警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』とは

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』は『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第一弾で、1998年10月に中央公論新社のC★NOVELSから新書版で刊行され、2016年5月に中公文庫から押井守氏の解説、それに関口苑生氏の新装版解説まで入れて403頁の文庫として出版された、長編の警察小説です。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』の簡単なあらすじ

 

朝のラッシュで混雑する地下鉄駅構内で爆弾テロが発生、死傷者三百名を超える大惨事となった。威信にかけ、捜査を開始する警視庁。そんな中、政府上層部から一人の男が捜査本部に送り込まれてきた。岸辺和也陸上自衛隊三等陸曹ー自衛隊随一の爆弾処理のスペシャリストだ。特殊な過去を持つ彼の前に、第二の犯行予告が届く!!犯人の目的は、一体何なのか!?(「BOOK」データベースより)

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』の感想

 

本書『警視庁捜査一課・碓氷弘一 1 – 触発』は、『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の第一弾の長編の警察小説です。

主人公は警視庁捜査一課に所属する碓氷弘一という部長刑事ですが、自分が当直をつとめていた時に受けた爆破予告が現実となり、自分の経歴に傷がついたこと、この事件の責任を追及されるかもしれないことを悔やんでいる存在です。

現場に行き、その悲惨な状況を現認した碓氷は爆破事件の犯人を自分の手で挙げなければならないと決心するのですが、それは自身の失敗を取り返すためというのが大きな動機になっているのです。

 

本書では途中から犯人が登場し、犯人目線での項も存在します。つまり、ミステリーで言うホワイダニットという構成に近いと言えるでしょう。

つまりは、犯人の心理を細かく描くことでその主張を明確にすることにその主眼があると思われます。

というより、作者の思いはそうした犯人、警察、そしてもう一方の捜査陣に加わる自衛隊員の主張も併せ、現在の世の中に対するそれぞれの主張を戦わせ、読者も共に考えてほしいという意図があるのではないでしょうか。

 

こうした社会性の強い主張は今野敏の作品ではしばしばみられることでもありますが、初期の作品ほどその傾向が強い、正確にいうと作者の言いたい主張がより明確に表現されていたように思います。

現代日本の特に若者層の社会に対する責任感の無さを指摘する場面が多いように感じ、特に自由という言葉の意味のはき違えに対する指摘が多いようです。

その後に刊行される作品でも現在に至るまで、今野敏という作者の示す主張の内容には変化はないと思われますが、初期の方がより明確だと思われるのです。

 

本書『触発』では、自分の国を守るという安全保障に対する認識の薄さが指摘されています。

それは若者の国防意識だけでなく、国家レベルでも同じだというのです。例えば地下鉄サリン事件の時、警察には防護服などの装備が不足しており自衛隊に借りに行ったという事実が指摘されています。

 

同じように作者の国防意識を明確に主張している作品としては、誉田哲也の『ノワール 硝子の太陽』を思い出しました。

若者の政治的な無関心などを指摘しているわけではありませんが、日米安全保障条約に伴う日米地位協定の問題を取り上げて作品の主要テーマに絡めてありました。

 

本書では早めに明かされる爆弾魔として、フランス外人部隊に身を置いて爆薬のエキスパートとして働き、最後はボスニアヘルツェゴビナなどで傭兵として働いていた戸上迅という男が配置されています。

そして、日本に帰国した彼に、「さしたる目的もなく金と時間と浪費している日本の若者たち」のおかしさを指摘させ、今の日本は狂っていると評させているのです。

そして、そのプロフェッショナルであるテロリストに対する存在として自衛隊での爆発物処理のエキスパートである第三十二普通科連隊第四中隊所属の岸辺和也三等陸曹とその友人の横井三曹を対峙させています。

また、内閣官房危機管理対策室室長の陣内平吉という人物を登場させ、今の警察の能力だけでは爆弾魔に対応できないとして岸辺陸曹たちを警察に出向させることで警察と自衛隊との連携を図っているのです。

こうして警察に出向することになった岸辺三曹と横井三曹は碓氷刑事とその相棒の笹原と組むことになり、未だ正体がわからない爆弾魔の行方を追うことになるのです。

 

ちなみに、本書『触発』で碓氷刑事の上司として登場している捜査一課長がいますが、本書においてはまだ名前が明記されてはいません。

しかし、この一課長は今後今野作品でははずすことのできないバイプレーヤーとしてあちこちの作品で登場することになる田端守雄捜査一課長だと思われるのです。

この点に関しては、本書の新装版解説で関口笵生氏は「本作品では、べらんめえ口調で話す捜査一課長の名前はまだない。」と書かれています。

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』とは

 

本『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』は、警視庁捜査一課に属する碓氷弘一警部補の活躍を描く警察小説シリーズです。

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』の作品

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ(2024年04月24日現在)

  1. 触発
  2. アキハバラ
  3. パラレル
  1. エチュード
  2. ペトロ
  3. マインド

 

警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』について

 

本『警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ』は、碓氷弘一という警視庁捜査一課刑事を主人公とする警察小説です。

階級は少なくともシリーズ第二巻『アキハバラ』までは部長刑事となっていますが、後には警部補になっています。昇進の時期が分かり次第ここで修正します。

 

