機龍警察 白骨街道

機龍警察 白骨街道』とは

 

本書『機龍警察 白骨街道』は『機龍警察シリーズ』第六弾となる作品で、新刊書で437頁の長編の冒険小説です。

非常に読みごたえのあるシリーズであり、本書もまたシリーズの質を落とさない、とても面白く読めた作品でした。

 

機龍警察 白骨街道』の簡単なあらすじ

 

国際指名手配犯の君島がミャンマー奥地で逮捕された。日本初となる国産機甲兵装開発計画の鍵を握る彼の身柄引取役として官邸は警視庁特捜部突入班の三人を指名した。やむなくミャンマー入りした三人を襲う数々の罠。沖津特捜部長は事案の背後に妖気とも称すべき何かを察知するが、それは特捜部を崩壊へと導くものだった…傷つき血を流しながら今この時代と切り結ぶ大河警察小説、因果と怨念の第6弾。(「BOOK」データベースより)

 

その日、特捜部長の沖津旬一郎は警視総監から檜垣警察庁長官と共に夷隅董一官房副長官に会うように命じられた。

重要な日本初の国産機甲兵装に関するサンプルを持ち出しどこかに隠匿しているジェストロンの君島がミャンマーのラカイン州で逮捕されたため、受け取りに行って欲しいという話だった。

サンプル保持のためにも身柄の確保が急務だが、君島の捉えられている場所はロヒンギャ救世軍や各民族の武装組織、それにミャンマー国軍などが絡んで複雑なうえ、背後に中国の影も見えるらしい。

沖津は、官邸の少なくとも一部の背後にいる「敵」の思惑は、三人の秘密、すなわち龍髭の奪取にあると思われ、その覚悟をもって送り出すしかないというのだ。

ミャンマーでは外務省の専門調査員の愛染拓也が待っており、さらにその先のシットウェーでは地元警察本部のソージンテット警察大尉とその部下たちが待っていて現地へと同行するというのだった。

 

機龍警察 白骨街道』の感想

 

本書『機龍警察 白骨街道』は、近ごろ軍事クーデターが起きたばかりのミャンマーを舞台にしたアクション小説であり、見えざる「敵」を相手にしたサスペンスミステリーの側面も持つ、ユニークな警察小説です。

特色として、本シリーズ自体が現代を舞台とする作品でありながら、龍機兵という近未来のSF作品に登場するような小道具を使用する時代設定を挙げることができます。

また、少なくともシリーズの序盤は世界の各所で起きているテロルの事案を物語の背景とすることも挙げることができます。

そして本書『機龍警察 白骨街道』ではミャンマーの現状、それもロヒンギャ問題が取り上げられでいて、ミャンマーという国のおかれている状況からロヒンギャという民族に対する差別、虐待の実情とその背景にまで踏み込んだ描写がされています。

ちなみに、本書『白骨街道』というタイトルは、第二次世界大戦中の無謀な作戦と言われたインパール作戦の際に死にゆく日本兵の屍が絶えず続いたところから名づけられた「白骨街道」から来ているそうです。

 

本『機龍警察シリーズ』の魅力の一つに、こうした現実の世界情勢、それもテロという残虐な現状を織り込んだストーリー運びがあると思います。

そういえば、先日亡くなった漫画家のさいとうたかをが描き出す『ゴルゴ13』というコミックも現実の世界情勢の裏側で生きるスナイパーの物語として人気を博している物語でした。

 

 

それはさておき、本書『機龍警察 白骨街道』は三人の搭乗員らがそれぞれに特色を出して闘いの場に出ているところも見どころの一つだと思います。

一番目立つのはやはり姿俊之ですが、孤独なテロリストとしてのライザ・ラードナーの暗躍も見逃せません。勿論根っからの警察官であるユーリ・オズノフもまた装甲機兵の操縦などの見せ場も整っています。

さらに、ミャンマーでの彼らの戦いとは別に、日本での、次第にその姿を現してきた「敵」との部長の沖津旬一郎を中心とする特捜部の戦いも読みごたえがあります。

特に裏切者の汚名を着せられ懸けた城木貴彦理事官の悲哀やそこに寄り添う庶務担当主任の桂絢子の存在などは、ミャンマーでの姿たちの動の描写に対して、静の描写として読み甲斐があります。

静の描写、とは言っても派手な撃ちあいなどが無いというだけで、一方の城木理事官の家族の問題や、また警察内部での二課との共闘や官邸との見えざる戦いなどのサスペンスに満ちた展開は、アクションとは別の読みごたえのあるところです。

 

次第に明確になってくる「敵」との戦いの場に龍機兵がどのように関わってくるのか、また龍髭という秘密がどんな意味を持つのか、ミステリアスな展開もまだまだ待ち受けていそうです。

完全版も出ていることだし、もう一度第一巻から読み返したいとも思うのですが、なにせ一巻のボリュームがかなりなものがあり、話の内容も非常に重厚で読み飛ばせない内容であるため簡単には読み返せないのです。

とはいえ、私の好みに非常に合致している物語でもありいつかは再読したいものです。

暮鐘 東京湾臨海署安積班

暮鐘 東京湾臨海署安積班』とは

 

本書『暮鐘 東京湾臨海署安積班』は『安積班シリーズ』二十作目の、新刊書で316頁の短編警察小説集です。

全部で十編の短編から構成されていますが、安積班員他の登場人物のそれぞれの特徴を生かした読みごたえのある作品集になっています。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の簡単なあらすじ

 

