伊三次の上司である定廻り同心の不破友之進の嫡男、龍之介もついに元服の年となった。同心見習い・不破龍之進として出仕し、朋輩たちと「八丁堀純情派」を結成、世を騒がせる「本所無頼派」の一掃に乗り出した。その最中に訪れた龍之進の淡い初恋の顛末を描いた表題作他全六篇を収録したシリーズ第六弾。(「BOOK」データベースより)
髪結い伊三次捕物余話シリーズの六作目です。
「妖刀」 伊三次は、不破から池之端・茅町で主に刀剣を扱う道具屋の「一風堂・越前屋」に持ち込まれた刀について調べるようにと言われていた。刀を持ち込んできた下男の奉公先は向島の寮であり、そこには六十がらみの女隠居が住まうというのだ。
「小春日和」 悪の限りを尽くしていた元左官の六助という男の捕縛を助けてくれたのは、田口五太夫と名乗る男だった。この五太夫は病弱の兄のためにと家出中の身だったのだが、坂巻巴という女性に思いを寄せていた。そこに美雨との祝言を控えた乾監物が一肌脱ごうということになった。
「八丁堀純情派」 不破龍之介の元服の儀が終わり、龍之介は龍之進となり、無足の見習いとして奉行所へと出仕することとなった。そこで待っていたのは、本所無頼派と名付けられた武家の次男、三男の集団だった。
「おんころころ」 伊与太が疱瘡に罹り、伊三次もお文も付きっきりで世話をするが伊与太の熱が下がらない。そんな時、冬木町にある仕舞屋で怪談話が持ち上がっていた。入り込める隙はない筈なのに、紫色の小袖を着た娘が入っていくというのだ。
「その道 行き止まり」 龍之進は、同じ同心見習いの古川喜六と共に本所見廻りをしながらも本所無頼派を調べようとしていた。そこで、無頼派の首謀者と目される薬師寺次郎衛が、かつて龍之進が通っていた私塾の師匠で死罪となった小泉翆湖の娘あぐりの元へ通っていることを知った。
「君を乗せる舟」 本所無頼派の動向を調べていた龍之進は、あぐりに縁談が起きていることを知る。しかし、無頼派の首謀者と目される薬師寺次郎衛もまたあぐりに近寄ろうとしているのだった。
「妖刀」は、このシリーズには珍しく、オカルトチックな物語です。緑川平八郎が懇意にしている道具屋の「一風堂・越前屋」は怪談じみた話がやけに好きなのですが、その越前屋に件の刀が持ち込まれたのです。
「小春日和」は、どうしようもない人間である六助の話から始まったので、この物語も重い話かと思っていました。
しかし、逆に軽いユーモアを含んだ明るい話へと転換していきます。前半の六助の話は後半の話への対比のために描かれたのでしょうか。
「八丁堀純情派」は、問題の「本所無頼派」が同じ六人組であるところから、教育掛補佐の片岡監物が「八丁堀純情派」と名付けたものです。
見習組は、龍之進や元町人から養子に入り同心見習いとなった古川喜六、そして緑川の息子で鉈五郎となった直衛らの、青春記ともいえる一編になっています。
次の「おんころころ」もまたこのシリーズには珍しいオカルトチックな話です。
事件のきっかけが怪談めいているというだけではなく、伊三次自身の周りでも不思議なことが巻き起こります。親の子に対する愛の深さを感じさせる話です。
「その道 行き止まり」は、夜中に起きた火事から家族のことへと思いを馳せるようになった龍之進の話です。
あぐりと次郎衛のことを考えていた矢先、偶然出会った伊三次の弟子の九兵衛の言葉に意地を張り、入り込んでしまった行き止まりの小路が龍之進の状況をうまく現しています。
「君を乗せる舟」もまたあぐりのことで思い悩む龍之進の話で、龍之進の想いと物語の結末とが相まった哀しみに満ちた話です。龍之進の成長が垣間見える青春の一頁です。
本書では全六話中の半分、「八丁堀純情派」から以降の「おんころころ」を除いた三話が不破友之進の息子の龍之進の描写に軸足が移っています。それも父親のあとを継ぐべく同心見習いとなった龍之進の話です。
それはつまりは龍之進やその同僚らという若者たちの話であり、青春記です。竜之進の恋心や、将来に対する不安など、若者の心の動きをこまやかなタッチで描きだしてあります。
まさに伊三次を取り巻く人間模様として、さまざまな人々の状況を描きながら、江戸の人情話が展開されています。
やはり、再読ではあっても次を早く読みたいという気にさせられる物語です。