テスカトリポカ

本書『テスカトリポカ』は、新刊書で553頁にもなる第165回直木賞を受賞した長編のクライム小説です

アステカの神の力を背景にした圧倒的な暴力を描く濃密なその文章は若干説明的とも感じましたが、その描写力は魅力的です。

 

テスカトリポカ』の簡単なあらすじ

 

メキシコのカルテルに君臨した麻薬密売人のバルミロ・カサソラは、対立組織との抗争の果てにメキシコから逃走し、潜伏先のジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会った。二人は新たな臓器ビジネスを実現させるため日本へと向かう。川崎に生まれ育った天涯孤独の少年・土方コシモはバルミロと出会い、その才能を見出され、知らぬ間に彼らの犯罪に巻きこまれていく――。海を越えて交錯する運命の背後に、滅亡した王国〈アステカ〉の恐るべき神の影がちらつく。人間は暴力から逃れられるのか。心臓密売人の恐怖がやってくる。誰も見たことのない、圧倒的な悪夢と祝祭が、幕を開ける。第34回山本周五郎賞受賞。(Amazon「商品説明」より)

 

メキシコの北西部にあるクリアカン生まれのルシアは、麻薬組織の跋扈する故郷を逃れ、たどり着いた日本でヤクザの土方興三と一緒になり、息子土方コシモを産んだ。

十三歳となり180cmを超える大男へと育ったコシモは母親を殴る父親を絞め殺し、少年院へと収容されてしまう。

一方、ベラクルス州ベラクルスで生まれたリベルタは五人の孫に恵まれたが、孫の一人が殺されたのはアステカの教えを伝えなかったためだと、残された四人の孫にアステカの神について教え始めた。

四兄弟は後に麻薬カルテルのロス・カサソラスとしてメキシコ北東部のヌエボ・ラレドを支配するが、新興のドゴ・カルテルの襲撃でバルミロ・カサソラ以外は殺されてしまう。

バルミロはドゴ・カルテルの手から逃れてインドネシアのジャカルタへと逃亡し、この地で末永充嗣という日本人と出会うのだった。

 

テスカトリポカ』の感想

 

本書『テスカトリポカ』は、アステカの神話を背景に、麻薬の密売と臓器売買を行う犯罪者を描いた作品です。

テスカトリポカ」とは、アステカ神話の主要な神の一柱であり、神々の中で最も大きな力を持つとされ、キリスト教の宣教師たちによって悪魔とされた。「テスカトリポカ(Tezcatlipoca)」は、ナワトル語で tezcatl(鏡)、poca(煙る)という言葉から成り、従ってその名は「煙を吐く鏡」を意味する( ウィキペディア : 参照 )

 

直木賞の選考会ではこれほどに暴力的な作品を賞の対象としていいのか大議論があったそうですが、それももっともだと思った作品でした。

 

暴力的な小説はこれまでも数多くのものがありました。

古くは夢枕獏の『サイコダイバー・シリーズ』から、近頃読んだ作品では深町秋生の『ヘルドッグス 地獄の犬たち』に至るまで多くの作品があります。

 

 

本書『テスカトリポカ』という作品の内容が暴力的であること、そのこと自体は何も言うことはないのでしょう。

しかし、それが直木賞という世の中にかなりな影響力を持つ権威ある文学賞の対象としてふさわしいかという議論は当然あっておかしくないと思います。

本書が候補作となっている時点でその点はクリアされているという気もしますが、直木賞選考委員は候補作選定作業にはかかわっていないのであらためて問題になるのも仕方がないとも考えられるのです。

そうなってくると直木賞とは何かというところから問い直されるのでしょうか。難しいところです。

 

でも、本書『テスカトリポカ』が私が惹き込まれた作品であることは間違いありません。

冒頭に本書は「説明的と感じた」と書きましたが、本書は小説というよりは「語り」であり、ただひたすらに俯瞰的な目線で描き出してあります。

この「語り」という言葉自体が多義的であり、素人が語ってはいけない分野ではありそうですが、本書を話すとき他に言葉が見当たりません。

とにかく、物語の流れを俯瞰的に、会話文ではなく地の文で説明的に記してある、ということを言いたいのです。

 

本書『テスカトリポカ』の中心人物は元メキシコの麻薬組織のリーダであったバルミロという男であり、鍵となる人物としてコシモという男がいて、冒頭からこの二人の来歴が描かれています。

その描写も、最初はコシモの母のルシアの生まれから始まり、日本で生まれたコシモの青年期までが66頁にわたっています。

また、バルミロに関しても同じで、章を変えてバルミロの祖母のリベルタの幼いころから説き起こしてあります。

このリベルタによってアステカの神話を教え込まれ、他の三兄弟と共にメキシコの麻薬カルテルの支配者となり、後に逃亡してジャカルタに至るまでが90頁以上をかけて語られています。

その後、「第二部 麻薬密売人と医師」で100頁以上をかけて、日本人医者の末永充嗣と出会い臓器売買の組織を作り上げていく過程が描かれます。

その間の描写はまさに「語り」であり、例えば会話文を軸に成立する『安積班シリーズ』のような今野敏の作品群とは対照的な位置にあると思えます。

 

 

他の重要人物としては、臓器売買の中心人物として末永充嗣と川崎市にいる闇医師野村健二という日本人がいます。

その他に新南龍という黒社会に属する若い中国人の集団や、増山礼一というヤクザの幹部が周りを固め、暴力的な物語に色を添えています。

と言っても、この暴力団たち自体の暴力はそれほど描かれてはいません。

 

本書『テスカトリポカ』という物語はバルミロを中心としてはいますが、その背景にはアステカの神話が息づいていています。

小さな疑問点ですが、アステカの神話では神への供物として死者の心臓を神に捧げることによって死者の魂が救済されるとして、死んだ父親の心臓を取り出し、顔の上に乗せる場面が出てきます。

一方で、敵対する相手の心臓も取り出して顔の上に乗せ神への供物とする行為はどういう意味になるのでしょう。

敵対する相手の魂でさえも救うべきというのか、私の読み込み不足でしょうがよく分かりませんでした。

 

本書のテーマになっている臓器売買と神への供物として心臓を捧げる行為は似たような行為ですが、一方は商売として臓器を取り出し、一方は神事として臓器を取り出します。

この両者を結びつけたことについて作者の佐藤究は「人類の暴力性について考えていて、世界中に伝わる人身供犠のことが気になった」と書かれています。

そして人類の残虐性の構造を解明することが「とめどないバイオレンスを解除するカギ」になるかもしれないとも書いておられます。( 好書好日インタビュー記事 : 参照 )。

そうした試みが成功しているかは私には分かりませんが、各賞の対象として評価されている以上は成功しているというべきなのでしょう。

 

さらには、バルミロらが手を付ける臓器売買は、臓器の供給元として日本が選ばれ、子供たちの臓器が売買の対象とされています。

心臓外科医であった臓器売買のコーディネーターの末永充嗣や、かつては准教授であったコカイン中毒の野村健二などが子供の身体から心臓を始めとする臓器を摘出するのに適していたのです。

