付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』とは

 

本書『付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』は『付添い屋・六平太シリーズ』の第十五弾で、2021年12月に文庫版で刊行された280頁の作品で、人情味豊かな連作の短編小説集です。

 

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』の簡単なあらすじ

 

天保四年秋、秋月六平太は豪商の娘たちの舟遊びに付添った。その会食の席で酔った若侍が狼藉を働く。残された脇差から侍は旗本の次男・永井丹二郎と知れた。意趣返しを警戒し永井に接触した六平太は、逆に剣の腕を見込まれ、道場師範に乞われてしまう。その頃『市兵衛店』に付添い仲間の平尾伝八夫婦が越してきた。さらには妹の佐和母子も六平太宅に居候することになり、長屋は俄に賑やかに。稼業のためにと剣術修業を始めた伝八に、六平太は祝儀代わりの仕事を融通した。だが翌朝、伝八は何者かに斬られ瀕死状態で見つかる。日本一の王道人情時代劇、最新刊!(「BOOK」データベースより)

 

第一話 深川うらみ節
天保四年秋、材木商の娘らが徒党を組む「いかず連」に付添うことになった六平太。その会食の席に酔った若侍が乗り込み、狼藉を働く。残された脇差から侍は旗本の次男・永井丹二郎と知れた。意趣返しを警戒した六平太は丹二郎に接触する。
第二話 付添い料・四十八文
『市兵衛店』に付添い仲間の平尾伝八夫妻が越してきた。さらに妹の佐和とその子らが六平太宅に居候することに。そんなある日、桶川への付添いの依頼が舞い込む。依頼主は奉公人で全財産はわずか四十八文。成り行きで引き受けるが……。
第三話 噛みつき娘
相良道場での稽古後、穏蔵の養父・豊松が死亡したとの知らせが入る。養家を継ぐのか、江戸に残るのか、穏蔵の将来を皆が心配する中、自分が実の父であることを隠しながら、六平太は厳しい言葉を突き付ける。
第四話 闇討ち
六平太の剣の腕を買い、丹二郎は自身の道場に招こうと躍起になっている。そんな頃、平尾伝八が剣術稽古を始めたことを知った六平太は、祝儀として付添い仕事を譲ることに。しかしその翌日、伝八が何者かに斬られているのが見つかった。(内容紹介(出版社より))

 

付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』の感想

 

本書『付添い屋・六平太 河童の巻 噛みつき娘』での巻を通してのエピソードは永井丹二郎という旗本の次男坊が六平太にまとわりつく話であり、それとは別の各々の話での個別のエピソードとがあります。

本書を読んでいる途中でただただ六平太の日常を描く、そうした小説もまたいいものではないかと思いながら読み終えました。

その後本ブログのシリーズ前巻『猫又の巻 祟られ女』の項を読み返すと、本シリーズは六平太を取り巻く人間模様を描き出す物語なので特別な敵役など必要ではない、と記しています。

つまりは、シリーズ物の痛快時代小説といえば、例えば『居眠り磐音シリーズ』での田沼意次のように、主人公と対立する敵役があった方が面白い、と思っていたのです。

しかしながら、そうではないのだと、魅力的な主人公がいてその周りの人々の人情話を語り続けるだけでも十分に面白いシリーズがあり得るのだとあらためて思っていたようです。

それが、前回も、そして今回もこのシリーズを読んでいる中で同じように感じていたのだと思えます。

 

 

ですから、シリーズでは巻ごとに特有の人物が現れたり、長屋の住人の入れ代わりもあって、物語としての新陳代謝を図っているのでしょう。

また、物語としての派手な展開もなく、人情話に重点が置かれることになるのでしょう。

それはそれで話さえ面白くできていれば何の問題もないのであり、事実、本シリーズはそうした展開になっていると思われます。

レジェンドアニメ!

レジェンドアニメ!』とは

 

本書『レジェンドアニメ!』は2022年3月に刊行された、アニメ業界を舞台にした270頁のお仕事短編小説集です。

2014年に刊行された『ハケンアニメ!』という作品のスピンオフ作品集であり、そこでの登場人物を主人公に据えた六編の短編で構成されています。

 

レジェンドアニメ!』の簡単なあらすじ

 

誰にだって負けたくない人がいる!ともに働きたい人がいる!待望の『ハケンアニメ!』スピンオフ作品集。夢と希望。情熱とプライド。愛と敬意ー何度でも心震える『ハケンアニメ!』のサイドストーリーを完全収録。(「BOOK」データベースより)

 

目次
九年前のクリスマス/声と音の冒険/夜の底の太陽/執事とかぐや姫/ハケンじゃないアニメ/次の現場へ

簡単なあらすじは、下記の感想の中にまさに簡単に記しています。

 

レジェンドアニメ!』の感想

 

本書『レジェンドアニメ!』は『ハケンアニメ!』に登場してきた人物を個々の物語の主人公として描かれた短編作品集です。

 

 

ここでスピンオフ作品である『レジェンドアニメ!』を読むための前提知識として、本編作品の『ハケンアニメ!』の内容を簡単に書いておきます。

そこでは「運命戦線リデルライト」と「サウンドバック 奏の石」という作品が覇権を争っています。

そして、「運命戦線リデルライト」のプロデューサーが有科香屋子で、監督が王子千晴であり、後に「サバク」と称される「サウンドバック 奏の石」という作品のプロデューサーが行城理で、監督が斎藤瞳であって、並澤和奈がアニメーターをしています。

加えて並澤和奈と選永市観光課の宗森周平の物語がさらにあり、アニメ関連業界の広さが示されています。

また、そのほかにも本書『レジェンドアニメ!』に登場する五條正臣や逢里哲哉、鞠野カエデといった人たちも登場しています。

 

