紅子

1944年満州。馬賊の城塞に、関東軍の偵察機が突っ込んでくる。冷徹な首領、黄尚炎たちは、パイロットが絶世の美女であることに驚く。その女、吉永紅子は、子供たちを救出したいがために、荒くれ男たちのいるこの谷へ女一人で飛び込んできたという。尚炎は、この女は肝が据わっているのではなく、馬鹿なのだと呆れる。関東軍特務機関の黒磯国芳少佐は、吉永紅子が嫌いだ。甘粕正彦に可愛がられ、やりたい放題する紅子を憎いとさえ思っている。無茶で破天荒な女に翻弄される、馬賊の頭領と関東軍将校。一方、甘粕が隠匿する金塊を狙う輩たち。騙し騙され欲望が渦巻く、サスペンスフルな冒険譚。(「BOOK」データベースより)

 

満洲映画協会理事長でもあった甘粕正彦らのいる満州を舞台に馬賊らが駆け巡る、荒唐無稽な長編の冒険小説です。

少々物語が平板な印象はあり、もろ手を挙げてお勧めできる作品とまではいかないものの、それなりの面白さを持った作品でした。

 

物語が平板と書いたのは、文字通りに物語を全体としてみたときにメリハリが少ない、つまりは山場とそれ以外の場面とでの差が感じにくいということです。

主人公の吉永紅子や、こちらも実質的な主人とも言える黄尚炎らが、この物語の発端となる子供たちの救出劇を経て、紅子と共に行動することになります。

そして紅子の信奉者であり、満洲映画協会理事長でもあった甘粕正彦の隠匿した金塊を巡る馬賊らの攻防に巻き込まれていくのです。

そうした馬賊の関東軍本部への侵入や馬賊同士の戦いなどの出来事が紅子を軸として描かれているのですが、個々の出来事が同列に近い描かれ方をしているために平板に感じられるのだと思います。

 

そうした平板に感じられる物語の流れの中で、紅子自身も、助け出した子供たちが住む村から裏切られ、他の馬賊に売られたり、尚炎の姉の華雷からひどい仕打ちを受けたりもします。

そんな紅子自身に対する出来事でさえも物語の流れの中で並列的に感じられてしまうことは少々残念でした。

ただ、紅子というキャラクターの持つ生来の明るさと正義感は、そうした苦労をも吹き飛ばしてしまうほどのものでもあり、少々戸惑うキャラクター設定ではあるものの、作者自身が言うコミックノベルとしては許容範囲だと思われます。

 

ただ、物語自体は黄尚炎や黒磯国芳といった人物が中心になって動きます。タイトルにもなっている「紅子」すなわち吉永紅子は彼らに予想外の行動をさせることになる元凶としてのキーパーソンなのです。

ここで主要登場人物としての黄尚炎とは、中国土着の民間防衛組織である黄威(ホアンウエイ)という名の保衛団の首領、即ち攬把です。

またもう一方の主要人物の黒磯国芳とは関東軍特務機関少佐であって、何故か甘粕正彦に気に入られ、黄尚炎や紅子らとのかかわりを持つことになります。

 

本書には甘粕事件で名の知られた甘粕正彦をはじめとする歴史上実在した人物の登場しますが、見知った名前が登場するのはやはりうれしいものです。

ここで甘粕事件とは、ウィキペディアによりますと、

関東大震災直後の1923年(大正12年)9月16日、アナキスト(社会主義思想家)の大杉栄と作家で内縁の妻伊藤野枝、大杉の甥橘宗一(6歳)の3名が不意に憲兵隊特高課に連行されて、憲兵隊司令部で憲兵によって扼殺され、遺体が井戸に遺棄された事件である。被害者の名前から大杉事件ともいう。( ウィキペディア : 参照 )

とありました。

 

この甘粕正彦という人物は、一般的には上記の甘粕事件のこともあって悪魔的な非道な人物として描かれることが多いのですが、一方で才能豊かな逸材として描かれている作品もあります。

とはいっても小説では無く、ドラマ化もされたベストセラーコミックである『仁(じん)』を描いた村上もとかという作者の『龍(ロン)』というコミックです。

剣道に邁進していた主人公が大陸に渡るエピソードのなか、彼の想い人もまた大陸で女優として育っていたという話です。物語の舞台の一つとして満州映画が登場し、そこに甘粕正彦も多面的な才人として登場します。

他に小説でも甘粕正彦に触れた作品があったと思うのですが、どうにも思い出せないので、思い出したら追記します。

 

 

他に懐かしい名前として「小日向白郎」という人物も名前だけですが登場します。日本人ながら満州の馬賊の頭領として頭角を現した実在の人物です。

この点で思い出すのは、女優檀ふみの父君でもある作家檀一雄の『夕日と拳銃』(角川文庫 上下二巻)という小説を原作とする、同名のテレビドラマです。中国大陸の馬賊を主人公とする物語でした。

この小説は、満蒙独立運動に身を挺したという伊達順之助という実在の人物をモデルにした冒険小説で、残念ながら私は未読です。ただ、テレビドラマは幼心にも面白いドラマであり、胸おどらせて見た記憶があります。

 

 

 

そもそも「馬賊」とは、

騎馬の機動力を生かして荒し回る賊。清末から満洲国期に満洲周辺で活動していた、いわゆる満洲馬賊が有名。( ウィキペディア : 参照 )

なのだそうです。

私の幼いころはまだ広大な満州を舞台に駆け巡る馬賊などの話が残っていたように覚えています。

 

