天地の螢 日暮し同心始末帖4

両国川開き大花火の深夜、薬研堀で勘定組頭が斬殺された。刀を抜く間も与えぬ凄腕に、北町奉行所平同心の日暮龍平は戦慄した。先月の湯島切通しと亀戸村堤での殺しに続く凶行だった。探索の結果、いずれの現場近くにも深川芸者くずれの夜鷹の姿が。やがて、人斬りと女のつながりにとどいた龍平は、悲しみと憎しみに包まれた真相に愕然とし―剛剣唸る痛快時代! (「BOOK」データベースより)

本書は、日暮し同心始末帖シリーズ第四弾の長編の痛快時代小説です。

 

序 両国川開き
龍平が警備をした両国川開き大花火の夜、薬研掘りの堤で御公儀勘定組頭黒川紀重とその家士が、深川の伝吉と名乗る夜鷹に殺された。

第一話 牢屋敷切腹検使
尾嶋建道と三谷由之助という部屋住み二名の殺害事件の掛を命じられた龍平は、二人が通っていた道場で輝川という寺小姓と二人との関係を聞く。その後、牢屋敷での切腹検使で、俊太郎の友人でもある同心司馬中也の、介錯人としての凄まじい姿を見るのだった。

第二話 寺小姓
どうしても輝川という寺小姓のことが気いなる龍平は、その寺小姓について調べると、輝川がいた寺は、四月の末に斬られた坊さんの寺のいた寺であり、輝川はある旗本と深川の羽織芸者の子だった。

第三話 読売屋孫兵衛
深川岡場所の女郎について詳しいという読売屋孫兵衛から、妾奉公のために息子を寺に預けた伝吉という羽織芸者がいたが暇を出され、しまいにはお伝という名で女郎をしていたという話を聞きこんできた。

第四話 江戸相撲
神田明神下の魚屋の倅に将来の大関間違いなしの相馬という男がいたが、その気の弱さからとの評価も立ち消えになった男の過去があった。

第五話 道行
龍平と御家人らの殺害犯人である黒羽二重のお伝との対決となり、宮三らは相馬を取り押さえるのだった。

桔 愛しき人々
龍平と俊太郎との、今回の結果について久しぶりに語らう姿があった。

 

本書は、ある人物の復讐譚とも思える話になっています。復讐譚ですから、結局はこのシリーズの特徴である虐げられた者の悲哀を描きだすことにはなっているのですが、その恨みを晴らすのが龍平ではなく、理不尽な仕打ちを受けていた本人の手によるという点が異なります。

他の物語と同様に、本書の話も決して明るいものではありません。しかしながら、シリーズとして暗くないのはやはり、これまたこのシリーズについて毎回書いているところですが、龍平を取り巻く人物たちが決して暗くないこと、何より龍平一家の明るさが素晴らしいものであることによると思われます。

特に本書では、物語の最後での龍平と俊太郎との会話の場面で、龍平は「俊太郎に倣って、真っ直ぐ前を見つめた。すると、ささやかだがとても清々しい気分が胸いっぱいにあふれた。父と子の進む道の先には、晩夏の果てしない青空が広がっていた。」と描写されています。

まさに、龍平らの目線は常に未来へと向かっているのでです。決して明るくはない過去は過ぎ去ったものとして、明るいであろう明日を一生懸命に生きようという強い意志が感じられるのです。

 

この作者の『風の市兵衛シリーズ』はベストセラーとなり、NHKでドラマ化もされていますが、それは主人公市兵衛も含めて物語自体の持つ爽やかさが読者に受け入れられているところではないでしょうか。

その意味では本書の物語は決して爽やかとは言えませんが、それでもなお主人公龍平というキャラクターの持つ爽やかさはなお感じられ、痛快小説の醍醐味も十分に感じられる作品となっています。

暁天の志 風の市兵衛 弐

金峯山寺から修験者が市兵衛を訪ねてきた。祖父・忠左右衛門に縁をもち、市兵衛も知らない出自を明かすという。逡巡の末、市兵衛は急遽、吉野へ。一方、江戸では一刀のもとに首を刎ねる連続強盗が発生。だが、犯行の手掛かりは掴めず…。 (「BOOK」データベースより)

 

序章 大峰奥駈 | 第一話 神田青物市場 | 第二話 俎板橋 | 第三話 まほろば | 終章 父と子

 

『風の市兵衛』シリーズも本巻から第二部が始まり、シリーズ名も『風の市兵衛 弐』となりました。

まだ新シリーズとなっての一作目であるために、物語がどのように変化しているかはよく分かりません。

ただ、これまで断片的に描かれていた市兵衛の過去、市兵衛の出自が明らかにされています。つまり、市兵衛の母が市枝ということは明らかになっていました。しかし、母方の祖母が梢花といい、吉野の村尾一族の出であることが今回初めて明らかにされたのです。

