オルタネート

本書『オルタネート』は、新刊書で380頁の長さの、三人の高校生の生活を中心にした長編の青春小説です。

第42回吉川英治文学新人賞を受賞し、第164回直木賞と2021年本屋大賞の候補作にもなった、読みがいのある作品です。

 

オルタネート』の簡単なあらすじ

 

高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、若者たちの運命が、鮮やかに加速していく。全国配信の料理コンテストで巻き起こった“悲劇”の後遺症に思い悩む蓉。母との軋轢により、“絶対真実の愛”を求め続ける「オルタネート」信奉者の凪津。高校を中退し、“亡霊の街”から逃れるように、音楽家の集うシェアハウスへと潜り込んだ尚志。恋とは、友情とは、家族とは。そして、人と“繋がる”とは何か。デジタルな世界と未分化な感情が織りなす物語の果てに、三人を待ち受ける未来とは一体―。“あの頃”の煌めき、そして新たな旅立ちを端正かつエモーショナルな筆致で紡ぐ、新時代の青春小説。(「BOOK」データベースより)

 

円明学園高校の三年生で調理部の部長になったの新見蓉(にいみいるる)は、新入部員を前に、今年も「ワンポーション」へ出場すること、そのときのペアの相手は部員の中から選ぶことを伝えていた。

一方、同高校の1年生である伴凪津(ばんなづ)はマッチング機能を特徴とする高校生限定のSNSアプリを使いこなし、最高の交際相手を見つけようとしていた。

また、大阪の高校を中退した楤丘尚志(たらおかなおし)は、高校入学前に転校していった安辺豊を探して円明学園高校まで来ていた。ドラムを担当している尚志は、豊のギターを忘れられず、一緒にバンドをやろうというが、豊はもうギターはやめたと言うのだった。

 

オルタネート』の感想

 

円明学園高校三年生の新見蓉、同じ高校一年生の伴凪津、大阪の高校を中退している楤丘尚志の三人の視点を交互に借りて物語は進みます。

本書『オルタネート』で中心になるのは「オルタネート」というSNSアプリです。

高校生たちはこのアプリケーションを使って連絡を取り合い、マッチング機能を使って付き合う相手を見つけようととしているのです。

本書を読んで、まずはあまりに自分らの高校時代とは異なる高校生活に驚きました。勿論それは「オルタネート」のようなアプリケーション、いやそれ以前のスマートフォンの存在をも含んでのことです。

 

本書『オルタネート』で描かれている高校生活自体は、「オルタネート」というアプリは架空のものだとしても、スマートフォンを当然のごとく生活の一部としている事実など、現実とそうかけ離れているものではないでしょう。

そこで描かれている生活は、アプリを通した男女の交際のあり方もそうですが、それ自体がかなりスマートです。

自分がグラウンドで泥だらけになる毎日を送っていたこともありますが、時代の差や都会と田舎の違いを差し引いても、その違いは歴然としています。

でも、そうした表面的な違いを除けば、高校生生活自体にそれほど違いはない、とも思えます。

スポーツでも何でも必死に打ち込む姿があり、また異性を意識し、求める姿に変わりはないのです。

 

本書『オルタネート』を読んで驚いたことは、作者加藤シゲアキという作家の文章が素直で、具体的で緻密な知識に裏付けられているというその事実です。

参考文献には料理に関する本を始めとする様々の文献が挙げられていますが、かなり読み込んで自分のものとしなければ本書のような文章は書けないと思われます。

ですが、本書で描かれている料理や音楽に関する場面やSNSアプリの構造など実によく考えられ、また表現してあります。

そうした事実に驚くこと自体が、一つにはアイドルが片手間に書いた作品だという先入観がどうしても抜けないことがあるのでしょう。

そしてまた、テレビに出てアイドルとして暮らしている人間に人を感動させるような文章が書ける筈がないという偏見があったに違いないのです。

そんな偏見はとんでもないことであり、文章のテクニックの巧緻などは私には分かりませんが、この人の文章を読んで受ける高校生たちの心象の描き方は作家以外の何物でもありませんでした。

 

そうした作者に関することとは別に、本書『オルタネート』を読み始めたとき、本書に対する印象は決して良いものではありませんでした。

八章まで読んだ時点では、自分たちの高校時代との差異の大きさについていけない状態での読書であり、また物語全体の流れがとりとめもなく感じられていたからです。

それは、短い項ごとに頻繁に視点が入れ代わるためか物語の流れが細切れに感じられ、さらには登場人物に現実感が感じられずに物語が素直に頭に入ってこなかったからだと思います。

そう感じたときに、本書の章分けがかなり細かくなっている意図が分からなくなりました。

 

作者としては、登場人物三人それぞれの視点を早めに切り替えることで物語のテンポを上げる意図があったのかもしれませんが、少なくとも私にとってはテンポよくは感じなかったのです。

しかし、本書『オルタネート』も中ほどになり、尚志の仲間のマコさんがホルンを吹く場面あたりでは、妙に惹き込まれていました。

その後、女子高校生との出会いの場面では文章までも軽やかに感じ、本書に対する印象が少しだけ変わりました。

そのままの印象で十四章に入り、高校生たちの恋愛ドラマが始まり、その後も本書に対する印象はどんどん上向きになるばかりです。

 

もちろん、高校生の会話としてなんとも不自然に感じる文章もありました。

例えば、伴凪津とその友達の志於李との会話で、彼氏との付き合いが新鮮味に欠けてきたと言う志於李に対し、「対象に変化を求めて、安定を打破する要求はどんどん強くなって、・・・」と畳みかけます。

二人の仲が安定していることはいいことではないかというのです。志於李の家庭に問題があり、そのことを念頭に出てきた言葉なのですが、女子高生でなくてもこのような言い回しでの会話はしないでしょう。

他にも、いかにも考えて書かれた文章であり、友達との会話の中では出てこないだろう表現がありました。

こうした指摘は、もしかしたら「ためにする」批判かとも思えます。そこらは言っている自分自身もよく分かりません。

 

