『イクサガミ 天』とは
本書『イクサガミ 天』は三部作の第一弾で、2022年2月に329頁で文庫化された、長編の活劇小説です。
大金を目当てに集まった腕自慢の男女の、京都から東京を目指す命を懸けてのレースを描くエンターテイメント小説です。
『イクサガミ 天』の簡単なあらすじ
明治十一年。大金を得る機会を与えるとの怪文書により、強者たちが京都の寺に集められた。始まったのは、奇妙な「遊び」。配られた点数を奪い合い、東海道を辿って東京を目指せという。剣客・嵯峨愁二郎は十二歳の少女・双葉と道を進むも、強敵が次々現れー。滅びゆく侍たちの死闘、開幕!(「BOOK」データベースより)
明治十一年(一八七八年)二月、日本全国で配布された「豊国新聞」に掲載されたのは、本年五月五日午前零時に京都天龍寺境内に集まった者には金十万円を得る機会を与えるという記事だった。
当日、京都天龍寺境内に集まったのは総勢292人の猛者たちであり、その中には主人公の嵯峨愁二郎もいた。
槐(えんじゅ)と名乗る主催者の言葉の最中に、治安維持の任務を担う京都府庁第四課所属の剣豪安東神兵衛が現れるが主催者を護る男に首を落とされてしまう。
そして、ここ天龍寺境内を出るためには各人に配られた木札を一点として、まずは二点が必要だというのだ。
点数を得る手段は問わないという槐の言葉に、参加者は早速殺し合いをはじめ、木札の取りあいを始めるが、そこには双葉という十二歳少女も母親のために参加していた。
妻と子のために金が必要で参加した愁二郎は双葉を見殺しにできず、双葉を守りながらの状況となるのだった。
『イクサガミ 天』の感想
本書『イクサガミ 天』は、巡査の初任給が四円の時代の十万円という大金のために命懸けで京都から東京までを旅する超エンターテイメント小説です。
それぞれに得物も、その腕も、もちろん性格も様々に異なる人物たちが、自分の首に懸けた木札を取りあう、疾走感に満ちた物語であり、当初は『餓狼伝』のような夢枕獏の格闘小説を思い出したものです。
しかし、読後に読んだレビューには「令和版・山田風太郎「忍法帖」シリーズ」を彷彿とさせるとありました( ダ・ヴィンチ WEB : 参照 )。
登場人物たちの超人的な能力など、言われてみればそちらの方がしっくりとくるようです。
つまりは、ひと癖もふた癖もある腕自慢の人物たちがその腕を駆使して各人の持つ木札を集め、東京を目指す物語です。
その中心にいるのが嵯峨愁二郎(さがしゅうじろう)であり、その庇護を受ける双葉という女の子です。
参加者たちは、当然のごとく圧倒的な弱者である双葉の持つ木札を狙い、その攻撃を防ぎながら愁二郎たちは元伊賀同心の柘植響陣などの助けを借りながらも何とか切り抜けていくのです。
愁二郎たちに襲い掛かる敵役としてのキャラクターも、衣笠彩八や祇園三助、化野四蔵といった、愁二郎の義兄弟たちである鬼一法眼を始祖とする京八流の遣い手たちも登場します。
ほかに、アイヌのカムイコチャや菊臣右京、それに戊辰戦争の際の新政府軍の浪人部隊の一員であった貫地谷無骨などの強烈なキャラクターが登場し、愁二郎たちとのアクションをもりあげてくれています。
加えて、この「蠱毒」と呼ばれる戦いの企画者と思われる、西郷、大久保、木戸らを呼び捨てにする元侍が、その正体が明かされない存在として少しだけ登場します。
こうした存在感のある登場人物たちがこの物語を一層面白くしてくれているのです。
先に夢枕獏や山田風太郎を彷彿とさせる作品だと書きましたが、それは単に多数のキャラクターが入り乱れて互いの持つ木札を取りあうというその設定だけにあるのではありません。
物語の背景が史実を織り交ぜ、歴史上の実在の人物たちの名が物語に絡みながら進行していくという物語の伝奇性にもあります。
ただ、本書『イクサガミ 天』を読む限りにおいては、この実在の人物たちが具体的にストーリそのものにかかわることはなく物語の背景に出てくるだけです。
でも、本書の面白さはそんな歴史上の人物たちの関与の有無とは関係なく、本書自体の持つエンターテイメント小説としての面白さに惹きつけられます。
本書『イクサガミ 天』はこれまでの、本書の作者今村翔吾の作品群とは若干趣が異なる伝奇性の強いアクションエンターテイメント小説です。
全三部作ということですので、あと二冊の展開が心待ちにされる、そんな作品でした。