。私も一旦は手に取ったもののやはり最後まで読み終えることができませんでした。

雨穴

雨穴』のプロフィール

 

名前・年齢・性別も非公開のWebライター・YouTuber。主にホラー作品を手掛け、初の書籍「変な家」は映画化された。

引用元:WEBザテレビジョン

 

雨穴』について

 

YouTube上で奇妙なマスクをかぶり、ある間取り図の奇妙さを報告する映像が人気となりました。

その人気となった不動産ミステリー作品を書籍化した『変な家』がベストセラーとなり、さらには映画化もされています。

存在のすべてを

存在のすべてを』とは

 

本書『存在のすべてを』は、2023年9月に472頁のハードカバーで朝日新聞出版から刊行された長編小説です。

2024年の本屋大賞で第三位となっており、かなり惹き込まれて読んだ作品でした。

 

存在のすべてを』の簡単なあらすじ

 

前代未聞「二児同時誘拐」の真相に至る「虚実」の迷宮!真実を追求する記者、現実を描写する画家。著者渾身の到達点、圧巻の結末に心打たれる最新作(「BOOK」データベースより)

 

存在のすべてを』の感想

 

本書『存在のすべてを』は、ある幼児誘拐事件を背景に、その事件を追いかける記者の姿を借り、被害者である幼児や事件に絡む画家らの人生を描き出した力作です。

本書は第9回「渡辺淳一文学賞」を受賞し、「本の雑誌が選ぶ2023年度ベスト10」の第1位となり、さらには2024年の本屋大賞で第三位になっています。

松本清張を彷彿とさせる社会派の作品と言ってよく、久しぶりにかなり惹き込まれて読んだミステリーでした。

 

本書『存在のすべてを』では、冒頭の「序章」で同時に起きた二件の幼児誘拐事件への警察の対応の描写が実に緻密であり、緊迫感をもって描かれています。

そのため、この誘拐事件の犯人を探す過程が他の作品以上に手厚く描かれているのだろうと勝手に思い込んで読み進めることになりました。それほどに重厚感を持った描写が続くのです。

ところが、この二件の誘拐事件を描いた「序章」は意外な結末をもって犯人も捕まらないままに終わります。

そして三十年という年月が経ち、冒頭の誘拐事件に奔走した一人の刑事の葬儀の場面から本編が始まるのです。

 

そこで登場してくるのが本書の狂言回しとなる大日新聞宇都宮支局長の門田次郎です。

以降、この物語は門田の行動を追いかけると同時に、写実画家の野本貴彦と誘拐された幼児の一人である内藤亮、そして内藤亮の高校時代の同級生の土屋里穂といった人物たちの動向が記されていきます。

冒頭で起きた誘拐事件での捜査員の緊張感などを感じさせる濃密な描写とは異なり、次第に絵画、それも超写実主義の絵画に焦点が当たっていきます。

次第に写実を至高とする画家の内面に深く斬り込むようになり、少なくとも本書の途中まではこれらのテーマのどこに収斂していくのか見当もつかないのです。

 

読了した今では、本書は写実画という対象物の存在理由までも明らかにする絵画手法を通して、一人の写実画家の人生を顧みる作業だと思えます。

写実画家の画家の人生をあらためて追体験する、言い換えればこれらの画家の人生を明るみに出すことことにより、一人の人間と、その関係者の人生を俯瞰し再検討する物語なのではないか、と思います。

「存在のすべてを」というタイトルもそのことを示していると思うのです。

写実の画家である貴彦がある人物に対して言った、うまい絵を描こうとしなくていい、「大事なのは存在」だと言う言葉が心に残っています。

そしてその十数頁後には、便利な世の中になるとわざわざ触らなくても思い通りになると勘違いする人が増える、「だからこそ『存在』が大事」になり、「世界から『存在』が失われていくとき、必ず写実の絵が求められる。」という言葉が出てきます。そして、それは「考え方、生き方の問題だから」と続くのです。

 

また、本書『存在のすべてを』では、こうした写実絵画の意義についての主張と同時に、絵画の世界における有力者による不正問題も取り上げられています。

つまり、絵画の実力だけでは、画家の名を知らしめることのできる「民展」という展覧会への出展さえもできない状況が描かれています。

しかし、そのことは小説の中だけの虚構の出来事ではなく、現実にもあった出来事でした。

現実には2009年の朝日新聞の調査報道により「日本美術展覧会」、通称「日展」の不正審査問題が発覚して大問題となったのです。( ウィキペディア : 参照 )