市兵衛の祖父唐木忠左右衛門梢花との間にできた子が市枝であり、市兵衛を生んだというのです。その梢花の母親が篠掛(ささかけ)といい、今回市兵衛が吉野まで出かけて会うことになる、村尾一族の長老だったのです。

この村尾一族というのは、修験者の一族ではあるようなのですが、良く分かりません。ただ、その一人が江戸にいる市兵衛のもとに訪れ、吉野を訪問するように伝えます。

ここに、市兵衛の自分の来歴を知るという、本書『暁天の志 風の市兵衛 弐』での物語の一つが始まります。

 

ただ、市兵衛にその言伝を持ってきた猿浄という修験者が市兵衛のもとを訪れた帰りに首をはねられて殺されてしまいます。この殺害は、殺害の依頼を請けてこれを行うことを生業とするものの手によるのであり、その元締めとして多見蔵という男が登場します。

また、その殺し人の一人として信夫平八という男がいて、重要な役割を担うことになります。そして、信夫平八の二人の子、小弥太織江とがひょんなことから市兵衛との繋がりを得、市兵衛信夫平八とは仕事とは離れたところで出会うのでした。

こうして、江戸で起きている連続殺人に本書『暁天の志 風の市兵衛 弐』での市兵衛のもう一つの物語がありました。

 

本書『暁天の志 風の市兵衛 弐』では、市兵衛のまわりにちょっとした変化がありますが、その中でも市兵衛の仲間が何かにつけ集まっていた一膳飯屋の喜楽亭が無くなっていることが一番の変化と言えるでしょう。

名もない単におやじと呼ばれていた「喜楽亭」の親父は、卒中で亡くなってしまいました。いつの間にか居ついていて皆に居候と呼ばれていた野良犬は鬼しぶが連れていったのだそうです。

 

という訳で、今回は鬼しぶこと渋井鬼三次や手先の岡っ引きの助弥、それに返弥陀ノ助といったいつものメンバーは登場しません。代わりに、南町奉行所臨時廻り方掛同心の宍戸梅吉やその使いである紺屋町の文六親分、その手下である鬼しぶの息子の良一郎といった面々が登場します。

また喜楽亭の代わりと言って良いものなのかはまだ分かりませんが、市兵衛の新しい職場の神田青物御納屋役所の近くにある「蛤屋」という喜楽亭よりずっと小奇麗な二階屋がその候補として挙がっています。

 

本書だけでは市兵衛の来歴がこれからの物語にどのように関わってくるのか、まだ何も分かりません。ただ、若干マンネリ化を感じていた「風の市兵衛シリーズ」を新しく構成しなおそうという作者の意図はよく分かります。

今後の展開を待ちたいと思います。

冬の風鈴 日暮し同心始末帖3

佃島の海に男の骸があがった。役人が正視できないほどの撲殺であった。仏は石川島の人足寄場を出たばかりの無宿人と見られたが、成り変わりと判明。探索の結果、三年前に起きた未解決の妙な押しこみ事件が浮上し、ひとりの風鈴を愛する妾の関わりが疑われる―やがて、すべての真実がひもとかれたとき、北町奉行所平同心・日暮龍平の豪剣がうなりをあげた! (「BOOK」データベースより)

本書は、日暮し同心始末帖シリーズの第三弾となる長編の痛快時代小説です。

 

石川島人足寄せ場から解き放ちとなった常州無宿鉢助は、翌朝佃島の沖で死体となって見つかった(序 三年三月)。

龍平がこの事件を担当することになり、鉢助の過去を調べ出したところ、鉢助という男は既に死んでいたことが判明する(第一話 春蝉)。

そこに火付け盗賊改同心土屋半助が龍平を訪ねてきてた。鉢助という男は、実は朱鷺屋長佐衛門妾宅への押し込みの一人の伝七のことであり、龍平が鉢助の死に関し追っている常次という男は自分の手下としてこの鉢助を追っていたので、これから先はは自分に任せてほしいと言うのだった(第二話 冬の風鈴)。

その後、忍平ノ介という朱鷺屋長佐衛門妾宅への押し込みの一人の捕縛に、平ノ介の兄が同道させてほしいと言ってきた。平ノ介の過去にひそむ悲哀を認めつつ、兄と共に捕縛に向かう龍平だった(第三話 おぼろ月)。

一件落着後、龍平は、俊太郎と共に俊太郎が喧嘩をした相手に謝りに行き、傲慢な相手の親の言い分に従い、剣術の試合をすることになるのだった(桔 一刀龍)。

 

本書『冬の風鈴』でも、前巻え感じた印象は変わってはいませんでした。

即ち、単なる人情時代劇ではなく、横暴な権力あるいは暴力を持つ強者のために悲哀を抱いて暮らさざるを得ない一般庶民である弱者の恨みを、ヒーロー、即ち日暮龍平という主人公が晴らすという構造です。