江東区有明で強盗事件が発生。被害者は救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。強行犯第一係の安積班が現場に向かい本格的な捜査が始まろうとしている矢先、犯人が自首してきたのだが、須田は納得がいかないようでー(第二話「暮鐘」より)。ひとつひとつの事件を、安積班の揺るがぬ正義の眼差しで解決に導くー。(「BOOK」データベースより)

 

目次 :: 公務/暮鐘/別館/確保/大物/予断/部長/防犯/予告/実戦

公務
臨海署でも「働き方改革」を徹底するように言われるが、事件に応じた対応ができなくなり、ひいては一般市民の生活にまで響いてくるのだった。

暮鐘
殺人事件が起き警視庁捜査一課の乗り出してきて、臨海署の安積達はその補佐に回ることになった。刑事としては明らかに太り過ぎで、のろまに見える須田巡査部長の活躍が描かれる。

別館
東京湾で人質事件がおき、テロ事案も疑われる中、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動するのだった。

確保
警視庁指定の重要指名手配被疑者の確保に、警視庁本部の捜査一課が来ることになった。安積と組んだ一課のベテラン刑事の荒川は、佐治係長と相良班長について話すのだった。

大物
安積班の桜井が組織犯罪対策課の古賀巡査部長に怒鳴られていた。組対の検挙のチャンスを逃したものらしい。しかし、村雨は桜井は大物で放っておいて大丈夫だというのだった。

予断
久しぶりの居酒屋で飲んでいると、鑑識係長の石倉がやってきてクイズを出してきた。皆なかなか政界にたどり着かないでいた。

部長
臨海署に連続強盗事件捜査本部が設置され、臨海署の地域課からも応援が来ていた。安積の「大牟礼部長」という呼びかけに、水野は本部の部長と思ったというのだった。

防犯
珍しく安積が交機隊の速水と飲みに行くと、そこに来た東報新聞の山口記者に速水が東報新聞の特集について一言いい始めた。警察による防犯の必要性といってもできることとできないことがあるというのだ。

予告
お台場で行われる野外イベントに対し犯行予告がきたらしい。それに対し、署長が犯人は東京湾臨海署の署員が必ず捕まえると宣言したのだった。

実戦
黒木が、青海の埠頭での乱闘騒ぎに乗り出し、一瞬で十人ほどの乱闘を叩きのめしてしまった。黒木は剣道五段の腕前だというのだ。

 

暮鐘 東京湾臨海署安積班』の感想

 

今野敏の短編小説は、シリーズ登場人物の人となりや考え方、、それに相互の人間関係などをピンポイントで描き出してあり、結果としてシリーズ自体を立体的に構築することに役立っているようです。

安積班シリーズ』の短編集としては、例えば本書の二冊前に出版された『道標 東京湾臨海署安積班』があります。

この『道標』では、登場人物の若いころを描いたり、同じ事件を異なる人物の視点で描き、そこにいる安積警部補の姿を浮かび上がらせるなど、各短編の構成がかなり考えられていました。

 

 

しかし、本書『暮鐘』ではそのような一冊の作品としての構成までは考慮されていないようです。

ただ、安積班員やシリーズ内で独特な位置にいる交通機動隊の速水の仕事ぶりを描いたり、また東京湾臨海署水上安全課を取り上げて特殊部隊の存在を示してあったりと、現代の警察業務の紹介的側面はあります。

例えば冒頭の「公務」という話は、2021年現在でも取り上げられることの多い、「働き方改革」が取り上げられています。

安積達にも残業を減らすようにと指示があり、その結果公務が滞り、ひいては市民生活に影響を及ぼしかねない事態にまで陥るのです。

 

また、「別館」という話では、東京湾臨海署水上安全課の管轄になる海上での人質事件が起き、特殊部隊の品評会と言われるほどに種々の特殊部隊が出動します。

つまり、東京湾臨海署水上安全課、海上保安庁、本庁のWRT、SAT、SIT、SSTといった、通常の刑事事案からテロなどに応じた組織が紹介され、まるで特殊部隊の品評会といわれる話になっています。

そして、「部長」という話では、部長という呼称について本部部長と巡査部長との区別などの説明があります。同時に、この話では地域課という職務の重要性について語られているのです。

「防犯」では防犯と権力の暴走とのバランスが語られています。

 

一方、二話目の「暮鐘」では、安積班の頭脳でもある須田をメインに、須田をのろまと言い放ち、高圧的な態度をとる本庁一課の佐治係長と衝突する安積がいます。

その佐治係長は四話目の「確保」という話で、元自分の下にいて眼をかけていた臨海署の相良班長との関係が変わります。

そして、「大物」では村雨が教育掛をしている桜井について、「予断」では鑑識係長の石倉を通した職務上の先入観について、「予告」ではのろまと見える須田の、「実戦」では黒木の剣道五段の腕前が披露されています。

 

このように、本書『暮鐘』では、警察組織の紹介や安積班班員の活躍などが気楽に読める構成になっている、今野敏のらしい読みやすい短編小説として仕上がっているのです。

やはり、この作家の物語は大白いと再認識した一冊でした。

ロータス・コンフィデンシャル

ロータスコンフィデンシャル』とは

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、新刊書で332頁の公安捜査官を主人公にした長編の公安警察小説です。

舞台は公安であってもあい変らずに今野敏の物語であり、主人公倉島の成長物語の要素が強い、とても読みやすく面白い作品でした。

 

ロータスコンフィデンシャル』の簡単なあらすじ

 