しかし、そうした個人的な細かな疑問点はどうでもよく、前述のように本書はよく調べられています。

本書『オルタネート』も後半のクライマックスに向かうにつれて、三人の物語はそれぞれに盛り上がりを見せますが、特に新見蓉の料理の大会である「ワンポーション」での料理の場面は圧巻です。

作者の加藤シゲアキ自身が料理が好きなのだと思わせられるほどに料理に関し、よく調べられています。

実際に料理が好きなのだとしても、料理を全くしない私には分からないのですが、本書で書かれている料理の内容は多分かなり専門的だと思われます。

料理の専門家に聞かなければ本書のような文章は書けないと思われるのです。それほどに詳しく、またその表現力が見事であり、読者の関心を一気に惹きつけ、読ませます。

 

こうして、冒頭では自分の高校時代との落差を感じ、本書『オルタネート』の物語に違和感を感じていたのに、後半にはスポーツ小説にも似た高揚感が感じられ、ついには惹き込まれていました。

恩田陸の「著者と読者が、この先、何度も立ち返る里程標のような作品になるだろう」という言葉が本書の帯に書いてありましたが、まさにそのような作品としてあると思われます。

素晴らしい青春小説でした。

オムニバス

本書『オムニバス』は、『姫川玲子シリーズ』の第十弾となる、新刊書で344頁の短編小説集です。

姫川玲子と現在の姫川班の面々との視点が入れ代わり、姫川玲子という女性の人間像を浮かび上がらせている作品です。

 

オムニバス』の簡単なあらすじ

 

警視庁刑事部捜査一課殺人班捜査第十一係姫川班の刑事たち、総登場! 捜査は続く。人の悪意はなくらない。激務の中、事件に挑む玲子の集中力と行動が、被疑者を特定し、読む者の感動を呼ぶ。刑事たちの個性豊かな横顔も楽しい、超人気シリーズ最第10弾!(「BOOK」データベースより)

 

それが嫌なら無人島
女子学生の長井祐子が殺されたが、犯人と目された大村敏彦は別件で本所警察署に留置されていた。その件では不起訴となって捜査本部が設置されている葛飾署に送致されてきたが、ガンテツが本所署での大村の件には触るなと言ってきたのが気になることだった。

六法全書
隣人の西松明子が唐沢由紀夫の縊死死体を発見との通報があり、同人宅の床下から女性の腐乱死体が発見された。姫川班の中松信哉は五日市署の今西エリカ巡査長と組んで地取りを担当する。しかし、姫川主任は、この腐乱死体は唐沢由紀夫の母親ではないかと言い出すのだった。

正しいストーカー殺人
丸川伊織という女性が、付きまとっていた浅野竣治というの男を誤って突き落とし殺してしまった事件が、捜査本部が設置されて三日で解決した。しかし、被害者の浅野は岐阜県関町に居住していて、なぜわざわざ東京の丸川にストーカー行為をしたのかなど、何もわかっていなかった。

赤い靴
姫川班の日野利美は、B在庁で家にいるところを姫川に呼び出された。滝野川署での取調べを頼まれたらしい。ケイコと名乗る女性が同棲していた莨谷俊幸を刺し殺したと言ってきたという。しかし死体は窒息死に見えるし、ケイコはその名を名乗った以外何も答えようとはしないのだった。

青い腕
自称ケイコの事件は一応の解決は見たものの、ケイコの本名など身元に関することは何もわかってはいなかった。要するに、事件はまだ終わっていないのだ。姫川と日野は、被害者の莨谷俊幸のパソコンの中に保存されていた小説を分担して読み始めるのだった。

根腐れ
たまたま姫川と姫川班の小幡の二人だけが部屋にいたとき、今泉と現在は麻布署の組織犯罪対策課暴力犯捜査係にいる下井正文警部補とがやってきた。覚醒剤を所持していると自首してきて逮捕され、現在東京湾岸警察署におかれている小谷真莉子の取り調べを頼むと言ってきたのだ。

それって読唇術
姫川玲子は、東京地検公判部の武見諒太検事ととあるバーで会い、とりとめもない会話を交わしていた。

 

オムニバス』の感想

 

本書『オムニバス』は、『姫川玲子シリーズ』の待ちに待った新刊だったのですが、だからなのか印象が期待したものとは微妙に異なる作品でした。

もちろん、面白い作品であることに間違いはありません。このシリーズ独特の魅力、姫川玲子やそのほかの登場人物達のそれぞれの独特の個性は健在です。

本書の構成としては、再び一緒になった菊田和男以外の、現在の新たな姫川班のメンバー中松信哉日野利美小幡浩一の三人の視点で語られる短編と、姫川の視点での四編と、合わせて七編の短編からなっています。

つまり、新たな三人と姫川玲子とを交代に視点の主として設定し、彼らに姫川玲子という人間を再認識させることで姫川という人物像をより明確にしているのです。

 

ただ、本書の前に出版されていた短編小説集の『インデックス』は、シリーズの隙間を埋めながら、姫川玲子という人物を立体的に浮かび上がらせる役割を果たしていた作品でした。

 

 

しかし、本書『オムニバス』は各短編がシリーズの中に有機的に組み込まれているというよりも、シリーズ本体とは独立した物語として捉えられます。

本書では、各話で語られる事件そのものにはこのシリーズらしい新しい仕掛けや驚きなどはなく、この本のために単純な事件を設けたという印象に終わっています。

つまり、ガンテツから危ういと注意されたり、日下から傷つく人間が出そうで危険だと心配される、いわば勘に頼る捜査方法により事件を解決する姫川の姿を描き出してはいるものの、事件自体の意外性などの娯楽性は今回はないのです。

でも、中松信哉が死体の“鮮度”と表現する姫川という人間特有の死生観を見たり、日野利美が姫川のプライドの高さや印象や直観を重視する傾向を見たりする場面は面白く読みました。

 