この主人公の碓氷弘一は、十歳の娘と六歳の息子を持つ部長刑事ですが、このまま定年までを無事に勤めあげることだけを考えている人物です。

今野敏の描く警察小説では主人公となる刑事が他者の眼を気にする描写がよくあります。

たとえばベストセラーシリーズの一つである『安積班シリーズ』の主役の安積警部補は、班長として班員の心中を気にする場面が多々ありますし、『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』の樋口顕警部補も同様に、常に他人の眼、上司の評価が気にしつつ職務に邁進する人物として描かれています。


これらのことは本シリーズ第一巻『触発』の新装版解説で関口苑生氏も同様のことを書いておられます。

刑事といっても一人の人間であり、殆どの場合は時間に関係なく忙しさに追われる職場を抱えながらも、妻や子供たちに対する何らかの悩みを抱えるサラリーマンとしての側面を持つ存在としての側面をも描き出してあるのです。

 

本シリーズの主役碓氷弘一の場合、上司の評価や第三者の目を意識する側面が特に強い存在として描かれています。

シリーズ第一巻での爆弾魔事件においても、自分が爆破予告の第一報を受けていたのに爆発が起きたことは自分のミスであり退職までの経歴に傷がついたとして、その名誉回復こそが犯人を逮捕するという強い動機となっているのです。

 

また、その際に碓氷弘一を叱りつける上司として名前も示されていないべらんめえ口調で話す課長が出てきますが、これが今野敏の作品の重要な役者の一人となる捜査一課の田端守雄課長ではないかと思われるのです。

今野敏の作品ではこうした役者たちが共通して登場するというのも楽しみの一つでもあります。

 

ちなみに、2017年4月と2018年11月に、本シリーズの『エチュード』と『マインド』を原作としてテレビ朝日でドラマ化されています。

主人公の碓氷弘一はユースケ・サンタマリアが演じ、相棒として相武紗季や志田未来らが出演していたそうです。

あなたが誰かを殺した

あなたが誰かを殺した』とは

 

本書『あなたが誰かを殺した』は『加賀恭一郎シリーズ』の第十一弾で、2023年9月に講談社からソフトカバーで刊行された、長編の推理小説です。

本書の大半が犯人探しの「検証会」の描写に費やされている、いわゆる本格派の推理小説にも似た構成の作品です。

 

あなたが誰かを殺した』の簡単なあらすじ

 

★★★ミステリ、ど真ん中。★★★
最初から最後までずっと「面白い!」至高のミステリー体験。

閑静な別荘地で起きた連続殺人事件。
愛する家族が奪われたのは偶然か、必然か。
残された人々は真相を知るため「検証会」に集う。
そこに現れたのは、長期休暇中の刑事・加賀恭一郎。
ーー私たちを待ち受けていたのは、想像もしない運命だった。(内容紹介(出版社より))

 

あなたが誰かを殺した』の感想

 

本書『あなたが誰かを殺した』は、社会派の作家と分類されると思っていた東野圭吾による、本格派の推理小説とでも言えそうな推理小説です。

物語は、終盤にいたってそれまで貼られていた伏線が次々と回収されていくのはもちろんのこと、犯人像も逆転に次ぐ逆転で意外性に富んでいて飽きることがありません。

誤解を恐れずに言うと、こうしたどんでん返しは物語の終盤だけに展開されるものではなく、探偵の加賀恭一郎が参加してからは常に意外性に満ちた展開をしているとも言えるかもしれません。

それほどに、惹かれる展開が待っているというとでもあります。

 

本書の特異な点は、そのほとんど全編が序盤で起きた殺人事件の解決編だけで成り立っている構成であることです。

本書全体が300頁強の作品であって、冒頭から30頁半ばあたりで事件が起きます。そして50頁になる前で探偵役の加賀恭一郎が登場して、70頁を越えたあたりからは「検証会」に参加する人たちとの会話が始まっています。

そして、その「検証会」の中での加賀恭一郎の考察は他の登場人物たちにとって新たな視点をもたらすものとなっていくのです。

 

本書『あなたが誰かを殺した』での物語の舞台は、序盤で鷲尾春奈と加賀恭一郎とが初めて会った場面などの数場面を除いて櫻木家山之内家飯倉家(グリーンゲーブルズ)高塚家栗原家の五軒の別荘がある別荘地の中だけです。

この舞台に個性豊かな人物たちが集まって恒例のパーティーを行うところから始まりますが、このパーティに集まる人物が櫻木家、山之内家、高塚家、栗原家の四軒の別荘の関係者達です。

個別にみると、まず櫻木家関係者としては、櫻木病院の院長である櫻木洋一、洋一の妻の櫻木千鶴、そして櫻木夫妻の娘で櫻木病院で事務員として働く櫻木理恵、理恵の婚約者で櫻木病院の内科医である的場雅也です。

次いで山之内家の関係者は、この別荘に一人で住んでいる山之内静枝という40歳すぎの女性と、静江のもとに遊びに来ている静江の姪である看護師の鷲尾春那と夫で薬剤師の鷲尾英輔で、共にパーティへと参加しています。