繰り返しますが、本書はそんな馬賊が活躍する日中戦争が始まるころの中国満州を舞台に展開される荒唐無稽な冒険譚です。

主人公である吉永紅子の正義感に満ちた、しかし無邪気で奔放すぎる行動に馬賊の首領である攬把の尚炎らが振り回され、何度も死線をさまようことになります。

本書は作者自身も言うようなコミックノベルであり、シリアスな冒険小説とは異なります。そうしたことを前提として認識していないと、紅子という女性の多面的な性格に振り回されてしまいそうです。

花々

島を愛する旅人の純子と、故郷の沖縄を出て東京のキャリアウーマンとして生きる成子。「おんな一人旅の宿」というテーマで奄美諸島の神秘の島々を取材する二人だが、彼女らが見つけたものは、取材の目的以上の大きなもの。それは、それぞれが背負う「宿命」だった―。第1回日本ラブストーリー大賞・大賞作『カフーを待ちわびて』の明青と幸の暮らしの傍でくり広げられていた、もう一つの感動ストーリー。(「BOOK」データベースより)

 

本書は第1回日本ラブストーリー大賞の受賞作である『カフーを待ちわびて』のスピンオフとでもいうべき作品です。

 


 

南の島を舞台に、都会から逃げ出して島へ来た女性の難波純子、逆に島から都会へと出ていった女性の山内成子という、『カフーを待ちわびて』で描かれた沖縄の与那喜島に起きたリゾート開発のために人生が変わった二人を中心に描かれる物語です。

人はそれぞれの人生に何らかの背景をもって生きています。

本書の場合それはある女性は認知症の母から自分を否定された過去を持ち、また、ある女性は島から出てバリバリのキャリアウーマンとして働いていながらも、夫への配慮を忘れ独り身になってしまっています。

その女性らが、同じように都会から島へとやってきた女性らと出会い、喜びを得、また涙し、自分の生き方をあらためて見つめ直します。

 

カフーを待ちわびて』はラブストーリーでしたが、兄弟本ともいえる本書はそうではありません。

いろいろな女性の生き方を島を舞台に問い直してみる、そんな物語です。

 

本のタイトルのようにいろいろな「花」が効果的に使われていて、もしかしたら感傷過多と言えるかもしれませんが、それでもなお、たまにはこうした心温まるやさしい物語もいいもんだ、と思います。

本書のような心温まる作品としては、 有川浩の『阪急電車』という作品があります。

阪急電車の今津線でのほんの十数分の間の出来事を、各駅ごとの章立てで描き出した、ほんわかとした物語でできている連作短編集です。

 

 

また、 佐藤多佳子の『しゃべれどもしゃべれども』も、しゃべることが苦手な様々の事情を持つ登場人物が、二つ目の落語家である主人公のもとへ話し方を習いに来る、心温まる物語です。

 

 

勿論、両作品共に作者の個性が発揮されている作品であり、似ているとはいっても読後感が爽やかで、あたたかな気持ちになるという点においての話です。

刑事ものやハードボイルドのような冒険小説を好む私としては、たまには本書や上記のような作品を読むと子持ちよくなれるのです。

べらぼうめ!-若旦那道中双六(3)

赤坂宿で土地のやくざの抗争に駆り出されそうになるもなんとか逃げ出した巳之吉は、赤坂から遠ざかるべく先を急ぐが、橋の袂で下りた河原でお峰という女と知り合い、岡崎宿まで同道することに。奉公の年季が明けて生まれ在所に帰る途中だというお峰だが、思わぬ事実を打ち明け、巳之吉にある願いを託してくる―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る人気シリーズ第三弾!!(「BOOK」データベースより)

 

若旦那道中双六シリーズの第三巻目の長編人情小説です。

 


 

前巻で「人斬りの磯吉」と間違われ逃げ出した巳之吉は、藤川宿を過ぎ岡崎宿へとやってきました。そこで、足抜けをしたらしいお峰という女と知り合い、矢作川上流にあるお峰の里の様子を見てきてほしいと頼まれるのでした(第一話)。

池鮒鯉宿の問屋で難儀していた娘を助けた巳之吉は、次の鳴海宿の手前で駕籠かきにからまれている先ほどの娘を助けようと声を掛けますが、逆にやられてしまいます。そこを弥三郎という旅人に助けられるのでした(第二話)。

熱田神宮を擁する宮宿の七里の渡しで船に乗り損ねた巳之吉は、満員の宿に泊まれず芝居小屋の道具置場に潜り込む羽目になります。そこで芝居の台本を書くことになるのでした(第三話)。

第三話での芝居小屋で、見知らぬ女三人に自分を捨てるのかと押しかけられた巳之吉は、何とか七里の渡しを越え四日市にある「高倉屋」へと挨拶にやってきます。そこで気になったのが、巳之吉の世話をしてくれる綱七という男とお勢という幼馴染みの仲でした(第四話)。

 

本シリーズの前巻までの印象として、人情小説でもなくかといって痛快小説とも言えなくて、今一つ焦点が定まっていない印象だと書きました。

しかし、第三巻となる本巻では、伊左蔵の正体も明らかになるなどの事情もあってか、前巻ほどの中途半端さはないように思えます。

というのも、人当たりがよく、家業以外では思いもかけない能力を発揮している巳之吉の姿が次第にはっきりとしてきたからでしょうか。それなりの魅力を持った人物に思えてきたからです。

 