外事一課の倉島は、「ゼロ」の研修帰りのエース公安マン。ロシア外相が来日し、随行員の行動確認を命じられるが、同時期にベトナム人の殺害事件が発生。容疑者にロシア人バイオリニストが浮かび上がる。一方、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることがわかる。倉島は、ベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探るが…。(「BOOK」データベースより)

 

ロシア外相ドミトリィ・コンスタンチノヴィッチ・ザハロフの来日に伴い、倉島達夫らもユーリ・ミハイロヴィッチ・カリーニンという人物の行動確認をするよう命じられた。

倉島はロシア大使館のコソラポフにカリーニンの素性を確かめると、FSOつまり大統領などの政府要人の警護のための組織である連邦警護庁の大佐だというほかに耳寄りな情報はなく、つまりは要注意人物ではないとの結論に至るのだった。

そこに公安機動捜査隊の片桐秀一から、ベトナム人が殺された事件の被疑者がザハロフ外相の随行員の一人と接触したらしいと知らせて来た。

防犯カメラに写っていた被疑者の名はマキシム・ペトロヴィッチ・ヴォルコフといい、日本に滞在しているミュージシャンだという。

ただ、被疑者といっても片桐一人の心証だと聞き片桐の考えすぎだと思う倉島だったが、そのことを聞いた倉島と同僚の白崎敬は、倉島こそどうかしているというのだった。

そのうちに、白崎の行方が分からなくなってしまう。

 

ロータスコンフィデンシャル』の感想

 

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、いかにも今野敏の作品らしい、読みやすく時間をかけずに読める気楽な警察小説です。

この気楽に読めるというところが今野敏の作品らしいところであり、後述の麻生幾濱嘉之らのシリアスな作品と異なるところです。

 

シリーズを重ねるごとに成長を見せてきた主人公の倉島達夫警部補ですが、前作の『防諜捜査』では「作業班」を率いるまでになっています。

つまりは、独立した一人前の公安捜査員として予算や人員を自由に使い、国家のために働くことができる立場になったのです。

ところがそんな倉島が慢心したのか、公安としての自覚に欠けた行動をとってしまいます。

公安に移る前はベテラン警部補であった白崎からも倉島が「変わった」と指摘されますが、自分が変わったことに気付かない倉島でした。

この白崎はシリーズ第四作の『アクティブメジャーズ』から行動を共にしているのですが、公安捜査員としてはまだ経験が浅いとの思いもあったのでしょう。

そうこうするうちに、白崎の失踪事件などが起き、さすがの倉島も自分の怠慢に気付きます。

そして、伊藤や片桐といったこのところ行動を共にしてきたチームの仲間たちの力を得て、白崎の行方を探すとともにベトナム人殺害事件として名前が挙がっているヴォルコフの件の調べも進めるのです。

こうして、自分のミスに気付いてからの倉島の行動力は目を見張るものがあり、読者も引っ張られてしまいます。

この倉島の変化こそが本書『ロータス・コンフィデンシャル』の一番の魅力でしょう。その上で、公安の職務の実態の描写もまた関心事となってくるのです。

 

公安関係の作品と言えば、まずは麻生幾の『ZERO』などの名前が浮かびます。

日中にまたがる諜報戦争とともに公安警察の真実が暴かれていき、大どんでん返しをみせる、諜報小説、エンターテインメント小説の最高峰と言われている作品です。

 

 

また、濱嘉之著の『警視庁情報官シリーズ』は、公安警察出身である著者の濱嘉之氏が、自身の経歴を生かし公安警察の内実を描き出す異色の長編小説です。

ずば抜けた情報分析力を持っている公安警察官が主人公とした、世間には知られていない公安警察の内情を紹介したインテリジェンス(諜報活動)小説になっています。

 

 

日本でもこうした十分に面白いインテリジェンス小説が増えてきました。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』は、これらのリアリティに富んだ作品群と比較すると、公安警察関係の小説としては若干色があせる印象はあります。

他の場所でも書いたと思うのですが、本書では公安の諜報活動の実際のエッセンスだけが示され、描かれているのは今野敏が描く普通の警察小説の捜査とあまり変わらない印象です。

それは本書が面白くないということではなく、物語の展開の仕方が現実の公安捜査の実際というよりも、登場人物たちの個々の心証を中心とした行動に重きが置かれているために、他の警察小説との差異が出にくいということになるのではないでしょうか。

本書『ロータス・コンフィデンシャル』の面白さは、主人公倉島の上司も含め、元刑事の白崎や片桐や伊藤ら仲間たちの援助があって成長していく倉島の変化、成長の様子の描写にこそあると思います。

 

今野敏という書き手のこれまでの傾向を見ると、今野敏の描き出すインテリジェンスの世界はどうしても諜報活動自体というよりも、そこに携わる人間たちの思惑なり行動なりが描かれることになると思われます。

そしてそれは今野敏の小説の世界として変わらずに支持されるでしょうし、また支持していきたいと思うのです。

続編を待ちたいともいます。

倉島警部補シリーズ

倉島警部補シリーズ』とは

 

本シリーズの『倉島警部補シリーズ』は、今野敏という作家にしては珍しい公安警察員を主人公にしたシリーズです。

とはいえ、基本的にはこの作家の他の警察小説の構成とあまり変わってはいないと思われ、今野敏のタッチが強く残った、読みやすいシリーズです。

 

倉島警部補シリーズ』の作品

 

倉島警部補シリーズ(2021年09月08日現在)

  1. 曙光の街
  2. 白夜街道
  3. 凍土の密約
  1. アクティブメジャーズ
  2. 防諜捜査
  3. ロータスコンフィデンシャル

 