子供を犯罪の対象とする行為自体忌むべきものですが、それが臓器売買の対象とするというのですから衝撃は強いものがあります。

少なくとも物語としてはインパクトの強いものとなっていると思います。

 

本書『テスカトリポカ』の作者の佐藤究という作家は、緻密な調査の上に物語を組み立てる能力が高いのでしょう。

私は本書の前には『Ank : a mirroring ape』という作品しか読んではいないのですが、この作品が遺伝子の変異についての作者のアイデアを見事に駆使した作品でした。

この作品は吉川英治文学新人賞・大藪春彦賞、ダブル受賞の超弩級のエンターテイメント小説で、面白い物語ちうものを十分に理解している人がストーリーを構築しているという印象を持ったものです。

 

 

本書『テスカトリポカ』では、そのときとは全く異なる文体で臓器売買に手を付けるメキシコの麻薬カルテルの大物の姿を描いています。

冒頭からの物語の流れはメキシコで敵対勢力に殲滅させられた自分たちのカルテルの再興を目指す物語だと思っていたのですが、全く異なる物語でした。

しかし、その思い違いは決して面白くないということではなく、新たな物語の語り手の登場を楽しみと思うものです。

深町秋生月村了衛、より近い印象では赤松利市長浦京といった書き手の方が近いかもしれません。

新たな語り手の登場を楽しみがまた一人増えたという印象です。

図書館の魔女 第四巻

本書『図書館の魔女 第四巻』は、文庫本での解説まで入れて642頁というかなりの長さの長編のファンタジー小説です。

四分冊の文庫版『図書館の魔女』の最終巻である本書は、最終巻にふさわしい実に読みごたえのある物語でした。

 

図書館の魔女 第四巻』の簡単なあらすじ

 

海峡地域の動乱を期するニザマ宰相ミツクビの策謀に対し、マツリカは三国和睦会議の実現に動く。列座するは、宦官宰相の専横を忍んできたニザマ帝、アルデシュ軍幕僚、一ノ谷の代表団。和議は成るのか。そして、マツリカの左手を縛めた傀儡師は追い詰められるのか?超大作完結編。第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

一ノ谷に攻め込もうとするアデルシュに自ら乗り込んだマツリカは、アデルシュを背後から操るニザマの宦官から力を取り戻そうとするニザマ帝をも取り込み、三か国による会議に望んでいた。

その会議では、キリンの明晰な戦略分析に加え、アデルシュ北部台地での新規農地開拓用揚水機である「水槌」を最終的な武器として、アデルシュ篭絡の策謀が為されていた。

その結果、ニザマ帝と共にアデルシュとの和議が成り、マツリカの自分の左腕の動きを奪った魔術師の双子座へと戦いを挑みに向かうのだった。

 

図書館の魔女 第四巻』の感想

 

本書『図書館の魔女 第四巻』はかなり長い一冊ですが、その内容はかなり濃密であり、読みごたえがあります。

冒頭から繰り広げられる三カ国会議の模様はキリンの弁舌の見事さが浮き彫りにされ、その後の「水槌」の原理など図示して解説してあり、実際動作するのだろうと思わせられます。

読者にそう思わせることができているのであれば、実際の稼働可能性は問わずとも物語としてはそれで成功でしょう。

 

さらに、本書では双子座との戦いの場面が控えています。

これまでもアクション場面が無いことはなかったのですが、本シリーズの中では、本書程に緻密に、そしてそれなりの長さをもって描かれたことは無かったのではないでしょうか。

 

ただ、双子座との戦いを終えた後の描写は物足りません。

それまであれほど詳しく読者を濃密な世界に引きずり込んでいたのですが、終盤はなんともあっさりとしています。

それがいかにも物足りなさを感じ、また寂しくもありました。

マツリカとキリヒトとの物語が一応の区切りをつけたのは分かりますが、もっと読みたいという読者の期待を見事に裏切っています。

もしかしたら、それこそ作者の、あっさりと物語を閉めることで物語の余韻を長く保とうとする計算された終わり方であり、私としてはその意図に見事にはまったのかもしれません。

 

ともあれ、本書『図書館の魔女(全四巻)』は、作者が言語学者というだけに、「言葉」というものを根底に据え、「言葉」の持つ意味を突き詰めた作品です。

そして、その延長上には「書物」が控えていて、知の集積場としての図書館、それ以上に国の存立にかかわる機関としての役割も担う「図書館」の意義が示されます。

その「図書館」の中心にいるのが魔女マツリカですが、その背景は全く示されておらず、今後も示されそうではありません。

すでに「図書館」の中心であり、まさに魔女と呼ぶにふさわしい知力と洞察力を兼ね備えているのです。

でありながら少女らしい可愛さをも併せ持つマツリカの物語を、そして少年キリヒトの物語をもっと読みたいものです。

ともあれ、本書『図書館の魔女(全四巻)』の続編として『図書館の魔女 烏の伝言(つてこと)』が出版されています。

 

 

本書のラストの物足りなさをこの続編が解消してくれるものなのか、早く読みたいものです。

黒牢城

本書『黒牢城』は、著者の米澤穂信が初めて戦国時代を描いた小説で、新刊書で443頁という長編の歴史小説です。

信長に反旗を翻した荒木村重が立て籠もる有岡城を舞台に、地下牢に幽閉された黒田官兵衛の知恵を借り、村重が謎を解くかなり読みごたえのある作品でした。

 

黒牢城』の簡単なあらすじ

 

本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道。( Amazon「内容紹介」より)

 

織田信長に背き有岡城に籠城する荒木村重のもとに説得に訪れた織田方軍師の黒田官兵衛を、村重は土牢に幽閉するように命じた。

織田方襲撃の噂が絶えない中、人質が殺され、討ち取った大将首が表情を変じ、僧侶が謎の死を遂げるなど有岡城内では不可解な出来事が頻発する。

有岡城の存続のために城内の不安を鎮める必要に迫られた村重は、幽閉していた官兵衛を頼るのだった。

「第一章 雪夜灯篭」
人質として差し出されていた安部二右衛門の一子自念を殺さないという村重の命にもかかわらず、自念は何者かによって弓で射殺されてしまう。

しかし、自念が閉じ込められていた納戸は見張りがいて誰も近づくことができず、また雪に覆われた庭には誰も近づいた形跡も無いのだった。

「第二章 花影手柄」
村重らは信長の馬廻りの一人である大津伝十郎長昌の首を挙げたものの、誰も伝十郎の顔を知らず首実検もできず、伝十郎と確認する方法が問われていた。

また、晒されていた四つの首の内の一つの首の表情が一夜にして変化していて、兵たちは罰だと噂していた。

「第三章 遠雷念仏」
村重の隠密として働いていた無辺という廻国の僧とその僧の警護をしていた武将の一人が、宿近くにいた人物は誰も犯人らしきものは見ていないなか殺されてしまった。