危機に陥っている弱者を助けるヒーローではなく、既に地獄に落とされてしまっている弱者の恨みを晴らす存在としての主人公なのです。

本書では、家族のために身を売り、その後身請けされて妾となったもののひどい仕打ちを受けていた女や、その女と似た境遇の侍が登場します。決して痛快小説というわりには明るくない内容なのです。

その点では、重く、暗い話ともなりそうですが、そこは痛快時代小説書き手としてのうまさでしょうか、単に重い話としては仕上がっていません。『風の市兵衛シリーズ』の爽やかさはありませんが、『日暮し同心始末帖シリーズ』の頁にも書いたとおり、龍平家族は常に未来を見つめており、暗さは微塵もないのです。

こうした家族を描くことで、シリーズとしての話の重さは半減され、痛快小説としての面白さだけが残っている気がします。

花ふぶき 日暮し同心始末帖2

柳原堤で物乞いと浪人が次々と斬殺された。殺しの夜の隅田川には奇声が響いてたという。探索を命じられた北町奉行所の平同心・日暮龍平は、絶大な人気を誇る女義太夫姉妹の存在を知る。その美しく物悲しい節回しとは対照的な、ひいき筋の旗本の異様な興奮振りを龍平は疑うが…身分を楯にした傲慢な若侍の暴走を、龍平の剛剣が裁く。迫真の時代小説第二弾! (「BOOK」データベースより)

本書は、日暮し同心始末帖シリーズの第二弾となる長編の痛快時代小説です。

 

このシリーズ第一巻『はぐれ烏 日暮し同心始末帖』は、各章ごとの人情話が綴られている連作短編小説集だといってもあながち間違いではない、と思える各話が独立した物語でした。

しかし、本書『花ふぶき』になると、少々物語の雰囲気が変わってきています。もともと、爽やか系の物語ではなかったと思うのですが、本書では、「序 春の雪」で起きた誘拐事件が本書全体を貫く大きな物語の核となっていて、各章ではその事件にまつわる細かな捕物が展開される形式になっているのです。

 

つまり、「序 春の雪」で阿部伝一郎の誘拐事件が起きます。

次いで「第一話 送り錬」では、伝一郎の誘拐事件の時に縛られ取り残された女義太夫楓染之介とその姉参にまつわる「送り連」に焦点が当たります。柳原堤で続いて起きた殺人事件について、「飛龍魔連」と名乗る、たちの悪い部屋住みが集まった「連」が対象となるのです。

その後「第二話 古着」では、龍平が伝一郎誘拐事件の担当となります。そこで伝一郎の着ていた着物に目をつけた宮三が古着を売った物乞いの熊造を探り出し、物語は急展開を見せます。そして、煮売り屋「夢楽」の亭主伊兵衛を巻き込んだ展開となるのです。

また「第三話 娘浄瑠璃」で、銀座屋敷の吉右衛門という見張座人が鎌倉河岸で殺された事件の持つ秘密を持って、新たな人物が登場し、伝一郎誘拐事件の隠された謎の解明が為されることになります。

 

このように、第一巻での人情話から、権力の前にひれ伏すしかない一般庶民という弱者の抱える悲哀をテーマに、主人公日暮龍平が如何に関わり、解決していくかという、文字通りの痛快時代小説と変化しているのです。

ただ、通常の痛快小説よりは弱者の恨みがより強く、一般庶民の悲哀が込められているように思えます。ただ、それは『夜叉萬同心シリーズ』の持つ「闇」とまではいかないようですが、辻堂魁でいうと『風の市兵衛シリーズ』ほど爽やかでもなく、若干『仕舞屋侍シリーズ』に近いという印象でしょうか。

登場人物の抱える「闇」という点では、あさのあつこの『弥勒シリーズ』が一番に思いだされますが、この『弥勒シリーズ』はまた特殊であり、主人公の同心木暮信次郎と遠野屋清之介という元暗殺者の織りなす心象描写の重さは他では類を見ないといっても過言ではありません。

 

 

本書もそこまでは重くなく、ただ痛快小説において主人公が解決する対象となる事件が少々悲惨さが強い、というくらいに考えていたほうがいいのかもしれません。

とはいえ、主人公の日暮龍之介一家の明日を見据える暮らしは、あくまで明るく、物語の持つ悲哀をかなりな程度和らげてくれているようです。

痛快小説の主人公の造形はなかなか難しいとは思いますが、本書の日暮龍平という人間像は、まだ二作目とは言え、かなり成功している、と言えると思います。今後の展開が楽しみなシリーズとして育っていると思います。