もともとは能力はあるもの「渡海屋」の跡継ぎとしての清くも自覚も見せなかった巳之吉の性根を叩き直すためにと考えられた京都行きの話でした。

それが、巳之吉の旅姿を眺めているうちに、いい加減で口八丁なところはあるものの、座付き作家としての能力を発揮したり、妙なところでの人の良さを見せたりと、おとこ気のあるところを見せたりと意外な魅力を見せるのです。

加えて、巳之吉のいない江戸での儀右衛門のもとを訪れる巳之吉の遊び仲間の丑寅や岩松、右女助らから聞く巳之吉の姿に意外なものもあったりしたからでもあります。

 

つまりは、はっきりしないと思われていたこの物語の色が、その漠然とした色こそが持ち味だと感じてきたというところでしょうか。

しかしながら、時代小説に明確な人情話や痛快な剣戟の場面などを求める向きにはやはり向かない物語かもしれません。

こうした文章を書いている私自身が本巻は読むのをやめようかと思ったほどですから、そうした考えも無理はないと思うほどの物語です。

ただ、ここまで読み進めてくるとそれなりの味わいのある物語であり、以降の展開が気になる物語でもあります。

いますこし付き合ってみようと思います。

おもかげ

商社マンとして定年を迎えた竹脇正一は、送別会の帰りに地下鉄の車内で倒れ、集中治療室に運びこまれた。
今や社長となった同期の嘆き、妻や娘婿の心配、幼なじみらの思いをよそに、竹脇の意識は戻らない。
一方で、竹脇本人はベッドに横たわる自分の体を横目に、奇妙な体験を重ねていた。
やがて、自らの過去を彷徨う竹脇の目に映ったものは――。(「内容紹介」より)

 

親子・家族の情愛が満開の浅田次郎節にのせて展開される長編のファンタジー小説です。

 

第一章の冒頭の「旧友」の項で、ある会社の社長の堀田憲雄が中野の国際病院に駆けつけるところからこの物語は始まります。その病院には堀田と同期入社の竹脇正一が入院していました。

次の項「妻」では視点が変わり、竹脇正一の妻節子の視点で語られます。夫正一は誕生日の翌日、すなわち定年退職の翌日の十二月十六日に、帰りの地下鉄の中で花束を抱えたまま倒れたのでした。

それから項が変わるたびに竹脇正一の娘・茜の夫である大野武志、大野武志の親方でもある永山徹と視点が変わります。

そして第二章での「マダム・ネージュ」と「静かな入り江」という二つの項では、共に竹脇正一の視点で、マダム・ネージュと仮の名前を入江静という二人の女性との会話が示されます。

その後も、そして、三章、五章という奇数の章では大野武志や看護師の児島直子、隣のベッドに眠る榊原勝男、娘の茜、大野武志、節子の視点と項ごとに語りの主体が変わるのです。

また第四章と第六章では竹脇正一の視点で、隣のベッドに寝ている榊原勝男との銭湯行き、榊原勝男ことカッちゃんの初恋の人である峰子との地下鉄丸ノ内線での会話、正一が初めて心から愛した古賀文月についての話が語られます。

つまり、偶数章では項が変わっても視点は竹脇正一に固定され、語る対象が異なるだけになります。

 

このように各章の項ごとに視点の主体が変化しながら物語は進んでいくのですが、こうしてこの物語の全体像を改めて見直してみると、実に慎重に計算され、伏線があちこちに張り巡らされた小説であることが鮮明に浮かび上がってきます。

 

本書で重要な役割を果たしているのが地下鉄です。それもかつては営団地下鉄と言っていた今の東京メトロの丸ノ内線です。

この丸ノ内線は私が学生の頃よく乗った地下鉄です。中野坂上駅から分岐した一つ目の駅の中野富士見町に住み、次いで竹脇正一が始発駅と言っている荻窪へと引っ越しましたので、いつも乗っていた電車なのです。

御茶ノ水駅を経由して池袋まで走るこの路線は、さだまさしの「檸檬」という歌や、吉田拓郎の「地下鉄にのって」という歌にも歌われていて、青春を過ごした街・東京を思い出させる路線でもあります。

 

 

 

さらに個人的なこととの絡みで言えば、本書の主人公の竹脇正一は、作者の浅田次郎の誕生年である1951年の生まれであって私と同年齢でもあります。

ですからこの本で述べられている幼い頃から学生時代頃までの想い出のほとんどは、熊本市という地方都市から上京していた私の思い出とも重なるのです。

 

そうした個人的な心情を除いても、本書で描かれている情感の描写は見事です。

特にクライマックスになってからの、短めの文章をたたみかける、心の奥に訴えかけてくるリズミカルな言葉の連なりの美しさは他の人では書けないものがあります。

例えば、第六章での「黄色いゆりかご」の項での二つの《神田》での、「君がはたちになれば・・・」からの一文と、「僕がはたちになれば・・・」との一文とのリフレインは心打たれます。

 

浅田次郎にはその名も『地下鉄(メトロ)に乗って』という小説がありました。地下鉄が主人公を過去の世界に連れて行く物語であり、家族について考えさせられるファンタジックな長編小説でした。

第二次世界大戦直後の日本に連れていかれた主人公小沼信次は、そこで過去に戻る前の世界では反発していた若い頃の父小沼佐吉に出逢い、そして、父の来し方をたどることになり、その生きざまを見ることになるのです。

 

 