「第四章 落日孤影」
前章で死んだ瓦林能登入道に向けて鉄砲が放たれていた事実が判明した。誰が、何のために発砲したのか、村重の探索が始まった。

 

黒牢城』の感想

 

何と言ってもあの米澤穂信が歴史小説を書いた、それも戦国時代を背景に推理小説を書いたというのですから、これは読まないという手はありません。

『黒牢城』の舞台は織田信長に反旗を翻した荒木村重が立て籠もる有岡城であり、中心となる人物は荒木村重とその村重の説得に訪れた黒田官兵衛です。

官兵衛が村重に囚われて地下牢に閉じ込められた話は、織田信長や豊臣秀吉を語るときは必ずと言っていいほどに出てくる逸話です。

そうした逸話を背景に米澤穂信は見事に読みごたえがある本格派の推理小説を構築しています。

 

この『黒牢城』という物語は、基本的に村重が城内の武将や兵たちの不安を払拭するために謎を解くという形で構成されています。

種々の異変は仏罰によるとの疑念を生み、その疑念はひいては大将である村重への不信につながり、そして落城へと結びつくと考えられます。

籠城する村重にとって、城内で起きる異変は神仏による罰ではないとの証をたてるためにも、原因を突き止めることが必要だったのです。

少なくとも、表面的には村重が謎解きにこだわる理由の第一義はこの点にあると言えます。

 

本書『黒牢城』では、村重が信長を裏切った理由、村重が有岡城を離れた理由など歴史上不分明な事柄についても作者米澤穂信なりの解釈を施してあります。

その前提として、この時代の武将という存在のあり方、彼らの物の考え方、それに家族というものの在りよう、また当時の宗教、とくにこの時代に忘れてはならない一向宗やキリスト教などについての考察が為されています。

特に宗教の在り方は重要で、本書のポイントの一つになっています。

 

また本書『黒牢城』の魅力のひとつとして、純粋に歴史小説として見た場合に私が知らなかった事実や言葉、その意味が記されていることがあります。

例えば、「解死人」という制度がそれであり、「殺害事件に関して、直接の加害者の属する集団から、被害者側に差し出された者をさす」そうです( ウィキペディア : 参照 )。

この「解死人」という制度は、江戸時代に使われた犯罪者を意味する「下手人」という言葉の語源でもあるのことでした。

また、高山右近の父親の高山大慮こと高山友照が有岡城に立て籠もっていた事実も知らなかったことです。

ちなみに、「第二章 花影手柄」は大津伝十郎の大将首についての話ですが、ウィキペディアには大津伝十郎は「病死」とありました。この点本書でも、伝十郎の死は隠された、と整合性をとってあります。

 

さらには時代小説を読んでいて常々思っていたことでもあるのですが、当時の時刻に関する人々の感覚のことです。

とくに本格派の「謎解き」では明確な時刻の明記が必要と思われるのに、当時の時刻の確認方法では曖昧な時刻しか分かりません。

この点については、「刻限というものは、日のおおよその位置や、あたりの暗さ・・・で知る。」などの文言に次いで「物事の起こった順序は変わらない」としていて納得させられました。

本書『黒牢城』では、明確な時刻ではなく事実の時系列を前提に謎解きが為されています。

 

米澤穂信による丁寧に構築されたミステリーという面白さに加え、新たな時代小説の書き手による魅力的な物語が提示されていると言えます。

とくに、本章『黒牢城』では米澤穂信の描き出すミステリーであり、単に各章ごとに設けられた謎を解いていくだけではない仕掛けもあります。

さすがに読みごたえのあるミステリー小説でした。

図書館の魔女 第三巻

本書『図書館の魔女 第三巻』は文庫本の頁数にして379頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の三巻目の作品です。

本書でマツリカが衛兵たちに対してなす文献学の講義など、読みようによってはかなり興味深い話が展開され、ストーリー自体もさることながら、書物に関する話もかなり面白そうな本巻でした。

 

『図書館の魔女 第三巻』の簡単なあらすじ 

 

深刻な麦の不作に苦しむアルデシュは、背後に接する大国ニザマに嗾けられ、今まさに一ノ谷に戦端を開こうとしていた。高い塔のマツリカは、アルデシュの穀倉を回復する奇策を見出し、戦争を回避せんとする。しかし、敵は彼女の“言葉”を封じるため、利き腕の左手を狙う。キリヒトはマツリカの“言葉”を守れるのか?(「BOOK」データベースより)

 

大国ニザマの脅威が次第に増してくる中、ハルカゼは議会に、キリンは王宮を相手にその対応で忙しくしていて、高い塔では資料整理などの実務が滞っていた。

そこに、図書館付きの護衛として高い塔などに常駐するようになった元近衛兵の中から司書を手伝うものが現れており、彼らに対しマツリカの臨時の講義なども行われるようになっていた。

一方、ニザマの帝室との書簡の往来の中からニザマ帝の病のことを察知したマツリカは、その特効薬が一ノ谷の衛星都市に算出することを奇貨としてその手配を終え、次の手を打っていた。

その手配は、ニザマの宦官たちの策略により一ノ谷へと侵攻せざるを得なくなっていたアルデシュへの対処をも意味していた。

そして物語も佳境へと入り、マツリカ本人がニザマの皇帝に拝謁するというところまで来たのだった。

 

『図書館の魔女 第三巻』の感想

 

『図書館の魔女 第三巻』では、前半は物語に大きな動きはありません。

物語についての動きはないものの、新たに図書館付きとして配置された近衛兵のイズミルに対してマツリカが話した書物についての話などは非常に興味深いものでした。

それは、そもそもは図書館に収蔵すべき書物の判断基準は何かということから始まった議論でした。

判断対象は具体的な書の一欠片(かけら)であり、将来、しかるべき場所に置かれたその一欠片によって失われた文化が一部分だけでも蘇るのかもしれない。

ならば、誰かがその一欠片を未来へ届けなければならず、それが図書館の役割だとマツリカは言うのです。

そこから、「魔導書」などは駄本に過ぎないという話になります。

かつては書物は希少価値があってなかなか皆が読めなかったのだけれど、印刷技術の発達により書物が大量に印刷されるようになるにつれ、書物の価値は下がってしまった。

そこで「魔導書」などというみんなが怖れ、なお且つ探し求めている本は出鱈目な付加価値を僭称した駄本が現れたのだ、という話につながるのです。

 

その後、大国ニザマの露骨な圧力に対する高い塔、つまりはマツリカの戦略が発揮される話へと移ります。

この箇所はまた書物に関する話とは違った意味でまた興味をひかれる展開となっています。

結局は、アルデシュという国を利用しようとするニザマの一ノ谷侵攻のための布石を、ニザマ国内の王室と宦官たちとの対立を利用して回避しようとする試みが展開されます。

そのためのアルデシュの作物の不作という危機を回避する手立てを一ノ谷が考え、それを対ニザマの戦略として組み立てるマツリカらの動きが面白いのです。

 