その前提で本書『レジェンドアニメ!』を見ると、第一話「九年前のクリスマス」では、有科香屋子斎藤瞳並澤和奈の三人の九年前の姿があります。

第二話「声と音の冒険」では、天才アニメ監督の王子千晴の若い頃の姿が、当時はトウケイ動画音響部所属のミキサーだった現在の『運命戦線リデルライト』音響監督の五條正臣の目を通して描かれています。

第三話「夜の底の太陽」では、小学五年生の三人組の行動に絡んで若い頃のある人物が登場します。

第四話「執事とかぐや姫」は、アニメに関連するフィギュア制作会社の社員逢里哲哉とフィギュアを作る造形師鞠野カエデの物語で、並澤和奈のいる新潟県選永市の「ファインガーデン」へと繋がります。

第五話「ハケンじゃないアニメ」は、覇権を目指さない安定したアニメ「お江戸のニイ太」の若手プロデューサー和山和人の話で、斎藤瞳が登場します。

第六話「次の現場へ」は、業界人の結婚式を舞台に有科香屋子王子千晴並澤和奈らが登場し、さらに『スロウハイツの神様』のチヨダ・コーキ赤羽環といったクリエーターたちが参加しています。

 

 

ハケンアニメ!』の項でも書きましたが、アニメ業界のことは何も知らない私ですが、アニメ自体は嫌いではありません。というより私の年代にしては好きな方だと思っています。

ただ、近年のアニメは画や効果などの技術は進歩しているものの、派手になり過ぎている印象があるのも事実です。

やはり年代差はあるのでしょう。そうした中でも本書『レジェンドアニメ!』はアニメ作品を作り出す人たちの姿を描いている点で楽しく読むことができました。

でも、この世界を描くうえでのデフォルメは相当に加えてあるのだろう、とは感じます。

アニメーターが消耗品的な扱われ方をされており、中国や韓国のアニメーションに追い抜かれている現状だと何かの文章を読んだことがありますが、そうした現状は本書では全く分かりません。

もちろんそれは当然で、本書で描かれているのはアニメーション動画の監督やプロデューサー、アニメーターの姿、そして彼らのアニメに対する姿勢を描いているのであって、それ以上のものではないからです。

 

私にもこの業界で働いている身内がいるので個人的にも気なる業界ではあります。

どの仕事でもそうですが、自分が抱える仕事に対し真摯に向き合う姿勢がないとその仕事は半端なものになりがちです。

そうした意味でも本書『レジェンドアニメ!』は、どの業界にもある負の側面は捨象し、創造的な側面をみせ、その中で精一杯苦悩しながらも仲間に助けられる、ある種の理想かもしれませんが、未来を感じさせる楽しい作品でした。

また『スロウハイツの神様』の登場人物まで参加しているのには驚きました。

ハケンアニメ!』が映画化もされていることもあり、業界がより良い方向に向かえばと思いますし、続編的な作品がまた書かれることを期待半分に待ちたいと思います。

香君

香君』とは

 

本書『香君』は、2022年3月に上・下二巻として刊行された、上下巻合わせて900頁弱の長編のファンタジー小説です。

『鹿の王』で本屋大賞を受賞した著者上橋菜穂子による新たな冒険への旅立ちの書であり、非常に興味深く読んだ作品です。

 

香君』の簡単なあらすじ

 

遥か昔、神郷からもたらされたという奇跡の稲、オアレ稲。ウマール人はこの稲をもちいて帝国を作り上げた。この奇跡の稲をもたらし、香りで万象を知るという活神“香君”の庇護のもと、帝国は発展を続けてきたが、あるとき、オアレ稲に虫害が発生してしまう。時を同じくして、ひとりの少女が帝都にやってきた。人並外れた嗅覚をもつ少女アイシャは、やがて、オアレ稲に秘められた謎と向き合っていくことになる。( 上巻 : 「BOOK」データベースより)

「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」-かつて皇祖が口にしたというその言葉が現実のものとなり、次々と災いの連鎖が起きていくなかで、アイシャは、仲間たちとともに、必死に飢餓を回避しようとするのだが…。オアレ稲の呼び声、それに応えて飛来するもの。異郷から風が吹くとき、アイシャたちの運命は大きく動きはじめる。( 下巻 : 「BOOK」データベースより)

ウマール帝国から帝国支配下の西カンタル藩王国に視察官として派遣されていたマシュウは、西カンタル藩王国のかつての国王だったケルアーンの孫娘であるアイシャとその弟のミルチャを捉えた。

現西カンタル藩王国ヂュークチの前に連れ出されたアイシャは殺される運命を受け入れていたものの、彼女が有する優れた嗅覚により目の前にいる国王が毒殺されようとしている事実を指摘するのだった。

またアイシャはその嗅覚によって自分たちに出された飲み物に毒が入っていることに気付いたものの、そのまま飲み物を飲み干し埋葬されてしまう。

しかし、アイシャ兄弟は毒薬入りの飲み物を飲んだにもかかわらず、マシュウ=カシュガによって助けられたのだった。

 

香君』の感想

 

著者上橋菜穂子が、2015年度の本屋大賞と日本医療小説大賞をダブル受賞した『鹿の王』の次に出版されたファンタジー小説です。

 

 

本書『香君』は、「香り」に焦点を当て、特別な嗅覚をもつ者を主人公としたこれまでにない視点の物語です。

そうした独特な視点のこの物語世界には「香君」という活神の制度があり、帝国国王とは別に国民の信頼を集めています。

この「香君」という制度では、活神の身体が老いると<再来の年>にお告げの場所で十三歳になった新しい香君を見つけるといい、それはまるでチベットにおけるダライ・ラマの制度のようでもあります( 14世ダライ・ラマ法王発見の経緯と輪廻転生制度 : 参照 )。

 