あらためて本書を見返すと、この物語の終盤に至るまで、私は本書の様子がよく分かりませんでした。

はじめは各項で視点を移し各々の登場人物の心象を描いている描き方からみて、竹脇正一という人物の姿をミステリアスに明らかにしていく物語だとの思い込みを持っていました。

確かにそうした面もあるのですが、しかし、物語が進むにつれて物語はファンタジックな内容へと変化をしていき、竹脇正一のいまだ不明な過去に焦点が当たっていくにつれ、そうではないと思えてきました。

クライマックスに至っては浅田節に取り込まれてしまい、明かされた竹脇正一の生まれの謎などが一気に読み手の心の中に流れ込んできます。

残されたものは感動でしかありませんでした。

 

最後に竹脇正一はどうなるのか、レビューを見るといろいろなとらえ方があるようです。正解はない、個々人の捉え方の問題でしょうから、是非自分で読んで結末を考えてもらいたいものです。

できれば、前に読んだ文章の意味がここにつながるのかという驚きの発見という意味でも、再読をした上で考えてもらいたい作品です。

浅田次郎の語りの手腕に見事にはまってしまった一篇でした。

新宿鮫Ⅺ 暗躍領域

信頼する上司・桃井が死に、恋人・晶と別れた新宿署生活安全課の刑事・鮫島は、孤独の中、捜査に没入していた。北新宿のヤミ民泊で男の銃殺死体を発見した鮫島に新上司・阿坂景子は、単独捜査をやめ、新人刑事・矢崎と組むことを命じる。一方、国際的犯罪者・陸永昌は、友人の死を知って来日する。友人とは、ヤミ民泊で殺された男だった―。冒頭から一気に読者を引き込む展開、脇役まで魅力的なキャラクター造形、痺れるセリフ、感動的なエピソードを注ぎ込んだ、八年ぶりのシリーズ最新作は、著者のミステリー&エンターテインメント作家としての最高到達点となった!(「BOOK」データベースより)

 

新宿鮫シリーズの第十一巻目となる長編のハードボイルドチックな警察小説であって、新刊書で七百頁を超えるという大作です。

 

前巻『絆回廊』で大切な二人を失った鮫島の、新しい立場での活躍が描かれています。

前巻での意外過ぎる展開を受けての続巻であり、前巻を読み逃したまま本書を読んだ私としては、少なくとも前巻を読んでからのほうがよかったか、とも思っています。勿論、未読でも十分に面白い物語です。

また、シリーズを読むのが久しぶりだったためなのか、シリーズの初めに感じていた、鮫島という孤高の刑事を描いたハードボイルドという印象が薄くなっているとも感じました。

 

今回の物語は、外国人相手の違法薬物の取引が行われているというタレコミにより鮫島が設置したヤミ民泊の取引現場の録画映像に、殺人の現場が映っていたことから捜査が始まります。

発見された死体は身元の手掛かりすらなく、捜査は壁に突き当たりますが、そこに田島組というヤクザが絡んでいることを知ります。

さらには、前巻『絆回廊』で鮫島の命を狙い失敗した陸永昌、別名樫原等や公安の香田もまた鮫島の前に現れるのでした。

 

 

前巻では鮫島のよき理解者であった桃井課長を亡くし、とも別れるという大きな変動がありました。

その鮫島が本書では、基本こそ大事だという新任の課長の阿坂景子に戸惑いつつ、この阿坂課長から刑事は二人組での行動が原則だからと、新任の相棒の矢崎と組まされてもいます。

単独での行動の中にこそ魅力があった鮫島が、自分の行動が相棒にとって不利益になるかもしれないと考えるなど、行動を自制せざるを得ない状況にあります。

そうしたことがこれまでの鮫島と異なる印象を持った理由だとすれば、作者の意図の通りであり、その点を疑問に思った私こそが読み込みが足りないことになりそうです。

 

しかしながら、そうした事情を汲んだうえでもなお組織に対する、もしくは仲間という存在に対する鮫島の考えがこれまでとは異なる感じはあります。

本書のストーリーが、例えば 今野敏の描く『隠蔽捜査シリーズ』や、 誉田哲也の描く『姫川玲子シリーズ』のように、チームとしての捜査の過程自体を描き出す警察小説と似た印象をうけたのです。

 

 

チームとしての捜査陣が活躍する物語とは異なるはずなのにそう感じるということは、孤高を保ってきた鮫島の、“仲間”を守るというこれまでにはない感情が前面に出ていることから来るのではないかと思われます。

“仲間”という観点からすると、数少ない鮫島の理解者である鑑識の藪との共同での張り込みというこれまでにない状況もあります。

と同時に、本来は敵対するはずの田島組の浜川との情報の交換、香田との奇妙な連携などが織り込まれているところからも来ているのかもしれません。

本来は晶という最大の理解者との別れを経た鮫島は、より孤独に、先鋭的になると思われるのですが、少なくとも本書ではその逆を行っているとも言えるのです。

 

ともあれ、前作『絆回廊 新宿鮫Ⅹ』の出版から八年が経っています。個人的にはその前の『狼花(おおかみばな) 新宿鮫Ⅸ』以来の十三年ぶりの新宿鮫になります。

七百頁を超えるという長さの物語のため少々長すぎないかという思いはあり、また鮫島の印象の変貌もあるものの、やはり面白い作品であることは間違いありませんでした。

鮫島の今後の活躍をなお期待したいと思います。

すっとこどっこい!-若旦那道中双六(2)