叛き者 疾風の義賊

仇敵である公義御目付・鳥居耀蔵と米仲買商らの悪事を天下に曝し、庶民の喝采を浴びた乱之介ら天保世直党が江戸に帰ってきた!蘭医・松井万庵を冤罪で陥れようとする耀蔵の悪意に気付いた乱之介は、捕らわれた万庵を救おうと計画を練る。一方、乱之介と不思議な縁で結ばれた好敵手・目付の甘粕孝康は乱之介の驚くべき過去を探り当てた。熱い情けと深い契りで結ばれた疾風の義賊、参上。(「BOOK」データベースより)

目次

諸 六文銭 | 一之章 明き場の原 | 二之章 大江戸町火消し | 三之章 天下太平 | 四之章 一斉検挙 | 四之章 果たし状 | 四之章 小塚っ原の襲撃| 結 花の宴

 

前巻で六千両という大金をてにして江戸を逃れて旅に出ていた「天保世直党」の連中だったが、途中、渡良瀬川の近くでヤクザの出入りから逃れてきたと思われる一人の渡世人から、最後の頼みを受け、再び江戸へと舞い戻るのだった諸 六文銭)。

一方、甘粕孝康は、天保世直党の背景を探るために、乱之介の過去を調べる作業に乗り出していた(一之章 明き場の原)。

また、定町廻りの大江勘句郎とその手先の文彦は、愛宕下の芝の町火消し、め組の頭取・光七のもとを訪れ、蘭医の松井万庵を痛めつける相談をしていた。その松井万庵のもとにいる助手の秋五こそ、乱之助が伝言を頼まれた男であり、乱之介は、秋五の兄の最後を告げるのだった(二之章 大江戸町火消し)。

 

本書では、朱子学の大家・林家出身であるところから、蘭学を毛嫌いする鳥居耀蔵の意を受けた同心の大江や町火消しの光七らが、蘭医の松井万庵を捕縛しようとし、万庵を守ろうとする乱之助らとの対立が主な出来事となっています。

たまたま乱之助らが旅先で最後をみとった男の関係者を、同心の大江らが捕縛しようとし、ここに再び「天保世直党」と鳥居らとの対決が展開される、という都合のいい展開は、まあ、痛快小説のお約束として目をつぶるとしても、他の細かな設定が気になる展開となっていまいた。

例えば、光七は、いずれは頭取お職格としてめ組二百四十人を束ねる火消し中の火消しとして評判だという設定ですが、そうした人気稼業の男が本書に描かれているような非道なことをするのか、という疑問があります。

そうした行いは江戸市民の嘲笑の的にはなっても、男の中の男として人気にはならないと思われるのです。

細かなことではありますが、こうした点が気になると他の設定までう直には読めなくなってしまうのです。

辻堂魁という人気作家の手になるものとしてはこのまま受け入れるには難ありと言わざるを得ません。

ただ、甘粕孝康が探り出している乱之介の過去の話は、この物語の今後の展開に大きく影響を与えそうで、どのような展開になるのか、続編を読みたいと思います。

双星の剣 疾風の義賊

天保九年。天保世直党を名乗る義賊集団が起こした悪徳米仲買の誘わかし事件は、米価吊り上げに苦しむ江戸庶民の鬱憤を一気に晴らす痛快事だった。面目を潰された目付の鳥居耀蔵は若き目付・甘粕孝康に一味の捕縛を命じる。隠居した父の智恵を借りながら世直党を探る孝康の前に現れた、一味の首魁・斎乱之介の正体とは。追う者と追われる者は、互いの才気と意地に驚嘆しつつ剣を交える。(「BOOK」データベースより)

『疾風の義賊シリーズ』の第一弾となる、長編の痛快時代小説です。

目次

緒 捨て子 | 一之章 弁天屋主人 | 二之章 米仲買商 | 三之章 米河岸一揆 | 四之章 奪還 | 結 故郷

 

本書冒頭は、一人の小僧とその浮浪児仲間の代助、羊太兄妹が文彦から追われている場面から始まります。ひとり捕まった小僧を深川永代寺門前仲町の女郎屋安達の遣り手のお杉が買い取り乱之介と名付け、斎権兵衛に五両の金と引き替えに渡すのです。(緒 捨て子)

場面は変わり、一之章「弁天屋主人」になると、まずは三人の米仲買商人と会っている鳥居耀蔵の姿が描かれています。

次いで深川須崎弁天の弁天前町の船宿≪弁天≫の新しい主の、仲間からは乱さんと呼ばれている吉次郎と名乗る男、それに代助、羊太、惣吉の姿が紹介されます。

そして旗本甘粕家では、隠居甘粕克衛と孝康の親子、それに小人目付衆百二十八人を指図する四人の小人頭の一人である森安郷らが、近年の一揆、打毀しなどについて話しています。

 

