インビジブルレイン

姫川班が捜査に加わったチンピラ惨殺事件。暴力団同士の抗争も視野に入れて捜査が進む中、「犯人は柳井健斗」というタレ込みが入る。ところが、上層部から奇妙な指示が下った。捜査線上に柳井の名が浮かんでも、決して追及してはならない、というのだ。隠蔽されようとする真実―。警察組織の壁に玲子はどう立ち向かうのか?シリーズ中もっとも切なく熱い結末。

 

「姫川玲子シリーズ」の四作目となる、長編の警察小説です。

 

やはり誉田哲也という作家の作品ははずれがなく、とくに本「姫川玲子シリーズ」に属する作品は読みごたえがあると感じた作品でした。

ただ、本作はシリーズの中でも姫川の女の部分が強調された異色の作品となっているため、好みでないという評価を下す人が多いかもしれません。

そしてもう一点、本書は姫川班として活躍してきた姫川玲子の活躍の場が変更するという点でも特異な位置を占める作品と言えます。

 

暴力団大和会系の下部組織に属するチンピラが刺殺されるという事件がおきます。捜査本部には暴力団担当の組織犯罪対策部第四課も加わり、姫川玲子も暴力犯担当の下井警部補と組むことになります。

ただ組対四課が自分のところで犯人を挙げると張り切っていて、彼らの主導によって本事案は暴力団抗争に絡んだ事件との見方が主力になります。

ところが、柳井健斗という男が犯人だとのタレコミがあり、警察の上層部からは柳井健斗には触らないようにとのお達しが出されるのです。

柳井健斗とはかつて警察不祥事に絡んだことのある名前であり、あらためて警察の不祥事を明るみに出すことはないとの判断が働いたのです。

しかし、姫川がその命令に従うはずもなく、相方の下井警部補の影の協力もあり、単独での捜査に走るのでした。

 

その単独捜査の過程で知り合うことになったのが極清会の会長であり、大和会の系列組織である石堂組の若頭補佐でもある牧田勲という男です。

この男と姫川玲子との関係が本書の一番の見どころということになるのでしょうか。

 

個人的には、このシリーズの一番の魅力は登場人物たちの個性がぶつかり合う絡みの場面だと思っているのですが、本書もまたその例に漏れません。

確かに見せ場である姫川と牧田とのからみも気になるところであるのは間違いありません。

しかし、個人的にはそれよりも姫川の相方である下井と姫川との会話や、姫川の上司である捜査一課十係長の今泉春男警部や、捜査一課課長の和田徹警視正と姫川との関係の方がが気になるのです。

さらにガンテツをも巻き込んだ捜査一課の上層部の人間関係と、さらにその上の長岡刑事部長らとの関係が目が離せません。

同時に、彼らの関係、その行動の描き方に魅せられるのです。

 

当然のことではありますが、本書で描かれる事件の発端となったチンピラの殺人事件の捜査の様子それ自体も勿論よく描かれています。

その事件に隠された真実が柳井健斗や牧田を動かし、そのことによって姫川ら警察が動き、その中での人間ドラマの描き方が私の好みと見事に一致するのです。

このように、本書はエンターテインメント小説としての面白さを見事に体現しているシリーズであり、その中の一冊であることをしっかりと思い知らされる構成になっています。

そして先に述べたように、本書で描かれている事件のゆえに姫川の警察官としての人生は新たな展開を見せる、という意味でも重要な一冊だと言えます。

 

ちなみに、本書は映画化もされています。

姫川を演じているのはもちろん竹内結子であり、牧田勲を大沢たかおが演じています。

原作である本書とは若干ストーリーが異なるようで、また姫川と牧田との恋模様に重きが置かれている気もしますが、それでもなお本書の雰囲気を色濃く残している作品だと思います。

また、2019年にリメイクされたテレビドラマ「ストロベリーナイト・サーガ」においてもその第七話と第八話でドラマ化されているそうです。

 

 

アナザーフェイス

今年の1月16日に左目の緑内障の手術のために入院をしましたが、今回は右目の緑内障の手術のために入院、手術をしてきました。

2020年4月15日に退院しましたが、今回は新型コロナ騒動のために大学病院の図書室も閉鎖されており、家族の面会も禁止と、大変な入院となりました。

 

警視庁刑事総務課に勤める大友鉄は、息子と二人暮らし。捜査一課に在籍していたが、育児との両立のため異動を志願して二年が経った。そこに、銀行員の息子が誘拐される事件が発生。元上司の福原は彼のある能力を生かすべく、特捜本部に彼を投入するが…。堂場警察小説史上、最も刑事らしくない刑事が登場する書き下ろし小説。

 

惹句によれば「堂場警察小説史上、最も刑事らしくない刑事が登場する」長編の警察小説です。

さすがに物語巧者の堂場瞬一らしい、シリーズの他の小説も全部を読んでみたいと思うほどに惹き込まれて読んだ小説でした。

 