結局、本書『図書館の魔女 第三巻』ではアクション面での派手な展開はありませんが、そもそも本『図書館の魔女シリーズ』はアクション中心の物語ではありません。

キリヒトというその道の達人を中心に置いてはいるものの、高い塔にいる「図書館の魔女」であるマツリカこそが主人公であって、「言葉」や「書物」についての考察を中心に展開する物語なのです。

その上で、国家間の情報戦を軸にした国家間の勢力争いをも見据えた話として展開する物語です。

その書物や情報戦についての考察が普通人の考えを越えた専門家の視点で説かれているところにこの物語の醍醐味があります。

 

口はきけないものの、しかし情報量の豊かな手話を駆使することによって自分の意思を伝えるマツリカという存在が、ユニークで愛すべき存在に思えてきますから不思議なものです。

残されたあと一冊でこの物語がどのように変化するものか、早く読みたい気持ちでいっぱいです。

鼠異聞 新・酔いどれ小籐次(十七・十八)

本書『鼠異聞 新・酔いどれ小籐次』は、文庫本上下二巻で670頁を越える長さがある『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十七・八弾です。

小籐次へのとある懐剣の研ぎの依頼と桃井道場年少組も同行する久慈屋の高尾山薬王院への紙納めの旅の様子が語られる、佐伯節が満喫できる作品です。

 

鼠異聞 新・酔いどれ小籐次』の簡単なあらすじ

 

文政9年初夏。太平の世を謳歌する江戸では近頃、貧しい長屋に小銭が投げこまれるという奇妙な事件が続いていた。小籐次は謎の青年から、名刀正宗の研ぎを頼まれる。そんな中、高尾山薬王院へ紙を納める久慈屋の旅に、息子の駿太郎・道場仲間の少年らとともに同行することに。高井戸宿、府中宿へと進む一行を付け狙うのは…。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

府中宿で久慈屋の荷が襲われた騒ぎの真相が明らかになると、北町奉行・榊原は同心の木津親子を呼び出した。一方、雨の降り続く高尾山ふもとに到着した小籐次一行だったが、薬王院の跡目争いの背後に渦巻く怨恨により、駿太郎ら少年たちの身にも危険が迫る―高尾の山中で、猿と“鼠”を従えた小籐次の竹トンボが鋭く舞う!( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

 

第一章 妙な客
いつもの通り、久慈屋の店先で研ぎ仕事をしている小籐次のもとに、子次郎と名乗る遊び人風の男が五郎正宗作だという菖蒲造の懐剣の研ぎを依頼してきた。

第二章 木彫りの鼠
そんな小籐次に久慈屋からの呼び出しがあり、高尾山薬王院有喜寺への紙納めの旅の付き添いを頼まれた。ところが、その話を聞いた桃井道場の年少組の五人も同道したいと申し出るのだった。

第三章 見習与力
結局、さらに北町奉行所与力見習の岩代壮吾までも加わった六人が高尾山行きへ同道することになった。ところが、前巻で問題を起こした木津留吉が仲間と共に久慈屋の大金を狙ってきたのだった。

第四章 壮吾の覚悟
府中に宿泊中、子次郎が車列のある納屋を狙う留吉の仲間は総勢七人だと知らせて来た。その夜、納屋を襲ってきた留吉らは北町奉行所与力見習の岩代壮吾により退けられてしまう。

第五章 府中宿徒然
府中宿での顛末は小籐次から江戸の久慈屋や中田新八らのもとに知らせられた。留吉の行動は留吉の父親の不手際で久慈屋一行の秘密が漏れたことなどから、木津家の今後まで決められるのだった。

第六章 悲運なりや温情なりや
やっと着いた目的地の高尾山薬王院の麓別院に俊太郎らを残し、昌右衛門、国三主従と小籐次は降り続く雨の中を薬王院有喜寺へと向かった。途中一行を襲う一団を退けた小籐次らは貫主山際雲郭と会った。

第七章 菖蒲正宗紛失
懐剣を盗まれた小籐次にもとに、江戸へ帰れ、との手紙が届いた。子次郎と話して江戸へと戻ることにした小籐次は、途中現貫主の敵の万時屋悠楽斎のもとへ寄り三公と呼ばれる小僧を見張りにつけられるのだった。

第八章 高尾山道の戦い
三公こと三太郎の力を借りた小籐次は、薬王院近くの万時屋親子一派の隠れ家を襲い、飛び道具など燃やしてしまう。俊太郎らは久慈屋の荷物を背負い高尾山の薬王院へと登り始めるが、襲ってきた万時屋一味を撃退するのだった。一方、子次郎は、壱行から盗まれた懐剣を取り戻していた。

第九章 琵琶滝水行
子次郎により助け出された現貫主の雲郭と昌右衛門らも久慈屋の一行を迎えた。ようやく研ぎにかかった小籐次は、子次郎から懐剣のいわれを聞く。研ぎの間、俊太郎らは三太郎と会い話を聞いた。

第十章 菜の花の郷
三太郎の里に巣くった用心棒たちを退治した俊太郎たちは、研ぎを終えた小籐次と共に江戸へと帰るのだった。

 

鼠異聞 新・酔いどれ小籐次』の感想

 

新・酔いどれ小籐次シリーズ』も十七巻目ともなると、さすがにマンネリの様相も見え始めてきつつある本巻で、子次郎と名乗る新たな人物が登場してきました。

おりしも、江戸の町では庶民の長屋に一朱や一分といった小銭を放り込んでいく事件が起きていて、子次郎とのかかわりを匂わせてあります。

江戸時代のお金に関しては参考までに下記サイトを挙げておきます。
江戸時代のお金のしくみ
江戸時代の「1両」の価値ってどれぐらいだった

 

この子次郎が小籐次に依頼してきた仕事が、五郎正宗作だという菖蒲の葉に似た造込みの懐剣の研ぎだったのです。

この子次郎と小道具の懐剣が、数巻だけでも本シリーズに新たな風を吹き込み、シリーズのマンネリ化を回避することを期待したいものです。

 

本書『鼠異聞』では、久慈屋の高尾山薬王院への紙納めを中心として物語が展開します。

すなわち、『鼠異聞』上巻で語られる高尾山薬王院への往路は、前巻『酒合戦』で登場した桃井道場年少組の木津留吉が絡んだ話であり、『鼠異聞』下巻は薬王院内部の貫主の地位を狙う一味との闘争の話です。

 

 

この本書『鼠異聞』上巻の話は、木津留吉の手引により久慈屋の荷を狙う由良玄蕃という剣術家を頭とする総勢七名と俊太郎岩代壮吾らの戦いを一つの山としています。

同時に、そのことは留吉の行いに対する木津家の浮沈、それに留吉を捉えることになる北町奉行所与力見習の岩代壮吾の決断などが見どころとなります。

 