ここまで、登場人物の関係性については何の説明もありません。勿論、物語の進行の中でそれぞれのつながりについて明らかにされていくのですが、当初の小僧、そして鳥居耀蔵、吉次郎、甘粕親子らの登場が断片的であり、読み手としては物語の世界に入りにくいのです。

このあと、先に述べた三人の米仲買人からの讒言が為され、鳥居耀蔵の意を汲んだ鳥居配下の小人目付頭のひとり辻政之進が寺坂正軒を斬殺するに至ります。

そして、かつて主人公を文彦から助け、斎権兵衛に引き渡した遣り手のお杉もまた主人公らの仲間になる姿が描かれ、ここに登場人物らの相関図がやっと明らかになるのです。

次いで二之章「米仲買商」に入り、蓬莱屋岸右衛門、白石屋六三郎、山福屋太兵衛の三人が、それぞれに翁、烏、鬼、猿の面を被った天保世直党と名乗る賊に誘拐されて計六千両の身代金の要求が出され、いよいよ物語は本題に入ることになります。

 

こうして「天保世直党」は世人の注目を浴びることになりますが、同時に鳥居や甘粕らの追撃を受けることにもなるのです。

しかしながら、この作者の他のシリーズ作品ほどにはこの物語世界に馴染めません。

まずは、主人公の斎乱之介の生い立ちが少々雑にすぎます。二つ目に、敵役の鳥居耀蔵の描き方が典型的な悪役そのままであり、到底魅力的な悪役とは言えません。三つ目にストーリーが少々安易に流れていると感じられます。

乱之介とその育ての親斎権兵衛との関係が、権兵衛が育てた子がたまたま優秀であった、という設定はかなり無理があるようで、この親子の関係性をもう少し考えてほしいという点が本書を読んでいる間中ずっと頭にありました。

また、鳥居耀蔵を登場させるにしてはその描き方が普通の悪役の域を超えていません。せっかく、鳥居耀蔵というキャラクターを使うのであれば、鳥居耀蔵らしい人物像にして欲しいのです。このままでは他の誰でもいいことになってしまいかねません。

一番の問題点は、義賊「天保世直党」の活躍が、例えば捕まった仲間を取り戻し行くにしても、正面から切り込むだけであり、何の策もありません。それでは、一人のスーパーマンがいれば何でもできてしまいます。他のシリーズで見せる辻堂魁らしさがあまり見えていない気がします。

 

とはいえ、これだけ不満を述べてきても、それでもなおこのシリーズを読むのをやめようとまではなりません。それは辻堂魁という作家の持つ魅力なのでしょう。

これからさきの巻では乱之介の出自に隠されていた秘密がある、という展開になっていそうです。もしかしたら、これまで感じてきた本書に対する不満が、少しずつ改善されていくのかもしれません。

それを期待して読み続けようと思います。

疾風の義賊シリーズ

疾風の義賊シリーズ(2018年07月16日現在)

  1. 双星の剣
  2. 叛き者
  3. 乱雨の如く

 

タイトルを読んですぐわかる通り主人公は盗人です。しかし娯楽小説としての本書からすると、ピカレスク(風)小説と言うべきなのでしょうか。ここらは、「ピカレスク小説」という言葉の定義の問題になってくるので、これ以上は立ち入りません。

本書の主人公は、斎乱之介という二十八歳の男です。この男、元は孤児でしたが、人買いから逃げ出したところをお杉という遣り手の女に買われ、そのお杉から斎権兵衛という小人目付頭が買い取り息子のように育てます。その後、後に明らかにされる経緯により、今では義賊となっているのです。

この主人公の敵役として登場するのが、妖怪と呼ばれた鳥居甲斐守です。時代小説の悪役としては定番の人で、老中である水野忠邦の行った天保の改革の際に苛烈な取り締まりを行ったことで江戸市民の反発を買った人物として知られています。

その鳥居甲斐守の手足となって働くのが北町奉行所定町廻り方同心の大江勘句郎であり、その手下で深川八幡界隈の地廻りの文彦という手下です。

また本書では、主人公とその敵役という二本柱のほかに、甘粕親子という存在が設けてあるのが特徴的です。主人公の直接の憎まれ役としての鳥居甲斐守大江同心がいますが、もう一つの柱として今の公儀十人目付である甘粕孝康がおり、また今は隠居して孝康にその地位を譲った甘粕克衛とがいるのです。

端的に言うと、このシリーズは辻堂魁のシリーズものの中では他のシリーズに比べると魅力的とは言い難い物語です。

それは、主人公の生い立ちについての設定が少々安易に過ぎると思われたり、敵役である鳥居甲斐守があまり魅力的とは言い難い、ステレオタイプな悪漢像に終わっているなど、種々の原因があると思われます。

