西新宿の高層ビル街のはずれに事務所を構える私立探偵の澤崎のもとへ海部と名乗る男が訪れた。男はルポ・ライターの佐伯が先週ここへ来たかどうかを知りたがり、二十万円の入った封筒を澤崎に預けて立ち去った。かくして澤崎は行方不明となった佐伯の調査に乗り出し、事件はやがて過去の東京都知事狙撃事件の全貌へとつながっていく。伝説の直木賞作家・原〓(りょう)の作家生活三十周年を記念して、長篇デビュー作が遂にポケット・ミステリ版で登場。書き下ろしの「著者あとがき」を付記し、装画を山野辺進が手がけた特別版。(「BOOK」データベースより)
本書『そして夜は甦る』は、原りょうの伝説のデビュー作といわれる長編のハードボイルド小説です。
西新宿にある私立探偵の沢崎の事務所にやってきた海部という男が、ルポライターの佐伯が来たか聞いてきたが、結局は二十万円という依頼料を置いて帰っていった。
また、美術評論家の更科修蔵の代理人弁護士から、ルポライターの佐伯を知っているなら更科邸まで来てほしいとの連絡が入った。
翌日、更科邸まで行った沢崎は、更科修蔵の娘の佐伯名緒子から佐伯というルポライターを探して欲しいという依頼を受けることになった。
本書冒頭早々に、西新宿にある私立探偵の沢崎の事務所にやってきた海部という男が、「タバコをありがとう。口は悪いが、タバコの趣味は悪くない。」というセリフを言う場面があります。
沢崎と海部との間のテーブルにあるのは金の入った封筒であり、そして静かに漂う紫煙だけだというそのシチュエーションは、そのまま映像として目に浮かびます。
その後、沢崎は更科という富豪の家へ行き、そこで一人の女性に会い、依頼を請けることになりますが、ここまでの一連の流れは、まさにハードボイルド映画の一場面であり、チャンドラーの『大いなる眠り』の一場面でした。
状況についての詳細な描写があり、沢崎の気のきいた台詞回しがあって、そして謎が残される。また、沢崎がいつも手に取るのは両切りのタバコ“ピース”です。
主人公の私立探偵沢崎はまさにフィリップマーロウであり、冗長とさえ感じる台詞回しまでも同じです。
ちなみに、ハードボイルドでは必須の小道具である両切りの“ピース”という渋いタバコも今では知らない人の方が多いでしょう。私らの若い頃はこの“ピース”、それも缶入りの“ピース”を抱えている仲間もいたものですが、現代では受け入れられない設定でしょう。
本書『そして夜は甦る』は登場人物も多く、ストーリーもかなり複雑です。でも、その複雑な流れを丁寧に解き明かしていく過程はかなり読みごたえがある構成になっています。
このシリーズは、私の好みとは微妙にずれていると思っていたのですが、本作品に限って言うと私の好みにあったものでした。
本来デビュー作であり、シリーズ第一作目のこの『そして夜は甦る』を読んだ順番が一番目ではなかったのが私にとってよかったのか悪かったのか、わかりません。
他の作品とどこが違うのか、多分ストーリーの流れがほかの作品よりもメリハリがあって、展開がスピーディだったからではないかと思うのですが、実際どうなのかこの点もまたよく分からないというのが正直なところです。
本書『そして夜は甦る』は、シリーズ最新作の『それまでの明日』が刊行されるのを機に、2018年04月に「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」から再刊されました。
この「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」は世界のミステリー作品を紹介している叢書であって、高校時代に初めて読んで嬉しく思った記憶があります。
とはいっても私が読んだのはSF版の叢書であり、ミステリーはもっと後になって読んだと思います。クラークの『都市と星』『幼年期の終わり』ではなかったでしょうか。