『荒ぶるや 空也十番勝負(九)』とは
本書『荒ぶるや 空也十番勝負(九) 』は『空也十番勝負』の第九弾で、2023年1月に334頁の文庫本書き下ろしで刊行された、長編の痛快時代小説です。
いよいよ本シリーズも終わりに近くなっていますが、なかなか最終の目的地へと辿りつかない空也の姿が描かれる、なんとも評しようのない作品でした。
『荒ぶるや 空也十番勝負(九)』の簡単なあらすじ
祇園での予期せぬ出会い。
そして、薩摩最後の刺客!京の都。
祇園感神院の西ノ御門前で空也は、
往来の華やかさに圧倒されていた。
法被を着た白髪髷の古老が空也の長身に目をつけ、
ある提案を持ちかける。姥捨の郷では眉月や霧子たちが空也の到着を待ちわび、
遠く江戸の神保小路で母おこんや父磐音がその動向を案じる中、
空也の武者修行は思わぬ展開を迎えることになる。そこへ、薩摩に縁がある武芸者の影が忍び寄り……。(内容紹介(出版社より))
『荒ぶるや 空也十番勝負(九)』の感想
本書『荒ぶるや』は『空也十番勝負シリーズ』の第九弾で、前巻『名乗らじ 空也十番勝負(八)』に書いたような「あり得ない強さを持つ主人公の坂崎空也の物語」が続きます。
空也の滝で修行を終えた坂崎空也は、霧子の待つ高野山の麓にある姥捨の郷へはいつでも向かえるのに、何故か足踏みをしています。
ここで、足踏みをする理由はよく分かりません。剣の修行者としての空也にはまだ修行を続けるべきだという勘のようなものが働いたというしかないようです。
それどころか、単にその大きい体格が弁慶役にうってつけだというだけで、京の祇園感神院の西ノ御門前において、桜子という名の舞妓の演じる牛若丸の相手である武蔵坊弁慶の役を演じることとなります。
一介の剣の修行者が舞妓の相手をして弁慶役を舞うというそのこと自体、あり得ない筋の運びであり、他の痛快時代小説にはない本シリーズの魅力だというべきなのでしょう。
そうした特異なストーリーをもって読者を引っ張るのですから作者である佐伯泰英の物語を紡ぐ力が素晴らしいというしかありませんし、個人的には何とも評しようがないということでもあります。
舞を舞ったその夜は桜子のいる祇園の置屋花木綿に泊ることになった空也ですが、そこでは一力茶屋からのとある座敷の頼みを断れずに京都所司代の牧野備前守忠精の座敷へと招かれることになります。
こうして、空也はまた時の権力者の一人へと知己を広げていき、父親の坂崎磐根の人脈に加え、自分でもその人脈を広げていきます。
こうした設定は、まさに痛快時代小説の醍醐味の一つに連なる展開であり、シリーズの終わり近くにこのような展開になるということは、このシリーズの後のさらなる展開への期待を持たせてくれることにもつながります。
本来であれば、空也の滝で修行を終え、姥捨の郷へ向かうはずの空也でしたが、祇園社の氏子惣領である五郎兵衛老から鞍馬山での修行を勧められ、それに従うことになります。
それどころか、五郎蔵老には鞍馬での修行のあとには鯖街道を若狭の海まで行くことをすすめられていて、それに従うことになるのです。
その後の空也は、五郎兵衛老の口利状のおかげで僧兵や法師らの修行の拠点である鞍馬寺の鎮守社由岐神社の宿坊に厄介になって修行を行い、鯖街道へと進むことになります。
本書『荒ぶるや 空也十番勝負(九)』では江戸の坂崎家の様子や、多分空也十番勝負の最後の相手になるだろう佐伯彦次郎という武者修行中の若侍についてもほんの少しだけ触れるにとどめてあります。
それだけ、十番勝負が描かれる次巻への期待と、この『空也十番勝負シリーズ』が終了した後の展開への興味とが増すことにもつながるようです。
今は、すでに発売されている『奔れ、空也 空也十番勝負(十)』を早く読みたいと思うばかりです。