勿論、単に乱之助鳥居甲斐守という善悪の対立ではなく、そこに甘粕親子という、主人公の対立存在ではあるけれども正義の味方、というピカレスクものだからこその第三者を登場させていたりと読み応えのありそうな設定が為されていたり、工夫はされていると思います。

しかしながら、どうしてもストーリーも含めて他のシリーズほどには引き込まれません。辻堂魁の小説としての面白さは持っているのですから、少々残念な気がします。

ただ、本書の出版年が2011年7月だということを考えると、未だストーリーの構築が未熟だと考えられるのかもしれませんが、『風の市兵衛シリーズ』の第一作『風の市兵衛』の出版年が2010年3月ですから、一概に出版年のせいだとも言えない気もします。

 

蛇足ながら、ピカレスク小説という側面から時代小説を見ると、まずは池波正太郎が盗賊雲霧仁左衛門を主人公に描いた『雲霧仁左衛門』を思い出しますし、世のために殺人を請け負う『仕掛人・藤枝梅安シリーズ』もありますね。

これらの作品はあらためて内容を説明するまでもないほどに高名な作品で、池波正太郎の代表作としてテレビドラマ化、映画化と接する機会も多い作品です。ふた昔も前に数作品を読んだだけなので、あらためてまた読みなおそうかと思っています。

また近年の作者で言うと田牧大和の『鯖猫(さばねこ)長屋シリーズ』があります。かつて≪黒ひょっとこ≫として名を馳せた義賊が、今は猫の絵かきとして、猫のサバが一番偉いと言われる鯖猫長屋に住まい、持ち込まれるさまざまな難題を猫のサバの力を借り、というよりサバに指示されて解決していくというファンタジックな人情時代劇です。

もしかしたらこのシリーズはピカレスク小説というよりは、単に人情時代小説というべきかもしれません。それほどに悪漢としての側面は無く、人情話が前面に出ている小説です。

夜叉萬同心シリーズ

夜叉萬同心シリーズ』とは

 

本『夜叉萬同心シリーズ』は、夜叉のごとく情け容赦ない夜叉萬ところから夜叉萬と呼ばれる凄腕同心が主人公の活躍する痛快時代小説です。

王道の痛快時代小説として気楽に読める作品であり、作者の辻堂魁のデビュー作を含むシリーズでもあります。

 

夜叉萬同心シリーズ』の作品

 

 

 

夜叉萬同心シリーズ』について

 

本『夜叉萬同心シリーズ』は、『風の市兵衛シリーズ』が一躍人気シリーズとなった辻堂魁のデビュー作品を含む、言わば「殺しのライセンス」を持つ凄腕同心が活躍する、痛快時代小説です。

本『夜叉萬同心シリーズ』の主人公は、萬七蔵という名の隠密廻り方同心です。

第一作の『夜叉萬同心 冬かげろう』では、「今年四十歳。北町奉行所定町廻りを拝命して三年。文化元年には隠密廻り方を拝命して、さらに二年四カ月がたっていた。」との説明があります。

七蔵が十歳のときに、同じ北の定町廻り方だった父親・忠弼を捕縛した兇徒仲間の意趣返しによって亡くし、翌年に母親も身罷り、以来元同心の老いた祖父清吾郎と二人暮らしで育っています。

剣は一刀流の富田道場に通い、若干十六歳で師範代をも務める技量に達していたほどの腕前です。

また、二十三歳で遠い親戚筋のを娶りますが、五年後には流行り風のために急逝し、七蔵が二十九歳のときには祖父・清吾郎を亡くしています。

 

当初、七蔵の本所・深川界隈の悪所に自ら入り込み、そこで得た情報をもとに犯人を追いつめる徹底した現場主義的な手法は強引に過ぎるとして評判は悪かったといいます。

しかし、そのために本所・深川の顔役の間では、夜叉のごとく情け容赦ない夜叉萬と呼ばれる存在になっていました。

そうした働きに目をつけたのが今の北町奉行の小田切土佐守直年であり、直接に奉行の命で働く存在として抜擢され、隠密廻り方を命じられたのです。

その七蔵の手下として、築地は木挽町の地本問屋・文香堂の倅の樫太郎がいます。この樫太郎は、去年まで髪結いを営んでいた嘉助が、使って欲しいと連れてきた若者でした。

それにもう一人、六年前まで女掏摸をやっていましたが、父親の死をきっかけに北町奉行の内与力である久米信孝の手下として働いていたお甲という女がいます。二年前に七蔵の仕事を手伝ったことで、その事件の残党から命を狙われ、久米が上方へ逃がしていたものでした。

 

七蔵は、「権力や地位に胡坐をかいて奉行所の役目である捕縛の役目を果たせない犯人」をそのままにしておくことはできないという北町奉行の意を受けて、犯人を切り捨てることも暗黙のうちに認められているのです。