本書『香君』のようないわゆるファンタジーと呼ばれる作品は、殆どの場合はその世界観がそれなりに構築されていて物語を違和感なく読むことができます。

しかし、本書の著者上橋菜穂子が描く作品のように物語世界丁寧に描かれている作品はそうはないと思います。

例えば三部作が映画化もされたファンタジーの名作中の名作である『指輪物語』は分かり易い例の一つでしょう。

 

 

他に日本の作品でいえば『図書館の魔女シリーズ』などの 高田大介の作品が挙げられると思います。

 

 

こうした作品は物語の世界がその世界としてきちんと作り上げられているからこそ、その世界のリアルさを表現していることができていると思うのです。

 

そうしたなかでも上橋菜穂子の描く作品は物語の世界が丁寧に構築してあり、この世界の政治体制や権力のありようが苦労することなく頭に入ってきます。

そのことは上記の『鹿の王』にしても、また本書『香君』においても当てはまり、ウマール帝国を中心とする政治体制とそこに存在する「藩王国」との関係、それに「香君」という特殊な制度の在りようが物語の前提として理解できるのです。

そうした前提は、この丁寧に構築された世界で「香君」が存在する理由も、主人公が冒頭から殺されそうになりつつも、その後の目まぐるしく身分が変転する理由を理解することが容易になります。

 

本書『香君』の魅力はその物語世界の正確性と同時に、上記の「香君」という存在の設定でしょう。

特別な「嗅覚」という能力を持つ者を主人公に据えるという他にはない発想で綴られたこの物語は、作者により丁寧に構築された物語世界のうまさと相まって、読む者に多くの期待を抱かせる作品です。

読んでいる途中では特殊能力を持つ主人公の設定が先にあって、その能力に合わせた世界を考えたのかと思っていたのですが違いました。

作者によるあとがきを読むと、優れた嗅覚を持つ者を主人公としたのではなく、植物や虫が発する香りについての知見が先にあり、その微細な香りをも嗅ぐことのできる能力を有する者という設定ができたのだそうです。

 

そうした設定の中に設けられた「オアレ稲」という物語の道具がまたよく考えられていて、本書の魅力の構築に役立っています。

適当な配合、そして量で作られた秘伝の肥料を与えることを前提に、暑さにも寒さにも、また害虫にも強いという性質をもつこの植物は、その性質のために帝国の存立基盤ともなっている植物なのです。

この「香君」と「オアレ稲」の存在とがこの物語の核であり、サスペンスフルな物語展開の骨子となっています。

つまり、オアレ稲は民を豊かにはしたものの、他の作物が育たなくなるという欠点を有しており、さらには特別な肥料が必要特性も有し、帝国の支配の道具としてうってつけの存在だったのです。

 

こうした作物は戦略的な意義を有していて、私達の現実世界を意識した寓意的な物語ではないかと考えてしまいます。

そんな生々しい現実世界の情勢を背景に垣間見ることのできる本書の物語は、それでもアイシャという少女と香君の存在により、未来を見据え、力強く生きていくことを示してくれています。

切れ者の大人たちの謀りごとを前に、ただ卓越した嗅覚を持つ少女がその能力をフルに生かして皆の幸せを祈り、そして行動していく話ですがその未来への展望が見事です。

 

著者上橋菜穂子の作品では、心に残る言葉が記されていますが、本書においてもそれは変わりません。

自然の摂理は確かに無情だけれど、でも、けっこう公平なものだとか、人には知識や経験から推論を導き、考え、希望を見出す力がある、などというアリキ師の言葉などそうでしょう。

生き物は自分ではどのような存在に生まれるかは選べないが、どんな小さな者も己の役割を担って生きている、などという「香君」オリエの言葉などもそうです。

こうした言葉が本書のあちこちにちりばめられています、だからといって、本書が難しく高尚な言葉を語っているということではありません。

まさにファンタジーとして読みやすい物語のなかに必然的な言葉として散りばめられているのであって、普通に読んでいるままに頭に入ってきます。

 

ただ、本書『香君』は、著者上橋菜穂子の『鹿の王』のような元気のいいアクションの場面はありません。相手は言葉を持たず動くこともない植物であり、人間同士の戦いの場面もありません。

虫との戦いはありますが、彼らも単に本能に従って食べ物を探すだけです。

植物の発する「香り」が主人公のアイシャには、ときには嬉しく、ときには騒がしく「聞こえる」のです。

その植物の香りをもとに推測し、考え、行動するアイシャの姿はアクション場面こそないものの心動かされます。

この点の発想は、多分ですが、日本文化の一つとしてある、香りと出会い向き合う「香道」の「聞く」という言葉から発想されているのでしょう( 香りと出会い、向き合う。聞香・お香の楽しみ方 : 参照 )。

 

でも、そうしたことはどうでもよく、単純に本書『香君』という物語に身を委ね、物語を楽しめばいい、と心から思います。

それほどに面白く、よく考えられた物語です。

人質

人質』とは

 

本書『人質』は『北海道警察シリーズ』の第6弾で、2012年12月に刊行され、2014年5月に吉野仁氏の解説まで入れて334頁で文庫化された長編の警察小説です。

これまでのシリーズ作品とは少しだけ異なった趣きの、一軒のワインバーだけを舞台にした作品であり、好みにより評価が分かれるかもしれません。

 

人質』の簡単なあらすじ

 

「謝ってほしいんです。あのときの県警本部長に。ぼくが要求するのはそれだけです」5月下旬のある日。生活安全課所属の小島百合巡査部長は、以前ストーカー犯罪から守った村瀬香里との約束で、ピアノのミニ・コンサートへ行くことになっていた。香里よりひと足先に、会場である札幌市街地にあるワイン・バーに着いた小島は、そこで人質立てこもり事件に遭遇する。犯人は強姦殺人の冤罪で4年間服役していた男。そのコンサートの主役は、来見田牧子、冤罪が起きた当時の県警本部長の娘だったのだ―。一方、同日の朝に起きた自動車窃盗事件を追っていた佐伯宏一警部補は、香里から連絡を受け、事件現場へ向かったのだが…。(新刊書用 「BOOK」データベースより)