ここらでは武家社会の決まりの中での冷酷な仕置きや見習与力の成長の様子などが簡略に語られており、痛快小説ならではの単純な物語の運びとして展開されます。

本来であれば、現代とは異なる武家社会のありようなどをリアルに、また重厚に描くこともできそうなテーマではありますが、この『鼠異聞』という佐伯作品では物足りなさを感じるほどにあっさりと処理してあります。

いろいろな枝葉は描かずに、関わった当事者の心象も深く描写することもなく結果だけをあっさりと示す処理の仕方をされているのです。

 

また本書『鼠異聞』下巻では薬王院貫主の地位を狙う先代薬王院貫主宗達の隠し子である万時屋悠楽斎と、その嫡子の壱行という僧侶の一味とを相手とする争いが中心の話です。

特にこの下巻では物語の筋だけを見れば実に単純であって、それ以上に筋の運びの荒さが目立ちます。

もう少し丁寧な展開を考えてもいいのではないか、と思うほどに雑に感じるのです。

壱行が貫主の地位を狙うために小籐次の存在が邪魔になり、江戸へ追い返そうとするのですが、その手段やその後の行動など、あまりストーリーを練ってあるとは思えません。

佐伯作品の痛快小説としては、よく練り上げられた物語展開は不要と言っているかに思えるほどです。

事実、痛快時代小説として単純に楽しめればいいのであり、それ以上のものは求めるべきではないのでしょうか。

 

本書『鼠異聞』では、上下各巻での二つの事件に加え、物語全体を通して菖蒲正宗という懐剣が小道具となって物語が展開します。

この懐剣の扱いも下巻では雑としか思えないものではありましたが、その点はあまりしつこくは言わないこととします。

ただ、今後の小籐次の物語にも多分かかわってくる小道具だろうと推察するだけです。

 

以上のように、上下二巻という長さの物語の本書『鼠異聞』ですが、いつもの佐伯作品と同様にあまり長いとは感じませんでした。

コロナワクチンの副作用で微熱が出て倦怠感で何もする気がおきない中ただただ本書を読んでいました。

ここまで不満点ばかりを書いたものの、本書『鼠異聞』はそんな不満を持ちながらも楽しく、軽く読める作品であったことは否めません。

難しいことは言わずに単純に楽しむことができる作品だったというべきなのでしょう。

梅花下駄 照降町四季(三)

本書『梅花下駄 照降町四季(三)』は、『照降町四季シリーズ』の第三弾で、文庫本で345頁という長さの長編の痛快人情時代小説です。

前巻『己丑の大火』の後、江戸の町、そして照降町の復興の様子が描かれるなかで、ひたすら花魁からの依頼に応えようとする佳乃と、旧藩内部の争いから身を置こうとする八頭司周五郎の姿がありました。

 

梅花下駄 照降町四季(三)』の簡単なあらすじ

 

文政12年、大火は江戸を焼き尽くした。佳乃と周五郎は、照降町の御神木を守り抜いたとして町の人々に厚く感謝される。焼けてしまった店の再建を待つ間、舟を店に仕立てた「舟商い」は大繁盛し、人々は復興にむけて精いっぱいの知恵を出し合い、助け合う。
吉原の今をときめく花魁・梅花から「花魁道中で履く三枚歯下駄」の制作を託された佳乃は、工夫を凝らして新しい下駄を作りつつ、この大火で命を落とした江戸の人々の鎮魂のための催しを企画する。佳乃と花魁が企てた前代未聞の催しとは――
そんな中、藩の派閥争いから逃れて職人修業をしていた周五郎のもとに、不吉な一報が。

復興のアイデアを出し合う人々の心意気、大店・吉原・職人らが連携して作りあげた、奇跡の風景が心を震わせる。読むほどに元気が出る感動ストーリーが目白押しの第三巻。(出版書誌データベース「内容紹介」より)

 

 

梅花下駄 照降町四季(三)』の感想

 

前巻の『己丑の大火 照降町四季(二)』では、ただただ八頭司周五郎の活躍だけが目立つ痛快小説というしかない物語になっていました。

本書『梅花下駄 照降町四季(三)』ではさすがに前巻ほど周五郎だけが目立つ構成ではありません。

しかし、今度は佳乃が主人公の人情話というには無理がありそうな展開でした。

というのも佐伯泰英の描く本書『梅花下駄 照降町四季(三)』は、周りの人々の細やかな人情に支えられた佳乃の生き方が描かれているというよりは、女職人佳乃が鼻緒を挿げた高下駄が花魁の足元を飾り、江戸中の喝采を得る、という痛快小説なのです。

また、また八頭司周五郎が中心となる活劇を見せるという意味でも痛快時代小説だとも言えます。

 

ということは、本『照降町四季シリーズ』は佐伯泰英が描く珍しい人情小説シリーズだと書いたのは、細かなこととはいえ間違いだというべきでしょう。

そういえば、『照降町四季シリーズ』を人情小説と明記し、紹介した文章は無かったかもしれません。

単に、私が勝手に「人情もの」だと決めつけただけのことになります。

ただ、佐伯泰英著『照降町四季シリーズ特設サイトの中のYouTubeの画面に「江戸の人情あふれる物語」という文字があります。

同じYouTubeの画面は、本書『梅花下駄 照降町四季(三)』の特設サイトの中にもありました。

 

この『照降町四季シリーズ』は、佳乃が照降町の人々の人情に助けられて鼻緒を挿げる職人として成長していく物語です。

とすれば、本シリーズが人情ものだと言い切っても間違いとまでは言えないと思われ、文言の訂正まではしないでおこうと思います。

ただ、例えば第164回直木賞を受賞した西條奈加の『心淋し川』のような、いわゆる人情時代小説とは異なる物語の運びだとは言っておく必要がありそうです。

 

 

そしてもう一点、特に本書『梅花下駄』で気にかかったことがありました。

それは、鼻緒を挿げる女職人という設定はまあいいとして、本書では主人公の佳乃が挿げた吉原の花魁注文の高下駄が人気が出て、佳乃自身ももてはやされるというその点です。

佳乃が問題の下駄に絵まで施したのですからその下駄が人気が出たのは分かります。

しかし、本体の下駄を作ったのは別の職人です。高下駄、それも三本歯の花魁の道行き用の高下駄という難しい注文をこなしたのは伊佐次という下駄職人である筈です。

この伊佐次を抜きにして語られているのがちょっと気になったのです。

ただ、伊佐次への下駄本体の注文も、佳乃が花魁の梅花から仕事を請け、佳乃が下駄本体の仕様も考案して伊佐次に注文を出しているので、そういう意味では佳乃の作った下駄だと言えないこともありません。

そういうことで納得しておくべきなのでしょう。

 

ともあれ、この『照降町四季シリーズ』もあと一冊となりました。

当初期待した佐伯泰英が描く人情小説という思いは少し違っていましたが、それでも佐伯節のつまった面白い小説ではありました。

その一冊を楽しみに待ちたいと思います。

祇園会: 新・吉原裏同心抄(四)