私らの世代では言わば「殺しのライセンス」を持つ男ということになります。

「殺しのライセンス」という言葉は、大ヒット映画の主人公、007というコードを持つジェームズ・ボンドの持つ殺人許可証のことであり、この映画以降、正義のために悪人を殺すヒーローの設定では常に使われていた言葉です。

弱者のために強者を倒すという設定は、役人ではありませんが池波正太郎の『仕掛人藤枝梅安』にも通じる普遍的な設定なのかもしれません。

そもそも、本『夜叉萬同心シリーズ』の主人公である萬七蔵は同心職にあり、その職分は町方に限られ、侍には及びません。

主を持たない浪人者は町方の担当だったそうですが、主持ちの江戸勤番侍や、旗本らの犯罪行為はその侍の主筋の目付などの職務であり、奉行所の手は届かないのです。

しかしそれでは理不尽に殺された市井の町人らは二重に殺されることになると土佐守は言います。一度は犯人に、二度目は奉行所に殺される事になるのです。

そうした泣き寝入りするしかない弱きもののために七蔵は夜叉になるのです。

 

特に、『夜叉萬同心シリーズ』二作目以降は世の中の弱者の悲哀を前面に描き、非道に対する果せぬ仕置きを代わりに執行する男としてのヒーロー的存在としての萬七蔵という色合いが濃い物語になっています。

この作者の、弱者の救済というよりも、虐げられた市井の人たちの恨みを晴らす立場に近い主人公を描いたシリーズとして『日暮し同心始末帖シリーズ』があります。

こちらは、本シリーズと世界観を共通にするものの、若干ですが哀切の度合いが低く、より『風の市兵衛シリーズ』に近いのではないかと思っています。

 

いずれにせよ、本『夜叉萬同心シリーズ』もかなり面白いシリーズとして育ってきています。続編を楽しみに待ちたいシリーズの一つになっているのです。

はぐれ烏 日暮し同心始末帖

北町奉行所平同心・日暮龍平。旗本ながら部屋住みを嫌って町方に婿入りした、妙な男である。ひょろりとした痩躯に柔和な風貌だが、実は小野派一刀流の遺い手。何も知らない同僚は、雑用をおしつけ“その日暮らしの龍平”と嘲笑うが、一向に意に介さない。ある日、北町奉行から凶悪強盗団の探索を命じられ…剛剣で江戸の悪を一掃する痛快時代小説! (「BOOK」データベースより)

本書の主人公は、今年三十歳になる北町奉行所の日暮龍平という平同心です。剣は小野派一刀流の師範代を補佐するほどであり、学問も昌平黌へと通い学んでいたほどだったのですが、旗本でありながら不浄役人と呼ばれる同心職の日暮家へ婿に入ったということと、優しげなその風貌、そして皆から雑用を押し付けられても文句ひとつ言わずに、かえって楽しげに働いているところから、≪その日暮しの龍平≫と呼ばれている男です。

その男が、内に秘める熱い思いを抱えながら、世の中の非道を正すために日々奮闘しているのです。

第一話
ある日、老舗菓子問屋鹿取屋忠治郎が娘の萌が川太郎という船頭に誘拐されたと申し出てきた。話を聞くと、どうも娘のほうが熱を上げて押し掛けて行ったらしい。

龍平が、川太郎に萌と別れてくれるように頼みに行くと、川太郎は鹿取屋に雇われて絡んできたという三人の男の相手をしていたが、龍平の話に応じて萌に別れを切り出し、どこかへと消えてしまう川太郎だった。

第二話
十月も終わりに近い頃、十歳になるかならないかの小柄な童女が母親を探して欲しいと申し立ててきた。名をお千代といい、父親がいなくなり、母親と田舎の親戚にいたがその母親もいなくなったというのだった。

この親子がかつて暮らしていた家の家主の安兵衛に話を聞くと、母親はお宮といい、剛蔵という大工がある日突然娘と共に連れてきたものらしい。そのうちに、お宮が男と出合茶屋に入るところを見たという噂が流れ、剛蔵がお宮を罵倒し、折檻する姿が見られ始めたというのだった。

第三話 はぐれ烏
女髪結いのお栄は、五年間も待ち続けた末にやっと帰ってきた喜一と与五郎店で幸せに暮らしていた。七日前に越してきた夕助と湯屋で一緒になった喜一は、二階へ上がると、海蛇の摩吉が声をかけてきた。

一方、龍平は、ある日奉行用部屋へ呼ばれ与五郎店の喜一を隠密に見張れとの命を受けた。上方から西国筋恐れられていた≪海へび≫と呼ばれる強盗団が江戸へ潜入したとの情報がもたらされたためだった。

本書は、全般的に捕物帳というよりは、人情噺といったほうが良さそうな連作の短編集です。

第一話は、若者同士の一途な恋模様を、利に目を眩ませた親が邪魔をするという典型的な人情噺です。そこに商売人である親の陥りそうな穴があり、そこに落ちそうになるのを龍平らが奔走するという話です。

