『塞王の楯』とは
本書『塞王の楯』は、2021年10月に新刊書が刊行された、ボリュームが552頁というかなり大部の長編の歴史小説です。
近江の石工を主人公とした読みごたえのある作品で、米澤穂信の『黒牢城』とともに第166回直木三十五賞を受賞しています。
『塞王の楯』の簡単なあらすじ
幼い頃、落城によって家族を喪った石工の匡介。彼は「絶対に破られない石垣」を造れば、世から戦を無くせると考えていた。一方、戦で父を喪った鉄砲職人の彦九郎は「どんな城も落とす砲」で人を殺し、その恐怖を天下に知らしめれば、戦をする者はいなくなると考えていた。秀吉が死に、戦乱の気配が近づく中、琵琶湖畔にある大津城の城主・京極高次は、匡介に石垣造りを頼む。攻め手の石田三成は、彦九郎に鉄砲作りを依頼した。大軍に囲まれ絶体絶命の大津城を舞台に、信念をかけた職人の対決が幕を開ける。ぶつかり合う、矛楯した想い。答えは戦火の果てにー。「最強の楯」と「至高の矛」の対決を描く、圧倒的戦国小説!(「BOOK」データベースより)
織田信長による浅井長政の一乗谷城攻撃の際、匡介は塞王と呼ばれる穴太衆飛田屋の源斎に助けられた。
匡介の石に対する非凡な才能を見出した源斎は、匡介を自分の里へと連れて帰り、飛田組のあとを継がせることとする。
それから二十三年、源斎のもとで石工としての技術を学んだ匡介は、飛田組の仲間からも次の頭領として認められつつあった。
一方、国友衆の鉄砲職人であり、国友衆の頭領となるべき彦九郎は、最強の攻撃力こそ平和への道だとして威力の高い鉄砲や大砲を作り出すべく修行に励んでいた。
『塞王の楯』の感想
本書『塞王の楯』は、どんな攻撃をも防ぐ石垣こそ平和に続く道だとして修行する石工の匡介の物語です。
近江の国に実在した穴太衆という石工集団。その中の飛田組の源斎のもとで成長した匡介という男を主人公にした本作には、平和とは何かを考えさせられます。
本書の作者今村翔吾という作家さんは、とてもエンターテイメント性に富んだ歴史小説を書かれる人です。
第160回直木賞の候補作になった『童の神』にしても、その後第163回直木賞の候補作になったじんかんにしても、読者を楽しませることを主眼に書かれたエンターテイメント性に富んでいる作品です。
それは166回直木賞を受賞した本書『塞王の楯』にしても同様で、生涯のライバルである国友衆の彦九郎の作り出す鉄砲、大砲を相手に、いかに城を護る石垣を構築し、戦うかを、読者を飽きさせることなく描き出してあります。
登場人物としては、主人公が前述の飛田匡介で、その匡介を助け、匡介の才能に気付いて飛田衆の後継者として父親代わりに匡介を育て上げたのが飛田衆の頭取である飛田源斎です。
また匡介が来る前は飛田衆の後継者と目されていた、切り出した石を石積みの現場まで運ぶ荷方の組頭である玲次や、石を山から切り出す山方の小組頭の段蔵が脇を固めます。
そして、匡介のライバルとして、国友衆の彦九郎という存在がいます。
他に、後に匡介たちの戦いの場となる近江の大津城の城主である京極高次や、その妻である初と初の侍女の夏帆、それに京極高次の家臣の多賀孫左衛門といった人物たちが登場してきます。
本書『塞王の楯』は、石垣そのものの構造から、石垣造りの仕組み、職人たちの働き方まで詳しく説明してあり、それらを物語の中にうまく生かして構築してあります。
つまりは、石を切り出し、運搬し、積んでいくそれぞれの過程において職人技が必要なのだということを、戦いのクライマックスにそれぞれの持ち場での飛田屋の面々の働きを示す中でうまく丁寧に説明してあるのです。
こうして登場人物たちが戦国の世を知恵を絞り、戦い、生き抜いていく様を、石垣構築にまつわる様々な知識を挟んで読者の好奇心を高めつつ、様々な人間模様を織り交ぜながら描き出してあります。
どちらかというと情緒面は控えめであり、匡介たちの構築した石垣をメインにした戦いの場を主軸として、石垣の様々な側面を見せてくれているのです。
石垣に関しての物語といえば、門井慶喜の『家康、江戸を建てる』という作品があります。
しかし、この作品は家康による町づくりの話であり、個々の技術者の物語と言った方がいい作品であって、貨幣鋳造や河川改修などの話がある中で石垣を積む話も出てくるのです。
さらに、伊東潤の『もっこすの城 熊本築城始末』という熊本城築城を描いた作品もあります。
しかし、この作品も城造りというよりは加藤清正という武将の客観的な行動歴を描いている作品であり、石垣造りに関してはほとんど書いてありません。
ただ本書『塞王の楯』では読み手の私の想像力が追い付かず、匡介たちの石垣を通しての戦いの中で理解できない場面も少なからずありました。
その最たるものはクライマックスでの石垣の構築の場面ですが、そこはあまり書くとネタバレになるので書くことはできません。
また本書冒頭近くで信長を討った明智勢に攻められる蒲生親子の日野城での攻防がありますが、そこでの攻防も、積み上げられるべき石垣の長さ、高さが戦いの場で想像しにくいものでした。
描写されている状況が可能なのか、示されている高さの石垣が望む役目を果たしてくれるものか疑問なしとは思えないのです。
ともあれ、もう少し短くてもいいのではないかと思ったほどに長い物語ではありますが、作者の熱量は確かに感じられ、それだけの読みごたえのある作品ではありました。
直木賞という賞にふさわしい作品と言えるのではないでしょうか。