女に金を騙し盗られ、逗留を余儀なくされた岡部宿をあとにした『渡海屋』の若旦那の巳之吉は遅れを取り戻すべく先を急ぐ。小夜の中山峠も無事越えて見付宿に辿り着くが、無理が祟ったのか、街道の辻で倒れてしまう。目浚え女のおしげに助けられ、事なきを得た巳之吉だが、おしげの家にしばらく厄介になることになり―。愛嬌たっぷりの若旦那が繰り広げる、笑いと涙の珍道中!時代劇界の超大物脚本家が贈る痛快シリーズ第二弾!!(「BOOK」データベースより)

 

世間知らずの大店の若旦那の京都までの一人旅をユーモアたっぷりに描く、若旦那道中双六シリーズの第二巻目の長編人情小説です。

 


 

霊岸島南新堀にある廻船問屋『渡海屋』の若旦那の巳之吉は、祖父の儀右衛門の図りごとにはまり、後継ぎとしての成長のために京都へと旅立ちました。

前巻では小田原では船中に閉じ込められ、富士川では川止めに会い、岡部宿では道行を共にした女に有り金を持ち逃げされたりもした巳之吉でした。

そんなこんなで、本来であればひと月もあれば京都へ行ってすでに江戸へと帰りついてもいい頃だったのですが、未だ京までの行程の半分にも満たない駿河国にいます。

 

やっと日本橋から数えて二十四番目の金谷宿に着いた巳之吉でしたが、大井川の川止めがとけ、更に参勤交代の行列も重なっていたため、やっと宿を見つけた巳之吉でした。しかし、飲み屋で知り合った脇本陣からも追い立てられた参勤交代の侍と知り合い、意趣返しを思いつくのです(第一話)。

そのいたずらの後、松の葉を煎じた飲み物を飲まされた巳之吉は急な腹痛に襲われ、目さらし女の家に担ぎ込まれます。そのころ江戸ではお千代という亭主持ちの女が巳之吉を訪ねてきていました(第二話)。

目さらし女の家で養生した巳之吉は儀衛門の名代として新居宿の「黒松屋」へと挨拶に訪れますが、主の新左衛門から逗留するように言われ、断わり切れないでいました(第三話)。

姫街道との合流点からすぐの御油宿にたどり着いた巳之吉でしたが、ここで「人斬りの磯吉」という人物と間違われ、この御油宿と一つ先の金谷宿の貸元同士の争いに巻き込まれてしまうのでした(第四話)。

 

本シリーズは、基本的に落語で言えば与太郎的な人物が巻き起こすコミカルな騒動を渡海道中膝栗毛のような道中記として展開する物語を企図したのでしょう。

しかし、第二巻の本作品までを読む限りでは、人情小説とも言い切れず、かといって痛快小説というにはそうでもなく、今一つ焦点が定まっていない印象です。

基本的に各巻は四つの章でなり立っていくと思われますが、その各章が主人公巳之吉の与太郎ぶりを主張したいのか、巳之吉は単なる傍観者としてその章の登場人物の人情物語を展開したいのかはっきりとしないのです。

そんなことは関係なく、巳之吉のいい加減さからくる顛末記をただ眺めていればいいと言われればそれまでですが、そのいい加減さもまたなんとも言いにくい状況です。

今後の続巻の展開では巳之吉のそれなりの成長ぶりが描かれていることを期待したいと思います。

 

このような道中記としては、朝井まかての『ぬけまいる』や『若旦那道中双六シリーズ』の項にも挙げた 鈴木英治の『若殿八方破れシリーズ』などがあります。

前者『ぬけまいる』は、かつて「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれたアラサー三人組が突如、仕事も家庭も放り出し、お伊勢詣りに繰り出すという、女三人組の珍道中を描いた作品であり、後者『若殿八方破れシリーズ』は、信州真田家の跡取りである主人公が自分に尽くしてくれていた家来が殺されたため、本来許されない筈の仇打ちの旅に出るという物語です。

ともにユーモアたっぷりな物語であり、軽く読める作品です。

 

 

総理の夫 First Gentleman

20××年、相馬凛子は42歳の若さで第111代総理大臣に選出された。鳥類学者の夫・日和は、「ファースト・ジェントルマン」として妻を支えることを決意。妻の奮闘の日々を、後世に遺すべく日記に綴る。税制、原発、社会福祉。混迷の状況下、相馬内閣は高く支持されるが、陰謀を企てる者が現れ…。凛子の理想は実現するのか?感動の政界エンタメ!(「BOOK」データベースより)

 

日本初の女性総理大臣の夫が記す、未来の超一級歴史的資料となる予定の日記、という形式をとった長編小説です。

テーマは非常に面白そうで手にとっては見たものの、この作者の手になる作品としては若干私の好みとは異なる作品でした。

 

主人公は、相馬日和という三十八歳の鳥類学者です。日本を代表する大財閥相馬一族を実家に持つイケメンです。東京大学理学部を卒業後、同大学院生物多様性科学研究室で博士課程を修了し、現在は善田鳥類研究所の研究員です。

日和の母親相馬崇子は「音羽の奥さま」と呼ばれ、何人もの使用人にかしずかれている存在であり、兄の相馬多和は非上場企業グループ「相馬グループ」のCEOです。

そして、この物語の中心にいるのが相馬凛子、四十二歳です。東京大学法学部卒でハーバード大学院法学政治学研究科で博士課程を修了し、公共の政策シンクタンクで研究員を務めたのち、三十一歳で無所属で衆議院議員に初当選した美人です。