主人公の大友鉄は、元は警視庁刑事部捜査一課に在籍していたものの、今では小学二年生の息子優斗の子育てのために刑事総務課に勤務する男です。

妻に死なれ、自分の手で子供を育てようと頑張っていますが、大友の捜査一課時代の上司であり、現在は刑事部特別指導官という地位にある福原聡介の期待を背負いつつ、幼児誘拐事件の現場へと応援に入ることになります。

そうしたことは、結局は息子のために義理の母親の矢島聖子の手を借りなければならないことを意味します。ただ、その事態を嬉しく思っている自分がいることも認めざるを得ないのです。

 

そんな子育てに奮闘している主人公ですが、もちろん本書『アナザーフェイス』が警察小説としての面白さを十分に備えていることを認めた上での話です。

主人公大友鉄はひとりの捜査員として誘拐された子供の家へ行き、パニックに陥っている両親の応対をその人当たりの良さからうまくこなします。

また、誘拐犯の捜査の現場に駆り出され、現金受け渡しの際の張り込みで振り回される警察の一員として走り回ります。

捜査官として、捜査の過程で感じた違和感などを手掛かりに本事件の実態を解明していく姿は、警察小説の醍醐味をもたらしてくれる作品でもあります。

 

たしかに、惹句が言うように「堂場警察小説史上、最も刑事らしくない」刑事かもしれませんが、自分の感覚をもとに足で情報を稼ぎ、地道に事件の真相に迫っていくその様子はまさに警察小説の王道を行っていると言えます。

惹句で「刑事らしくない」というのは自分の生活を子育てを主軸に考えている男、という意味で言われただけでしょう。

主人公の実態は切れ者の刑事であり、その捜査手腕を十分に発揮していく物語でもあり、まさに警察小説です。

 

物語の要素として主人公の私的な部分を表に出している、それは家族であったり子育てかもしれませんが、プライベートな部分で思い悩む主人公という意味では 今野敏の『隠蔽捜査シリーズ』の主人公もそうです。

特にシリーズの第一巻目の『隠蔽捜査』では、未だ大森署署長に飛ばされる前の竜崎伸也警視長の姿が描かれていますが、そこでは竜崎の息子の邦彦が事件に絡んできます。

この第一巻のみならず、シリーズを通して妻冴子ら家族との姿も描かれていて、それもまたシリーズの魅力の一つになっていると思われます。

 

 

また、 吉川英梨の描く女性秘匿捜査官・原麻希シリーズもまた主人公の女性刑事の活躍と、その家庭の様子とが描かれています。

ここでも主人公原麻希の子らや夫がストーリーにからんだ展開も見られたり、一人の親としての原麻希の悩みなどが描かれています。

 

 

以上の他にも主人公の刑事としての活動と家庭との板挟みになって悩むという姿が描かれている作品は少なくないと思われます。そういう意味では、本書の主人公大友鉄の存在は警察小説としては珍しくは無いと思われます。

ただ、大友鉄という人間的な魅力という点では別です。運動神経は無いものの、演劇の経験者であるためか人のふところに入っていく能力がずば抜けていて、情報収集の上で非常な武器となっているのです。

そうした主人公の活躍する本シリーズは、多分前作を読み通すことになると思われます。

GEEKSTER 秋葉原署捜査一係 九重祐子

コロナ騒ぎで、私が書斎にしている市立図書館も二月二十九日から閉まったままで新しい本を借りれずにいます。併せて私用で時間を取られ、書き込みもできずにいたこの頃でした。

さらに言えば、今年の一月に緑内障の手術をしたのですが、今回はまた反対の眼がおかしくなりまた入院となりました。

来週には退院できると思いますが、入院先の病院で図書室が開いていればまた新たな本を読んで来ようと思っています。ただ、現在見えている眼の手術なのでどのくらい読めるものかが心配です。

閑話休題

秋葉原警察署で、念願の刑事課に着任した九重祐子。捜査現場に立てると張り切るも、署を訪れる市民の応対を命じられ、延々とオタクの相手をするはめに。だが、相談者の1人が殺されたのをきっかけに、独自の捜査活動を始める。そんな中、街で噂の“ギークスター”と出会う。悪事を働く者に鉄槌を下す彼は何者で、その目的は何なのか?彼の背中を追ううち、彼女は街を取り巻く陰謀に気づくが…。痛快無比な警察アクション小説!(「BOOK」データベースより)

 

本書は、付されている「秋葉原署捜査一係 九重祐子」というサブタイトルにもかかわらず、警察小説からは程遠い、秋葉原とそこに集うオタクらを描いた長編のアクション小説というしかありません。

図書館で目の前にあったためにそのタイトルに惹かれて借りたのですが、本作以外にこの作家の作品は借りることは無いと思われる出来でした。

 

主人公は秋葉原署捜査一係の九重祐子という女性です。

しかしなにも警察官である必然性はなく、秋葉原に関係のある人間であれば、電気店の店員であっても、メイド喫茶のアルバイトの娘であっても成立する物語です。

 

主人公の九重祐子は捜査一係に配属されたものの、古株の三ケ日刑事から日々細かな事案を訴えるために警察署を訪れるオタクたちの相手をするように命じられます。

しかし、自分がいい加減な対応をしたオタクが殺されるという事件が起きたため、自分のもとに来るオタクたちから秋葉原の裏情報を仕込み、オタク殺しの犯人を捜すために活動を開始するのです。