また、最初の「それが嫌なら無人島」という話は、このシリーズ前巻の『ノーマンズランド』で姫川が担当していた事件の解決編でした。

読んでいる途中ではガンテツが妙に意味深な言葉を発したわりにはその言葉について何の手当もないので不思議に思っていたのですが、読後に本書について調べていた時にそのことが分かり、納得しました。

この『ノーマンズランド』では話が大きく広がったのですが、この物語で問題になった件については一応の決着はついたものの、本来の姫川が抱えていた事件は未解決だったのです。

この点については他の話とは異なる色を持っていたことになりますが、短編小説としては他の話と並列です。

 

 

もう一点、本書の最後の「それって読唇術」という話は、前作の『ノーマンズランド』で登場してきた武見諒太検事との話で二人の関係を占うような話になってはいるものの、それよりも気になる情報が開かれていました。

それが、姫川班に新しい人物が配属されるという話です。

その人物が、誉田哲也の他の作品に登場する人物だというのですから、どのような活躍を見せてくれるものか、非常に楽しみです。

 

また、『ノーマンズランド』で広がった話はさらに続く筈です。

警察小説の範囲内での新しい描写を見せてくれるのか、それとも単なる警察小説を越えた展開になるのか、楽しみに待ちたいと思います。

明暗 手蹟指南所「薫風堂」

本書『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」』シリーズ第四巻の文庫本で268頁の長編の人情時代小説です。

シリーズとして、物足りないと言う人が多く出るのではないかと危惧される作品です。

 

明暗 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

 

手習所「薫風堂」で師匠を務める雁野直春の許に、遠く本郷から新たな手習子がやってきた。河出屋の番頭・半次の息子、善次は、どうやら前の手習所でいじめに遭っていたようだ。直春は、面倒見のいい儀助を一緒に通わせて、早く皆と馴染めるよう気遣いを見せるが…。一方、心身ともに患う美雪との関係は、進展のないまま時が過ぎていた。だが、直春は突如訪ねてきた美雪の幼馴染・菜実から、衝撃の言葉を告げられる―。(「BOOK」データベースより)

 

雁野直春が手習所を譲り受けて丸二年が経とうとしていたある日、以前の手習所でいじめにあっていたらしい善治という九つの男の子が入ってきます。

また、新入りの手習子たちのまとめ役である太一を、望みに従い日本橋にある書肆の捻書堂北斗屋庄兵衛の店へ連れていき、気に入られたこともうれしく感じていました。

ところが、やっと慣れてきた善治を連れて父親の半次が店の金に手を付けて夜逃げをしたという報せが舞い込んできたのです。

そんな出来事が起きつつも、直春は北斗屋庄兵衛との約束の手習所とその師匠に関する本の出版について悩んでいましたが、手習子が一番という忠兵衛の言葉に深く納得していました。

そうするうちに、美雪との仲は変化のないままに菜実の訪問を受けることになります。

 

明暗 手蹟指南所「薫風堂」』の感想

 

薫風堂ももうすぐ丸二年が経とうとしていましたが、直春は手習子の奉公先を決めるという難しい仕事を忠兵衛の助けを受けながらなんとかこなそうとしていました。

手習所の師匠として知識を授けるだけでなく、子供たちの一生を決めることにもなるのだからと、子供たち一人ずつに沿った奉公先を選定する様子なども描かれていきます。

その過程で、書肆であれば一冊の本ができるまでの過程を紹介したり、櫛職人であれば櫛造りの様子を紹介したりと、細かなところまで作者の目が行き届いているのです。

そうした点が、単なる痛快小説ではない、主人公の成長を見せる物語であるとともに、江戸の町の生活の様子までも紹介している物語となっています。

 

そんな、江戸の庶民の生活をいち浪人の目を通して描き出す物語、という点では本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』は面白い小説だろうとは思います。

しかしながら、ストーリー展開を楽しめる小説だと言えるかと問われれば、その点では今一つと言うしかないでしょう。

本書『明暗 手蹟指南所「薫風堂」』で第四弾になりますが、結局心躍る展開は殆どありません。

普通の手習所の日常と、作者野口卓の博識に支えられた江戸の町の日常風景を織り込んだ物語ということになります。

この点は本シリーズを通して繰り返し言ってきたことですが、それは本書でも変わりません。

ただ、主人公の直春の子供たちへの教育についての考えを、それはつまりは作者野口卓の考えでもあるのでしょうが、子供たち第一という視点を貫くという基本は貫かれています。

 

一方で、直春の出生にまつわる秘密に絡んだ父親との確執や、美雪という女性との成り行きなども描いてはありますが、あまり力点があるようには思えません。

はっきりした人情小説や痛快小説を読みたい人にはやはり物足りない物語だと言うしかないようです。

三人娘 手蹟指南所「薫風堂」

本書『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の第二巻で、文庫本で275頁の長編の時代小説です。

二巻目となった本書では薫風堂の内外の三人娘に翻弄される直春の姿が描かれていて、また作者野口卓の博識ぶりが健在な、爽やかな青春小説です。

 

三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

 

初午の時期を迎え、「薫風堂」に新しい手習子がやってきた。四カ所の寺子屋に断られたほどの悪童を、師匠の雁野直春は、引き受ける決心をする。一方、端午の節句が過ぎてほどなく、二人の武家娘が直春を訪ねてきた。ノブと菜実は、幼馴染の美雪が想いを寄せる直春を、ひと目見ようとやってきたのだ。だが菜実は、誠実な直春に只ならぬ関心を寄せるのだった―。静かな感動が心に広がる、著者の新たな代表シリーズ第二弾。(「BOOK」データベースより)

 

思いがけないことから直春が手習所を引き受けて一年が経ち、年が明けて初午ともなると手習所「薫風堂」でも新しい手習子たちが入ってきました。

乱暴やいたずらのために他で四度も断られたことのある儀助という子供もそうですが、今のところなんとかやっているようです。

そんな直春の元を、美雪の親友だという共に旗本の娘だというノブと菜実という二人が訪ねてきますが、そのうちの菜実という十六歳の娘が女を武器に初心な直春を翻弄してきます。