ちなみに凛子の父親は真砥部惇といい最年少で開田川賞を受賞した小説家であり、花親の真砥部夕は東大大学院教授で国際政治学を専門とする政治学者で、二人ともに既に他界されています。

ほかに、凛子が党首を務めていた直進党の広報担当だった富士宮さんが、「総理の夫広報担当」として日和の日常を監視する役目としており、更に、凛子のスピーチライターとして、本書の作者原田マハの『本日は、お日柄もよく』に登場した伝説のスピーチライターである久遠久美も少しですが登場します。

 

 

この凛子が政界屈指の策士、原久郎の後押しで内閣総理大臣になることとなったのです。

つまり、与党だった民権党の原久郎が米沢内閣に反旗を翻し、野党の直進党党首相馬凛子が提出した内閣不信任決議案に同調して民権党を割って出たことで民権党は野に下り、成立した連立内閣の首班として相馬凛子が指名されるに至りました。

そこで、凛子の夫の日和が、後々のためにと総理大臣たる凛子の夫としての毎日を日記に認めることになったのです。

 

日本初の女性総理の成立や日常の裏側を垣間見れる、という設定は非常に魅力的であり、勇んで読み始めたのですが、残念ながら私が予想していた内容とは異なるものでした。

というのも、登場人物、特に相馬凛子という人物は現実にはあり得ない完全無欠な人物であり、まさに虚構の世界にしか存在しえないであろう人物として設定されていました。

その上で、総理の夫たる相馬日和を始めとする登場人物らも虚構の世界の人達でしかありません。

結局、本書は現実の政界に対するカタルシスをもたらしてくれるであろう物語を超えて、ファンタジー小説と言うしかないのです。

 

ただ、私が勝手に内容を予想し、ハードルを上げた末に、そのハードルに達していなかったというのですから非常に失礼な話ではあります。

擁護するわけではありませんが、本書でも消費税など様々な社会問題に対する凛子の主張など、かなり調べ上げられたうえで書かれてはいます。

ただ、消費税を15%にアップするという公約に対する国民の理解が簡単にと言っていいほどに進むことなど、若干首をひねらざるを得ない点が多々あるのです。

更には、凛子と日和に襲い掛かるスキャンダルの仕掛けも都合よく処理されてしまう、という点も物語展開として勿体ないとしか感じませんでした。

 

物語として、総理大臣となった凛子と日和の夫婦の関係も、たまには危うさを感じる場面もあり、物語としての展開自体はさすがに面白く読んだものです。

全344頁という分量を長いと感じずに読み通したのも事実です。

しかし、それには相馬日和と相馬凛子という、頭がよくて金持ちで見栄えのいい人間像を受け入れた上で、権謀術数渦巻く政財界の現実を捨象した上での話です。

現実との乖離というファンタジーを認めにくい人にとってはあまりお勧めできない作品でした。私が読んだ限りでの原田マハという作家の作品の中では、本書は上位にはいかないと思います。

 

蛇足かもしれませんが、本書のように政治の世界を舞台にしたエンタテイメント小説としては、まず 池井戸潤の『民王』という小説があります。総理大臣とその息子との間で突然人格が入れ替わってしまい巻き起こるドラマをユーモラスに描き出した物語でした。

この作品は設定自体がファンタジーではあるのですが、私の好きな 池井戸潤の物語としては何故か途中で読むのをやめた記憶しかありません。

どうして読むのをやめたのか、人格の入れ代わりという前提での政界の混乱を描いてあると思ったのに、その点がそうでもなかったからではなかったかと思いますが、はっきりとは覚えていません。

 

 

そして少々古く、またエンタメ小説とは言えないでしょうが、戸川猪佐武の『小説吉田学校』(人物文庫 全八巻)という作品があります。

しかし、この作品はここで取り上げるべき作品ではないかもしれません。ただ、政界の裏側を描いた実録小説として非常にインパクトがあったので挙げておきます。

他にコミックの世界では何作かありますが、大人気作『島耕作シリーズ』を描いた弘兼憲史の『加治隆介の議』(講談社漫画文庫 全10巻)があります。政治の世界を正面から描いた読みごたえのある作品でした。

 

 

犯人に告ぐ3 紅の影

依然として行方の分からない“大日本誘拐団”の主犯格“リップマン”こと淡野。神奈川県警特別捜査官の巻島史彦はネットテレビの特別番組に出演し、“リップマン”に向けて番組上での対話を呼びかける。だが、その背後で驚愕の取引が行われようとしていた!天才詐欺師が仕掛けた大胆にして周到な犯罪計画、捜査本部内の不協和音と内通者の存在―。警察の威信と刑事の本分を天秤にかけ、巻島が最後に下す決断とは!?(「BOOK」データベースより)

 

雫井脩介著の『犯人に告ぐ3 紅の影』は、『犯人に告ぐシリーズ』の第三弾となる長編の警察小説です。

第一巻同様の「劇場型捜査」と銘打たれた対決が描かれるのですが、今回はネットテレビを通じた対決として描かれます。

にもかかわらず、今一つの印象でした。

 

全体として物語の展開がすっきりとしないのです。

前巻で「大日本誘拐団」と名乗る誘拐団の実行犯は逮捕したものの、主犯格のリップマンこと淡野は未だ逮捕には至っていませんでした。

本書ではその淡野と警察との対立をメインに物語は展開するのですが、主に淡野の生い立ちから、詐欺の様子をも含めた淡野の日常の生活にまずは焦点があっています。

その上でリップマンこと淡野の背後にまた更なる存在が登場します。

 