 

佐伯宏一と新宮昌樹が捜査を始めた札幌の住宅街で起きた自家用車盗難事件は、盗まれた車は近所に乗り捨ててあるという奇妙な事件だった。

一方小島百合は、村瀬香里に誘われ先に一人で訪れたワインバーで立てこもり事件に巻き込まれ、ほかの客と共に人質に取られてしまう。

この事件の犯人は、冤罪で四年間服役していた中島喜美夫とその刑務所での仲間だという瀬戸口という男であり、中島逮捕当時の県警本部長である山科邦彦に謝罪を要求していた。

というのも、このワインバーで当日のピアノコンサートを予定していた来見田牧子が山科邦彦の娘だというのだ。

津久井は機動捜査隊の長正寺の下で現場へと駆けつけ、佐伯もまた村瀬香里の連絡を受け現場へと急行するが、この事件の裏には隠された目的があった。

 

人質』の感想

 

本書『人質』は、この『北海道警察シリーズ』では初の一幕ものともいえそうな、一軒のワインバーで起きた立てこもり事件を描く作品です。

ですから、これまでの『北海道警察シリーズ』の各作品とは違い、佐伯や津久井たちの捜査の様子が描かれているわけではありません。

この店の内部で起きた事柄が詳細に語られていくだけです。

その意味ではドラマチックな展開も殆どなく、これまでの作品同様のダイナミックな展開を期待して読むと期待外れということにもなりかねません。

しかしながら、そこは佐々木譲の作品であり、サスペンス感はあり、それなりに面白い作品ではあります。

またスマートフォンが出始めのころのスマホの遣い勝手についての話や、佐伯の「でかくて、指でぬぐって使うやつ」などの言葉などがある、時代を感じさせる会話も盛り込んであります。

その上、単に時代を反映させるだけではなく、そのスマホを物語の中にうまいこと活躍させているのも佐々木譲の作品の特徴といえるかもしれません。

 

ただ、『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が書いている「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」によるリアルな捜査の描写がこのシリーズの魅力だと思うのですが、佐伯、津久井、小島という三人の捜査の様子が削がれているのはやはり残念な気はします。

 

 

もちろん、『人質』のあとがきで吉野仁氏が書かれている「様々な人間模様」や「デッドエンドのサスペンス」、「携帯電話やSNSを多用した現代的な展開」などが満喫できるという点は言うまでもありません。

ですから、これまでのタッチと本書の違いをどう捉えるかだけの差であって、単に個人の好みの問題として私はこれまでのタッチの方が好きだというだけです。

でも、シリーズの中の一作品として本書のような傾向の作品があることはシリーズのマンネリ化を防ぐ意味でも好ましいことだと思います。

 

本『北海道警察シリーズ』は全十作品の予定だということですから、残りはあと四作品です( 佐々木譲/北海道警察シリーズ : 参照 )。

シリーズが終了するのは残念ですが、残りの作品をじっくりと味わいたいと思います。

密売人

密売人』とは

 

本書『密売人』は『北海道警察シリーズ』の第五弾で、2011年8月に刊行され、2013年5月に文庫化された作品で、文庫本は368頁の長編の警察小説です。

北海道警察との対峙姿勢は薄れていてもその残滓は残っていたりと、サスペンス感に満ちた物語が展開される一編です。

 

密売人』の簡単なあらすじ

 

十月下旬の北海道で、ほぼ同時期に三つの死体が発見された。函館で転落死体、釧路で溺死体、小樽で焼死体。それぞれ事件性があると判断され、津久井卓は小樽の事件を追っていた。一方、小島百合は札幌で女子児童が何者かに車で連れ去られたとの通報を受け、捜査に向かった。偶然とは思えない三つの不審死と誘拐。次は自分の協力者が殺人の標的になると直感した佐伯宏一は、一人裏捜査を始めるのだが…。道警シリーズ第五弾、待望の文庫化!(「BOOK」データベースより)

 

十月下旬の北海道で、釧路市の漁港で水死体が見つかった。

次いで同日函館市の病院で転落死体が発見され、さらには小樽市の奥沢浄水場で車が炎上し、中から両手首に玩具の手錠がかけられた焼死体が発見された。

津久井卓巡査部長は、小樽の乗用車炎上事件の応援のために機動捜査隊の長正寺武史警部の依頼に応じて共に現場へと向かっていた。

その一時間後、札幌のある小学校の正門前で二年生の米本若菜という女の子が、迎えに来たという男の車に乗り走り去ってしまったという通報を受け、小島百合が乗り出していた。

また佐伯宏一は、たった一人の部下である新宮昌樹の運転する車で、車上荒らしの通報があった札幌市旭丘の集合住宅前に到着したところだった。

 

密売人』の感想

 

本書『密売人』でも、本北海道警察シリーズの中心となる佐伯津久井小島の三人のそれぞれを中心にした個別の事件が描かれ、それが最終的に一つとなり事件が解決する、という流れになっています。

この点を、青木千恵氏が本書のあとがきで、前作の『巡査の休日』の文庫本のあとがきで西上心太氏が述べた、現実と同様に「同時多発的に起きる事件を交互に描いていく手法」が本作でも採られている、と指摘されています。

もともと佐々木譲という作家の持ち味である真実味に満ちた表現力が、こうした手法をとることによって、さらに佐伯ら捜査員の捜査の様子がリアルに描かれることになっています。

そのことはまた、サスペンス感もまた増幅されていくことになり、本書においてのクライマックスの緊張感にもかなりなものがあるのです。

 