グリーンゲーブルズと呼ばれている飯倉家の別荘は静江が管理をしており、現在は誰も住んでいません。

次の高塚家関係者は、ある会社の会長職である高塚俊作とその妻の桂子、それに俊作の部下の小坂均七海夫妻とその息子で小学六年生の小坂海斗です。

パーティへの参加者は以上の人達ですが、そこに事件が発生し新たな人物が登場します。

それが、事件の犯人として自首をしてきた桧川大志であり、鷲尾春奈の依頼を受け「検証会」に同行することになった加賀恭一郎、それにパーティが行われた地元の刑事課長であるです。

 

事件の後、自首してきた桧川が何も話さないところから検察が未だ事件の詳細をつかめていないとして、事件の関係者たちで事件について話し合いたいという高塚俊作の提案で「検証会」が開かれることになったのです。

先に述べたように本書『あなたが誰かを殺した』は通常の推理小説とは異なり、そのほとんどが加賀という探偵役による事件解決のための事実の確定と犯人探しに費やされています。

そして、この犯人探しの場となったのが「検証会」であり、この場で当事者たちの証言により何があったのかが次第に明らかにされていくのです。

最後に明かされる意外な事実は読み手の推測をも裏切り、繰り返されるどんでん返しは驚きの連続です。

そうした意外性は本書の特徴の最大の魅力と言っていいと思われます。

 

著者の東野圭吾の魅力の一つは犯罪動機の解明を通して示される社会的な問題提起にもあると思うのですが、本書の場合はどちらかと言うとかつての本格派の推理小説にも似た謎解きに重きが置かれた作品です。

特に本『加賀恭一郎シリーズ』は東野圭吾の作品の中でも社会性が強いと言われているシリーズであって、謎解きよりも犯罪動機やストーリー自体の魅力が売りだと思っていたので一つの驚きではありました。

ただ、『加賀恭一郎シリーズ』の中には『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』などの本格派的な作品もありますから、本シリーズを社会派のシリーズだと思うのは私の早とちりというべきなのかもしれません。

どちらにしろ、本書『あなたが誰かを殺した』が魅力的であり面白い作品だというのは異論のないところでしょう。

東野圭吾作品の中でも一番好きなシリーズであり『加賀恭一郎シリーズ』の最新作である本書は十分に楽しめるひとときを過ごすことのできる作品だと言えます。

桜の血族

桜の血族』とは

 

本書『桜の血族』は、2023年8月に384頁のソフトカバーで双葉社から刊行された長編の警察小説です。

女性が主人公の警察小説、それもマル暴刑事の話で、読了後には全く異なった印象となるほどの面白さを持った作品でした。

 

桜の血族』の簡単なあらすじ

 

警視庁組織犯罪対策部暴力団対策課の桜庭誓は父も夫もマル暴刑事。遺伝子レベルでヤクザを理解する特殊な刑事だった。結婚後は退職して専業主婦をしていたが、夫の賢治がヤクザに銃撃されてしまい、犯人逮捕のために現場復帰する。そんな中、日本最大の暴力団吉竹組の元組員宅で爆破事件が発生。ベトナムマフィアの仕業かと思いきや、事件は本家と関東に分裂した吉竹組の抗争が絡んでいた。誓は自分に思いを寄せる片腕の武闘派組長・向島春刀とともに、血塗れの抗争を防ぐ。(「BOOK」データベースより)

 

桜の血族』の感想

 

本書『桜の血族』は、主人公となる刑事に加え、その相棒も女性刑事という珍しいコンビの警察小説です。

そのうえ、所属が警視庁組織犯罪対策暴力団対策課所属というのですからいわゆるマル暴刑事としての女性二人の行動が中心となる作品です。

 

主役は父親が桜庭功という伝説のマル暴刑事といわれた男で、自分もマル暴刑事だった仲野誓という女性です。

誓は専業主婦をしてましたが、夫の仲野賢治が銃撃されて車いす生活になったため、その敵討のために再びマル暴刑事として復帰することになります。

その際にコンビを組んだ相手がこれまた警視庁で初めて女性刑事になったという藪哲子(やぶあきこ)という女性でした。

 

当初、本書で語られるストーリーは端的に言えばお伽話だという印象でした。

この物語はマル暴と称される警察官の物語ではありますが、普通は男社会として描かれる暴力団と警察とのやり取りを女性のマル暴刑事を主役として設定することに特色を出しています。

その上で、女性とは言ってもヤクザを相手にするのですから、女性マル暴刑事は直情傾向の気の強い女性として描くことは必然でしょうし、それでこそ暴力団との対峙を明確に印象付けるのだと思われます。

例えば誓は、夫の賢治が銃撃されたときに向島一家を内偵していたため、向島一家総長の向島春刀のもとへ令状も無く単身乗り込むほどの女性として描かれています。

このように、そうした女性を組み込んだストーリーが、物語のリアリティという面からはどんどん遠ざかっているのであり、どうしても現実味を喪失し絵空事の物語になっているのです。

 

絵空事の物語であること自体は決して非難しているわけではありません。

それどころか、例えば大沢在昌の『魔女シリーズ』のように絵空事に徹すればそれなりに非常に面白い物語として成立すると思われるのです。

しかし、本書の場合、暴力団と刑事との対峙という現実世界にある状況を背景にしているために中途に現実味を帯びてしまっていると思われ、その点でお伽話的に感じてしまうのだと思います。

また、何よりも本書の主人公桜庭誓のキャラクターが今一つ定まっていないというところにその原因があると思っていました。女性マル暴として未だ女の部分を残していることが中途半端だと思っていたのです。