そうしたその菜実の振る舞いを知った美雪はふさぎ込んでしまい、食事ものどを通らない状態になってしまうのです。

そんな美雪を見て侍女の久が直春に相談して一応の落ち着きを見せますが、その後さらなる行動に出る奈美に皆振り回されてしまいます。

一方、薫風堂にもいる三人娘、つまりひふみ、美代子、文代の三人は、直春を訪ねてくる三人のお姫様は何者なのかを問い詰めてくるのでした。

 

三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』の感想

 

薫風堂の内外の、とくに外の三人娘に翻弄される直春の姿が描かれています。

女という存在を全く知らない、若干二十歳の本シリーズの主人公雁野直春という男が初めて知り合ったと言える石川美雪という女性でしたが、彼女には二人の女友達がいました。

それが菜実とノブという娘でしたが、このうちの菜実が直春に惹かれてしまったらしく、一人で直春の元に来るようになって、美雪をそして直春を振り回すことになります。

ここらの経緯は、全くの青春物語であり、それも今どきの青春小説ではあり得ないような設定です。

もちろん、本書は時代小説であり、青春小説と言っても手習所師匠としての雁野直春が主人公ですから、現代の青春小説と比べること自体が意味がないことです。

しかしながら、江戸時代という時代背景を思うとこのような青春ものもありかと思ってしまいます。

同時に、後に語られる忠兵衛夫婦による直春らへのいわゆるおせっかいの話では、その中で忠兵衛と梅の馴れ初めが語られていて読ませます。

この馴れ初めの部分は少々ご都合主義的かと思わないこともありませんが、本書のような娯楽エンターテイメント小説では改めて苦情を言うことでもないでしょう。

 

そうしたことよりも、本書では様々な豆知識の方が関心がありました。

例えば、本書では手習所に通い始めることを「初登山」と表現していますが、何故「登山」と山に例えるているのか疑問でした。

それは、上野のお山のお寺のことを正式には東叡山寛永寺というような、山号と寺号と関係する事柄です。

またそれに関連してかつては「寺子屋」と呼ばれた由来や、それが手習所とか手蹟指南書とか呼ばれるようになった理由なども記してあります。

また、本の行事として七月に入ると大店では大瓜形の白張提灯を吊るして本を迎える話や、七夕の短冊に書くと習字の腕前が上がるといい、それを励みに手習所の師匠たちは子供たちに習わせていたなどの表現もありました。

こうした江戸の豆知識が随所に書かれているのです。

 

一方、薫風堂の手習子のことでは、四か所もの手習所から追い出された新しい手習子の儀助を受け入れることとします。

さらに、太一が顔を見せなくなります。稼ぎ手だった祖父が倒れ、束脩は払えず、奉公に出すという話です。

そこで、暮しに困った手習子の太一のために、新入りの手習子の世話をさせ、代わりに賃金は払えないものの小遣い程度のものを払ったりと便宜を図るのです。

 

正直なところ、のめり込んで読み進むというほどの物語ではありませんが、江戸の町での暮らしのありようや、子供たちとの掛け合いなどはかなり面白く読んでいます。

ただ、美雪という娘とのやり取りに関しては個人的には好みではないと言わざるを得ません。

しかし、続編は期待したいものです。

手蹟指南所「薫風堂」

本書『手蹟指南所「薫風堂」』は、『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の第一巻で、文庫本で293頁の長編の時代小説です。

「薫風堂」という名の手習所を舞台とするこの作者らしい、学問の大切さを大きく掲げた、しかし読みやすく心地よい青春記でした。

 

手蹟指南所「薫風堂」』の簡単なあらすじ

 

月夜の中、辻斬りから老人を助けた浪人・雁野直春。彼は幼くして両親を亡くすも養父母の愛情に育まれ、まっすぐな好男子に成長していた。救った老人―忠兵衛は手習所を営んでおり、直春の人柄を見込んで後を継いでくれないかと依頼してきた。逡巡も束の間、忠兵衛の子どもの育て方に共鳴した直春は依頼を快諾し、「薫風堂」の看板を掲げた。だが直春は、人には言えぬ複雑な家庭事情を抱えていた…。(「BOOK」データベースより)

 

二十歳の雁野直春は団子坂で辻斬りに襲われていた忠兵衛という名の老人を助けたことから、ちょうど手習指南所の跡継ぎを探していたという忠兵衛に頼まれて手習指南所を継ぐことになります。

しかし直春は手習所の師範としては何も知らないことばかりであり、手習所を譲ってくれた忠兵衛に教えを請いながらの船出になります。

そこに、親代わりに育ててくれた清蔵夫婦から自分の本当の父親の話を聞かされます。

直春の父親である春田仁左衛門は、焼餅焼きの奥方が亡くなったことから、直春を自分の養子として石川家に婿入りさせようとします。

しかし、自分の母親に対する仁左衛門の仕打ちを許せない直春は、「薫風堂」を継いだばかりでもあり自分のことしか考えない仁左衛門の話を断り続けるのでした。

ただ。仁左衛門の婿の話は石川家の美雪という娘との出会いを生み、二人は一緒になることを誓いますが、仁左衛門への養子の話を受け入れない直春の言動が軋轢を生んでいくのでした。

 

手蹟指南所「薫風堂」』の感想

 

『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の項でも書いたように、本シリーズは『軍鶏侍シリーズ』のような痛快小説ではなく、また『ご隠居さんシリーズ』ほどにトリビア三昧というわけでもありません。

とはいえ、江戸の町の風景を随所にちりばめ、江戸時代の庶民の暮らしをよく描写してあります。

その意味では、野口卓の面目躍如といったところではあるのですが、やはり主人公直春の手習所師範としての描写がよく書き込まれています。

その意味では、野口卓の面目躍如といったところではあるのですが、やはり主人公直春の手習所師範としての顔の描写が読みごたえがあります。

新米の師範である直春が、十二、三歳くらいの、この手習所の一番の年かさでお山の大将らしい定吉という腕白坊主に、オキクムシについて聞かせ、さらには孵化の様子まで見せ、一気に手習子たちの心を掴む様子など、博識の野口卓ならではの描写でしょう。