倉島警部補シリーズ』について

 

この『倉島警部補シリーズ』は、当初の三作は倉島達夫警部補を主人公とするアクション小説風の作品でしたが、第四作あたりからシリーズの色が変わり、より公安警察色の強い作品になってきたように思います。

第三作まではヴィクトルというKGBの男との話が軸になっていたのですが、第四作目の『アクティブメジャーズ』からはヴィクトルは登場しません。

というよりは、シリーズ一作目の『曙光の街』ではヴィクトルがメインと言ってもいいほどであり、このヴィクトルによって主人公の倉島達夫は変わっていくのです。

この三作で、倉島はまだ頼りなさの残る、事なかれ主義の男から一人前の公安捜査官へと育っていきます。

 

そして、第四作の『アクティブメジャーズ』では、倉島警部補はゼロと呼ばれる研修から戻ったばかりということになっています。

ゼロの研修から戻ったということは、一人前の公安捜査官になったということであり、文字通りシリーズの主役となったと言えます。

それまで倉島を助けてきたヴィクトルは登場しなくなり、代わりに倉島の情報源としてロシア大使館の三等書記官のコソラポフという男が登場し、よりインテリジェンス色の強い話になっているのです。

シリーズ初期の三作は十年以上も前に読んだ作品なので、その後のヴィクトルの消息は覚えていません。

 

ここで「ゼロ」とは「チヨダ」とも呼ばれる警察庁警備局警備企画課の情報分析室のことであり、ここでの研修を終えた公安警察員は公安のエリートと呼ばれるそうです。

この「ゼロ」をテーマに書いた作品が、これまで何度も取り上げてきた麻生幾が書いた『ZERO』という作品です。

この本の惹句に「日本スパイ小説の大収穫でありエンターテインメント小説の最高峰」とあるのも納得の作品です。

 

 

ともあれ、前作『防諜捜査』が出てから五年後をへて新しく『ロータスコンフィデンシャル』という続巻が出ました。

これからも倉島警部補の成長譚が読めることを楽しみにしたいと思います。

甘美なる誘拐

本書『甘美なる誘拐』は、大森実氏による解説まで含めて、文庫本で407頁にもなる長編の誘拐ミステリー小説です。

さすがに第19回『このミステリーがすごい!』文庫グランプリ大賞を受賞した作品だと思いますが、しかし私の好みとは微妙に異なる作品でした。

 

甘美なる誘拐』の簡単なあらすじ

 

ヤクザの下っ端、真二と悠人。人使いの荒い兄貴分にこき使われる彼らの冴えない日常は、ある他殺体を見つけてから変わり始める。同じ頃、調布で部品店を営む植草父娘は、地上げ屋の嫌がらせで廃業に追い込まれかけていた。一方、脱法行為で金を稼ぐ宗教団体・ニルヴァーナでは、教祖の孫娘・春香が誘拐されー。様々な事件が、衝撃のラストにどうやって帰結する!?誘拐ミステリーの新機軸!第19回『このミステリーがすごい!』大賞、文庫グランプリ受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

真二と悠人の2人は、広域暴力団北斗連合会の下部組織である麦山組のフロント企業、新明興業の社員として幹部の荒木田にこき使われていたが、ある日訪れた訪問先で殺人事件に巻き込まれてしまう。

一方、調布で零細自動車部品販売会社を営む植草浩一とその娘菜々美は、持ちかけられた地上げの話を断ったためヤクザからの嫌がらせに困っていた。

また、神奈川県桐ヶ谷市にある宗教法人ニルヴァーナでは、警護の萩尾ナオミが少しだけ目を話した隙に、教祖の孫娘の長尾春香が誘拐される事件が発生していた。

そして、物語はこれらの流れが一つにまとまり、意外な結末へと向かうのだった。

 

甘美なる誘拐』の感想

 

本書『甘美なる誘拐』の大森実氏の解説によると、本書は「このミステリーがすごい!」大賞受賞作の『元彼の遺言状』と最後まで争った末に、文庫グランプリ大賞に落ち着いた作品だそうです。

 

 

確かに、独特な構成と、最終的に意外性をもって展開されるストーリーは「このミステリーがすごい!」大賞を争うにふさわしい作品だと思います。

ですが、いくつかの点で私の好みとは異なった作品でもありました。

その一つ目は、冒頭から100頁を過ぎてもなかなか物語の展開がよく分からない点です。

本書は評判が高いのだから面白くなるのだろうと思いつつの読書であり、実際100頁過ぎまでタイトルになっている「誘拐」は影も形もありません。

誘拐がなかなか始まらないこと自体は何も問題はないのですが、それまでが物語として面白さがないのです。本題に入るまでに何の仕掛もなく、ただ平板な流れを読んでいるだけです。

読み終えてみると、この平板な流れの中にも伏線が張ってあり、それなりの意味があると分かるのですが、それは読了後のことであり、読んでいる途中は端的に言って退屈さを感じていました。

本書が「このミステリーがすごい!」文庫グランプリ大賞受賞作だという前提がなければ読むのをやめたかもしれないほどです。

 

不満点の二つ目は、主人公と思われる市岡真二草塩悠人の二人を始め、二人をこき使う荒木田や、途中から登場する荒木田の兄弟分(?)のケンこと石村堅志などそれなりに重要な人物たちの人間像があまりにあっさりとした描写であって、人物像がはっきりしません。

それは、他の登場人物にしても同様です。

誘拐される長尾春香も普通の女子中学生というだけですし、そのボディガードの萩尾ナオミに至っては、その存在感は何もありません。

 