 

しかし、私のその印象は読了後に覆されました。作者の意図にそのまま乗っかってしまったのです。

本書を読み終えた今、感想は当初の思いとは全く違った結果となっています。

当初、お伽話だと思っていたこの物語は、陰惨な暴力を背景にした暴力団、ヤクザの物語になっていました。

今では、早く続編を読みたいと思っているのです。

一夜:隠蔽捜査10

一夜:隠蔽捜査10』とは

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』は、『隠蔽捜査シリーズ』第十弾となる長編の警察小説です。

残念ながら、本書はシリーズの中では決して上位に入る面白さを持っているとは言えないと感じた作品でした。

 

一夜:隠蔽捜査10』の簡単なあらすじ

 

竜崎のもとに、著名作家・北上輝記が小田原で誘拐されたという一報が入る。犯人も目的も安否も不明の中、北上の友人でミステリ作家の梅林も絡み、一風変わった捜査が進む。一方、警視庁管内では殺人事件が発生。さらに息子の邦彦が大学中退に…!?己の責務を全うせよ。人気シリーズ、第十弾!(「BOOK」データベースより)

 

一夜:隠蔽捜査10』の感想

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』は、今野敏の多くのシリーズ作品の中でも一番の人気を誇ると言ってもいい、『隠蔽捜査シリーズ』の第十弾となる長編の警察小説です。

しかしながら、本書は主人公の竜崎が合理的な思考を貫く竜崎らしさを発揮する場面は少なく、シリーズの中では面白いほうではありませんでした。

 

本書では北上輝記という作家の誘拐事件について奔走する竜崎伸也の姿が描かれていると同時に、本シリーズの特徴でもある竜崎の家族の問題、今回は息子の邦彦が大学を辞めようかという話が巻き起こります。

誘拐事件に関しては、退庁しようかという竜崎のもとに小田原署に行方不明者届が出されたという連絡が届きます。その行方不明者というのが人気作家の北上輝記だというのです。

そのうちに北上輝記が連れ去られるところを目撃した者が見つかり、小田原署に捜査本部が設けられることになるのです。

捜査本部では板橋捜査一課長や小田原署署長の兵藤安友警視正、副署長の内海順治、刑事組対課の朝霧利男課長、強行犯係の末武洋司係長らが詰めることになります。

行方不明者が人気作家の北上輝記だということで佐藤実県警本部長や、竜崎の友人である警視庁の伊丹刑事一課長までも関心を持つ事件となっているのです。

 

本書『一夜:隠蔽捜査10』がいつもと異なるのは、竜崎の相談役的な立場の者として、やはり梅林賢という流行作家がいることです。

竜崎は、小説家同士にしかわからないことがあるはずだとして、捜査の手伝いをしたいとやってきた流行作家の梅林賢の話を聞こうというのです。

結局、いつもは竜崎が捜査の過程での違和感に気付いて捜査の指針を示す立場にあるのですが、今回は竜崎の役割の一部を梅林という作家にまかせ、竜崎はその意見を取り入れているという形になっています。

 

ところが、その点ではこれまでと異なる試みがなされてはいるものの、物語の流れ自体は何も特別なことはありません。

それどころか、今野敏の小説としての普通の面白さは持っていいても、『隠蔽捜査シリーズ』独自の竜崎というキャラクターの醸し出す面白さはかなり影をひそめていると言っていいと思います。

 

このシリーズの特徴である竜崎の家庭の描写にしても、特別に語るべきことはありません。

やっと入った大学を辞めた方がいいかもしれないという息子の邦彦と相対し、その話を真摯に聞こうという姿勢だけはこれまでとは異なってきているとは思いますが、それ以上のものはありません。

普通に進むべき道に進んでいるという印象です。

 

以上のように、本書『一夜:隠蔽捜査10』の面白さ自体は普通であり、シリーズ独自の面白さはあまり感じられなかったという他ないと思います。

いまこそガーシュウィン

いまこそガーシュウィン』とは

 

本書『いまこそガーシュウィン』は『岬洋介シリーズ』の第八弾で、2023年9月に288頁のハードカバーで宝島社から刊行された長編の推理小説です。

激化する人種差別抗議運動を前に分断するアメリカで音楽の力を示すことができるか、をメインテーマにしたサスペンス作品です。

 

いまこそガーシュウィン』の簡単なあらすじ

 

電子書籍限定にて連載した『このミステリーがすごい! 中山七里「いまこそガーシュウィン」vol.1~4』、待望の書籍化です! アメリカで指折りのピアニストであるエドワードは、大統領選挙により人種差別がエスカレートし、変貌しつつある国内の様子を憂いていた。そこで、3ヵ月後にカーネギーホールで開催予定のコンサートの演目に、黒人音楽をルーツにもつジョージ・ガーシュウィン作曲の「ラプソディ・イン・ブルー」の演奏を希望。6年前のショパン・コンクール中、5分間の演奏で人命を救った男・岬洋介との共演も決まり、期待に胸を膨らませる。岬と共演することで、大統領夫妻もお忍びで鑑賞に来ることが決まり、エドワードと岬は練習に励む。一方その頃、大統領暗殺の依頼を受け、計画を進めていた〈愛国者〉は、依頼主の男から思わぬ提案をされーー。音楽の殿堂、カーネギーホールで流れるのは、憎しみ合う血か、感動の涙か。どんでん返しの帝王が放つ、累計168万部突破の音楽シリーズ最新刊!(内容紹介(出版社より))