青木千恵氏はまた本書のあとがきで、登場人物の人間味が本『北海道警察シリーズ』の魅力の一つにもなっている、と書かれています。

まさにその通りで、こうした点は素人の私があらためて言うことでもないでしょう。

この青木千恵氏のあとがきでは、本北海道警察シリーズが本来三部作であったこと、第四作目からの第二期では警察小説の定番素材を取り上げてあることなども書かれていて、シリーズのファンとしては読みごたえがあります。

 

その登場人物としては、中心となるのは佐伯宏一警部補であり、「道警最悪の一週間」を経て、その部下の新宮昌樹巡査部長と共に大通署刑事課盗犯係の遊軍という懲罰人事を受けています。

『笑う警官』での物語の中心となり「裏切者」となった津久井卓巡査部長は教養課拳銃指導室に異動させられていましたが、今回長正寺武史警部の要望で北海道警察本部機動捜査隊を手伝うことになっています。

小島百合巡査は大通署生活安全課総務係にいて、佐伯と微妙な関係のままです。

この五人が本『北海道警察シリーズ』の第一話から登場している人物ですが、詳しい人間関係などは「佐々木譲/北海道警察シリーズ」を参照してください。

 

彼ら登場人物とは別に、かつて警官だった安田というマスターのいる「ブラックバード」という彼らの行きつけのバーがあり、この店の存在がシリーズに独特な雰囲気を与えています。

かつて角川映画で本北海道警察シリーズ第一作『笑う警官』を原作として、角川春樹監督の手で映画化が為されされましたが、その映画がジャズを背景にした渋さのある映画として作成されていたのもこの店の存在があるからでしょう。

 

 

それはともかく、本書において冒頭に起きた三件の人が死んだ事件は、調べていくうちに三人の共通点が浮かび上がってきます。

その共通点から、また北海道警察内部の腐敗の一端が垣間見えることになります。

さらには、クライマックスに向かってのサスペンス感の盛り上がりは相当なもので、佐伯らの活躍が見応えのある作品として仕上がっています。

そこで、警察官としての矜持を見せる彼らの姿が読者の共感を呼び、この北海道警察シリーズに魅せられていくことになるのです。

やはり、佐々木譲の作品は面白いと感じさせてくれる一冊でした。

無明 警視庁強行犯係・樋口顕

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』とは

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は『警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ』第七弾の2022年3月に刊行された354頁の長編の警察小説です。

相変わらずの今野敏の名調子の作品であり、本庁の捜査一課と所轄署の捜査員との対立の様子を描きながらも、とても読みやすく面白い作品でした。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の簡単なあらすじ

 

東京の荒川の河川敷で高校生の水死体が見つかった。所轄の警視庁千住署が自殺と断定したが、遺族は納得していない。遺体の首筋には引っかき傷があったうえ、高校生は生前、旅行を計画していたという。両親が司法解剖を求めたものの千住署の刑事に断られ、恫喝までされていた。本部捜査一課の樋口は別動で調べ始める。しかし、我々の捜査にケチをつけるのかと千住署からは猛反発を受け、本部の理事官には「手を引け」と激しく叱責されてしまう。特別な才能はなく、プライドもないが、上司や部下、そして家族を尊重するー。等身大の男が主人公の人気シリーズ最新作(「BOOK」データベースより)

 

東洋新聞の遠藤記者は、千住署で起きた高校生の自殺事件について家族は捜査をやり直すべきと言っているが、調べ直すべきではないかと相談してきた。

樋口が所轄警察署が事件性はなく自殺と判断した以上は傍から口をはさむことはできないと言っても、遠藤は家族の主張には理由があるというのだ。

そのことを天童管理官に伝えると、千住署の機嫌を損ねないようにしろと、殺人事件の捜査から樋口を外し、樋口と部下の藤本の専従を認めるのだった。

自分はそのつもりはなくても、結局は動かざるを得ないと思いながらも千住署へ行き、高校生の自殺の件について調査を始める樋口だった。

 

無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の感想

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』は警察小説であり、ミステリーと分類されるだろう作品ではありますが、捜査そのものの描写と同程度に組織内の人間関係を描き出してあります。

このことは他の今野敏作品とも似ていて、また主人公の描写という点でも『隠蔽捜査シリーズ』の竜崎伸也や『安積班シリーズ』の安積剛志という主人公たちの人物設定を思わせるところがあります。

前者はキャリア警察官と他のキャリアや組織との関係を描いており、後者は捜査班というチーム内部やほかの捜査チームとの軋轢などの問題を描き出しています。

こうして本書は推理小説とは言っても謎解きメインの本格派ではなく、また犯罪の動機を重視した社会派と言われる作品群とも異なる、まさに組織と個人であったり、また組織の内部そのものを描く作品だと言えます。

組織を描くという点では、本書は樋口という個人に一番光が当たっていると言えるかもしれません。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』のように組織を重視した警察小説として横山秀夫の『64(ロクヨン)』があります。

D県警内部の人事に絡んだ警察庁との軋轢や警務部と刑事部の争いを描きながらも、広報官として勤務しながら発生した幼児誘拐事件の解決に尽力する主人公の姿を描いた好編です。

 

 

謎解きそのものを重視するのではなく、組織と個人との関りを描いた警察小説としては佐々木 譲の『北海道警察シリーズ』もあります。

このシリーズの始めの三作品が特に、まさに腐敗した北海道警察と個人としての警察官との対立を描いたハードボイルドの香りも漂う読みがいのある作品でした。

 

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』を含む今野敏の描く警察小説の魅力としては上記の組織の中の個人を描き出している点もあると思うのですが、同時に、今野敏らしさとしては、会話文のうまさが挙げられます。

説明的でないにもかかわらず、会話により物語の流れを進めていく描き方は非常に読みやすいのです。

 

そしてもう一点、本書の魅力をあげるとすればやはり主人公のキャラクターに始める登場人物たちの魅力にあります。

先に挙げた今野敏の人気シリーズの各主人公や登場人物たちと同様に、本書での樋口顕や、その友人の氏家譲、それに天童隆一管理官たちといった個性的で魅力的な人物たちがそこにはいるのです。