第二話は、一人の娘の一生懸命な姿と、親子で互いを思いあう人情噺です。そこに、男が絡み、事件性が出てきて龍平の出番となるのです。

第三話は、非道な盗賊と、そこに巻き込まれたある夫婦の物語です。しかし、その実、龍平の剣の使い手としての姿を描く物語だと言えるでしょう。

全体的に、このシリーズのあとの巻に比べると人情話の趣きが強いと感じます。このあとは、市井に生きる弱者の悲哀を前面に押し出し、そこに龍平が絡んでいくという流れが多いと感じられますが、本書ではそこまではないようです。

爽やかな龍平の家族が大きな救いとなってくる、痛快時代小説と言えます。

日暮し同心始末帖シリーズ

日暮し同心始末帖シリーズ(2018年08月27日現在)

  1. はぐれ烏
  2. 花ふぶき
  3. 冬の風鈴
  4. 天地の螢
  5. 逃れ道
  1. 縁切り坂
  2. 父子の峠

『日暮し同心始末帖シリーズ』は、この作者の風の市兵衛シリーズ』同様の痛快時代小説です。

 

辻堂魁という作者にはデビュー作である『夜叉萬同心 冬蜉蝣』を第一作とする『夜叉萬同心シリーズ』がありますが、『日暮し同心始末帖シリーズ』は、『夜叉萬同心シリーズ』と舞台を同じくする痛快時代小説です。

即ち、本書の主人公は日暮龍平という名の北町奉行所平同心ですが、先輩同心として『夜叉萬同心シリーズ』の主人公である萬七蔵という隠密同心がいるのです。同輩皆が軽んじる日暮龍平という平同心に目をかけているようです。

蛇足ですが、『夜叉萬同心シリーズ』では北町奉行は小田切土佐守ですが、本『日暮し同心始末帖シリーズ』での北町奉行は永田備前守ということになっています。多分時代が若干ずれているというところなのでしょう。

ちなみに、ウィキペディアの北町奉行の歴代人物名を見ると、小田切土佐守の次にたしかに永田という人物はいるのですが、備前守ではなく、備後守となっています。まあ私にとっては備前でも備後でも、はたまた備中でもどうでもいいことではありますが。

とにかく、『夜叉萬同心シリーズ』と時代背景を一にしているということです。

 

しかし、物語の雰囲気は若干異なります。人生の悲哀を一身に背負った人物が登場し、その哀しみに対する救いがあまり無い点では『夜叉萬同心シリーズ』と似てはいますが、『夜叉萬同心シリーズ』ほどクールではありません。でも、『風の市兵衛シリーズ』ほどに爽やかさはありません。

もともと貧乏旗本の三男として部屋住みでいたものを、「部屋住みでくすぶっているよりは、ましでしょう。」として、二十三歳で八丁堀町方同心の日暮家に婿入りし、舅達広の代わりで北町奉行所平同心についた主人公です。「その日暮らしの龍平」と同僚から揶揄され、雑用を押し付けられても嫌な顔一つせずに仕事をこなしてきたのです。

その貌の裏に熱いものがあり、小野派一刀流の腕を存分に生かし、弱そうに見えて実は強いという主人公の魅力を十二分に発揮している物語です。

 

主人公を支える登場人物として、同い歳の妻の麻奈、六歳になった長男の俊太郎、去年生まれた娘奈美、隠居夫婦の達広と鈴与、それに六十近い下男の松助の七人が、亀島町のおよそ百坪の組屋敷に暮らしています。

この家族の描写が実に温かく、俊太郎の未来を見つめる目などがシリーズを覆う暗い雰囲気を吹き飛ばしてくれるのです。例えば、とある物語の最後で、次のような文章で締められます。

事件は解決したもののやるせない思いを抱く龍平でしたが、

「俊太郎に倣って、真っ直ぐ前を見つめた。すると、ささやかだがとても清々しい気分が胸いっぱいにあふれた。父と子の進む道の先には、晩夏の果てしない青空が広がっていた。」

と明るい明日へと向かうまなざしで閉じられるのです。

更に、龍平の実家の奉公人の斡旋などもやっていて幼いころから龍平を可愛がっていた人宿「梅宮」の主人である宮三が、八丁堀同心となった龍平の手足となってその人脈を生かしています。

また、その宮三の倅である今年十八歳の寛一は、龍平を兄のように慕い、十六の年から父親宮三と共に龍平の手先を務めています。

こうした登場人物たちがこのシリーズの背景を支える人たちであり、その面白さを支えているのです。

ちなみに、このシリーズは上記第一巻書籍のイメージ写真のように「祥伝社」から出版されていますが、それとは別に「学研M文庫」からも出版されています。