そしてもう一点。これは私の読み込み不足と言われれば反論のしようがないのですが、クライマックスの種明かしが理解できない箇所があります。

ネタバレになるのであまり詳しくは書けませんが、宝くじの当選番号の発表時期と荒木田の事務所が荒らされた時期がはっきりしません。

この点はわざとあいまいにしてあるのでしょうが、ちょっとぼかし方が微妙です。

 

以上、不満点ばかりを書いてきましたが、これらの点を置いて考えると、ミステリーとしての仕掛けは面白く読んだ作品でした。

最終的に明かされるどんでん返しも意外性に満ちていましたし、誘拐という言葉をタイトルに持ってきているにもかかわらずなかなか誘拐事案がおきないところなど、面白い構成だと思います。

軽いユーモアを持った文章も嫌いではありません。

そうしたことを考えると、やはり人物の書き込みと物語の冗長性はとてももったいなく思うのです。

とはいえ、「このミステリーがすごい!」文庫グランプリ大賞受賞作だという事実は重く、その道のプロの方たちが高く評価している事実は忘れてはならないでしょう。

その意味では、本書は面白いのだと最初に言われているようで、読み手の私が批判的な読み方になっているのかもしれません。

月下のサクラ

本書『月下のサクラ』は元事務方の女性刑事を主人公にした、新刊書で380頁の長編の警察小説です。

通常の警察小説とは異なる、分析係という部門でその能力を発揮する主人公の姿が魅力的な、期待に違わない作品でした。

 

月下のサクラ』の簡単なあらすじ

 

事件現場で収集した情報を解析・プロファイリングし、解決へと導く機動分析係。森口泉は機動分析係を志望していたが実技試験に失敗。しかし、係長・黒瀬の強い推薦により、無事配属されることになった。鍛えて習得した優れた記憶力を買われたものだったが、特別扱い「スペカン」だとメンバーからは揶揄されてしまう。自分の能力を最大限に発揮し、事件を解決に導くー。泉は早速当て逃げ事件の捜査を始める。そんな折、会計課の金庫から約一億円が盗まれていることが発覚した。メンバー総出で捜査を開始するが、犯行は内部の者による線が濃厚で、やがて殺人事件へと発展してしまう…。気鋭の作家が贈るノンストップ警察ミステリー。(「BOOK」データベースより)

 

かつては広報課に勤務していた森口泉は念願通りに県警捜査二課に所属する立場になっていた。

そこでの泉は、捜査の最前線で活躍できると県警の捜査支援分析センターの人員募集に応募して機動分析係を希望するものの、最終テストで失敗してしまう。

しかし、何故か分析センターの機動分析係長の黒瀬仁人警部に拾われ、分析係で勤務することになる。

ところが、着任早々会計課の金庫から一億円近くの金が紛失し、内部犯行が疑われる事案が発生するのだった。

 

月下のサクラ』の感想

 

本書『月下のサクラ』での主人公は前巻『朽ちないサクラ』と同じく森口泉という女性です。

前巻では県警広報課という事務方に勤務していたのですが、一念発起して県警を再受験して見事合格し、努力の末に捜査二課に配属され念願の刑事となっています。

さらにそこから捜査支援分析センターの人員募集に応募し、機動分析係への配属されたということになっています。

つまりは、前巻『朽ちないサクラ』での友人の死、そしてその隠された真実を知り、事務方ではなく自分で捜査の第一線に立ちたいとの意思を持ち、刑事になっているのです。

 

 

本書は全く別の人物を主人公に据えて書くことも可能あったと思えるのですが、ただ、物語の核心で『朽ちないサクラ』と共通するものがあるためにシリーズ化としたものと思われます。

こうしたことを読みながら考えていたら、読了後に読んだネット記事で『朽ちないサクラ』は「もともと一冊完結のつもりだった」という作者の言葉がありました。

ただ、そこでは『朽ちないサクラ』の最後で泉が「警察官になる!」と宣言していたことや読者の声もあって続編を書いたと書いてあったのです。

作品が先にあって後に森口泉を主人公にしたのではなく、執筆依頼がまずあって、同じ出版社で森口泉を書いていたこと、さらに現実に警察には捜査支援分析センターという組織があること、また、ある警察署の金庫から現金が盗まれた事件があったことなどから本書を書いたそうです。

 

前巻の『朽ちないサクラ』では、泉と泉の同期の磯川俊一と共に親友だった新聞記者の津村千佳の死の謎を調べていました。

それに対し本書では、事件現場で収集した情報を解析しプロファイリングすることを業務とする機動捜査係というチームでの捜査が主になっています。

この機動捜査係の職務が普通の警察小説の捜査とは異なります。

「自動車ナンバー自動読み取り装置」いわゆるNシステムのデータや防犯カメラの映像などの事件現場で収集された情報を解析しプロファイリングすること解析業務を主な業務としているのです。

その機動捜査係のメンバーは、クールな印象の係長の黒瀬仁人警部を中心に、配属されて八年目の哲こと市場哲也、六年目の真こと日下部真一、四年目の春こと春日敏成、二年目の大こと里見大の五人です。

この機動捜査係に泉が配属されたのですが、この面々のキャラクターがよく描けていて、今野敏の『安積班シリーズ』を思い出させるチームワークの良さが描かれています。

 

 

特に係長の黒瀬のキャラクターが、それなりの過去をもって形成されているという設定は、どこかで聞いたような設定ではあります。

ただ、黒瀬に対し一班員ではあるものの黒瀬と昔からのつながりがありそうな市場哲也の存在が光っています。

 