 

その調査の過程で出会うのが、正義の味方であるギークスターこと稲蔭文鋭であり、敵役となるファイヤー・レイザーエンプティ・ハンドたちです。

こうして犯人探しはすぐに終わり、話は放火犯であるファイヤー・レイザーらとの対決の話へと移行し、よく分からない話が展開されます。

こうした設定そのものを見てもリアルな警察小説とは一線を画した物語であることはすぐにわかり、読書を継続するかを悩む羽目になりました。

 

そもそも本書の惹句が、「この街を救うのは女性刑事か、それともダークヒーローか!?」というものであるところから、誉田哲也の『ジウサーガ』のような作品を勝手にイメージしたのが私の大いなる間違いでした。

ジウサーガ』は複数の女性捜査員を主人公としながらも、脇を東弘樹主任警部補などの猛者がしっかりと固め、アクション小説と言っても間違いではないほどの挌闘場面などをちりばめながらも、設定された事件への地道な捜査も丁寧に描いてある読みごたえのある作品です。

 

 

それに対し、本書『GEEKSTER 秋葉原署捜査一係 九重祐子』は、主人公は女性刑事ではあっても配属先の刑事として登場するのは三ケ日刑事だけであり、それも主人公の九重祐子刑事を役立たずと決めつけオタクたちの相手をするように命じる役目を担っているだけです。

そこに警察官としての仕事を果たす場面は全くありません。九重祐子が個人的に知り合ったギークスターこと稲蔭文鋭の足助を借りて個人的にオタク殺害犯人に迫る、それだけです。

犯人に迫っても警察官としての仕事の場面はなく、単に倒した、というだけで終わります。つまりは警察官としての捜査ではなく、単に犯人探しに奮闘した人間の職業がたまたま警官であった、というだけです。

 

さらに言えば、アクション小説とても私の好みからは外れた作品と言わざるを得ません。

同じように荒唐無稽と思いつつも読み進めた 月村了衛の『槐(エンジュ)』のような作品とは異なり、登場人物の背景も薄く、物語世界に引き込まれたということは出来ませんでした。

多分、本作品以外にこの作家の作品を読むことは無いと思います。それほどに残念な作品でした。

 

ちなみに、本書のタイトルの「GEEKSTER」とは、

GEEKSTERとは、GEEKとHIPSTERから生まれた言葉で、「眼鏡、髪型、服装などにより、わざとオタクっぽく装ったイケメン」という意味の言葉である。(カドブン : 参照)

ということだそうです。

警官の条件

警部に昇任し、組織犯罪対策部第一課の係長に抜擢された、安城和也。彼は自らのチームを指揮し、覚醒剤の新たな流通ルートを解明しようと奮闘していたが、過程で重大な失策を犯してしまう。重苦しいムードに包まれる警視庁に、あの男が帰ってきた。かつて、“悪徳警官”として石もて追われたはずの、加賀谷仁が!警察小説の頂点に燦然と輝く『警官の血』―白熱と慟哭の、第二章。(「BOOK」データベースより)

 

大河警察小説として高い評判を得ている『警官の血』の続編として書かれた長編の警察小説です。

 

さすがに警察小説の第一人者と言われる著者佐々木譲が、自身の人気ベストセラー小説の続編として書いた作品だけあって十分な面白さをもった作品でした。

ただ、本書『警官の条件』が『警官の血』という名作の続編ということ、また前巻『警官の血』の終わりで強烈な印象を残した加賀谷仁が帰ってくるという惹句の文言をそのままに本書を読むと期待外れに終わるかもしれません。

というのも本書は前巻とは異なり、あくまで安城家としての物語というよりは三代目である安城和也の物語であり、また加賀谷はそのアクセントに過ぎず、ないからです。

つまりは、本書では安城家の歴史を描いたという側面は薄く、また加賀谷という存在も前作ほどではないのです。

 

 

それはひとつには前作を貫く、安城清二が追っていた事件や安城清二自身の死にまつわる謎が一応の解決を見ていることからくる、安城家という背景の希薄さからくるものと思われます。

また加賀谷に関しても、あくまで本書『警官の条件』は安城和也が主人公であるということからくるものでしょう。

 

とはいっても、加賀谷というキャラクターがあってこその本書であることもまた事実であり、その存在感は強烈です。

この加賀谷のような悪徳警官として個性をもった人物として、まず 逢坂剛の『禿鷹の夜』から始まる『禿鷹シリーズ』の主人公である禿富鷹秋刑事を思い出します。

ハゲタカこと禿富鷹秋刑事は、「信じるものは拳とカネ。史上最悪の刑事。・・・ヤクザにたかる。弱きはくじく。」とアマゾンの内容紹介にもあるように、その存在自体が強烈です。

 

 

またその存在感という点では 柚月裕子の『孤狼の血』の大上刑事もそうです。加賀谷とキャラクターの類似という点ではハゲタカよりもこちらの大上刑事の方が似ているかもしれません。