ちなみに、オキクムシとはアゲハ蝶の蛹であり、番長皿屋敷の後ろ手に縛られているお菊に似ているところから呼ばれたらしいと本書の中に書いてありました。

これ以外に、「薫風堂」の前の師範である忠兵衛という師匠との学問についての会話など、なかなかに読みごたえがあります。

 

ただ、どうしても『軍鶏侍シリーズ』と比べてしまいます。それほどに『軍鶏侍シリーズ』は私の好みと合致した作品でした。

 

 

それに比べると本作『手蹟指南所「薫風堂」』は知識面での面白さはあるものの、情景描写やストーリー展開などでは追いつくものではないのです。

特に、私の好みが情緒面が豊かなストーリーにあるようで、その点は物足りなく感じたものです。

手蹟指南所「薫風堂」シリーズ

『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』は、手蹟指南所の師匠をしている若干二十歳の浪人を主人公とする長編の時代小説です。

手蹟指南所「薫風堂」シリーズ(2021年03月31日現在 完結)

  1. 手蹟指南所「薫風堂」
  2. 三人娘
  3. 波紋
  1. 明暗
  2. 廻り道

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の主人公は雁野直春というまだ二十歳という年齢ながら剣の腕もたち、通っていた塾では塾頭を務めていたほどの人物です。

その直春が辻斬りから一人の老人を救ったことからこの物語は始まります。

その老人は名を忠兵衛といい、手蹟指南書を開いていたのですが、直春を見込んでその手蹟指南書を直春に任せることになったのです。

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』には二つの流れがあり、ひとつは当然のことながら「薫風堂」と名付けられた手蹟指南所の物語です。

いろいろな子供たちを導き、卒業していく手習子たちの奉公先までも選定し、その後も彼らの人生にかかわっていき、直春自らも成長していきます。

そしてもう一つの流れが、主人公の雁野直春の個人的な事柄です。

直春は父親である春田仁左衛門との間に複雑な事情があり、そのことが直春の恋模様とにも影を落とし、その顛末もまた本シリーズの一つの流れとして展開するのです。

 

『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』の作者である野口卓という作家さんには、私が今の時代小説の中でベストと思う作品の一つである『軍鶏侍シリーズ』があります。

この『軍鶏侍シリーズ』は、西国にある園瀬藩で道場を構えている岩倉源太夫という人物を主人公とする痛快人情小説です。

この源太夫は「蹴殺し」という秘剣を使う剣士であり、幾多の挑戦者を退けてきた人物ですが、物語の主眼はその戦いよりも園瀬の里における源太夫の生き方を主軸に描かれています。

その際の描写が園瀬の里の四季折々の風景を取り混ぜながら情感豊かに描き出してあり、藤沢周平を彷彿とさせる作家だと言われる所以でもあります。

 

一方、この作者には『ご隠居さんシリーズ』という作品もあります。

このシリーズは『軍鶏侍シリーズ』とは異なり、主人公が博識なおじいさんであって活劇の場面はありません。

代わりにご隠居さんの豊富な知識をもとにした様々なトリビアを開陳し、ご隠居さんのもとに持ち込まれるさまざまな相談や難題を解決していくのです。

 

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』はそのちょうど中間にあるような物語です。

つまり『軍鶏侍シリーズ』のような活劇の場面は殆どなく、また『ご隠居さんシリーズ』ほどに作者の豊富な知識を披露する場面があるわけでもありません。

しかしながら、江戸の町の庶民の姿も描きながら、いろいろな職業や習俗などに関する細かな知識も散りばめてあります。

そういう点ではシリーズを通してのストーリー性は保っていると言え、直春の父親春田仁左衛門との確執と、美雪という女性との恋模様を絡めながら話は進みます。

ただ、本シリーズは全五巻で完結しているのが残念です。

 

本『手蹟指南所「薫風堂」シリーズ』をひとことで言うと、雁野直春という主人公の、子供たちに対する学問を始めとする人間形成に対する熱い情熱を描き出した作品だ言えると思います。

主人公の雁野直春は、人は幼い時期、つまりは手習所の段階できちんと道をつけねばならないと思っていました。

そこに、忠兵衛と出会って「子供は神の世から人の世のものとなる七つ、八つのころが最も大事だ」という忠兵衛の考えに共感し、手習所を引き受けることになります。

自分が学んだ私塾で学んだ多くが旗本の子弟であり、人はどうあるべきかという、一番重要なことを学ばずに大きくなってしまった者が多いと感じていたのです。

 

そうした直春の思いを軸にした手蹟指南所「薫風堂」の様子とともに、父親の春田仁左衛門や許嫁の美雪との恋模様などが描かれることになります。

全五巻で完結したこのシリーズは、野口卓の物語としては『軍鶏侍シリーズ』ほどの面白さは持っていないものの、江戸時代の庶民の子の学問の様子を記した作品としてはそれなりだと言えるかもしれません。

図書館の魔女 第二巻

本書『図書館の魔女 第二巻』は文庫本の頁数にして464頁の長編のファンタジー小説で、全四巻の二巻目の作品です。

第一巻に続き、ニザマからの脅威に備える一ノ谷とマツリカを中心とする高い塔の活躍が描かれています。

 

『図書館の魔女 第二巻』の簡単なあらすじ 

 

図書館のある一ノ谷は、海を挟んで接する大国ニザマの剥き出しの覇権意識により、重大な危機に晒されていた。マツリカ率いる図書館は、軍縮を提案するも、ニザマ側は一ノ谷政界を混乱させるべく、重鎮政治家に刺客を放つ。マツリカはその智慧と機転で暗殺計画を蹉跌に追い込むが、次の凶刃は自身に及ぶ!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

マツリカとキリヒトは離れの中庭にある井戸から始まる地下水道を探索し、一の谷の古い城下の崖の半ばほどにある奇妙な工房へと出る道を見つけ、その探索に夢中になっていた。