そんな中でも本シリーズの主人公の樋口顕という人物は、いつも自分に自信がないために他人の顔色を伺って暮らしていると思っているような人物です。

ところが、客観的な評価はそれとは反対に明確な自己主張を持ち、いつも他者を思いやることのできる人物との評価を得ています。

本書でも、そうした樋口の人物像があるからこそ樋口のところに話が持ち込まれることになり、樋口のことを評価している天童管理官も樋口の専従捜査を認めるのです。

 

本書『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』の他ではあまり見ない面白さの一つに、樋口の上司との衝突の場面が挙げられます。

所轄の捜査に口を出すなという上司と対立し、組織の秩序維持のためには上司の命令は絶対だという理事官に対し、樋口は秩序の維持も大切だが真実を明らかにすることも大切だと言い切り、懲戒免職まで言い渡されてしまう場面です。

こうした場面はまさにカタルシスを味わえる場面であり、こうした筋を通す人物を描いている点も今野敏作品の魅力の一つだと言えるでしょう。

今後も続巻を期待したいシリーズです。

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』とは

 

本書『雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第二十一弾で、2021年11月に文庫本で刊行された343頁の長編の痛快時代小説です。

 

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』の簡単なあらすじ

 

日課の研ぎ仕事に精を出す小籐次親子の前に現れた貧相な浪人。駿太郎の大切な刀・孫六兼元を奪おうとして番屋にしょっ引かれたが、なんと仲間を殺して逃亡した。残された刀は、あの井上真改なのかー名刀を巡る真相と浪人の正体を追う一方で、立派に成長した息子の元服に頭を悩ませる小籐次。誰に烏帽子親を頼むべきか。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 奇妙な騒ぎ
久慈屋の店先で研ぎ仕事をする小籐次親子のもとに人者たちが押しかけ、井上真改という名刀を研ぎのために預けたと騒ぎはじめた。番屋へ引き立てられて行った浪人たちだったが、その中の相良大八という人物がほかの浪人たちを殺して逃走してしまう。

第二章 活躍クロスケ
翌朝は大雪で駿太郎だけが研ぎ仕事を為しその夜も久慈屋で相良らの襲撃にそなえるのだった。ところが、相良大八なる浪人の本名も判明し、その者が所持していた井上真改は尼崎藩を巻き込んだ問題となるのだった。

第三章 蛙丸の雪見
望外山荘に戻った小籐次らは、雪景色を描きたいというおりょうを連れ、川向うへと渡り挨拶回りをなして久慈屋へとたどり着いた。

第四章 二口の真改
晦日のこの日もあい変らず雪が降り続き、小籐次は駿太郎の元服の儀式で頭を悩ませていた。文政十年(1827)の正月元旦、南町の近藤同心が連れてきた出羽米沢新田藩の用人によれば、相良大八に新田藩の有していた井上真改をだまし取られたというのだった。

第五章 駿太郎元服
小籐次は、駿太郎が乗せてきた御歌学者の北村舜藍とお紅、それに既に来ていた新八とおしんと共に、駿太郎の元服の話を始めた。その後、小籐次らは駿太郎の元服の挨拶も兼ねて、呼び出しを受けていた八代目森藩藩主久留島通嘉と会うのだった。

 

雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』の感想

 

相変わらずに平穏な日々を送るというわけにはいかない小籐次とその子駿太郎です。

本書『雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』では、メインとなる事件は久慈屋の店先で研ぎ仕事をする小籐次親子に刀の研ぎを依頼したと言いがかりをつけてきた浪人たちの騒ぎから始まります。

結局は二つの藩を巻き込んだ井上真改という刀を巡る騒動へと発展するのですが、ここで登場する井上真改という刀剣は実在する刀のようです。

詳しくは下記を参照してください。

 

本書を通した事件というわりには、あまり大きな出来事というわけではなく、ただ井上真改という刀だけが気になる物語でした

 

本書では駿太郎の元服という出来事も描かれています。シリーズとしてはこちらの方が大きな出来事というべきかもしれません。

駿太郎がその体の大きさも勿論、剣の腕もずば抜けているために、まだ十四歳だとは誰も思わない成長ぶりを見せています。

しかしながらこの正月で十四歳になった駿太郎は大人になるための儀式の元服の儀を終えねばならず、それには烏帽子親が大切な役目であり、その烏帽子親を誰に頼むかが非常に重要になります。

ここで烏帽子とは「成人男性としての象徴」であり、元服する男子に烏帽子をかぶせる役目を負うのが「烏帽子親」(えぼしおや)です。( 【刀剣ワールド】元服とは : 参照 )

 

本書『雪見酒 新・酔いどれ小籐次(二十一)』では、最後に小籐次の旧主である豊後森藩の第八代目藩主である来島通嘉に面会することになります。

そこで、次巻からの展開に大きくかかわるであろう事柄が示されます。

 

ともあれ、物語として軽く読めてなお且つ面白さを十分に保っているシリーズの一つであるのがこの『酔いどれ小籐次シリーズ』です。

ところが、本シリーズもこの八月をもって終了するとの告知がありました。

六月から三ヶ月の連続刊行し、第二十五巻をもって終了とのことです。

詳しくは下記を参照してください。

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』とは

 

本書『三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第二十弾で、2021年2月に文庫本で刊行された341頁の長編の痛快時代小説です。

 

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』の簡単なあらすじ

 

大切な舟が水漏れするようになったが、金の工面に悩む小籐次。舟づくり名人・亀吉親方が思い出したのは、かつて小籐次が助けた花火師親子のことー人の縁が繋がってお目見えした新舟「研ぎ舟蛙丸」が江戸を大いに沸かせる中、ニセ鼠小僧の悪事が止まらない。奉行所と小籐次、そして元祖鼠小僧がタッグを組んで成敗に乗り出す!(「BOOK」データベースより)