こうした現実の社会的な不正をも物語の背景に置き主人公の人生を追体験させる手法が、社会派推理小説の代名詞ともいえる松本清張を思い出させたのです。

 

絵画そのものをテーマとした作品を挙げるとすれば、やはり原田マハの『暗幕のゲルニカ』などの作品をまず挙げるべきなのでしょう。

しかし、本書の内容からすると絵画をテーマとした作品と言うよりも、やはり松本清張やその系譜にあると思われる横山秀夫東野圭吾らといった社会派推理小説家の名を挙げるほうがしっくりくると思われます。

いずれにせよ、本書の迫力は今挙げた各作家の作品にも並ぶ面白さを持った作品だと思いました。

夏空 東京湾臨海署安積班

夏空 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『夏空 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十二弾で、2024年3月に324頁のハードカバーで角川春樹事務所から刊行された短編の警察小説集です。

シリーズ中の短編集の役割ともいえるシリーズ本編の間隙を埋める短編集としてとても面白く読んだ作品集です。

 

夏空 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

ドラマ化もされた大ロングセラー「安積班」シリーズ熱望の最新刊!

外国人同士がもめているという通報があり現場に駆けつけると、複数の外国人が罵声を上げて揉み合っていた。
ナイフで相手を刺して怪我を負わせた一人を確保し、送検するも、彼らの対立はこれでは終わらなかった……。(「略奪」より)
高齢者の運転トラブル、半グレの取り締まり、悪質なクレーマー……守るべき正義とは何か。
揺るぎない眼差しで安積は事件を解決に導いていくーー。

おなじみの安積班メンバーに加え、国際犯罪対策課、水上安全課、盗犯係、暴力犯係など、ここでしか味わえない警察官たちのそれぞれの矜持が光る短編集。(内容紹介(出版社より))

目次
目線 | 会食 | 志望 | 過失 | 雨水 | 成敗 | 夏雲 | 世代 | 当直 | 略奪

 

夏空 東京湾臨海署安積班』の感想

 

本書『夏空 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』の第二十二弾の、シリーズに色々な方面から光を当てた作品集です。

長編を基本とするシリーズものの中での短編集となれば、シリーズ本編で構築される物語世界の間隙を埋める役割を担っているものでしょう。

本書もその点は同様であり、『安積班シリーズ』の登場人物の横顔紹介的な話の場合もあれば、一般論としても言えそうな視点の話であったりと様々なテーマの作品が並んでいます。

 

安積班のメンバーの側面を紹介するものとして第一話の「目線」で須田を、第二話の「会食」で湾岸署の野村署長と瀬場副署長を、第八話の「世代」では交機隊の速水の人となりを紹介してあります。

第四話「過失」では強行犯第二係の相良を紹介しているとも言えそうです。

 

目線」 第三者から見るとトラブルのようであっても当事者本人にしてみれば何でもない事柄であるという話で、視点を変えればものの見方も変わってくるという話です。

 

会食」 安積警部補は、榊原課長から瀬場副署長が野村署長が暴力団幹部と会食をしたらしいとの噂のことで悩んでるらしく、何とかしてほしいとの相談を受けます。

「案ずるより産むが易し」を地で行く物語であり、同時に安積警部補の人柄を示す作品でもあります。

 

志望」 安積警部補は、榊原課長から地域課にいる武藤和馬という巡査長を刑事課に、それも村雨移動で空いた席に引っ張りたいとの相談を受けます。

 

過失」 地域課から、ゆりかもめの駅からの応援要請に強行犯第二係の相良が自分が行くと言い出した。行ってみるとテレビタレントの堺わたるが人の靴を踏んでしまい、治療費を要求されているというのだった。

 

雨水」 闇バイトの強盗グループを追っていた警視庁はあるグループに眼をつけていたが、そのグループがお台場にあるマンションをターゲットにしているという情報が入った。

 

成敗」 高速湾岸線の道路上で被害者が三十五歳の自称建設業の津山士郎という男であり、被疑者は丸岡孝之という七十歳の無職の男だという傷害事件が発生し、交機隊の速水小隊長を通して安積達にも呼びだしがかかった。