 

いまこそガーシュウィン』の感想

 

本書『いまこそガーシュウィン』はミステリーと謳ってある作品ではありますが、ミステリーというよりはサスペンス小説と言った方さよさそうな作品でした。

本書ではミステリーとして提示された謎というほどの謎はなく、ただ、暗殺者である「愛国者」の正体は誰か、というくらいが謎といえるものであり、その謎ですらも決して本筋ではありません。

本筋は、語り手であるエドワードとシリーズの主人公である岬洋介とのジョイントコンサートの行方、つまりはこのコンサートでの暗殺者の大統領暗殺という仕事の行方がどうなるのかという点にあるのです。

 

ところで、あくまで商業ベースとしてのコンサートを見る時、「ラプソディー・イン・ブルー」という楽曲ではお客を呼べないというエドワードのマネージャーの意見があります。

この点に関しては、「ラプソディー・イン・ブルー」といえば人気の楽曲であるのに客を呼べないのか、という疑問しかない私としては、素人にはそこらの感覚は分からないのだろうと思うだけです。

ともあれ、マネージャーのそういう意見があったればこそ、岬洋介とのジョイントコンサートが開催されることになったのですから、それはそれでよしとすべきなのでしょう。

 

本書の本筋はジョイントコンサートの行方だとしても、本書の魅力を考えるときは、まずは中心となる二人が音楽の持つ力を信じていることだと思われます。

つまり、トランプ元大統領(2024年3月現在)を思わせる人種差別主義者のアメリカ大統領がもたらしたアメリカの分断という現状を、岬洋介とエドワードという二人のピアニストの競演でいくらかなりとも和ませることができるのではないかということです。

 

次に、「音楽」という芸術の有する影響力を前提にしての話ですが、「ラプソディー・イン・ブルー」という楽曲のもつ魅力があります。


 

そして本書には「ラプソディー・イン・ブルー」とい楽曲の歴史、ジョージ・ガーシュインという大作曲家の一番高名ともいえる楽曲のもつ背景が詳しく解説してあります。

そこらは実際読んでもらうしかありません。

ちなみに、本書ではエドワードと岬洋介とのジョイントコンサートの様子が描かれていて、そもそも「ラプソディー・イン・ブルー」という楽曲が「二台のピアノを前提として察刻されたという説明がなされていますが、ウィキペディアでも「ガーシュウィンが2台のピアノ用に作曲したもの」だと記載してありました( ウィキペディア : 参照 )

本書の魅力の第三は、作者の中山七里が作り出した岬洋介というキャラクターの魅力と、音楽の魅力を文章で示すという作者の表現力だと思います。

この点は本書の魅力と言うよりは本『岬洋介シリーズ』の魅力と言うべきであり、だからこそ帯にあるようなシリーズ累計160万部という人気シリーズになっているのでしょう。

 

さらには、ミステリーシリーズ、サスペンス小説としての本書の魅力があることももちろんの話です。

ただ、これまで書いてきたこととは矛盾するようですが、本書は中山七里という作家の作品の中では決して突出した作品とは言えないと思います。

それはジョイントコンサートの成功と大統領暗殺というサスペンスの点が弱いと感じてしまったからですが、それでもなお平均的な面白さを持っていると思います。

この頃あまりこの作者の作品を読んでこなかったので、あらためてまた読み始めようかと思います。その程度には面白さを感じた作品だったということでしょう。

岬洋介シリーズ

岬洋介シリーズ』とは

 

本『岬洋介シリーズ』は、天才ピアニストの岬洋介が探偵役として活躍する推理小説シリーズです。

各巻ごとの主人公は別に存在し、岬洋介は狂言回し的な存在として登場して事件を解決していきます。

 

岬洋介シリーズ』の作品

岬洋介シリーズ(2024年03月31日現在)

  1. さよならドビュッシー
  2. おやすみラフマニノフ
  3. いつまでもショパン
  4. どこかでベートーヴェン
  1. もういちどベートーヴェン
  2. 合唱 岬洋介の帰還
  3. おわかれはモーツァルト
  4. いまこそガーシュウィン

岬洋介シリーズ スピンオフ(2024年03月04日現在)

  1. さよならドビュッシー 前奏曲(プレリュード) 要介護探偵の事件簿
  2. 煙よりも、軽く

岬洋介シリーズ 番外編(2024年03月04日現在)

  1. サイドストーリーズ

岬洋介シリーズ』について

 

本『岬洋介シリーズ』は、ピアニストの岬洋介が探偵役として様々な謎を解決していくミステリーシリーズです。

この岬洋介というキャラクターが魅力的であり、本シリーズが成功している一番の理由でしょう。

 

この岬洋介という人物は、高校二年生の時に発症した左耳の突発性難聴という病を持病として抱えています。

また、一旦は司法試験に合格して修習期間まで終えたにもかかわらず、法曹の道には進まずにピアニストとして生きていくことを選んだ人物です。

つまり、司法試験合格した世界的なピアニストという身でありながらも数々の謎を解決し、誰からも好意を持たれる人間性をも持っているというまさにスーパーマン的存在なのです。

