『本を守ろうとする猫の話』とは
本書『本を守ろうとする猫の話』は2017年1月に小学館からハードカバーで刊行され、2022年9月に小学館文庫から288頁の文庫として出版された、長編のファンタジー小説です。
『本を守ろうとする猫の話』の簡単なあらすじ
夏木林太郎は、一介の高校生である。幼い頃に両親が離婚し、小学校に上がる頃からずっと祖父との二人暮らしだ。祖父は町の片隅で「夏木書店」という小さな古書店を営んでいる。その祖父が、突然亡くなった。面識のなかった叔母に引き取られることになり本の整理をしていた林太郎は、店の奥で人間の言葉を話すトラネコと出会う。トラネコは本を守るために林太郎の力を借りたいのだという。林太郎は、書棚の奥から本をめぐる迷宮に入り込むー。アメリカ、イギリス、フランスをはじめ世界三十五カ国以上で翻訳出版された記録的ロングセラー、待ちに待たれた文庫化!(「BOOK」データベースより)
『本を守ろうとする猫の話』の感想
本書『本を守ろうとする猫の話』は、ベストセラーとなった『神様のカルテシリーズ』の作者である夏川草介による、本を好きな人に贈る長編のファンタジー小説です。
祖父を亡くした高校生の夏木林太郎は、祖父が残した「夏木書店」を閉じることになりました。
その日まで数日となったある日、一匹のトラネコが林太郎のもとを訪れてきます。
ただ、この猫はヒトの言葉を話すことができ、そのうえ、林太郎を「4つの迷宮」のある不思議な世界へと連れて行くのです。
第一の迷宮「閉じ込める者」では、整然と配列された白いショーケースに整然と平置きされた本を前に、一度読み終えた本は二度と読まず、一万冊の本を読む人間よりも二万冊本を読む人間のほうが価値が高い、と断言する男が登場します。
読書した量こそ大事であり、また本を愛しているからこそ読み終えた本はその証として丁寧に並べておくのだそうです。
同じように読書量が大事だという男が第二の迷宮「切りきざむ者」でも登場します。
ただ、この第二の迷宮の男は読書の効率化こそが大事であり、読書量を増やすためには要約と速読が重要だと言います。例えば、「走れメロス」の要約は「メロスは激怒した」と要約できるのだそうです。
更には、難解な本は難解というだけでもはや書物としての価値を失う、とまで言うのです。
しかし、林太郎は亡くなった祖父の「読書には苦しい読書というものがある」という言葉を思い出していました。
次の第三の迷宮「売りさばく者」では、本は「売れることがすべて」という「世界一番堂書店」の社長が登場します。
「手軽なもの、安価なもの、刺激的なもの。読み手の求める本」が大事であり、本を好きだと言った以上は、好きじゃない本は作れなくなると言うのです。
刺激的で、読みやすいエンターテインメント小説を読みふけり、人間の本質を追求するような小説は敬遠している私ですから、ここで言われていることが一番身に沁みたような気がします。
同じような言葉は本書の終わり近くにもありました。それは「読んで難しいと感じたら、それは新しいことが書いてあるから難しい」のであり、「読みやすいってことは、知っていることが書いてあるから読みやすい」のだそうです。
ここで言われていることに対しては、私自身では未だ答えが出ていません。読みにくいと思う作品、例えばいわゆる純文学作品には手が出ないのです。
ただ、作者もエンターテインメント小説を否定してはいませんし、そもそも純文学作品だけが価値があるとも言ってはいないのです。
そこには書物に対する愛情こそが大切だという作者の心情が述べられています。その上で読書という行為を通じて自ら考えることの大切さを言っているのでしょう。
そして第四の迷宮では学級委員長の柚木沙夜がさらわれるという事件が起き、林太郎は彼女を助けに再度迷宮へと踏み込みます。
そこでは、これまでの三つの迷宮の住人たちが憔悴しきった様子で苦しんでいました。
林太郎のために彼等は苦しんでいます。本には心がある。しかし、本の心も歪むことがあり、そして暴走するのです。書物に対する理想と現実の狭間で林太郎は悩みます。
林太郎が柚木沙夜を助け出す様子はこの本の要ですから直接読んでもらうしかないでしょう。
本書はいわゆる「面白い」本かと言われれば、若干首をひねる作品です。
ファンタジーとしての面白さはあります。しかしそれ以上に、本を読むことについて考えること自体を要求してくる作品です。
本を好きだという人たちには是非読んでもらいたい一冊と言えます。