本書『祇園会: 新・吉原裏同心抄(四)』は、文庫本で340頁の『新・吉原裏同心抄シリーズ』第四弾の長編痛快時代小説です。

祇園御霊会の無事の終わりを願う幹次郎らと、存亡の危機に建つ江戸吉原の面々の様子が描かれる、意外性のある一篇でした。

 

祇園会: 新・吉原裏同心抄(四)』の簡単なあらすじ

 

江戸・吉原で、評判の遣り手らが不可解な辞職をし、相次いで姿を消した。異変の臭いを嗅いだ四郎兵衛ら会所の面々は、その企みの背後を探ろうとする。一方の京では、ひと月続く華やかな祭礼、祇園会が始まった。祇園囃子の響く中、幹次郎は、新たな刺客からの脅迫と攻撃に直面する。大切な町を守るため、総力戦ともいえる戦いが幕を開ける。慟哭必至のラスト!(「内容紹介」より)

 

江戸吉原では、半籬「芳野楼」の遣り手のお紗世が他の楼の三人の遣り手を誘い楼を辞めていたが、そのうちの一人の遣り手・鶴女が水死体となって見つかった。

また、身代わりの佐吉は牢の中で今吉原で起きている事件についての話を聞き込んできたが、その話を持ち掛けてきた男も鶴女と同じような殺され方で見つかっていた。

そうした中、吉原会所七代目頭取の四郎兵衛は紗世が残していった文箱を手に入れていた。

一方、祇園御霊会が始まっていた京では、真新しい祭礼衣装に身を包んだ幹次郎が、六種のご神宝、三基の神輿、そして別格のご神宝である「勅板」を守ることを誓っていた。

その幹次郎の前には、幹次郎が倒した不善院三十三坊の弟と名乗る不善院七十七坊という男が立ちふさがっていた。

 

祇園会: 新・吉原裏同心抄(四)』の感想

 

本書『祇園会: 新・吉原裏同心抄(四)』では、京の祇園御霊会を背景として、この祭りの由来、祭事の様子を詳しく記しながら、神守幹次郎の活躍が描かれます。

同時に、江戸吉原での急激な展開も記され、本書では特に澄乃や、その手助けをする同心の桑原市松身代わりの佐吉の活躍が光ります。

というよりも、物語の進展という意味では京の幹次郎の姿よりも江戸吉原での四郎兵衛や澄乃の動向の方がメインだというべきかもしれません。

とくに、吉原の妓楼の買取を企んでいた佐渡の山師荒海屋金左衛門の背後にさらに上様御側御用取次という重職にある朝比奈義稙なる人物の存在が見えてきたことなど、新たな勢力の存在が明確になってきています。

こうした展開が、本『吉原裏同心シリーズ』の新たな魅力につながっていくことを期待したいものです。

 

祇園会」は今でいう「京都祇園祭」のことを言います。京都市東山区の八坂神社(祇園社)の祭礼であり、明治年間になってそれまでの祇園御霊会と呼ばれていた祭りです。

 

先に述べたように、本書での京での幹次郎の話は祇園会の紹介が主になっているというほかありません。

ですから、本書の物語としての面白さ自体は幹次郎よりも江戸吉原での事態の展開にあると言えます。

何よりも、本書では思いもかけない展開が待っていました。

本『吉原裏同心シリーズ』は、若干のマンネリの気配が見えてきたころ、幹次郎と麻をを京へと修行に出し、シリーズの色をかなり変えることに成功したと思っていたのですが、今回はそれをさらに上回る変化でした。

ということは、今後の展開に期待するところが大きくなるということです。

続巻を期待して待ちたいと思います。

寒雷ノ坂─ 居眠り磐音江戸双紙 2

本書『寒雷ノ坂─ 居眠り磐音江戸双紙 2』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第二巻の、文庫本で365頁の長編の痛快時代小説です。

江戸で貧乏暮らしをする磐根の日常が描かれますが、故郷の豊後関前藩とのつながりも残っています。

 

寒雷ノ坂─ 居眠り磐音江戸双紙 2』の簡単なあらすじ

 

江戸深川六間堀、金兵衛長屋で浪々の日々を送る坂崎磐音。直心影流の達人だが、相も変わらぬ貧乏暮らし。仕事の口を求めて奔走する磐音に、暇乞いした豊後関前藩との予期せぬ関わりが生じて…。些事にこだわらず、春風駘蕩の如き好漢・磐音が江戸を覆う暗雲を斬り払う、著者渾身の痛快時代小説第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

改元されたばかりの安永元年(1772)の暮、前巻の終わりに南鐐二朱銀事件で受けた傷が完治していないため、宮戸川での鰻割きの仕事もできず腹を減らすばかりだった。

そんな磐根のもとに品川柳次郎が内藤新宿でのヤクザものの喧嘩の助っ人の話を持ってきた。そこでの争いに絡んできたのが南町奉行所の笹塚孫七という年番方与力だった。

結局、磐根の要請に応じて笹塚が乗り出し、ヤクザものの二つの組が稼いだ金を皆持っていってしまい、磐根たちはただ働きとなってしまう。

そんな磐根に幸吉は、両国広小路の矢場での用心棒の仕事を持ってきた。しかし、この仕事も結局は笹塚の登場を願うこととなるのだった。

笹塚の仲介で再び神田三崎町の佐々木玲圓道場へと顔を出すようになった磐根のもとに、豊後関前藩江戸屋敷の勘定方を務める上野伊織が訪ねてきた。

慎之輔や琴平の死は関前藩内の争いがかかわっているというのだった。

 

寒雷ノ坂─ 居眠り磐音江戸双紙 2』の感想

 

シリーズも第二巻ともなり、一通りの登場人物の紹介のあと第一巻では登場していなかった南町奉行所の笹塚孫七という与力も登場します。

磐根の江戸での生活の紹介が一応終わって、物語の大きな筋が見えてくることになります。

 

それは、磐根が心ならずも身分を離れることになった旧藩である豊後関前藩の内紛です。

磐根ら親友の三人が心ならずも斬り合うこととなった原因を作ったのも国家老の宍戸文六を中心とする派閥であることが判明してくるのです。

 

こうして、本『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』は、磐根の生まれ故郷である豊後関前藩の内部紛争を基本的な軸に据えることになります。

そして、師匠である佐々木玲圓との交流、それに第一巻で南鐐二朱銀事件で名前の挙がった田沼意次などと対決することになる磐根の姿などが描かれることになるのです。

もちろん、巻ごとに何らかの騒動が起き、それを磐根や品川柳次郎らが奔走し、解決していく、その背後には今津屋があり、そして南町奉行所与力の笹塚孫七が、さらにその背後には将軍御側御用取次の速水左近が控えているという構図になります。

痛快小説としての磐根の剣劇の場面が用意してあることは勿論であり、思いもかけない展開を見せていく佐伯作品の魅力にあふれたシリーズとして展開していきます。

 

作者の佐伯泰英氏は、先の展開まで計算して書かれていたとは思われない、スケールの大きなシリーズとして広がりを見せることになる本『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』です。