そうしたマツリカとキリヒトとの行動をハルカゼやキリンは、近頃の近隣諸国の情勢とも合わせ見て危ういものを感じていた。

そんな折、ハルカゼが構築した情報網を見たいとキリヒトを伴い出かけたマツリカは、問屋場で見かけた二人の御者の一言から重大な事件の発生を予知する。

そうした折、キリヒトと六人の衛兵を連れて水遊びに行ったマツリカらを、身の丈一丈(約三m)に及ぶ二体の巨人が襲ってきた。

必死で防戦する衛兵たちとは別に、キリヒトは一人でその巨人らを撃退し、キリヒトが「高い塔」に遣わされたマツリカの護衛という真の理由が明らかになる。

キリヒトが高い塔に来たその日こそが、マツリカの命が狙われていた日だったのだ。

 

『図書館の魔女 第二巻』の感想

 

本『図書館の魔女』という作品は、出版時は『図書館の魔女』という作品が新刊書で上・下二巻として出版されていたもので、それが文庫本で二巻ずつ、都合四冊に分冊されたものです。

その文庫本の第一巻では、この物語の登場人物や図書館のある「高い塔」、そして一ノ谷の属する王国などの紹介の趣が強いものでした。

それが本書『図書館の魔女 第二巻』に入ると、一の谷およびそれを取り巻く周辺諸国との政治的な取引の側面が強くなってきます。

 

そもそも「高い塔」は立法権を持つ議会との間では法文の駆け引きを巡って介入権を保っており、統帥権を握る王室との間では用軍顧問としての助言という圧力をかけうる立場にありました。

具体的にはハルカゼやキリンの立ち位置が、ハルカゼは議会から、そしてキリンは王室からの高い塔に送りこまれた間諜としての立場にあることが明らかにされます。

その上で、覇権主義を隠そうとしない大国ニザマの侵略を巡り、「高い塔」が新しい魔女を中心にその役割の重要性を増しているのです。

その中に送り込まれたキリヒトは、そうした現在の状況を次第に学びつつあり、第二巻となる本書において、マツリカを襲ってきた刺客の手からマツリカを守り通すことになります。

さらに、第一巻のキリヒトが初めて「高い塔」に現れマツリカと会う場面からすでにニザマの刺客が入り込んでいたことも明かされます。

 

こうした国内での勢力争いや、国家間での権謀術数の場面を緻密に描き出しているところに、本『図書館の魔女 シリーズ』の作者の豊富な知識や高い問題意識などを読み取ることができます。

そしてそのことがこのファンタジー物語を単なるお伽話から変貌させ、読みごたえのある大人の物語としての魅力を醸し出していると思われるのです。

図書館の魔女 第一巻

本書『図書館の魔女 第一巻』は文庫本の頁数にして360頁を超える長編のファンタジー小説で、全四巻の一巻目の作品です。

タイトルの通り、「図書館」を舞台にした物語で、剣と魔法のファンタジーという印象とは異なる、異色のファンタジー小説です。

 

『図書館の魔女 第一巻』の簡単なあらすじ 

 

鍛冶の里に生まれ育った少年キリヒトは、王宮の命により、史上最古の図書館に暮らす「高い塔の魔女」マツリカに仕えることになる。古今の書物を繙き、数多の言語を操って策を巡らせるがゆえ、「魔女」と恐れられる彼女は、自分の声を持たないうら若き少女だった。超弩級異世界ファンタジー全四巻、ここに始まる!第45回メフィスト賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

 

幼い頃から先生と呼ばれる人物に育てられたキリヒトは、ある日突然に王都の図書館へと連れていかれ、口のきけない図書館の魔女の手伝いをするようにといわれた。

先生に連れられて王都へと来たキリヒトは、王宮の隣にある「高い塔」こそがこの国の権勢の象徴であることを知る。

この「高い塔」は、真に英知を究める者たちが求める言葉を記した書物を蔵していて、図書館の中の図書館である「高い塔」を統べ、その所蔵資料の全てを把握していると言われるのが「高い塔の魔女」だった。

「高い塔」へと入ったキリヒトは、図書館の魔女がマツリカという名のほんの少女であること、さらには彼女は口がきけないことが事実であったことを知る。

マツリカは、優れた感性を持ち、耳聡いキリヒトならば可能かもしれないと、今まで以上に表現力が豊かな新しい手話を開発しようと試みる。

一方、図書館の庭を散策中に足下の反響が異なることに気付いたキリヒトは、マツリカと共に街の地下の古い町並みの探索を始めるのだった。

 

『図書館の魔女 第一巻』の感想

 

主要な登場人物は文庫版では目次の次にかなり詳しく記してありますが、ここには図書館関連の人物を簡単に書いておきます。

登場人物


 

本書は『図書館の魔女』というタイトルから抱いていた印象とは全く異なる物語でした。

剣も魔法もありません。「図書館の魔女」であるマツリカと、マツリカをとりまく社会情勢、政治的な駆け引きなどが語られるだけの物語です。

ただ、鍛冶の里からマツリカに仕えるためにやってきたキリヒト少年の教育、成長も同時に描かれていて、その様子も読みごたえがあります。

 

一ノ谷では王室と議会とが対立するという勢力図の中で、図書館は法律や学問などに関する知識や知恵を提供しつつ、一ノ谷自体をまとめる存在でもあります。

そんな中、大国ニザマの露骨な侵略行為という対外的な危機を抱える中で、高い塔の存在意義が一段と大きくなっています。

そうしたニザマによる図書館の魔女に対する直接的な脅威が存在する中、高い塔の象徴であり、図書館の中枢である「図書館の魔女」ことマツリカを守るために訓練されたキリヒトが送り込まれてきたのです。

刺客としては高度に訓練され優秀であっても、王室や図書館などの世事には全く疎いキリヒトはマツリカにとってはある種のおもちゃのようでもあり、バカにされ続けます。

キリヒトが鋭い感性に裏打ちされた能力の持ち主であることに気付いているマツリカにとっては、ある意味おもちゃであり、また新しい手話を構築する格好の相手でもあったのです。