このような、現実には存在しえないと思われる人間像ですが作者中山七里の筆の力は実見魅力的な人間像を作りあげているのです。

 

そして、このシリーズで力説すべきは、音楽の素晴らしさを文章で表すその表現力です。

第一巻の『さよならドビュッシー』から、ミステリーとしての面白さは勿論ですが、その中で演奏されることになる各楽曲の表現力が素晴らしく、音楽好きな私も一気に惹き込まれてしまいました。

音楽を文章で表現すると言えば忘れてはならない作品として、恩田陸の『蜂蜜と遠雷』という作品があります。

この作品は日本で行われたあるコンサートの様子を参加者それぞれをかき分けながら描き出している作品ですが、文章で表現されるクラシック音楽の素晴らしさは見事なものでした。

本書はその作品にも劣らない音楽の魅力を伝えている作品だと思います。

シリーズのうち数作しか読んでいないので、また全部を読みたいと思っています。

警官の酒場

警官の酒場』とは

 

本書『警官の酒場』は『北海道警察シリーズ』の第十一弾作品で、2024年2月に416頁のハードカバーで角川春樹事務所から刊行された長編の警察小説です。

本書をもってこのシリーズも終わると聞いていて残念に思っていたのですが、実際は第一シーズンが終わるということで一安心しているところです。

 

警官の酒場』の簡単なあらすじ

 

捜査の第一線から外され続けた佐伯宏一。重大事案の検挙実績で道警一だった。その佐伯は、度重なる警部昇進試験受験の説得に心が揺れていた。その頃、競走馬の育成牧場に強盗に入った四人は計画とは異なり、家人を撲殺してしまう。“強盗殺人犯”となった男たちは札幌方面に逃走を図る…。それぞれの願いや思惑がひとつに収束し、警官の酒場にある想いが満ちていくー。大ベストセラー道警シリーズ、第1シーズン完!それぞれの季節、それぞれの決断ー。(「BOOK」データベースより)

大通警察署生活安全課の小島百合は、スマホを奪われたという女子高校生についての報告書を読んでいるときに、女性の緊急避難所を開設しているボランティアグループの山崎美知から暴力団風の男たちから嫌がらせを受けていると連絡があった。

佐伯宏一は、近頃認知症の兆候を見せてきている父親の身を案じながらも上司と共に刑事部長から警部昇任試験についての話を聞いていたが、直ぐに設備業者のワゴン車の盗難事件発生を告げられた。

津久井卓巡査部長と滝本浩樹巡査長は人質立てこもり事件を解決した後、競走馬の育成牧場での強盗殺人事件についての連絡を受けていた。

 

警官の酒場』の感想

 

本書『警官の酒場』は『北海道警察シリーズ』の第十一巻となる作品で、本作品をもって第一シーズンが終わるそうです。

まずはシリーズ自体は継続するということで安心しましたが、本書の終わり方が終わり方なので、今後の展開がどうなるものか期待が膨らむばかりです。

 

本書でも例によって佐伯宏一警部補、津久井卓巡査部長、小島百合巡査部長という三人の警察官のそれぞれが別事件を追いかけています。

でも、佐伯の部下であり相方でもある新宮昌樹巡査も第一話からの佐伯のコンビとして登場していますので、新宮巡査も加えて四人の物語といった方がいいのでしょう。

本書では、佐伯宏一と新宮昌樹のコンビは古いワゴン車の盗難事件を、津久井卓は闇バイト問題が絡んだ競走馬育成牧場での強盗殺人事件を、そして小島百合は女子高生のスマホ盗難事件を担当しています。

 

これらの事件を捜査するなかで得られた細かな情報が、互いに認識しないままに関連してくる様子が、読者にはよく分かるように物語が進行していくのはこのシリーズのいつものパターンです。

いつものパターンではあってもマンネリ化に陥ることはなく、それぞれの捜査の丁寧な描写は物語の展開にリアリティを与えています。

またそれと共に、サスペンス感に満ちているのはやはり作者の筆力の為すところだと思われます。

 

このように、本書『警官の酒場』のストーリーも本シリーズのパターンに則った運びですが、もう一つの本シリーズの特徴である、時事的な事柄を物語に織り込んでいるという点もまたあてはまります。

それは「闇バイト」の問題であり、一面識もない連中が高額報酬に惹かれて当該強盗事案のためにだけ集まり、犯行を遂げるというものです。

しかし、公にできない金があるはずの競走馬育成牧場に押し入るだけの犯行の筈が、気の短い仲間の一人が予想外の行動に出て被害者を殺してしまい、機動捜査隊の隊員である津久井卓巡査部長がこの強盗殺人事件を追いかけることになります。

この闇バイトに集まった個々人の描写もその心の動きまで丁寧に押さえてあるところなど、このシリーズがリアリティに満ちている理由がよく分かります。

 

また、本書『警官の酒場』はシリーズの第一シーズンの終わりということで、中心となる四人それぞれの今後が示唆されています。

そのことは作者の佐々木譲自身がこの北海道警察シリーズの生みの親でもある角川春樹との対談の中で、「それぞれの個人史としても区切りがつけられたのではないか」と語っていることでもあり、意外といってもいい展開になっています( Book Bang : 参照 )。

