石久藩の上士の子弟が通う藩学で心身に深い傷を負った新吾は、庶民も通う薫風館に転じ新たな友と学びを得、救済される。しかしある日、「薫風館にはお家を害する陰謀が潜んでいる」として、父から間者となり館内を探るよう命じられる。信じられない思いの新吾。いったい、薫風館で何が起きているのか?若き剣士たちの命を懸けた節義を描く、時代小説の新しい風。 (「BOOK」データベースより)
青春小説『バッテリー』や時代小説の『弥勒シリーズ』で人気のあさのあつこの描く青春時代小説です。
本書の主人公の新吾は、藩の実力者の息子瀬島孝之進の取り巻きらの暴力に対し何らの措置も取られない藩校のをきらい、自由な校風の薫風館へと通っていました。
ところが、久しぶりに帰ってきた父親兵馬之助から、薫風館では石久藩藩主の沖永山城守久勝殺害が図られているとして薫風館を探るようにと命じられます。
そこから、石久藩のお家騒動に巻き込まれつつも、様々な人との話の中で成長していう新吾でした。
本書はまさに青春小説であり、主人公の新吾の成長譚でもありました。
何よりも、主人公が色々な出来事に出会って成長していくにつれて視野も広がり、今まで見えてなかった事実を自らの眼で見るようになる姿は、青春小説の書き手として定評のあるあさのあつこという作者ならではの描き方だと思われます。
主人公新吾の母親は、新吾が、庶民も通う薫風館に通うことをこころよく思ってはいません。上司という家柄を大事とし、藩校こそ新吾のふさわしい学校だと言うのです。
新吾はそうした母親の態度に鬱屈を抱えてはいたものの、薫風館に通い、始めて心からの友を得、藩校では得ることのできなかった明るい毎日を送ることができていました。
そこに思いもかけない藩内の争いの一端が、普段は家におらず妾のもとにいる父親から新吾のもとにももたらされることになります。
しかし、友の負傷や自分をいじめていた筈の藩内の有力者の息子の思いもかけない内心の吐露、加えて家柄にしか価値を見ていないと思っていた母親の意外な素顔など、未だ元服前の若者はである新吾自身の成長していく姿は見ていて気持ちのいいものです。
本書では爽やかな青春小説らしく、登場人物の心象を直接的に描くことはあっても、『弥勒シリーズ』で見られるような、心に闇を抱えた男の心象をしつこいばかりに描写する手法は取っていません。
そして、成長する中で新たなものの見方ができるようになった新吾が、意外な真実を知ることになる姿が描かれ、ミステリーとしても読める作品となっています。
あさのあつこという作家は、こうした若者の心象を描き出すことに長けた作家さんだと改めて確認できた作品でした。
ちなみに、「小説 野性時代」の2018年8月号で、本書の続編『薫風ふたたび』の連載が開始されたそうです。( カドブン : 参照 )