「強いほど、他人を受け入れて許せるようになるでしょう」という水野の言葉が残ります。

 

夏雲」 地域課地域第二係の蔵田英一巡査部長が、飲食店でスマホで撮影しながらクレームをつけている川島博史という客に対し、無断で撮影すると肖像権侵害になると注意すると、蔵田巡査部長を訴えると言ってきたという。

 

世代」 速水の車に同乗して遺体が見つかったというお台場の公園へ行くと、速水が野次馬のなかから不審な男を見つけた。細井貴幸という二十八歳の男であり、被害者は川崎逸郎四十八歳で、二人とも同じ食品会社に勤務していた。

 

当直」 今日の当直管理責任者は組対係の真島善毅係長で、一般当直は四名、刑事当直も第一強行犯係の須田、第二強行犯係の荒川、組対係の真島係長、そして知能犯係からの一名の四人だった。

 

略奪」 外国人同士の揉め事の通報があり、強行犯第一、第二係共に制圧のための出動し怪我人等を確保したところに、国際犯罪対策課から立原という警部補がやってきた。

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル 新装版

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』とは

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』は『警部補・碓氷弘一シリーズ』の第三弾で、2004年2月に中央公論新社刊行され、2016年5月に427頁の新装版の中公文庫として刊行された長編の警察小説です。

今野敏の伝奇的な世界を描くいくつかの作品の主人公たちが登場し、彼らが力を合わせて事件を解決するという珍しい構成の、しかしそれなりに楽しめた作品でした。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』の簡単なあらすじ

 

横浜、池袋、下高井戸ー。非行少年が次々に殺された。いずれの犯行も瞬時に行われ、被害者は三人組でかつ外傷は全く見られないという共通点が。一体誰が何のために?おなじみ碓氷部長刑事も広域捜査の本部にかり出された!警察、伝奇、武道、アクション…。今野敏がこれまで書き続けたジャンルを融合した、珠玉のエンターテインメント、待望の新装改版。(「BOOK」データベースより)

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』の感想

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一3 パラレル』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第三弾で、今野ワールドの主役級の役者たちが一堂に会する珍しい作品です。

本書では上記のように登場人物が多くその関係性も多岐にわたるため、先に事件発生の時間軸に合わせて人間関係を整理した方がいいと思われます。

 

最初に、横浜市緑区の路上で三人の少年が殺され、一人の女性が車で拉致されるという事件が発生します。

この事件に関係するのが、神奈川県警生活安全部少年課所属の丸木正太巡査と丸木巡査の少年課の先輩である三十五歳の高尾勇巡査部長です。

そして、この二人の捜査を助けるのが、南浜高校教諭の水越陽子であり、生徒の赤岩猛雄賀茂晶です。

水越は神奈川最大の暴走族の相州連合初代総長の彼女であり、また赤岩猛雄は相州連合の元ヘッドであって情報収集に力を貸し、賀茂は役小角の人格保有者として超常能力を発揮し問題解決を助けます。

彼らが登場するのは『わが名はオズヌ』という作品です。

 

次に、西池袋で起きた未成年殺人事件に加わるのが本シリーズの主人公の碓氷弘一部長刑事であり、同じ捜査一課ですが班が異なる赤城竜二部長刑事です。

この赤城部長刑事の知り合いが元麻布にある整体院の院長で武道の達人の美崎照人です。

そして、赤城と美咲が活躍するのが『襲撃』や『人狼』といった作品の『美崎照人シリーズ』です。

 

三番目として、甲州街道沿いのコンビニ近くで三人の若者が殺されるという事件が起き、この事件に警視庁少年犯罪課の富野輝彦巡査部長も関わることになります。

この富野輝彦巡査部長の情報提供者して登場するのが、お祓い師であり鬼道衆の鬼龍光一安倍孝景です。

そして、富野巡査部長と鬼龍光一、安倍孝景が活躍するのが『鬼龍』を始めとする『鬼龍光一シリーズ』です。

 

本書『パラレル』は、『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第三弾とは言いながら、実際は主人公である筈の碓氷弘一は脇に回っています。