そのことは、遠くない未来に始まるはずの第二シーズンに大きな期待を抱かせることにもなっているのです。

 

津久井卓は今後の捜査にはどうかかわるのか、小島と佐伯の二人の行く末はどうなるのか、そして佐伯の今後の身分は、そして何よりもこのシリーズの傾向はどうなるのか大いに期待させられます。

いまはただ続巻の刊行が待たれるばかりです。

方舟

方舟』とは

 

本書『方舟』は、2022年9月に304頁のソフトカバーで講談社から刊行された長編の推理小説です。

2023年本屋大賞第七位など各種ミステリー賞にランクインしている人気作品で、普通に面白く読んだ作品でした。

 

方舟』の簡単なあらすじ

 

大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。そんな矢先に殺人が起こった。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。タイムリミットまでおよそ1週間。生贄には、その犯人がなるべきだ。-犯人以外の全員が、そう思った。(「BOOK」データベースより)

 

方舟』の感想

 

本書『方舟』は、各種ミステリー賞の候補になった作品で、いわゆる本格派の推理小説に分類できる推理小説です。

これまで幾度か書いてきたのですが、個人的にはいわゆる本格派と呼ばれる推理小説をあまり好むものではありません。

それは、犯罪動機に重きを置く社会派の推理小説に比して、やはり本格派の推理小説はどうしてもその舞台設定に無理があると感じてしまうからです。

解くべき謎を作出するために状況が設定されているため、不自然さがぬぐえないのです。

加えて、登場人物の書き込みが今一つとも感じ、それが登場人物たちへの感情移入ができにくい原因とも思えます。

 

本書の場合もそのことは言え、外部との連絡が取れない状況下で、特定の場所に閉じ込められた中で殺人が起きるというお決まりの設定なのです。

そのための舞台設定として山奥の特殊な地下施設がもうけられており、状況作出のためには予想外の地震という状況が用意されています。

 

本書の視点の主は越野柊一という男であり、探偵役はそれとは別に越野の従兄の篠田翔太郎が同行しています。

他に絲山隆平麻衣の夫婦、高津花西村裕哉野内さやかといった越野柊一の大学時代の友人たちです。

それに、この一行に途中から合流することになった矢崎幸太郎弘子の夫婦とその息子の高校一年生矢崎隼斗という十名です。

これらの仲間で目的の地下施設で一夜を過ごすことになったものの、明け方に発生した地震のためにこの地下施設から脱出できなくなります。

脱出のためには誰かが犠牲になって出口をふさいでいる岩を動かす必要がありました。

その上、その地下施設に地下水まで侵入してきて、生きて脱出するまでのタイムリミットが設定されるという事態になるのです。

以上のような状況の中で殺人が起きるのですが、この事件の犯人探しは、この地下施設からの脱出のための犠牲者探しという意義をも持っている点がユニークです。

 

このように、本書がこれまでのクローズドサークルものの本格派推理小説と異なるのは、閉じ込められた建物からの限られた時間内での脱出というサスペンス要素まで取り入れられていることでしょう。

そのため、これまでの本格派の推理小説よりは身を入れて読むことができたように思えます。

その上、本来はこの点が重要なのですが、読了時にはそれなりの驚きをもって読み終えることができたという、意外性に満ちた展開が待っているのです。

この点はあまり声高に言うとネタバレに近い話になるので何とも微妙なところです。

結局、登場人物たちが不自然な施設に閉じ込められるという状況自体は素直には受け入れることはできませんが、その先の展開は面白く読んだ作品でした。

 

ちなみに、本書に関しては有栖川有栖氏、影山徹氏による、ネタバレ公式サイトが用意してあります。

ただ、このサイトには犯人名、犯人の最後の台詞をユーザー名、パスワードとしてローマ字で入力することが要求されますのでご注意ください。

ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編 SISTER編


ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編』とは

 

本書『ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編』は、両書共に2023年9月に256頁のソフトカバーで小学館から刊行された長編の推理小説です。

 

ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編』の簡単なあらすじ

 

史上初! ひとつの事件にふたつの真実

古き良き商店街で起きた不穏な事件。探偵役は四兄弟と三姉妹、事件と手がかりは同じなのに展開する推理は全く違う!? 〈Sister編〉との「両面読み」がおすすめです!
ぎんなみ商店街近くに住む元太・福太・学太・良太の兄弟。母は早くに亡くなり父は海外赴任中だ。ある日、馴染みの商店に車が突っ込む事故が起きる。運転手は衝撃で焼き鳥の串が喉に刺さり即死した。事故の目撃者は末っ子で小学生の良太。だが福太と学太は良太の証言に違和感を覚えた。弟は何かを隠している? 二人は調査に乗り出すことに(第一話「桜幽霊とシェパーズ・パイ」)。
中学校で手作りの楽器が壊される事件が発生。現場には墨汁がぶちまけられ焼き鳥の串が「井」の字に置かれていた。学太の所属する書道部に犯人がいるのではと疑われ、兄弟は真実を探るべく聞き込みに回る(第二話「宝石泥棒と幸福の王子」)。
商店街主催の「ミステリーグルメツアー」に随行し、長男で料理人の元太は家を空けている。学太が偶然脅迫状らしきものの断片を見つけたことから、元太が誘拐事件にかかわっている可能性が浮上。台風のなか兄の足跡を追う福太たちに、ある人物が迫る!(第三話「親子喧嘩と注文の多い料理店」)(内容紹介(出版社より))

新・読書体験。驚愕のパラレルミステリー!