 

第一章 新しい工房
船頭の兵吉から小籐次の仕事船は買い替えた方がいいとの忠告を受け、仕事船の持ち主である久慈屋の了解を得て新造することとなった。北割下水の船大工の蛙の親方こと亀作親方を紹介してもらい、蛙の親方のところにあった船を譲ってくれることとなった。

第二章 火付盗賊改との再会
小籐次のもとを火付盗賊改与力の小菅文之丞と同心の琴瀬権八とが二人が訪れ、小籐次と鼠小僧治郎吉との付き合いを話せと言ってきた。その後、子次郎を望外山荘の屋根裏に泊めることにした小籐次だった。

第三章 研ぎ舟蛙丸
新しい船が望外山荘に届き、蛙丸と命名されたその船で皆に挨拶回りをする小籐次だった。その後、駿太郎が一人で望外山荘へ帰ると、火付盗賊改の手先が蛙丸を盗み出そうとするのだった。

第四章 虫集く
小籐次は、火付盗賊改にとらわれている子次郎の仲間を助け出し、また偽物の鼠小僧治郎吉は表火之番の井筒鎌足とその三男坊の八十吉がだとの話を聞いた。翌日、仕事を終え望外山荘へ帰った小籐次と駿太郎の前には、おりょうに刀を突きつける小菅文之丞がいた。

第五章 三河の菓子
中田新八らに相談し、老中青山忠裕の命で両替商の錦木に莫大な金子が集まるその夜、小籐次親子や子次郎らは襲い来た井筒鎌足ら偽鼠小僧一味を一網打尽とするのだった。ことが終わり、三河の吉田宿の近くに子次郎の姿があった。

 

三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』の感想

 

本書『三つ巴 新・酔いどれ小籐次(二十)』では、小籐次親子の足ともいえる研ぎ船がいよいよ水漏れをし始め、新しい船を手に入れることになります。

と同時に本書でのメインの出来事である鼠小僧治郎吉の偽物は、とうとう人殺しまで犯してしまいます。

また、火付盗賊改が小籐次に狙いをつけ、鼠小僧との関連を疑い始める事態も起こります。

火付盗賊改とは、あの池波 正太郎の『鬼平犯科帳』という作品で高名な火付盗賊改ですが、本書に登場する火付盗賊改はかなりのワルとして描かれています。

同時に偽鼠小僧も登場し、本書ではこれらの火付盗賊改と偽鼠小僧が敵役となっています。

 

 

ただ、今回登場の敵役はあまり魅力がありません。

とくに、表火之番の井筒鎌足とその三男坊の八十吉に関してはあまり書き込みもなく、その人物像が明確ではありません。

勿論、それなりの背景は書いてはあるのですが、何となくの印象であって小籐次に対峙する悪役としてはよく分かりません。

加えて、彼らに関しての出来事ももう一方の敵役である小菅文之丞と琴瀬権八という火付盗賊改の二人の存在と出来事とに分散されており、若干分かりにくい部分があります。

たしかに、毎回毎回新たな事件を設け、小籐次に相対するそれなりの敵役を設けなければならない作者はさぞや大変だろうと思います。

でも、この敵役がそれなりに魅力が無ければ主役のヒーローが目立たないのです。

 

とはいえ、新たな研ぎ船の「蛙丸」に関する話が設けられており、その船にまつわる人物や会話はいかにも『酔いどれ小籐次シリーズ』らしく、ほほ笑ましくもあります。

あと数巻しかないこのシリーズです。

最後まで丁寧に読んでいきたいものです。

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』とは

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』は『新・酔いどれ小籐次シリーズ』の第十九弾で、2020年11月に文庫本で刊行された355頁の長編の痛快時代小説です。

 

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』の簡単なあらすじ

 

江戸で有名な盗人「鼠小僧」は自分だ、とついに明かした子次郎。忍び込んだ旗本の屋敷で出会った盲目の姫君を救って欲しい、と小藤次に頼む。姫を側室にと望んでいるのは、大名・旗本の官位を左右する力を持つ高家肝煎の主で、なんと「幼女好み」と噂のある危険な人物だという…懐剣を携え悲壮な決意をする姫を毒牙から守れるか。(「BOOK」データベースより)

 

第一章 桃井道場様がわり
前巻『鼠異聞』で、桃井道場の年少組の五人と北町奉行所与力見習の岩代壮吾を加えた六人と共に、久慈屋の紙納めの旅の付き添いという大役を終えた小籐次親子だった。この旅は岩代壮吾や年少組にも学びがあったようで、剣術の稽古も見違えるものとなっていた。

第二章 望外川荘の秘密
久しぶりに鈴とお夕の望外山荘宿泊が決まった日、小籐次とおりょうは夕の父桂三郎の悩みについて相談をしていた。また、子次郎は件の懐剣の持ち主を助けてほしいと願ってきていた。また、駿太郎は望外山荘に新たに見つけた屋根裏部屋について二人に話していた。

第三章 桂三郎の驚き
望外山荘へとやってきた夕の両親の桂三郎とお麻は小籐次から独立の話を聞いたが、世話になっている小間物屋との関係で不安があった。すべてを委ねられた小籐次は小間物屋へ行き、今後品物を納めることはないとの話をつけるのだった。

第四章 おりょうの迷い
おりょうは久慈屋の隠居所を飾る画としては余生を過ごす場には萍(うきくさ)紅葉の方がいいと考えながら筆を動かしていた。一方小籐次は懐剣の持ち主の三枝家の目の見えない薫子に会い、三枝家のために高家肝煎に差し出されたのちに自害するつもりであることを知る。

第五章 旅立ちの朝(あした)
小籐次は薫子を望外山荘へ隠したところ高家肝煎大沢基秌に雇われた五人組が現れたものの、駿太郎と岩代壮吾が待ち構えていた。小籐次は新八やおしん、それに子次郎と共に高家肝煎大沢基秌を三枝家で待ち構えるのだった。

