本書『雪虫』は、『刑事・鳴沢了シリーズ』の第一巻目であり、堂場瞬一のデビュー第二作目でもある長編の警察小説です。
文庫本で507頁というのは少々長いと感じなくもありませんが、それだけ読み甲斐がある小説でもありました。
俺は刑事に生まれたんだ―祖父・父を継いで新潟県警捜査一課の刑事となった鳴沢了は、晩秋の湯沢で殺された老女が、かつて宗教教団の教祖で、五十年前に殺人事件に関わったことを突き止めた。了は二つの事件の関連を確信するが、捜査本部長の父はなぜか了を事件から遠ざけるのだった。正義は、そして歳月は、真実を覆い隠すのか?新警察小説。(「BOOK」データベースより)
湯沢で起きた老婆の殺人事件の捜査をする刑事を主人公とする話で、その父親、そして祖父と新潟で三代にわたる警察官として生きた親子の物語です。
著者初の警察小説ですが、とても新人とは思えない仕上がりの読みごたえのある作品です。
本書『雪虫』の主人公鳴沢了は刑事になったのではなく、「刑事として生まれてきた」というほどのまっすぐな男です。
父親の鳴沢宗治は「宗一の鬼」と呼ばれ、新潟県警最強の刑事とうたわれたたほどの刑事であり、今では今回の事件が起きた魚沼署の署長をしています。
同じく「仏の鳴沢」と呼ばれた祖父鳴沢浩次は現在七十九歳で、なお元気でいます。
新潟県警捜査一課の刑事の鳴沢了は、湯沢で殺された老女の背景を探り、「天啓会」という新興宗教の教祖であった事実を探り出します。
そして、その教団で五十年前に起きた殺人事件が今回の事件に関係しているのではないかと疑い捜査を進めるのです。
本書『雪虫』は、主人公である鳴沢了の物語ですが、親子の物語でもあり、家族の話でもあるようです。
勿論、本書は推理小説であり、冒頭に起きた老女殺人事件の捜査が主眼であって、捜査の過程を緻密に描き出す警察小説としての面白さを十分に備えた小説です。
鳴沢了は、父鳴沢宗治からは「お前にとって、正義は一つしかない。」と言われる一本気な男であり、そのことが本書のテーマにも関係しています。
すなわち、この言葉は息子の一本気な性格に対する父親としての危惧からくるものでもあるでしょうが、本書の持つ「正義」とは、という問いかけへの大きな布石でもあります。
そうした父親と主人公の鳴沢了との微妙な距離感が、本書の随所でうまく表現されています。
核心を突いた質問をすれば親子の縁が完全に壊れかねず、そうはなりたくない自分がいる微妙な心象が示されていたりもするのです。
またベテランの部長刑事の緑川聡からも「真っ直ぐ過ぎる」として、鳴沢の直情的な正義感を心配されてもいて、今後の展開が暗示されています。
本書『雪虫』では、そんな鳴沢と相棒である大西海(かい)との会話は息抜きの一つにもなっています。
鳴沢は嫌がる大西に対し嫌味のように「うみ君」と呼び、彼に刑事としての基本を叩き込んでいきますが、その「うみ君」が次第に一人前の刑事になっていく様子も一つの見どころでした。
息抜きと言えば、鳴沢の恋人と呼んでいいかはわかりませんが、幼馴染の石川喜美恵との関係が少々半端な印象はありました。特に終盤の彼女のかかわり方はご都合主義的にも感じられました。
とはいえ、本書『雪虫』はとても新人の作品とは思えないほどの出来栄えと感じます。
「正義」とは個々人それぞれで異なる概念だとはよく言われることではありますが、そうではなく普遍的な正義があるはずで、その普遍的な正義について考えさせられる作品です。
「正義」について考えさせられる小説と言えば多々ありますが、雫井脩介の『検察側の罪人』という作品は心に残った作品の一つです。「時効によって逃げ切った犯罪者を裁くことは可能か」を問う重厚な力作です。
また、柚月裕子の『孤狼の血』もまた新任の刑事から見たベテラン刑事の暴力団との癒着ぶりに疑問を感じ、悩む物語であり、正義の一つのあり方を示したものでしょう。
事件の真実が明らかになった時、その裏に隠されたベテランなりの正義を知った若者はどう動くのか、かなり読ませる作品でした。
本書『雪虫』を第一巻目とする『刑事・鳴沢了シリーズ』は、現時点(2020年10月)では外伝も含め全11 巻で完結しています。
本書の印象とは異なり、今後はハードボイルド色が強くなった作品として続くようです。
かなり読ませるシリーズなので、しばらく追ってみたいと思います。