本書『月下のサクラ』での見どころの一つと言っていいかもしれないのが、泉のデータ分析の場面です。

頭の中で記憶した映像がビデオテープのように再生され、映像の隅には時刻を表す数字が羅列されているというのです。この泉の能力を発揮する場面は読みごたえがあります。

ただ、泉は訓練で記憶力を格段に鍛えたということになっていますが、こうした特殊能力が数年の訓練で獲得できるものなのか、疑問が無いわけではありません。

しかしながら、現実の防犯映像などの調査も結局は似たような地道な捜査の上になり立っているのでしょうから、その作業を少々デフォルメしたと考えていいのでしょう。

 

本書『月下のサクラ』で一番気になったのが、捜査二課に配属された泉が機動分析係を志望した動機、意味が今一つよく分からないということです。

本文では単に捜査の最前線で活躍できるからとあったのですが、そもそも捜査第二課という知能犯係は捜査の最前線ではないということになりかねず、疑問に思ってしまいました。

 

とはいえ、本書の面白さは間違いのないところです。

柚月裕子の新しいシリーズの誕生であり、続巻が待たれるシリーズが増えたことになります。

森口泉シリーズ

森口泉シリーズ』とは

 

本『森口泉シリーズ』は、警察の事務方やデータ分析班といった、通常の警察小説とは異なった職域を舞台とし、単なる犯人探しを越えたテーマを掲げたシリーズです。

つまり、本シリーズの主人公である森口泉は、シリーズ第一弾の『朽ちないサクラ』では県警広報課という事務方にいたのですが、第二弾の『月下のサクラ』では事務職を辞め、あらためて県警を受験し直して女性刑事となっています。

この『森口泉シリーズ』はまだ二巻しか出ておらず、そのうえ物語の舞台が移行しているので明言できませんが、基本的には一人の警察官が思う「正義」と、国家が抱える「正義」との相克を描いた作品だと思っています。

 

森口泉シリーズ』の作品

 

森口泉シリーズ(2021年08月26日現在)

  1. 朽ちないサクラ
  2. 月下のサクラ

 

森口泉シリーズ』について

 

本『森口泉シリーズ』は、各巻のタイトルからも分かるように、公安警察とのからみを軸に据えた警察小説です。

本当はここで「公安」という言葉を出すこと自体、ネタバレになるのではないかという危惧がありました。

しかし、ほとんどの読者は「サクラ」と「公安」との関連は知っているだろうということ、また、あこちのレビューで「公安」のことは既にさらされていることなどから書くことにしました。

 

作者の柚月裕子は、当初は第一弾の『朽ちないサクラ』だけで終わるつもりだったそうです。

そこに徳間書房から新作の声がかかったときに過去に徳間書房から出ていた『朽ちないサクラ』の森口泉を思い出し、森口泉を主人公とする第二弾として『月下のサクラ』を書いたとのことでした。

第一巻での森口泉は県警広報課に所属していたのですが、第二巻からは警察官となり、捜査支援分析センターの機動分析係に勤務する立場になっています。

事務方の無力を味わい「警察官になる」と宣言して終わった第一巻の終わりの言葉通りに、警察官になって戻ってきたことになります。

 

ここで、泉は受験からやり直して警察学校に入り直して警察官として採用されてとありましたが、しかし第一巻  でも警察学校へ行っていたはず、と思い調べてみました。

本シリーズのように事務方から警察官への転身について直接は書いてありませんでしたが、警察学校での期間や内容が異なるとありましたので、警察官用の試験をうけ、学校へ行き直す必要があると思われます。

 

あらためて柚月裕子という作家の作品をみると、その根底に「正義」という観念が常に存在しているように思えます。

特に『佐方貞人シリーズ』ではそれが顕著であり、柚月裕子という作家が思う「正義」を正面に掲げて物語が紡がれているように感じられます。

それはあの『孤狼の血シリーズ』でも同じで、ただ正面から掲げていないだけで主人公の大上章吾の信念に反映されているようです。

 

 

この『森口泉シリーズ』では、個々の警察官が普通に思う正義と、もう一方にある国家としての正義、個々人の生命・財産を犠牲にしても守られるべき国家存立のための正義との衝突を考えざるを得ません。

つまり、作者の柚月裕子は、その「正義」とは何かを常に追い求めていると思われるのです。

このシリーズが今後どのように展開していくものか、期待して待ちたいと思います。

琥珀の夏

本書『琥珀の夏』は、新刊書で548頁にもなる長編のミステリー小説です。

ミステリーだと断言していいのか疑問もありますが、家族や親と子、特に母親と娘との関係をとらえたミステリー仕立ての作品だと言っていいでしょう。

 

琥珀の夏』の簡単なあらすじ

 

大人になる途中で、私たちが取りこぼし、忘れてしまったものは、どうなるんだろう――。封じられた時間のなかに取り残されたあの子は、どこへ行ってしまったんだろう。

かつてカルトと批判された〈ミライの学校〉の敷地から発見された子どもの白骨死体。弁護士の法子は、遺体が自分の知る少女のものではないかと胸騒ぎをおぼえる。小学生の頃に参加した〈ミライの学校〉の夏合宿。そこには自主性を育てるために親と離れて共同生活を送る子どもたちがいて、学校ではうまくやれない法子も、合宿では「ずっと友達」と言ってくれる少女に出会えたのだった。もし、あの子が死んでいたのだとしたら……。
30年前の記憶の扉が開き、幼い日の友情と罪があふれだす。

