『あきない世傳金と銀(ニ)早瀬篇』とは
本書『あきない世傳金と銀(ニ)早瀬篇』は『あきない世傳 金と銀シリーズ』の第ニ弾で、2016年8月に角川春樹事務所から283頁の文庫書き下ろしとして出版された、長編の時代小説です。
大坂天満の呉服商「五鈴屋」に奉公して十四歳になった幸が五鈴屋の危機に立ち向かう姿は、この物語の定番とはいえ惹き込まれ読んだ作品でした。
『あきない世傳金と銀(ニ)早瀬篇』の簡単なあらすじ
学者の娘として生まれ、今は大坂天満の呉服商「五鈴屋」に女衆として奉公する主人公、幸。十四歳の幸に、店主徳兵衛の後添いに、との話が持ち上がった。店主は放蕩三昧で、五鈴屋は危機に瀕している。番頭の治兵衛は幸に逃げ道を教える一方で「幸は運命に翻弄される弱い女子とは違う。どないな運命でも切り拓いて勝ち進んでいく女子だす」と伝える。果たして、「鍋の底を磨き続ける女衆」として生きるのか、それとも「五鈴屋のご寮さん」となるのか。あきない戦国時代とも呼べる厳しい時代に、幸はどのような道を選ぶのか。話題沸騰のシリーズ第二弾! (「商品の説明 」より)
『あきない世傳金と銀(ニ)早瀬篇』の感想
本書『あきない世傳金と銀(ニ)早瀬篇』は、呉服屋「五鈴屋」の危機に際し立ち上がる幸の姿が描かれています。
九歳という年齢で大坂天満の呉服商「五鈴屋」に女衆として奉公し、同じ女衆のお竹やお梅に助けられながら、番頭の治兵衛らの庇護もあり、商売人としての知識も少しずつながらも身につけていく幸でした。
しかし、「五鈴屋」の店主四代目徳兵衛は、同業者からも、更には奉公人からでさえも「阿呆ボン」と呼ばれる程の放蕩三昧の日々を送るどうしようもない四代目だったのです。
いまの店主では「五鈴屋」がつぶれるのは目に見えており、ただ、商才に富むものの分家を待つのみである四代目の弟の惣次や、「五鈴屋の要石」と呼ばれている番頭の治兵衛が支えているからこそ生き延びている状態でした。
その番頭の治兵衛は、十四歳になった幸を四代目徳兵衛の後沿いにしようと図ります。その話を四代目や惣次を交えて話しているとき、怒って富久を蹴りつける四代目を押さえていた治兵衛が卒中を起こし倒れ、「五鈴屋」からは身を引くことになります。
その後、なんとか幸と四代目の祝言だけは済ませ、呉服屋の仲間からも認められ、晴れて「ご寮さん」となった幸でしたが、四代目は幸の体を触ろうともせず、お歯黒も許さない日々が続くのでした。
シリーズ第二巻となる本書『あきない世傳金と銀(ニ)早瀬篇』から、いよいよ「五鈴屋」の一員となり、商売人としての力量を発揮していく幸の姿が少しずつ描かれていきます。
そのために、まずは五鈴屋四代目徳兵衛に嫁ぐことになるのですが、この四代目に嫁すこと自体が幸の変転する運命の序章に過ぎないのです。その詳しいきさつについては読んでもらうしかないとして、まずは本巻での幸です。
「阿保ボン」と呼ばれる四代目徳兵衛は、幸のことを認めようとはせず、床を共にすることは勿論、幸がお歯黒をすることも認めようとはしません。
でありながらも、幸の商売人としての才能を無視することもできず、ただ放蕩を繰り変えずだけの日々を送るばかりでした。
そうした辛さばかりの幸の暮らしですが、物語は決して暗くはなりません。それどころか、常に前を、明日を見つめる幸の姿は力強さすら感じるのです。
それは、「商い戦国時代を知恵を武器として商いの道を切り開いていけ」との治兵衛の言葉がこの物語の性質を表しているように、この話が幸の商人として成長をこそ描く物語であるところにあるのでしょう。
こうした点は、物語の内容は弱者の悲哀を描いているのに、主人公やその家族の明るさを肯定的に描き出す頃で、物語自体が重く、暗くなることを防いでいる辻堂魁の『日暮し同心始末帖シリーズ 』に似ています。
物語は決して明るい内容ではないのですが、主人公の描き方で物語の雰囲気は壊さないままに明るい未来を感じさせる内容となっているのです。
この希望を描くとともに、幸の成長を前提として、読者の思いもかけない展開を描くことで物語としての面白さを維持しているのは勿論のことで、今後の展開が期待されるのです。