今村 翔吾

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明和七年、泰平の世となって久しい江戸日本橋で寺子屋の師匠を務める十蔵は、かつては凄腕と怖れられた公儀の隠密だった。今は、貧しい御家人の息子・鉄太郎、浪費癖で親を困らせる呉服問屋の息子・吉太郎などワケありの筆子に寄り添う日々。年が明け、筆子らと伊勢神宮へお蔭参りに向かう十蔵の元へ、将軍暗殺を企てる忍びの一団「宵闇」が動き出したとの報せが届く。危険が及ばぬよう離縁した妻・睦月の身を案じた十蔵は、妻の里へ。筆子たちは、十蔵の記した忍びの教本『隠密往来』をたよりに、師匠を救う冒険に旅立つ―(「BOOK」データベースより)

 

登場人物
坂入十蔵  三十三歳 六年前に妻を離縁 伊賀組与力二十騎のうちの一家 公儀隠密の陰忍
坂入九兵衛 十蔵の兄 伊賀組与力坂入家当主 
景春    絵師 陽忍
藤川弥三右衛門近義 藤川道場師範 直心影流四代 陽忍

鉄之助  御徒組の月岡家の跡取り息子 十三歳でありながら直心陰流道場での実力者
源也   日本橋大工町の大工の大棟梁・定一の息子 一度見ただけでまねて作って見せる
吉太郎  近江商人である日本橋北大伝馬町の呉服問屋丹色屋福助の一人息子
千織   加賀前田家に六十八家しかない人持組の一つ、生駒家の娘

三雲禅助 山喰またの名を鬼火の禅助 十蔵と双璧を成すと言われた腕利き
宵闇   風魔小太郎を首領格とする、公文甚八や空網の与一、霧島十徳らの一味

 

近年には珍しい忍者ものの、今人気の今村翔吾の小説らしい見せ所満載の長編の痛快活劇小説です。

 

序章で今の青義堂の様子を見せ、第四章までで鉄之助吉太郎源也千織という悪ガキらの紹介を兼ねた物語があります。

その後、第五章で坂入十蔵の別れた妻の睦月との馴れ初めや別れの事情が語られ、残りで問題児らのお伊勢参りとそれに伴う事件が展開します。

 

忍者ものといえば、私にとっては司馬遼太郎の『梟の城』を始めとする忍者小説です。さすがの司馬作品であり、かなりの読みごたえがありました。

また山田風太郎 の『忍法帖シリーズ』も忘れてはいけないでしょう。こちらは荒唐無稽な忍術を駆使して戦うお色気とアクション満載の痛快小説でした。

 

 

近年では宮本昌孝の『風魔』(祥伝社文庫 全三巻)などの作品や、風野真知雄の『妻はくノ一シリーズ』があります。

風魔』は風魔小太郎を主人公とする活劇小説であり、滅亡しようとする風魔一族の棟梁として秀吉らの勢力と戦う姿が描かれている、活劇小説としては正統派と言える時代小説でした。

一方『妻はくノ一シリーズ』は、変わり者で通っていた雙星彦馬という男のもとに嫁に来た織江という娘がわずか一ヶ月でいなくなってしまいます。その妻を探すために隠居をした彦馬が、妻を探しに江戸まで出て様々な謎解きをするという物語です。

風野真知雄の作品らしく、少々ファンタジックでユーモアに満ちた物語でした。

 

 

本書『てらこや青義堂 師匠、走る』はどちらかといえばこの『妻はくノ一シリーズ』に近いのですが、しかし『妻はくノ一シリーズ』のような謎解きをメインにした物語ではなくて、アクションを重視した痛快活劇小説です。

 

公儀の隠密の忍び、それも目的地に住して情報収集に努める陽忍ではなく、武力の行使なども辞さない陰忍だった坂入十蔵が主人公です。

十蔵はそれまでの自分の隠密としての行いに疑問を持ち、忍びとしての身分を捨て市井の寺子屋の師匠としていきています。

しかし、寺子屋生徒である筆子らのとんでもない行動に思わず忍びの業を使う羽目に陥るのです。

それと共に将軍暗殺を企てる忍びの一団「宵闇」が動き出し、十蔵もその集団に対処しなければならなくなり、忍びとして復活することになるのでした。

 

最初は鉄之助や千織といった寺子屋の問題児らへの対処のために働いていた十蔵が、次第に忍びとしての実力を発揮していく中で、心ならずも別れた妻と再会するなどの出来事を挟みつつ、危機に陥った子供たちを助けるべく活躍する姿が描かれます。

この作者の『羽州ぼろ鳶組シリーズ』などと同じく、個性的な登場人物と見せ場を効果的に織り込みながら読み手を物語の世界に引き込む手腕は見事だと思います。

 

 

ただ、何作か続けてこの作者今村翔吾の作品を読んでみると、個人的には何となく型にはまったというか、類型的な印象を感じるようになってきました。

 

力不足でうまく言えないのですが、ストーリーそのものが別に固定的だというのではありません。

ストーリーは意外性もあって面白いのです。キャラクターにしても個性的だし、人物も明確にかき分けられていて何も異論はありません。

しかしながら、そうした展開自体に違和感を感じてしまうのです。

私の一番好きなタッチから少し外れている、ということなのでしょう。それはちょっとした情感であったり、登場人物の心象表現や情景描写のあり方などであって、それらが微妙にニュアンスが違うのだと思います。

それは作者の個性を無視した、単なるファンの無いものねだりの勝手な言い草です。でも、個人的意見としてはそうなのです。

とはいえ、面白く惹かれる物語であることに間違いはなく、これからも読み続ける作家さんであることは否定しません。本作品もシリーズ化されるのであれば読み続けるのだと思います。

[投稿日]2019年12月12日  [最終更新日]2019年12月12日
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