代わりに活躍するのが高尾勇巡査部長や赤城竜二部長刑事、そして富野巡査部長といった警察官たちです。

そして、彼らを助けるのが役小角が憑依(?)している賀茂晶や、武道の達人の美崎照人、そしてお祓い師の鬼龍光一や鬼道衆である安倍孝景といった伝奇的な世界の住人達なのです。

というよりも、人智を越えた世界に棲む彼らこそが主役というべきなのでしょう。

 

こうした超常的な世界を舞台にした作品群の主役たちが一堂に会して、各事件の背景にいると思われる「亡者」などと呼ばれる存在を退治するために行動する姿が描かれています。

オカルト的物語がそれほど好きではない人には受け入れがたい作品かもしれませんが、それぞれに人気シリーズなので今野敏の物語が好きな人はその面白さは受け入れやすいと思います。

碓氷弘一が活躍世界を一旦忘れて、非日常の世界への第一歩を踏み出してみるのもいいのではないでしょうか。

 

ところで、どうでもいいことではありますが、このシリーズは『警部補・碓氷弘一シリーズ』とも呼ばれるシリーズであるにもかかわらず、碓氷刑事は未だ部長刑事のままです。

真夏の方程式

真夏の方程式』とは

 

本書『真夏の方程式』は『ガリレオシリーズ』の第六弾で、2011年6月に文藝春秋からハードカバーで刊行され、2013年5月に文春文庫から463頁の文庫として出版された、長編の推理小説です。

長編としてはシリーズ第三作目であり、環境保護をテーマにした、相変わらずの面白さを持った作品でした。

 

真夏の方程式』の簡単なあらすじ

 

夏休みを玻璃ヶ浦にある伯母一家経営の旅館で過ごすことになった少年・恭平。一方、仕事で訪れた湯川も、その宿に宿泊することになった。翌朝、もう1人の宿泊客が死体で見つかった。その客は元刑事で、かつて玻璃ヶ浦に縁のある男を逮捕したことがあったという。これは事故か、殺人か。湯川が気づいてしまった真相とは―。(「BOOK」データベースより)

 

真夏の方程式』の感想

 

本書『真夏の方程式』は、ガリレオシリーズの第六弾となる作品で、たまたま列車の中で一緒になった少年の恭平を中心にしたミステリー作品です。

やはり、さすが東野圭吾という作品でした。この作家さんにたまに見られる少々強引な設定という感じもあったけれど、でも、やはりこの人の作品は一級の面白さがあります。

 

海の美しい玻璃ヶ浦での開発の話が持ち上がります。学者としての意見を求められ現場に参加する湯川学でしたが、行きの列車で偶然一緒になった恭平少年と同じ宿に泊まることにしました。

ところが、翌日同じ宿に泊まり合わせた宿泊客が死体で見つかります。事故として片付けられようとした事件でしたが、亡くなった人物が元警官であることが判明し、身元確認のために来る夫人に同行してきた警視庁の管理官はそこに事件性を見出すのでした。

 

恭平と湯川が泊まったこの宿は、恭平の伯母一家の経営する旅館で、玻璃ヶ浦自体がさびれていくのに伴い老朽化している旅館でした。

その旅館で、恭平少年に湯川が物理学の面白さ、学問の面白さを少しずつ説いていき、恭平が、わずかずつ湯川に心を開いて行く過程が描写されています。

この二人の関係が謎解きとは異なる本書のもう一つの見どころになっていて、事件の背景のせつなさに一つの救いを与えているようです。

 

このシリーズにしては珍しく、湯川の方から事件の背景の調査に乗り出します。

その折に何時ものことながら草薙刑事との掛け合いもあるのですが、今回は草薙の方からの捜査依頼ではないので、この二人の会話も草薙の報告という形で終始します。

何となくこのシリーズの感じがこれまでと異なるのは、やはり、本作品が恭平少年を軸に据えた描写になっているからのようです。

結論にしても、恭平少年の存在があればこそ、としか考えられず、通常であれば違った結論になるのではないかと思われます。

 

この作家の作品はその殆どを読んでいるのですが、いかにも近年の作品らしく、人間ドラマを中心に据えた読み応えのある作品に仕上がっています。

結論のあり方に関しては異論も少なからずあるようですが、小説としての面白さはさすがのものです。

いつものことながら、それなりの水準の作品を発表し続けるその力量にはただ脱帽するばかりです。

 

