江戸の町は騒然としていた。相次ぐ地鳴りに、連日の大火。さらに顔を潰された浪人の仏が見つかった。南町奉行所同心・樺山富士太郎はただちに探索を始め、木場および老中の下屋敷、この二つの火元に疑いの目を向ける。するとそこに、さる大名家の“奇妙な取り潰し”との関係が浮かび上がってきた!大人気書き下ろしシリーズ第45弾。(「BOOK」データベースより)
口入屋用心棒シリーズの四十五弾となる長編痛快時代小説です。
仲林左衛門之尉満春は登城を引き留める小姓の近田蔵兵衛の進言にもかかわらず登城したが、自分でもわからないままに刃傷沙汰を起こしてしまうのだった。
一方、樺山富士太郎の嫁智代の出産も数日のうちとなったが、江戸の町では日々地鳴りが続く不気味な日々が続いていた。
皆が天変地異の前触れかとおののくなか、胸を一突きにされ、その上顔をつぶされた浪人の死体が見つかる。
死体の身元を調べる富士太郎だったが、今度は木場町の岩志屋の木材貯木場で火付けと思われる火事が起きるのだった。
今回も樺山富士太郎を中心とした話となっています。次巻が本書に連続した話にならないとは断言できないものの、珍しく本書のみで完結すると思われる話になっています。
身元不明の顔をつぶされた死体から冒頭で示された仲林家当主の不祥事へとへ話はつながり、富士太郎の探索の様子が語られるのですが、その合間に描かれるのは、近時のこのシリーズの特徴でもあるそれぞれの夫婦の互いを思いやる様子です。
そこにはホームドラマのようなほのぼのとした雰囲気が漂ってます。
そうした様子は、直之進・おきくの夫婦や赤子の誕生間近の富士太郎・智代夫婦のみならず、その上司の荒俣土岐之助・菫子夫妻までも同様に描かれているのです。
本来、本シリーズは湯瀬直之進を中心として倉田左之助が敵役として配され、そこに今では米田屋琢ノ介となっている平川琢ノ介や樺山富士太郎などが絡んで、剣戟の場面も十分に描かれた痛快時代小説としての王道を歩んでいたと思います。
しかし、それが今では湯瀬直之進も妻おきくを娶り、倉田左之助でさえもかつての直之進の嫁であった千勢と子のお咲と共に住み、直之進を追いかけていた富士太郎も恋女房を貰い、琢ノ介も米田屋に婿に入っているという変貌ぶりです。
それがいけないというのではなく、それこそがシリーズ物の、それも長年にわたり続くシリーズ物の醍醐味だと言えるのでしょう。
ただ、中心となる二人が秀士館に落ち着いている今、シリーズの初めほどの直之進と左之助との間の緊張感はなくなっています。
また、それぞれに家庭を構えたいま、各々の妻に対する慕情などが前面に押しだされ、何となく物語としておとなしく、ホームドラマめいた雰囲気になっているのは物足りなくもあります。
そうしたこともあり、話の中心が同心である富士太郎の捕物帳的な物語になるのは仕方のないことなのかもしれません。
しかしながら、本書では左之助に若干の変貌が示されており、今後の展開に新たな要素が加わりそうな雰囲気があります。
続編を待ちたいと思います。