具体的な類似性は実際読んでいただく方がいいでしょう。ここで書くとネタバレになりかねないのです。

 

 

本書での加賀谷というキャラクターの処理はある意味ベタと言っても間違いのない扱いであって、そのベタさこそが魅力だとも言えます。

本書『警官の条件』が『警官の血』の続編である以上は、和也が中心になるのは当たり前のことであって、その中で和也がどのように成長するかという観点こそが主眼であり、加賀谷はあくまで脇役なのです。

だからこそ加賀谷の扱いがベタであって、和也が生きてくると思われます。

そうはいっても本書の中ほどまでを読み進める過程では、本書は『警官の血』での魅力と比して半減しているとの思いを持っての読書でした。

安城和也という男が主人公ではあるものの、他の人物を主人公として設定しても物語として成立し、警察小説として評価は低くはないのだろうなどと思っていました。

 

しかし、クライマックス近くになると、本書『警官の条件』の小説としての面白さが次第に迫ってくるようになります。

そして、警察内部の縄張り争いを主眼に描かれていくこの物語が、クライマックスにいたり先にも述べたある意味ベタな結末を迎えることになるのです。

この点に拒否感を抱いた読者も少なからずおられるのではないかと思われます。しかし、個人的には本書のような終わり方は決して嫌いではありませんでした。

もしかしたら、私にとっては、この終わり方だったからこそ本書の評価が高くなったのかもしれません。

 

一方、前巻でもこの加賀谷というキャラクターをもう少し読みたいと思っていたこともあり、せっかく本書で加賀谷を復活させたのであるならば、もう少しこのキャラクターのも物語を読みたいと思ったのも事実です。

できれば、サイドストーリ的に、もしくは本書のスピンオフ作品として加賀谷を中心にした作品を読んでみたいと思うのです。

medium 霊媒探偵城塚翡翠

推理作家として難事件を解決してきた香月史郎は、心に傷を負った女性、城塚翡翠と出逢う。彼女は霊媒であり、死者の言葉を伝えることができる。しかし、そこに証拠能力はなく、香月は霊視と論理の力を組み合わせながら、事件に立ち向かわなくてはならない。一方、巷では姿なき連続殺人鬼が人々を脅かしていた。一切の証拠を残さない殺人鬼を追い詰めることができるとすれば、それは翡翠の力のみ。だが、殺人鬼の魔手は密かに彼女へと迫っていた―。(「BOOK」データベースより)

 

本書は、霊媒師と推理作家の組み合わせで難事件を解決していくという、新しい視点の本格派のミステリー小説です。

「このミステリーがすごい!」2020年版国内篇で第一位、「本格ミステリ・ベスト10」2020年版国内ランキングで第一位をとり、さらに2020年本屋大賞候補となった作品です。

本格派のミステリーということで、決して嫌いではないものの、個人的にはあまり好みの作品だということは出来ませんでした。

 

ただ、二人の探偵役が相互に補い合って事件を解決していく本書の構成自体は面白いものでした。

冒頭に引用した本書の内容紹介文にある通り、本書は霊媒師である主役の一人が死者の言葉を聞いて事件の真相を見抜きますが、そこに証拠能力はないために、もう一人の主人公の推理小説作家が他人を納得させるだけの論理を構築していく構成となっています。

この構造だけでも素晴らしい発想だと思います。

また、本書ではさらにもう一つ大きな仕掛けがあったのには驚きました。単に探偵役が二人いて、その二人が見事な推理を働かせるというだけではなかったのです。

 

本書には基本的に三つの事件が収められています。

「泣き女の殺人」と題された第一話、「水鏡荘の殺人」の第二話、「女子高生連続殺人事件」の第三話といわば短編のような事件が語られ、霊媒師の力で犯人を示す基本的な状況を集め、それを利用して小説家が推理力を働かせ事件を解決します。

その三つの事件の間には全く別の連続殺人事件があり、幕間的にその事件の犯人の独白が挟まれています。

そして三つの話が終わった後に「最終話」が語られますが、この最終話に更なる仕掛けが施してあったのには驚かされました。

 

ただ、ここでは少しだけミステリーの約束事を破っているのではないかという疑問もありました。

でも、その点を指摘するレビューもないようなので、私の個人的な感想でしかないと思われます。

ともあれ、その個人的な疑問を除いても、驚き、関心してしまったのは事実です。

 

一般の本格派と言われる推理小説は、誤解を恐れずに言えば、読者が解くべき「謎」や「謎」を解くための手がかりなどを提示し、それだけに基づいて探偵が密室などの事件の謎を解くそのロジックを楽しむものでしょう。

その上で、その謎を成立させるために普通ではありえない特殊な状況や、手がかり用の特別な環境などを設定することが多々あると思われます。

 

本書の場合、霊媒師を介在させることで直接犯人を名指ししたりと、いわゆる「フーダニット(Who done it)」や、「ハウダニット(How done it)」と呼ばれるジャンルのミステリーを成立させています。

