あさの あつこ

弥勒シリーズ

イラスト1
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心が動かなくても人を殺れる。それが、おぬしの正体さ。同心、木暮信次郎、商人、遠野屋清之介、思わず息を潜めてしまう、因縁の二人。とろりと甘い匂い、口から溢れる深紅の牡丹、妾に怨み殺された男の怪異に挑む。(「BOOK」データベースより)

「弥勒」シリーズの第七弾の長編時代小説です。

シリーズ第五弾「冬天の昴」、第六弾「地に巣くう」と同心小暮信次郎をメインとした話が続いていましたが、本書もまた小暮信次郎の話です。それも、本格的な捕物帳としての物語です。

もともと同心が主人公のこの物語であり、捕物帳として謎解きを中心とした物語であること自体に何の不思議なこともない筈なのですが、あまりに小暮信次郎と遠野屋の清之介の「闇」を抱えた男たちの人間ドラマが面白く、エンターテインメント小説としての本筋を忘れてしまっていました。

それだけこの物語のキャラクター造形の上手さが光っていると思われます。そして、この捕物帳がそれなりの面白さを持っているのですから何の文句もない筈なのですが、男たちの心象描写に捉われてしまっていたのでしょう。

海辺大工町の油問屋東海屋五平が、無傷ではあるものの深紅の牡丹がいくつも口に突っ込まれた状態で死んでいるのが見つかります。その場にいた女中は「恨みを晴らしてやった」と言う幽霊を見たと言うのです。翌日、五平の囲い者である女も、仕舞屋の庭にある牡丹の根元で白い襦袢を血のりで真っ赤に染めて死んでいるのが見つかるのでした。

一方、伊佐治の家では、息子嫁のおけいが二度の流産により自分を見失い家を飛び出してしまうという事件が起きていました。また清之介のもとでも、兄の家来の伊豆小平太が五百両という大金を借りに来ますが、その借財の理由が兄の病だという出来事が起きていました。

五平の事件が起きた時、風邪で寝込んでいたためその後の探索が後手に回ってしまった信次郎と伊佐治でしたが、彼らの探索により、これらの脇筋とも思われる事柄が次第に一つの流れにまとまりを見せて行くのでした。

相変わらずと言っていいと思うのですが、本書でも心象描写はしつこいばかりに続きます。ただ、それを上回る物語の面白さがあるのです。

本筋の殺人事件があり、脇の流れとして清之介の兄の病の話があって、挿話的に伊佐治の息子嫁のおけいの家で騒動があり、それらの話が次第に一つにまとまっていく物語の運びは、この作者の上手さを見せつけられるようです。

そして、その過程で語られる信次郎を始めとする登場人物たちの心の闇を覗きこむかのような心象描写があります。もう少し、この心象描写を軽くして、物語の本筋を追いかけてもらえればと思うのですが、もしかしたら、そのようにしたらこの物語の面白さが無くなるかもしれないという恐れは感じます。

数日前に 月村了衛機龍警察シリーズの最新巻を読んだのですが、そこで本『弥勒シリーズ』の闇を覗きこむかのような描写を思い出してしまいました。この機龍警察シリーズも、突撃隊員らの過去が重く、彼らの心象を描く場面は、本シリーズに通じる「闇」を感じるものなのです。

本シリーズは時代小説であり、あちらは現代のアクションシーン満載のSF的な警察小説と書かれている作品の内容は全く異なります。ただ、登場人物の闇を抱えた心象描写が豊富というその一点において共通するようです。

そう言えば、 逢坂剛の『百舌の叫ぶ夜』を第一巻目とする「MOZUシリーズ」でも似たような重さを感じたことがありました。ただ、個人の公安警察員を主人公とするハードボイルドで、客観描写に徹し、主観描写を排している『MOZUシリーズ』と本書では『機龍警察シリーズ』以上に遠いものがあるようです。

[投稿日]2017年12月23日  [最終更新日]2017年12月23日
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