再読してもなお面白さが失われない、それだけの内容を持ったシリーズでした。

三体III 死神永生

本書『三体Ⅲ 死神永生』は、新刊書で上下巻合わせて880頁近くにもなる『三体シリーズ』第三部の長編のSF小説です。

個人的な好みは別として、第一部、第二部にも勝るSFとしての醍醐味を味わうことができる一冊です。

 

三体III 死神永生』の簡単なあらすじ

 

圧倒的な技術力を持つ異星文明・三体世界の太陽系侵略に対抗すべく立案された地球文明の切り札「面壁計画」。その背後で、極秘の仰天プランが進んでいた。侵略艦隊の懐に、人類のスパイをひとり送る――奇想天外なこの「階梯計画」を実現に導いたのは、若き航空宇宙エンジニアの程心(チェン・シン)。計画の鍵を握るのは、学生時代、彼女の友人だった孤独な男・雲天明(ユン・ティエンミン)。この二人の関係が人類文明の――いや、宇宙全体の――運命を動かすとは、まだ誰も知らなかった……。
一方、三体文明が太陽系に送り込んだ極微スーパーコンピュータ・智子(ソフォン)は、たえず人類の監視を続けていた。面壁者・羅輯(ルオ・ジー)の秘策により三体文明の地球侵略が抑止されたあとも、智子は女性型ロボットに姿を変え、二つの世界の橋渡し的な存在となっていたが……。全世界でシリーズ2900万部、日本でも47万部。壮大なスケールで人類の未来を描く《三体》三部作、堂々の完結篇。(上巻 : Amazon 紹介文 )

帰還命令にそむいて逃亡した地球連邦艦隊の宇宙戦艦〈藍色空間〉は、それを追う新造艦の〈万有引力〉とともに太陽系から離脱。茫漠たる宇宙空間で、高次元空間の名残りとおぼしき“四次元のかけら”に遭遇する。〈万有引力〉に乗り組む宇宙論研究者の関一帆は、その体験から、この宇宙の“巨大で暗い秘密”を看破する……。
一方、程心(チェン・シン)は、雲天明(ユン・ティエンミン)にプレゼントされた星から巨額の資産を得ることに。補佐役に志願した艾AA(アイ・エイエイ)のすすめで設立した新会社は、数年のうちに宇宙建設業界の巨大企業に成長。人工冬眠から目覚めた程心は、羅輯(ルオ・ジー)にかわる二代目の執剣者(ソードホルダー)に選出される。それは、地球文明と三体文明、二つの世界の命運をその手に握る立場だった……。SF最大の賞ヒューゴー賞をアジア圏で初めて受賞した『三体』に始まり、全世界に旋風を巻き起こした壮大な三部作、ついに完結。(下巻 : Amazon 紹介文 )

 
『三体シリーズ』第三部『三体Ⅲ 死神永生』の主な主な登場人物
 
程心(チェン・シン/てい・しん) 航空宇宙エンジニア 執剣者
艾AA(アイ・エイエイ/あい・えいえい) 星間グループCEO
雲天明(ユン・ティエンミン/うん・てんめい)  「階梯計画」の任務執行者

トマス・ウェイド もと国連惑星防衛理事会戦略情報局(PIA)長官
羅輯(ルオ・ジー/ら・しゅう) もと面壁者・執剣者

関一帆(グァン・イーファン/かん・いっぱん) 〈万有引力〉乗員 宇宙論研究者
智子(ヂーヅー/ちし/ともこ) 智子(ソフォン)に制御される女性型ロボット

 

本書『三体III 死神永生』の冒頭に三頁程を使って簡単に第二部までの流れをまとめてあります。それをさらに簡単に括ると以下のようになります。

 

葉文潔が発信したメッセージを受信した三体世界は、地球文明へ侵略するために大艦隊を送り出した。

同時に、十一次元の陽子を改造した光速での航行が可能な超小型コンピュータの智子(ソフォン)を送り込む。

智子は、人類科学の基礎研究に入り込み結果を操れるばかりか、量子もつれ効果を利用した即時通信で地球の現状をリアルタイムで三体世界に知らせていた。

三体世界は三体文明に協力的な地球三体協会を組織し、地球文明侵略の準備をしていたが、何とかこの協会を殲滅する。

監視機構として智子が送り込まれていた人類は、智子が認知できない人類の頭の中の考えだけで対応すべく、面壁計画を立案し、四人の面壁者が選定された。

面壁者の中で全く無名の羅輯(ルオ・ジー)は、二百年の人工冬眠から蘇生し、起死回生の“呪文”によって、三体世界からの脅威を取り除くのだった。

以上のように第二部までで面壁者・羅輯の意外な活躍で三体世界の侵略を寸前のところで回避した地球文明だったが、この面壁計画とは全く別にとある計画が進んでいた。

それが三体艦隊へ向けた探査機の発出であり、「人類をひとり敵の心臓に送り込む」ことだった。

 

三体III 死神永生』の感想

 

第一部『三体』も第二部『黒暗森林』も、実にSF小説らしいアイデアに満ちていて非常に面白く読んだ作品でした。

ところが本書第三部『死神永生』は、その第一部、第二部以上に驚きのアイデアが示されているSF小説らしい小説だったと言えます。

簡単にみても、宇宙船の速度を光速の一%まで上げるための方法や、宇宙戦艦〈藍色空間〉や〈万有引力〉が遭遇した四次元空間、そして兵器としての二次元カードなどがあります。

また、時間と空間の外にあるキューブと悠久の時の流れを扱っているのですが、こうしたアイデアの紹介はネタバレになりかねないので詳しくは書けないのがもどかしく感じるほどです。

 

このように、第三部『死神永生』は第一部や第二部にも増したアイデアが詰まっています。

この点については本書のあとがきで訳者の大森望氏も書いていますが、作者の劉慈欣自身が第三部はSF小説のファン、またハードコアファンである自分自身のために書いた、と言っているようなハードコアSF小説です。

例えば、スケールの大きい名作SF小説と言えば必ず例にあがるのがアーサー・C・クラークの『都市と星』や、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』だと思うのですが、それらの作品を超えたスケールで展開します。

 

 

このように、思いもかけないアイデアで物語が壮大に展開するのはいいのですが、本書のSF的なアイデアを十分に使ったクライマックスは、私の好みとはまた異なる終わり方でした。

個人的にはこれまでの第一部、第二部で進められてきた物語の終わりかたとしては中途半端であり、それまでの物語の運びに整理がついていません。

結末にいたるまでに進んできた個々の登場人物のその後の成り行きなどが不明なのです。

 

また、本書『三体Ⅲ 死神永生』では冒頭から意味深な過去の挿話があります。また三体のゲーム内での話かと思っていたらそういう示唆は全くありません。

結局、そのまま現代の話へと移行して本編が始まったのはいいのですが、その挿話の持つ意味や、本編と前巻での話とつながらず、どのように読むべきなのか戸惑いがありました。