 

このマツリカとキリヒトとの会話はユーモアに満ちていて、また何も知らないキリヒトへの「言葉」や「書物」についての講義は読者にとっても示唆に富むものでもありました。

そんな中でのマツリカの言葉として語られる「言葉」や「書物」についての話はかなり読みごたえがあります。

本書『図書館の魔女 第一巻』では、特にマツリカが勝手に作り上げた「包丁の歴史」という架空の書物についての議論などは面白いものがあります。

また国家間での情報戦についての分析もミステリーの謎解きにも似た面白さを持って語られています。

特に本書においては図書館の庭の地下に存在する遺跡についての描写がありますが、この点についての作者の分析もまた興味深いものがあります。

 

本書では物語の紹介の部分が大きく、物語の大きな展開については続刊に委ねられているだけではあるものの、かなりの面白さをもって迫ってくる作品でした。

図書館の魔女シリーズ

本『図書館の魔女シリーズ』はタイトルからくる印象とは異なり、口のきけない娘を主人公とする、剣と魔法ではない「言葉」にあふれた異色のファンタジー小説です。

 

図書館の魔女シリーズ(2020年03月25日現在)

  1. 図書館の魔女 第一巻
  2. 図書館の魔女 第二巻
  3. 図書館の魔女 第三巻
  1. 図書館の魔女 第四巻
  2. 図書館の魔女 烏の伝言

 

本『図書館の魔女シリーズ』のうち『図書館の魔女』の第一巻から第四巻は、本来新刊書で上下二巻として出版されたものす。

それが全四部の物語の一部ごとに文庫本一巻が割り当てられて、講談社文庫で全四巻として出版されています。

また、続編である『図書館の魔女 烏の伝言』も、講談社文庫で上下二巻として出版されています。

『図書館の魔女』を四分冊として紹介するのであれば、『図書館の魔女 烏の伝言』も二分冊として紹介すべきでしょうが、そこは『図書館の魔女』があまりに長いところから四分冊としたものです。

 

作者の高田大介が現役の言語学者というだけあって、「言葉」について書かれている内容はかなり学問的なことにも及んでいます。

また、「言葉」の延長上にあるものとしての「書物」についての言及もかなり高度な内容を含んでいます。

ところがそれらの叙述は、単に高度であると言うだけではなく、普通の素人である読者にもよく分かるような噛み砕いた表現になっているのです。

そうした高度な言及は国のあり方、国と国との駆け引きにまで及び、本書での国家同士駆け引きの描写はそうしたことに疎い私のような人間にもそのすごさを感じさせるほどです。

この点について、書評家の大森実氏は「権謀術数が渦巻く、外交エンターテイメント」と評しておられました。まさに外交の駆け引きを妙を見せる物語でもあります。

 

図書館の魔女と呼ばれているマツリカという人物を中心とした登場人物たちは、単に知見に富んだ堅物という存在ではありません。

いたずら好きなマツリカを中心とし、ときにはキリヒトをも巻き込んだユーモラスな会話も随所に忍ばせてあります。

 

このマツリカを守る者として鍛え上げられたのがキリヒトという少年で、山育ちであるためか純粋であり、マツリカに馬鹿にされ続けています。

また、一ノ谷の勢力としては、マツリカのいる「高い塔」のほかに、議会王室とが存在します。

そして、議会側からの間者でもあるハルカゼ、そして王室側からの間者であるキリンという有能な人間がマツリカの仕事を補佐しています。

重要なのは、マツリカは口をきけない存在として設定してあることです。口がきけない代わりに手話での意思の疎通がかなりの速さで交わされています。

当然のことながら、キリヒトも、そしてハルカゼやキリンも手話の達人です。

主要な登場人物は文庫版では目次のあとにかなり詳しく記してあります。

 

本『図書館の魔女シリーズ』は決して肩ひじ張った小難しい物語ではありません。エンターテイメントの流れに乗せて「言葉」や「書物」などについての高度な議論を楽しませてくれる小説です。

この『図書館の魔女シリーズ』はその世界観の構築が見事ですが、似たように丁寧な世界観を築き上げているファンタジー作品として、上橋菜穂子の、2015年本屋大賞、第4回日本医療小説大賞を受賞された『鹿の王』という作品があります。

この作品は、皆が流行り病で死んでしまった鉱山で生き残った幼子ユナと、奴隷として囚われていた戦士団の頭であったヴァンとの冒険譚で、物語世界が丁寧に構築されている作品です。

 

 

この作品の作者である上橋菜穂子という人も文化人類学者であり、児童文学作家でもあるという作家さんです。

やはり、本『図書館の魔女シリーズ』の作者である高田大介もそうであるように、学者さんが小説を書かれると書かれた物語の世界観がこんなにも丁寧に構築されるものなのかと思ってしまいます。

特定の分野で十分な知識を持ちまた優れた論理的思考力を持つ学者さんが、さらに文才をも持っているために破綻の無い世界観を構築できるというべきなのでしょう。

そしてそういう作家さんであるために物語の中身も論理的にきちんと詰められていて、素人にも分かり易く書かれているのだと思えます。

 

一方、本書のようなファンタジーではありませんが、図書館という存在に着目し、「表現の自由」をテーマに書かれた作品として有川浩の『図書館戦争シリーズ』があります。

この作品は、第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞し、シリーズの第一巻『図書館戦争』は2007年本屋大賞の候補作にもなっています。

架空の現代日本を舞台にして、実質的な検閲を認めた「メディア良化法」のもと、図書館の独立を守るために設けられた図書隊に入隊した郁という娘を主人公にした物語です。

その意味するところは重要であり、非常に読ませる内容を持ちながらも、エンターテイメント小説として楽しく読める作品です。

 

 