 

青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』の感想

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』では、前巻の『鼠異聞』で登場した子次郎が研ぎを依頼してきた懐剣の持ち主の薫子姫をめぐる物語が中心になっています。

と同時に、小籐次のもとの住まいである新兵衛長屋の住人である錺職人の桂三郎とその娘のお夕の新しい仕事場を設けることに奮闘する小籐次の姿もあります。

つまりは、常と変わらない小籐次親子のいつもの日常が描かれているのですが、そこでは駿太郎の成長とあわせて桃井道場の年少組の仲間たちの成長も描かれることになります。

こうした小籐次の周りの人々についての描写もシリーズの魅力の一つになっていると思われます。

 

とはいえ本シリーズの一番の魅力は、もくず蟹に似ている来島水軍流の遣い手である小籐次という人物その人のキャラクターであることは間違いありません。

そもそも小籐次は、浪人となって四家の大名行列に斬り込み掲げられている御鑓を奪って旧主の恥辱を雪いだことから一躍江戸の人気者となったという人物ですからよくできています。

その小籐次も初期の設定からはかなり変化を見せ、今ではおりょうという昔から片想いの女性とも結ばれており、駿太郎という大人顔負けの息子も授かっています。

親子で研ぎ仕事をこなしながら、久慈屋やそのほかの様々な人たちから持ち込まれる難題をこなし、久慈屋の主からも皆小籐次に頼り過ぎだと言われるほどになっているのです。

 

本書『青田波 新・酔いどれ小籐次(十九)』でもそのことは同様で、前巻『鼠異聞 新・酔いどれ小籐次』から登場してきている子次郎の持ち込んだ懐剣にまつわる姫君を救うという難題に挑むことになります。

この姫君がまた小説の中にしか存在しえないだろうほどの純真無垢な存在で、だからこそ子次郎も命懸けでこの姫君を守ろうという気にさせられるのですが、こうした存在も小籐次シリーズならではのことかもしれません。

時代小説で「男の夢」を描いてきたという佐伯泰英という作家ならではの一つの証がこういう点にも表れていると言えるのでしょう( 本の話 : 参照 )。

また、本書『青田波』では新兵衛長屋に住む小籐次の昔馴染みのお夕親子の新しい職場も久慈屋の力を借りて設けたりと、実に忙しい小籐次です。

 

このシリーズもすでに四十巻を軽く超え、そうは長くないという情報もあります。

個人的には佐伯泰英の書く痛快時代小説シリーズの中では一番好きなシリーズですから終わるのはとても残念なことですが、それも仕方のないことなのでしょう。

残り少ない物語をゆっくりと楽しみたいと思います。

異変ありや 空也十番勝負(六)

異変ありや 空也十番勝負(六)』とは

 

本書『異変ありや 空也十番勝負(六)』は『空也十番勝負シリーズ』の第六弾で、2022年1月に文庫本で刊行された、佐伯泰英自身のあとがきまで入れて351頁の長編の痛快時代小説です。

何とか生き永らえた空也が、江戸の家族や長崎の仲間たちのあたたかな眼差しのなか新たな冒険へ旅立つ姿が描かれ、しかしどこかで似た場面を見た気もする作品でした。

 

異変ありや 空也十番勝負(六)』の簡単なあらすじ

 

3年ぶりの書き下ろし新作!

武者修行中の嫡子・空也の身を案じる
江戸の坂崎磐音のもとに、
長崎会所の高木麻衣から文が届く。

薩摩の酒匂一派最後の刺客、太郎兵衛との勝負の末、
瀕死の重傷を負った空也は、
出島で異人医師の手当てを受けたものの、
いまだ意識が回復しないという。

懸命の介護を続ける麻衣のもとを高麗の剣術家が訪れ、
二日間、空也とふたりだけにしてほしいと願い出るが……。

目覚めた空也は何をなすのか!?

空也の武者修行が再び動き出す!(内容紹介(出版社より))

 

異変ありや 空也十番勝負(六)』の感想

 

本『空也十番勝負シリーズ』は、一旦は第五弾『青春篇 未だ行ならず(上・下巻)』をもって、「青春篇完結!」ということが言われました。

 

 

しかし、ここに『空也十番勝負シリーズ』は再掲することになったようです。

このシリーズ再開の経緯は著者佐伯泰英本人が本書のあとがきで書いておられます。

このあとがきは下記サイトにも「「空也十番勝負」再開によせて」として再掲してありますのでそちらを参照してください。

ただ、それほど詳しいことは書いてありません。

 

 

本書読み初めからしばらくは、江戸の磐根らの心配をよそに空也の意識が戻らないままに進みます。

何とか意識を取り戻してからは今度は逆にそれまで死にかけていた人物とは思えないほどの活躍を見せることになります。

 

本書『異変ありや 空也十番勝負(六)』で意識を取り戻してからの空也は上海へと乗り出し、彼の地で活躍する姿を見せることになりますが、どうもどこかで読んだような印象です。

それが何に似ているのか、未だはっきりとは思い出せませんが、多分佐伯泰英の『上海 交代寄合伊那衆異聞』ではないかと思います。

この作品はこのブログを書き始めるよりもだいぶ前に読んだ作品なので内容もよく覚えてはいないので、はっきりとしたことは言えません。

 

 

ともあれ、江戸の磐根や、空也の妹の睦月中川英次郎と結ばれることになったり、磐根のもとにいてそれなりに落ち着いていた薬丸新蔵も再びその行方が分からなくなったりと、何かと変化が起きているようです。

このシリーズも空也の物語ではありながらも、『居眠り磐音シリーズ』の続編としての趣きが強く感じられるようになってきました。

今後の展開を強く待ちたいと思います。