そして、巻島捜査官を中心とした警察との駆け引きがあるのですが、その警察内部でまた縄張り争いなどの対立構造があり、巻島は影が薄い存在となっています。

加えて、空気を読めない小川という警察官の描写が加わりますが、この小川の存在がどうにも中途半端な印象です。

勿論、こうした警察内部の争いの描写にはそれ自体にそれなりの意味はあるのですが、それにしても、犯人側、警察側それぞれで登場人物の思惑が錯綜し、物語の流れが渋滞を起こしている印象です。

 

長編であってもこうした渋滞を起こしていない作品としては、近年の警察小説で言えば、同じ警察内部の対立を描く作品としては 横山秀夫の『64(ロクヨン)』が思い浮かびます。

広報官を主人公とするこの作品は、D県警管轄内で昭和64年に起きた誘拐殺害事件を巡る刑事部と警務部との衝突の様を、人間模様を交え見事に描き出している警察小説です。

ただ、この作品は犯人側の視点は無く、また本『犯人に告ぐ(3) 紅の影』のエンターテイメント性を超えた、より重厚な作品であり、分野が異なるのであり、比べること自体間違いなのかもしれません。

 

 

また 今野敏の『隠蔽捜査シリーズ』でも警察内部の対立の場面がえがかれます。

特に『去就: 隠蔽捜査6』では新任の方面本部長弓削との対立が描かれています。ただこの作品も犯人側の視点はありません。

 

 

こうしてみると、本書の構造自体独特なものがあると言えそうですが、それでも物語の流れが気にかかるという印象はぬぐえないのです。

淡野対警察、ひいてはワイズマン対警察という結果に終わるとしても、小川や淡野の動向の描写がこれほどまでに必要だったかというと、少々疑問があります。

物語として読み進めるうえでのリズムが取りにくく、決して読みやすくは感じられませんでした。

つまりは、個人的には警察小説としての面白さをあまり感じませんでした。

せっかく第一作と同様の「劇場型捜査」としての見せ場を作ったのに、その見せ場は第一作ほどの効果はなく、結局は前作の『犯人に告ぐ2  闇の蜃気楼』と同様の印象しか感じなかったと言えます。

 

犯人に告ぐシリーズ

犯人に告ぐシリーズ(2019年12月26日現在)

  1. 犯人に告ぐ
  2. 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼
  3. 犯人に告ぐ3 紅の影
登場人物
巻島文彦 神奈川県警特別捜査官
本田明広 刑事特別捜査隊隊長
津田良仁 足柄署刑事課所属巡査部長
若宮和生 捜査一課長
曽根要介 神奈川県警本部長

 

このシリーズの主人公は、巻島史彦という警視です。

この巻島警視を警察の顔とし、対立軸に誘拐犯を置くという構図で始まったこの物語は、第二巻からその色を変化させているようです。

 

第一巻の『犯人に告ぐ』では、過去の誘拐事件で起きた操作ミスの責任を負わされ、一度は足柄署への左遷の憂き目にあっていた巻島が六年後に起きた連続幼児誘拐殺人事件の捜査に駆り出されることになります。

そこでしかけたのが、「劇場型捜査」と銘打たれた「バッドマン」を名乗る犯人とのテレビ番組を通じた対決だったのです。

第二巻『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』では、振り込め詐欺の実態を詳細に描写しながら、会社社長親子の誘拐事件を起こした砂山知樹・健春兄弟の様子が描かれます。

その実、兄弟の裏には「淡野(アワノ)」と呼ばれる男の存在があり、物語は砂山知樹を中心に展開しながらも、淡野と警察との戦いの様相を見せます。

そして、第三巻『犯人に告ぐ3 紅の影』ではこの淡野を中心とした物語として展開されます。第一巻と同様な「劇場型捜査」が再び展開されます。

ただ、今回の巻島が利用するのはテレビとはいってもネットテレビです。双方向性が可能なネットテレビを利用して、リップマンとの直接対話を試みます。同時に、警察内部での縄張り争いに端を発した争いも描かれています。

 

以上のように、第一巻と第二巻以降では物語の構成から異なっています。第二巻以降では犯罪者側の視点が主になり、第一巻での巻島のようなヒーロー的な存在は影をひそめてしまいます。

即ち第二巻では、主人公の巻島に感情移入し物語のもたらしてくれるサスペンス感に酔う、といった読書はできません。

つまりは、第二巻以降は第一巻のような強烈な魅力ある存在としての巻島はおらず、途中から強引にシリーズ化したような印象すら漂うストーリー展開になっているのです。

第一巻の面白さを考えると、第三巻まで読んだ現在では、もう少し巻島の魅力を前面に出したサスペンスフルな物語展開であればよかったのに、と思わざるを得ない展開です。

 

今後のこのシリーズがどのように展開するかはよく分かりませんが、第一巻のような面白さを持ったシリーズとして展開されることを望みたいものです。

ハケンアニメ!