ちなみに、本書は『容疑者Xの献身』に次ぐ、劇場版ガリレオシリーズの第二弾として、もちろん福山雅治主演で映画化されています。

残照

残照』とは

 

本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾で、2000年3月に角川春樹事務所から刊行されて2003年11月にハルキ文庫から267頁で文庫化された、長編の警察小説です。

警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補に焦点が当てられた読みごたえのある作品でした。

 

残照』の簡単なあらすじ

 

東京・台場で少年たちのグループの抗争があり、一人が刃物で背中を刺され死亡する事件が起きた。直後に現場で目撃された車から、運転者の風間智也に容疑がかけられた。東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補は、交通機動隊の速水警部補とともに風間を追うが、彼の容疑を否定する速水の言葉に、捜査方針への疑問を感じ始める。やがて、二人の前に、首都高最速の伝説を持つ風間のスカイラインが姿を現すが…。興奮の高速バトルと刑事たちの誇りを描く、傑作警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

残照』の感想

 

本書『残照』は『安積班シリーズ』の第八弾となる長編の警察小説です。

本シリーズの主要メンバーの一人である速水警部補部に焦点が当たった物語であり、その意味でも面白い作品でした。

 

東京台場であるカラーギャングのリーダーである吉岡和宏という若者が背中から刺されて殺されるという事件が起き、容疑者として現場から逃走したと思われるスカイラインGT-Rを運転していた風間智也が挙がりました。

しかし、捜査本部に加わっていた交機隊の速水直樹警部補は吉岡の犯行とは思えないと言うのです。

捜査本部には本庁から来た佐治係長相良警部補などがおり、当然のことながら安積剛志警部補たちとは意見が対立することになるのでした。

 

本書『残照』について述べるとすれば、前述した本シリーズの人気キャラクターの一人である警視庁交通機動隊小隊長の速水直樹警部補がフューチャーされていることを挙げる必要があります。

高速道路をその管轄下に置く交機隊の存在は大きく、また速水警部補は暴走族やカラーギャングに詳しいことから、安積が捜査本部に参加させたものでした。

その速水が容疑者の吉岡は犯人ではないというのですから、安積も速水の意見を尊重し、吉岡の犯行と決めつけずに捜査を進めることとするのです。

それはまた、相良たち本庁のチームとの対決ともなり、本シリーズのパターンの一つともなっています。

 

また、本書で速水に焦点があてられるということは、必然的に速水の運転技術が描かれることとなり、その点でもシリーズの中でも特異な地位を占めると言えます。

事実、被疑者として手配された黒いスカイラインGT-Rに乗った風間智也と、速水の運転するスープラ―との筑波スカイラインでのカーチェイスの場面はかなりの読みごたえがあります。

速水の運転するスープラーに同乗した安積に恐怖と同時に興奮をも覚えさせたバトルだったのです。

 

同時に、速水と吉岡という少年との関係性もまた読みごたえのあるものでした。

個人的には、今野敏の作品にはこのような人と人との目に見えない繋がりを描く場面が少なからずあり、そうした点も人気の理由だと思っています。

また、速水が安積に対して自分たち二人には共通点があると言い、それは「二人とも大人になりきれないところだ」と言い切る場面がありますが、こうした場面がなぜか心に残っています。

このような場面もまた先の人と人とのつながりを描く場面と同様の、表面的でない人間関係のあり方として共感を呼ぶと思うのです。

 

本書『残照』は、チームとしての警察の働きを描いた『安積班シリーズ』の中でも、速水交機隊小隊長という個人の活躍を描いた珍しい警察小説だと言えます。

そして、その点こそが魅力の一冊であり、魅力の作品だと思います。

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第三弾で、最初は1991年8月に大陸ノベルスから刊行され、その後2022年2月には角川春樹事務所から256頁で文庫化された、長編の推理小説です。

 

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾岸で乗用車の中からテレビ脚本家の絞殺死体が発見された。現場に駆けつけた東京湾臨海署(ベイエリア分署)の刑事たちは、目撃証言から事件の早期解決を確信していたが、間もなく逮捕された暴力団員は黙秘を続け、被害者との関係に新たな謎がー。華やかなテレビ業界に渦巻く麻薬犯罪。巨悪に挑む刑事たちを描く安積警部補シリーズ。新装版第三弾は、上川隆也氏と著者の巻末付録特別対談を収録!!(「BOOK」データベースより)

