深町 秋生

組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ

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ファズイーター』とは

 

本書『ファズイーター』は『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』の第五弾で、2022年3月に刊行された334頁の長編の警察小説です。

警察小説ではありますが、主人公の八神瑛子自身も鍛え上げた身体を駆使して修羅場に立ち向かう、アクション小説としての一面が強烈な作品で、たしかに深町秋生の物語でした。

 

ファズイーター』の簡単なあらすじ

 

警視庁上野署の若手署員がナイフを持った男に襲われた。品川では元警官が銃弾に倒れ、犯人には逃送されている。一方、指定暴力団の印旛会も幹部の事故死や失踪が続き、混乱を極めていた。組織犯罪対策課の八神瑛子は、ご法度の薬物密売に突然手を出して荒稼ぎを始めた印旛会傘下・千波組の関与を疑う。裏社会からも情報を得て、カネで飼い慣らした元刑事も使いながら、真相に近づいていく八神。だがそのとき、彼女自身が何者かに急襲され…。手段を選ばない捜査で数々の犯人を逮捕してきた八神も、ここで終わりなのか?(「BOOK」データベースより)

 

千波組組長の有嶋章吾は、四か月前の事件により指定暴力団印旛会総本部長の地位を追われ、引退をほのめかされる身になっていた。

ところが、有嶋はそれまでの自らの千波組の方針に反し、あからさまに覚せい剤の売買ビジネスに手を染めていたのだ。

自分の病をも克服した有嶋は、ビジネスの手腕に長けた甲斐を亡くした隙間をなりふり構わない愚連隊まがいの方法で埋めようとしていたのだ。

そうした様子を知った八神瑛子は、有嶋の覚せい剤取引への関与を暴こうとしていた。

そうした折、再び警察官が暴漢に襲われるという事件が起きた。

一方、殺された甲斐の子分の妻である比内香麻里は、子分たちを使い、旦那が集めていた拳銃のコレクションを金に換えていたが、客の一人が警察官を撃った犯人ではないかと目星をつけて再びの取引を進めていた。

そこに、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介が現れた。

 

ファズイーター』の感想

 

本書『ファズイーター』は、『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』第三弾の『アウトバーン』で夫殺しの犯人を探し出し、一応の決着がついた形のシリーズの新しい展開の第二弾という位置づけの作品です。

シリーズ前巻の『インジョーカー』で思いがけない人物との別れに遭遇した八神瑛子ですが、本書ではそうしたことを感じさせない更なるタフな活躍を見せています。

また、これまで筋目を重んじる古風なヤクザと思われていた千波組組長の有嶋章吾がかなり強烈な敵役として登場しています。

直接的な敵役としては警官殺しの疑いのある斉藤と名乗る男や、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介という、ヤクザ仲間からもはじき出されるような男が立ちはだかります。

ほかに甲斐の子分であった比内幸司の妻の比内香麻里という女も有嶋の下で比内の子分たちとともに瑛子と対立します。

加えて警察内部においても、瑛子の警察官相手の金貸しや情報収集、それにヤクザ相手に対しての手段を選ばない捜査方法に対して監察が動き、なかでも人事一課監察官の中路高光という男が瑛子の前に現れるのです。

ただ、これまでは瑛子が所属する上野署署長の富永昌弘が瑛子に対して疑惑の目を向けていましたが、前巻あたりからは瑛子の行動にある程度の理解を示しているようです。

また、瑛子の長年の情報提供者である実業家の福建マフィアの大幹部劉英麗も健在であり、瑛子の暴力面での助っ人である落合里美も登場します。

 

本書『ファズイーター』が属する『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は、主人公が警察官であり、ほかにも多くの警察官が登場するという意味では警察小説であり、本ブログでもそのように分類しています。

しかし、犯された犯罪についての犯人や犯行方法などを警察という組織力で解決する過程を描き出す、という意味では佐々木譲の『北海道警察シリーズ』や今野敏の『安積班シリーズ』と同じ警察小説と呼ぶにはためらいもあります。

 

 

なによりも、主人公の八神瑛子という人物のキャラクターの力が強烈で、地道な犯罪捜査の側面を見せるという構成にはなっていないからです。

八神瑛子による金貸しを手段とする警察官への脅迫まがいの強要による情報収集や、鍛え上げられた肉体やそれを助ける仲間による強烈なアクションをメインとする物語の展開は、警察の捜査の過程の描写は二の次のようです。

本書『ファズイーター』もそうであり、街中で市街戦まがいの銃撃戦を繰り広げるなど、まさにアクションメインの作品という他ありません。

つまり、シリーズ当初の三冊では夫の死の秘密を探るという目的で動いている八神瑛子ですが、それ以降のこのシリーズは瑛子の行動を主軸としたアクション小説になっています。

そういう意味では同じ深町秋生の作品の『警視庁人事一課監察係 黒滝誠治シリーズ』と同様に、警察官を主人公とする冒険アクション小説というべきなのかもしれません。

ただ、こうした分類はどうでもいいことで、作品の内容がどのような傾向のものかを示す指標として見てもらえればいいと思うだけです。

 

 

ただ、本書がアクション小説としてあるとは言っても、瑛子の前に直接に現れるのは比内香麻里やその子分だったり、斎藤と名乗っている香麻里の客の男だったりします。

その上で、千波組系数佐組幹部だった片浦隆介や、千波組組長だった有嶋章吾が控えていて、更なる対決が用意されています。

そうした捜査の過程の見せ方はさすが深町秋生の小説であり、タフな主人公が暴れまわる姿は爽快感と共に物語としての面白さを見せてくれます。

 

ただ、前巻から何となく暗示されていると勝手に思っていた、警察内部の権力争いの場面はそれほどはありません。

それどころか、瑛子のシンパが増えていっている印象すらあり、瑛子の独壇場の構図がさらに広がりそうな感じです。

今後もこの『組織犯罪対策課 八神瑛子シリーズ』は続いていくのでしょうが、更なるひねりを期待したいと思います。

[投稿日]2022年06月07日  [最終更新日]2022年6月7日
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