1クールごとに組む相手を変え、新タイトルに挑むアニメ制作の現場は、新たな季節を迎えた。伝説の天才アニメ監督・王子千晴を口説いたプロデューサー・有科香屋子は、早くも面倒を抱えている。同クールには気鋭の監督・斎藤瞳と敏腕プロデューサー・行城理が手掛ける話題作もオンエアされる。ファンの心を掴むのはどの作品か。声優、アニメーターから物語の舞台まで巻き込んで、熱いドラマが舞台裏でも繰り広げられる―。(「BOOK」データベースより)

 

アニメ業界を舞台に、三組の業界人の仕事を中心に描き出した長編のお仕事小説です。

お仕事小説の常として、自分が知らない世界を垣間見せてくれること、それもアニメ業界という個人的に無関係でもない世界を教えてくれる作品でもあり、楽しく、そして面白く読ませてもらえました。

 

最初は、その『ハケンアニメ!』というタイトルから、本書の中で有科香屋子も知らなかったように、アニメ業界で働く派遣社員の奮闘記だと思っていました。

しかし、ここで言う“ハケン”は“派遣”ではなく「覇権」の意味であって、同時期に放映されるアニメ作品の中でどの作品が頂点をとるか、という意味だったのです。

 

第一章「王子と猛獣使い」は、アニメ「運命戦線リデルライト」のプロデューサーの有科香屋子と監督の王子千晴の物語。

第二章「女王様と風見鶏」は、アニメ「サウンドバック 奏の石」のプロデューサーの行城理と新人監督の斎藤瞳の物語。

第三章「軍隊アリと公務員」は、それ両方の作品に関わっているアニメーターの並澤和奈と選永市観光課の宗森周平の物語。

以上のような内容だと、一応は言うことができます。しかし、各章は相互に関連していて、全体として一編の物語を構成しているのです。

 

そこには、アニメーション動画とはいかなるものなのか、アニメの世界に浸る人たちはどういう感覚でアニメを見ているのか、アニメを仕事としている人たちはどのような仕事をしているのか、などの豆知識が可能な限り詰め込まれています。

それに加えて、登場する女性の恋心があったり、アニメ業界とは離れた聖地と呼ばれる場所の役所の仕事の様子が描かれたりと、いろんな事柄がふんだんに盛り込まれたサービス満点のお仕事小説であり、青春小説なのです。

 

勿論、現実の業界は厳しいという話は聞きます。

日本のアニメは世界に誇る財産である、などと言われながらもその実態は低賃金で苦しむ、アニメーターと呼ばれる人たちの苦労の上にある、という話も聞きかじりながら聞いたことがあります。

そうした現実を前提に、それでもテレビや映画のアニメ作品が子供たちのみならず、大人にさえも夢を与えている現実があります。

私も「鉄腕アトム」の時代から「エイトマン」などを経て漫画やアニメに夢を見させてもらった人間です。還暦を過ぎた今でもアニメや漫画が好きで没頭する人間でもあります。

 

 

確かに、萌え系と言われる作品群は好みではありませんが、それでもやはり漫画、アニメは一つの文化として確立されていて、維持していくべきものでしょう。

漫画とアニメを一緒にするべきではないという意見もあるかもしれませんが、私にとって同じ路線です。

 

話を本書に戻すと、本書第一章の冒頭ではプロデューサーの有科香屋子の仕事を中心に描かれます。王子監督が行方不明になり、作品の行方について四苦八苦しているのです。

そもそもプロデューサーとは何かと言えば、「制作全体の統括を行う職業」です( マイナビニュース )。

そして本書によると、アニメのプロデューサーは複数いるのが普通であり、出来上がった商品の販売などには関わらない、「監督始めスタッフとの実際のアニメ制作に寄り添う者」だということになります。

そのプロデューサーの香屋子が責任を負うはずの王子監督が行方不明になり、作品の核である監督を守るというその覚悟だけで監督変更という社長の指示を無視しています。

現実に王子監督のような我儘は普通は通るはずもなく、さすがに本書のような状況ではアニメ業界でも監督はクビになるでしょう。

でも個人的には気になりますが、ここはある種の痛快小説だから許されるということで、その点は無視すべきなのでしょう。

他にも、アニメの声優との確執があったり、プロデューサーも大変です。

 

次の第二章では逆に、監督である斎藤瞳の目線で話は進みます。

詳しくは略しますが、プロデューサーの行城の商売のことしか考えない態度に職人的な瞳はついていけないようにも感じながら、そうした壁を乗り越えて作品は出来ていきます。

 

そして、第三章では現場のアニメーター並澤和奈の目線で、アニメーターの仕事やアニメー映画の世界でよく言われる「聖地」とのかかわりが描かれます。

単に観光客が増えていいというばかりではなく、様々なトラブルも起きているのが現状です。そうした裏側を役場の観光課に勤務する一人の青年を通して描いてあります。

先年大ヒットした「君の名は」ではアニメ映画と主題歌、ファンの聖地巡礼など話題になったので覚えている方も多いのではないでしょうか。

 

 

以上のように、本書は私の知る辻村深月という作家さんの仕事とは思えないほどの内容の、アニメ業界の知識も織り込んだ物語で、かなり一気に読み終えてしまいました。

というのも、最初に読んだこの作者の『鍵のない夢を見る』が少々好みと違ったものの、次に読んだ本屋大賞を受賞した『かがみの孤城』が非常に面白く、更にその次の『ツナグ』もまたファンタジックなタッチで面白く読んだのです。

 

 

その勢いで本書を読んだのですが、これまで読んだどの作品とも印象が違い、お仕事小説という分野であることもさることながら、 有川浩三浦しをんという作家さんとの共通項が多いことに驚きました。

それは、どの作家さんも文章が読みやすいこともさることながら、ユーモラスでリズミカルな文体、底抜けに明るい登場人物、そして何よりも未来を向いた物語などを感じます。

それは結構なことであり、そうした色の中に埋没さえしてしまわなければいいと思うのです。

そういう意味でも、面白く読んだ作品でした。