そういう意味では本書は独特なものであっても、物語の構造自体は一般の本格小説と異なるところは無いと言えます。

本書の更なる特徴は、それからさらに一ひねりが加えられているところであって、これ以上のことは実際に読んでいただくしかありません。

 

以上のように、本書はこれまでにない構造を持った小説であり、事件解決のロジックを楽しむ読者にも十分にこたえる小説でしょう。

たた、困ったことに私はそのロジックを楽しむ読者ではないということです。本格小説はあまり好みではないのです。

そのことは、少女漫画風の城塚翡翠という主人公の名前や装丁画からくる、私の先入観も手助けをしているかもしれません。

しかしながら、例えば十二人の男女が地下に設けられた「暗鬼館」という専用部屋に集まり、一週間の間ただ何もしないでいれば千八百万円を超える金が手にに入るというゲームに挑戦する 米澤穂信の『インシテミル』という作品はそれなりに楽しめたものです。

 

 

また、 予定外の十三人目の死体を前にした安楽死をするために集まった十二人の少年少女たちの対応の様子を描いた作品の 冲方丁の『十二人の死にたい子どもたち』などもまた、本格推理小説に分類される小説ではあってもかなり面白く読んだものです。

結局は本格推理小説全体に対する忌避ではなく、個々の小説に対する好みの問題と言えるのかもしれません。

警官の血

昭和二十三年、警察官として歩みはじめた安城清二は、やがて谷中の天王寺駐在所に配属される。人情味溢れる駐在だった。だが五重の塔が火災に遭った夜、謎の死を遂げる。その長男・安城民雄も父の跡を追うように警察学校へ。だが卒業後、その血を見込まれ、過酷な任務を与えられる。大学生として新左翼運動に潜りこめ、というのだ。三代の警官の魂を描く、空前絶後の大河ミステリ。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

安城民雄は、駐在として谷中へと還ってきた。心の傷は未だ癒えてはいない。だが清二が愛した町で力を尽くした。ある日、立てこもり事件が発生し、民雄はたったひとりで現場に乗り込んだのだが―。そして、安城和也もまた、祖父、父と同じ道を選んだ。警視庁捜査四課の一員として組織暴力と対峙する彼は、密命を帯びていた。ミステリ史にその名を刻む警察小説、堂々たる完結篇。(上巻 : 「BOOK」データベースより)

 

親子三代にわたる警察官の姿を描き出す、大河警察小説で、2007年に日本冒険小説協会大賞を受賞し、2008年版の「このミステリーがすごい!」で第一位を獲得しています。

前評判通りの読みごたえのある小説で、入院先のベッドで他に何もすることがなく、殆ど丸一日、朝六時から夜十時の消灯時間まで食事や診察以外の十時間近くで文庫本上下二巻、千頁弱を一気に読み終えました。

警察小説の第一人者として挙げられることの多い佐々木譲という作家さんですが、その中でも本書は代表作といえるのではないでしょうか。それくらい骨太の読みごたえのあるミステリー小説です。

 

本書は安生清二民雄和也という親子三代の警察官の姿を描くことで、戦後すぐの昭和二十三年からおよそ六十年の間の警察の歴史を描き出してあります。

それはまた、警察官としての夫婦の物語でもあり、また駐在員の家族の物語としての要素も強く持った作品です。

清二、、民雄、和也というそれぞれの恋人、夫婦の抱える問題は勿論、子供から見た父親像などの父親と子供の関係も濃密に描き出してあります。

清二が万引き少年の父親に対し息子の非行は「あんたのせいだよ。」と叱りつける場面など、確かに若干出来すぎとの印象も持ちましたが、それでもなお子供にとって親の背中は大きいものだと感じたものです。

 

本書は同時に昭和、平成の事件史でもあると言えます。それだけの世相を反映した物語なのです。

警察の職務という視点から見ると、清二の場面では警察学校と駐在所勤務、民雄の場面では公安警察、和也の場面では警務と第四課つまりは警視庁内部の警察と暴力団対策について描かれていると、大まかにはそう言えます。

 

歴史的には、戦後の浮浪者のたむろする上野での取り締まりから、昭和四十年前後の学生運動の高まりとともにあった新左翼運動、そして赤軍派に代表される過激派問題、そして多分ですが警察の裏金問題などにみられる警察不祥事などが取り上げられていると思えるのです。

その中でも、全体を貫く視点として、駐在所という本庁の指揮命令系統の中にありながらも独自の判断が要求される駐在さんの仕事を重視しているようです。

とくに清二が気にかけていた二件の殺人事件と自殺として処理された清二の死にまつわる謎の解明が、民雄、そして和也と三代にわたって次第に明らかにされていく様が、ミステリーとしての醍醐味を満喫させてくれます。

 

こうして警察の多様な職務についての描写を個別にみると、様々な作品が思い出されます。

まず警察学校に関しては 長岡弘樹の『教場』という作品があります。

 

 

また駐在所勤務といえば、本書の作者佐々木譲の『制服捜査』がありますし、 笹本稜平にも『尾根を渡る風』という作品を含む『駐在刑事シリーズ』があります。

 

 