圧巻の最終章に涙が込み上げる、辻村深月の新たなる代表作。
「BOOK」データベースより)

 

ミカの最初の記憶は<ミライの学校>の玄関で、「今日からここがミカの家だよ」と言われ、それまでつないでいたはずの手がいつの間にかなくなり、ミカは涙が止まらなかったことだ。

四年生のノリコは小学校で友達ができずにいたが、夏の間の一週間だけ<ミライの学校>でもなかなか友達を作れずにいた。

そのとき友達になってくれたのが、ミカという<学び舎>の子だった。

ミカたちに会うために小学五年と六年の夏休みも<ミライの学校>へと行ったノリコだったが、六年生のときにはミカはおらず、淋しい思いをしたのだ。

大人になり弁護士となった法子は、見つかった子どもの白骨死体は自分の孫ではないかという老夫婦の依頼で<ミライの学校>へと向かうのだった。

 

琥珀の夏』の感想

 

作者の辻村深月は、「“子ども時代”を別の何かのように見ていた感覚」があったのだけれど、子どもの時間の延長線上にあるがままの自分がいることが分かってきて、それまで思っていた「記憶」を再検証しようという気持ちがあった、と書かれています( ANANニュース : 参照 )

そして本書『琥珀の夏』で、大人になった法子(ノリコ)はその言葉通りに<ミライの学校>に関する自分の記憶を掘り起こすことになります。

それは親と子、それも母親と子という普遍的な関係を見つめ直すことであり、また今の自分の生活を、そして自分の<ミライの学校>に関する記憶を再確認する作業でもあったようです。

 

そうして、依頼された事件を処理していく中で、<ミライの学校>を今の、大人の法子の目で見直していくことになります。

具体的には、<ミライの学校>の子供の自主性を尊重するという理念の検証が、子供のためという大人の目線と子供の関係を見直すことにつながります。

保育園の抽選に漏れ、共働きの夫婦であるために今後の自分の仕事への影響も考えなければならない法子は、<ミライの学校>に生活の基盤までもおいている子供たちやその親たちのことまでも思いを馳せるのです。

こうして本書『琥珀の夏』は、単純に<ミライの学校>を通して子供の教育のあり方などを考えるだけではなく、大人の思う子供のためという思想、そしてその実践活動が子供の未来を奪っているのではないかという問題提起もしています。

 

同時に、本書『琥珀の夏』は「友達」という言葉の持つ重みも感じる作品でした。

途中でノリコが「友達って何だろう。」と自問する場面があります。

普段親しげにしている友達が、相手がいない場所でその子を排除するようなことを言うのは何故なのかを考えます。小学生四年生のノリコが、一生懸命に友達という言葉について考えているのです。

そうした後で、ノリコはミカから「友達になっていい?」と問いかけられ、躊躇いなく「友達だよ」と力いっぱい答えるのです。

実際、この場面は本書において重要な場面でもあったのですが、実に印象的な場面でした。

 

本書『琥珀の夏』は、<ミライの学校>で埋められていた白骨が見つかったことから物語が展開し始めるミステリーです。

しかし、本書は普通のミステリーのように主人公が真実にたどり着く為に少しずつ謎を解明していくという展開ではありません。

自分が通った<ミライの学校>の調査をするうちに、小学生ではない、大人になった法子は<ミライの学校>の実態をつかんでいきます。

そうした白骨となって見つかった子が誰か、また誰がこの子を埋めたのかを探る過程は、いわゆる謎解きの工程といえるでしょうから、通常のミステリーとは異なるとは言い切れないかもしれません。

 

しかし、それでもなお謎解きそのものは本書のメインではないと思います。

確かに本書では白骨で見つかった子は何故そうなってしまったのか、なぜそれまで行方不明者にもならなかったのかが追及されています。

それでもなお、本書『琥珀の夏』で描かれているのはこれまで述べてきたように親と子のあり方であり、教育というもののありようです。

とくに、個人的には記憶の中から掘り起こした法子の「友達」に対する思いを描いてあるように思えるのです。

 

辻村深月という作家のストーリーテラーとしての存在はあらためて言うまでもありませんが、本書もまた読みふけってしまう作品でした。

あまり書くとネタバレになりますので書けませんが、それでもなおミステリーとしても面白くでき上っています。

個人的には第15回本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』ほどの面白さはないとは思うのですが、それでもなお本書なりの面白さは否定できません。

 

 

とくに後半になり、弁護士の法子が本格的に動き始めるころからは一気に読み終えてしまいました。

辻村深月という人はこれから先も作品を追いかけていく作家さんであるようです。

おれたちの歌を歌え

本書『おれたちの歌を歌え』は、新刊書で殆ど六百頁にもなる長編の推理小説です。

昭和、平成、令和の三つの時代を交互に描きながら五人の仲間の挫折に満ちた人生を中心に描き、第165回直木賞の候補となった作品です。

 

おれたちの歌を歌え』の簡単なあらすじ

「あんた、ゴミサトシって知ってるか?」
元刑事の河辺のもとに、ある日かかってきた電話。その瞬間、封印していた記憶があふれ出す。真っ白な雪と、死体――。あの日、本当は何があったのか?
友が遺した暗号に導かれ、40年前の事件を洗いはじめた河辺とチンピラの茂田はやがて、隠されてきた真実へとたどり着く。
『スワン』で日本推理作家協会賞、吉川英治文学新人賞を受賞。圧倒的実力を誇る著者が、迸る想いで書き上げた大人のための大河ミステリー。(Amazon「商品説明」より)