 

(新装版)硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』は、『安積班シリーズ』の第三弾の長編の推理小説です。

1991年8月刊行の作品だけに、仕事を終え飲んでいた安積班への連絡もポケベルでの呼び出しでなされているほどに古い時代の作品です。

しかし、ストーリー自体に古さは感じられず、シリーズも三作目となり一段と脂がのってきている印象です。

 

テレビ脚本家の絞殺死体が発見され、安積班が捜査に当たることになります。しかし、犯人らしき人物の目撃者もいてすぐに暴力団関係者も逮捕されて、この事件は終結すると思われました。

その結論に何となく割り切れないものを感じていた安積警部補でしたし、被疑者を逮捕した三田署の柳谷捜査主任からも黙秘を続ける被疑者に疑義があり捜査本部を置くべきではないか、との相談を受けることになります。

ところが、その後捜査本部が置かれて捜査は続行することになり、警視庁から相楽警部補がくるため、安積警部補自身に捜査本部へ来てくれるようにと柳谷主任からあらてめの依頼があったのでした。

 

今野敏の描く警察小説の主人公は、ほとんどの主人公が自分の評価を気にしています。

警察官としての勤務評価ではなく、自分が部下から上司としてどうみられているかという評価です。

それは、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』や『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』でも同じです。

そして本『安積班シリーズ』の主人公である安積剛志警部補の場合も同様であり、いつも班員の心情を気にかけているのです。

 

その上で、部下から慕われている上司像を描き出しています。

私が読んだのは2006年9月出版のハルキ文庫版だったのですが、その本にあった関口笵生氏の解説の中では、「部下をかわいがり、上司からの防波堤ともなる、理想的な中間管理職ですね、そういう警察官がかければ面白いと思った。」という作者の今野敏の言葉を引用しておられました。

そしてその言葉のとおり、いつも部下が自分のことをどのように思っているかを気にしていながら、その部下が理不尽な扱いをされると身を挺してかばおうとする理想的な上司の姿が描かれています。

そして、その姿が読者の支持を得ていると言えるのです。

 

その安積班の中でも、安積が警察官らしい警察官と評する村雨秋彦部長刑事、逆に警察官らしくないという須田三郎部長刑事の心情を気にする傾向が強いようで、二人が上司としての自分をどう評価しているのかを気にしているようです。

また、若手班員である黒木和也巡査長桜井太一郎巡査、それに大橋武夫巡査に対してもまたその心情を気にかけているのです。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動しており登場してきません。ただ、『最前線: 東京湾臨海署安積班』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。


その他の主な登場人物を見ると、安積警部補の同期である速水直樹交通機動隊小隊長や、また臨海署刑事課鑑識係係長の石倉晴夫警部補が彩を添えています。

また安積をライバルと思っている節のある警視庁捜査一課殺人犯捜査第五係の相楽啓警部補などがいて、安積の対立軸としてその存在感を見せています。

 

本書の後、本シリーズの舞台は、湾岸開発の後退機運に乗って渋谷の新設警察署である神南署に移ります。

そこで五作品が出され、その後再び東京湾臨海署へと戻ってくることになるのです。

2024年7月の時点で第二十二弾『夏空』まで出版されている本シリーズですが、そのままずっと続いてくれることを望むばかりです。

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾で、2000年10月に幻冬舎からハードカバーで刊行されて2008年5月に新潮文庫から545頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、家族小説の側面がかなり強い作品でもあり、またストリートダンスについて語られたスポーツ小説的ニュアンスをも含んだ作品でもあります。

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

警視庁捜査二課・島崎洋平は震えていた。自分と長男を脅していた銀行員の富岡を殺したのは、次男の英次ではないか、という疑惑を抱いたからだ。ダンスに熱中し、家族と折り合いの悪い息子ではあったが、富岡と接触していたのは事実だ。捜査本部で共にこの事件を追っていた樋口顕は、やがて島崎の覗く深淵に気付く。捜査官と家庭人の狭間で苦悩する男たちを描いた、本格警察小説。(「BOOK」データベースより)

 

ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『ビート 警視庁強行犯係・樋口顕』は、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の第三弾となる警察小説です。