古き良き商店街で起きた不穏な事件。探偵役は三姉妹と四兄弟、事件と手がかりは同じなのに展開する推理は全く違う!? 〈Brother編〉との「両面読み」がおすすめです!
ぎんなみ商店街に店を構える焼き鳥店「串真佐」の三姉妹、佐々美、都久音、桃。ある日、近所の商店に車が突っ込む事故が発生した。運転手は衝撃で焼き鳥の串が喉に刺さり即死。詮索好きの友人を止めるため、都久音は捜査に乗り出す。まずは事故現場で目撃された謎の人物を捜すことに。(第一話「だから都久音は嘘をつかない」)
交通事故に隠された謎を解いた三姉妹に捜査の依頼が。地元の中学校で起きた器物損壊事件の犯人を捜してほしいというものだ。現場には墨汁がぶちまけられ、焼き鳥の串が「井」の字に置かれていた。これは犯人を示すメッセージなのか、それとも……?(第二話「だから都久音は押し付けない」)
「ミステリーグルメツアーに行く」と言って出掛けた佐々美が行方不明に!? すわ誘拐、と慌てる都久音は偶然作りかけの脅迫状を見つけてしまう。台風のなか、姉の足跡を追う二人に、商店街のドンこと神山が迫るーー。(第三話「だから都久音は心配しない」)(内容紹介(出版社より))

 

ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編』の感想

 

本『ぎんなみ商店街の事件簿』の『BROTHER編』と『SISTER編』という作品は、発生した同じ事件を両編それぞれに異なる探偵役が調査し、結果的として内容の異なる二つの真実を見つけるという独特な構成のミステリー小説です。

つまりは本書『ぎんなみ商店街の事件簿』は、『BROTHER編』『SISTER編』という二冊の姉妹編を読み終えて初めて作品としての評価ができるような物語だと言えます。

私は『ぎんなみ商店街の事件簿 BROTHER編』を最初に読んだのですが、ぎんなみ商店街で起きるいろいろな事件の謎を、料理人の元太を長男とする福太学太良太という四兄弟が探偵役として解決する物語として、単品だけでも面白い作品でした。

同じことは姉妹編の『SISTER編』についても言え、ただ探偵役が内山家の佐々美都久音という三姉妹に代わっている点が異なるだけです。

 

両書で起きる事件は「ぎんなみ商店街で起きた交通事故」、「中学校で手作り楽器が壊された事件」、「発見された脅迫状から推測される誘拐らしき事件」の三件であって、普通の推理小説で起きる殺人事件などではありません。

そして、両方の作品で起きる事件は同じものですが、ただそれぞれの作品において起きた事実の持つ意味が異なってくるのであり、見つけるべき真実も異なっています。

客観的な事実は同じでありながら、関わる当事者ごとに見るべき視点をずらし、取り上げる事実も異なることでその先にあり発見されるべき真実も異なるものになります。

 

両方を読み終えてみると、確かに起きる事件は一つです。

その上で各事件の背後には登場人物の家族や友人関係があり、それぞれの関係性が複雑に絡んでいて、それらを背景にした真相がきちんと構築されていいるのです。

そうした構成、つまり『BROTHER編』と『SISTER編』とで起きる事実を同じくしながら矛盾なく意味を持たせる、という作業がどれほど困難さは素人でも分かります。

ここでの二冊はそうした困難な作業を乗り越えて、両編それぞれで破綻することなく評価の高いミステリーとして仕上げてあるのです。

 

登場人物たち、それぞれの兄弟姉妹の個性はうまく書き分けられており、軽いユーモアも散りばめられていて読みやすく、それなりに読み通すことがきついなどということはありません。

兄弟姉妹の仲の良さは読んでいても心地よく、当然ですが商店街の各店の登場人物も共通でありながら問題解決に同じような役割を果たしている点もまた読みやすい構成です。

それぞれの兄弟姉妹の抱える問題もユーモラスな面もあり、小暮家、内山家の家族の内情も面白く描かれていて好感が持てます。

さらには、小暮家、内山家が互いに相手の担当する巻に少しずつ登場してそれなりの役割を果たしたりと両編の繋がりにも配慮を見せてあります。

 

しかしながら、綜合的にみると個人的には決して好みの作品とは言えませんでした。

上記のようなうまい作りを見せてありながら、違和感を感じ感情移入できないのは何故かというと、探偵役となる両家の兄弟姉妹のうちの一人が中心的な存在となっていて最終的なひらめきを見せていること、頭脳役の担当はその弟なり妹なりが控えていること、などの構造が同じだということでしょう。

でも、違和感の正体はそうしたことに加え、なによりも両編での小暮家兄弟、内山家姉妹が物語の中から浮いて見えるという点にあると思います。

個人的に、この町でミステリーの探偵役として動き回る両兄弟姉妹に不自然さを感じてしまったようで、こればかりは個人的な好みの問題なのでどうしようもないことだと思われます。

この点を除けば非常に考えられた面白い作品だと言え、一読する価値はあると思わる作品でした。