公安警察では 麻生幾の『ZERO』を始めとする一連の作品群があり、和也の加賀谷仁を見ると 柚月裕子の『孤狼の血』に登場する大上刑事を思い出します。

 

 

ほかにも裏金問題を扱った作品など、挙げ始めればきりがありません。

 

ちなみに、本書は江口洋介、吉岡秀隆、伊藤英明というキャストでテレビドラマ化されており、2009年2月にテレビ朝日の開局50周年記念番組の一つとして放映されています。

わたしはこのドラマを先に見ていてその壮大さに触れていたので、原作を今日まで読んでいませんでした。

しかし、もっと早くに読むべきだったと思っています。

犯人に告ぐ3 紅の影

依然として行方の分からない“大日本誘拐団”の主犯格“リップマン”こと淡野。神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、“リップマン”に向けて番組上での対話を呼びかける。だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた!天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画、捜査本部内の不協和音と内通者の存在―。警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下す決断とは!?(「BOOK」データベースより)

 

雫井脩介著の『犯人に告ぐ3 紅の影』は、『犯人に告ぐシリーズ』の第三弾となる長編の警察小説です。

第一巻同様の「劇場型捜査」と銘打たれた対決が描かれるのですが、今回はネットテレビを通じた対決として描かれます。

にもかかわらず、今一つの印象でした。

 

全体として物語の展開がすっきりとしないのです。

前巻で「大日本誘拐団」と名乗る誘拐団の実行犯は逮捕したものの、主犯格のリップマンこと淡野は未だ逮捕には至っていませんでした。

本書ではその淡野と警察との対立をメインに物語は展開するのですが、主に淡野の生い立ちから、詐欺の様子をも含めた淡野の日常の生活にまずは焦点があっています。

その上でリップマンこと淡野の背後にまた更なる存在が登場します。

 

そして、巻島捜査官を中心とした警察との駆け引きがあるのですが、その警察内部でまた縄張り争いなどの対立構造があり、巻島は影が薄い存在となっています。

加えて、空気を読めない小川という警察官の描写が加わりますが、この小川の存在がどうにも中途半端な印象です。

勿論、こうした警察内部の争いの描写にはそれ自体にそれなりの意味はあるのですが、それにしても、犯人側、警察側それぞれで登場人物の思惑が錯綜し、物語の流れが渋滞を起こしている印象です。

 

長編であってもこうした渋滞を起こしていない作品としては、近年の警察小説で言えば、同じ警察内部の対立を描く作品としては 横山秀夫の『64(ロクヨン)』が思い浮かびます。

広報官を主人公とするこの作品は、D県警管轄内で昭和64年に起きた誘拐殺害事件を巡る刑事部と警務部との衝突の様を、人間模様を交え見事に描き出している警察小説です。

ただ、この作品は犯人側の視点は無く、また本『犯人に告ぐ(3) 紅の影』のエンターテイメント性を超えた、より重厚な作品であり、分野が異なるのであり、比べること自体間違いなのかもしれません。

 

 

また 今野敏の『隠蔽捜査シリーズ』でも警察内部の対立の場面がえがかれます。

特に『去就: 隠蔽捜査6』では新任の方面本部長弓削との対立が描かれています。ただこの作品も犯人側の視点はありません。

 

 

こうしてみると、本書の構造自体独特なものがあると言えそうですが、それでも物語の流れが気にかかるという印象はぬぐえないのです。

淡野対警察、ひいてはワイズマン対警察という結果に終わるとしても、小川や淡野の動向の描写がこれほどまでに必要だったかというと、少々疑問があります。

物語として読み進めるうえでのリズムが取りにくく、決して読みやすくは感じられませんでした。

つまりは、個人的には警察小説としての面白さをあまり感じませんでした。

せっかく第一作と同様の「劇場型捜査」としての見せ場を作ったのに、その見せ場は第一作ほどの効果はなく、結局は前作の『犯人に告ぐ2  闇の蜃気楼』と同様の印象しか感じなかったと言えます。

 

犯人に告ぐシリーズ

犯人に告ぐシリーズ(2019年12月26日現在)

  1. 犯人に告ぐ
  2. 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼
  3. 犯人に告ぐ3 紅の影
登場人物
巻島文彦 神奈川県警特別捜査官
本田明広 刑事特別捜査隊隊長
津田良仁 足柄署刑事課所属巡査部長
若宮和生 捜査一課長
曽根要介 神奈川県警本部長

 

このシリーズの主人公は、巻島史彦という警視です。

この巻島警視を警察の顔とし、対立軸に誘拐犯を置くという構図で始まったこの物語は、第二巻からその色を変化させているようです。

 

第一巻の『犯人に告ぐ』では、過去の誘拐事件で起きた操作ミスの責任を負わされ、一度は足柄署への左遷の憂き目にあっていた巻島が六年後に起きた連続幼児誘拐殺人事件の捜査に駆り出されることになります。

そこでしかけたのが、「劇場型捜査」と銘打たれた「バッドマン」を名乗る犯人とのテレビ番組を通じた対決だったのです。

第二巻『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』では、振り込め詐欺の実態を詳細に描写しながら、会社社長親子の誘拐事件を起こした砂山知樹・健春兄弟の様子が描かれます。