ともあれ、どの作品も描かれている物語の面白さは間違いのない小説です。是非一読をお勧めします。

もっこすの城 熊本築城始末

本書『もっこすの城 熊本築城始末』は、新刊書で395頁の分量を持つ長編の歴史小説です。

我が郷里の象徴でもある熊本城の築城の物語、と思って読み始めたのですが、残念なことに私の思いとはかなり異なる好みとは言えない作品でした。

 

『もっこすの城 熊本築城始末』の簡単なあらすじ

 

織田信長の家臣・木村忠範は本能寺の変後の戦いで、自らが造った安土城を枕に壮絶な討ち死にを遂げた。遺された嫡男の藤九郎は家族を養うため、肥後半国の領主となった加藤清正のもとに仕官を願い出る。父が残した城取りの秘伝書と己の才知を駆使し、清正の無理な命令に応え続ける藤九郎―。戦乱の世に翻弄されながらも、次から次に持ち上がる難題に立ち向かう藤九郎は、日本一の城を築くことができるのか。実力派歴史作家が描く、日本一の城を造った男の物語。(「BOOK」データベースより)

 

『もっこすの城 熊本築城始末』の感想

 

熊本に住む人間にとって、熊本城は熊本のシンボルであり、心のよりどころでもあります。その思いをあらためて自覚させられたのは2016年4月の14日と16日におきた熊本地震の時でした。

というのも、テレビのニュースで熊本城が崩落している様子を見たときに目頭が熱くなったのです。

それまでも、阿蘇山以上にわが郷土の誇るべき遺産だと思ってはいたのですが、まさか崩壊した熊本城を見て涙ぐむとは思ってもいませんでした。

歳をとったためと言われればそれまでですが、熊本城に対する思いがそれほどにあったことを自分自身が驚いたほどです。

 

その熊本城の築城の物語が小説になった、と聞いたら読まないわけにはいきません。

図書館ですぐに借りたのですが、本書はそうした熊本城に対する思いを持って読んだためか、私の思っていたのとは異なる作品でした。

 

本書『もっこすの城 熊本築城始末』の主人公は、安土城と共に討ち死にした木村次郎左衛門忠範(高重)という実在した人物の息子で、木村藤九郎秀範という架空の人物です。

この藤九郎は父親より築城に関する秘伝書を受け継ぎ、なおかつ築城の極意を頭の中に叩き込んでいます。

この男が、加藤清正が豊臣秀吉から肥後の国の北半分を領地として与えられ、十九万石五千石の地行の主となるにあたり、新規に募集された家臣として加藤家に仕えることになります。

肥後の菊池川の改修に始まり、隈本北部の田原山の砦構築、秀吉の朝鮮侵攻にともない建てられることになった名護屋城や、朝鮮に渡って蔚山に構築された砦などに築城の才能を発揮し、清正から共に天下一の城を作ろうと声を掛けられるまでになります。

 

しかし、どうにも物語にのめり込むことができません。

その理由は、一つにはこの作者伊東潤の小説作法にありそうです。

それは、歴史小説を書くにあたり数多くの文献に当たられ、詳細に調査をしたうえで執筆に当たられているのはよく分かるのですが、歴史的な事実が並べられている印象が強いのです。

そこにいる人間の心象の描写や情景の描写は殆どなく、その会話は表面的に感じられてしまいます。

勿論、作者が思う人間像を描き出すための当該人物の心象などを書かれてはいるのですが、どうもその感覚が羅列的な印象で、人物の内面を練り上げられている感じがしないのです。

例えば清正と藤九郎との会話にしても、そこに心の交流は感じられず、人間としての生活が欠落している印象なのです。歴史的な事実を事実として並べてありますが、そこに人間は見えません。

 

また物語の内容も、父親から秘伝を教わりその書物を全部暗記しているにしても、現場を知らない若干二十歳の若者が、川の流れを変えるような大工事を差配できるものか、疑問です。

ましてや戦場の砦や築城など未経験でできるとは到底思えず、どうにもリアリティを感じられませんでした。

 

つまりは、根本的にこの作者の文章、物語の構成自体が私の好みと異なるようです。情報が多すぎるためか、情感が感じられず、どうにも読んでいてしっくりしません。

結局、本書『もっこすの城 熊本築城始末』は熊本城築城の物語というよりは、加藤清正の戦いの履歴を作事方の観点から見たものと言うべき作品になっていると思います。

具体的に熊本城が物語に絡んでくるのは「第三章 日乃本一の城取り」になってからであり、そこでも熊本城築城自体の様子はあまり描かれてはいません。。

また、清正自体も要の個所で主人公を鼓舞したり、軽く助けたりするだけであとは歴史的な事実を取り上げて紹介しているだけに近いのです。

 

しかしながら、歴史小説が好きな、それも人間ドラマというよりは歴史的な事実が再構築されるような物語が好きな読者にとっては非常に面白いと思える作品かもしれません。

作者の緻密な調査により加藤清正という武将の客観的な行動歴が確認でき、当時の武将たちの動静も確認できると思えるからです。

ともえれ、私個人の好みとは異なったということです。

 

お城を建築する話としては門井慶喜の『家康、江戸を建てる』という作品があります。

この作品は徳川家康が江戸に新たな街づくりを始める際の全五話の短編からなる第155回直木賞候補になった作品で、江戸城築城自体を描いた作品ではありませんが、石垣造りや天守閣の白壁などについて詳しく描いてありました。

 

 

ほかに山本兼一の『火天の城』がありますが、この作品は映画版は見たのですが原作は読んでいません。

それでも、縄張りの仕方や木曾材の切り出しなどといった基本的なところから描き出した作品であったときおくしています。

 

 

本書『もっこすの城 熊本築城始末』は確かに歴史的な事実は細かなところまでよく調べられ、また築城の技術にしてもよく調べて書かれていることはよく分かります。

前述したように、そうした歴史そのものが好きな読者にとってはとても面白い作品だともいます。

しかし、熊本市に住み、清正公(せいしょこ)さんと親しんできた清正公の描写も少なく、熊本城自体の築城の模様も殆どない本書は残念としか言いようがありません。