後で考えれば、前巻での話との直接のつながりはなかったので、私の戸惑いも当然ではあったのですが、もう少し読み手にやさしく書いてあれば、との思いは抱きました。

ただ、そうは言っても、良く読みこんでいけば本書と第二巻での話との直接的なつながりはないことは書いてあったのですから、私の難癖に近いのかもしれません。

この点は、本書が大長編である上に、前巻を読んでから半年以上が経っているために内容をよく覚えていないのですから、冒頭にこれまでのあらすじが載っているのは助かりました。

 

念のために書いておきますが、本書『三体Ⅲ 死神永生』の結末はそれはそれとして実にSF的であって満足できる出来栄えです。

また、本書が物語として筋が通っていないなどというのでもありません。本書は本書としてきちんと理屈は通っています。

ある場面での状況を書くことは即ちネタバレになるので例としても殆ど書けませんが、ただ、結末のつけ方が私の好みではないのです。

 

話は変わりますが、『三体』三部作では年代表記として、共通紀元(西暦)から危機紀元へと紀年法を改めたことになっています。その後大きな事件ごとに元号が変わり、以下抑止紀元、送信紀元などと変化していきます。

ちょっと考えると、西暦のままに通した方が分かり易いのに何故わざわざ元号制をとったのか疑問でした。

しかし、本三部作では歴史の重大事件ごとに物語が綴られ、それ以外の時間は冷凍睡眠状態でいます。

とすれば、事件ごとの年代で十分であり、西暦での年代表記はそれほど意味がないのです。特に本書に至ってはその感を強くした次第です。

また、物語の主な登場人物が中国人であり、若干名前などで混乱することもありましたが、それは中国人の書いた小説ですからあたり前のことであり、その点を言う方がおかしいことになります。

 

そしてもう一点、本書『三体Ⅲ 死神永生』では物語の途中である登場人物が作った童話、そしてその解釈が重要な意味を持ってきます。

ここでの解釈の仕方が、ある種思考ゲームにも似て盛り上がります。そういう意味でも本書は魅力的で、様々な顔を見せてくれると思います。

 

結局、本書『三体Ⅲ 死神永生』はあまりに壮大な物語であり、ストーリーも決して単純ではないこと、描かれている内容がかなりコアな内容であり、SF小説に慣れていない人たちにとっては読みにくいのではないか、との危惧もありました。

しかし、現実にベストセラーになっているのですから、私の危惧の方がおかしいことになります。

それほどに魅力的な物語だということができるのでしょう。

是非の一読を勧める作品でした。

陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙 1

本『陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙 1 』は、『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第一巻の、文庫本で解説まで入れて356頁の長編の痛快時代小説です。

今では『居眠り磐音シリーズ』として決定版も出ている人気シリーズを再読し始めました。やはり面白いシリーズです。

 

陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙 1 』の簡単なあらすじ

 
本書『陽炎ノ辻』についての旧版、新版二つの内容紹介文を載せておきます。下が「決定版」つまり新しい版であって、私の紹介文は旧版に基づくものです。

直心影流の達人、坂崎磐音。藩内騒動がもとで自藩を離れ、江戸深川六間堀で浪々の日々を送る。ある日、磐音はふとした縁で両替商の用心棒を引き受けるが、幕府の屋台骨を揺るがす大陰謀に巻き込まれてしまう。些事にこだわらず春風のように穏やかな磐音が颯爽と悪を斬る、著者渾身の痛快時代小説。(「BOOK」データベースより)

豊後関前藩の若き武士3人が帰藩したその日に、互いを斬り合う窮地に陥る。友を討った哀しみを胸に、坂崎磐音は江戸・深川の長屋で浪人暮らしを始める。大家の金兵衛に紹介された両替屋での用心棒稼業で、やがて幕府をもゆるがす大きな陰謀に巻き込まれ…。平成を代表する超人気時代小説の“決定版”が、ついに刊行開始!(決定版 「BOOK」データベースより)

 

坂崎磐根にとっては三年ぶりの故郷である豊後関前城下に、幼馴染の河出慎之輔と小林琴平と共に帰ってきた。

しかしそこで待っていたのは慎之輔の妻の舞が密通をしているという話であり、その行き違いにより琴平は慎之輔を斬り、その琴平を磐根が切り捨てることになってしまう。

国家老の正睦を父に持つ磐根は、許嫁である琴平の妹の奈緒を娶るわけにもいかず、関前にも居れなくなり、再び江戸へと出てくるのだった。

その年の十月の中旬、深川六間堀町の金兵衛長屋に住んでいた磐根は、金兵衛の娘のおこんが奉公している今津屋という両替商に用心棒として雇ってもらうことになった。

今津屋では十代将軍の徳川家治のもと、老中になった田沼意次の新貨幣政策の南鐐二朱銀の新発行に伴うとある企みに巻き込まれることになるのだった。

 

陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙 1 』の感想

 

本書『陽炎ノ辻 ─ 居眠り磐音江戸双紙 1 』は一大ベストセラーとなった『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』の第一巻です。

本『居眠り磐音江戸双紙シリーズ』は、十数年前からとおして一度読んだことがあるのですが、改めて最初から読み直してみようと思い立ちました。

本シリーズの最初の頃のまさに痛快小説と呼べる面白さがシリーズの途中から変化したように思え、その点を確かめたいと思ったのです。

でも、本シリーズが面白いので再読したかった、というのが一番大きな理由でしょう。

 

本書『陽炎ノ辻』の冒頭から、自分の許嫁の兄でもある親友と対決し、これを斬り捨てなければならないという主人公の坂崎磐根という存在が強烈に迫ってきます。

その後、郷里の豊後関前藩を離れ、江戸で浪人として暮らす磐根のその日暮らしの姿が描かれ、その落差がまずは印象に残ります。

その上で、どてらの金兵衛長屋に住まう磐根が今津屋とのつながりを持ち、品川柳次郎竹村武左衛門という知己を得る様子が描かれます。

ここで、本シリーズの基本的な登場人物や環境が整えられるのです。

 

その上で磐根は時の老中の田沼意次がすすめる新貨幣政策にからんだ事件に巻き込まれていきます。

一介の浪人が江戸の町の豪商と知り合い、田村意次という歴史上高名な人物の政策に絡んだ働きを見せるという痛快小説としては王道の物語が展開されます。

あらためて読み直しても、作者の佐伯泰英の物語の進め方がうまいと思わざるを得ない運びであり、読者を飽きさせない流れになっていることが言えそうです。

だからこそ、この後全部で五十巻を越える一大ベストセラーシリーズとして人気を博することになったと言えるのでしょう。

 

その人気は、本書『陽炎ノ辻』を原作として山本耕史主演でテレビドラマ化され、さらには松坂桃李という人気スターを主人公とした映画も作られることになります。

 

 

また、かざま鋭二の作画でコミック化もされています。

 

 

ともあれ、一大人気シリーズの第一巻を読み直し始めました。さすがに再読してもその面白さは褪せません。

今後も随時読み進めたいと思っています。