その実、兄弟の裏には「淡野(アワノ)」と呼ばれる男の存在があり、物語は砂山知樹を中心に展開しながらも、淡野と警察との戦いの様相を見せます。

そして、第三巻『犯人に告ぐ3 紅の影』ではこの淡野を中心とした物語として展開されます。第一巻と同様な「劇場型捜査」が再び展開されます。

ただ、今回の巻島が利用するのはテレビとはいってもネットテレビです。双方向性が可能なネットテレビを利用して、リップマンとの直接対話を試みます。同時に、警察内部での縄張り争いに端を発した争いも描かれています。

 

以上のように、第一巻と第二巻以降では物語の構成から異なっています。第二巻以降では犯罪者側の視点が主になり、第一巻での巻島のようなヒーロー的な存在は影をひそめてしまいます。

即ち第二巻では、主人公の巻島に感情移入し物語のもたらしてくれるサスペンス感に酔う、といった読書はできません。

つまりは、第二巻以降は第一巻のような強烈な魅力ある存在としての巻島はおらず、途中から強引にシリーズ化したような印象すら漂うストーリー展開になっているのです。

第一巻の面白さを考えると、第三巻まで読んだ現在では、もう少し巻島の魅力を前面に出したサスペンスフルな物語展開であればよかったのに、と思わざるを得ない展開です。

 

今後のこのシリーズがどのように展開するかはよく分かりませんが、第一巻のような面白さを持ったシリーズとして展開されることを望みたいものです。

シンメトリー

百人を超える死者を出した列車事故。原因は、踏切内に進入した飲酒運転の車だった。危険運転致死傷罪はまだなく、運転していた男の刑期はたったの五年。目の前で死んでいった顔見知りの女子高生、失った自分の右腕。元駅員は復讐を心に誓うが…(表題作)。ほか、警視庁捜査一課刑事・姫川玲子の魅力が横溢する七編を収録。警察小説No.1ヒットシリーズ第三弾。 (「BOOK」データベースより)

 

誉田哲也の人気シリーズ『姫川玲子シリーズ』の第三弾となるシリーズ初の短編推理小説集です。

 


 

東京
六年前に世話になっていた先輩刑事の木暮利充の思い出、という形式で当時の姫川玲子の様子が語られます。それはとある都立高校で起きた女子高校生の変死事件でした。

過ぎた正義
玲子は観察医の国奥定之助から、自然死ではないが他殺でもない状態で死に至っている事件の話を聞かされます。「女子高生監禁殺害」と「強姦殺人」と、同じように世間を騒がせたのに心神喪失や未成年を理由に法が裁き損ねた事件だというのです。

右では殴らない
違法薬物により引き起こされ可能性がある劇症肝炎での死者が相次いで発生します。捜査線上に浮かんできたのは十七歳の女子高校生の美樹という女の子でした。

シンメトリー
JRの駅員である徳山和孝の視点で語られる、飲酒運転の車によって引き起こされた、女子高生の小川実春が死に、自分も右腕を喪うことになった列車事故の顛末です。

左から見た場合
超能力者と言わんばかりの切れ味を見せるマジシャンが殺されます。傍らには「045666」と入力された携帯電話が見つかり、玲子は相方の相良と共に携帯に登録されていた人物らを捜査するのでした。

悪しき実
赤羽二丁目のマンションの部屋で男が死んでいる、と通報をして三十八歳のホステス春川美津代が消えます。すぐに発見され玲子が聴取すると、春川は自分が殺したと言うのです。ただ、遺体は右半身だけ死後硬直が遅れていて、その理由がわかりませんでした。

手紙
玲子は、入庁四年目の巡査部長昇任試験に合格してすぐの、玲子の庇護者ともいうべき今泉係長との出会いの事件で逮捕し出所した犯人から手紙を貰います。その事件について、湯田に語り聞かせるのでした。

 

姫川玲子シリーズでも短編小説となると、登場人物のキャラクターと彼らの織りなすストーリー展開の面白さで読ませるというよりも、事件に関連した警察官や犯人などの「人間」という存在自体の在りように重点が置かれているような気がします。

例えば、第一話「東京」では木暮利充という玲子の先輩刑事の存在が一人の女子高生の死を止めますし、最後の「手紙」という話では、犯罪とそれに対する罰について、犯人が罰を受け入れる条件についての人の「赦し」についての玲子の考察が語られます。

警官という姫川玲子の職業にまつわる犯罪行為やそれに対する罰などについて、時代劇での人情小説にも似た人の心の移ろいを繊細に描き出してあります。

それと合わせてまた、第三話の「右では殴らない」のような姫川玲子シリーズという物語に特徴的な玲子の小気味よさが光る話もあります。

何事にも反発しかないハイティーンの女子高校生に対する大人の意見を正面から叩きつける玲子の啖呵は、作者の若者に対する意見そのままでしょうか。実に気持ちのいい場面でした

 