 


 

元後輩の海老沼の経営するデリヘルで運転手を務める河辺久則のもとに、突然、幼馴染の五味佐登志の死を告げる電話がかかってきた。

電話をかけてきた茂田というチンピラは、佐登志から渡された永井荷風の『来訪者』の新潮文庫を示し、最後の頁に詩が書いてあり、佐登志のM資金絡みの隠し財産のありかを示してあるというのだった。

佐登志は他殺殺された可能性が高いこともあって、生前の佐登志の様子を知るためにも川辺は茂田に自分と佐登志の過去を話しはじめる。

昭和五十年代の始め、長野県の上田市真田町でいつも一緒にいた五人の高校生たちがいた。彼らは、彼らは竹内風花の父親のキョージュこと竹内三起彦から「栄光の五人組」と名付けられていた。

 

おれたちの歌を歌え』の感想

 

本書『おれたちの歌を歌え』の主要登場人物は最初にまとめてありますが、名前だけ列挙しておきます。

河辺久則(ヒー坊)五味佐登志(サトシ)外山高翔(コーショー)石塚欣太(キンタ)竹内風花(フーカ)という五人が中心となっています。

それに、フーカの父のキョージュこと竹内三紀彦、フーカの姉の千百合、そしてセイさんこと岩村清隆が重要な位置を占めています。

また、五人組の友達の崔(岩村)文男やその妹の春子の存在も重要です。

ほかにも河辺にサトシの死を知らせて来た茂田などもいますが、本書の最初に書いてある「主要登場人物」を見てください。

 

本書『おれたちの歌を歌え』は作者の呉勝浩が編集者の提案を受けて自分なりの藤原伊織の『テロリストのパラソル』を書こうとしたものだそうです( 好書好日 : 参照 )。

この作品はアルコールに溺れている主人公が自らの過去に立ち向かう姿を描いたハードボイルドミステリー作品で、第114回の直木賞を受賞している作品でもあります。

挫折した人生を送っている主人公が、ある日自分の過去に直面せざるを得ない事態に陥り、その過去をを乗り越えるために奮闘する姿が描かれていて、私が最も好きな小説の中の一冊でもあります。

 

 

本書『おれたちの歌を歌え』も同様です。

今ではデリヘルの運転手をしている主人公の川辺久則は、幼馴染のサトシの死が他殺であることを知り、過去に起きたある事件に思いを馳せるのです。

その後、物語は昭和、平成、令和を交互に描きながら、過去と現在の殺人事件やそれに伴う謎を解明する過程を描き出しているのです。

 

本書『おれたちの歌を歌え』は、「第二章 すべての若き野郎ども」まではかなりの面白さを感じながら読んでいました。

しかしながら、「第三章 追憶のハイウェイ」あたりからどうも印象が変わってきます。

一つには物語が複雑に感じられてきたことと、もう一つは佐登志の死を知らせて来た茂田という男のキャラクターがよくつかめなくなってきたことが原因だと思われます。

茂田という男は坂東という半ヤクザの使い走りで、短絡的、暴力的な男である筈ですが、川辺がサトシが残したという暗号を解く過程に絡む姿がどうにも中途半端なのです。

本書では永井荷風や中原中也、太宰治などが鍵として登場し、茂田が太宰らの同人誌「青い花」や太宰作品の『ダス・ゲマイネ』を読み込んだり、川辺と共に過去の事件の推理もしています。

これらの行為やその後の行動からはかなりの知性が感じられ、当初感じた茂田の粗暴な印象とは異なっていて、なんともその人物像があいまいで、違和感を感じてしまいました。

 

もう一点はストーリーが分かりにくい点です。

過去の事件自体が複雑な構成になっていて理解しにくいのですが、加えて仲間が過去が現在へとつながり、また分かりにくく、再読してもストーリの全体像がつかめかと疑問になるほどです。

犯人像はそれなりに判明し、逆算して物語の流れがつかめた気にはなりますが、それは読了後の錯覚であり、細かな点を問われると応えられない点が多い程度の理解でしかありません。

さらに付け加えるならば、河辺久則の現在につながる状況を示すためでしょうか、刑事時代の川辺が上司の阿南から理不尽な仕打ちを受ける場面があります。

河辺を追い出す口実を作ろうとしているのでしょうが、個人的にはストーリーの流れを遮断しているようで不要としか思えませんでした。

また、セイさんというキャラクターが最終的に理解できずに終わりました。というか、そのキャラクターの説明が詳しくは書けませんが微妙に納得いかなかったのです。

ただ、本書『おれたちの歌を歌え』は直木賞候補作であり、以上述べたことは読み手である私の読解能力が不足していたにすぎないというしかないでしょう。

 

以上、いろいろと不満点は書きましたが、大河小説として昭和の雰囲気を表現するために『限りなく透明に近いブルー』や『邪宗門』などの文学作品、また「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」といったテレビドラマなどを取り上げているのは、その時代を生き、熱中した私としては非常に嬉しいものがありました。

また、当時の学生運動の様子が描かれていますが、先鋭化した一部の学生はまさに本書『おれたちの歌を歌え』で書かれているような状態だったのです。

 

本書『おれたちの歌を歌え』は、総じて非常に興味深い内容を持った作品であり、また面白く読んだ作品でもあったのですが、冒頭に述べたように少々複雑に作り過ぎたのではないか、そう思えて仕方ありません。

ただ、直木賞の候補となった作品であり、それだけの内容を持った作品であることは否定できません。

ただ、個人的な好みと少しだけずれていたということです。