若者の取り組むストリートダンスについてもかなり詳しく描いてあり、さらには家族小説の側面も強い作品となっていて、かなり面白く読んだ作品です。

ここで、英次が通うダンススクールは「いわゆるオールドスクール系」のダンススクールということですが、ここで「オールドスクール」とは「70~80年代に生まれたストリートダンスの総称」だということです( ダンススクール【NOAダンスアカデミー】 : 参照 )。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の主役はもちろん樋口顕警部補ですが、本書の本当の主人公は警視庁捜査二課に所属する島崎洋平という刑事であり、その次男の島崎英次という若者です。

父洋平も兄の丈太郎も同じ大学の柔道部の出身であり、英次も幼い頃は近所の柔道教室に通っていたのですが、体格に劣っていた英次は優秀な兄と比較され挫折を味わい、いつか柔道をやめて夜の街へと遊びに出るようになってしまいます。

そんな英次に対し父親の洋平は厳格さだけを求め、英次をさらに家から遠ざけてしまいますが、英次はダンスと出会い、これに夢中になっていたのです。

ところが、兄の丈太郎が、所属していた大学柔道部の先輩で日和銀行に勤める富岡和夫という男に父親の捜査情報を漏らしてしまったことから、父親の洋平も捜査情報を漏らすように脅迫を受け、日和銀行本店への家宅捜査情報を教えてしまいます。

そのため、その家宅捜査は失敗に終わってしまいますが、その富岡が何者かに殺されてしまったのでした。

 

本『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』は、チームとしての協同という点を除けば『安積班シリーズ』にも似た警察小説として人気を博しているシリーズですが、本書の場合は若干毛色が異なるようです。

何しろダンスに対する作者の思いがかなり強く、同時に体育会系の縦社会への反発が明確に記されているのです。

作者の今野敏自身が武道家であり、体育会系の人間関係についてはよく分かっているはずで、その作者がはっきりと言うのですからその意思は明確です。

 

また作者自身が、もともとストリートダンスなどについては不良のやるものという偏見があり、ストリートダンサーは不良とかに見られがちだが、本格的にダンスを学ぶというのは半端な覚悟でできることではない、とあとがきに書いておられます。

作中でも、島崎洋平に、ダンスの練習をする若者を見て「そこには、一種の禁欲的ですがすがしい雰囲気があった。」と言わせているのです。

 

今野敏という作家は『安積班シリーズ』の『イコン』でアイドルについてかなり深く論じ、『蓬莱』では日本国の成り立ちについても論じていることからも分かるように、ある分野に関心を持つとそのことについての自身の意見を深く反映させているように思えます。


そのことがまた物語を面白くしているのですから、作家さんの好奇心は様々な形で作品に反映されるものです。

そして本書ではストリートダンスについての作者の意見が反映されていて、そこに体育会系の縦社会の問題点や警察官の家族の問題などが同時に描かれているのです。

 

文庫本で500頁以上の長さを持つ、作者自身の力の入った少々長めの作品ですが、それだけの内容、そして面白さがあると言える作品だと思います。

 

追伸

前回本ブログでの投稿をアップして以来、丁度一月が経ってしまいました。

じつは、夫婦してコロナに罹ってしまい、ひたすら閉じこもり倦怠感に耐えていたのです。

私自身は高熱が出ることもなく、割と軽く済んだのですが、妻は処方された咳止めの薬が合わず、高熱と筋肉に力が入らずに立ち上がることもできず、私が補助しなければ寝返りも打てないでいたのです。

高熱などの原因が薬害にあると判明してからは、妻も数日で平熱に戻り、筋肉にも力が戻ってきました。

ただ、私は咳がなかなか収まらないでいたものの、お医者さんや私の周りの人に聞けばコロナ後に咳で悩まされる人が多いとのことでしたし、ひどい倦怠感が続いていたのですが、なんとかこうやって文章を書けるほどになっています。

ということで、再び本ブログをのんびりと開始したいと思いますので、これからもよろしくお願い致します。

二重標的 東京ベイエリア分署

二重標的 東京ベイエリア分署』とは

 

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾で、大陸ノベルスから1988年10月に刊行されて、2021年12月にハルキ文庫から新装版として288頁で出版された、長編の警察小説です。