本書の解説をフリーライター/編集者の友清哲という人が書いておられます。

そこでは、誉田哲也の作品は「リーダビリティ」、つまりは読み手の心を牽引する力が高く、とりわけ姫川玲子シリーズの支持層が広いと書いてありました。

その上で、突出したリーダビリティを演出するために、誉田氏はいったいどのようなテクニックを用いているかを誉田氏本人に聞いたそうです。

その返事は実に明快で、「比喩表現に凝り過ぎないこと」「一つ一つの文章を短めにすること」「キャラクターの緊迫感や焦りを、そのままのスピードで伝える配慮をすること」という三点を解説いただいたそうです。

その上で「最高の一冊を書こうとは思っていない」と言われたそうで、どんな状態でも常に安打を打てる書き手でありたいとの言葉が心に残った、とありました。

誉田哲也作品を読むと、自分はこの作家のどこに惹かれているのかをいつも考えていたのですが、上記の三点を読んで腑に落ちました。

 

ちなみに、この解説では本書の目次がきれいなシンメトリーになっていることも指摘してありました。そうしたことに全く気付かない私もどうかと思う指摘でした。

 

私もその支持層の一員であり、誉田作品に魅せられている一人です。

天使に見捨てられた夜

AVでレイプされ、失踪した一色リナの捜索依頼を受けた村野ミロは、行方を追ううちに業界の暗部に足を踏み入れた。女性依頼人が殺害され、自身に危険が及ぶ中、ようやくつかんだリナ出生の秘密。それが事件を急展開させた…。乱歩賞受賞直後に刊行された圧巻の社会派ミステリー。「ミロシリーズ」第2弾!(「BOOK」データベースより)

 

私立探偵の村野ミロを主人公とする「ミロシリーズ」の第二弾となる、ハードボイルドタッチの長編ミステリー小説です。

 

今回のミロは、渡辺房江という女性解放思想系の個人出版社を営む女性から、あるAVビデオに出ている一色リナという女の子を探してほしいという依頼を請けることになります。

 

やはりというか、前巻同様に、私の個人的な好みからは少々はずれた小説でした。

文庫本で400頁を超えるボリュームを持つ小説であるにも関わらず、物語のテンポは緩やかであり、決して派手なバイオレンスやエロスが展開されるわけでもありません。

ただ、ミロの調査の様子が述べられるだけです。つまり本書は主人公のミロのキャラクターの魅力だけで持っている印象です。

 

それはつまり、私は本書のストーリーそのものにあまり魅力を感じていないということでもあります。

しかし、そのことは物語自体が面白くないとか、小説としての出来が悪いとかを言いするものではありません。単に、私の好みと異なるというだけです。

それどころか、作家の文章を丁寧に読み込み、登場人物の性格描写や物語の背景への言及などをじっくりと読み込むことの好きな読者にとってはとても魅力的な小説ではないかと思われます。

 

本書の場合、やはり主人公が女性であるということが特徴づけられるでしょう。

本書は、AVビデオに出演し、その行方が分からなくなっている一色リナという行方不明の娘を探すというまさに典型的なハードボイルド小説の形をとっています。

主人公のミロは、その調査の過程で出会う人々との関りの中で様々な出来事に出逢い、当然のことながら人間の様々な欲望の側面を見ることになります。

そんな中で、調査の過程で出会う男に反感を覚えつつも性的な欲望をも抱くその心理は、私にはわからないところであり、本書の魅力の一つにもなっています。

 

また別な魅力としては、アフォリズムとでもいえる一文が散りばめられている、まさにハードボイルド的な文章もあるでしょう。

例えば過去を引きずるミロを表現するのに「すべては過ぎ去ってしまってからわかる。わかった時はすでに遅いからこそ、残された思い出だけがいつまでも私を苦しめるのだ。」などの一文があります。

こうした文章で構成される本書は、強さを前面に押し出して生きているはずの主人公が、実は内心では鬱屈を抱えながらも暮らしている普通の人間の一人であることを感じさせてくれたりもするのです。

 

本巻では前巻と異なる登場人物がいます。それは友部秋彦というホモバーを経営する新宿二丁目の住人であり、独り身の寂しさを訴えるミロの心を支える重要な役割を果たしています。

この人物は、前巻では四人のフィリピーナが住んでいた部屋に住んでいて、何かとミロの相手となり、心の支えとなっているのです。

本書は、普通の生活では決して交わることのない裏社会の一端を垣間見せながらも、そこに住む男に肉体的に惹かれるミロが描かれます。

友部に心惹かれながらも、彼との間で肉体的な交渉が考えられない分だけ、反感を抱いている相手である裏社会の男に惹かれていくミロの姿は男の私には理解できません。

 

同じく女性が主人公の 大沢在昌の『魔女シリーズ』とは異なって、本書は一段と地味です。それだけより現実的だと言えるかもしれません。

それはつまりじっくりと読み込んで味わうべき作品だということなのでしょう。簡単に手に取ることができ、読み易い小説ばかりを読むようになった私には少々近づきがたい作品でもありました。

 

 

なんとも中途半端に惹かれ、好みではないと言いながらもやはり続編が気になり、多分読むことになると思われます。