作者の今野敏が言っていた理想的な中間管理職としての警察官の姿を持った、大変な人気シリーズの第一弾として十分な面白さを持っている作品です。

 

二重標的 東京ベイエリア分署』の簡単なあらすじ

 

東京湾臨海署(ベイエリア分署)の安積警部補のもとに、殺人事件の通報が入った。若者ばかりが集まるライブハウスで、30代のホステスが殺されたという。女はなぜ場違いと思える場所にいたのか?疑問を感じた安積は、事件を追ううちに同時刻に発生した別の事件との接点を発見。繋がりを見せた二つの殺人標的が、安積たちを執念の捜査へと駆り立てるー。ベイエリア分署シリーズ第一弾。(「BOOK」データベースより)

 

二重標的 東京ベイエリア分署』の感想

 

本書『二重標的 東京ベイエリア分署』は『安積班シリーズ』の第一弾となる作品で、以降ベストセラーシリーズとなる本シリーズの魅力が十二分に感じられる作品です。

これまでの、一人の探偵役の刑事が推理を働かせて事件を解決するという警察小説ではなく、エド・マクベインの『87文書シリーズ』と同様の、警察チームが主役となる、人間としての警察官が描かれている警察小説です。

 

本シリーズの舞台の東京湾臨海署は、当初は東京湾岸の新副都心構想のもと設けられたという通称ベイエリア分署と呼ばれるほどに小さな警察署です。

しかし、バブル崩壊と共に湾岸構想が停滞し、新たに原宿に「神南署」が設定されて数作が書かれたものの、再び進み始めた湾岸開発と共に再度東京湾臨海署が復活し、新たなベイエリア分署を舞台に安積班の物語が始まることになります。

 

そこで本書ですが、神南署に移る前の新設の東京湾臨海署を舞台にした物語として本書『二重標的 東京ベイエリア分署』が始まります。

安積班の班員を挙げると安積剛志警部補のもと、村雨秋彦須田三郎の両部長刑事、それに黒木和也巡査長桜井太一郎巡査大橋武夫巡査という安積班の六人が活躍します。

なお、この大橋武夫巡査は本書までの登場であり、次巻の『蓬莱』からは異動してしまい登場してきません。ただ、『最前線』で再度新たな大橋武夫巡査として登場します。

さらに、東京湾臨海署には他に本庁所属の交通機動隊の速水直樹小隊長や臨海署刑事捜査課鑑識係係長の石倉進巡査部長らがいて重要な役割を担っており、また刑事捜査課課長の町田警部といった面々がいてこのシリーズの厚みを増しています。


本書では、「エチュード」というライブハウスで一人の女性が殺されるという事件が発生します。ただ、その日の客層は半分以上が未成年であり、三十五歳という被害者は明らかに浮いた存在でした。

翌日、安積班に入った衣料メーカーからの窃盗の通報や晴海ふ頭での銃撃戦への応援依頼などをこなした後に、安積は桜井を連れて高輪署に設けられた前日の殺人事件の捜査本部へと駆けつけます。

ところが、安積はそこで居眠りをしてしまった桜井を怒鳴りつけた本庁捜査一課所属の刑事と対立してしまいます。

その上司がシリーズを通して安積のライバルとなる相楽啓警部補だったのです。

 

この相良警部補がシリーズに色を添えることとなる存在で、何かと安積に対し対抗心を燃やして作品を盛り上げることになります。

本書でも、ライブハウスの殺人事件に関して安積と対立し、物語を盛り上げてくれるのです。

 

一方安積警部補は、数年前に妻とは七年前に離婚していましたが、娘の涼子とだけは今でも連絡を取っていました。

中目黒にある自宅マンションに帰っても一人住まいのため、一人で酒を飲むしかない安積だったのです。

 

こうして、安積個人の家庭の問題や安積班個々の班員との関係性に悩みながらも日々巻き起こる事件に対処している安積剛志警部補の姿が描かれることになります。

そこにはまさに次巻の『硝子の殺人者 東京ベイエリア分署』の関口笵生氏による解説の中で作者の今野敏の言葉として紹介されているように、「理想的な中間管理職」の姿があります。

そしてその姿が多くの読者の支持を受けていて、以降2024年8月現在で第22巻の『夏空 東京湾臨海署安積班』が出版されるほどの人気シリーズとなっているのです。